今は、28日の夜11時半ですが、以下の文章を推敲・加筆していきます。なお途中で加筆したところには、アンダーラインを敷いておきます。が、あまりにも大量な加筆には、アンダーラインは敷きません。特に文末のそれには、敷きません。
副題1、「前々報
20-12-25日の人々の動きで、結果として、妙本寺の遠藤嬢のお見合いに、川合・養老の両先生が尽力したという事が判明
の続きを書くつもりで始めます。尚、総タイトルは、変更する予定があります。
前報は、途中で終わっています。しかし、この壮大なミステリーは、どこの章をとっても、一断片でありますので、自分としては、それで、仕方がないと、思っている次第です。
前報は、「全く新しい事実、つまり、・・・・・我が家の、海抜三十メートルぐらい下の、鎌倉街道沿いに住む川合さんという、北鎌倉女子学園の、音楽の先生が、急に、木戸を開けて、私の目の前に現れた・・・・・ということを、語るだけでも重要だ」と、思って、そこで終わったわけでした。
その家のお母様(85歳以上のはず)は婦人子供会館の関係で何度もお会いした事があるし、奥さんの方も、木戸を出入りする姿は、見ています。が、当代のご主人の顔は見た事がなかったのでした。それが、明白に私狙いで、初めて、姿を見せた・・・・・と言う事が、実際には、何を語るか、それが、重要です。
尚、どうして、ぴしゃっというほど正確に、タイミングがあったのかというと、珍しく、私がスマホを持って外出したからです。で、その、GPS機能を利用して、川合家(邸)の前を、いつ通るかを、見極めたうえで、その連絡を受けて(誰が、連絡したかというと大原光孝さんか、伊藤玄二郎のどちらかでしょうが)ジャストインタイムで、彼は、出てきて、私の方をじろっと冷酷な目で見たわけです。
どうして冷酷な目で見たかというと、我が西隣の遠藤家の令嬢を、妙本寺のお嫁さんにするべき、一種の、政略結婚の、お嬢さん側の仲人役を引き受けたからでした。
さて、ここで、五千字ぐらい消えてしまいました。自分のことを語っているのだから、それは政治ではないし、大丈夫だと、思っていたら、ぱっと消えました。この文章を、画面同期(リモート)で、同時に読んでいる井上ひさしが、そこが、とても面白いと思ったので、消したのでしょう。私の文章が面白いと読者が増えるからです。一種の嫉妬と、政治力の反映です。で、仕方がないので、再度、書き直します。
挿入した第一の項目は、政略結婚の定義です。300年ぐらい前は、それは、徳川家のどなたかと、外様大名の姻戚関係の開始用・結婚を指しました。100年ぐらい前は、植民地支配を、容易にしようとして、相手国側のプリンスと、日本側のおひいさまとの結婚を指しました。50年ぐらい前は、親交成金富裕層の二代目と、旧華族の令嬢との結婚を指しました。で、ここで、私が言う、結婚は相当に違います。遠藤家というのは、敷地40坪程度に、30坪程度の平屋の、古い木造家屋が、建っているという形の借家に引っ越してきたサラリーマンさんです。のちにその借家を買いとったみたいですが、妙本寺とは、資産の面において、差がありすぎます。だから、両家にとって、何らかのメリットがある結婚というわけではありません。しかし、鎌倉エージェントにとっては、メリットがある結婚です。
その令嬢の母がしたこと(庭のごみを毎日掃いて、それを、我が家に箒で掃き落とす)を、ブログで書いているし、それを、高枝切事案が起きたときに、すぐさま、使っているからです。
うーん、ここですが、推敲中に、思い出を探りました。で、さらに、正確に言うと、ブログに書くよりも前にお見合いがあった可能性があります。また、ブログに書いたとしてもですね。ごく最近まで、遠藤家という実名は出していなかったので、その意味合いが、わかる人間は、例の鎌倉エージェントの二人(=伊藤玄二郎・・鎌倉春秋社社長と、公的には、死んだことにしてメディアで、それを大宣伝したが、実際には、まだ生きている、井上ひさし)ぐらいだから、それ故に、これが、政略結婚と、いうゆえんとなります。
川崎千恵子(=雨宮舜の本名)に嫌われてしまった遠藤家を、川崎千恵子を上回る、圧倒的な成功者とする。それには、娘さんの大富豪・妙本寺様との結婚が、最適だと、考えられて、お見合いが設定されたと、推察するので、政略結婚だと、いっているわけです。妙本寺様は、鎌倉中の社寺仏閣の内、もっともお金持ちのはずです。理由は、駅に近いからです。で、多くの借地権を設定しておられるはずで、そこから多額の、定期収入が入るので、余裕しゃくしゃくの、寺院だからです。かつ、ほかの有名社寺は、いわゆるサラリーマン社長としてのトップ体制であるのにもかかわらず、妙本寺は、比企一族の末裔が、鎌倉時代より、続いている可能性があるので、ごくごく、私的に、大金持ちなのです。
ただし、現在のトップ様は、いわゆるサラリーマン社長らしいです。わせだ卒で、50だいだし、奥様も、遠藤家のお嬢様ではありません。
私がここに言っているお見合い結婚をした、若いお坊様とは、次期、または、次々期のトップとなられる方でしょう。
でもねえ、そういうこと(=私の目の前に、えんどうけ側のなこうどとして、機能した可能性があると書いている川合先生が、直接に顔を出す事)を、企画して、川合先生に命令するとは、伊藤玄二郎というのは、本当に幼稚な頭脳をしている存在ですね。それにね。今までは、絶対に目の前に現れなかった川合先生が、目の前に現れたということは、新コロナウィルスと、言う毒を私が盛られてしまったことを、…‥特に
そのアイデアは、例の鎌倉エージェントの二人から出ているということを自白する様な、出来事ですよね。
つまり、北鎌倉女子学園の音楽の先生は、最近の殺人事件、竹内結子、三浦春馬、木村花さんの三人を殺す様に命令した、連中の一味・様・だと、言うこととなります。その前に、新潟で、死後轢断死体として発見をされた、おおももたまきちゃん、事件。(小林某がやったとされています。が、真相は、違うでしょう)、その前に、東松山市で起きた、河原に、生き埋めにされて、殺された井上翼君。(これは、カラーギャングがやったこととなっている。が、真相は違うでしょう)、その前に、寝屋川市で、起きた、中一の涼斗君と、その女友達が、センコーという会社の駐車場ほかで、遺体がはっけんをされました。(これは、山田浩二がやったこととなっているが、違うでしょう) そして、その前に起きた周南市・金峰の限界集落で、起きた五人の老人惨殺事件(保見がやったことになっているが違うでしょう)そして、2010年の一月に、自殺したこととなっている、山口みつ子さん(絶対に自殺ではありません)、そして、今般、コロナウィルスにり患をしたらしい、おっちょこちょいな、川崎千恵子(、自然感染ではありませんよ。飲まされたのです。それを毒として)
の、合計、14人の死を命令した、連中のお仲間だと、なります。大丈夫ですか。音楽の先生が、そういう目で、私から見られて。
ところで、川合先生が、私の目の前に、現れたのは、2019年12月25日(金曜日)でした。その同じ日には、何人もの人が動いたのですが、なんと、富沢夫人も動いたのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
副題2,『富沢夫人が、2020年12月25日に、行った小さな謀略こそ、川合先生が、突然、目の前に、表れた意味を強調したのだった。富沢夫人まで、動かした、伊藤玄二郎たちは、欲を、かきすぎたのだ。帰って、損をしましたねと、言っておこう』
その富沢夫人の動作を語る前に、富沢夫人と遠藤家の、お見合いの関係を語ります。
そのお見合いの件は、私の方は、一切知らなかったのです。私は噂話を好む人ではないから。
しかし、富沢夫人がわざわざ、道端の二人だけの、小さな、井戸端会議で、教えてくれたのでした。私は、その時、富沢夫人に向かって、自分の本心など、一切語りません。だから、富沢夫人は、自分が役に立ったと思って、命令をしてきた人に向かって、「私は、川崎千恵子に、その結婚の話を教えましたよ」と告げたはずです。
その時の私の本心は、高枝切り事件が起きたときに語っています。それらに、ついてのリンク先を、#######罫線以下に示します。が、皆様に、再度、それをお読みいただくのも迷惑かもしれませんので、ここで、短縮して、申し上げましょう。
私は、富沢夫人が、その結婚(実際は、お見合い結婚)の話を私に告げたときに、むろんのこと、敵さんの狙い通り、嫌な気分になりました。しかし、富沢夫人に向かって、「あなた、なんで、そんなことを私に言うの? 気分悪くなったわ。だってね。遠藤夫人って、毎日、庭ごみを我が家に掃き落とし込んでいたのですからね。我が家の方が、一メートル低いので、それをやるのですよ。それからね。坊やが、小二ごろ、附小のお友達を連れてきてね。サッカーをやったのですが、なんと、我が家にぶつけたのですよ。その時、私は、奥様は、不在だろうと、思ったし、子供たちがせっかく楽しんでいるのだから、そこに出ていくと、こちらが鬼婆扱いを受けるだろうと、思って我慢をしました。
しかし、あとで、振り返ってみて、あの時、奥様は、家にいたのですよ。というのもあの家に、子供のお客が来たことって、ほかにないのです。犬がいるけれど、散歩に連れて行ったことがない家で、とても暗い家なのです。奥様は労働を尊ばないで、無精無精ですもの。だってあの若さで、トイレットペーパーでさえ、ユニオンに運ばせるのですよ。そんな、ものぐさな人、この山にいますか?
ただ、あの日だけ、6,7人友達が来ていたのは、お誕生会か、何か、やっていたのでしょう。ということは、奥様は、確実に家に、いたのです。
あのね、あなたも、あの家に、お宅所有の、大木が倒れこんだので、あそこの庭を、10mぐらいの高さから、見下ろして、よくご覧になったことがあるでしょう。あの家って、庭が、10坪もないですよね。しかも我が家側は、地境から、一メートルぐらいのところに、家屋が作ってありますよね。で、五、六、メートルの至近距離で、サッカーボールが当たるのです。またね、わが家って、堀内大衆さんが、作った古家を買って、引っ越してきたでしょう。堀内さんて、安普請で建てたみたいで、外壁がとたん張りです。だから、大音響なの。
でね、例のごみ掃き入れを、抗議したことがあるの。ずっと我慢をしていたのですけれどね。ある年の、大みそかに地境のところから、遠藤さんと、言って奥様を呼び出してね。「あなたね、いつも庭で、掃いたごみを我が家に落とし込んで、いるでしょう。それをやめてくださいね」と言ったのです。するとなんと、彼女はやっていませんと、言ったのです。
私はね、瞬間的に頭が回るから、次に、こういうことを考えました。・・・・・あなた(ここは、遠藤夫人を指す)ね、我が家側に窓がないと、思っているのでしょう。たしかに二階の窓は、子供部屋で、私は、そこから見下ろして見つけたわけではありません。だけど、あなたほど頻繁ではないけれど、私もここを掃除するのです。
でね、変な土の盛り上がりがあるのです。砂時計状というか、ピラミッド状というかね。でね、はっとして、あなたの家の方を見たのです。すると、庭の一部が、ピカピカ、てかてかなのです。土が、削れたらしくて、てかてかなのです。つまり、あなたが、毎日、箒でゴミをここに落とし込んでいると、言うことが分かったのです。
で、その日以来、気を付ける様になったのです。我が家って、南側に崖があるので、とても涼しいので、夏でもクーラーを使いません。だから、窓を開けていると、物音が非常によく聞こえるのです。で、あなたが、掃除を始めると同時に一階に降りて行って、トレイの窓から見ていたのです。このトイレの窓ですけれどね。あなた側からは見えないらしいのです。あなたの家の、大家さんって、逗子に引っ越していったそうですが、非常に計算高い人ですね。最初から、西側に二件目の家(新しい借家‥…ただし、遠藤家も、その西側の家=かまくら春秋窯も、すでに、もちぬし側が買い取ったらしいのですが)を建てるつもりだったらしくて、あなたの家って、地境から、20cmも、引っ込んでいないでしょう。だから、あなたは、自分の家の東側が歩けない。で、あなたの家からは、見えない場所ですが、我が家側には、トイレの窓があるのです。そこから、何か月間にもわたって、あなたの箒(柄が短いものですね)が、ごみを掃き入れるのを見ていたのですよ。・・・・・
でもね、富沢さん、私はね。そんなことを遠藤夫人に言っても、無駄だと、思いました。だって、否定をすると、言うこと自体、想定外のことだったからです。でね、砂時計状の、土が盛り上がっているのを見せたのです。するとやっと表情が変わりました。
でね、最初に、否定をされたことには、私も怒ったので、「昔、坊ちゃんがサッカーボールを壁にぶつけたことがあるのですけれどね」と言ったら、次に「やめてくださいね」とか、「謝罪してほしい」などと、言う間もなく、間髪を入れずという形で、「やっていません」と彼女が言ったのよ。そのあまりの余裕のなさに、私には、かえって、裏側がはっきりと読めました。彼女は、やはりあの時、家の中にいたのです。
でね、やっぱり、申し訳ない。これは、悪いことだ。どうしようと、考えて、ご主人に言ったのです。で、ご主人が否定しろと、言ったのでしょう。
ここで、一つの仮定を上げておきます。もし、あのご主人が、常盤相互銀行(のちの東日本銀行)にお勤めで、同僚または、上司として上滝氏と、付き合っていたと仮定をすると、ああいう否定もうなずけるのよ。
私はあなたに、北久里浜時代のことは何も言っていないでしょう。でも、ここで言いましょう。そこには、ご近所住人として、上滝さんという人がいたのです。旦那は完ぺきに奥さんの尻に敷かれていると、言う感じの夫婦でした。でね。奥さんの方が、偏愛の人で、長男はかわいいが、その年子の妹の方はかわいくないらしいのです。
フロイトのいう、エディプスコンプレックスの典型です。でね、下の子を、幼稚園に行かせるのをやめましょうよと、夫に提案をしたらしいのです。当時、幼稚園の月謝が一万円でした。上滝家は、貧しくはないのですよ。奥さんは、働いているわけでもない、専業主婦です。内職をしているわけでもない。手芸をやっているわけでもない。一体何を昼間やっているのだろうと、言うほど、無為に過ごしているらしいのですが、「幼稚園に行かせなくてもね。川崎さんに預けておけば大丈夫よ。あの人って、面倒見がいいし、あの家には、いつも子供が集まっている保育所状態だから、うちの子、午前中はあそこに預けておけばいいのよ」と、話し合っていたと、思います。
しかし、愛されていないから、お菓子を与えてもらっていないらしいのです。一方、我が家には、子供のお客が多いので、常に、五袋ぐらい、袋菓子が、キープしてあります。彼女が四月に遊びに来始めてから、すぐに気が付いたのですが、黙って、袋菓子を持ち出して食べてしまうのです。私はいつも、二種類ぐらいのお菓子を菓子器に盛って、出してあげるのです。その10時までが待てないらしいのです。
「駄目よ。勝手に食べては、あとで、必ず出してあげますから」と何度言っても、言うことを聞かないのです。でね、「ああ、恐ろしい、この子って、よほどの愛情不足で、したがって、何にもしつけができていないのですね』と、わかったのです。
でね、どうしようもないので、押し入れの下段においてある真っ白なシーツのかかった客布団の間に、挟まって、キャラメルコーンというお菓子を食べている日に、その日だけは、叱らないで、押し入れの外から、しまったふすま越しに、ごそごそと動いている姿を音で確かめたのちに、上滝夫人を呼んできて、家にあげて、現場を見せたのです。で、そりゃあ、恥ずかしかったと、思いますよ。
でね、夫に愚痴を言い、かつ、ご近所に「川崎さんはちっとも叱ってくれない上に、私たち一家に、恥をかかせた。悪い性格の人だ」という、噂をばらまいたのでした。
で、男というのは、本当の子育てをしていません。ただ、ただ、防衛本能は発達している。で、奥さんに、「川崎千恵子に何を言われても、否定しておけ」と命令をしたと、推察できます。
で、その上滝さんと、同僚だったと、仮定しましょう。すると、上滝夫妻から、私の悪口を聞いていて、かつ、北久里浜の地積変更届で、益山重夫と瀬島龍三が、組んで、1200坪の元、水道山をただで、私物化した、地積変更届の裏側を正しく知っている、私をやっつけるために、東日本銀行と、横浜銀行の合併を画策し、
上滝氏と、もしかしたらですが、遠藤氏の二人を格上げしたと、考えるとあの遠藤家の不思議な、行動もすべてが、納得できることとなってきます。
そこで、遠藤氏の方を、東日本銀行の重役に取り立てて、したがって、妙本寺と家の格が合うと、言う形に設定して、そのうえで、お見合いをさせると、言う段取りだったとも考えられるのです。
今までは、遠藤氏は、東大卒なのだろう。それで、妙本寺と家格が合うと、言う形になるので、養老先生ご夫妻と、川合先生ご夫妻が、出席する、お見合いの席が、できたのだと、考えていました。しかし、横浜市大卒でも、横浜国大卒でも、茨城大学卒でも、千葉商科大学卒でもいいのです。それから、慶応早稲田等の、私立大学卒でも、重役なら、妙本寺と、家の格が合います。上滝氏は、高卒です。しかし、お嬢さんは、エリートとお見合い結婚をしていると、思いますよ。
だって、私と喧嘩をしたということで、CIA様御用達と、言うか、ご愛顧を受ける人間となったわけですから。こちらのお嬢さんは、二重性が強くある女の子だったので、長じても、そうなっていて、相手が上だと、見ると、品品と、しなだれかかって、甘えて、うまくやることでしょう。
##################################
高枝切り事件に関するリンク先・・・時間が逆順ですが・・・北鎌倉女子学園の川合先生が、私の目の前に現れた事を機に公開します
の集中したブログのうち、特に、12番目のもの
12)
高枝切と言う大攻撃があったが故に、超・肥満体である隣の奥様について、思い出が溢れ返ってしまうのだった 2016-10-01 00:58:46 | 政治
に書いています。
(なお、ここで、リンク先を示すにあたって、30時間以上間違ったリンク先を示しておりました。お許しくださいませ。)の時に、さらしています。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます