オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

オムスビ&丈夫卵

2012-04-26 | Weblog

4/26(木) 今日はオムスビとなった。実は、帰郷のため今夕から高知へと旅発つ。帰京は5月1日となるが、弁当箱を持ちたくないのでオムスビの登場。

昨夜帰宅前に、学芸大学のスーパー・東急ストアに立ち寄り鮭とタラコを買っておいた。準備万端・用意周到なOyajiであった。

鮭やタラコを焼くだけでは面白くも無いので、肉味噌を作ることとした。挽肉に刻みネギ・生姜、酒と醤油・味噌に砂糖を少々加えてフライパンで炒めるだけのことだが。それに、ゆで卵・スナップインゲン・卵焼きが今朝のフルラインであった。

                       

卵焼きは趣向を変えて、胡麻&出汁&刻みネギ入りとしてみたが、さて味はどうなるのか?オムスビは、上品に小さめにする。小さなオムスビが十二個ほど出来上がり完成となった。ゆで卵は、先日伺った益子の丈夫卵である。

23日、「生命農法研究会」を訪ねてこだわりの養鶏を見学をさせてもらった。ニワトリは、卵を生むために品種改良が重ねられてきた。その結果、体にかかる負担が増え、病気に掛かり易い体質となったようだ。

ヒヨコが母鳥から貰う免疫力の効果は三日間ぐらいだそうな。それ以上過ぎると、病気に掛かるようになる。鳥インフルエンザなどという病気があっという間に蔓延し、大量死にいたるニュースを目にしたりするわけだが。

それだけひ弱なニワトリを、親鳥にして卵を産ませていくためにはそれなりの手当が必要となる。一般の養鶏所では薬品を使って鶏の命を永らえているようだが、生命農法研究会は、自然界から生まれるもの(組合せ)で強い鶏を作っていた。

それは、水・餌・鶏舎の環境・管理方法等と長年に渡る研究と実践から生まれている。卵が腐らない、米酢に浸け置いても溶けない、不思議な力を持った卵(丈夫卵という)であった。

鶏舎は普通臭いが酷いものだが、ここの鶏小屋は匂わない。雨の中を鶏糞置き場も見せて貰ったが、嫌な匂いがなかった。自然で健康な餌と配慮が届いた環境で育った結果であろう。

卵酢を作ってみようと生協の卵(米酢)と丈夫卵(スダチ酢)を瓶に入れたのが四日前。丈夫卵の殻は未だ溶けない。実は三週間ほど前にも、丈夫卵を酢に浸けたが、殻は溶けたが皮膜が溶けない。溶けないと困るのだが、溶けない。それだけ生命力の強い卵と思える。

                           

                               右:「丈夫卵」

実は、私は大の卵喰いなのだ。弁当の定番メニューが卵焼きからも押して知るべし。子どもの頃は嫌いでした、中年になってから何故か卵料理が好きになったのであります。丈夫卵を買ったとき、先ず「卵掛けご飯」と「目玉焼き」にした。正直、味の違いは良く判らなかった。

そこで、生協の卵と丈夫卵を食べ比べた。それでも味は、よく判らなかった。殻の硬さ、黄身のふくらみ、白身の粘りなどの違いは分かる。しかし、肝心の味の方が・・・。処が「ゆで卵」にしたとき、この卵のよさ、味が判った。柔らかな卵のかおり、ふわっとした食感・・・これだ、と思ったね。

家人は、体質的にエビ・カニの類や抗菌薬に弱い。それが、この丈夫卵については全く違和感が無いと云う。これまでの卵には多少違和感を感じていたということだが、「抗生物質を使ってないせいかしら」と言った。

高知から帰京したゴールデンウィークは、この卵を使って究極の「茶碗蒸」と「プリン」つくりに挑戦しょう・・・。何とも安くて実用的なオヤジ流の休暇の過し方ではないか・・・。

 

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益子町

2012-04-25 | Weblog

4/25(水) 月曜日の朝、何時もどおりに弁当作る。この日は栃木県益子町の生命農法研究会を訪問のための自宅から直出。会社に寄らないのでKの弁当は無かった。

                       

この日、ピーマンの肉詰めや烏賊ゲソのソテ、卵焼きなどを作り、二人分の弁当を用意した。

                      

生憎朝から雨、9時前に家を出て何度も乗り換えて益子駅に着いた時は12時43分。予定どおりであったがと~い、遠いのでありました。同行者は相棒のHiroさんである。

駅には、生命農法研究会で研修中の瀬井さんが出迎えてくれた。この方を頼って伺った次第。取敢えず食事にしようと、お薦めの店に向かった。「ウドン&そば」のお店で、瀬井さんによると讃岐のウドンや蕎麦の老舗に負けない味とか・・・。

ここで「蛤ウドン」なる品書きを見つけたので、これを頼む。蛤のウドンとは初めてであるが、いかにも美味そうな雰囲気が、何の変哲も無い品書きに漂っていたのだ。出てきた熱々の丼に、身の厚いハマグリが5~6個、青ネギを少々散らしただけのシンプルさである。

丼の中からハマグリの香りが濃厚に発っている。汁を啜る前に先ず一つ、ハマグリの身に齧りついた。新鮮な味と香り、上々のハマグリが頃合いよく煮へ、上質のスープの香りとなり鼻孔をくすぐった。店構え、店内ともにど田舎の食堂そのもであるが、美味かったですよ750円の「ハマグリウドン」・・・。

雨が降り止まぬ中を生命農法研究会に着いた。迂闊なことに、ここの代表・高橋丈夫さんが、今年1月2日に逝去されたことを知らなかった。瀬井さんが、「私が最後の研修生」と言った意味が漸く判った。農場は、二男・三男が力を合わせて切り盛りをしているとのことであった。

農場は五千数百羽の養鶏を核に、田圃五町、畑二町を耕作しているとのこと。雛鳥から成鶏、排卵鶏になるプロセスを聞かせて貰う。餌・飼育法・鶏舎・管理法と独自に研究開発した手法とか。不思議なことに雨の中でも鶏糞の匂いがしない。

未だ試行中だと言うトマトのハウスを見せて貰う。一年中収穫ができるようになるそうだが、未だ完成には至ってなかった。ここの田圃は「ベニカブトエビ」と云う古代種の生物が棲息し、雑草を食い、田の肥料にもなっているとか。

自然界に存在する菌であり微生物の力を利用・作用さした農法を研究・活用されている。

鶏は200日でその使命を終えるそうだ。解体業者に引き取られ鶏肉となったものを販売していると言うので試しに注文した。肉は固いというが、どんな味がするやら・・・。

 

益子町のことは稿を改めるとし、今朝の弁当にも少し触れよう。昨日は益子泊りのために弁当はなし。今朝は5時ごろに目覚めて、早やくから弁当の準備をした。

今日のメニューは鶏の唐揚、冷凍メカジキの漬け焼き、温野菜とパスタのサラダ。ピーマンと牛蒡・さつま芋も少しながら素揚げとなった。丈夫卵でゆで卵を作り半分にカット。以上で、四人分の弁当となった。

                           

ご飯の上の鮎甘露煮は、清流の岩場を縫って泳ぐ稚鮎をイメージして配置したが・・・。

                           

 

 

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誰もいない事務所で・・・

2012-04-22 | Weblog

4/22(日) 今日は日曜日、昼に会社に出る。誰も居ない事務所で、過ぎし一週間のこと、次週のことなどをボンヤリと考えている時間が一番落ち着く。

そう云えば金曜の午後、橋本和喜君が会社に顔を出してくれたとのこと。名刺とお土産の饅頭が机の上に置かれていた。一足違いで会えなかった。

彼と始めて取材の旅に出たのは、もう十数年も前になる。佐賀・地球市民の会/古賀武夫さんの取材であった。フィランスロピーワールドというNTTの社内誌に”怒涛のボランティア”というコーナーがあった。この登場人物に古賀さんを取り上げた。ライターは橋本君であった。

その取材で、佐賀では一夜大酒を飲んだ。古賀さんは記事の出来栄えに大満足し、こと有る毎にこの切抜きを使っていた。取材を契機に橋本君も古賀さんに私淑した。そしていつか、古賀さんの本を書くと言った。

古賀さんは、それを心待ちにしていた。が、平成20年3月肝臓ガンの為に逝った。橋本君も約束を忘れていた訳ではないだろう。取材以来、古賀さんと、古賀さんが逝去の後も、ご家族との交流は続いている・・・。

三年前、郷里の北海道に一時帰省していた橋本君は、そこで吐血し救急車で運ばれたそうだ。診断は胃癌。緊急入院となり全摘したそうだ。体調を崩して郷里に居るとは耳にしていたが、其処まで悪かったことは金曜日の夕方、電話でのやり取りで初めて知った。

とうとう三年を郷里で療養に費やし、今回が病気以来始めての上京とか。各所に挨拶に廻っているとのこと。翌日は午前の便で北海道に帰り、今しばらく体力の回復努めると言う。

「書いてるかい?」と訊くと、『昨年、河出新書から一冊出しました。今度送ります』とのことであった。ひと言、古賀武夫物語をやらんとな。と、云うと『そうなんですよ、それが気掛りです』と返ってきた。次に上京した時に、その話をすることとなった。

橋本和喜、ペンネームは”月坂亮太”。以前は、月坂亮だったか、名前は一文字のはずだったが、病を機に改名したか。暇にあかせて彼が言う、北海道の田舎の町を地図を引っ張り出して探してみた。漸く探し当てた地名は、奥尻島の向かいとなる処に在った。

ちょっと線が細く、色白で静かに話す彼の姿を思いだす。声を聞く限り、あの頃と変った様子はない。物書きとしての彼の成功を願っている。

 

明日は「生命農法研究会」(栃木県益子町)の視察。相棒のHiroさんと二人で出かける。時間を調べると、意外と遠い。何しろ四回も乗換えなくてはならないのだ。路線検索では、3時間20分を要することとなっている。

会の代表・高橋さんに会えるかどうかは分からんが、研修中の瀬井さんが案内をしてくれるとのこと。養鶏場から農場まで廻ると時間を要するとのこと。早目に出て、夜は意見交換会と称する飲み会。益子に泊ることとなった。

高橋丈夫さんの著書「生命農法」を読んだだけでも、その凄さが覗えた。実際に目の当りにし、聞いてみるとどうなんだろう・・・こちらが、どれだけの理解能を持っているかだろうね・・・。

たのしみだが、天気は悪そうだ。これも日頃の行いか?悪天候だからこそ、分かるもの、感じるものがあろう。そのために、敢えて悪天候になるのだろう・・・と、思うことにしよう。雨・風も、またよし。

 

 

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吉野から神戸

2012-04-20 | Weblog

4/20(金) 熊本・菊池の「きじの松田屋」さんから、きじ鍋セットが届いた。鍋用のきじに肉と野菜から豆腐・スープに仕上げの雑炊用の卵・刻みネギまで入っている。ご丁寧にも作り方の手順と注意点まで記したメモまで同封されていた。

すぐに、NetBANKで代金の振込みをした。きじ鍋セット(8人分)・ホロホロ鳥の燻製が入って14000円也。これで今夜の山賊酒盛り会の参加を募らしたところ、今のところ8~9人とのこと・・・。会費1000円で、飲物などを調達さす。

さて、どんな味なのか待ち遠しい・・・。待ちに待っていたU老は、風邪を引いたとのことでお休み。差し入れのワインだけは昨日に届いていた。

 

昨日の早朝と言えるかどうか、6時過ぎに家を出て京都を経由して「吉野」へ向かった。神戸の後輩を訪ねる予定が有り、途中、吉野桜を一目見ようとした次第。

11時頃に吉野に着くと、帰りの切符を求める人で小さな駅は大混雑であった。下の千本は既に散り、遅咲きの木にチラホラ。中の千本も満開を過ぎ、ひと風毎に桜吹雪となった。

                              

金峯山寺では、蔵王堂の秘蔵のご本体が公開中。TVや駅貼りのポスターで盛んにPRをしている。桜の盛りと相俟って、吉野は例年より人出が多いのかもしれない。

                        

次の予定があるので、駆け足で中の千本までを歩く。銀座の歩行者天国か渋谷センター街並みの混雑だが、無理もない。道幅が狭いうえに土産物店が軒先を連ねている。この日、汗をかくような陽気となった。

                        

中の千本、見晴台辺りから上の千本を望むと丁度満開か・・・。奥の千本は未だ、蕾とのこと。時間に押されて山を下るすがら、七曲の山道の脇に先遅れた花が・・・モミジの青葉が木漏れ日に映える。

              

下山した辺りに小さな神社があった。その入り口に小さな桜木が淡い色合いの花を咲かせていた。花は「幣掛け桜(しでかけさくら)」の銘板あり。一重と八重の花びらをつけ、珍しい桜とのこと。水尾天皇がこの花に目を留め、牛車を引返さしたとあった。

                         

十数年前に訪れた時、宿は文人宿との看板を掲げた「桜花壇・サクラ花壇」であった。濡れ縁から、朝靄の中に淡い桃色をひと刷け流したような桜林の残像が残っている。二度訪ねる必要はなかったか・・・。再度訪ねて、初めて見たときの善さが分かったのか・・・。

あの時、下の桜はハラハラと舞い、中の桜は今を盛りと咲き誇っていた。一緒のメンバーもまた良かった。

夕刻前、神戸に入りN社グループの兵庫支店長を勤めるI氏を訪ねた。久々に旧交を暖めながら酌み交わした。神戸阪急電駅の高架下の路地を歩くと、面白いことに左手は全て立ち飲み店であった。

                          

 

さて、今宵の山賊の酒盛りは大賑わい。きじ鍋の旨さに皆舌鼓をうっていた。ビール・ワイン・日本酒・焼酎と飲物は豊富。会費要員は8名ながら、飛び入りでスタッフが極旨のきじ雑炊を食しに現れた。

酒がまわり、煩いことこの上なし・・・。

 

 

 

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オムライス

2012-04-18 | Weblog

4/18(水) 今日の弁当は「オムライス」になった。久々の登場だが、昨夜の残りご飯の結果である。どうにも半端に残ったご飯をどう始末しようかと考えた結果、具材を加えると3~4人前の弁当量には丁度かと思いオムライスにした。

                          

こうなれば、お菜は大して要らないので簡単である。菜は、レトルトの「肉団子黒酢餡かけ、シューマイ」である。これだけだと手抜き丸見えなので、豚肉とレタス巻きの煮物を作ったた。

                          

オムライスの材料は、鶏とタマネギ・人参・ピーマン・シメジである。これを刻んで、オリーブオイルで炒め、塩胡椒とケチャップとウスターソース少々で味付け。仕上げに卵四個を溶き、オムレツにしてご飯の上に載せ、広げる。以上で完成とは、些か物足りない感あり。

                      

四個の弁当に丁度収まった。暇にあかせて弁当の重さを量ると、Kと私のご飯量は350g、長女が300g、家人は250gであった。この量の妥当性は分からぬが、私は満腹となる。ちょっと量が多い感あり。

                           

そんな次第で、仕上げにケチャップを掛けてお仕舞いとなった。

 

明日は朝早くから出かける。戻りは金曜日の午後の予定。帰社する金曜は、熊本・菊池川の山里から「きじ肉」が届くことになっている。N社のOBが、セカンドライフとして雉・ホロホロ鳥の飼育をやっていた。

情報誌のネタ探しでこのことを知り、試食することとした。雉肉は子どもの頃に食べているが味の方は覚えていない。それと、昨年の秋に斉州島で雉鍋(シャブシャブだった)を食したが、皆でお変わりをしたほど旨かった。

きじ肉を頼んだ「きじ屋松田」の松田さんと電話で話をしたところ、氏は当初、竹炭をやろうとして菊池の山里に移住したとのこと。処が、”きじ”のことを知り、これに方向転換したと云う。

今では、きじ料理を出す店まで作り、ホロホロ鳥の飼育や畠の開墾と大忙しとのこと。氏のことは「きじ屋松田」で検索するとホームページがある。その中のblogも楽しい・・・。

金曜日、我が社ではきじ鍋を突付きながら”山賊の酒盛り”となるであろう。仕事しろよ!と、天の声が聞こえてきそうだが、愉しみだ・・・。

 

 

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サンドイッチ他

2012-04-17 | Weblog

4/17(火) 明け方、夢の中にいた。そのシーンでは、サラリーマンをしており、10年ぶりに現場に戻った処であった。「俺達の仕事は、直接お客さまと接することができる。こんなに善い仕事はないんだ。皆で夢のある仕事をやろうぜ」、そんなことを云っていた。この日の夢は、覚えている限りでは三本立てであった。

そんな夢から覚めてみると、5時前だった。未だ、サラリーマンの時代に未練があるのかな、そんなことが頭の中を過ったが・・・。確かに遣り残してきたことは沢山ある。が、残された年月は少なかった。そんなことに対する断ち切れない思いが、心の隅で熾き火のように残っているのであろうか・・・。

5時過ぎてから、布団から抜け出して台所に立った。今日はサンドイッチを作るつもりで、12枚切りの食パンを用意しておいた。私のサンドイッチは、クラブハウスサンド。パンを焼くことから始まる。

                           

サンドの具を何にするか、冷蔵庫の中を改めて食材を物色する。ベーコン・卵・冷凍ハンバーグからレタス・サニーレタス・ジャガイモ・人参・タマネギ・シメジ・椎茸、ピーマン・絹サヤ・パスタ・・・こんなところか。

未だあった、ブタ肩肉と作り置いたコロッケ。以上が今日の食材となった。使う量は調理をしながら適当に決めることとなる。

ジャガイモ、卵、パスタを茹でながら、ナンバーグg8と豚肉を解凍する。サンドイッチだけでは物足りない気がしてきた。長女とKには、サンド+弁当も作ることとした。いや、正確には弁当+サンドイッチか?ご飯を二合炊き始めた。

焼いたり炒めたりとフライパンが大活躍をする。使い済みの食器を洗いながら、調理を進める。ここのところ、汚れた食器や器具を洗いながら料理をすることがおおい。すると、時々鍋を焦がすことがある・・・ドジ!

                           

漸く出揃ったサンドの具は、ポテトサラダ・炒めベーコン・ゆで卵・目玉焼き卵・ハンバーグであった。弁当用の菜は、豚肉炒め、椎茸・ピーマン・シメジ炒め、パスタサラダ、コロッケであった。

                                       

以上をどう組合せるか・・・。まあ適当に、いい加減に組み合わせて6組のサンドイッチが完成した。これを半切にし、ラップで巻いて出来上がり。弁当の方は、コロッケ・豚肉炒め・椎茸&ピーマン&タマネギ炒め等とパスタサラダとなった。

         

弁当の上には、椎茸佃煮と稚鮎甘露煮(公魚は間違いだった)を載せる。今日は、適当弁当と呼ぶべきか

                            

 

 

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ゲソ&ホタテ

2012-04-16 | Weblog

4/16(月) 今日は、烏賊のゲソ(足)とホタテのバター炒めを主体に野菜系で周りを固める。なんだ、いつもと同じじゃないか・・・まあ、そのとおりか。

ゲソはヤリイカ、土曜日に烏賊飯を作った残りものだが、これを生かすためにバター炒めとなった。これだけじゃ淋しいので、ホタテにも登場願った。野菜は、ピーマン・シメジ・アスパラ。

                          

オリーブオイルにバター、ニンニクを一欠けらと赤唐辛子が一本。味付けは、塩・胡椒と、白ワインを使う。塩は「生命農法研究会」の岩塩を熟成して作ったという、甘味・塩気に深みのある代物、振り過ぎないように注意した。

他の菜は、蒟蒻・椎茸・薄揚げの煮物、ジャガイモと人参・空豆のオリーブオイル和えサラダである。最後に定番の卵焼きとなった。卵も生命農法研究会の”丈夫タ卵”を使い、刻みネギを加えた。

                     

卵の味はよく分からない、と云うのが本音。ただ、卵焼きにしてみると、他の卵に比べて厚みが違う。生を割り比べても、黄身の厚み、白身の粘りが異なる。卵酢を作ってみようと、瓶に入れてあるが一向に溶けない。不思議な卵である。

                                                  

自分の弁当は持たないつもりが、菜が余った。結局、今日も四人分の弁当となった。

                     

弁当ご飯の上に載った佃煮、奇しくも京都と隣の滋賀の競演となった。公魚は琵琶湖の滋賀、よく分からん小さい丸いのは京の椎茸佃煮である。何れも、旨い

 

 

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桜鯛

2012-04-15 | Weblog

4/15(日) 昨日の土曜日は一日雨となった。久々に完全休養日として一日家にいることとした。酒精で疲れ果てた体を休めようという魂胆でもあった。

とは云いながら、暇である。借りている本を捲るが、これにも疲れた。そこで、奈加野の店主に頼んで仕入れてもらった「桜鯛」の料理を早々と始めることにした。

鯛は二本で、700gと800g程の大きさにしてもらった。鯛飯を作る予定なので大きな鯛だと、土鍋に収まらない。

                         

一本は鯛飯にそのまま使う、もう一本は刺身とアラは煮付けにする。奈加野のオヤジが云うには、出汁を使えとのこと。上手い具合に、面倒な鱗取りはオヤジがしてくれていた。中々、気の利いた善いオヤジである・・・。

私流であれば、昆布・酒・塩・醤油に具を入れてそのまま炊くのだが・・・。この日は、オヤジの言を入れて、昆布・カツオブシの出汁をとって、これを煮汁に使うこととした。

先ずは、鯛を軽く素焼きしてから、刻み人参・干し椎茸・油揚げ・昆布を入れた土鍋に寝かせた。丁度一杯一杯の大きさであった。始めちょろちょろ、中パッパとわけの分からん呪文を唱えながら、炊き始めたのであった。

もう一本の方を、三枚に卸して身を刺身にする。片身はオヤジお薦めの皮付きを湯通しした刺身に、もう片身は皮をひいた刺身にする。三越前の”木屋”で仕入れた刺身包丁が、久々の出番となった。

兜を出刃包丁で割、骨を断ってアラ炊きを作る。日本酒を煮立て、砂糖・醤油に生姜を少々。大根と残っていた筍も一緒に煮る。

さて、鯛飯の具合は如何であろうか?鍋の方から湯気が盛んに立ってきた。少々オコゲの臭いもしだした。火を止めてじっと我慢、10~15分ほど耐えた。

そっと蓋を取ると、綺麗に炊き上がっている様子・・・   

鯛本体の周りの飯を、具を除けながら突付いてみる。なっなっ、なんと飯が柔らかい?柔飯は嫌いなんだ!これはならじと、蓋を戻して再度火を付けたが・・・。

結局、鍋底の飯が焦げただけで、柔飯は何ともならんかった。かくして、今春早々の桜鯛飯は、50点の出来栄え・・・嗚呼、失敗。それでも、丁寧に丁寧に骨を取り、鯛の身をほぐし、具と混ぜ合わせたのであった。

今度は5月の産卵期、近場に寄ってくる”のッ込み鯛”を購って、再度のチャレンジをするしかないようだ。

 

五月の鯛といえば、若かった頃に小宮係長に連れられて初めて鯛釣船に乗船、富津港から出た日のことを思い出す。前夜から釣り宿に泊り込み、明け方前に出漁した。「眠いですね~係長」などと云うと、『こんなものは、ふつう普通』と、つり好きな係長は笑っていた。

もう、40年近くも前になろうか・・・。沼津の友人Mに、長男が生まれた後のことだった。鯛が釣れたら、彼に届けようと勇んでいたが、僕たちは坊主であった。昼前、港に戻ると他の釣り舟の釣り人が大きな鯛を手にしていた。あの時の、穏かだった海と真っ青だった空の色が浮ぶ。

「口惜しいですね、係長」と云った。その小宮さんが、亡くなられてから久しい。沼津の友人Mとも、久しく顔を合わせていない。ひとつ一つの物事に、ひとつ一つの出来事が、思い出がある。余りにも多すぎ、余りにも在りすぎるのかもしれない・・・。

 

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焼肉

2012-04-13 | Weblog

4/13(金) 今日は「焼肉」とした。ヘルシーメニューばかりでは栄養がつかないと、昨夕、肉を買った。それはそれでいいのだが・・・。

昨夜、人形町のチャリンチャリンと呼んでいる「ちょっぷく」に立ち寄った。メンバーは社内の何時もの面々。些か度を過しすぎたのか、次に博多ラーメンの店に入ってしまったのだ。こうなると始末が悪い。

ビールを飲んで、何と替え玉まで食すこととなった。替え玉100円の値に引かれて、頼んでしまうのが癖になっている。これじゃ~、ヘルシーメニューの意味がないのに。そんな反省もありて、今日は自分の弁当は無しとした。

肉とタマネギ・長ネギ・シメジをプルコギ用焼肉のタレで仕上げた。簡単・手軽あっと云う間に出来上がる。他の菜は、小松菜と薄揚げの煮物。定番の卵焼きを、刻みネギ入りで作った。

                       

今朝は三人分の弁当だが、家人と長女は普通のご飯弁当に、K君用は焼肉丼弁当とした。

                         

          

昨日につづき今朝も暖かい、初夏の陽気。花壇のチューリップや黄スイセン(?)が、咲いていた。(昨夜遅くに撮った写真だが、夜目にも鮮やかであった)

                                              

 

     

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オムレツ

2012-04-12 | Weblog

4/12(木) 今日のメニューだが、たった一品、一品だけは決まっていた。注文してあった「生命農法研究会・丈夫卵」が昨日届いた。この卵を使った弁当料理ということで”オムレツ”を作ることにしてあった。

他の料理は全くの白紙状態だが、オムスビは作ることになっている。昨夜遅くに次女が泊まりに来たから・・・彼女用である。

例の如くに、冷蔵庫の中を探る、豚・鶏・ホタテ・エビetc揃ってはいるが、テーマがヘルシーである。何にするか?と迷ったが、白菜が少し残り萎びかかっていた。これを薄揚げと一緒に煮ることとした。

冷凍メカジキの漬け焼き、解凍して醤油・出汁・酒に暫し漬け置く。そして、セロリ・レタスとサラダ用ハーブ鶏肉のオリーブオイル揉みサラダとした。メカジキは、片栗粉をまぶしてフライパンで焼く。

                           

肝心のオムレツだが、晒し置いたジャガイモの千きりと、タマネギ・ベーコンを炒めて具材とした。素人のこと、そうそう上手くはいかん・・・。ついでに卵焼きを作った。以上が、今日の菜である。

オムスビは、鮭も明太子も昨日使いきったので今日は梅干とオカカになった。オムスビを四個作り、次女と小僧に二個づつとした。

                        

かくして、オヤジは今朝一番の仕事を終えたのである。

 

 

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