BE HAPPY!

大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

ミラージュ(3)

2007-07-10 16:31:08 | Angel ☆ knight


 ―おい、何か事件みたいだぜ」
サムの声がイリヤの携帯に入った。
イリヤ達訓練生は、寮の近くで事件が起きると、見学と称して現場に走る。半分は野次馬根性だが、自分ならどうするだろうと思いながら先輩捜査官の対処を見守るのは勉強にもなった。
今夜の現場は、寮の窓からも見える高層マンションの屋上だ。「サイバー・ブルー」でトランス状態になった少女が今にも飛び降りそうだという。
発売以来、何かと物議をかもしている「サイバー・ブルー」だが、最近になって、長時間ゲームを続けるとトランス状態に陥る現象が問題化されてきた。ゲームが絶えず感覚中枢を刺激するため、脳が現実を正しく認識できなくなるらしい。
「て、何人かで屋上に上がって押さえ込んじまうわけにいかないの?」
寮の入口でサムと出会ったイリヤは、並んで走りながら言った。
「ダメなんだ。トランス状態になったプレイヤーには、近づいてくる人間がゲームの登場人物に見えるらしい。悪の組織が襲ってきたなんて思われたら、何をしでかすかわからない」
マンションの周囲には、既に大勢の人間がつめかけていた。
イリヤとサムは人垣にはばまれて、なかなか前へ進めない。そのうち、サムがセイヤの姿を見つけて声をかけた。
「教官、どういうことになってるんですか?」
「今、ご両親が交代で呼びかけているところだ」  セイヤは答えた。
だが、アキホというその少女は、部屋でゲームをしている最中、母親とケンカになって飛び出して行ったらしい。そのせいか、両親の声に全く反応しないという。
厄介なのは、アキホがフェニックスというキャラクターと同化しているらしいことだ。フェニックスは飛翔能力を備えたヒロインなので、アキホがそのつもりになって虚空へ飛び出せば、即墜落死だ。
「バッテリーはどのくらい保つんですか? 屋上にコンセントなんかないでしょう?」
イリヤが訊いた。非常事態だけに、わだかまりよりも状況を把握したい気持ちが強く働いた。
「あのゲームは電気を食うから、そんなに長時間保たねえと思う。だが、いったんトランス状態に入っちまうと、電源が切れてもすぐに現実に戻れるかどうか…」
言いながらセイヤは、「フム」とイリヤの顔を覗き込んだ。
「な、なんです?」
と訊ねた時には、もう腕をつかまれていた。
「こい」

 二人はシティ警察本部ビルのバックアップセクションに飛び込んだ。
セクション・チーフのジュンとウルフが驚いて顔を上げた。
「閃光弾、ありますか? 花火みたいに明るいやつ」
セイヤが訊いた。
「教官、一体…」
「あの子をトランス状態から覚醒させる」
セイヤはイリヤを振り返って言った。
「今の状態で、あの子にどんな働きかけをしても無駄だ。全てゲームの中の出来事とごっちゃになって、内容が正確に伝わらない。トランス状態に陥った人間の目を覚まさせるには、一点を凝視した状態で強い閃光を視神経に与えるのが有効なんだ。おれが777を飛ばすから、おまえは負傷者の搬入口から閃光弾を撃て」
「ええっ
イリヤは頓狂な声を上げた。セイヤは構わず説明を続けた。
「離陸したら、いったん海上に出て第1方面セクション側からアプローチする。777がマンションに近づいて、彼女が機体を注視したら、搬入口を彼女に正対させる。おまえはその一瞬のタイミングを狙って撃つんだ」
ぐずぐずしていたら、アキホは銃を構えるイリヤの姿に刺激されて、行動を起こすかもしれない。彼女が777を呆然と見つめているわずかの間に片を付けなければならなかった。
「そ、そんなの、リョウさんにやって貰った方が…」
「リョウは今、ガーネットスター・シティに助っ人に行ってる。あいつに次ぐスナイパーつったら、おまえだろう」
セイヤにそう言われて、イリヤは驚いた。こいつはそんなにおれのことを評価していたのか?
「で、でも…」
もし失敗すれば少女の命に関わる。その恐れがイリヤを尻込みさせた。
「おい。おまえが、毎日厳しい訓練を受けて身につけてる力は何のためだ? おれに勝って優越感にひたるためじゃねえだろう? こういう、困った事態を何とかするためじゃねえのかよ」
その通りだ。イリヤは子供の頃から、力を乱用する奴らに閉口してきた。そういう奴らと渡り合いながら、いつも心で叫んでいた。
―力ってのは、他人を支配したり、威張ったり、自分より弱い奴を傷つけるためにあるんじゃねえ。自分や他人を助けるためのものだ
「そら、閃光弾の準備ができたぜ」
ジュンが閃光弾を装填したランチャーをセイヤに手渡した。
救助セクションに電話をしていたウルフが、
「今、777を出す準備をしてる。あいつに乗れる天才ってのは、おまえのことか?」
と言うと、
「そうです。お見知りおきを」
セイヤは悪びれもせずに言って、ウルフと握手をした。
「ちなみに、この作戦は凡才の上官にはおうかがいをたてていませんので」
「わかってるよ」
と、ジュンは笑った。

 777の白い機体は暗い夜空に溶け、ちかちか瞬く飛行灯がスケルトンのように輪郭を描いていた。
セイヤは海上で旋回すると、イルミネーションの上を滑るようにマンションに向かった。
―降下する」
イリヤは閃光弾を手に搬入口に待機していた。落ち着け。訓練と同じだ。訓練では、ジェットヘリから自動車に乗ったターゲットを正確に撃ち抜いた。自分はちゃんとただ一瞬のチャンスを狙うことができる。
―扉を開けるぞ」
風がイリヤの髪を煽った。高度はマンションの屋上とほぼ同じだ。機体はまるで固い地面のように安定している。悔しいが、こいつは本当に天才パイロットだ。
―よし。アキホは機体を見てる。5秒後に正対するぞ。5、4、3,2…」
「1!」
イリヤはセイヤの声に合わせて引き金を引いた。計算された距離。
閃光弾はアキホの眼前で真昼のような光を放った。

(続く)