銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

Steidel(ドイツ映画)vs宮崎駿特集(NHK) メディアに愛でられた後で?

2013-10-07 22:23:38 | 政治

 本日は別に怖いことは書きません。それでも、ツィッター方式で書かせていただき、できた内容順にタイトルを変えるのをお許しくださいませ。一回目は、『ニューズウィーク(日本語版)で、宮崎駿特集を読む』としていて、今は二回目の変更後です。「

副題1、『環境抜群の部屋で、週刊誌を読む幸せ』

副題2、『外国で暮らすと、人はたいてい、発想が自由になる』

副題3、『NWの9月17日号で、宮崎駿の引退を取り上げている』

副題4、『シュタイデル・・・・・世界一美しい本を作る男(映画)の工場は版画工房に似ている』

副題5、『シュタイデル・・・・は、制作(=デザイン)に最も力を注ぐ人だ』

副題6、『シュタイデルが、特に、得意とする分野での彼の手法』

副題7、『本作りの裏側をさぐろう。特に原価計算をしてみよう』

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題1、『環境抜群の部屋で、週刊誌を読む幸せ』

 私は、日本国内のビジネスホテルで、朝食をとったことは14,5回あると思います。風景が抜群なのは、ここも、そうなのですが、新聞や雑誌が、とてもきれいにおいてあるのは、ここが、初めてでした。横須賀メルキュールホテル19階のダイニングです。普通ホテルは、フロントに新聞が置いてありますが、私のような一人客は、食堂に新聞が置いてあると、手持ちぶさたにならずに済むのでありがたいです。自分の家では、ほかにモノがいろいろあって、ほかにする用事がたくさんできて、新聞も週刊誌も読む時間が無いのに、ここだと、一種の限られた環境なので、却って落ち着いてそれらを読むことができます。

 予定だと30分で退室する予定が、なんと、延々と週刊誌、ニューズウィーク(日本語版)と、TIMES(英語版)を、読んでしまい、北久里浜で午前九時まで、植木ごみを出す予定が、実行できなくなってしまいました。このホテルは食器はノリタケだし、お料理は少量ずつ作って出てくるし、まるで、天国のような居心地です。

~~~~~~~~~~~~~~

副題2、『外国で暮らすと、人はたいてい、発想が自由になる』

 英字新聞(yomiuri)もあったのですが、ほとんどの時間をニューズウィーク日本語版を読んですごしました。TIMESは、Articleをざっと点検するだけ。私はニューズウィーク日本語版は、薄くて割高なので、ほとんど、買わないのですが、その記事の設定はとても好きなのです。どうしてかというと、不思議なことに人間って、海外にいると岡目八目でよくものが見えるらしくて、アメリカに関する観察が、正しいと思われるからです。ほとんどの記事はアメリカ人が書いているのですが、結構本国の問題に対して辛口です。

 日本人もニューヨークに住んでいたりすると俄然、勇敢になって、日本に対しても、アメリカに対しても辛口になり、本音でものを言ったりします。私は日本は、被・植民地国家であり、本当の意味での言論の自由は無いと思っていますが、在米の日本人は結構自由にものを言っています。ただし、日本生まれであって、高校時代からアメリカにわたった日本人に限ります。

 アメリカで生まれた二世とか、三世は、ぐっと口が堅くなり、あまり批判を出しません。それは、戦時中の迫害が影響していると思われ、お気の毒です。そこを割り込んできた韓国系が、我が物顔で、存在感を示しています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題3、『NWの9月17日号で、宮崎駿の引退を取り上げている』

 宮崎駿が、取り上げられていました。私の横須賀へのプチ旅行は、実は、それをさらに深く書くための、前段階としての映画を見ることが、重要で、それが、レイトショーだったので、横須賀のホテルに宿泊したのでした。こういうのがチャネリングというのだと思います。前夜、もし、ブログを手当てしたら、その映画についても書くし、宮崎駿のNHK特集についても書いたでしょう。それが水曜日のはずなので、延々と、引き伸ばし、遅れているというわけです。

 ニューズウィークの、その記事を引き写すことはいたしませんが、やはり、日本人記者とは違うなというポイントを見つけました。それは、是々非々ということが、現れていると思ったからです。人間とは複雑なもので、宮崎駿といえども人間である限り、欠点とか、暗い側面はあるわけですが、それが、最近の日本メディアでは、一切出てきていません。特に批判的な言葉としては出てきていないのです。

 それが、私にとっては大不満だという点なのです。あのね。創作者宮崎駿には、個性があります。ところが、それを取材する記者側には、個性が見られません。今はオマージュ一辺倒です。雪崩を打ったように、オマージュの大羅列です。

 そこが日本人メディアの単純なところだし、残念極まりないところなのです。

~~~~~~~~~~~~~~

副題4、『シュタイデル・・・・・世界一美しい本を作る男(ドイツ映画)・・・・・を渋谷で見る。特に、オフセット印刷の原理を語ろう』

 私が本を自分で作る人なので、お友達が、見ることを勧めてくれた映画があります。それが、世界一美しい本を作る人(シュタイデル)です。ドイツ映画で、記録映画です。で、たまたまですが、職人気質の有名人で、いい仕事をする人の広報を、する映像、という意味で、NHKの宮崎駿特集と同じ傾向なので、見ることに必然性を感じました。

 シュタイデルは、文章というか、原稿は他人のものを出版します。だが、原稿を受け取った後は、懇切丁寧に、編集、印刷、製本、すべてに携わります。分業ではないのです。

 この分業ではないというポイントですが、映画の冒頭で、彼の仕事場が映ったときに、『おや、ニューヨークで、私が2000年に三ヶ月にわたって、毎日10時間制作し修行をした版画工房にそっくりでした。

 カラー印刷とは、事実上、版画のある仕組みを利用します。銅版画で、深彫りという形式がありますが、そのとき、くぼみのできた銅版の上に、ゴムローラーで、インクを乗せていきます。その作業の後では、ゴムローラーの上に、銅版画の模様が反転して付いてきます。銅版画の方は、銅版の上に厚い紙を置いて、プレスという機械で、刷り上げますが、あるときに、ふと、好奇心に駆られた人がいたと仮定をして、その反転した模様が付いたゴムのローラーを紙の上で転がしてみたと仮定してみましょう。

 するとうっすらとですが、紙の上に模様が浮かびます。その模様は、作家の意図した版画とは、反転した模様です。しかも、インクが薄いです。本物の版画用の銅版に使った残りが、ゴムローラーの上に残っているだけだし、ゴムローラーは、機械で圧力をかけてまわしたわけでもなく、人手で、軽くまわしただけですからね。

 しかし、このうっすらと、インクが乗るという仕組みが本用の頁のカラー印刷に適しているのです。現在の印刷機は、高速の回転で、まわり、紙の上に次から次へと、同じ模様を印刷していくわけですが、本というのは、紙の両面を使うので、インクがべったりと付いたらいけないからです。

 彼は17歳で起業したそうですが、最初の段階では、一種の版画工房だったかもしれないと思いました。たまたま、映画の冒頭では少し寝てしまったので、工場の最初の段階が胴だったかを、聞き漏らしたかもしれませんが、17歳で、今の規模の会社を立ち上げるのは無理だと思います。小規模の版画工房程度を立ち上げ、刷り師として、訓練を重ねた可能性はあります。別の経路で、印刷会社の社長になったりすると、あれほど、技術的に、指導力を発揮できないはずだからです。

 たとえば日本だと、サラリーマン社長は、東大出身で、吟行から印刷会社に横滑りしたりするでしょう。大手の印刷会社だとそういうことも大有りだと感じます。だけど、そういう人は工場に入って、技術的指導ができませんね。ヨーロッパにもそういう種類の会社は、多いでしょう。だからこそ、シュタイデルのように手作り感覚の強い印刷会社(兼、出版社)がもてはやされることとなります。

~~~~~~~~~~~~~~

副題5、『シュタイデル・・・・は、制作(=デザイン)に最も力を注ぐ人だ』

 本を作る工程とは、大きく分けて、1)、文章を書く、2)、編集をする(目次を作ったり、あとがきを作ったり、する)、3)、制作(頁や表紙のデザインを考える)、4)、本文や表紙を印刷をする。5)、製本をする。6)、流通業者が、本屋へ配る。7)、本屋が店頭で売ると、7段階有るわけですが、シュタイデルは、段階2から、段階7まで、全部自分(自分の会社)で行います。

 段階1だけがシュタイデルがかかわらない部分です。私の本作りは、段階の4と、5を抜かすが後は全部一人で行います。全部で6種類の本を作り上げましたが、一冊目めから、三冊目までは、非常に美しいと、他人様に言われています。4冊目からは内容というか、文章のほうに自信ができたので、装丁とか、製本にはこだわらなくなり、本屋で売っている一般の本と同じ体裁の並装で作り上げています。

 ここで、8年ぐらい前によくおきたことを思い出すと、が、その美しかった、方の、特に、二冊目をあげて、「これと同じような、体裁で、私の本を作ってください」とは、女性の知人や友人から、よく頼まれました。ところがパソコンに攻撃を受けていて、自分の文章が突然白閃化して修正済みの作業が、全部消えたり、編集中に、誤変換が多発したりするので、他人様の原稿が引き受けられず、結局ご要望にかなう形を取れず、したがって、出版社として発展をすることができませんでした。

 これも五億円の被害のひとつであって、とても、残念ではあります。友達が『あなたって、いわゆる事業家よね』といってくれるので、ビジネスマインドも有るらしいので、発展をしたかもしれません。反対に繊細なところもありますが、一方で豪胆で、勇敢なところもあるから、社長業もこなせたかもしれないのです。

 今回映画になったシュタイデルは、容貌としては目立たないタイプです。はっきり言って、美形ではない男性です。しかも、やんちゃとも、勇敢とも外には見えません。だが、驚くべき信念の持ち主で、たった17歳で起業をしています。ドイツは、学校制度が日本と違っていて、中学校ごろから、いわゆる、大学へ進学する(インテリとして、社会の上層部に経つ)か、現業につくか、分かれるはずなので、ブルーカラーという育ちですが、職業上のテクニックを磨き上げ、磨き上げ、世界一美しい本を作る男として知られ、その出版物は、好事家の垂涎の的となっているそうです。

 私が持っていない印刷所(大日本印刷というほど、大きくは無いが、日本の中堅の印刷会社よりは大きい)と製本所を持っているし、シュタイデルが、最も得意とする分野は、制作=デザインの分野だそうで、とても有名な人だそうですので、映画が、作られました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

副題6、『シュタイデルの、交渉術のすごさ』

 そのデザインの部分ですが、まず、版型の検討から、非常に緻密に何回も変更して落しどころを見つけていきます。ある写真集の製作過程が、公開披瀝されていますが、版型がまず、特殊で、写真を生かすように、何度も変更されていきます。

 映画では、スマホで撮影した写真群を、どう生かすかを検討していって、最終的には、いち頁に横並びに、三枚を置き、その次の頁にも三枚置き、見開きで、六枚を一度に見られる版型にしていきます。とても特殊な形の本となります。だから、本屋の店頭には置きにくい形だし、流通も大変です。ただし、写真家(いわゆる原稿を提供した方)は、感激しますね。

 その上、小部数が多そうなので、一般ルートでは、流通は、させない本が多いみたいです。そこは私とそっくりです。私は六種類を作りましたが、部数としては、400,600,600,8000,800,800しか作っていません。大変丁寧に扱い、ほとんど売らないでいて、献呈すると言う形式を取っています。まあ、そういう意味では、経済的に、余裕があるのです。貧乏だと平気でよく言いますが、基本的には恵まれている方でしょう。

 これはシュタイデル自身に、相当にハイレベルなデザインセンスがあったということで、しかも、それを生かすように、生かすように会社を発展をしていったのが、賢いところだと思います。

 その次に色調の検討に入ります。印刷とは、光の三原色を使うネットの上のRGB形式とは違ってCMYK方式といって、カラーインク四色で四回に分けて印刷されますが、その割合をどうするかを、何度も何度も検討します。それが執拗にといってよいほど、繰り返されます。ヨーロッパ人特有の肉食系のしつこさというか、完成を求める執念というかが現れるときです。ただ、原稿提供者としては、これほど、ありがたいことはありません。

 日本でも、美術書類は、この程度の確認をするかもしれませんが、それでも、違いは、日本の場合は古い作品とか東山魁夷とか、平山郁夫などの大家の場合に、印刷のお金をかけるが、シュタイデルは、自分が気に入ったら、前衛というか、無名の人でも、大いなる支援を行うということでしょう。人手間という点で、ものすごい、分量を一冊に注ぎ込みます。

 で、私はやはり、彼は摺り師出身ではないかと思った次第です。摺り師とは、有名な画家の版画を、画家本人に代わって摺ってくれる人で、数人を相手に綿密に打ち合わせをします。江戸時代は木版画でしたので、摺り師の前に、彫り師というのがいたのですが、現在では、版を作る人を含めて摺り師とよぶのではないかと思います。草間弥生のかぼちゃの版画などは、個人的な刷り師ではなくて、会社組織の版画工房で、制作されるはずで、ほとんど印刷に近い形式で制作をされると思います。草間弥生ほどの、作家になると、公房で、現場立会いも交渉もしないはずですが、その代わり、専属画廊のスタッフが、出てきて、綿密な打ち合わせをするはずで、そういう過程で、シュタイデルは、今の特徴を、身に着けて言ったと、考える私です。大型のプレス、特に電動プレスを入れると、その次に、オフセット印刷機を入れて、事業を拡大するのは、技術的に、難しいことではないはずです。

 でも、そういう日々の積み重ねの結果、今では、相当に有名な顧客、たとえば、カール・ラガーフェルドなどが依頼をする、超有名企業になっています。よかったですね。

~~~~~~~~~~~~~~~~

副題7、『本作りの裏側をさぐろう。特に原価計算をしてみよう』

 これから先は、私の得意分野に入らせてくださいませ。本の原価を計算してみます。私も一人で、上流から、川下まで、いろいろなことを、全部、やっているので、大出版社のサラリーマンより、ほんのことが、却って、よくわかっているともいえるからです。

 お金のことを言うのは、つまらないとおっしゃる肩もあるでしょうがお金のことこそ、大衆から隠されている部分なので、それが、大衆の力を弱めている傾向もあるからです。

 たとえば家を買う際ですが、昔ながらの大工さんに依頼をして、完成するまでの過程を、つぶさに見物することができれば、それは、別の楽しみとなるので、お金の損失をあまり感じません。だけど、大売出しをされている大規模マンションとか、タワーマンションを見ていると、お客がねずみ扱いを受けていて、損をしているなあと感じるケースも多いのです。また、最近の建売住宅も、デザインはすばらしいのですが土地の面積が小さくて、これで、一戸建てとよべるかなあ。お隣と、近すぎて、独立性が保てないでしょうと思うケースも多々あります。となると、マンションと同じく、お客の方がかもられているケースと見えます。

 でも、こと住宅に関しては、相当なレベルで、原価が開示をされていて、お客が損をしない仕組みも出来上がりつつもありますね。

 しかし、本の制作原価というのはほとんど、公開されていません。これも、言論弾圧に役立つ仕組みだと思うので、公開させていただきたいのです。

 私の場合パソコンのソフトを買ったこととか、交通費を入れれば一冊にだいたい100万円を外部の人や組織に払っています。その中に、自分の労働時間は一切含まれていません。もし、自分が働いたお金を一時間1000円と計算すると、それが、100万円にはなり、合計で、200万円かかることとなります。

 もし、大手出版社で、本を作る場合には、社員の月給というのが、高いので、印刷やら、製本は、私よりは値引きをしてもらえても、合計すると大差ない価格で、本一冊ができると思います。3000部でも、10000万部でも、200万円以内で、できるはずです。社員の関与する部分が少ない、私費出版の場合は、だいたい原価が、150万円ぐらいで、できるでしょう。ちょっと気取ったところで、一頁一万円と、銘打っています。

 一万部を、上製本として200万円で作るとすると原価は、666円になります。で、売価を、1500円と仮定をすると、原価の三倍が売価となっているそうなので、一冊に付き、300円の赤字になってしまいます。で、それを避けるために、私費出版ではなくて、企画出版でも、今は、作家側にある程度の資金を援助してほしいと出版社は、言ってくるそうです。

 でも、これが、100000部売れたとしましょう。10万部でも、ほとんど、300万円でできるのです。200万円が2000万円にはならないのです。それは、大規模工場で、製本とか、印刷をすると、その部分が意外にも安いからです。で、300万円を10万部で割ると、一冊300円となります。ここまでくれば、売り上げは、8万部かける1500円ですから、1億2千万になるので元は取れて儲かるということとなります。出版社に三分の一が入るので、4千万円が入るとなって、作家に元資金、150万円は、軽く返せるし、編集者の3~6か月分の月給、200~300万円も軽く出せます。で、CDも、アニメも似たような仕組みで運営をされているので、最初に莫大な資金がかかるが、ヒットすればヒットするほど、投下資金の回収が容易となります。

 となると、ヒットするための、戦略が重要になってきます。

 なお、この章は、加筆をお約束をいたしておりましたが、時間が経ちすぎたので、新しい章を起こして続くとさせてくださいませ。

 その章は『

 なお、このブログの、2010年度より数えはじめた伸べ訪問回数は、1829222です。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする