まわりで起こっていること

since2004.12「糠漬け初心者」

今朝は品川から

2018年01月21日 | Weblog


厳密には夕べの写真だけど。

今朝も変わらずの佇まい。

長男坊の結婚式で、これから、明治神宮へ。

天下の明治神宮で式を挙げるわけだ。

なかなかのセレクトだね。

ついこの間、長男坊や娘の引越しで、こちら方面へやってきたこと、思い出してる。

さて、朝の散歩をしながら、新郎の父の挨拶が。

浮かんでくるかな。

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お酒の品評会

2018年01月20日 | Weblog

夕べ、新年会の前、日本酒の利き酒。

とまでいかないけど、どこの主催か、お酒屋さんか。

松坂屋にての日本酒の会。

いつもの「英君」や「臥龍梅」や「磯自慢」もあったけれど、せっかくだから。

普段あまり飲まないお酒を。

ということで、「金明」、これ、御殿場だったかな。

あと、伊豆の万大醸造の「あらばしり」、掛川は横須賀の「葵天下」。

磐田の「千寿白拍子」、浜松の「出世城」、菊川の「小夜衣」などなど。

酒蔵、そこかしこにあるんだね。

30近い酒蔵がエントリーされていて、呑みわけきれなかったな。

つまみに、ブルーチーズがあって、それがなかなか、いい具合にお酒にあうんだな。

引き立てる、というのか、逆に、みんなうまくなっちゃう。

それにしても、水と酒米と酒麹だけで、土地土地によって、これだけ、味わいが違ってくるわけだ。

味、と言っても、どれが美味しいと感じれるのかは、時代、生活環境、生育環境で違うんだから。

杜氏さんたちも、なかなか、大変だね。

美味しく作るぞ、と思ったって、ある意味、オートマチックな。

自ずから然り、という自然との会話でもあるわけで、こういうお酒を作ろうと思ってできる。

ということでもないんだろうからね。

そんなわけで、えらく聞こしめし、いつもとは違ったお酒の楽しみ方をしたんだよね。

きてるね、日本酒。

ウイスキーがきて、焼酎、それに続いて、ワインブーム。

今は、日本酒。

もちろん、それらが終わっていくわけではないけれど、どうも、このところのブームは。

日本酒だと思えるな。

大麻とかが非合法で、お酒が大手を振って歩いている、というのも、なんとも。

腑に落ちないんだけど、上手い具合に課税の仕組みができているおかげかな。

殊更に、和洋限らず、宣伝に余念のない姿は、考えてみれば、おかしくもあるね。

だって、酔って候、ってことが、合法なんだからさ。

物事の判断、ぬるくなり、危うくなり、を推奨するような。

もっとも、法治、ということ自体、よくよく考えてみれば、無理があるにはあるんだけど。

とはいえ、じゃ、放置、がいいのか、という反論もありはありで。

当たり前だけど、弱肉強食の世が出現、ということにもなり。

って、昨夜のお酒が残っているせいか、くどい議論に入り込んでるね。

さて、理屈を言ってる暇に、骨ストレッチに行くことにします。

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永遠に生きるつもりで学べ

2018年01月19日 | Weblog

って、なかなか、味わい深いでしょ。

ガンジーの言葉らしいね。

その前に、明日死ぬつもりで生きろ、って。

太陽が悪魔、なんて言われるくらいの、暑いインドの地で、ガンジーが。

弟子、と言ったのか、賛同者、雷同者を前にして、タバコ吸いながら、お酒も入り。

なんてことはなかったんだろうけど、語っている姿が目に浮かぶね。

もっとも、本当にそう言ったかは、怪しいけどね、って、失礼かな。

なんとか教になると、ナンバー2以下の人たちが、ま、エピゴーネントもいうか。

そんな中で、文章や言葉選びの上手い人が、文字に定着させる、というのは。

古来、いろんな宗教でもありで、たしかに、うまくまとめてくれてあるんだろうけど、そのおかげで。

本質、ほんとの領域に分け入る邪魔になったり、なんてこと、あるからね。

論語読みの論語知らず、なんて言葉もあるし。

とは言え、ガンジーさんはともかく、なかなか、味のある文章でしょ。

永遠に生きるつもりで学べ、っての。

もっとも、学ぶのはオートマチックな心性でもあるので、言葉にすると、ちょっといやらしさが滲む。

のだけれど、そこはそれ、わかりやすさが大切だからね。

ここで、ちょっと、自慢話だけど。

ここのところ、体幹が強くなった、と体感してるんだ。

って、親父ギャグっぽいけど。

骨ストレッチのおかげさまです、というわけだけど、電車の中で、つり革を持たずに立っている。

電車は揺れるのだけれど、揺れに合わせて我が身も揺れている、という感じね。

気に入っているんだ。

なにせ、骨に直に付いている筋肉を緩めているので、そこの筋肉君たちが、動きやすい。

なので、日常のさもない立ち居振る舞いを通じて、そこの筋肉君たちが、活躍してくれているわけだ。

深部筋です、インナーマッスルだね。

六つに割れている腹筋、みたいな外側の筋肉でなく、とね。

草原を駆け抜けるピューマのお腹、タポタポしてるでしょ、ってことなんだよね。

腹筋割れているライオン、いません、というんだね、創始者の松村さん。

それはそうだ。

理にかなっている、と言いたいんだけど、しかし、この、理、ってやつが。

人の数だけあるんで、やかましいことになっちゃうんだけど。

そうだ、昨日は健康診断で、胃カメラを鼻から通し、という施術をしていただき。

その前に、いろんな薬、麻酔系かね、鼻やら胃やらへ流し込み、そこからの回復に時間がかかり。

食事する前に、飲み下せるか確認してくださいね状態だったので。

帰宅して、おじやを作るつもりがご飯がなかったので、鍋焼きうどんにした。

知り合いの紹介になる、自然出汁、ペプチドとか書いてあるやつ、それでやってみた。

これが上手いんだ。

薄味にするといい感じで、これはいい、とFacebookの超いいね!ボタンを押しながらいただきました。

もっとも、僕の場合、自分で作ったものはほとんど上手い、という反応なんで、客観性については怪しいけれど。

さて、リクツはともかく、今日も、永遠に生きるつもりで学ぶとするか。

 

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ベタなコメントありがとうね

2018年01月18日 | Weblog

というのが、昨日、春日部からの来訪者への。

ちょっと、失礼なコメント返し、ではあったんだけど。

コメント主が、トモミツとカタカナ文字であったのは、彼なりの思慮深さ、かも。

で、なんだけど、その語感からすでに、当方からしたら、何事かを語っているわけで。

面白い、妙な感覚を覚えたんだよね。

しかも、その彼が、コヴィージャパンのセミナーをすでに受講、ということで。

しかし、この時代、スケルトン状態。

ひょんなことから、Facebookかツイッターかで目に触れ、読んでいただき、コメントまでいただく。

そんなことがありなんだよね。

って、晒してるのに当たり前でしょ、ってことでもあるけどね。

それはともかく、うれしいもんだし、なんか、その後のトモミツの嫁さんとのLINEで。

ベタなコメントと言われちゃったよ、くらいの話にもなり、と。

そう、昨日は、そんなセミナーの説明会へ行って来たんだけど、グループのメンバーさんの。

所属会社、錚々たる会社さんというのか、内閣府から、なんて方もいらっしゃり。

なるほど、世の中、こんな具合に、みなさん、勉強されているんだ、という感想です。

もちろん、当方、最年長者、といういでたちだったな。

社長さんがこんな場所にいらっしゃるなんて、と驚嘆、というのか、偉いですね、なんていう。

コメントいただいたけど、そりゃあなた、あなたたちの会社とは違うからね、とは思いつつ。

はいはい、偉いのです、くらいに返しておいたけど。

セミナーの感想?

いいね、偉いもんだね、コヴィー博士も、コヴィージャパンという会社も。

今日は、これからの健康診断のあと、少し、整理整頓をして、という時間を持つことになると思うんだけど。

帰りがけ、千葉の浦安からお見えの女史と、しばし、エレベーターの中での会話。

エレベーターの中での会話といえば、なんていうんだっけ、たまたまご一緒した、その時間に。

プレゼンする、あのシリコンバレーなんかのやつ、あるよね。

それで、大きなお金を引っ張る、っての。

は、ともかく、くだんの彼女、知り合いの会社さんなのか、自社なのか。

このセミナーを受講して、二年後にその社員さんが退職されたそうで、なんて話にもなり。

たしかに、原理原則を学んだおかげで、その会社の原理原則がまがい物、なんてことに気がつき。

という可能性だって、大ありだしね。

とは言いつつ、結局、コヴィー博士の言葉をお借りすれば、インサイドアウト、ってわけだ。

つまり、自分の人生、生き方、どうするんだ、ってことね。

もっと言えば、自分の内側から発することにフォーカスする、か。

そこからのスタートでない限り、まがい物です、って。

順番、違えないでね、ということだ。

インサイドが先ですよ、そこが始まりですよ、というわけで。

その後は、神保町で、瞑想して来たんだ。

そんなの、自宅でもできるじゃん、ってことではあるんだけど、せっかくだからね、いつもと違う。

光景のなかで、いつもと違う瞑想を、と言っても、いつもと同じ、自分がしてるんだけどね。

さて、そろそろ、いつもと同じ、骨との会話を始めるとしますか。

 

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今日は東京さ行くだ

2018年01月17日 | Weblog

例の、コヴィー博士から伝わる「七つの習慣」がらみの。

セミナーなんだけど。

その説明会で。

まだ勉強するの、って話になりそうだけど、そう、一生勉強なのです。

というわけだ。

自己流でやって来た、経営なるものを、原理原則に基づき、の。

その原則を教わりに行ってくる、と言えるか。

当初、そういうの、もういいよ、オレ流で行くから、なんて態度だったんだけど。

考えてみれば、なんの集団でも、古来から積み重なった智慧、というものはあるわけで。

それを、使わない手はないな、とふと気づき。

オレ流の言葉ではなく、誰にでもわかる言葉を手に入れてくるということになるか。

その前哨戦が、今日という日。

ところで、わが社の社員さんが、インフルエンザ発症、ということで、昨日から。

厳密にいうと、昨日の早朝過ぎから、出社できず。

その彼の担当現場が、今日は、現場成型と言って、長い折板というものを現地にて成型。

という仕事があって、彼に代わって誰かがその役をやらなきゃ、なんだよね。

ずっと以前なら、すわ、大変、ってことで、とても。

東京なんて行ってる場合じゃないぜ、ってことなんだけど。

思えば遠くへ来たもんだ、ってちょっと大げさだけど、気分はそんな感じでもあり。

そんな集団を、より効率よく、より効果的に、ということでの、表題なわけだ。

いろんな人が絡まってやる仕事というのは、それぞれはそれぞれの持ち場で。

全身全霊を傾け、という作り込みが大事なわけで、誰だって。

そうしたい、そういう姿が素敵、ってことだけど、そこはそれ、さまざまな。

実に人間的な、あまりに人間的な、って感じで、おもんぱかり、思い込み、頑なな信念。

ま、もっともっと、呼び名があるんだろうけど、そんな物語を紡いでいるのも。

この人間のなりたち、でもあり。

次のステップを踏むための一里塚、とでも言えるか。

そんなわけで、行ってくるのです。

 

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明日は山羊座の新月だそうだ

2018年01月16日 | Weblog

ここのところ、見上げる空に月はいない。

ちょっと前まで、日々、細くなっていく月とともに事務所への道を歩き。

なんて具合だったんだけど。

表題のごとくに、新月に向かい、さらに月は細くなり、今朝は見えない。

月を基準にすれば、毎月、冬至のようなリズムを刻むわけだ。

陰極まりて陽となす、というのが、太陽にまつわるものなので、月の場合は。

どんな文字で表すのか。

出産なんかも、月の出と関係したり、たしか。

カニは、満月の時だったか、その時に採ると、身がスカスカ、なんて聞いたことがあったな。

微妙に、陰に日に、月の存在は、わが人間生活に影響を及ぼしているんだよね。

星座の並びからすると、山羊座の新月というのは。

自分が慣れ親しんだコンフォートゾーンから抜け出し、アウェイを開拓すること。

だそうで。

その昔、遊動生活をしていた頃には、アウェイ感は、食材の枯渇とともにやって来て。

何世代もの間、そんな暮らしをしてくると、慣れ親しんだ暮らしは、ほんのひと時のことで。

やがてまた、新たな旅に出なきゃ、というメンタルなわけだ。

寅さんが、正月近くなるとふらっと旅に出る。

なんてのも、そんな何万年も前の、遊動生活の名残かも、なにせ、あの稼業のこと。

遊び人、なんて言ったりするしね。

芭蕉のように、片雲の風に誘われ漂泊の思いやまず、というのも。

彼、忍者だった、なんて説もあるけど、それはともかく。

旅から旅への人生だった、というのは、若山牧水なんかもお酒を飲みながらの旅だったし。

日常から、つまり、コンフォートゾーンからアウェイへ、ってことでもあるね。

今流行りの西野さん、キンコンの。

彼、笑っていいとも!のレギュラーだった頃、タモリさんとよく食事をしながら話したらしく。

その中で、戦争がなぜなくならないか、なんてことで話したことがあって。

タモリ曰く、それは、人を好きになるからだ、というわけだ。

人を好きになる、失いたくない、自分のものにしたい、という心理が、例えば、その人が奪われた時。

奪ったその人を抹殺したくなる、という心理の流れ。

それがある限り、戦争はなくならない、とね。

そのタモリさんに勧められて描いた絵から始まる、彼の物語。

今では、詐欺にあった成人たちへの、どんでん返し的なイベント企画でしょ。

しかも、明るい未来がやって来そうなやり方でね。

物々交換、あるいは、心心交換が、通貨を媒介にせず、いや、通貨を媒介にしたとしても。

今までの、独占所有とは違った意味での交換、みたいな絵柄が、何とは無しに、おぼろげに。

浮かんでくるような、そんな営為、ヒント、ほのめかし、みたいなもの、感じるからね。

だから、決して、未来は暗いわけではなく、解釈の仕方、行動の仕方、アウェイへの身の処し方一つで。

いかようにもなる、ということで、骨ストレッチへ向かいます。

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今日はいい天気、空は青空

2018年01月15日 | Weblog

これに、なんて続くんだったか。

昨日は、臨時おじおば会と銘打って、お昼近くになって、出かけた。

御前崎のナブラ市場でも、海の青と空の青のマッチングが良さそうだったので。

と車を走らせ、52号を北上しつつ、新東名から、という算段をしてもいたんだけど。

道中、富士山の雪景色があまりにも鮮やかで、なので、新清水のインターを右へ曲がらず。

左へ、つまり、東方面へ向かい、富士から西富士道路、という行程に変更。

ずっと、富士山を眺めつつの車中、おばたちからは、いいね、いいね、の連呼で。

表題の歌詞?

というのか、彼女たちが幼い頃、父親が天気のいい日に歌ってくれたそうで。

90歳前後の口から、楽しそうに出てきて、おとうさん、ユーモアのある人だったね、と。

ほぼひと月に一度の母親の、ショートステイからの、ま、里帰りみたいなもので、落語的に言えば。

薮入り、とも言えるんだけど。

富士宮の浅間神社まで、初詣、ということだった。

いつも見慣れているあたしたちが、こんなに美しいと思うんだから、他所からきた人たちはさぞかし。

なんて感想を述べつつ、初詣客で賑わっている、境内と、おかげ横丁みたいなマルシェを散策。

お昼はどこにしましょうか、というわけで、そのまま、南下して、由比へ。

駅近くの、地魚のにぎり、いつだったか、東海道歩こう会のお昼をいただいた。

高校の先輩にあたる大将が握ってくれるお寿司屋さん。

丁寧に握ってくれるので、やっぱり、食べ終わるのに、1時間以上かかった次第。

でも、とても美味しくて、まわらないおすし屋さんはいいよね、というわけだ。

出発からざっと小半日で明るいうちに帰還、というのも。

暗くなると、どうも、母親の心理に異変が起こりやすく、不安がやってくるのか。

なので、こんな日は、日の高いうちに限る、ということなんだよね。

手を変え品を変え、時間が前後と繋がりにくい母親への、われわれにとっての時間の提供。

とでも言えるか。

夕べは、せごどん、西郷どんの2回目。

涙流しながら終わって、BSにチャンネルを回したら、「踊る大捜査線」。

また、泣いちゃってね。

昼は笑いで夜は涙、という一日だった。

この週末は、東京へ泊まり、長男坊の結婚式。

前泊を娘たちとすることになり、まるで、何年か前、やっぱり。

長男坊の引っ越しで、家族総出で出かけた時みたいな、妙な、華やぎ、非日常の。

ハレとケで言えば、ハレの時間となる。

あれやこれやの準備で、息子たちも気忙しなく、なにせ、初めてのことだからね。

初めてのことを経験するのはいいことだ。

それこそが、生きてる、ということでもあり。

人生智、というような名前で、だんだんと、世慣れてきて、そうそう、あれはこうで、これはああで。

みたいな、訳知り顔の、長屋のご隠居さんみたいな風情、立ち位置がデフォになりがちで。

訳知り顔、とか、したり顔、とかが蔓延しがちな、現代の人口構成なんだけど。

そこはそれ、日々新たなり、というね。

そこんとこ、テストに出るところなんだな。

というわけで、人生初の、という心持ちで、骨ストレッチに向かうとしますか。

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口ほどでもない?AI

2018年01月14日 | Weblog

という書き方は、懸命に研究されている方には失礼なんだよね。

なんだけど、昨日の、同友会大学。

研究事例でわかるAIで今できること、できないこと、の副題での講義。

研究の先端にいらっしゃる方なので、メディアで喧伝されるほどには、AIくん。

まだまだ、難問が控えているようで、お聞きしているだけで、あいや、ってな感じでね。

AIを人工知能と書き換えると、どうやら、第3回目の波のようで。

研究者の間では、AIという言葉は、使ってないようで。

素人さんの間では、仕方ないから、AIと呼んでいるけれど、というわけだ。

にしても、大きな事業規模の中では、ある部分を人工知能の置き換えなんてのは、すでに。

そこかしこで進んでもいるようで。

とは言え、マスコミで喧伝される、なんとかアイボくんとか、Pなんとかってのも、先生。

実際に試してみたんだけど、やっぱりね、というくらいのものらしく。

ディープラーニングとは言いつつ、その裏側で走らせるプログラムへの仕込みは。

人間がシコシコとせざるを得ず。

30代の先生、自分の現役の間に、ある程度の成果に結びつくかどうか、なんてこと、ポツリを話されていて。

こちらは、ひとまず落ち着き、笛や太鼓の喧騒の中から静かな佇まいに戻れそうではあって。

今、事務所の中で、スマホの、あれ、目覚ましなんだろうな、ずっと鳴っていて。

忘れていったスマホが、主人のいないままに、自分の職務を忠実に遂行していた、という情景。

煌々と明かりを照らし、どこで音がなっているのか、と調べ。

なんて時間の後、そういうことが判明したわけだ。

AI仕様の様々な家電も氾濫してくるんだろうけど、そんなことも、あちこちで起こるかもしれないな。

主人なきままの、中止、停止命令を出す人がいなくなった、まるで、小野田少尉の。

ルバング島だっけ、あそこでの戦闘状態の継続、みたいなね。

戦後になるのに、戦争終わってから何十年だっけ、かかった、ってやつね。

今朝は、今週一週間をどんな具合に過ごすか、スケジューリングってやつを。

「七つの習慣」のコヴィー博士に倣ってしてみむと、という時間だ。

入ってくる予定を埋めるのは、当たり前だけど、まんま、の話だけど。

あらかじめ、自分のミッション、ま、課題やらテーマ、もっと言えば、人生の時間をかけて。

実現したいことを中心に、とでも言えるか。

ま、リクツはともかく、やってみますよ。

来週末には、長男坊の結婚式で、しかも、東京なんで。

何かとせわしないわけだ。

今日は、母親がショートステイから帰ってきているので、どこかへ連れ出し。

天気、いいんじゃないかと思うけど。

さて、骨ストレッチに向かうとしますか。

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零下の朝、厳密には0度か

2018年01月13日 | Weblog

いずれにしても、わが駿河の地と雖も、冬の寒さ到来。

といった姿になりつつあり。

昨年来、米国では超寒波襲来、やがて、日本列島にも来るかも、なんて日々に。

夕べは、某設計事務所さんの新年会。

その冒頭の乾杯の発声が、久方ぶりの御仁の登場で。

思わず、乾杯の後、駆けつけ、ご無沙汰しております、なんのタレベエです。

と、旧知を懐かしみ、しばし会話をし、事務所、訪ねて行きますよ、ということになり。

今は、婿殿に仕事は任せ、名刺を見ると、顧問、だったか、会長、だったか。

そんな肩書きになっていたけれど、伊豆の方の高校の同窓会会長であったり、どこぞの市長さんの。

選挙顧問とかとも書いた名刺もあり。

なんて瞬間を過ごしたのでした。

その設計事務所の先生の挨拶では、今年から変わりますよ、というね。

日本建築協会だったか、設計組合だったか、そんな団体の会長さんの会社が。

昨年、倒産したらしく、かつては隆盛を極めた会社さんだったようだけど、時の流れに。

変化に、旧態依然たる経営だった、ということが原因だそうで。

ことほどさように、世の中は急変している、というわけだ。

不易流行ともいうけれど、流転すること限りなく、とね。

ここでも、なにごとかに、なにものかに、せき立てられるような、そんな資本主義の時代。

さてさて、そんな時代に、当方は、どんな絵柄を提示してみましょうか。

当方の関心の向きは、いろいろあるようで、実は、すべてが一つに繋がっている。

とも言えて。

シンプルに述べれば、生きとし生きる、この人間、とでも書けるか。

命、ともいってもいいか。

そこからがすべて、その命なるものが、社会なのか家庭なのか時代なのか、呼び名はともかく。

そこでの化学反応のような、さまざまな出来事、解釈、などなど。

コヴィー博士の言葉をお借りすれば、インサイドアウト、内側から、私的な成功というもの。

そこですよ、大事なところは、原理原則は、ってわけで。

そう言えば、夕べの宴席で、近くの方との会話の中で、今日は、81歳の義母に車で送ってもらった。

なんて話になり。

そりゃ、凄まじく元気な女性ですね、と応じたんだけど。

ゴルフもなさるそうで、スーパー婆さんだね。

そんな女性も世の中にはいらっしゃるわけで、老後、とか、なんとかかんとか、年寄りぶって、自分を。

世間の常識の範疇で語るのは、そろそろやめとかないと、時代の流れ、つまり。

100歳時代ね、そこに追いついていきませんよ、ってことで。

その御仁、送ってもらうのはありがたいけど、怖い。

微妙にブレーキのタイミングが遅い、というんだけど、自分の子供達や社内の若い人に乗せてもらう時の。

あのタイミングのずれ、怖さ、と同じ様相だけど、片や、若者は、レスポンス良いので、ブレーキが遅い。

片や、こちら、81歳は、反応が鈍くて遅い、というね。

同じ現象が、違った意味で怖い、という、なかなか、面白い話でもあって。

そうそう、その宴席では、冒頭の御仁以外にも、隣の方との会話の中から、共通の知人の名前も出てきたり。

ほんと、世間は狭いですね、ということで。

よかったよ、真面目にいきてきて。

そう言えば、昨年、文化クラブなる会で、幸運にもビンゴが当たり、駿河九十六ケ地名なる、地名の入った。

手ぬぐいを、いや、旧駿河の地図をいただいたんだけど、それを描いた方、用宗在住の。

その方の話題にもなり、どうやら、お医者さんだったようで、二人で名前が出てこなくて。

ほらほら、という例のアレですが、お隣の奥様は、なんとかひねり出し。

彼女の持論としては、出てこない名前など、なんとかして、ひねり出すのがいいんだ、とかで。

当方とは、まるで、真逆で、なんたって、他人様の頭を使わせていただく、というのが、わが作法。

なんでね。

というわけで、零下の朝は、こんなブログで始まりました。

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おじいちゃんは静岡の役所まで歩いて通い

2018年01月12日 | Weblog

なんて、母親やおじの言っていたフレーズを思い出したのが。

何日か前の朝。

その日は、少々、暖かかった日だったか。

屋上にてのウォーキングをしながら、巴川が目に入り、北の山並みも眺めながらの瞬間。

だった。

昭和で言えば、何年の頃か。

昭和一桁の母親たちだから、戦前であることには間違いない。

そのフレーズを思い返しながら、一人で笑っちゃったんだよね。

おいおい、こちらもおじいちゃんといつの日か、孫は呼ぶんだろうな、と。

屋上を歩いていた、なんてね。

こちらはこちらで、ボールウォーキングという洒落た名前を持つ歩き、なんだけど。

このところ、川鵜の群れに出会わない。

微妙に、時間がずれているのかもしれないな。

なにせ、彼らの時間とわが方の時間、違っているんだろうからね。

ぐるぐる回る時計の針がなければ、一日を感じれない、くらいの時間感覚とも言えて。

体内時計とか、あんまり使わないままに日々を過ごし、だから。

夕べは、地域交流委員会があり、その後、他の委員会とも合流しての新年会。

そこでの話題が、ダイエット、なんてので。

もちろん、他の話題もたくさんあったんだけど、一人の御仁が、ライザップによるダイエットを試したそうで。

3ヶ月で13キロ痩せた、なんて言ってた。

あれ、炭水化物ダイエットとも言えるのか、それを一切とらない、というんだけど。

ご飯好きな当方としては、それだけで、わが領域外の話だ。

高校の時だったか、歴史の先生が、掘り起こされた頭蓋骨を調べると、例外なく。

飢餓線というものが見つかり、なんておっしゃっていたことをなぜか、覚えていて。

ある時期の人類にとって、飢餓はデフォで、当たり前化していたわけだ。

食べ物にありつけるかどうか、それが問題だ、なんてね。

シェイクスピアの劇、なんだっけ、to be, or not to be、それが問題だ、なんてのあったよね。

思索の果ての苦悶、という絵柄だ。

片や、なんとかトロプスなんていう人士方は、飢餓線な訳だ。

それが、この現代では、炭水化物、摂るか、摂らないか、that is the questionとあいなり。

どちらも真剣だ。

 最近、こんな絵が気になっていて。

人間のカラダを覆っているという、目に見えない、オーラとでも言えるのか。

こんな層があるようで。

この中の、メンタル体に、ネガティブなエネルギーがたまるらしく。

多くは、成長していく過程での、大人たちからの、アレヤコレヤのコメント、評価、による。

無力感であったり、不安感であったり、などなど、ということのようで。

なるほど、と気をつけて見ているわけだ。

科学万能、ってのもぼちぼち、いや、違うかも、なんて時代ではあるけれど。

目を惹くのは、リアルにあるもの、であることは間違い無く。

どうしてもそこに依存しがちではあるけれど、実際には、わからないこと、目に見えないこと。

証明できなことなどなどに取り巻かれて生きている、とも言えて。

だから、大声で正義を主張することが、こっぱずかしくもあり。

いずれにしても、そんな絵柄を携えての日々ではあるのです。

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