孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

中国  「不均衡で不十分な発展」の矛盾解決のためトップダウンで進められる社会改革

2017-12-16 22:38:43 | 中国

(北京郊外で立ち退き命令を受けて荷物を運ぶ人々(11月27日)【12月6日 WSJ】)

小さな横断歩道は、社会の縮図
日本が好むと好まざるとにかかわらず、日ごとに世界における政治・経済的影響力を大きくしている中国ですが、先進国とは言い難い社会の後進性については多くが指摘されるところです。

習近平政権もそのことは承知しているようで、共産党一党支配という政治体制のもとで、上からの指示による社会改革を推し進めようという動きが見られます。

先ずは悪評が高い交通マナー。中国の「道路交通安全法」によると、“自動車は横断歩道を通過する際は減速しなければならない。歩行者が通行中であれば停止しなければならない。”と規定されているそうですが、実態は完全な自動車優先です。

****車と人、どうしたら譲り合いできる 中国「歩行者優先」を強化****
中国の運転免許試験に10月1日から、「運転手は横断歩道を通過する際や交差点を直進、左折、右折する際、優先されるべき車両や歩行者、軽車両へ道を譲らなければ不合格となる」という新たなルールが導入された。
 
全国で今年から、横断歩道で歩行者に道を譲らない自動車に対する取り締まりが強化されている。例えば、北京市では罰金200元(約3380円)と3点の減点。西安市では交通警察から運転手の勤務先へ報告される。昆明市では、監視カメラによって違法行為として撮影され、街角のモニターに映し出される。
 
公安部が2017年6月に発表したデータによると、過去3年間の全国の横断歩道上で発生した車と歩行者の事故は1万4000件で、3898人が死亡した。また、自動車側の過失による事故が、全国の交通事故の90%を占めるという。(中略)
 
この交差点近くで働いているという黄さんは、「毎日、何度もこの交差点を通るけど、横断歩道側の信号が青色になったのに、右折車両が途切れないから渡ることができない。危険だと分かっていても、こちらが先に渡り始めないと車は止まってくれない」と話す。
 
北京でタクシー運転手として8年働いている王さんは、「普段は歩行者に道を譲るよう気を付けてはいるけれど、渋滞する時間帯はタクシーに乗るお客さんも急いでいる。ちょっと歩行者に道を譲ろうものなら右折するのに4~5分もかかってしまうし、後ろの車からはクラクションを鳴らされてしまう」と嘆く。(中略)

公安部交通管理局はパトロールや監視カメラなどの措置をさらに強化し、違法車両を厳しく取り締まるとともに、歩行者の信号無視などの違法行為も厳しく取り締まり、「譲り合い」の交通環境を目指すとしている。
 
また、交通設備の合理的な設置も必要だ。北京市内のある広い道路では信号もなければ、100メートル以内に横断歩道が1本あるだけで、歩道橋なども見当たらない。付近の住民は、「信号がないからここは本当に不便。車が行き交う道路の真ん中にはさまれて、進むことも引き返すこともできなくなってしまう時もある」と話した。(中略)
 
小さな横断歩道は、社会の縮図であると言ってもよい。中国が自動車社会に突入してから、「路怒症(訳:ハンドルを握ると性格が荒くなること)」や、むやみにクラクションを鳴らす行為や路上駐車など、さまざまな問題が議論されている。交通に関する問題は、今後も世論の重点的な話題となりそうだ。【12月3日 CNS】
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相手を思いやることができるか、ルールを順守できるか・・・まさに“小さな横断歩道は、社会の縮図”です。
おそらく、この問題が改善されるようであれば、そのとき国際社会における中国への批判・悪評も大きく減少し、隣国日本としても、付き合いやすくなるかと思います。

もちろん、国民一人一人の意識改革が一番重要ですが、当局の対応、インフラ整備がその先導役となるなら結構な話です。

監視カメラで撮影した違反者をモニターで映し出すといった、中国特有の“人権絡み”の問題はありますが、それは今回はパスします。

貧困問題解決を掲げる最高指導部の姿勢をアピールする「トイレ革命」】
中国に関して昔から話題になるのはトイレの汚さ、設備の悪さです。最近は都市部では大きく改善しているようにも思えますが、地方農村部ではいまだ「ニーハオトイレ」が残存しています。

このトイレ問題は貧困問題の象徴でもあることもあって、習近平主席は汚名返上の旗振り役となっているとのことです。

****<中国>「トイレ革命」進行中 汚名返上へ習氏旗振り****
トイレ環境の劣悪さで知られてきた中国で「トイレ革命」が進行中だ。習近平国家主席自らが旗振り役を務める一大プロジェクトで、公衆トイレの大量設置など、あの手この手で汚名返上に取り組んでいる。
 
中国では都市部の大型商業施設などでトイレ施設の改善が進む一方、仕切りがなく、隣で利用する人の姿が丸見えなことから名付けられた「ニーハオ(こんにちは)トイレ」が今も農村を中心に健在だ。
 
新華社通信によると、習氏は最近の重要指示で「トイレは小さな問題ではない。観光地や都市だけでなく、農村でも大衆生活の質の足りない部分を補っていかなくてはならない」と主張した。

習氏は2012年の中国共産党総書記就任以来、トイレ問題にたびたび言及しており、地方視察で農家を訪れると、トイレが水洗化されているかを尋ねるという。
 
15年には習氏の指示で国家観光局による3年間の公衆トイレ整備計画がスタート。今年10月末までに全国の観光地で目標の5万7000を上回る6万8000のトイレが新設・改修された。

今回の指示で習氏は、農村にも「トイレ革命」を浸透させる考えを示した。貧困問題解決を掲げる最高指導部の姿勢をアピールする狙いもありそうだ。(後略)【12月4日 毎日】
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“Wi−Fi・空調完備、ガス・電気代の支払いが可能、といった現代的な要素を備えた公衆トイレがこのほど遼寧省瀋陽市の街中に登場した。”【12月1日 Record china】というのは、何か方向が違うのではないか・・・という疑問もありますが、トイレ事情がかいぜんすることは、これまた大いに結構なことです。

もっとも、“なんでも後先考えずに行動し、その結果、表面的な改革、革命で終わってしまうのが中国”(黄文雄氏)という懸念もあるようです。具体的には、水質汚染が指摘されています。

****習近平が主導する「トイレ革命」に世界が絶望するこれだけの理由****
(中略)
● 中国で河川、湖、地下水の汚染が深刻、「人が触れられない」状況も―英メディア

淮河、黄河、北京や天津、河北省を流れる川の下流域では70%以上が汚染されているとされ、また、2015年に中国水利部が調査したところでは、中国各地の地下水の80%以上が飲用に適さないと報告されています。

しかも、中国の淡水資源は世界の7%を占めるものの、水資源の分布が偏っているため、国内の都市の3分の2が水不足に陥っているとされています。

● 中国の水質汚染が深刻化、背景に「2つの重圧」―シンガポール華字紙

「トイレ革命」は結構ですが、表面的な成果ばかりを追求した結果、ただでさえ少ない水資源がトイレの水洗に使われ、それが浄化されずに河川、さらには海に垂れ流しになる可能性が高いのです。(後略)【12月7日 黄文雄氏 MAG2NEWS】
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【「もう一つの中国」からの出稼ぎ労働者 強制立ち退きで事は済むのか?】
“表面的な改革”という点で、より深刻な問題性をはらんでいるのが、首都北京で進む、危険な建築物に居住する出稼ぎ労働者の強権的一斉退去措置です。

****北京、家失う出稼ぎ労働者 火災機に次々退去通知****
中国・北京の郊外で今月中旬、出稼ぎ労働者ら19人が死亡した火災を受け、当局が同様の危険がある住宅から住民を一斉に追い出し、多くの労働者たちが行き場を失っている。

背景には習近平(シーチンピン)指導部が進める産業構造転換の方針なども見え隠れする。首都の発展という政治目標のために、弱い立場の人を苦しめる当局の強権的な手法に市民から批判が噴出している。
 
火災は18日夜に発生し子ども8人を含む19人が死亡。大半が地方からの出稼ぎ労働者だった。地元メディアによると、現場は地上2階、地下1階の建物で地下倉庫から出火した。
 
「すぐに出ていくようにと通知があったのは今朝。敷金も返してもらえないが、どうしようもない」
24日昼、北京市南部の大興区西紅門にある火災現場から数百メートル離れたアパートの前で、安徽省から出稼ぎに来た理容師の男性(30)は力なく語った。
 
4階建てのアパートはどの部屋も空っぽ。退出した住人が持ち出せなかったベッドや靴が散乱していた。
 
市中心部から車で約1時間のこの地域には衣料品などの工場が並ぶ。違法改築とみられる住宅も多いが、家賃が安いため出稼ぎ労働者が集まる。地元住民によると、火災後に突然、退去を求める当局の通知が各所に張り出された。

 ■首都発展へ強硬策?
背景には、「高度成長から質の高い発展」(共産党大会の政治報告)への転換を目指す習指導部の意向がありそうだ。

これまで低賃金の出稼ぎ労働者の力を借りて急速に発展してきた北京は人口が増えすぎて環境が悪化。指導部は首都機能を分散させ、隣の河北省にIT技術者や留学経験者ら「高レベル人材」を集め先端産業を育成する「雄安新区」を建設中だ。
 
習氏の腹心として「偉大な首都を建設する」と都市整備に力を入れる蔡奇(ツァイチー)・北京市書記は火災当夜に現場を視察し、「街という街、家という家を調べ、危険は一つも残すな」と大号令をかけた。

これを機に問答無用の追い出しが北京全域に広がり、一部メディアには、対象は10万人以上との予測もある。
 
北京の戸籍を持たない出稼ぎ者を含む北京の常住人口は2016年末で約2173万人。市政府は増加のペースを抑え、20年までに2300万人程度に安定させることを目指す。そのため、今回の火災を口実に、知識や学歴を持たず「低ランク(低端)人口」と言われる出稼ぎ労働者を標的にしたのではとの受け止めが広がっている。
 
ネットには住民が当局に家を追い出される動画や寒空の中で路上にたたずむ写真が拡散し、「彼らも人間だ」と政府を批判する声が幅広い層に広がっている。
 
だが、ネットの書き込みは次々と削除されており、当局は「低ランク人口を追い出すとは言っていない」と否定。メディアも住宅の危険性を強調している。一方、学者や弁護士らは「暴力的に追い出すのはやめ、安全な家が見つかるまで政府が居場所を提供すべきだ」と呼びかけている。
 
河南省出身の建築電気工の30代の男性は「北京の繁栄は出稼ぎ労働者が築いたんだ。出ていけと言うなら出ていく。あとは北京人がやってくれ」と言い、家を後にした。【11月28日 朝日】
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北京の繁栄を支えてきた出稼ぎ労働者を「低ランク(低端)人口」と見下して、もはや用済みとばかりに追い出す強権的な手法には中国国内でも批判があり、追い出される労働者への同情もあるそうです。

“北京では最低気温が氷点下まで下がり、本格的な冬を迎えようとしている。ネット上では同情や政府批判の声が上がっている。
「日本軍が北京に入城したときでさえ、3日で出て行けとは言わなかった」「悪いのは建築した人間だ。顧客ではない」「暖房もなくなれば彼らはどうするのか。これが政府の政策といえるのか」”【11月27日 産経】

“中国の有識者100人余りが、突然の退去命令は人権侵害だとする文書に署名した。文書は「いかなる文明社会、法規制に基づくいかなる社会でも、こうした状況は許容されない」としている。”【11月30日 WSJ】

ただ、こうした意見・声明はネット上から削除されるなど、当局による批判封じ込めが行われています。
“政府はメディア各社に対し、これとは別に批判を招いている幼稚園の虐待を巡るネット検閲と併せ、今月の火災についても報道を控えるよう通達した。通達を受けた複数の中国人ジャーナリストが明らかにした。”【同上】

また、出稼ぎ労働者への市民の同情についても、いつまで続くか?という指摘も。

“北京市民は一般に、出稼ぎ労働者が公共サービスに支障を来し、犯罪をもたらし、無免許オートバイで渋滞を引き起こす上、貴重な水資源を枯渇させているとして反感を持っているからだ。”【12月6日 WSJ】

ただ、この出稼ぎ労働者一斉退去命令は、その非人道性が問題となるだけでなく、「チャイナドリーム」に乗れない「もう一つの中国」の存在という、中国社会・政治の抱える大きな問題を示すものでもあります。

****中国貧困層が脅かす習氏の「チャイナドリーム****
・・・・習氏が10月の中国共産党大会で表明したところでは、それは人々のより良い生活への欲求と「不均衡で不十分な発展」のはざまで起こる葛藤だ。国営新華社通信は、そうした「主たる矛盾」を解決しなければ「大混乱に陥り、ついにはマルクスが予言したように革命が起こる」と解説した。(中略)

長年かけて猛烈な経済成長を遂げた今、清潔な空気と安全な食品を求める声が高まっている。人気の高い学校への入学や病院の診察に汚職が入り込んでいることに憤然とする者も多い。市民が政治的自由と引き換えに経済的繁栄を手にする社会契約はほころびつつある。

政府が耳を傾け、不満に誠実に対応することを一般社会はますます強く求めるようになっている。
 
習氏はこうした重圧を全て認識している。だからこそ、景気が減速する中でも生活環境の改善を進めようとしているのだ。これまでのところ、汚職撲滅キャンペーンや大気汚染対策の取り組みは高く評価されている。
 
習政権が直面する大きな問いは、こうした社会的矛盾がいずれその統治スタイルによって克服されるのかどうかだ。

政権の統治は容赦ない権威主義で、社会の下層から多様な視点をくみ上げるのではなく、トップダウンで規律を課すことが重視される。北京市は厳格な人口抑制目標を掲げている。住民の多くは、当局が雑居ビル火災を出稼ぎ労働者排除の口実に使ったにすぎないとみている。
 
習氏は先の第19回党大会で、世界の超大国となる自信を表明したが、その背後にはもろさを抱える現実がある。

中国の隆盛は揺るぎないとの見方は迷信だ。社会の矛盾は共産党の支配を脅かしかねないほどに広がっている。
都市部の特権階級と、それに仕える地方の貧困層の間の深い溝は、何十年にもわたり経済発展に足かせとなる可能性がある。

人口の半分は習氏が掲げる富と権力の「チャイナドリーム」を追い求めている。退廃した北京のスラム街をさまよう残りの半分が、その夢を狂わせるかもしれない。
 
スタンフォード大学のスコット・ロゼル教授は、教育と医療を巡る大規模な調査を実施し、5億人の人口を擁し出稼ぎ労働者の出身地でもある内陸部を「もう一つの中国」と名付けた。

調査によると、大半の子供が病気か栄養失調で、約3分の2が貧血や寄生虫疾患、近眼のせいで学校についていけずにいる。幼児の過半数は認知機能の発達が遅く、知能指数(IQ)が90を超えることがないという。
 
地方における知的発達の遅さが原因で、中国の労働人口のうち高校教育を受けたのはわずか24%にとどまる。ロゼル教授によると、人的資本に関して中国は中所得国の間で最下位となっている。
 
欧米諸国は習政権の前進を観測する際、「一帯一路」の大規模プロジェクトを通して港湾や高速鉄道に注ぐ何十億ドルという資金や、ロボット工学など国内ハイテク産業への惜しみない投資、海洋進出に充てるさらに多額の資金を目安にする。
 
習氏自身が示唆するように、そうした目安は間違っている。政権の支配を脅かすマルクス主義的な矛盾は、必ずしも解決に多額の費用を要しない。子供の視力を矯正する眼鏡は1本20ドル、寄生虫疾患の治療薬は1ドルだ。ただし、誠実に対応する統治が必要とされる。

北京の真冬の強制退去は、習氏の崇高なメッセージに冷や水を浴びせてしまった。【12月6日 WSJ】
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出稼ぎ労働者を追い出したのでは、都市の美観は達成できても、快適な都市生活を維持できないという問題もあります。

****底辺住民」を追い出す不条理****
出稼ぎ労働者の排除で短期的には北京の街並みがきれいになるとしても、長い目で見ればこれは現実的な解決策とは言えない。

北京の人目は2170万人強で、引き続き増加中だ。この巨大都市から未熟練労働者がごっそりいなくなれば、どうなるか。

次の3つの部門を見れば想像がつくだろう。いずれも中国の中間層が享受している便利で快適な生活を支える部門だ。

■スマートフォンなどで注文すれば、レストランの料理を届けてくれる便利なオンライン出前サービス。(中略)大都市の通りをバイクで走り回る300万人以上の配達員の多くは出稼ぎ労働者だ。

■電子商取引大手アリババ・ドットコムは11月11日の「独身者の日」に毎年24時間のタイムセールを実施する。(中略)注文数は8億件以上。配達はオンライン出前と同様、出稼ぎ労働者が担う。

■(中略)中国の出稼ぎ労働者の約20%は建設業に従事している。都市の開発事業は彼らなしには成り立だない。

民間が支援に乗り出す
オンライン出前、宅配、建設-この3部門だけで中国全土で6500万人近い労働者が雇用されている。その圧倒的多数は出稼ぎ労働者だ。

彼らがいなくなれば都市住民の生活が不便になるだけではない。中国がグローバル経済の覇者であり続けるには、テクノロジー、輸送、都市開発部門の成長が不可欠だ。この3部門を下支えする人々を排除すれば、影響は広範囲に及び、中国の国際競争力まで低下するだろう。(後略)【12月19日号 Newsweek日本語版】
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都市人口を抑制し、都市機能の再開発を行うために地方出身者を強制的に立ち退かせ、転居させるという手法は、今回の北京に限らず全国で進められています。

そのような強権的手法で「不均衡で不十分な発展」がもたらす「主たる矛盾」が解決・緩和されるのか、それとも「大混乱」拡大の要因となるのか・・・共産党政治の根幹にかかわる問題でもあります。

おそらく“効率的”な強権手法が一定の成果を達成するのでしょう。
しかし、そこには“もの言わぬ”多大な犠牲者が存在します。それでいいのか?その不満はいずれ大きな問題とならないのか?という疑問が一番の問題でしょう。
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