九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

十一月二日のつぶやき

2009年11月02日 19時21分23秒 | Weblog
寒うなった。

夕方の散歩はやめた。
 
ブラウン新監督?????楽天のフアンやめた。

ノムさん名誉監督にぼやき。

俺は何で「永久」がつかんのだ!!!!!

ぼやきなさんな・・・あんたは月見草じゃん
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ブッシュ前大統領、「再登板」の厚顔無恥                   さとうしゅういち

2009年11月02日 12時25分53秒 | Weblog
ジョージ・W・ブッシュ前大統領が恥知らずにも「再登板」します。

 といっても、大統領に返り咲くわけではなく、11月3日に来日し、東京ドームでの日本シリーズ第3戦の始球式に参加します。
 わたしは、強い違和感を覚えます。東京ドームはわたしの実家のすぐ近くでもあり、一筆書かずにはおられませんでした。


ブッシュ大統領(右)と小泉総理(いずれも当時の官邸HPより筆者キャプチュア)■ことさらに「外国元元首」を呼ぶ違和感

 百歩譲って、麻生前総理が始球式を務めるならわからなくもない。わたしと政治的な考え方は違いますが、彼は日本の総理だったのですから、彼が登板するならまだ「納得は出来ない。しかし、仕方がない」と思います。そのことについて、日本国民の一人として「ああいう人を総理にさせてしまった」責任のわずかな部分はあるわけです。納得はしないが「仕方がない」面もある。

 しかし、「ことさらに」アメリカの前大統領を呼ぶとは・・・。

■「犯罪」のオンパレード

 さらに、ブッシュ大統領は以下のような「犯罪」を犯しています。

 ご承知のとおり、ジョージ・W・ブッシュ元合衆国大統領はアフガン・イラク戦争を起こしました。アフガンに対しては「テロ撲滅」を呼号し、侵攻。イラクに対しては存在もしない大量破壊兵器の廃棄を名目に開戦。自分たちこそが、むしろ核兵器をのぞくありとあらゆる残虐兵器を使用しています。

 その結果、軍民合わせて数十万人が両国で命を落としました。2004年には、イラク中部のファルージャでは殲滅攻撃で数え切れない死者を出し、このことが日本人人質事件の背景にもなりました。

 さらに、捕虜収容所・アブグレイブ・グアンタナモでの人権侵害も明らかになった。しかし、テロはなくなるどころではありません。 

 報道されているように、最近でも、イラクではテロが続発しています。アフガンでは、タリバンの勢力拡大が続き、カルザイ政府が完全に掌握しているのは首都とその周辺のわずかな地域、という有様です。
タリバン、「アフガニスタン国土の7割に勢力拡大」  国際シンクタンク

 上記記事は2008年末の状況ですが、最近ではもっと悪化しています。カブール中心部までタリバンが入り込み、国連施設を攻撃する有様です。パキスタンでも勢力を拡大しています。
パキスタン:タリバンの勢力、南部でも拡大 当局は警戒感 毎日新聞

 もちろん、アフガン・イラクの人々の暮らしは破壊されたままです。
こんなに犠牲者を出して…、それで何かが解決するのか? イラク・ホープ・ダイアリー

 イラクも、この高遠菜穂子さんのブログ記事のような有様です。

 もちろん、小泉純一郎総理(当時)もイラク戦争にいち早く支持を与えてブッシュさんを政治的に支援するとともに、自衛隊をイラクに派兵しました。とくに航空自衛隊派兵は、違憲判断を名古屋高裁で出されています。

 経済の面でも、ブッシュ大統領の新自由主義的な経済政策が、今の世界的な惨状の引き金を引いたといえます。アメリカ国内でも貧困が放置されてきました。ハリケーン被害が、貧困層に集中したことも記憶に新しい。

■日米両国で否定された「ブッシュ路線」

 アメリカでも、結局こうしたブッシュ政治は否定され、共和党は政権から転落。オバマ大統領の誕生となりました。日本でも「ブッシュ従属」の自民党が、2007参院選、2009総選挙で惨敗し、野党に転落しました。


■恥知らずにも程がある

 このように、米国内外で否定されている、ジョージ・W・ブッシュ大統領。

 アフガンやイラクで、人々が安心して暮らせない状況は続いています。しかし、惨事のを引き起こした張本人が、のんきにも、東京ドームのマウンドに立つ資格があるのでしょうか? 恥知らずにも程があると思います。

 そして、そのような人に活躍する場面を与える日本プロ野球にも疑問です。日本人ならいざしらず、外国元元首のブッシュ大統領をことさらに呼ぶことは、日本野球界がアフガンやイラクで行なわれた殺戮を肯定することになるのではないでしょうか?

■現政権の「脱ネオコン」も後押ししたい

 もちろん、「ブッシュ登板」に反対の声を強めることは、現実政治にも影響を与えることでしょう。オバマ大統領もまだ、ブッシュ路線を一部継続し、アフガンの武力制圧にこだわっています。

 しかし、オバマ氏が核軍縮に前向きになったことは歓迎できます。10月29日には、国連総会で日本提出の核廃絶決議案にアメリカは共同提案国として賛成してくれました。しかし、これも今後の「実際の行動」が問われます。

 日本の現政権についても、小沢幹事長がアフガンへの陸自(ISAF)派遣にかなり積極的な姿勢を見せた時期もありました。

 ブッシュ前大統領にはノーの意思を表示することは、オバマ大統領、それから日本の現政権が外交でも経済でも「脱ブッシュ」「脱ネオコン」に向かう事を後押しする効果もあると思います。

■抗議デモも

 下記のようなイベントも、当日、東京ドームのある東京・水道橋駅周辺で行なわれます。

 「ブッシュを逮捕しろ!」という主催者の皆さんのお気持ちはわたしも共有します。「ブッシュさん、日本人をなめるのも大概にせいよ」と言いたい。


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オバマはアフガンで軍国主義に豹変したのか?(冷泉彰彦)

2009年11月02日 12時06分39秒 | Weblog
■ 『from 911/USAレポート』第431回 「オバマはアフガンで軍国主義に豹変したのか?」
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「オバマはアフガンで軍国主義に豹変したのか?」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 10月28日のMLBワールドシリーズ第一戦に先立つこと数時間前のことです。
ヤンキースの年間会員には一通のメールが送られてきました。「本日の第一戦を観戦
する方は、開会式に大統領夫人、副大統領夫人が列席することもあり、セキュリティ
チェックが厳格化されるので、早めに球場へお越し下さい」というのがその内容でし
た。チケット購入の抽選に外れていた私には関係のないこととはいえ、ミシェル・オ
バマとバイデン夫人が登場するというのを知って「何とソフトタッチな演出なんだろ
う」と思ったのです。

 けれども、その第一印象は完全に間違いでした。ミシェル夫人がフェニミズム系の
「ノリ」で始球式のボールを投げると思ったら、そうではなく、大統領夫人、副大統
領夫人が並ぶ中で、実際にボールを投げたのはイラク戦争で片手を失った帰還兵でし
た。今回のワールドシリーズ第一戦は、ブッシュ時代にも見られなかったような「軍
国主義色」の演出がされていたのです。いつもは有名なミュージシャンが担当する国
歌独唱も今回は軍の合唱団のソリストで、7回ウラの前に行われる「ゴッド・ブレス
・アメリカ」の独唱(これも本来の「私を球場へ連れて行って」の前にやるのは伝統
に反すると思うのですが)も別の軍人でした。

 オバマ大統領本人はどこへ行っていたのでしょう? 健保改革問題などで支持率が
落ちている中、始球式のパフォーマンスに出てきては政敵からのブーイングが激しく
なる、そんな計算から「奥さん達」を代理で出してきたのかと思ったらそうではない
のです。大統領の方は、ここのところのアフガンの戦況悪化で犠牲になった兵士の柩
が無言の帰還をする儀式に、非常に険しい表情で列席していたのでした。ちなみに、
正副大統領夫人は始球式の前に、傷病兵の慰問も行っています。

 今回の大統領による「帰還の儀式」の際には、ブッシュ時代には御法度だった、戦
没兵士の柩が「無言の帰還」をする光景について報道が「解禁」になっています。
ブッシュの場合は戦死者が続出することで「厭戦気分」が蔓延することを恐れていた
のだと思いますが、今回のオバマによる「解禁」に関しては「タリバンの攻撃で悲惨
な死を遂げた」兵士達への同情心、とりわけ「この犠牲をムダにするな」という感情
を「厳粛な戦時気分」として世論と共有しようという姿勢だと解釈することができま
す。

 デラウェア州のドーバー空軍基地で深夜に行われた「帰還の儀式」は異様な光景で
した。漆黒の闇の中、星条旗に包まれた柩が黙々と運ばれるのに対して、オバマ大統
領は三人の兵士と共に足並みを揃えてゆっくりと行進して、柩を迎える位置に進んで
いきました。闇の中で柩に敬礼する大統領の張り詰めた表情は、見慣れた「バラク・
オバマ」とは異なっていました。それは、「反戦」大統領として戦死者を悼んでいる
というような甘いものではなく、ある種の決意を秘めた表情のようでした。「戦時」
の大統領として戦争を指導し、その結果としての犠牲に対して、敢然と責任を背負う
という顔でした。

 オバマの表情の変化は何を物語っているのでしょう? ブッシュ時代の「戦時」を
思わせる軍国的な演出に走るとは、オバマ政権には一体何が起きているのでしょうか
? 答えは簡単です。アフガンの戦況悪化に対して、世論に対して「臨時の戦時ムー
ド」というメッセージを出しているのです。そのメッセージと共に、恐らくはもうす
ぐ「アフガン増派」の判断が下されるのだと思います。前線からは、敗色濃厚な戦線
を立て直すには4万という兵力の要求が来ています。では、オバマ政権はその通り、
4万という大軍を送るのかというと、恐らくはそうではありません。もうすぐ発表が
あると思いますが、要求の数字には遥かに及ばない1万強という数字になる、報道か
らはそのような観測が流れています。

 1万人強は送る、ということは、バイデン副大統領の主張する「タリバンとは手打
ち」をして「反テロ戦争はアルカイダ監視作戦へ」という方向転換は当分は行わない
ということを意味します。ブッシュ政権以来のタリバンとの対決は当面は続けるので
す。では、前線から要求のあった4万人の増派は行わないという判断はどこから来る
のかというと、一つには大統領選の決選投票問題が、膠着状態に陥っているという、
不透明な現地情勢があります。それ以前の問題として、4万送っても勝つ見込みはな
い、という判断もあるのかもしれません。

 では、どうしてバイデン案には行かないのか、中途半端な数を増派する方向なのか
というと、オバマ政権はこの「反タリバン戦争」を当分の間「抱え込む判断」をしつ
つあるからのようです。決定的だったのは今週の「西部アフガンにおけるヘリ撃墜事
件」でした。映画にもなったソマリアの一件以来、アメリカの世論は「ヘリ撃墜」に
は神経質になっているのです。現地事情をよく知らずにヘリを飛ばして地対空砲火で
やられるのが怖いという思いもありますが、それ以上に「ヘリをやられたからといっ
て撤退するのはアメリカとしてはすべきでない」更に言えば「ヘリをやられたぐらい
では、絶対に引くな」という暗黙の合意が世論にはあるのです。

 その世論に乗っかる中で、オバマ大統領は「アフガン戦争の継続」を決断しつつあ
ると言って良いでしょう。けれども4万の増派はできない、恐らくは1万強という半
端な増派という判断をしたのにはアフガンでの事情に加えて、内政面での問題があり
ます。何よりも、健保改革以来の問題で支持率が低迷しているという点です。支持が
低迷する中では「全面撤退」の判断は下せません。それは政治的には命取りになるか
らです。同時に「大増派」もできません。成果が出なければやはり政治責任になるか
らです。

 そこで1万強を出すという中途半端な決断になるのですが、オバマの凄みというの
は、決断が半端である一方で、今回の始球式と自身による戦没者の柩出迎えというパ
フォーマンスで「軍国トーン」に振った演出をしてしまうという点にあります。その
結果として、アフガン戦争という「難しさ」を大統領も国民も背負った感じになる、
そんな計算です。「柩」の公開と同じ心理作戦というわけです。バイデン夫人がやた
らに始球式でクローズアップされていたのも、夫が全面撤兵論者であるから「こそ」
バイデン夫人も、「軍国トーン」演出にはちゃんと参加している姿を見せたかったか
らです。そういえば、深夜の「柩の出迎え」儀式の行われたデラウェアは、バイデン
副大統領の地元に他なりません。

 そこには二重の計算があり、バイデン副大統領の撤兵論もまた「愛国心から」出た
ものだというメッセージを込めている一方で、状況が急変したらいつでも「バイデン
妥協案」にスイッチすることもある、そんな微妙なバランス感覚も感じられるのです。
ちなみに、野球に関してもオバマ流のバランス感覚が取られているようで、初日はそ
んなわけで軍事色が強かったのですが、第二試合の際には知的なR&Bの大スター、
アリシア・キーズを呼んでミュージック・パフォーマンスがありました。第一試合と
の間で、硬軟のバランスを取ろうという計算だと思いますが、これもMLBとホワイ
トハウスが相談の上で演出を施していると見るべきでしょう。

 更に翌日の30日の金曜日には、パキスタンを訪問しているヒラリー・クリントン
国務長官が、パキスタンの政府高官に対して「あなた方はアルカイダの潜伏場所がど
うして分からないのか」と激しい非難を浴びせたというニュースが駆けめぐりました。
ヒラリー長官本人は「アメリカ人である以上、当然のことを言ったまで」とアッケラ
カンとした表情でインタビューに答えていましたが、いつもはクールなヒラリー長官
がどうして感情的になったのか? 何をやっても演技に見える同長官のことだから、
その背後に何か意図があるのでは? などと憶測を呼んでいます。

 ただ、このヒラリー対パキスタン政府の問題は、私の見るところでは、オバマの
「増派+軍国ムード」という演出に呼応したものと考えるのが正当なように思います。
この政権は、イラク戦争への疑義を選挙戦の争点に掲げて当選しました。その際にア
フガンとパキスタンの問題は「反テロ戦争の本論」だという言い方をして来ているの
です。あくまで、その原点を大事にしながらアメリカの「強硬ポーズ」を維持する、
それ以上でも以下でもないと解釈すべきでしょう。

 いずれにしても、「中途半端な増派」という危険な賭けに出るとするならば、オバ
マ政権はこのアフガンの問題ではギリギリの舵取りを続けることになると思います。
ある意味で「4万は出さない」ということは、米兵の犠牲も止まらないことを覚悟の
上とも言えます。バラク・オバマという生まれながらの政治家は、そのような血塗ら
れた道も歩ける人物なのです。デラウェアの闇の中で柩に敬礼する毅然とした姿もま
た、この政治家の一面であり、核軍縮と平和賞というイメージだけで判断するのは危
険です。

 私はオバマが「ダークサイド」へ行ってしまったとは思いません。ですが、即時撤
兵という判断は不可能な中で、この人なりの現実主義の延長で、「アフガン戦争の遂
行」をブッシュ政権から継承する覚悟を決めつつあるのは事実でしょう。今後のオバ
マは、自身の決めたアフガン戦争遂行方針に従って、自国兵士のそして戦闘地域に関
係する人々の生死の責任を担ってゆくのです。その意味では「悪」に堕ちたのではな
くても、ある一線は越えたというのもまた事実でしょう。

 日本の民主党政権との関連で言えば、どう考えても、タイミング的に「非軍事貢
献」とか「自衛隊のPKO派遣」などという話を切り出す時期ではないように思うの
です。「タリバンに荷担した前非を悔いた兵士には、職業訓練を」などというストー
リーも、そもそも「非タリバン」の受け皿として据えたカルザイ政権が民心を得られ
ない中では絵に描いた餅です。アフガンでは、オバマもヒラリーも流血の継続を決意
しているのです。その決意からは静かに距離を置くのが正しいと思います。その場合
は、アメリカそのものに距離を置くのではなく、バイデン案、すなわち「対タリバン
戦争」ではなく国際的なテロ監視体制へ重点を移すことに理解を向けている、静かに
そんなメッセージを送るのが最善のように思うのです。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『「関係の空気」「場の空気」』『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』など
がある。最新刊『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)
( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4492532536/jmm05-22 ) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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随筆 不整脈ランナーの日記 (1) ”1時間、8.5キロ!”  文科系

2009年11月02日 12時05分35秒 | スポーツ
 10月28日、いつものジム・ランニングで1時間に8.5キロまで来た。ウォームアップ歩行から「慣らし緩走」も入れての距離であるが、僕としては本年5月13日の8.9キロ以来の記録である。この間約半年の悪戦苦闘を振り返ると、この8.5を超えて、3月末に2度出した9.3キロもまた夢ではなくなった。老化の悪循環を試行錯誤の工夫で良い循環に転化する、もう何度目の喜びだろう。

 3年ほど前には11キロ以上行けた僕も、もうすぐ68.5歳。この年になると特に、他人と比べたこの遅速は課題にはならない。自分の昨日と比べたり、いろんな所に急に現れる自分の加齢現象を乗り越えたりするのが、とても楽しい。しみじみと飲んだその夜の赤ワインにまで感謝したものだ。赤ワインのポリフェノールは、スポーツマン特有の筋肉老化を防いでくれるのである。ランナーは特に、酸素と同時に空気中に含まれる活性酸素も人よりはるかに多く摂るのだが、それが細胞老化を促進する。ポリフェノールはこの活性酸素を、言うならば解毒してくれるのである。58歳に走り始めて以来いつの間にか赤ワイン通になって、僕の晩酌はほとんどこれだ。

 週に何回も走っていると、「体の衰え・悪循環」と「体の復活・良循環」とが手に取るように分かるのだが、僕の場合、持病の不整脈・心房細動が先頭に立ってこの循環を悪い方へ引っ張っていくものらしい。走り始めてすぐに発見された持病である。初めは、速度を特別に急に上げ続けたような時にだけ出てくる症状だったのだが、「細動を起こさないだけの走り→体を自分の体力相応には動かさない→筋肉も血管も衰える→心臓も更に悪くなる」そんな未来もすぐに予測された。だから僕は逆に、必要な薬を飲みながら走り続けて衰えを防ぐ道を選んだと言って良い。以前サイクルロードレーサー用に買った心拍計を付けて、その数値とにらめっこしながら走る。もちろん医者と相談しながら、何とかその許可を得ながらのことであるし、人並み以上を保ててきた筋力を活用してのことだ。
 さて、それでも07年からは新たな老化局面が進み、試行錯誤の連続を闘っていくことになる。この試行錯誤、年を取るほどに微妙な、難しいものになっていく。人の根気がそれに負けたとき、ランナー断念ということもおこるのだろう。

・07年は、急に体を痛めるようになった。足首(ふくらはぎにある筋肉)、膝関節などを代わる代わるのように。これを左右両脚交代で数回繰り返したあとに、こんなことが分かってきた。走る以外に脚全体の補強運動が特別に必要な時期が来たのだと。それも、普通に走るのに必要な程度よりもかなり強い運動が。自分の運動負荷のやり方、程度など、この時の発見は、今現在まで非常に役に立っている。
   
(続く)
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