
(首脳会談を行ったウルスラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長とキーア・スターマー英国首相 【6月12日 WEDGE】)
【EUの「再軍備計画」への英の参加が可能になる安全保障・防衛協定の締結などで合意 英EU関係の「リセット」を目指す】
欧州再軍備計画は、欧州連合(EU)がロシアのウクライナ侵攻及びトランプ政権の欧州軽視を背景に、欧州の防衛力を強化するために打ち出した計画です。8,000億ユーロ(約125兆円)規模の資金確保を目標としており、主要な内容としては、防衛費増額、欧州防衛産業の強化、そして重要な技術の自給自足を目指すものがあります。
****EU、1500億ユーロの兵器購入基金設立へ 欧州独自の安保強化****
欧州連合(EU)の各国大使は(5月)21日、ロシアに対する懸念のほか、米国の欧州防衛に向けた将来的な姿勢に疑念が出ていることを背景に、防衛プロジェクト向けに1500億ユーロ(1700億ドル)の融資を迅速に提供する新たな兵器購入基金の設立を承認した。
EUの執行機関である欧州委員会は3月、EU加盟国間の共同プロジェクトに資金を提供する「欧州の安全保障行動(SAFE)」の設立を提案。
欧州の防衛産業を強化するために欧州内での調達が促進されるよう設計されており、SAFEの資金提供を受けるにはプロジェクト価値の65%がEU、またはより広範な欧州経済領域、もしくはウクライナに拠点を置く企業のものでなければならない。
EUは27日に閣僚レベルで同基金の設立を承認する見込みで、これが設立プロセスの最終的な法的ステップとなる。
EUのコスタ大統領はこの日の合意について「一段と強い欧州に向けた重要な一歩」になると述べた。【5月22日 ロイター】
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“SAFEの資金提供を受けるにはプロジェクト価値の65%がEU、またはより広範な欧州経済領域、もしくはウクライナに拠点を置く企業のものでなければならない。”ということで、EU域外のイギリスも「再軍備計画」への参加を希望し、安全保障・防衛協定の締結などで合意しています。
****英EU安保協定締結 米国の関与低下が影響、関係「リセット」目指す****
英国と欧州連合(EU)は19日、英国のEU離脱後初の公式な首脳会議をロンドンで開いた。EUが3月に大筋で合意した「再軍備計画」への英国の参加が可能になる安全保障・防衛協定の締結などで合意した。欧州防衛に消極的なトランプ米政権の姿勢などを踏まえ、冷え込んでいた英EU関係の「リセット」を目指す。(中略)
英政府によると、新たな安全保障・防衛協定では、EUの再軍備計画のうち、市場から1500億ユーロ(約24兆円)規模の防衛基金を調達して加盟国に融資する制度に英国の防衛産業も参加できるようになる。トランプ政権が欧州防衛への関与低下をちらつかせる中、欧州は対米依存からの脱却を目指している。
英海域での漁業権に関しては、2020年1月末の離脱後に締結された、EU側が英海域での漁獲量を25%減少させる協定を38年まで12年間延長することで合意した。現行の協定は26年6月末で失効する予定だった。
また、離脱後に英EU間で煩雑な通関手続きが復活し、スムーズな取引が阻害されていることを受け、食品などに対する定期検査の一部を撤廃することでも合意。EUは英国の最大の貿易相手だが、離脱以降、輸出が21%、輸入は7%減少していた。
このほか、温室効果ガスの排出量取引制度(ETS)の連携や、若者が英EU双方で働いたり大学に通ったりしやすくなる交流制度の強化でも合意した。不法移民対策については、協力に向け協議していくことで一致した。
EU離脱から5年が経過した今年1月に英調査会社ユーガブが実施した世論調査によると、離脱は「間違いだった」との回答が55%に上り、「正しかった」の30%を大きく上回った。【5月19日 毎日】
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****BrexitしたイギリスはEUとの和解に向かうのか?離脱後初の首脳会談、「ロシアの脅威」のもと、関係再建へと進むか****
フィナンシャル・タイムズ紙が、5月19日の英国と欧州連合(EU)の首脳会談における双方の関係リセットの合意は、巨大な取引でもなく、欧州連合離脱(Brexit)の裏切りでもない、関係再建への第一歩だ、とする社説を5月20日付で掲げている。要旨は次の通り。
EUとの関係リセットの合意は、Brexitへの巨大な裏切りではない。巨大な取引でもない。しかし、インドと米国との最近の貿易合意と同様に価値ある一歩である。
その重要性はとりわけ象徴的なものである。Brexit以降における最初の大きな合意はより緊密に協力することが双方の利益であることの承認を意味する。
英国の軍および防衛産業の影響力を考えれば、合意の目玉は安全保障・防衛パートナーシップである。この合意は軍の訓練と機動性、サイバーと宇宙の安全、インフラの強靭性とハイブリッドな脅威への対抗における協力を正式なものとする。
このパートナーシップは、「第三国協定」に署名することを条件に英国がEUの1500億ユーロのSAFE(Security Action for Europe)調達基金に参加する道を開くものであり、双方にとって重要な成果である。
リセットの経済部分は限定的である。しかし、英国の農業食品のほとんどを煩わしい国境検査と書類を省いてEUに輸出可能にする衛生植物検疫協定に向けて作業するという合意は、労働党の選挙公約を実現するものである。
双方の排出権取引制度の結合と併せて、これは2040年までに英国経済をほぼ90億ポンド押し上げると政府は推定している。もっとも、Brexitによる経済への打撃のわずかな部分を相殺するに過ぎない。
しかし、他方で顕著な交換条件がある。英国は「dynamic alignment」を受け入れる、すなわち、植物・動物産品に関する変遷するEUルールを自動的に受容する、すなわち、EU法に係る部分の有権解釈はEU司法裁判所に委ねられることになる。
また、EUの漁船には英国の海域へのアクセスを、現在の取り決めが失効する来年以降、さらに12年間(当初のオファーの倍以上の期間)認める。(中略)
労働党は、その野心の欠乏とEUの単一市場、関税同盟、移動の自由に戻ることはしないという選挙公約のレッドラインのゆえに、昨年の政権交代後のブリュッセルの善意を無駄にしたと言えるかも知れない。今回のリセットはそのレッドラインの幾つかの限界を押し上げることを少なくとも試みるものである。
スターマー政権は、EUと規制を揃える野心的な再編に向けて、今回のリセットをその基礎として使わねばならない。
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関係改善への一歩
5月19日のロンドンにおける英国とEUの首脳会談の結果、「共通了解(Common Understanding)」と題する文書が公表された。
双方の間の広範な協力分野を列挙しているが、この社説が紹介している安全保障・防衛協力、衛生植物検疫協定、排出権取引制度の結合、英国海域における漁業権、その他社説には言及はないが不法移民対策などについての大筋の了解が書き込まれている。
共通了解とされていることからもうかがえるが、書かれていることは具体化に向けて今後作業して行くためのロードマップといった性格のものである。
スターマーは、EUとの関係の改善と強化を約束していた。歴史的という彼の自己評価は大袈裟だが、今回の合意が有意義な一歩であることは間違いない。
保守強硬派はBrexitの裏切りだと非難しているが馬鹿げている。EUとの貿易面などの摩擦を解消する実際的な措置であり、Brexitがハードであることに何ら変化はない。
双方の関係リセットを双方に強く促した要因は、ロシアの脅威を前にした欧州による欧州全体の防衛能力の強化の差し迫った必要性であったと思われる。
欧州有数の防衛能力と防衛産業を有する英国とEUの双方が参画する協力体制を確かなものにするに当たって、相互の貿易その他の問題の調整は避けて通れなかったということであろう。
従って、リセットの目玉は防衛能力と防衛産業の強化を目的とするEUの1500億ユーロのSAFE(Security Action for Europe )調達基金に英国が参加する道を開いたことにある。「共通了解」には、「英国と欧州委員会はSAFEが生み出した相互に利益のある高度な協力の可能性を迅速に探究すべきである」と書かれている。
SAFEの対象外とされている第三国がSAFEに参加するには、当該国とEUとの間の「安全保障・防衛パートナーシップ」の締結が前提要件とされているが、5月19日、双方はこれに合意し公表している。
英国とEUの今後の関係
英国としてEUとの関係強化のためにできることは色々あることを今回の合意は示しているように思われる。Brexit派は、「Brexit後の英国はグローバルでEUの規制の桎梏(しっこく)から解放され、貿易と移民を自由に支配出来る」と主張していたが、幻想だった。そのことが広く認識されることが必要である。
英国民の過半は今やBrexitは間違いだったと考えているというが、国内が分裂している状況は変わらず、EUへの再加盟が現実的な目標となり得るとは考えられない(EUへの復帰はスターマーのアジェンダにはない)。
EUが英国の復帰を歓迎するかも疑問である。この社説はスターマーの野心が欠乏していると慨嘆しているが、今回の合意を足掛かりにEUとの関係強化に実際的な手段を積み上げることが現実的で望ましい行き方であろう。【6月12日 WEDGE】
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【再加入への“熱量”に欠ける世論 政党はリスキーな再加入議論から距離】
イギリス国内のBrexit評価については・・・
****イギリスはEU離脱をどのように評価しているのか?****
イギリス(英国)のEU離脱(いわゆる「ブレグジット」)についての評価は、一枚岩ではなく、多様で分裂的です。政治家、経済学者、メディア、市民の間でも意見は大きく分かれています。以下に主な視点をまとめます(2025年時点の状況を踏まえています):
ポジティブな評価(支持派の主張)
1. 主権の回復
自国の法律や移民政策を自ら決定できるようになった。 欧州司法裁判所の管轄から離れ、立法や規制の自由度が増した。
2. 移民政策の制御
EU市民の自由移動が制限され、移民のコントロールがしやすくなった。 高技能人材に焦点を当てたポイント制の制度へ移行。
3. 新たな通商機会
オーストラリア、日本などとの自由貿易協定(FTA)締結。 CPTPP(環太平洋パートナーシップ)への参加で成長市場との連携拡大。
ネガティブな評価(反対派・批判的な視点)
1. 経済への悪影響
英国経済の成長率はEU加盟時よりも鈍化。 中小企業がEU市場へのアクセスを失い、輸出入コストが上昇。
外国直接投資(FDI)が減少傾向に。
2. 人手不足と労働市場の混乱
農業、物流、医療などで労働力不足が深刻に。 EUからの労働者の流入が減少した影響。
3. 北アイルランド問題の複雑化
北アイルランド議定書によって、英国内に関税の「内なる国境」が発生。 ユニオン派とナショナリストの対立が再燃し、不安定要因に。
4.若年層の不満と分断
若年層の多くは残留支持だったため、民主主義や将来への失望感が強い。
スコットランドや北アイルランドでは独立・再統合への議論も活発化。
世論の変化(2025年現在)
多くの世論調査で「離脱は誤りだった」とする声が過半数を超える傾向に。
ただし、再加入を望む声とそうでない声は拮抗しており、政治的な再加盟は現実的には困難。
労働党政権(仮にそうであれば)はEU再加盟ではなく、「EUとの関係改善・現実的な協調」を模索。
結論
イギリス国内では、EU離脱の評価は分裂的かつ感情的な問題です。支持派は「主権と独立性の回復」を重視し、批判派は「経済と国際的影響力の低下」に懸念を示しています。【ChatGPT:】
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世論では賛否が分かれるなかでも、前出のように「EUを離脱したのは間違い」と離脱を否定的に見るむきが過半数を超えています。
****離脱5年、過半数「間違い」 英、EUと関係再構築****
英国の欧州連合(EU)離脱から31日で5年。最新の世論調査では、英国民の過半数がEU離脱を「間違いだった」と答えた。昨年7月に誕生した労働党政権はEUへの再加盟ではなく、関係を再構築することで防衛や貿易の面でのつながりを強化する方針だ。
2016年、当時のキャメロン政権(保守党)はEU離脱の是非を問う国民投票を実施。52%対48%で離脱が選択された。
英国は離脱により、EU市場への自由なアクセスを失った。英国とEUで異なる規制や基準への対応で企業のコストが増え、貿易が低迷。欧州以外の国と自由貿易協定を結んだり、投資や金融サービス分野で規制緩和を進めたりして経済成長を図ったが、思うような成果が出ていない。
調査会社ユーガブが1月20~21日に実施した世論調査では、英国民の55%が「EUを離脱したのは間違い」と回答。「正しい」と答えたのは30%にとどまった。
スターマー首相は来週、ベルギーを訪問し、EU首脳との非公式会議で欧州の安全保障問題について議論する。21年5月に発効した英EU貿易連携協定(TCA)の見直し交渉にも着手し、貿易障壁の再撤廃の可能性を探る見通しだ。
英国の輸出の約半分はEU向け。英自動車製造販売者協会(SMMT)のマイク・ホーズ会長は、「欧州とより前向きで緊密な関係構築を望んでいる」と強調。欧州議会と欧州委員会が新体制となり、政権交代で英政府も刷新された今が「チャンスだ」と期待を示した。【2月1日 時事】
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世論は「離脱は間違っていた」との声が過半を越えていますが、しかし再加入をアジェンダに掲げる政党は殆どありません。
****世論的には再加入を望む声とそうでない声が拮抗しているのに、再加入を主張する政党はないようにも。離脱に反対した労働党も、再加入ではなく関係改善。このあたりの政治事情は?****
とても鋭い視点です。その通りで、現在の英国政治では「EU再加入」を公然と主張する主要政党はほとんど存在しないのが現実です。以下に、その背景となる政治事情・戦略・世論とのギャップを解説します。
なぜ政党は「再加入」を主張しないのか?
1. 国民投票の「結果」は政治的に重い
2016年の国民投票(52%離脱、48%残留)は一応「民主的決定」。再び「国民の意思」を覆すことは、特に保守層や中道層にとって反発を招く。政治家にとっては「リスクの高い賭け」。
2. 再加入には極めて困難な条件がつく
再加入には ユーロ導入(ポンド廃止)やシェンゲン圏参加など、初期加盟国と異なる義務が課される可能性が高い。
英国民の間で「ユーロ導入」や「国境開放」への抵抗感は依然強い。
3. 世論は変化しているが、“熱意”がない
多くの世論調査で「離脱は間違いだった」との回答は過半数に達しているが、「いますぐ再加入すべき」との熱意は弱い。 経済や生活コスト、NHS(国民医療制度)など国内問題が優先順位として上。
労働党(現在の最大野党、または政権与党の可能性)
キア・スターマー党首の立場は:「離脱の決定を尊重する」「EUとより現実的・建設的な関係を築く」「再加入は議論しないが、関税・規制・学生交流などの連携強化を目指す」
これは「中道有権者へのアピール」を意識した戦略。労働党が過去に選挙で苦戦した一因は、「残留派色が強すぎたこと」。 再加入を前面に出すと、2019年の選挙のように保守支持層や離脱派労働者層が離れるリスク。
保守党(Conservative Party)
完全に「ブレグジット完了路線」。再加入論は「国を分裂させる話題」としてタブー視されている。
一部穏健派はEUとの協力を模索するが、公然とは語らない。【ChatGPT:】
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世論は“数”としては「離脱は間違いだった」との回答が過半数ではありますが、“熱量”に欠ける状態で、再加入議論は高まっていません。
政党は、2016年の国民投票結果をひっくり返すようなことを掲げるのはリスクが大きく、再加入問題から距離を置いて状況のようです
・・・ということで、スターマー首相はEU再加盟ではなく、「EUとの関係改善・現実的な協調」を模索。