BE HAPPY!

大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

ミラージュ(2)

2007-07-09 16:27:06 | Angel ☆ knight
   

 イリヤは翌日の射撃特別訓練に備えて自主練をしようと、射撃場に向かった。
ヤードでは、それぞれの分野で抜きん出た能力を示す訓練生に、よりレベルの高い個人レッスンを受けさせている。イリヤは射撃が得意なので、シティ警察一のスナイパーといわれるリョウの特別指導を受けていた。
射撃場からは、いつになく華やいだざわめきが洩れてくる。
(なんだ?)
と覗き込むと、セイヤが高速で移動するターゲットを次々と撃ち抜いていた。
初級段階のメニューだが、見守る訓練生達は、ターゲットが撃ち落とされるたびに嬌声をあげた。
(あの野郎、こんなとこでまで目立ちやがって)
イリヤは頭に来たが、次の瞬間、
(そうだ。射撃なら…)
勝てるかも知れない、と思った。あの天才面を今日こそ踏みつぶしてやる。
イリヤはセイヤの隣のレーンに入ると、言った。
「教官、おれと1セット、勝負しませんか?」
「いいよ。どのモードにする?」
射撃練習のモードは、静止したターゲットを撃つスティル、動いているターゲットを撃つムーヴ、前後左右上下とあらゆる方向から攻撃を受けるディメンションなど様々な種類と難易度がある。イリヤは、現在、自分も高速で移動しながら、同じく高速移動するターゲットに命中させる訓練を受けていた。
セイヤは「どのモードにする?」と軽く言うが、
(ジェットヘリから高速道路を走る車を撃つなんてモードがてめえにできるのかよ)
と、イリヤはむかっ腹が立った。よっぽどそれを指定してやろうかと思ったが、それでは子供のいじめと変わらないだろう。
「教官が今やってらしたのでいいですよ」
と、余裕を見せて言った。こちらが固定した地面にじっと立っての動体射撃など、イリヤにとっては、もはや遊びのようなものだ。
周りで見ていた訓練生がこの成り行きに沸きたつ中、ゲームが始まった。
セイヤはどこで射撃を身につけたのか、イリヤと同じように軽々とターゲットを撃ち抜いてゆく。二つのスコアボードには同じ数字が並び続けた。
とうとう、どちらも満点で終了してしまったので、2on1モードで決着をつけることになった。同じ標的を二人同時に狙い、より早く中心部に命中させた方が勝ちだ。
引き金を引いた瞬間、イリヤは「勝った!」と思った。標的のど真ん中に当たることが感覚としてわかる。しかし、弾丸はなぜかターゲットの直前で大きく横に弾き飛ばされた。標的は無傷のまま移動してゆく。
誰もが、一瞬、今起きたことを理解できず、ぽかんとしてレーンの先を見つめている。
やがて、二つの弾丸が全く同じタイミングでターゲットの中心に向かったため、弾道が交錯して衝突し、互いに弾き飛ばされたのだとわかると、射撃場全体がどよめいた。
「引き分けってことみたいだな」
セイヤは言って、さっさと片付けを始めた。
イリヤのもとへも同期生が何人かかけつけてきた。人の好いサムが、
「二人とも、すげえなあ」
と感心すると、イリヤはようやくわれに返って、唇を噛みしめた。
「馬鹿野郎。こっちは専門的な訓練を受けてるんだぞ。素人相手に同点なんて、負けたも同然だ」
すると、ヒューという同期生が、
「わざわざ相手のレベルに合わせてやるなんて、おまえは、やっぱり甘ちゃんだなあ」
と言った。
「おれなら、もっと高いレベルのモードを指定してやるな。向こうがああだこうだ言ってきたら、『教官、天才なんじゃないですか?』つってやりゃいい。ま、教官もおまえのそういう馬鹿正直な性格見透かしてたのかもしれねえけどな」
この最後の一言で頭に血が上り、イリヤはヒューを殴りつけた。逃亡犯をやっつけた時の再現のように、ヒューは床にひっくりかえった。
だが、同時にイリヤも背後から肩をつかまれた。騒ぎをききつけたセイヤが戻ってきたのだ。
「何で、そいつを殴ったんだ?」
厳しい目でセイヤは訊いた。イリヤも彼をきっと見返した。
「教官。教官は、おれが易しいモードを選択することを見越して、おれに選ばせたんですか?」
「こっちの質問にまず答えろよ」
「ヒューがそう言ったから殴ったんです」
イリヤは床にのびている同期生を指さした。
「なるほどな」 セイヤは言った。
「おまえが、やたらおれにつっかかってくるのは何でだろうと思ってたんだが、そういうことだったのか」
「どういうことだっていうんですか?」
イリヤは気色ばんだ。
「なあ、天才と凡才の違いはどこにあると思う?」
「そんなの…才能のあるなしでしょう?」
何をあたりまえのことを、とイリヤは思った。
「違うね。凡才は自分を否定してないものねだりばっかりしてるんだ。天才は持って生まれたものを最大限に活用するのさ」
そう言って、セイヤはイリヤの胸を指でトンと突いた。
「いいかげん、大人になりな。いつまでも未熟なままだと、辛いのは自分自身だぜ」

 アキホは、学校から帰ると、一直線に部屋にかけこんで、サイバー・ブルーのプレイイングキットを取り出した。飢えた人間が食事にがっつくように、ヘッドセットをかぶり、電源を入れる。
すぐに、自分の部屋は消えて、大空を飛翔する感覚に捉えられた。

ゲームの中で、アキホは深紅の翼を持った美しいヒロイン、フェニックスだった。ヒーローの少年と力を合わせて世界を悪の手から救うのだ。
今、彼女は空の上で、悪の組織が作り出した飛翔型アンドロイドと闘っている。手強い相手だが、わたしは負けない。だって、こんなに強くて美しいんだもの。

「アキちゃん、いいかげんにしなさい。晩ご飯だって何遍呼べばわかるの
部屋の扉を叩いたが、返事はない。母親は構わずドアを開けて中に入った。
娘はカバンを放り出したまま、服も着替えずゲームに没頭している。母親は、ひきむしるようにコンセントからコードを抜いた。
プレイイングボードにはバッテリーが内蔵されているが、コードを引き抜かれた気配に、娘が振り返った。イヤホンとゴーグルを合わせたようなヘッドセットが、娘の顔を昆虫の頭部のように見せている。
母親は、娘の目を覆っているゴーグルをはね上げた。
「何すんのよ」
「何すんのよじゃありません。どうしてもって言うから、高いのにそのゲーム買ってあげたのに、勉強も何かもかもそっちのけじゃないの。こんなことなら、お父さんの期末手当、そんなものに使うんじゃなかったわ。お母さんだって、お掃除ロボットが欲しかったのに」
「勉強…お掃除ロボット…小さいわね」 娘が言った。
「あんた、情けなくないの? 一生そんなちまちましたことばっかり言って過ごすの、悲しくない? 現実っていつもそう。みみっちくって、味気なくて、つまらない。ヴァーチャル・ワールドにいた方がずっといいわ!」
アキホはそう叫ぶと、キットを抱きしめて部屋を飛び出していった。

(続く)