孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

中国若者に流行るもの 谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』と女性学研究者である上野千鶴子氏の著作

2024-03-03 23:38:42 | 中国

(中国版「陰翳礼讃」【2月17日 デイリー新潮】)

【将来に対する悲観主義 自分が楽しめる時間を重視し、最低限しか働かない「寝そべり族」】
中国では経済の停滞に伴い、若者は就職や労働を通じた将来の見通しがききにくくなっており、そうした状況で「寝そべり族」と称されるような、会社で働くプレシャーを忌避し、自分の幸福や興味を充実させることを重視する若者が増えていることは以前から指摘されています。

****稼ぎより自分の時間優先、将来悲観する中国の「寝そべり族」****
中国では経済の停滞に伴い、若者は就職や労働を通じた将来の見通しがききにくくなっている。そうした中で、チュー・イさん(23)が選んだ道は「寝そべり族」。自分が楽しめる時間を過ごすのに必要なだけの稼ぎを得るため、最低限しか働かない人々のことだ。

チューさんはかつてアパレル関係の会社に勤めていたが、2年前に退職した。頻繁に残業しなければならない上、上司が嫌いだったからという。

今は在宅で旅行会社の仕事を週1日こなすだけ。そのおかげで、フルタイムのタトゥーアーティストになるための半年の見習いに入り、たっぷり練習できる時間を確保している。

寝そべり族はチューさんだけではない。どれだけの若者が従来のような会社勤めを放棄したのか、統計はないものの、マクロ経済がなお新型コロナウイルスのパンデミック前の成長軌道に戻れず、大学新卒者の間からは収入を得るために就職口で妥協を強いられたとの声が聞かれる中で、昨年6月時点でも若者の失業率は21.3%と過去最悪に達していた。

「私にとって、働くことに大きな意味はない」とチューさんは言う。「大部分は上司のために仕事をやり遂げ、上司が喜ぶだけのように思える。だから(必死に)働かないと決めた」

中国でチューさんのように1995年から2010年に生まれた約2億8000万人の「Z世代」は、あらゆる年齢層で最も悲観的だ。

この半世紀近くで成長率が最低圏に落ち込んだ今、習近平体制にとってはZ世代の不安をいかに和らげるかが重要な政策課題になっている。1月には人力資源・社会保障省が、今年は特に若者の雇用を増やす取り組みの強化が必要だと訴えた。

米ミシガン大学で社会学助教を務めるチョウ・ユン氏は、一部の若者は会社で出世するための激しい競争から進んで身を引いたように思えるが、彼らの将来に対する悲観主義を見過ごすことはできないと強調する。

チョウ氏は、中国では経済が減速し、労働市場は逼迫(ひっぱく)したままだと指摘。「社会格差が固定化され、政治的な統制強化が進み、経済の先行き期待が持てない今の中国は若者らにとって非常に生きづらくなっている」との見方を示した。

これら全ての要素が重なった結果、チューさんのような若者は自分の幸福や興味を充実させることを、会社で働くという「終わりなきプレッシャー」よりも大事に考えるようになった。

実際チューさんは、以前よりずっと幸せを感じており、自らの選択には「価値がある」と信じている。

「私の今の給料は、多いとは言えないが、毎日の生活費を賄える。自由な時間は、数千元のお金よりもはるかに貴い」。チューさんはそう話した。【2月18日 ロイター】
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****雇用悪化の中国で「就職戦線異状アリ」若者求める働き方とは****
若者の雇用環境が悪化している中国で本格的な就職活動が始まり、大規模な説明会が開かれました。若い世代の安定志向が強まるなか、希望する働き方も変化しています。(中略)

就活生
「基本的に5日働いて2日休んだ方がいい。自分の生活時間が多く取れる仕事を優先する」
「(多い残業は)当然受け入れられない。お金を稼ぐために働き、生活のためにお金を稼ぐけど、自分の時間がないと生活できない」

中国政府によりますと、今年採用の国家公務員試験の受験者数は過去最多の303万人、平均倍率は77倍となり若い世代の安定志向が一段と強まるなか、プライベートな時間を充実させられる働き方を模索する若者も増えています。【2月23日 テレ朝news】
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上を目指してあくせく働くより自分が楽しめる時間を重視する傾向が強まっているというのは、日本でも同じでしょう。

それは、あくせく働かなくてもなんとか生活はできるという経済全体の底上げがもたらした一側面でもあるでしょう。(生きるためにはがむしゃらに働かねばならない社会では、「寝そべり族」は存在しえません。)

こういう中国若者の意識変化が、社会の成熟、経済全体の底上げに伴う長期的な変化なのか、現在の経済悪化がもたらしている一時的な現象なのか、「寝そべり族」云々は思いどおりには社会に受け入れられていない自己を正当化するための防御的な意識に過ぎないのか・・・そこらはよくわかりません。

【煌びやかさより内面的な世界を重視 “意識高い系”のアッパークラスの若者に谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』がブーム】
「寝そべり族」現象と同じ背景もあるとも指摘される現象として、今中国の経済的に恵まれた若者の間で谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』が“ブーム”になっていると聞いて驚きました。

谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』・・・名前ぐらいは私も聞いたことがありますが、読んだことはありません。学生時代の現代国語の試験問題で一部出くわしたことはあるでしょうが。

その内容をウィキペディアで探ると・・・

****陰翳礼讃****
西洋の文化では可能な限り部屋の隅々まで明るくし、陰翳を消す事に執着したが、いにしえの日本ではむしろ陰翳を認め、それを利用することで陰翳の中でこそ映える芸術を作り上げたのであり、それこそが日本古来の美意識・美学の特徴だと主張する。

西洋では食器でも宝石でもピカピカに研いたものが好まれ、支那人が「玉」(翡翠)という鈍い光の石に魅力を感じたり、日本人が水晶の中の曇りを喜んだりするのとは対照的である。東洋人は、銀器が時代を経て黒く錆び馴染む趣を好み、自然に手の油で器に味わいが出るのを「手沢」「なれ」と呼んで、その自然を美化して風流とするが、西洋人は手垢を汚いものとして根こそぎ発き立て取り除こうとする。

人間は本来、東洋人が愛でたような自然の手垢や時代の風合いのある建物や器に癒され、神経が安まるものである。病院なども、日本人を相手にする以上、真っ白な壁や治療服をやめて、もっと温かみのある暗みや柔らかみを付けたらどうか。

日本人はアメリカの真似をして電灯を使いすぎ、東京や大阪はヨーロッパの都市に比べて格段に明るい。観光地も拡声器があったりして風情が無い。

日本の漆器や金蒔絵の道具も、日本の「陰翳」のある家屋の中で映え、より一層の美しさを増す。祖先が作った生活道具の装飾などは、そうした日本の自然の中で培ってきた美意識で成り立っており、実に精緻な考えに基づいている。

日本人は陰翳の濃淡を利用し、その美を考慮に入れ建築設計していた。美は物体にあるのではなくて、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にある。

こういう傾向が東洋人に強いのはなぜだろうかというと、明るく透きとおった白人と違い、日本人の肌は薄汚い陰ができてしまう。われわれとしてはそうするより仕方がない。【ウィキペディアより一部抜粋】
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個人的には共感できる部分も多々ありますし、「いや、そうは言っても・・・」と感じる部分も。
こうした谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』が中国のアッパークラスの若者にどのように受け入れられているのか?

****中国人富裕層に大人気「谷崎潤一郎」ブームが象徴する“消えた爆買い”“逆張り旅行”の意外な真相****
「90億人が大移動する」――と喧伝された中国の春節(旧正月)が2月17日で幕を閉じる。この間、日本にも多くの中国人観光客が訪れたが、かつての「爆買い」は鳴りをひそめるなど、大きな変化も指摘されている。その理由を読み解くカギが、中国人富裕層の間で広がる「谷崎ブーム」にあるという。

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今年の春節で日本を訪れた中国人観光客の特徴の一つに「逆張り旅行」が挙げられるという。中国人留学生がこう話す。

「東京の浅草や京都の金閣寺といった定番スポットではなく、地方のちょっと寂れた神社やお寺、秘境駅などを目指す旅が20〜30代の中国人の間で流行っています。

人混みを避けられるし、立派で壮麗な仏閣なら中国でも見ることができる。それより、日本の“素の文化に触れる”ため、あえて地方の辺鄙な場所を目指す若者が増えています」

その変化は消費行動にもあらわれ、春節期間中、コロナ前に見られた「爆買い」は影をひそめ、体験重視の「コト消費」が主流になっているとか。

「宝飾品などを除けば、わざわざ日本で買わなくてもネットショッピングで大抵の日本製品はすぐ手に入れることができる。どうせ行くなら『日本的な美に直接触れたい』といった声をよく聞きます」(同)

そんな彼らが「日本の美」に目覚めるキッカケとなった一つが、『細雪』や『痴人の愛』などで知られる作家・谷崎潤一郎なのだという。

「日本的美の教典」
中国事情に詳しいインフィニティ・チーフエコノミストの田代秀敏氏が言う。
「数年前から谷崎潤一郎の著作が中国で次々と翻訳出版され、とくに“意識高い系”のアッパークラスの若者を中心に“谷崎ブーム”が起きています。

なかでも谷崎の代表作の一つである『陰翳礼讃』は彼らの間で〈日本的美意識の教典〉と位置付けられ、微博(ウェイボー)などのSNS上では(中国語への)翻訳をめぐる議論が活発に交わされています」

そんな社会現象に目を付けた中国の広告代理店が、谷崎を偏愛する20〜40代の富裕層に狙いを定め、新たなCM戦略にも打って出ているという。

「いま中国で流れているトヨタ・LEXUS(レクサス)のCMはモノトーンを基調とし、“陰翳礼讃の精神そのもの”と評判になっています。CM内には一瞬ですが、日本の書院造りの部屋から日本庭園を眺めるシーンも挿入されていて、明らかに“谷崎読者をターゲットに据えたもの”と指摘されています。

他にも中国のオフィス内装会社が陰翳礼讃を意識したダークな色彩のシンプルな室内装飾のCMを流すなど、谷崎の描いた“繊細で華美を排した水墨画”のような世界が、ある種の進んだスタイルとして中国社会に浸透しつつあります」(田代氏)

「経済成長は続かない」
不思議なのは、いまになって谷崎が人気となっている理由だが、その背景を田代氏がこう話す。
「谷崎に耽溺する、1980年以降に生まれた『80后』と呼ばれる中国の若い世代は、現在50〜60代の親世代とは価値観が異なっています。

彼らの親たちは“大きな家や車”“高い年収や地位”など、煌びやかなアメリカ的生活様式の果実を求めて頑張ってきた。けれど中国が経済成長を遂げるなかで育った子供たちの世代では、より内面的な世界が重視され、それが細部へのこだわり――つまり“陰影”などに惹かれているようです。

すこし前に中国で、無気力な若者を象徴するものとして『寝そべり族』という言葉が流行りましたが、あれは中国版の“ヒッピー・ムーブメント”でもありました。“未来のためにあくせく働くよりイマを静かに楽しむ”という生き方を理論武装するものとしても『陰翳礼讃』は読まれているのかもしれません」

 前出の中国人留学生が補足する。
「いまの中国を見れば、“経済一辺倒”の思考はキケンと感じるほうがフツーです。今後も国の成長が右肩上がりで続くなどと、無邪気に信じている者はさすがに周りを見渡してもいない。

谷崎がブームとなっているのは“ミニマリスト”の精神にも通じるところがあるように思います。将来が見通せないなか、無駄を削ぎ落とした谷崎の陰翳礼讃は、経済成長の外側にある人の営みの大事な部分を教えてくれている気がする」

谷崎は生前、2度訪中した経験を持つが、没後60年近くを経ての「ブーム到来」に何を思うか。【2月17日 デイリー新潮】
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もちろん“ブーム”とは言ってもごく限られた範囲でのものでしょうが、それでも中国の“意識高い系”のアッパークラスの若者と谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』・・・面白い組み合わせです。

【「平等に見えた社会」に行き詰まりを感じた中国女性に上野千鶴子著書がブーム】
生きづらさを感じる若者・・・特に、女性は男性より重い負担を背負うことにもなっています。

****中国の養育費は世界有数の高さ、女性の負担重く シンクタンク報告****
中国のシンクタンク「育媧人口研究智庫」は、同国の養育費が1人当たり国内総生産(GDP)でみて世界有数の高さだとの報告書をまとめた。

18歳までの養育費は1人当たりGDPの約6.3倍。これに対しオーストラリアは2.08倍、フランスは2.24倍、米国は4.11倍、日本は4.26倍。

子育てにより女性の有給労働時間と賃金は減少するが、男性の生活に大きな変化はないという。

報告書は「中国の現在の社会環境は母親に優しいとは言えず、女性が子供を育てる時間的なコストと機会費用が高すぎる」と指摘。「養育費の高さ、女性が家庭と仕事を両立させる難しさといった理由から、中国人の平均的な出産意欲は世界最低に近い」としている。

中国では昨年、2年連続で人口が減少。出生数は2016年の約半分に落ち込んでいる。

報告書によると、0─4歳の子どもを育てる女性は有給労働時間が2106時間減り、6万3000元(8700ドル)の収入を失う。子どもを持つ女性は賃金が12─17%減り、余暇の時間も0─6歳の子供が1人いる女性は12.6時間、2人の場合は14時間減るという。

報告書は養育費を下げる政策を全国レベルで可能な限り早期に導入すべきだと主張。現金給付や優遇税制、保育サービスの改善、母親と父親の育児休暇平等化、外国人ベビーシッターの活用、柔軟な勤務体制、独身女性と既婚女性の同等な生殖権といった対策を挙げた。

「現在の超低出生率を改善できなければ、中国の人口は急速に減少し、高齢化が進む。そうなればイノベーションや国力全体に深刻な悪影響が出る」としている。【2月21日 ロイター】
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このあたりの事情は、日本も、出生率0.72(ソウルは0.55)の衝撃に見舞われている韓国も同じ。
そういう生きづらい環境にある中国女性に今うけているのが日本の女性学研究の第一人者である上野千鶴子氏だとか。これまたびっくり。

****中国で上野千鶴子著書が大ヒット 若い女性共感、社会現象に****

(北京市内の書店に並ぶ、中国語に翻訳された上野千鶴子さんの著書=2月(共同)
日本の女性学研究の第一人者である上野千鶴子さんの著作が中国で大ヒットしている。弱者が弱者のままで尊重されるよう訴える思想が共感を呼んだ。講演を開けば若い女性の申し込みが殺到し、社会現象とも言われる。ブームの背景に男性優位の社会構造への絶望や閉塞感の根深さが透ける。

中国メディアによると、上野さんの著書はこれまでに20冊以上、中国語に翻訳・出版され、国内の総販売部数は数十万部に上る。22年には、国内最大級の書評サイトで上野さんが「今年の作家」1位に選ばれ、鈴木涼美さんとの共著「往復書簡 限界から始まる」は「今年一押しの本」に。北京大で開いたオンラインの講演には全国から聴講希望者が殺到した。

ブームのきっかけは東大の祝辞だ。中国の動画サイトで100万回以上再生された。

支持者の中心は20〜30代の高学歴女性。北京大の古市雅子准教授は「平等に見えた社会」に行き詰まりを感じた多くの女性が、生きづらさの原因を平易な言葉で解明する上野さんに心酔していると指摘する。【3月3日 共同】
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上野千鶴子氏の東大での祝辞は日本でも大きな話題になりました。

上野氏は2019年の東大入学式祝辞で、東大の中にも根強く存在する女性差別を指摘したうえで、「社会に出れば、もっとあからさまな性差別が横行している」とも。

そのうえで「頑張っても公正に報われない社会が待っている。頑張ったら報われると思えることが、恵まれた環境のおかげだったことを忘れないでほしい」「世の中には、頑張っても報われない人や頑張ろうにも頑張れない人、頑張りすぎて心と体を壊した人たちがいる。恵まれた環境と能力を、自分が勝ち抜くためだけに使わず、恵まれない人々を助けるために使ってほしい」「これからあなた方を待っているのは、正解のない問いに満ちた世界。未知を求めて、よその世界にも飛び出してください」と新入生に訴えました。

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