副題1、『この2016年10月16日にNHKが流したニュース内に見る、事の本質をゆがめる作業(後注1)を、昔のブログを使って、検証をしたい』
前報(後注1)の推敲と加筆がまだ終わっていませんが、それに関連して、3年前に以下の文章を書いております。その頃は、サービス精神が旺盛で、いわゆる目次を付けております。それで、その目次を見ると、事の本質が、相当に丁寧に書いてあるのが、お分かりいただけるそれが、丁寧に書いてあるだけに、それを、潰してやろうしてと、意図されたのが、この2016年10月16日に、報道をされたNHKニュースの内容と、流れでした。ですから、こちらの私の過去ブログの方が、より、真実を穿っていると、言えます。それは、NHKニュースの今般の構成によって、却って、傍証づけられたと、私は考えております。
で、その過去ブログは、リンク先のみならず、目次部分まで、書いているので、今の書き方よりもずっと配慮に満ちています。今より丁寧で、親切です。今は、それだけ体力が落ちていると言う事ですが、ともかく、それを、****罫線以下に置いておきます。
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メディアは何故、大島町・町長の島外公務の内容を報道しない? 税金の極端な浪費がここにもあった△
激越な調子になっていますが、NHKが23日の19時のニュースで、この人(=大島町・町長、川島理史)を助けるための弁明を、予算委員会の報告より、前に置いたので、怒り心頭になっているからです。これも、例の連中が計画をしていることでしょう。見え見えだったので、相当に厳しい告発になってしまっています。急にこのブログに入ってきた方には、よくわからない部分があるとは思いますが、そのままで置いておくか、いつか将来、説明用リンク先でも提示しておこうと思います。
24日の午前三時に推敲を終わりました。で、恒例の△印をタイトルの横につけておきます。
副題1、『いい男だが、その顔を見ると、虫酸が走る大島町長』
副題2、『ちょうど、今は鎌倉も市長選中です。タイミングが絶妙でもありますし』
副題3、『鎌倉市内から、聞こえてくる音によって、私は政治の本質を解析する。本日も好例があって・・・・・』
副題4、『なんと、NHK7時のニュースは、首相や諸大臣の施政方針の質疑より前に、川島大島町長の弁解の言葉を放送してあげました』
副題5、『夕方のニュースで、ペットロスにかかりそうなご老人を見たが、それも、大島町、町長の無責任の結果ですよ』
副題6、『前回死者がでた台風26号の来襲時に、適切な避難勧告をしておけば、これほど、派手な、避難活動を、今、行う必要はないのだ』
副題7、『島外で、公務があったそうですが、どうして、その公務の内容を、メディアは、報道しないのですか?』
副題8、『死者30人を数えるほどの失敗というか、無責任さが、許される公務とは、全国市町村会議ぐらいな筈ですよね』
副題9、『びっくり仰天、共産党員の町長ですって』
副題10、『だから、NHKの23日の7時のニュースに弁解の機会を与えられて、インタビューを受けたのだ。なるほど、なるほど、目からうろこが落ちました』
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副題2、『共産党を使った、数々の弾圧に出会っているが、一つだけ、お正月の5日だったという点で、期日がはっきりしているのがあり、それを、ここで、再度取り上げておきたい』
正月5日の朝7時に、鎌倉駅頭に共産党の演説組がいて、パン屋・門・内に、豊島屋社長がいた理由は何か? 2015-01-07 23:12:00 | 政治
こちらの方の、文章では、共産党と、警察が密接に結びついており、また、伊藤玄二郎が、それら、共産党と、警察を、実際に支配していると言う事が、如実にわかる事実が書いてあります。
というのは、尾行がないと、JR東日本の横須賀線を、東逗子駅で、45分間もとどめおくことができないからです。その間に、豊島屋の社長を呼び出し、駅前の、豊島屋ビルの、シャッターを午前7時に開けさせて、ガラスドアの向こう側に、私によく見える様に、立っている様に、命令を下したのですね。お気の毒な現在の社長様よ。虐げられていて、へんてこりんなお金を、10年間ほど、1200万円ずつ、鎌倉市に寄付をしないといけないそうですよ。総計一億二千万円だそうです。伊藤玄二郎一派が、自分たちの悪事を隠す為に企図した、海岸の命名権という悪辣な手法を、さらに、糊塗していくために、お金をむしり取られているのです。
一方で、源吉兆庵と言うのが、鎌倉を本店として伸びているし、紅谷というのが、【クルミっこ】というお菓子が大評判です。豊島屋さん大丈夫ですか? うかうかしていると、鎌倉随一の立場を奪われますよ。だって、伊藤玄二郎たちと、組むと、ろくなことはないのですから。
瓜南さんの方は、容貌に、自信があると見え、芸大の、卒業時の、記念写真においても、前の方に、位置していて、かつ、長い足を横出しに投げ出して、モデルみたいな、形で映っています。
田川未明 10月17日 · livedoor Blog · 編集済み ·
カナンちゃん(瓜南直子)が総裁を務める【全アスはが連】全日本アスファルト暑いのではがしちゃいたい連盟のカバー写真を更新しました(これ以降=写真部分=が、移動をしなかった部分です・・・・・川崎注)♥ 天然のリース(アスはが連) カナンちゃん(日本画家・瓜南直子)が総裁を務める『アスはが連』(全日本アスファルト暑いのではがしちゃいたい連盟)のカバー写真を更新しました。トルニタリナイコト@MimeiTagawa
瓜南直子さんは、これ以外にも、映画のプログラムの事、・・・・・これが、政治的にも大問題な事なのですが、ここでは、字数が足りなくなるので、「それに関する投稿が、すべて、いじめとか、弾圧に当たるのだ」とだけ書いておいて、先に進みます。それから、警察が関与したスパイの件で、金田祐子さんと組んで、すさまじいいじめをも、彼女は、行ってきたのです。が、すべて、そういう投稿が消えております。もし、私が、ここで、彼女の投稿が、消えたことを、問題にすると、フェイスブック側は、「死者だから」と、言うでしょう。で、「そうですか」と、言っておくしかないですね。
ただね、あれほどの大量の投稿があった彼女が、突然に、2012年の6月にみまかるとは、誰も想定していなかったことではないですか。ただ、私は、二年後にそれを知り、「おお、やはり、これも、同じだったのですね」と、納得をいたしました。これが何例目かに当たる、伊藤玄二郎側について、私をいじめてきた人のうち、『善人は、素早く死ぬ』という一例に当たるのです。だから、天の、お力の、すさまじさを感じ入った次第です。
無論のこと、別の言葉で言えば、科学的にも証明ができます。
彼女はお漬物研究家でした。それで、塩分を大量に摂取していました。それと、お酒が好きでしたね。その両方が相まって、肝臓が悪かったのでしょう。それに、対・私のライバルとして、持ち上げられきって居たので、2011年から、2012年の、四月まで、活動が多彩でした。それも、彼女の体力を奪ったのだと、推察しています。だから、執事、金田祐子さんも、私に言わせれば、瓜南さんを殺してしまった方の、一人なのですよ。
執事としての、金田祐子さんが、お嬢様としての、瓜南直子さんを、ものすごいレベルで、持ち上げている投稿が続いていますが、これは、私が言う処の、例の、「彼等は、お互いに、食い殺しあっている」という見本の一つです。きれいごとの裏側に恐ろしい部分が秘められているから。
つまり、伊藤玄二郎が、アメリカの超富裕層の、代理人なのですが、その伊藤玄二郎の代理人が、瓜南直子さんで、彼女が先端に立って、伊藤玄二郎の意志を肩代わりして、いじめて来ていたわけです。どうして彼女がそういう任務に就いたかですが、一つには、北鎌倉の【侘助】が、一種の基地として、彼女の陣地だったことと、
浄智寺さんと、伊藤玄二郎が親しかったことと、
伴さんの家が、私の家と、直線距離にして、150m以内であることなどが、重なって、そういう風に選ばれたのだと、おもっております。こういう風に選ばれてしまった女性は、いちばゆみ、藤田千彩、高橋真樹、開発チエと、相当数居るのですが、その中で、いじめてきた量が最も多かったのが、瓜南直子さんなのです。だけど、どの女性も、リアルな世界での私と面識がないし、ブログも読んでいないし、本も読んでいないので、私の事は一切知らずに、ただ、ただ、攻撃をしてきていたのでした。その中で、藤田千彩さんが、一番賢かったですね。前職が、外国系の、通信社だと言う事とか、岡山県の出身者だという事とか、それほどの富裕層ではない、家の出身者だとかいう条件が重なって、一番、利口な人となって居たと、思います。
瓜南さんは、伊藤玄二郎の甘言に乗せられて、ご自分の、優越性を過信しすぎていたと、思います。別に私が殺したわけでもありませんよ。私は、2011年の、11月の末から、一切、かの女の投稿を読まないことと、しただけです。去ったわけです。しかし、私の不思議なアガペーの力を失ったことも、彼女の早世の、原因かもしれませんよ。私は、他人をちやほやは、しませんが、自分を殺して他者を生かす、そういう存在なので、私と縁がある方が、その人が輝くのです。生き生きとするのです。私と縁遠くなると、こういう風に、すぐ死んでしまったりするのですよ。
ちょっと、神がかった言い方に成っていますが、谷垣禎一さんも亡くなったと、思いますしね。こういう風に言わせておいてくださいませ。
「でも、絵描きとしては、彼女の方が上ですよ」という人がいるかもしれませんね。そういう人が実際にいたら、「私は柴田悦子画廊で、瓜南さんの絵を何度も見ている筈ですが、一度も覚えていないのです」と、申しあげさせてください。私は色彩を重視する人間で、瓜南さんの、色彩感覚は、『ちょっと、どうも』、という感じで、決して、素敵だとは、思えないのですね。墨絵とか、文人画の一種だと、考えれば、色彩が、少ないのも、「そうですか」と言うしかないのですが、そういう分野には、興味がないので、「悪しからず」と、言わせておいてくださいませ。
ところで、私は瓜南直子さんに対して、自由自在に書く為に、柴田悦子画廊には、顔を出さないこととしております。ここ、五年ぐらい顔を出していません。それなりの工夫をこらし、また、節度をも、保っているつもりです。
やまゆり園事件が起きているし、大口病院事件が起きているし、高枝切事件も起きているので、私の筆法も鋭くなってきています。伊藤玄二郎一派に、属する人材に関する追及は激しくなっているのです。瓜南直子さんが、遊び半分で書いていた全日本アスはが連が持っている意味について、本日は、天に向けて、ご報告をするつもりで書きました。瓜南直子さんのファンが、了承されなくても、まったく、構わないのです。これは、天の神様へのレポートですから。
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副題6、『なぜ、ガードマンが、私への、脅かしに役立つと、考えられているのか?』
私の母は、2010年の、10月の13日に、93歳で亡くなっていますが、その前の、6年間は、東上線常盤台駅を最寄りとする老人ホームに入っておりました。
その駅には、母にとって、入院しやすい病院があるのと、少し離れたところに、都立大山病院という老人医療に関して先進性のある病院があるので、母の実際の住所としては、横浜日吉でしたが、そこに入所したのです。
ところで、荻野アンナさんが都立大山病院に、父君や母君が入院をなさった頃、どれほど、大変だったかを、私にも電話で直接おっしゃったことが有る(30分ぐらいだった)し、(それで、私はアンナさんが、どれほどに、かわいくて純真な人であるかが、分かったのだけれど)文章にも表していらっしゃるのだけれど、電車に乗る時間、および徒歩時間を全部合わせても、ほぼ、私と、同等か、少し、私の方が長いという形でした。荻野アンナさんは、慶応大学の当時、助教授であり、芥川賞を授与された有名な小説家なので、私より、ずっと、負担が大変な方です。しかし、報酬や、評価が与えられるので、それが、エネルギーとなるでしょう。一方の私は、労働時間としては、このブログを書くのと、フェイスブック等を、やるのと、本を自分で編集し、出版まで、すべてのデザインをして、持っていくという労働があり、しかも、そのすべてにおいて、報酬があるどころの騒ぎではなくて、反対に、邪魔をされ、妨害を受けていたので、死に物狂いの日々でした。今より、六年は昔だったから可能な生活だったと、思います。
ただね。母が死にそうな感覚はあって、従って、2010年ごろから、次の本を作るのを止めてしまっています。それは、親が死ぬ直前は、体力にも心理的にも余裕を持っていないとだめだと、言う認識があるからです。【遺産相続】が、【遺産争続】と、変換されて有名になって居ますが、それは、一部には、介護に疲れ切った段階で、親が死ぬからです。
ところで、ガードマンの、一件に戻ります。常盤台周辺でも、豆腐屋に化けた刑事や、廃品回収業者に化けた刑事や、インターフォンを鳴らさないで、帰る人とすれ違いで、老人ホームに入ったら、刑事が血相を変えて、『どうして、インターフォンを鳴らさないのだ』と、怒鳴り込んできたので、母の部屋に、盗聴装置が仕掛けられていることがわかりました。その日は、母が熟睡していたので、入所10分以内に、対処しようとして、玄関で、刑事と鉢合わせしたのです。
その刑事は、私の声は知っていても顔は、しっかり知ってはいなかったらしくて、私の目の前で、そういう怒鳴りをしているのでした。私は、小さい目をまん丸にして、しっかりと、彼を見つめました。私がその当該の、人物であることを彼は、判ったのではないかしら。
でも、不器用なので、どなったことをフォローできませんでしたね。で、是も又、聖路加病院へ、治療をするなと、言ったのと、同列にして、警察が、すさまじい人権侵害をしていると言う事と、それで、伊藤玄二郎一派が、CIAの代理人であることが、証明をされると言う事と、警察とは、その支配下にあり、一種の私兵と化していると言う事もわかってくるのです。
で、ともかく、2003年から、2010年まで、一週間に、三回から、四回ほど、私は、夜の11時ごろ鎌倉に帰って来て、小町通りを通るのでした。2008年から、共同溝工事は、始まったのですが、それが、8年もかかったのは、その工事を利用して、それを、脅かし用、術策として利用をされたからです。夜の11時にはすでにバスはありません。一週間に三回も夜が遅くなるわけなので、タクシーを使うのも贅沢だと、感じていて、歩くわけですが、小町通りを不二家の角で、入る場合、行き先が真っ暗です。ところが、半分ほど過ぎて、教会のあたりまで来ると、突然に、先方に、大きなランタンが、二つか三つついて、重機が轟音を立てて動き始めるのです。
最初はびっくりしました。それで、主人に手紙を書いて、嫌なことをされていると、訴えたり、主人に迎えに来てもらったりしました。その手紙類ですが、主人に捨ててくださいと頼んでいるのに、気にして居なくて、捨てて居なかったりするのです。それを泥棒に入った連中が読んだらしいのです。それで、2012年ごろまで、しつこく、この工事を利用した脅かし策が、使われました。
上の写真は、最近のものです。2016年9月26日の夜のものです。月曜日であって、朝の8時半から、高枝切りと言う大攻撃が行われ、それに関連して、市役所に調査に生き、阪中英夫という担当吏員が、嘘をついていることを発見した後で、銀座の画廊巡りをして帰って来た日に、数年前と、同じことが行われているというわけです。共同溝工事は、終わっているので、何か、別の理由を付けて、しかも、別の道を、工事しているのですが、このガードマンを、こちらに見せることが、役立つと相変わらず、考えられているのを、感じています。
なお、午前二時に近くなっていますので、22日夜は、ここまで、加筆をしただけで終わりとさせてくださいませ。明日も加筆をいたします。
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