孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インド  中印国境で続く緊張 中国・アメリカを睨んだしたたかなインド外交

2022-07-08 23:17:50 | 南アジア(インド)
(【2021年9月23日 IPDefenseForum.com】 中印国境では東西両方に係争地があります。)

【“両国は相違点を効果的に管理・制御してきた”とは言い難い中印関係】
ウクライナ・ロシアのように現在進行形で火を噴いている紛争のほかにも、世界中に紛争の火種は尽きません。
そうした多くの火種のなかでも、もし実際に火を噴けば当事国だけでなく世界に大きな影響を及ぼすのがともに核保有国である中国とインドの関係。

“もし火を噴けば”という言い方をしましたが、米中対立という国際政治の最大の枠組みのなかで、アメリカ主導の対中国戦略「クアッド」へのインドの参加、中国・ロシアが対アメリカ戦略の基軸にしようとするBRICSにおけりインドの立ち位置などのように、現在の中印関係の緊張がすでに国際政治の枠組みに大きな影響を及ぼしています。

中印関係に関する昨日・今日の関連記事から2件。

****中国とインド、相違点を効果的に管理・制御=王毅外相****
中国の王毅外相は7日、インドのジャイシャンカル外相に対し、両国は相違点を効果的に管理・制御してきたと述べた。

インドネシアのバリ島で開幕した20カ国・地域(G20)外相会合に合わせて会談し、二国間関係は概して回復の勢いを見せているとした。【7月8日 ロイター】
******************

“両国は相違点を効果的に管理・制御してきた”云々は、非常に外交的に洗練された言い回しですが、後で取り上げる中印国境の緊張状態を糊塗するものでしょう。

今年3月に王毅外相がインドを訪問した際には、普段は外交的に洗練されたもの言いのジャイシャンカル外相と王毅外相の会談は激しい言葉の応酬となり、会談終了後ジャイシャンカル外相は「(中印関係は)とても正常とは言えないね」と記者団に語ったとか。【「選択」7月号より】

下記のような話も、中印関係の緊張を反映したものでしょう。

****中国大使館がインド政府に苦言、企業への頻繁な調査で信頼低下****
在インドの中国大使館は、インド当局による中国企業の調査が相次いでおり、インドに投資する外国企業の間で信頼が低下しているとの認識を示した。

両国は2020年に国境付近の係争地で軍が衝突して以降、政治的な緊張が高まっている。インド政府は安全保障上の懸念から300以上の中国製アプリを禁止。中国の投資に対する規制を強化している。

インド政府の金融犯罪対策機関である執行局(ED)は5日、中国のBBKエレクトロニクス(広東歩歩高電子工業)傘下のスマートフォンメーカー、ビーボの複数の事務所と関連団体を捜索した。地元メディアによると、捜索は資金洗浄疑惑を巡る調査の一環という。

中国大使館は声明で「(こうした頻繁な調査は)インドのビジネス環境の改善を妨げ、中国企業など外国の事業体がインドで投資や業務を行う際の信頼と意欲が低下する」と表明。ビーボの調査状況を注視しているとした。
インド政府のコメントは取れていない。【7月7日 ロイター】
******************

【衝突から2年 今も両国は係争地に計10万人前後の部隊を配置】
でもって、中印関係緊張の舞台となっている国境紛争。2020年6月15日から両国の部隊が衝突し、45年ぶりに死者が出てから2年が経過しましたが、緊張が続いています。

****中国が係争地に橋、インドもインフラ整備 衝突から2年****
インド北部と中国西部が接する係争地で、中国が実効支配線を横切るパンゴン湖で大きな橋を建設していると、インドメディアが報じた。

1月に現地で確認された巨大な橋に次ぐ2本目となる。いずれも戦車の走行が可能な大きさだ。2020年6月15日から両国の部隊が衝突し、45年ぶりに死者が出てから2年。係争地では再び、緊張が高まっている。

報道によると、中国が建設した1本目の橋は全長400メートル。幅は8メートルとの情報がある。インド外務省は2本目の橋について「建設地点は中国が違法に占拠している地域にあり、決して容認できない」と強く非難した。

係争地ではインドも軍用車両の走行が可能な道路などの建設を進めてきた。中国の橋建設に対抗し、今後も係争地でインフラを整備する構えだ。

インドと中国は駐留部隊の司令官レベルで協議を重ねてきたが、緊張が緩む気配はない。インドのジャイシャンカル外相は「中国との関係は正常でない」と指摘する。

インドと中国の国境は約3000キロメートルが未確定だ。両国の部隊は20年5月からインド北部のラダック地方でにらみ合い、同年6月の衝突で多数が死傷した。両国は係争地に計10万人前後の部隊を配置している。【6月18日 日経】
*******************

ウクライナにロシアが投入した兵員が15万人規模と言われていますので、“両国は係争地に計10万人前後の部隊を配置している”という現状は「正常でない」ものでしょう。(2020年の衝突時にはインドは25万人の兵士を現地に送ったようです)

中国からすれば「自国内の交通網を整備して何が悪い」というところでしょうが、インドからすれば「中国は実効支配線をインド側に食い込む形で西に移動させようとしている」という主張にもなります。

****ますます緊迫する印中国境 中国は何を狙っているのか****
ロシアのウクライナ侵略が続く中で、人々の注目を集めなくなった地域がある。インドと中国の国境地域だ。しかし、実際には、インドと中国の軍事的対峙は、2020年に両軍が衝突し、インド側だけで100人近い死傷者を出して以降、さらに悪化しつつある。

だから、その印中国境に、今月、米国の太平洋陸軍司令官チャールズ・フリン大将が訪問し、地域の情勢が警戒を要するレベルであることを発表したことは、当然の結果といえる。(中略)

2020年以降、緊張を解かない中国
(中略)このような(20年春の衝突時の)軍事的対峙は21年2月に、両国が合意し、中国軍が一部地域、パンゴン湖から200両の戦車を引き上げたことで、緊張緩和に至っていた。8月にも別の地域からも撤退した。しかし、中国は、それ以上の撤退はしなかったのである。

今月の時点で、衝突があったラダク地方周辺だけで、両軍合わせ5万〜6万人が配備され、対峙している。また、中国は、それらの部隊が活動しやすいよう、大規模な工事を継続しているのである。

その一つは、200両の戦車が撤退したパンゴン湖周辺だ。中国はパンゴン湖に2つの橋を架け、より大きな部隊を展開させるためのインフラ基盤を整えている。

4000キロメートルの印中国境全体では、少なく見積もって100カ所、多ければ600カ所の、一種の村のようなものを建設している。インド軍は、これらの村を、印中国境に配備された中国軍が、時々、家族に会うための施設とみている。

中国軍は、インド側への侵入から撤退するどころか、より長期に駐留し、徐々にインド側への侵入を行うための施設を整えつつあるのだ。

このような行動は、中国が、東シナ海や南シナ海などで行ってきた領土拡大と、共通性がある。施設を作り、徐々に領土を拡大させようとするのである。

もちろん、インド側も大規模な部隊を配備している。最新鋭の戦闘機、地域の高い高度でも活動できる戦闘ヘリコプター、各地から集めた戦車部隊なども、大規模に展開させている。(中略)

最近では、道路ができただけでなく、観光客を呼び込み、印中国境地域をインド側が実効支配していることを、世界の人々に見せる取り組みを計画している。そのために、印中国境の道路に75カ所、レストランやトイレなどが集まった便利な施設を整える計画だ。イメージとしては、高速道路のインターチェンジの簡易版といったところだろうか。どちらにしても、印中国境地域の緊張状態は2年間、解けないままなのである。

中国にとって重要度を増す印中国境
なぜ中国は、印中国境で緊張を高めたままにしているのだろうか。標高は5000メートル以上もあり、冬は気温マイナス30度にもなるから、人もほとんど住んでいない。そんな場所が最新鋭の兵器を集めて、軍人たちが命を懸けて戦うほど、重要なのだろうか。

中国の行動を見る限り、重要だということなのだろう。では何が重要なのか。
印中国境に面しているのは、中国が支配するチベットと新疆ウイグル自治区である。実は、今、中国にとってこれらの地域の重要性は高まりつつある。

一つの原因は、チベットに資源があるからだ。まず、チベットは水資源豊富な地域である。南アジアに流れるインダス川、ガンジス川、ブラマプトラ川だけでなく、東南アジアのメコン川や、中国の黄河や長江に至るまで、すべての河川の源流はチベットにある。

今、中国は、この水資源をこれまで以上に重視している。中国沿岸諸都市の経済発展が進み、より多くの水資源が必要になっているためだ。水資源を都市部により多く引くことが重要だ。

しかも、水資源の使い方は都市に持ってくるだけではない。新疆ウイグル自治区にもっていって、そこに大農業地帯をつくるなどの方法で、都市部で消費する食糧生産につなげることもできる。

さらに問題なのは、地球の温暖化がもし本当であれば、チベットの水資源はいずれ干上がる可能性が出ていることだ。他の国が使う前に、中国は水資源を少しでも多く使いたいのである。

それに加えて、チベットには水以外に、鉱物資源などがある。これまで山がちな地形のために開発が進んでこなかった。中国はそこにも注目している。

こうした背景もあって、中国は2000年以降、「西部大開発」の名のもと、チベットでも開発を進めた。開発を安全に行うために、中国軍は、インド側への侵入を繰り返し、インドを、少しでも遠くに追いやろうとしている。そういう構図になっている。

インドを攻撃する可能性はあるのか?
中国が軍事力の展開を続けているということは、インドを攻撃する可能性があるのだろうか。どのような攻撃になるか正確に特定するのは難しいが、攻撃する可能性そのものは否定できない状態になっている。

米国の太平洋陸軍司令官の指摘は、そのことを指しているのである。だから、中国が攻撃を開始する可能性のある時期は、警戒する必要がある。

印中国境地域は、冬に軍事作戦を実施するのは比較的難しいものとみられているが、春から秋にかけては軍事作戦が可能である。また、1962年に中国がインドを攻撃した時は、米ソがキューバ危機への対応に追われていた時で、インド支援が遅れる結果になった。

だから、もし、米国をはじめとする各国が、ロシアのウクライナへの侵略など、別の危機への対応に追われていて、中国がインドへの攻撃を仕掛けても対応できない状態であれば、それは危険な時期と考えられる。

例えば、インドが武器の援助を求めてきても、すでにウクライナに武器を引き渡してしまった各国は、在庫がないかもしれない。中国に対して経済制裁をかけるとしても、ロシアに対して経済制裁をかけて副作用のようなものがでている中で、さらに中国に制裁をかけることができるのか、疑問だ。

中国がインドを攻撃した場合、まずは、インド政府が独自に対応すべき事案であり、実際にそうするだろう。ただ、日本としても、そういった事態が起きた時には、どうするべきか、どのようなシナリオがあり得るのか、頭の整理をして、準備しておくべき、と、思われる。【6月25日 長尾 賢氏 WEDGE】
******************

上記の、中国はチベット開発を進めたいために“インド側への侵入を繰り返し、インドを、少しでも遠くに追いやろうとしている”という見方は、現実には逆にインド軍を国境に引き寄せており、そうした見方の妥当性には疑問があります。

20年春の衝突も、習近平指導部の計画的なものだったのかどうかは疑問もあります。緊張関係にある軍が対峙していれば、常に小競り合いの危険があります。これまでも中印両軍は小競り合いは繰り返してきましたが、20年春の衝突はその小競り合いが大きく拡大したものでしょう。

*******************
2020年6月15日の両国軍の衝突は、一連の小競り合いの中で最も血なまぐさいものだった。当時、インドは世界で最も厳しい新型コロナウイルス対策の都市封鎖に気をとられていた。中国はそのすきを突くようにインド北部、ラダック地方の国境地域に侵入し、強固な要塞を建設した。

この予想外の侵入は中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席による巧妙な計画ではなかったようだ。中国は楽勝するどころか、中印関係をどん底に突き落とした。国境危機によりインドの大規模な軍備増強を不可避にした。

20年6月の衝突は残忍さでも際立っていた。96年の2国間協定により両国の兵士が国境地帯で銃を使うことが禁止されたことから、中国人兵士は有刺鉄線を巻いた棒などを使い、インド軍のパトロールに攻撃した。インド兵の一部は殴り殺され、崖から川に突き落とされた兵士もいた。その後インド側の援軍が到着し、中国部隊と激しい戦いを繰り広げた。

数時間の戦闘の後、インドは死亡した兵士20人を殉職者としてたたえたが、中国はいまだに死者数を公表していない。米情報機関は35人、ロシアの政府系タス通信は45人と推定している。【6月25日 地政学者 ブラーマ・チェラニー氏「中印国境から目を離すな」 日経】
*******************

いずれにしても中印国境が相変わらず一触即発状態にあることは事実であり、20年春の衝突の経緯を含めて、インド国内には“モディ政権は中国にいいようにやられている”との批判があります。

*********************
野党・国民会議派は、ナレンドラ・モディ首相の失敗を、「叩頭外交」と批判する。
「習近平岡家王席とモディ首相は、これまでに十八回の首脳会談を行ってきた。こんなに頻繁に会っているのに、何の成果もない。習主席は悦に入って『ウィンウィン(双方が得する)』と繰り返すが、モディは負けっぱなしだ」と、野党関係者は言う。【「選択」7月号】
*********************

【BRICSでは中ロと距離を置き、対ロシア制裁ではアメリカに従わないしたたかなインド外交】
インドの中国に対する警戒感はBRICSの場にも持ち込まれています。
中国・ロシアはBRICSを対アメリカ戦略の基盤とすべく、アルゼンチンやイランも加えて、更に拡大しようとしていますが、インドはBRICSが中ロ主導の反アメリカ的なものになることを警戒しています。

****中露、BRICS会議で米牽制 インドは〝距離〟置く****
中国やロシア、インドなど新興5カ国(BRICS)は23日、オンライン首脳会議を開催した。中露両国は、ウクライナ侵攻に伴う対露制裁を主導する米国への反発を強めており、BRICSを米国に対抗する国際枠組みに発展させたい考えだ。ただ、インドは「反米会議」になることを牽制(けんせい)する構えで、加盟各国の足並みはそろっていないもようだ。

議長国・中国の習近平国家主席は首脳会議で、米欧を念頭に「一部の国は軍事同盟を拡大して絶対的な安全を追求しようと必死になり、他国にどちらの側につくのか迫って陣営対立を作り出している」と非難。22日夜に開かれたBRICS関連会合でプーチン露大統領も、米欧の対露制裁が世界の食料危機を激化させていると批判した。

ロシアのウクライナ侵攻後、米欧はロシアへの経済制裁で一致姿勢をみせる。同時に、バイデン米政権は日米豪印による「クアッド」など新枠組みによる対中包囲網の構築を急いでいる。中露両国はこれに対し、BRICSなどの多国間枠組みを強化し、米欧の圧力に対処したい考えだ。

習氏は会議で、BRICS加盟国に「互いの核心的な利益に関わる問題では相互に支持しなければならない」と求めた。「真の多国間主義を実践し、正義を守り、覇道に反対すべきだ」とも強調し、米欧への対抗意識をにじませた。
習氏は「新しい血液を入れることで、BRICSの代表性と影響力を高めるだろう」と述べ、加盟国拡大に意欲を示した。

一方、BRICSの一角をなすインドは警戒を隠さない。中印関係は2020年、インド北部の係争地で両軍が衝突したことを契機に急速に冷え込んだ。現在も中国軍は両国の事実上の国境である実効支配線(LAC)付近に駐留。インド側の対中警戒感は強く、クアッドとの連携を強化している。【6月24日 産経】
******************

ただ、インドも“アメリカの歩調をそろえて・・・”という訳でもなく、アメリカの主導の対ロシア制裁に加わらず、安価になったロシア産石油や石炭を爆買いしてロシア経済を支える結果にもなっています。

アメリカとしては本来ならインドに強く出たいところでしょうが、対中国包囲網に止めおきたい思惑で、やや腫れ物に触る感も。

インドはそうしたアメリカの足元を見透かして「自国第一」の独自路線を・・・ということで、なかなかに“したたか”です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする