孤帆の遠影碧空に尽き

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エジプト  ムバラク釈放、モルシ死刑で更に鮮明になる「ムバラク以前への回帰」 安定を支持する国民

2015-05-17 21:19:58 | 北アフリカ

(写真は【5月17日 AFP】)

モルシ氏死刑:軍主導の政権の意をくんだ「政治裁判」との批判
エジプトでは、2013年7月の軍事クーデターで失脚したムスリム同胞団出身のモルシ元大統領に、2011年当時収監されていた北部の刑務所からの脱獄に関与したとして「死刑」の判決が言い渡されました。

形式的には政治から独立した司法判断という形ではありますが、実質的にはクーデター後に実権を握った軍主導のシシ政権の意をくんだ「政治裁判」との批判がなされています。

****<エジプト>モルシ元大統領に死刑判断 同胞団脱獄関与の罪*****
エジプトの刑事裁判所は16日、2013年7月の軍事クーデターで失脚したモルシ元大統領(63)に対して、11年の革命時に出身母体のイスラム組織ムスリム同胞団メンバーらの脱獄に関与した罪で、死刑判断を示した。

大ムフティ(最高イスラム法官)が死刑判断の是非について裁判所に意見を答申した後、6月2日に1審判決が下される。同胞団支持者らが死刑判断に反発するのは必至で、テロなど暴力が増加する恐れもある。

政府系紙アルアハラム(電子版)によると、モルシ氏は同胞団メンバーらと共謀し、11年1月に北部ワディ・ナトゥラン刑務所を武装勢力に襲撃させ、囚人を脱獄させた罪で死刑判断を受けた。

脱獄事件に関与した同胞団幹部ら105人にも死刑判断が示された。また、別のスパイ事件で、同胞団ナンバー2のシャーテル氏ら16人にも死刑判断が下された。

エジプトの司法制度では、死刑判断が出た場合、大ムフティが死刑の是非に関する意見を裁判所に答申した後に判決が下される。裁判は2審制で、検察側、弁護側とも上訴できる。上訴が認められれば、再び1審の審理を行う可能性もある。

モルシ氏ら同胞団幹部の裁判を巡っては、クーデター後に実権を握った軍主導の政権の意をくんだ「政治裁判」との批判が強い。ロイター通信によると、トルコに亡命中の同胞団幹部のダラグ氏は「(死刑判断は)殺人にも相当する。国際社会は容認すべきでない」と裁判所を非難した。

ただ、国防相としてクーデターを主導したシシ大統領が同胞団を「テロ組織」と決めつけて徹底的に弾圧した結果、同胞団の動員力は大幅に低下しており、国内で大規模な抗議活動が起きる可能性は低い。

一方で、同胞団に同情的なイスラム過激派が軍や警察、司法当局を標的にしたテロを起こしており、今回の死刑判断を受けて、テロが増加する恐れもある。

エジプトのシンクタンク・アハラム政治戦略研究所のヨスリ・エズバウィ氏は「イスラム勢力が過激化するのは必至で、テロの増加は避けられない。シシ政権と同胞団の和解はますます遠のいた」と指摘している。

モルシ氏は今年4月、在任中に反モルシ政権デモ隊への暴行に関与した罪で禁錮20年を言い渡された。同胞団を支援していたカタールのためにスパイ行為を働いた罪や裁判官への侮辱罪でも起訴されている。【5月16日 毎日】
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検察は、パレスチナ・ガザ地区を実効支配するイスラム過激派ハマスのメンバーがパレスチナからエジプトに潜入して刑務所数カ所を襲い、ムルシ氏らムスリム同胞団の指導者を含む約2万人を脱獄させ、刑務所警備員数人を殺害したと主張しており、モルシ氏はこれに首謀的に関与したとされています。

ムバラク氏釈放:薄れた国内での関心
モルシ元大統領に死刑判決が下る一方で、「アラブの春」で失脚し、デモ参加者を殺害した罪や公金横領の罪で逮捕・拘束されていたムバラク元大統領は、殺人罪では事実上の無罪、横領罪では刑期満で釈放されることになっています。

****ムバラク元大統領に禁錮3年の判決 刑期満了で釈放へ*****
エジプトのムバラク元大統領(87)が在任中に公金を横領した罪に問われた裁判で、首都カイロの裁判所は9日、改めて禁錮3年の判決を言い渡した。

国営メディアの報道によると、元大統領はすでに3年以上拘束されているため、裁判所は刑期が満了しているとして身柄の釈放を命じた。元大統領がいつ、どこで釈放されるのかは明らかでない。

同国では2011年の民主化運動「アラブの春」でムバラク元大統領が政権を追われ、12年に初の民主的選挙でムルシ前大統領が就任。元大統領はデモ参加者を殺害した罪や公金横領の罪に問われ、12年に終身刑を言い渡された。

ムルシ氏は元大統領を死刑にするべきだと主張したが、13年の軍事クーデターで同氏自身が失脚した。

元大統領には昨年5月、横領罪で禁錮3年の刑が言い渡された。昨年11月、殺人罪の再審判決では事実上無罪となったが、横領罪については今年1月、裁判所が審理のやり直しを命じていた。

元大統領の息子2人も同様の横領罪で禁錮4年を言い渡されていたが、今回の判決で減刑となり、釈放される見通しとなった。元大統領と息子らには一方で多額の罰金も科せられた。

元大統領の裁判が長引くにつれ、国内での関心は薄れている。判決を受けて大規模な抗議デモが起きる気配はないようだ。ただ裁判のやり直しや新たな罪状などにより、元大統領の法廷での闘いは今後も続く可能性がある。【5月11日 CNN】
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当然ながら、ムバラク元大統領の裁判にも、ムバラク氏と同様に軍部を背景とするシシ現政権の意向が反映されていると推察されます。

いかにも対照的な二人の元大統領に関する裁判ですが、ムスリム同胞団などイスラム主義を徹底的に弾圧し、ムバラク以前に回帰しているとも言われるシシ現政権にあってはいずれも予想されたことでもあります。

一括死刑判決:「近年の歴史で前代未聞」(国連)】
なお、シシ政権下のムスリム同胞団の糾弾は熾烈で、今回判決のように百人単位での一括死刑判決がこれまでにも出されています。

****13年の警察署襲撃で183人の死刑確定、エジプト****
2013年8月にエジプトの首都カイロ近郊の村で警察署が襲撃され、警察官13人が死亡した事件の裁判で2日、183人に対して言い渡されていた死刑判決が確定した。

2013年8月14日にカイロ近郊のケルダサ村で起きた警察署襲撃事件に関与した罪で、12月に188人に死刑判決が言い渡されたが、エジプトの死刑判決に必要なイスラム教の最高権威ムフティー(イスラム法学者)の承認を得て、2日に183人の刑が確定した。

また2人は無罪になり、1人には禁錮10年が言い渡され、2人は死亡していたことが判明し起訴が取り下げられた。

この事件が起きたのと同じ日には、カイロでムハンマド・モルシ前大統領支持派の大規模なデモ拠点を治安部隊が強制排除し、衝突によって少なくとも数百人が死亡した。

13年7月3日にモルシ氏が軍によって解任されて以降、抗議行動に対する警察の弾圧によって少なくとも1400人のモルシ氏支持者が死亡し、さらに数百人に死刑判決が言い渡されている。【2月2日 AFP】
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今回の105人とか、上記の188人とか、まとめて死刑というのは裁判という形式はとってはいますが、実質的には政治的処刑と言えます。

“これまで同胞団指導者ら1千人以上に死刑判決が出ている。16日の判決は同胞団に対して厳罰を科す現在の司法の流れを踏襲した形となった。裁判では被告が不在のまま死刑が言い渡されるケースも相次いでおり、裁判の正当性に国際社会から批判が出ている。実際に死刑が執行されたのは1人とみられる。”【5月17日 朝日】

こうした徹底した弾圧でムスリム同胞団の活動は極めて制約されており、また、すでに同胞団はシシ現政権との対決姿勢を明確にしていますので、今回のモルシ元大統領への判決が直ちに政治情勢に大きな変化を与えることはないとも見られています。

ただ、イスラム過激派によるテロ活動は更に強まることも予想されます。

****シナイ半島で裁判官ら4人射殺=元大統領「死刑」に反発か―エジプト****
エジプトのシナイ半島北部アリーシュで16日、武装グループが裁判官らが乗った車を銃撃し、少なくとも4人が死亡、2人が負傷した。地元メディアが伝えた。裁判官らは公判に出席するため、車で移動中だった。

カイロの裁判所はこの日、モルシ元大統領に対する裁判で死刑に処すべきだとの判断を下した。エジプトの過激派は元大統領が失脚した2013年7月以降、軍や警察などへの襲撃を繰り返しており、司法判断に反発して事件を起こした可能性もある。【5月16日 時事】 
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シナイ半島では、イスラム過激派組織ISに忠誠を誓う「アンサル・ベイト・アル・マクディス(エルサレムの支援者)」が活動し、これまでも治安部隊にも多数の死傷者が出ています。 

なお、シシ現政権の締め付けはムスリム同胞団・イスラム主義勢力だけでなく、反政府的な世俗派にも及んでいます。

2月4日には、ムバラク元大統領に対する2011年の大衆蜂起(いわゆる「アラブの春」)に参加した世俗派活動家230人に対して終身刑が言い渡されています。

こうしたムスリム同胞団や反政府世俗派活動家への一括した死刑判決や終身刑判決に関し、国連は「近年の歴史で前代未聞」と批判しています。

シシ政権を批判するトルコ、支持するサウジ、軌道修正?アメリカ
今回のモルシ元大統領やムスリム同胞団メンバーに対する厳しい判決に関しても、トルコのエルドアン大統領は「古代エジプトに回帰している」と批判しています。
トルコの与党・公正発展党(AKP)は、ムスリム同胞団に類似したイスラム主義を掲げています。

一方、シシ政権のムスリム同胞団弾圧を強く支持しているのは、そのイスラム主義の国内波及を警戒するサウジアラビアです。

アメリカは軍事クーデターにより実権を奪取したシシ政権の強権姿勢を批判してきましたが、サウジアラビアとアメリカの間で深まる溝のひとつの原因ともなっています。

ただ、そのアメリカも軌道修正しつつあるようです。

****米政権、対エジプト大型兵器供与を再開 F16など***
オバマ米政権は3月31日、エジプトで2013年7月に起きたクーデターを受け凍結していたF16戦闘機など大型兵器の供与凍結を解除すると発表した。年間13億ドル(約1560億円)の対外軍事資金供与(FMF)も再開する。

米国は13年7月、軍出身のシーシー現大統領が主導したクーデターを受け、同年10月、民政移行を促すため、それまで続けてきた大型の武器供与や資金提供を凍結した。ただ、「イスラム国」の台頭を受けて昨年6月に一部を解除していた。

凍結解除の背景には、隣国リビアでイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」などが活動を活発化させていることや、エジプトがサウジアラビア主導のイエメンへの軍事介入参加がある。

米国家安全保障会議(NSC)のミーハン報道官は31日、「軍事支援を進めることは米国の国家安全保障上の利益に資する」とする声明を発表した。

供与を決めたのは12機のF16、対艦ミサイル・ハープーン20発、M1A1エーブラムズ戦車125両分の部品。

オバマ米大統領は31日、シーシー氏と電話協議し、大型武器供与やFMF再開の決定を伝達。リビア、イエメンを含む地域情勢について意見交換した。

その一方で、オバマ氏はシーシー政権が非暴力の活動家に対する拘束を続けているとして「懸念」を表明し、言論の自由を尊重するよう促した。【4月1日 産経】
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国民は安定第一
肝心のエジプト一般国民は・・・・“ただ、こうした(現政権への)失望感や(モルシ氏の)裁判への疑問は、反政権運動には結びついていない。国民が期待するのは「治安と経済の安定」であり、人権や民主化は二の次だからだ。”ということです。

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