孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

バイデン米大統領、サウジ訪問 「望まぬ油乞い外交」 石油増産の実現は不透明

2022-07-16 23:10:01 | アメリカ
(会談に先駆け、拳を突き合わせて挨拶を交わすバイデン氏(左)とムハンマド皇太子【7月16日 CNN】)

【バイデン大統領「望まぬ油乞い外交」】
7月12日ブログ“バイデン米大統領の中東訪問 サウジとの手打ち、石油増産要請、さらには中東全域の協力体制なども”で取り上げたバイデン米大統領の中東、特に国を実質的にリードするムハンマド皇太子がカショギ氏殺害事件に関与したとされるサウジアラビア訪問が大きな話題となっています。

一言で言えば、「石油か人権か」という問題。やや辛辣ではありますが「油乞い外交」との表現も。

****バイデン氏「望まぬ油乞い外交」 三菱総研主席研究員・中川浩一氏****
バイデン米大統領による今回のサウジアラビア訪問は、両国の戦略的同盟関係を再活性化するという名目の下、本質的には石油増産を要請する「油乞い外交」だといっていい。

バイデン氏は2021年2月に行った就任後初の外交演説で、米外交の「負の遺産」である中東からの脱却と、中露の権威主義体制との競争へのシフトを鮮明にさせた。また、人権や民主主義などの基本的価値を重視することも明確にしてきた。

特にサウジに対しては、18年のサウジ人記者殺害事件をめぐり、ムハンマド皇太子を糾弾する立場をとった。国際的信頼度が地に落ちたと感じたサウジ側の怒りは頂点に達した。

しかし、ロシアのウクライナ侵攻を受けた原油高で事情は一変した。バイデン氏は「大統領のカウンターパートではない」として皇太子と対話を避けていたが、サウジ側は原油生産に関する決定権は皇太子にあるとして、バイデン氏が皇太子と会わざるを得ない状況を作った。人権問題などでハードルを上げたのは米国側とはいえ、バイデン政権にとっては本来、望まない訪問だったはずだ。

サウジ側は、人権とエネルギーを取引材料に汚名を払拭し、皇太子がサルマン国王の後継であることを明確に内外に知らしめる好機と考えた。

サウジとしても、ウクライナ戦争で露製兵器は頼りにならないことが明確になる中で、隣国イエメンの武装勢力フーシ派からのミサイル攻撃を防ぐために米国からの武器購入を必要としており、米国との関係修復は重要な成果となる。

一方で、サウジなど湾岸産油国による石油増産は今後も小出しにとどまるだろう。世界の潮流でもある脱炭素社会の実現に邁進(まいしん)する皇太子には、大幅増産による価格下落や石油のだぶつきによる自国経済への悪影響は避けたいとの思惑がある。

バイデン氏は、中露と対峙(たいじ)しつつ、石油のために中東への「再関与」にどこまで踏み込むのか。今後は、外交戦略全体の見直しも含めて覚悟が問われることになる。【7月16日 産経】
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バイデン米大統領を党内外に批判も多い(人権重視の民主党左派だけでなく、共和党内にも9.11以来、根強いサウジ不信感があります)「望まない」サウジ訪問に追い込み、「脱・中東」から「中東再関与」に向かわせているのはウクライナ情勢を受けた石油事情の変化です。

脱・ロシア産石油で同盟国をとりまとめるためには、そして何よりもバイデン政権の死命を制する政治問題化しているアメリカ国内のインフレ進行、とりわけガソリン価格高騰を抑制するためには、何としても石油需給を緩和させる必要があり、そのためには中東最大の産油国であるサウジアラビアに増産を要請するしかない・・・という事情です。石油・サウジのほか、インフレ抑制のためには対中国関税の一部撤廃も議論の俎上に上がっています。

****バイデン氏がインフレ対策外交に躍起 中間選挙控え****
バイデン米大統領が中東歴訪で「再関与」を打ち出したのは、中国やロシアとの競争に備える一方で、国内の急速なインフレへの対処としてサウジアラビアなど湾岸アラブ産油国の協力を取り付けるためだ。

このほか、バイデン政権が対中関税の一部を月内にも撤廃するとの観測も強まっている。11月の中間選挙に向けて支持率低迷に苦しむ中、インフレ対策につながる外交成果を挙げようと躍起だ。

「米国への石油供給を増やすためにできることはすべてやっている」。15日の記者会見で米国内のガソリン価格高騰について質問が及ぶと、バイデン氏はやや気色ばんでこう強調した。

バイデン氏の支持率は各種世論調査で4割を下回る低空飛行を続けている。13日に発表された6月の米消費者物価指数は、前年同月比で約40年半ぶりとなる9・1%の上昇となり、インフレの加速に歯止めがかかっていない。

このまま11月に中間選挙を迎え与党・民主党が敗北すれば、政権はレームダック(死に体)化する恐れもある。
バイデン氏が今回の訪問で、「嫌われ者」と非難してきたサウジとの和解を演出したことについて、米議会などでは人権問題の視点から疑問を呈する声が出ている。

批判が予想された中でバイデン氏が訪問に踏み切ったのは、ロシアによるウクライナ侵攻を受けてサウジの地政学上の重要性が高まっている現実と、物価抑制に向けた取り組みが必要だとの焦りからだ。

バイデン政権は現在、トランプ前政権が発動した対中関税の一部を月内にも撤廃し、中国の習近平国家主席との首脳会談を実現する方向で調整を進めているとみられている。これも、経済界からの圧力を受けて物価の抑制効果を狙ったものだとの指摘は根強い。

バイデン氏が「戦略的ライバル」とする中国との長期的な競争を最重要課題としていることに変わりはない。15日の記者会見では、中露の伸長を阻止するために「中東を空白地帯にはしない」と語った。だがその一方で、自身が外交の中心理念とする人権や民主主義などの価値観では一定の妥協を強いられているのが現実だ。

他方、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子側も大きな利益を引き出した。会談の形式についてホワイトハウスは当初、バイデン氏とサルマン国王の会談に皇太子が同席するとの見通しを示していた。

しかし訪問直前で、これとは別にバイデン氏ら米側と皇太子をトップとするサウジ側代表との実務会談が設定され、皇太子はバイデン氏とほぼ同格の立場であることを内外に誇示。王位継承に向けて地位をいっそう強固にした。【7月16日 産経】
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【サウジのペースで進んだ会談 ムハンマド皇太子、バイデン大統領に人権問題提起に反論】
上記記事にもあるように、バイデン大統領は批判をかわすべく、あくまでも会談の相手は国王であり、皇太子は同席するだけだ・・・弁明していましたが、皇太子との実務会談という形で、サウジのペースに押し切られたようです。

会場に車で到着したバイデン大統領を出迎えたムハンマド皇太子、両者はこぶしをつき合わせて“グータッチ”。
バイデン氏側はコロナ対策で握手を避けたと説明していますが、本意としては人権批判のある皇太子との握手を避けたということでしょう。

しかし、見ようによっては和やかにグータッチというのは、握手以上に親密な雰囲気も感じさせる結果にも。

“カショギ氏がコラムニストとして所属していた米紙ワシントン・ポストのフレッド・ライアン最高経営責任者(CEO)は、拳を合わせたあいさつに「握手よりも悪い、恥ずべき行為だった」とする声明を発表。”【7月16日 毎日】

また、“実務協議の実施によって、テーブルを挟んでバイデン氏と「対等」に向き合うムハンマド氏の姿が演出される形となった。サウジのペースで進んだのは明らかだ。”【7月16日 毎日】とも。

****米大統領がサウジ訪問 「のけ者」宣言から一転****
ジョー・バイデン米大統領は15日、サウジアラビアを訪問し、同国の事実上の最高指導者ムハンマド・ビン・サルマン皇太子と会談した。バイデン氏は大統領選に出馬時、人権問題をめぐりサウジを国際社会の「のけ者」にすると表明していたが、今回の訪問は方針転換となった。

バイデン氏は、先に訪れていたイスラエルから大統領専用機エアフォースワンで出発し、サウジの港湾都市ジッダに到着。イスラエルを国家として承認していないアラブ国家へ同国から直行した米大統領は、バイデン氏が初めて。

国営テレビのアルイフバリヤは、ムハンマド皇太子がジッダのアルサラム宮殿にバイデン氏を迎え、こぶしを突き合わせてあいさつした後、宮殿内を案内する様子を放送。バイデン氏はサルマン国王と面会した後、ムハンマド皇太子を含む両国高官と共に大きなテーブルを囲んで協議を行った。

サウジアラビアをめぐっては2018年、同国の反体制派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏がトルコ・イスタンブールのサウジ領事館で殺害され、国際社会からの批判を生んだ。バイデン政権は昨年の発足後、ムハンマド皇太子がカショギ氏の殺害を「承認」したと結論付けた米情報機関の調査結果を発表していた。

サウジ当局は皇太子の関与を否定し、カショギ氏殺害は上層部の指示なく実行されたものだったと説明。だが、改革者と期待されていた皇太子の国際的評判は、この事件によって大きく傷ついた。(後略)【7月16日 AFP】
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バイデン大統領は人権に関して言うべきことは皇太子に言ったと・・・。

****米大統領がサウジ皇太子に記者殺害の「責任」提起****
中東を歴訪中のアメリカのバイデン大統領はサウジアラビアでムハンマド皇太子と会談し、サウジアラビア人ジャーナリストの殺害事件について皇太子の責任を指摘しました。(中略)

アメリカ バイデン大統領
「カショギ氏の殺害については会談冒頭で提起し、考えを明確に伝えた。皇太子は『自分は責任者ではなく責任者に対して行動をとった』と話した」

バイデン大統領は「皇太子に責任があるだろう」と指摘したほか「サウジ政府への反対や批判をどうにかしようとする行為は人権侵害だと受け止めている」と伝えたということです。

一方、エネルギー価格の高騰を巡っては、「原油の十分な供給について良い話し合いができた」と話し、“まもなく対応が取られる”との見通しを明らかにしました。【7月16日 TBS NEWS DIG】
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しかし、ムハンマド皇太子は「このような事件は世界のどこでも起きうる」と一蹴した感じも。

****ムハンマド皇太子、人権問題でバイデン氏に反論 サウジメディア報道****
価値観の無理強いは逆効果だ――。サウジアラビアの実権を握るムハンマド皇太子は15日のバイデン米大統領との会談で、人権問題などについて強気の反論を展開した模様だ。

サウジ資本の衛星テレビ局「アルアラビーヤ」電子版が16日、会談に陪席したサウジ政府高官の話として報じた。原油増産を求めてこれまでの冷淡な態度を一変させたバイデン氏に対し、意趣返しした形とみられる。

この報道によると、サウジ西部ジッダでの会談は予定の1時間半を大幅に超過し、話題は多岐にわたった。バイデン氏がムハンマド氏主導と見るサウジ人記者殺害事件(2018年)を取り上げたのに対し、ムハンマド氏は必要な全ての司法手続きがなされたと説明し、「このような事件は世界のどこでも起きうる」と主張。米国も過ちを犯してきたとして、駐留米軍による被収容者虐待事件が起きたイラクのアブグレイブ刑務所を例に挙げた。

ムハンマド氏はさらに、米国とサウジの価値観は共通しない部分もあり、価値観の無理強いは逆効果になると述べた。失敗の例として、米国による戦争で国情が不安定化したイラクとアフガニスタンに言及したという。【7月16日 毎日】
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【十分な石油増産が実現できるかは不透明】
バイデン大統領としては、とにかく「油が欲しい」ということで我慢のサウジ訪問のようですが、その結果、十分な規模の石油増産が実現するかは不透明とも。

****バイデン氏に原油増産求められたサウジ、応じるかは不透明…会談後の共同声明で「定期的に協議」****
中東歴訪中の米国のバイデン大統領は15日、サウジアラビア西部ジッダで、同国の実権を握るムハンマド・ビン・サルマン皇太子と会談した。バイデン氏は、ロシアのウクライナ侵略により高騰したガソリン価格の安定のため産油国のサウジに増産を求めた模様だが、サウジ側が応じるかどうかは不透明だ。

会談後に発表された共同声明によると、両国は世界のエネルギー市場について定期的に協議することで合意した。バイデン氏は会談後の記者会見で「世界の経済成長を支えるためのエネルギー安全保障と十分な石油供給の確保について良い議論ができた」と振り返った。

「サウジ側も(原油増産の)緊急性を共有している。今日の議論を踏まえ、数週間のうちに更なる措置が取られると期待している」と述べ、サウジなどが増産に応じることに期待を示した。

バイデン氏は16日、ジッダで開かれる湾岸協力会議(GCC)の6か国にエジプト、イラク、ヨルダンを加えた計9か国との首脳会合に出席する。各国に原油増産を要請する予定だ。

サウジが主導する石油輸出国機構(OPEC)加盟国とロシアなど非加盟産油国による「OPECプラス」は8月3日に次回の閣僚級会議を予定しており、増産を検討する可能性がある。

ただ、世界経済の減速で需要が減るとの見方から、最近の原油価格は下落傾向だ。増産で価格が一段と低下すれば収入が減るため、OPECプラスが増産要請に応じるかは不透明だ。(中略)

15日のニューヨーク原油先物市場で、代表的な指標となるテキサス産軽質油(WTI)の8月渡し価格の終値は前日比1・81ドル高の1バレル=97・59ドルだった。サウジアラビアが米国の要請を受けて原油の増産に応じる可能性は低いとの見方が広がり、供給不足への懸念から値上がりした。【7月16日 読売】
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看板の人権を棚上げしてまで「油乞い」したあげく、期待されるような増産が示されなければ、バイデン大統領としては立場がなくなります。

なお、下記のような話も。サウジへの「手土産」でしょうか。

****米、紅海の島から部隊撤収 領空開放の見返り、サウジに返還****
バイデン米大統領は15日、紅海に浮かぶティラン島から米国主導の平和維持部隊を今年中に撤収すると発表した。サウジアラビアが島の観光開発を進めるため、米国に部隊を引き揚げるよう依頼していた。米国の決定は、サウジがイスラエルなどに領空を開放したことへの見返りとみられている。

ティラン島は紅海の軍事的要衝で、元々サウジ領だったが、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領。その後、エジプトに引き渡されるとともに米国主導の平和維持部隊が駐留していた。エジプトは2017年にサウジへの返還を決めたが、サウジが島の主権を得るためには、イスラエルの承認と部隊の撤収が必要だった。

イスラエルメディアによると、米国とイスラエルは島への対応を巡り、サウジと数カ月間にわたって水面下で交渉。両国はサウジが領空開放を認める代わりに、島を返還することで合意したという。【7月16日 毎日】
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【イランによる「核兵器保有」を阻止することの重要性について合意 一方でイラン・サウジの協議も】
人権問題、「油乞い」ともうひとつの注目点、対イラン対策については、「イランによる「核兵器保有」を阻止することの重要性について合意した」とのこと。

****米とサウジアラビア、イラン核保有の阻止で合意=共同声明****
米国とサウジアラビアは、バイデン米大統領のサウジ訪問中に、イランによる「核兵器保有」を阻止することの重要性について合意した。国営サウジ通信(SPA)が共同声明を発表した。

バイデン大統領は、米国が「サウジの安全保障と領土防衛」を支援し、「外部の脅威から国民と領土を守るために必要な能力を得ることを促進する」ことについて、引き続き注力すると表明した。

また共同声明によると、両国は、イランによる「他国の内政への干渉、武装した代理勢力を通じたテロリズム支援、地域の安全保障と安定を脅かす行動」をさらに抑止する必要性を強調した。

このほか、ホルムズ海峡やバブ・エルマンデブ海峡といった戦略的な国際水路を通じた通商の自由な流れを維持することが重要だとした。

イスラム教シーア派の盟主イランと、スンニ派の盟主サウジは、イエメンやシリアの内戦などあらゆる地域紛争で代理戦争の状況にある宿敵同士で、2016年には断交に至った。【7月16日 ロイター】
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サウジの前に訪問したイスラエルでも、バイデン大統領とイスラエル首相はイランによる核兵器獲得をアメリカが決して容認せず、阻止に向け「国家のあらゆる力を使う用意がある」とする共同宣言に署名しています。

まあ、アメリカ及びイランの宿敵イスラエルとサウジがイランの核兵器保有阻止で合意というの至極当然の話ですが、サウジアラビアとイランの間では関係修復に向けた協議も進行しており、そうした話との関係は・・・よくわかりません。国家でも人でも、その関係は“単線”ではないようです。

****サウジもさらなる2カ国協議に意欲=イラン外務省****
イラン外務省報道官は13日の定例記者会見で、サウジアラビアとの間では昨年来の協議が有益だったとの見解で一致しているとし、「双方とも協議をさらに続けていくことに関心を持っている」と述べ、協議継続に意欲を示した。

報道官は協議の仲介役を買って出ているイラクのバグダッドでの次回協議が遅れていることは認めた上で、遅延は協議で重要な進展を実現させるべく準備をしているためだと述べた。

イスラム教のシーア派を国教とするイランと、スンニ派の盟主サウジは元々、イエメンやシリアの内戦などあらゆる地域紛争で代理戦争の状況にある宿敵同士で、2016年には断交に至った。しかし、最近になって関係修復に動き、今年3月にはイラン側が5回目協議を中断したものの、4月には実現させている。(後略)【7月14日 ロイター】
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アメリカもイランとの間で核合意再建協議を進めていますから、そのあたりはお互い様でしょうか。
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