オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

サンドイッチ

2012-03-30 | Weblog

3/30(金) 平成23年度の決算日、年度末となるが当社の納品関係が全て完了となるか心配な処である。既に一部は期ズレとなっているようだが・・・。スタッフに任せ、信頼をするしかないのが現実である。

思い起こせば10年前のこの日、私はサラリーマン人生に終止符を打った。早いものだとも思えるし、我が人生遅々として進まずでもある・・・。

そんなことも気掛りであるが、先ずは今朝の弁当を・・・。久し振りにサンドイッチの登場となった。昨夜は、某社の某氏との食事会であったが、比較的早めに終えたのでサンド用の食パンなどを買って帰宅した次第。

サンドイッチにしようと決めてはいたが、具材については白紙であった。夜中、深夜ラジオの国会中継録音が流れて目が醒めてしまった。面白くもないラジオ放送を耳にしながら具材を考える・・・。

家人からオーダされていた目玉焼き風のサンドは決まっていたが、何時ものツナサンドは作る気がしない。結局、ゆで卵を潰したフワフワ卵サンドとポテトを混ぜたポテ卵サンドの親戚サンドイッチを二種、レタス・胡瓜・タマネギ・トマトの野菜サンド、豚小間とシメジ炒めのサンドイッチを作る。

                          

食パンは12枚切りで6セット、プラス白っぽいモチモチのパンで二つ。以上が、今日のサンドイッチ弁当である。

                          

野菜サンドを試食した、旨い上々の出来栄えであった。

 

 

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近江牛

2012-03-29 | Weblog

3/29(木) 今朝も早くから弁当の用意となった。今日は、何と”近江牛”が弁当に登場した。あの有名な、近江牛ですよ、近江牛!

出所は、近江が故郷のスタッフAoki君だ。。帰省の折に町のスーパーで特売中だったとのことでステーキ肉を何枚か購ったそうだ。そのうちの二枚は、会社の飲み会で焼いた(確かに旨かった)。一枚を後生大事に冷凍してあったようだ。

それを先週末の山賊の酒盛り会(猪鍋会)に持参した。結局出番がなくて、我輩が召し上げた次第。これを権力の横暴とか、オヤジの我侭とか云うなかれ、Aokiは我輩に喰ってもらいたかったにちがいないから・・・。

Aokiに敬意を表して、メインは近江牛とした。脇を固めたのは、牛蒡・蒟蒻・新筍の「ピリ辛炒め」と大根・豚肉・椎茸・油揚げの「和風煮物」をちょいと濃い目の味付けで。

            

これで終わらないのだ。何しろ時間はタップリとあるし、食材も豊富なのだから・・・。人参・ジャガイモ・ゆで卵の「サラダ」と小松菜のお浸しが追加された。最後に、牛肉の添えとしてエノキとシメジを炒めた。これで、今日のお弁当は完成となった。

                    

以上が、四人分の弁当である。皆の弁当箱に詰めるのが一苦労であった。

 

 「生命農法研究会」

先日、卵や玄米を送って下さった瀬井氏は、栃木県益子町の”生命農法研究所”で農業修行中。この農場で採れる品を贈ってくれたのだ。

肥後の出身で、IT系のビジネスに係っていたそうだが、これからは農業だと転進。生命農法研究所の代表、高橋丈夫さんのことを知り門下生となった。私には分からんが、自然農法で環境に優しく体に善いものを生み出していると云う。ひと言で云えば「波動」だろうか?

                        

                        右が「丈夫卵」、価格は左の倍

瀬井氏のような有為な人材との交流が殆どなくなったし、こっちの感性も錆びる一方。目標・目的をもって突き進むパワーとおもいきりのよさには感心する。ゆっくりと話をしたいものと、そのチャンスを心待ちにしている。

摂り合えず、ここで販売している「お試し野菜セット」の申込を行ったが。・・・あんまり美味しいと、食べ過ぎちゃうわな、これはこれで困ったことになる。

瀬井さんは、初夏には蘇陽(阿蘇の外輪山が宮崎・高千穂と接する辺りか)で農場を立ち上げるそうだ。蘇陽は、幣立神宮があり、地球市民の会・佐藤会長が住まう土地。訪ねる機会もあろう・・・。

 

 

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牛炒め&フライ

2012-03-28 | Weblog

3/28(水) 昨夜ぐっすりと眠ったような気がする・・・。焼酎ハイを三杯、ウィスキーハイを杯で切り上げ、駅前の東急ストアで今日の菜用の牛肉を買って帰宅。時間は22時前であった。

それから、軽い食事を済ませて部屋に引き上げたのが23時前か。CDを聞きながら本を読もうと布団に入り、気が付けば今朝の5時30分であった。これまでの睡眠不足か、或は疲れていたのか・・・眠れることは善きことかな。

そんな訳で、5時半すぎから弁当の用意にかかる。牛炒め焼きとエビフライは昨夜からの予定。

台所に立ってメンチコロッケを作りたくなった。ジャガイモは電子レンジ茹で、挽肉とタマネギ、牛肉を少々刻んで加える。問題は、パン粉が少ししかなかったこと・・・。牛炒めはタマネギとモヤシが少量入り、プルコギのタレで炒め焼き。

                        

エビフライを仕上げ、小さなコロッケを作ったが最後はパン粉不足となった。次女が泊まりに来たので彼女のオムスビ用に鮭を焼き、メンタイコを用意する。

                        

モヤシのサラダ(胡麻ポン酢味)とキャベツの千切りを用意して概ね準備完了。Kと長女は焼肉丼風の弁当に、私は焼肉と海苔(下には鮭・明太)のハーフ&ハーフ弁当。家人は何時もどおりのレギュラー弁当にする。次女のオムスビは二個。

                   

かくして、今朝一番のお仕事を終えた。

 

 

 

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ハンバーグ&カレイ煮

2012-03-27 | Weblog

3/27(火) 今日のメニューはハンバーグとカレイ煮、カレイ・ハンバーグは昨夜渋谷東横店地下で購った代物。準備万端、弁当作りに全力を傾ける男に相応しい行動である。

何しろ朝は五時には目覚めていた、否。3時半にラジオの音で目覚めて起きていたのだ。昨日失敗した、玄米炊飯から先ずはスタート。何の事はない、炊飯器に玄米用のメモリもあった、水加減も炊き方も問題なし・・・。

次いで、カレイの煮付け。鍋に日本酒をタップリと入れ、煮た立てる、汁を作りカレイの入浴となった。生姜の薄きりを加え、椎茸と筍もおまけで煮る。手抜き菜の最たるものだ。

                          

ハンバーグは出来合い、焼いてソースを作るだけ。タマネギの乱きりを放り込み一緒に焼く。付け合せは、エリンギの炒め焼き。

                          

ほうれん草の胡麻入り卵炒めを作るが、なんと岩塩を入れすぎた・・・ショッパイ

                          

以上でお仕舞いとはならなかった。昨夜の残りご飯で、炒飯を作ることとした。玄米ご飯を拒否する輩がいるかもしれないので・・・。

                          

結果、炒飯は私の弁当となった。かくして本日は、四人分の弁当となった。

                          

 

昨夜だが、郷里の中学の同級生が上京していた。食事を一緒に摂る約束をしており何時もの渋谷「奈加野」で待ち合わせた。約束より遅れて着いたが、店主が同郷なので話し相手となっていた。助かるね~、こう云うときだけは?

先々週の帰郷の折に、この同級生と顔を合わせていた。郷里の施設に宿泊した、大学生の中山間地体験プログラムの受け入れ施設責任者が彼女であった。その体験発表会を聞きに行った際に、上京の話を聞いていた。

                     

学生達の発表は、聞いていて楽しかったが内容的には物足りなかった。四泊五日の田舎体験では無理もなかろうが・・・。

                           

一生懸命の姿は微笑ましい、好感を持てた。下の、町外の人にアピールすためのサイン計画が彼等のプレゼンテーションの目玉であった。

                           

 

 

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玄米&丈夫卵

2012-03-26 | Weblog

3/26(月) 土曜日の夕刻、佐賀に入った。地球市民の会前会長・故古賀武夫さんの生誕と逝去のこの時期に開かれている「武桜忌」に参加する。”武桜忌”には初めて出る、近頃氏のことが気掛りになったていた。

佐賀市高木町「地球平和道場」に30~40名の故人縁の人たちが居た。志し半ばで逝った故人を偲び、些か呑みすぎたようだ。

                        

昨日の日曜日は死んだも同然の有り様であった。午後の便で帰京し、一風呂浴びるや否や銀座へと。四丁目のサロンで草葉さんの陶彩画展を覗いて挨拶。その後、6丁目の小さな店へ。

店のアルバイトの女性が辞めるとのことで、気の合う客に声を掛けての送別会、卒業祝い会。10人程で5時過ぎからの飲み会であった。二日酔いの覚めやらぬ当方は、馴らし運転にこれ努め、控え目に抑え目に・・・。

 

そんな週末であった。週末、益子で自然農法の農場で修業中の瀬井氏から卵・玄米・塩・水が届いていた。氏とは、3週間ほど前に初めて会い、卵を送ると云われていた。

今朝、早速に玄米を炊き卵を食す。写真の卵は右が送られてきた卵、左は日頃食べている代物。目玉焼きにして食べ比べる・・・・よく分からん。

                          

さて、問題は玄米よ。何と炊飯器のスイッチは白飯のままであった。炊き上がってビックらこ?慣れぬことをしちゃあいかんと反省するも遅し・・・。それでも意地で自分の弁当にした。

菜の方は、冷凍のコロッケ、鶏肉のカレー味煮、小えびとセロリ・ピーマン・タマネギ炒め、定番の卵焼きであった。

                      

玄米飯は、自分と不死身の胃腸であろうKの弁当に詰め、家人と長女は昨夜の残り飯を使った。

                          

猿も木から落ちてしまった・・・。
瀬井さんのことは、日を改めて紹介しよう。

 

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ブリ照り焼きなど

2012-03-23 | Weblog

3/23(金) 今朝は、ブリの照り焼き、シメジの豚肉巻き、葉ものと油揚げ・筍の煮物、卵焼きであった。が、次女が連泊したのでオムスビ用の鮭・メンタイコを焼いた。

ブリ照り焼きをしようと準備をしていると「片栗粉のまぶして焼き、それからタレに漬けるといい、と何かで見た」との仰せ。詳しいことは分からないがとのことだったが、摂り合えずそれで焼いた。仕上がりは?悪くはない、まあこんなものであろう。

葉ものは、白菜に似た野菜、名は覚えていない。これを油揚げと一緒に煮るつもりでいた。新筍があるのを思い出し、これも一緒に煮ることとなった。純和風の味付けである。

                        

シメジを軽く炒め、塩胡椒をハラハラと軽く振った豚肉バラ肉で巻く。これをフライパンで炒め焼き。単純といえば単純なものである。最後に、余ったシメジを入れた卵焼き。卵焼きは、菜物を煮た残り汁を少々加えた出汁巻き風とした。

                        

鮭・メンタイコも焼きあがり、オムスビを作る。鮭などの残りは弁当に乗せる。今日も三人分の弁当とオムスビが二つ。

              

ブリと鮭・メンタイコ・油揚げは昨晩の帰宅時に自分で買って帰った。〆て1600円ほどであったか。考えれば、何で俺がこの菜の代金を、と思うのだが・・・。

 「山賊の酒盛り」

出社時に、猪肉・鹿肉と葉ニンニク、目刺・ジャコの食材群を用意した。今夕は、年度末繁忙でご苦労を掛けているスタッフを慰労するため、猪鍋を作る。年度末繁忙などがあれば嬉しい限りだが・・・。要はオヤジ達の手慰みである。

U老は、胡瓜の浅漬けを作ってきた。Tokioは富山から白エビのなにやらとホタルイカの沖漬を。Aokiは健気にも、一枚だけしまってあったと云う近江牛を持参した。

私の持参した食材は、全て土佐の山・海で採れたものである。猪は鍋に、鹿は刺身に、ウルメや目刺は焼いて。葉ニンニクは鍋の食材。土佐では、これをすき焼き、軍鶏鍋などに使う。

どんな味に仕上がるやら・・・.調理主任のAkagiは米を持参してオムスビを作るであろう。それに、下拵えはAkagiとU老が張り切っている?

こういうイベントは「浜町公園のバーベキュー会場」で、花の下でやりたいところだが、会場が取れない。従って、社内を汚しながらの酒盛りとなる。こう云うことが大好きなオヤジ達なのだ。仕事の方も、大好きになってほしいものだが・・・。

 

 

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鶏と根菜煮&ホタテバター焼

2012-03-22 | Weblog

3/22(木) 昨日は寒かったが、今日は暖かな朝を迎えた。鉢植えの河津桜も漸く満開となったが、今年は色合いが薄いようだ。

                         

郷里の高知では染井吉野が咲いたとの報道。先日の帰省で見た安田川沿いの桜や、奈半利川沿いの23士記念碑辺りの桜並木は蕾であった。春遠からじ、なれど春は未だの感であったが。

さて今朝の弁当は、鶏肉の旨煮風。鶏肉に大根・人参・椎茸と新筍の組合せ。筍は、郷里の従兄が雨の中を掘ってきた代物。猪が筍を食い荒らしているとボヤいていた。柔らかくて美味しい筍であった。

                         

ホタテは、バター焼きにする。これにピーマン・パプリカ・セロリのオリーブ油炒めを添える。そして、ほうれん草茹での胡麻和え、定番の卵焼き、以上であった。

                          

昨夜遅く、次女が工房帰りで泊まりに来た。彼女用のオムスビを二つ作る。鮭やタラコが在庫切れで、梅干とチリメンジャコが中に入った。

                     

今日も三ツの弁当とオムスビ二個の収穫である。そろそろ「菜」のレパートリーを広げなくてはと思っているが、じっくりと検討・研究をする時間が無い。夜毎の酒、休みの日は旅が続いている。中華系とか洋食風とか、これまで敬遠してきたものも調理次第だが・・・。

 「年度末を迎え」

3月末となり、転勤や退職の声が届く。地元、学芸大学のYさん、Nグループに再就職されていたY氏、高校の同級生であったY女史、先に登場した後輩のMなど、弊社の社外役員をお願いしているH女史も今月でなかったか・・・。

大方が自適の生活に入るようだ。十分に働いてきたということであろう。こっちは、これまでの働きが足りない分、何時までも、何時・何時までも現役が続く・・・つづく予定。

入れ替わりに新人たちが入る、年度末から年度始めにかけてのお決まりのシーンではあるが、長年働いてきた人たちにとってはさぞ感慨深いことであろう。

 

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手早くに・・・

2012-03-21 | Weblog

3/21(水) 珍しく寝坊をして、しまった。二度寝というやつだが、昨夜遅かった所為か。そんことで、今朝の弁当作りは急がないと間に合わない・・・。

出来合いの「鶏唐揚げ甘酢」を電子レンジで温め、スライス豚とキャベツ葉・モヤシを中華スープで茹煮する。他には、定番の卵焼のエノキ巻きとシメジ炒めとした。

時間が無くて大忙しで作るはずが、何時ものようにのんびりとしたスピード。日頃の習慣というものは恐ろしい。慣れは怖い!

漸く三人分の弁当が出来上がった。K君用には、昨日田舎から持参した巻き寿司(勿論柚味)と稲荷寿しを少々詰めた。この巻き寿しは、郷里の安田町にある「中村」と云う店で作っているが、大した人気の店なのだ。仄かなというか、控え目なで上品な柚酢と砂糖の塩梅がいい。

難点は、すし飯がぎっしりと詰っているので持ち運びには重い、重いのだ・・・が、従姉がわざわざ持たしてくれた代物である。何時食しても、旨い!旨い!その味を、Kにもお裾分けと云う次第。

寿しの周りは、白飯で囲み城壁に。城壁の中には、爆弾に見立てた海苔佃煮を埋め込んで寿しを守っている。と、云う見立て。こんなことをして遊んでいる、時間を喰うはずだ・・・。

                    

 

話題は一転するが、後輩のOkadaからメールが届いていた。四国・高知事業部に転勤になるとのこと。東京を離れるのを嫌がり抵抗していたが、地元に戻らざるを得なかったようだ。

所詮サラリーマンとはそう云うものなのだ、意思と云う厄介なものが働くようになるとややこしくなる。しかし、意思がないと云うのはもっと困りものだが。兼ね合いが涵養か?

再雇用制度という枠組みの中に絡み捕られている以上は、余程の戦略と計画を立てて、かつ若いうちから積み重ねて行かなくては・・・それでも、思いどおりに行くことは希なのがサラリーマン人生。致し方なし、新職場で大いなる活躍を祈る。

私はそう云うことが嫌なのでサラリーマンを辞めた訳だが、この道を行くのも中々しんどいのだ。思い通りに行く道なぞは無いと思って進む、それだけのこと。

四年ほどつづけてきたある案件と三年つづいた仕事が終了する。四年の方は、先輩の配慮でスタートできた仕事であったが、相次ぐ値下げ競争・要請の末に終わることとなった。時代の流れといえ、サリーマン仕事(敢えてそう云うが)をしていては生き残れない。

そう云うこともあるさ、と笑っていたいが、笑えるだけのゆとりがないのも事実。ただ一つ、失ったものの倍を取り返せ。それだけのことである。

 

 

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帰省の旅

2012-03-20 | Weblog

3/20(火) 今日は彼岸で祝日、午後の便で帰京した。先週、16日(金)の昼に徳島阿波踊り空港(と云うそうだ)に着いた。ここからが今回の帰省の始まりだった。

懐かしい大先輩の大星さんが、ご夫妻で出迎えてくれた。体が不自由になった大星さんであるが、立っている姿は昔と変っていない。ただ不自由な右半身の所為で右手には厚い手袋をされていた。左手で、がっしりと握手を交わし、再会を喜びあぅた。

病気をされたが、私より変っていない姿であった。が、言葉を発することが出来なくなっていた。歩くことはできるが、右足が自由に動かないようだ。それでも、空港からご自宅に向かう途中に在る八十八ヶ所の一番「霊山寺」に案内をして下り、境内を一緒に歩いた。

                       

階段の上り下りは大変な様子だが、平地は大丈夫。デジカメを首から提げ、盛んに写真を撮るようにと奥さんに促す・・・。お昼をご馳走になりビールで乾杯をする。お酒が好きだったから、晩酌はと聞くと、奥様が「焼酎をのんでますよ」との応え。

同じ職場で働いた頃、もう27~8年前になるがよく一緒に飲んだものだ。その頃にゴルフを始められたので、日曜日は私の住まっていた都立大学のゴルフ練習場に誘い、終わると小宅でビールを飲んだ。そんなことを思い出す。

大星さんが係長をしていた頃の部下だったメンバーの近影を渡すと、写真を指して「彼はこんなに肥ったのか」と云う表情・・・。昔の写真を出して、暫し思い出に・・・。

懐かしく愉しいひと時はあっと云う間に過ぎ、妹夫妻が郷里から迎えに来てくれた。名残は尽きないがお暇の時間となった。

行ってよかった、来てよかったとつくづく思った。

この日の朝、弁当は一つ。家人用のみであった。作らぬつもりでいたが、目覚めるとついつい弁当に気が行くのであった。

ご飯を炊き、挽肉とタマネギでピーマンの肉詰めを。鶏肉と大根の中華味の煮物。ゆで卵とポテト&人参のサラダ、マイタケ・タマネギと豚肉の炒め物の菜となった。

                         

一人分と云うのは時間が掛からないと実感する。そう云えば何かの本(宮本常一さんの「山に生きる人びと」だったか)で、過疎の村から里の学校に通う子供の弁当を20年間作りつづけた母親の嘆きを読んだが(四人の子供を育てた)、毎朝4時に起きて作りつづけてヘトヘトになったと云う話・・・。遊びで弁当を作る私は、とんだ罰当たりかもしれない。

その夜、阿南市から薬王寺で有名な日和佐~宍喰~甲浦で夕食を摂り、室戸を経由して実家に戻ったのは20時30分であった。わざわざ遊びがてらとはいいながらも、迎えに来てくれるとは妹夫妻も大したものである。

翌日から郷里は雨が続いた。土曜・日曜と雨、予定の仕事は大きく狂ってしまうこととなる。が、この話は、別途。

 

 

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昼酒は利く・・・

2012-03-15 | Weblog

3/15(木) 昨日は炒飯と海鮮掻揚げ、小松菜を巻いた卵焼き、甘酢唐揚(レトルト)と鮭にブロッコリサラダであった。中々の豪華メンバー風であったが、炒飯は長女と私、Kは掻揚げ丼仕立であった。

                   

私は昼前に急遽の外出、弁当はお泊りだったAokiが喰ってくれたようだ。炒飯の予定等なかったが、お釜の中に昨夜の残りご飯が適量あった。そんなことから、思わず炒飯となった。

                       

刹那的に生きる男らしい判断であった。掻揚げ用のホタテと小エビを使い、タマネギとピーマンが入っただけであるが、上々の出来栄えであった?はず。

                   

そして今朝となるが、Kの弁当箱も含めて四個も会社に置いたまま。弁当箱いらずのオムスビの登板となった。物事はシンプルに考えよう、と云う次第。

天ムスをと思い小エビの天ぷらを準備した。準備をしつつ、これだけじゃとついつい余計なものまで・・・。野菜の掻揚げとなった、人参・タマネギ・ジャンボインゲンである。

                   

他にはと云うと、鶏挽肉の肉味噌を作る。そしてオムスビの友、鮭を焼く。定番の卵焼きを大失敗する・・・油を引かなかったのだ。馬鹿だね~。

                        

そんな次第で、今朝の弁当は間抜け弁当となった。家人と長女はオムスビ&掻揚げ・鮭・失敗の卵焼き。Kはオムスビだけ・・・勘弁しろよ!弁当箱無いんだから。今朝のオムスビ制作数は十二個であった。

                         

どうしてこうも弁当箱を溜めたかというと、持って帰らなかっただけだが、出先からの直帰が続いたと云うことか?

13日は名古屋から遅くに帰京、昨日は昼間から酒となりついつい度を過し、帰社できなかった。楽しい酒と云うのも困ったものである。何しろ相手が酒豪・酒飲み・大好きなUさんとである、ちっとやそっとでは終わらない・・・。

渋谷酒・名古屋酒・有楽町と続き、さて今夜はどうなるやら?間違いないのは明日の夜。高知にいるはず、となれば田舎酒!

明日の昼に徳島へと着く予定。懐かしいOohoshiさんにお会いすることになっている。数年前に脳梗塞を患いリハビリ中だとのことだが・・・。その夜、高知へと帰り帰京は20日の午後の予定。

 河津桜が漸く咲き始めた、本家本元の河津町の桜も一月も遅れての見頃とは、ラジオからのニュース。梅は未だだ。

                          

この分では、染井も枝垂れも山桜も何時のことになろうか・・・。

 

 

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