BE HAPPY!

大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

ミラージュ(1)

2007-07-08 17:27:26 | Angel ☆ knight
   
「今回は番外編です。エースがテロの捜査に奔走していた頃、訓練所では何が起きていたんでしょう」
「イリヤくん、ストレス溜まりまくりでんな」

 「なるほど。随分機嫌が悪そうだな」
イリヤの顔を見るなり、江流(コウリュウ)は言った。
陽射しは強く、まだ午前なのに二人の影がくっきりと落ちている。
今日はエスペラント・シティ警察訓練所(ヤード)の訓練が休みなので、賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)の仕事を手伝ってくれと、江流がイリヤを呼び出したのだ。訓練生とはいえ、身分は公務員だからアルバイトは禁止されている。
「アルバイトじゃない。無料奉仕(ボランティア)だ」
江流は言った。
「ただ働きさせる気ですか」
「ストレスが溜まっていそうだから発散させてやるんだ。ありがたく思え」
江流はいつもこれだ。人にものを頼む時ですら恩に着せる。
「まあ、何を悩んでいるのかぐらい聞いてやる。話してみろ」
「悩んでるんじゃありません。怒ってるんです
イリヤは言った。

『金の獅子』航空テロ事件の記憶も生々しいこの時期、シティ警察は異例の人事を発表した。『金の獅子』事件で負傷した対テロセクションのコマンダー・ユージィンに代わり、航空宇宙局スペシャル・タスク・フォース(ナッツ)のメンバーの一人、エースが同セクションのコマンダー代行に任命されたのだ。
エースはその少し前から、ナッツが開発設計を担当した救助隊機シルフィード・マークⅡの移行訓練と、イリヤ達4月生の武術クラスの講師を務めていた。彼がコマンダー代行に就任すると同時に、その任はナッツの同僚、セイヤに引き継がれたのだが、これがイリヤの憂鬱の始まりだった。
温厚なエースと違い、セイヤは口から発する一言一言が挑発的だった。
最初の授業で、その日練習する技を説明したセイヤは、早速こう言い放った。
―ぼくの説明、わかりにくかったら言ってね。おれは天才だから、凡人にどこまでかみくだいて話せばいいかよくわからないんだ。
この一言で、イリヤ達は凍り付いた。
聞けば、救助セクションでのマークⅡ移行訓練もその調子らしい。
―だけど、実際に腕はいいんだよな。ウルフの愛機だった777(トリプル・セブン)も、あいつは軽々と乗りこなしちまうし。
ウルフは、イリヤの育った児童福祉施設『安楽園』の出身だ。今は負傷してバックアップセクションに移っているが、救助隊時代はシルフィードのエースパイロットだった。『安楽園』の壁には、今も往事の彼の活躍を伝える新聞記事が何枚も貼り付けられている。
777はウルフのような飛び抜けた腕を持つパイロットが操縦していたせいか、性能がめいっぱい突き抜けてしまい、他のパイロットは皆機体に振り回されるようだといって、この機を扱えなかった。ただ一人、セイヤだけが、
―乗りやすいです。
と、涼しい顔で777を操っているのだ。セイヤはイリヤといくつも年が違わない若者だが、救助セクションの猛者達もその実力の前には頭が上がらないらしい。
(777のバカヤロー。もっと、パイロットを選べよ)
さらに腹立たしいのは、女性訓練生がセイヤにキャーキャーいうことだ。あんな鼻持ちならない男のどこがいいのだ。
―あの、自信に溢れた態度が男らしくて素敵なのよ。
―二言目には自分のこと、天才だとか美形だとか言うところがか?
―もちろん、口先だけならただのバカだけど、教官の場合は実質が伴ってるんだもん。有言実行タイプなのよね。

「そいつ、自分のことをそんな風に言うのか?」
江流は可笑しそうに笑い出した。
「そうなんですよ。天才はまだしも、美形なんて、男が自慢することですか?」
イリヤが一番癇に障るのはそこだった。柔らかい亜麻色の髪。睫毛の長い切れ長の瞳。セイヤはたしかに美青年だ。
イリヤも美形だと言われることがあるが、それを自慢に思ったことは一度もない。この顔のせいで、なめられたり甘く見られたり、どれほど損をしてきたかわからない。
(それなのに、あの野郎、見てくれを鼻にかけやがって)
ある日、イリヤは授業が終了すると、数人の同期生と共に、
―教官、稽古つけて下さい。
と、順番にかかっていった。稽古などもちろん口実で、セイヤに喧嘩を売ったのである。しかし、全員あっという間にやられてしまい、セイヤの株を上げるだけに終わった。
江流はそれを聞いて、また爆笑した。
「そういうところが、てめえは馬鹿なんだよ。訓練生がちょいと束になったぐらいでやられちまうような奴を、ヤードが教官に招くと思うか? ちったぁものを考えな」
そう言って、つんつんとこめかみを指でつつく仕種は、これでも聖職者の端くれかと思うほど憎らしい。江流にとってもバウンティハンターはアルバイトで、本業は仏教の僧侶と『安楽園』のファーザーである。
「ファーザー。よく、『自分に自信を持て』とか、『自己評価を高く』なんて言いますけど、おれは、自分に自信満々で自己評価の高い奴を好きになれたためしがありません。それって、本当にそんなにいいことなんですか?」
「相変わらず幼稚なことで頭を悩ます奴だな
江流は大仰にため息をついた。
「そういうくだらねえことが気になるのは暇だからだ。おら、逃亡犯のヤサについたぞ。さっさと準備しろ」

 イリヤはその夜、久しぶりに『安楽園』に立ち寄って、子供達と夕食を共にした。
江流が受け取った賞金で、夕餉の卓にはステーキが並んでいる。
「どうせ、イリヤが一人で捕まえたようなものなんでしょう? どうもありがとう」
シスター・エリアーデがわけしり顔に微笑んで、彼の皿にひときわ大きな肉を載せてくれた。
彼女の言う通り、逃亡犯はイリヤが一撃で仕留めた。
そいつは彼の顔を見るなり、
―なあ、頼むよ。ちょっと話を聞いてくれ。おれはちゃんと裁判までには戻るつもりだったんだ。子供が病気になったんで、一目会いに行ってやりたかったんだよ。
と、使い古された泣き落としを使い、しかもそう言いながら後ろ手に武器を取り出そうとした。
次の瞬間、その顔面にイリヤのパンチが炸裂した。自然に手を振り上げただけのように見えて、スピードと体重ののった、骨まで響くパンチだ。逃亡犯は一発で昏倒した。
―ヤードじゃ、今みてえな技を教わるのか?
逃亡犯に手錠をかけながら、江流も驚き顔になっている。いつも自分をいいようにあしらう彼のそんな表情を見て、イリヤは少し気分が良くなった。
彼もヤードに入る前はバウンティハンターをしていたが、今日のように泣き落としをかけてくる奴は大嫌いだった。イリヤの顔を見て、一瞬のうちに、
(こいつなら、お涙ちょうだいの話をでっちあげればほだされるかもしれない)
と値踏みする心の動きが手に取るようにわかるからだ。
セイヤはこんな経験がないのだろうか?、とイリヤは思う。
(あいつにはちゃんと親がいるもんな)
セイヤは対テロセクションの准コマンダー、ラファエルの養子だ。彼女に引き取られるまではストリートチルドレンだったというが、警察官の親ができてからはぬくぬくと育ったのだろう、とイリヤは想像する。自分のような後ろ盾のない孤児と違い、隙あればつけこんでこようとする輩と闘う必要もなかったに違いない。
夕食の後、イリヤはシスター・シシィの部屋に招かれた。
シシィの部屋には、何種類もの紅茶とクッキーが常備されており、彼女は時々子供達を呼んで茶菓をふるまった。そして、彼らの話にじっと耳を傾け、その時は意味がわからないことが多いが、含蓄に富んだ話をしてくれるのだ。
「イリヤはオレンジペコが好きだったわね」
シシィは、子供の頃彼が好きだったカップに、バラ色の液体を注いでくれた。
オレンジペコの香りに目を細めた瞬間、セイヤの紅茶色の瞳が唐突に思い浮かんで、イリヤは思わず顔をしかめた。
「おいしくない?」
「いえ、違うんです」
イリヤはわけを説明した。
「あら、まあ、随分気になる人がいるのね。まるで恋をしているみたい」
「冗談じゃないですよ。神経に障るだけです」
「嫌いなのに気になってしょうがない人っていうのは、自分の鏡なのよ。たいていは、自分にとてもよく似ている人だわ」
「やめて下さい。あんな奴に似てるなんて、正直言って心外です」
イリヤは憮然として紅茶をすすった。
「あなたは、まだ鏡にうつった自分の顔が好きではないのね」
シスター・シシィはふっくりと笑った。

(続く)