孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

コロンビア  政府が左翼ゲリラに大幅譲歩した理由  必要とされる感情論を超えた冷静さ

2016-10-15 21:42:13 | ラテンアメリカ

(10月12日、コロンビアの首都ボゴタ、政府とコロンビア革命軍(FARC)による和平合意が国民投票で否決されたことを受け、学生や農民、先住民のリーダーなど数千人による和平合意の復活を求めるデモ行進。【10月13日 ロイター】)

サントス大統領「和平プロセスの挫折は認められない。長引かせることもできない」】
左翼ゲリラ組織コロンビア革命軍(FARC)との和平合意が10月2日の国民投票で否決された南米・コロンビアですが、和平実現に向けた更なる努力を促すノーベル平和賞受賞も後押しする形で、サントス大統領は和平合意見直しに着手しています。

****和平合意見直しへ=政府と左翼ゲリラ=コロンビア****
コロンビア政府と同国最大の左翼ゲリラ組織コロンビア革命軍(FARC)は7日、先の国民投票で否決された和平合意を見直すための交渉に入ると明らかにした。サントス大統領のノーベル平和賞受賞が決まり、一度は頓挫した和平プロセスが、再び動きだすことになった。
 
政府とFARCは共同声明を出し、国連の監視下で停戦も継続し、交渉を本格的に進めると表明。内戦終結を恒久的で安定的なものにするため、和平合意の修正が必要な部分について協議をする方針を示した。
 
また、国民投票で和平に反対する声が過半数を占めたことを踏まえ、「社会の懸念を理解し、解決するため、迅速に幅広い立場の国民から意見を聞く」と述べた。サントス氏は「和平プロセスの挫折は認められない。長引かせることもできない」と語り、FARCとの対話を迅速に進めていく考えを強調した。
 
これとは別にFARCは声明で、サントス氏のノーベル平和賞受賞が「和平合意に命を吹き込み、コロンビア人に尊厳を与えるための力になることを期待している」と強調した。
 
サントス氏は2日の国民投票後、FARC側の和平交渉団が滞在する仲介国キューバに政府関係者を派遣し、今後の対応を協議していた。【10月8日 時事】 
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コロンビア革命軍(FARC)に次ぐ第2の左翼ゲリラ組織、民族解放軍(ELN)との交渉も動き出しています。

****第2のゲリラとも交渉本格化=和平実現に追い風―コロンビア****
コロンビア政府と同国第2の左翼ゲリラ組織、民族解放軍(ELN)は10日、共同声明を出し、停滞していた和平交渉を本格化させると発表した。政府は最大の左翼ゲリラ組織、コロンビア革命軍(FARC)との交渉も進めており、和平実現に追い風となる。
 
両者は共同声明で、27日に仲介国エクアドルの首都キトで市民を交えた対話を開始すると表明。ELNはこれに先立ち、拘束中の人質を解放すると約束した。
 
コロンビアのサントス大統領は「ELNとの対話が前進することで完全な和平が近づく」と強調した。
 
政府とELNは3月に和平交渉入りで正式合意したが、ELNがすべての人質解放に応じず、対話が停滞した。ELNは、政府とFARCが和平合意文書に署名した9月末以降、3人の人質を相次いで解放した。【10月11日 時事】 
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被害者家族「彼らは多くの家族を殺したのに、彼らに屈することになる」】
当然ながら、和平合意に批判的な人々からは、ノーベル平和賞受賞にも強い不満が示されています。

“一方でFARCとの妥協に反対する人々は、国民投票の結論を覆そうとする世界の干渉に不満が強い。
「政治的な茶番」「ノーベル賞の価値を下げる」。地元メディアのサイトには、コロンビア初の平和賞受賞者誕生を歓迎する声に混じり、批判が躍る。和平合意反対派の書き込みとみられる。”【10月8日 時事】

こうした合意反対の根幹には、現在の合意案がFARC側に譲歩しすぎている、FARCの犯した罪をきちんと償わせるべきだという被害者、その親族らの声があります。

****サントス大統領へのノーベル平和賞に世論二分、コロンビア****
・・・・FARCによって2004年に農地を接収された中部トリマ(Tolima)州の農場労働者ロドルフォ・オビエドさん(40)は「サントスは(ノーベル平和賞に)値しない」と述べた。
 
オビエドさんは首都ボゴタの大統領官邸前にあるボリバル広場で1か月以上、テントを張って泊まり込みで抗議している。
 
オビエドさんは和平協定を批判する多くの人と同様、大統領がマルクス主義ゲリラ組織のFARCに対して弱腰すぎると非難しており、遠いキューバでFARCの最高幹部と会談をするのではなく、FARCの犠牲者の元へ出向いて耳を傾けるべきだったと語った。

「完全に間違っている。彼はトップダウンで和平を始めた。下からじゃない。和平は農村部から、住んでいた場所から追い払われた人々と共に結ぶべきだ」。オビエドさんは内戦で故郷を追われた700万人近くの人々を政府が無視していると批判した。
 
1991年に中部メタ州で土地から出て行くことを拒否した祖父をFARCに殺害されたホセ・アルベルト・ソリアノさん(18)も、サントス大統領へのノーベル平和賞授与は納得できないという。

ソリアノさんもまた和平合意に反対する多くの人が挙げている、FARCが犯した大量殺人や拉致に対する免罪を非難した。「彼らは多くの家族を殺したのに、彼らに屈することになる」(後略)【10月8日 AFP】
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否決された合意案の具体的内容で見ると、FARCの犯罪に対する処罰が緩やかなことや、今後政治勢力としてのFARCに上下院それぞれ5議席が割り当てられることなどが批判されています。

****和平の皮をかぶった恩赦****
・・・・和平合意の反対派が特に反発しているのは、FARCの犯罪に対する処罰についてだ。過去の犯罪を明らかにする仕組みが構築され、最悪の残虐行為は公表されて裁判も行われるだろう。
しかし297回の合意文書の中で、具体的な処罰はほとんど明記されていない。
 
「比較的軽度の犯罪」は恩赦の対象となり得るが、これには殺人が含まれるかもしれない。「麻薬犯罪」も、個人の利益ではなく戦費調達が目的のものは恩赦の対象になり得る。

このような抜け穴は、内戦犠牲者への賠償制度を弱体化させかねない。
 
もう1つ物議を醸しているのは、連邦議会で2期にわたり、上下院それぞれ5議席をFARCに割り当てることだ。コロンビアの現行法は、犯罪歴のある個人が公職に就くことを禁止している。FARCのメンバーと認定された人物に連邦議員や大統領への立候補を認めることは、現状では法律違反となる。
 
これらはFARCにはおいしい条件だ。最終合意前に聞かれた「最後の」会合では、FARCは全会一致で署名に賛成した。 

しかし、国民の60%は自分か近親者が戦争の被害を受けているのだ。彼らが政府の一連の譲歩に失望するのも無理はない。

アルバロ・ウリベ前大統領は、この合意は和平の皮をかぶった恩赦だと非難している。
 
ただし、決して全面的な恩赦ではない。例えば、犯罪を自供した場合は処罰の対象になる(懲役刑より社会奉仕が中心になるだろう)。自供せずに有罪と認定されれば罪が重くなる。【10月18日号 Newsweek日本版】
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FARC最高司令官「まもなく良い知らせがあるだろう」?】
いったん決めた合意条件の見直しは難しい交渉となるとも予想されていますが、FARC側からは今後について楽観的な見通しも出されているようです。

****コロンビア、和平復活求め数千人がデモ 左翼ゲリラ司令官は楽観****
コロンビアの首都ボゴタで12日、政府と同国最大の左翼ゲリラ組織、コロンビア革命軍(FARC)による和平合意が国民投票で否決されたことを受け、学生や農民、先住民のリーダーなど数千人が和平合意の復活を求めてデモ行進した。

白い服を着て花を手にしたデモ隊らは、国会議事堂前に集結。内戦で住む場所を追われたという参加者の女性は、「すべてのコロンビア人は、和平成立のために行動しなければならない」とした上で、「寛容は最良の方策だ」と訴えた。

これに先立ち、FARCのロンドニョ最高司令官は同日、行き詰まりの打開を目指し政府の交渉担当者とハバナで協議を重ねたと説明。和平合意の復活を確信しているとした上で、「まもなく良い知らせがあるだろう」と、地元のカラコル・ラジオで語った。【10月13日 ロイター】
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“良い知らせ”とは何でしょうか?
サントス大統領は停戦期限を延長してFARCとの交渉にあたるとしています。

****停戦期限、12月末に延長=早期の和平に期待―コロンビア****
コロンビアのサントス大統領は13日、同国最大の左翼ゲリラ組織コロンビア革命軍(FARC)との停戦期限について、12月末まで再延長すると発表した。
 
コロンビア和平の努力が評価され、ノーベル平和賞受賞が決まったサントス氏は、停戦期限に関して「最終的なものではない」と再延長の可能性を示唆。一方で早期に合意反対派との協議を終え、年内の和平実現に期待を示した。
 
和平合意をめぐっては、2日の国民投票で反対派が勝利。サントス氏は合意内容の修正に向け、反対派との協議を急いでいる。反対派は、重罪を犯したFARC戦闘員への処罰強化などを要求しているが、FARCがこれを受け入れるかは不透明で、協議の難航が予想されている。【10月14日 時事】
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どんなに理想的な正義も代償を伴う。今回の和平の代償は譲歩だ
合意への期待、批判は上記のとおりですが、あまり論じられていないのは、なぜサントス政権側がこのような“譲りすぎ”“弱腰”とも批判されるような内容で合意したのかという点です。

そのあたりの背景については、軍事面の現実、経済的な要因、国際的な環境などについて、以下のようにも指摘されています。

****勝者が譲歩する和平合意****
理想と正義だけでは平和をつかみ取れない 政府が左翼ゲリラFARCに大幅譲歩した本当の理由

・・・・多くの国民がFARCに厳罰を望んでいることは確かだし、彼らはもっと根本的な疑問を抱いている・・・軍事的な勝利がほぼ確実だったのなら、戦闘でけりをつけてFARCを壊滅させればよかったのではないのか。
 
それに対する答えはこうだ。軍事面の現実と、経済的な要因と、国際的な圧力が、政府から軍事的な完全勝利という選択肢を奪っていた。
 
軍事面では、FARCを完全に壊滅させられる確率は低かった。政府軍がかなり優勢だったことは間違いない。FARCの兵力は90年代の約1万8000人から昨年は8000人まで半減したが、コロンビア軍は21万人から48万人に増えている。
 
問題は、これ以上の勝利はあまり望めなかったことだ。今も8000人のFARC戦闘員が活動している以上、戦闘を続ければ、政府に十分な損害を与える脅威となる。
 
地理的な障害もある。コロンビアは国土の大半が人口もまばらな熱帯雨林で、ゲリラが隠れる場所はいくらでもある。ジャングルの奥深くに分け入り、最後の1人まで一掃するというのは非現実的だろう。

OECD加盟申請の意味
戦争の継続は、経済にも大きな影を落とす。このところコロンビア経済は順調で、国の戦争遂行を後押ししてきた。しかし一方で、麻薬取引がFARCを後押ししている。
 
コロンビアの経済発展は、常に大きな矛盾をはらんできた。
内戦が最も悪化した時期も経済は成長を続けた。このことは、戦争が経済を破壊するという一般論と相反する。
 
コロンビアの経済成長は中国ほど華々しくはないが、南米の隣国ほど不安定ではない。2000年代から始まった成長のおかげで、貧困の解消が大きく進んでいる。世界銀行によると、貧困ライン以下の人目は02年の49.7%から、15年は27.8%に減少した。
 
数十年間の好景気で中流階級が増えて貧困が減り、左派急進主義の支持率は大幅に落ち込んでいる。この変化が政府の追い風になってきた。昨年にはほとんどの世論調査で、FARCが国内で最も嫌われている政治勢力となった(彼らが残虐行為を繰り返していることも悪評の一因だ)。
 
ただし、FARCには麻薬取引という独自の経済資産がある。麻薬取引によって暴力行為の資金を稼ぐ彼らを、アメリカとコロンビア政府は「麻薬テロリスト」と呼んでいる。
 
この現実を、コロンビア政府もある段階で受け入れたはずだ。麻薬取引は無限に続く。つまり政府から譲歩を提示しなければ、戦争は永遠に続くだろう。

和平合意にこぎ着けたのは、アメリカと違って、麻薬経済の撲滅は不可能だと暗に認めたからでもある。
 
コロンビアの経済と平和の関係には別の一面もある。経済成長は社会を変えただけでなく、戦争にまつわる資源とコストの計算式を変えたということだ。
 
生活水準が上昇したコロンビアは、13年にOECD(経済協力開発機構)に加盟申請をした。OECDは世界で最も繁栄している民主主義国が集まる特権グループで、中南米の加盟国はチリとメキシコだけだ。
 
OECDは国の統治の質を重視しており、加盟審査ではインフラ整備や環境対策、資本取引の自由化、汚職の規制など、さまざまな取り組みが要求される。

FARCとの戦争が長引けば、それらの取り組みに投じる時間も資源も減る。だから政府は取引をしたのだ。 

政府の選択は今回、国民に否定された。処罰と復讐を求める国民の辛辣な正義感が上回った、とも言えるだろう。ただし、和平合意の反対派が忘れてはならないことがある。FARCに対する完全勝利は永遠に不可能なのだ。
 
どんなに理想的な正義も代償を伴う。今回の和平の代償は譲歩だ。そして復讐の代償は、さらなる戦争になるかもしれない。【10月18日号 Newsweek日本版】
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上記の分析がコロンビアの現状についてどれだけ正しいものなのかは、知りません。

ただ、一般論で言えば、上記のように“どんなに理想的な正義も代償を伴う。今回の和平の代償は譲歩だ”という冷静さは極めて重要だと考えます。

自分たちの“正義”を声高に主張し、相手を屈服させるまで納得しないというのでは、どんな交渉も成立しませんし、戦争においてすら“泥沼”に陥る愚を犯します。

相手には、相手の立場も、相手なりの“正義”“主張”もあります。
100%を求めるのではなく、どのような譲歩すれば総合的にみて一番有利な結果で収まるのかを判断する冷静さと、それを理解できる国民の良識が求められます。

対立を煽るだけの政治家やメディアは無責任で有害なだけです。
国民の不満・憎しみといったネガティブな感情に流されるだけなら、民主主義は衆愚政治と化します。

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