孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

パレスチナ  「平和の渓谷」“死海-紅海運河”プロジェクト

2008-09-09 14:41:42 | 国際情勢


【死海:干上がり陥没する湖底】
近年、河川の水量減少、湖の縮小などの話を世界中あちこちで耳にしますが、海抜マイナス417メートルという世界で最も低い場所に位置し、塩分濃度が非常に濃いため水面に体が浮かぶ体験を楽しめることで有名な“死海”も急速に縮小しているそうです。
十数年前までは目の前に水辺があった“湖畔のホテル”も、今では水際までシャトルバスで1キロ以上とか。
さらに、水位が低下して干上がった場所の地盤が突然、相次いで陥没する現象も起きているそうです。

そんな死海を紅海からの水で復活させ、あわせて淡水供給も可能にするビッグ・プロジェクト“死海-紅海運河”の調査がはじまっています。

******「平和の渓谷」運河計画 紅海の水で死海を救え****
死海の水位低下は1950年代に始まった。70年代後半には湖底の一部が露出し、湖は南北二つに分裂してしまった。水位低下の最大の原因は、死海に流れ込む国際河川ヨルダン川の水量の激減であり、その背景には、周辺国の人口拡大や産業発展に伴う水需要の急増がある。ヨルダン川からの流量は、かつての9割減にまで落ち込んでいるとされ、現在、死海の水位は年間1メートルずつ下がり続けている。

最近、イスラエルのペレス大統領が提唱した「平和の渓谷」構想が関心を呼んでいる。死海の南のイスラエルとヨルダンの国境地帯で経済開発を進め、中東和平に貢献しようというのがそもそものアイデアだ。
その根幹に、死海と紅海を結ぶ総延長約170キロの運河の建設計画がある。紅海から年間20億立方メートルの海水を取水し、うち5億~8億立方メートルを淡水化して主にヨルダンに供給。残りを死海に流し込むという。
 
まだ実現可能性を探っている予備調査の段階に過ぎないが、経済界は早くも過熱気味だ。
だが、もともと死海に流れ込んでいるのは淡水だ。大量の海水が死海に引き込まれた場合の影響や、海水を放出する紅海側の変化もまったく予測できていない。

荒涼とした中東地域で、水は重要な「戦略物資」だ。時には和平の実現に立ちはだかる難題の一つにすらなる。
死海に流れ込むヨルダン川の給水源であるガリラヤ湖。今年5月に8年ぶりに再開したイスラエルとシリアの和平交渉は、過去に、ガリラヤ湖に対するシリアの水利権を巡って神経戦を繰り返した。また、67年の第3次中東戦争でイスラエルが占領したシリア領のゴラン高原は、戦略的な要衝であると同時にイスラエルの重要な水源にもなっており、これが占領地返還を渋らせる要因になっている。

パレスチナも、イスラエルとの和平実現の最重要課題として、聖地エルサレムの帰属問題などと同列に「水資源の確保」を挙げている。自治区といいながら、イスラエル占領下で自由に井戸を掘ることさえできず、ヨルダン川の水もイスラエルを中心にヨルダン、シリアが取水して、パレスチナは自前では利用できないのが実態だ。
イスラエルは04年、水の安定確保を目指す試みとして、武器を輸出する代わりに、淡水をタンカーで輸入する協定をトルコと結んだ。しかし、運搬コストの問題や、水という「生命線」を他国に依存することへの警戒から、具体的に進んでいない。【9月8日 毎日】
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冒頭の地図で位置関係を確認すると、地図中央の縦に長い湖が死海、そこから南に下るとエジプトとアラビア半島にはさまれる紅海にいたります。
イスラエルもヨルダンも紅海に接しているのは、湾の一番奥の僅かばかりのエリアですが、ヨルダン領の紅海沿岸の都市が“アカバ”、あの“アラビアのロレンス”がラクダで攻撃をしかけたオスマン・トルコの要塞があったところです。
中央の死海からヨルダン・パレスチナ自治区(地図では斜め線のエリア)の境界をなすヨルダン川を北へ遡ると、地図の上の方にガリラヤ湖(別名:ティベリアス湖)、その北東部に位置するシリア領がゴラン高原(地図の上の端)があります。

総工費30~40億ドル、建設期間10年(25年とする記載もあります)の構想で、調査は今年08年5月にようやく開始されました。
ヨルダン、イスラエル、パレスチナ自治政府は06年12月、実現可能性に関し予備的な検討始めることで合意していましたが、域内の緊張が高まったため頓挫していたものです。
事業は上記3国に世界銀行を加えた4者で行い、昨年6月段階の情報では、11の企業が運河建設の入札に参加する資格を得たとされています。
また、日本、フランス、オランダ、米国が、2年間にわたる予備的検討にかかる費用1550万ドルのうちの900万ドルを負担するとされていますので、日本も一枚かんだ事業です。

なお、記事にある紅海側の環境問題としては、紅海のサンゴ礁が損傷するなど生態系に悪影響を及ぼすとの環境団体の意見があるようです。
運河自体は海水をそのまま死海に流し込む計画ですので、その海水の与える流域土地や死海への影響も考慮する必要はありそうです。

【水資源をめぐる争い】
人間の生活に絶対に欠くことができない“水”。
もともと乾燥地帯であり水が不足しているこの地域で、急速にヨルダン川、死海から水が失われつつある現実は、今後の水をめぐる関係国の紛争を惹起する危険が多分にあります。

引用記事にもあるように、シリアとイスラエルのゴラン高原返還交渉が難航するのも水の問題があるからと言われています。
イスラエルはガリラヤ湖畔に国立給水センターを建設し、国内の主要な地域に飲料水の供給を行っています。イスラエルにとってはガリラヤ湖は貴重な水源になっています。
そのイスラエルは90年代前半の故ラビン首相時代から、ゴラン高原の「高原部」からの撤退には原則的に応じる構えをみせていますが、67年以前にシリア領だったガリラヤ湖東岸の水際までの返還に応じるのか、ガリラヤ湖に流れ込むゴラン高原の水源の権利確保などで、シリアと主張が対立しています。

また、ヨルダン川については記事にも“自治区といいながら、イスラエル占領下で自由に井戸を掘ることさえできず、ヨルダン川の水もイスラエルを中心にヨルダン、シリアが取水して、パレスチナは自前では利用できないのが実態”とありますが、イスラエルは西岸地域に建設した“壁”によってパレスチナ自治区を封じ込め、最終的にはパレスチナ自治区をヨルダン川から引き離し、ヨルダン川沿いの水が豊富なエリアはイスラエル領域に取り込むつもりであるとも言われています。

文字どおり“生命線”の水を確保するための熾烈な争いが繰り広げられており、今後も更に激しくなることが懸念されるなかで、「平和の渓谷」構想によって運河が出来、淡水が供給されるというのであれば、その意義は非常に大きいものがあると思います。
水をめぐる緊張は、豊富な水の供給でしか和らげることはできません。

もちろん今回事業自体はイスラエルやヨルダンのいろんな思惑によるものではありますが、この地域の政治的・軍事的緊張を緩和し、パレスチナ人の生活基盤を再建していくうえでは、そうした視点に立った国際的な管理のもとでこうした事業を実施していくことが、将来的な緊張緩和、共存の実現の基盤づくりにつながるのでは。


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