オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

弁当も夏期休暇へ・・・

2012-06-29 | Weblog

6/29(金) 四時頃であったか、目覚めてしまった。カーテンを少し開けて天気の様子を探ると、既に外は白々としている。五時頃から弁当を作ろうかと台所に向かった。

実は、今日で弁当作りのの日々から離れる所存。夏になったので、一寸長めの夏期休暇を取り、弁当に費やす時間を散歩に当てようという算段である。雨の日は外歩きをしないのでお弁当作りをする所存。

そんなことから、今日は何時もと違い晴れの日弁当である。私の晴れの日弁当は、土佐風五目飯、ちらし寿司と云うやつである。この前に郷里の妹が持たした「紫蘇」がそろそろ賞味切れとなる。これを使う為に五目寿しの登場とも云える。

具は、紫蘇・生姜・胡麻・油揚げ・筍・人参・干し椎茸・焼鯖である。適当に刻んだ野菜などを少々濃い目の味付けで煮、文化干しの鯖の片身を焼く。長女が、焼き鯖入りが大好きなのだ。

                  

昆布と少々の酒・塩を加えて飯を炊く。お菜は「牛煮」と「小松菜の煮」、定番の卵焼き等。

                      

牛煮には、蒟蒻・タマネギ・椎茸・筍・ネギが入る。小松菜煮には油揚げとモヤシが参入した。五目すし用の錦糸卵を焼き、ワケギ入りの卵焼きを作る。

                  

炊き上がったご飯から昆布を取り出して千切りに、ジャコと一緒に砂糖醤油で炒め煮にし、これも菜のひと品とした。五目すしの酢は、当然柚子酢の「てまいら酢」である。

                  

幕間をぬって糠漬けを取り出し、糠床を交ぜる。美味しい糠漬けの基本。糠漬け、これも弁当に使う。

                         

それやこれや、のたりのたりと弁当を作った。何しろ暫くは弁当とは遠ざかるのだ、惜別の情も湧こうというものさ。弁当作りを休止すると、困るのはK君だろう(暫く勘弁な)、長女なんぞは、「じゃ朝は家に寄らないから」と、しゃあしゃあとしていた。

暫し別れとなるので、今日は秘蔵の弁当箱「曲げワッパ」の登場だ。四人分の弁当の完成となった。

              

休止といっても、雨の日は弁当タイムとなるので、梅雨時のこともあり結構弁当を作ることとなるだろう・・・。

 

 

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炒&煮

2012-06-28 | Weblog

6/28(木) 今日は牛肉の炒め物と鶏肉と根菜煮、魚粕漬け焼きとなった。昨日登板予定の菜が、本日にスライドしたというところか。

牛肉はプルコギのタレで炒め煮のような感じ、タマネギ・ピーマン・シメジなどのオリーブオイル炒めを添える。

鶏肉は、タマネギと大根で炊き合わせにした。そして、粕漬けは二週間も前から漬け込み半ば忘れられた存在であったのを焼いた。

                          

今日のお菜は以上である。煮物と焼き物、メインは牛肉のプルコギのタレ炒めと付け合せの野菜炒め、K用に茄子と胡瓜の糠漬けが加わった。

                            

これだけ単純な料理だと調理時間も早い、スイスイと進んだ。しかし、プルコギのタレは強い、これで味付けをすると飯は何杯でもいけそうである。

 

昨夜は、Y氏が来社。この前から論議をしている新規ビジネスの第三回の打合せとなった。氏のお薦めは教育分野でのニュース配信であるが、私の希望は福祉・介護・医療の分野である。結局、結論は持ち越しとなった。が、社内スタッフの意見も聞き7月中には方針を定めたい。

場所を隣の蕎麦店「高松」に変えて、延長戦の意見交換会。スタッフのF君とY嬢も加わって諸々の雑談会へと発展した。この雑談をしながら、意見を出し合い、相互理解をするというのが、大切なことだと思っているが、如何であろうか。

 

 

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鰻・ウナギ・鮎

2012-06-27 | Weblog

6/27(水) 今日は肉系を想定していた。牛&豚、それに粕漬けの魚でカロリー十分な弁当にするつもりでいた。処が台所に立ち、食材を取り揃えている段階で気が変った。変わり身の早いOyajiであった。

昨日のオクラの豚肉巻き揚げが、いまいちであったのを思い出して一品目は、アスパラの豚肉巻きでリベンジを思い立つ。豚小間肉の薄切りが余るので、タマネギとキャベツで炒めた生姜焼き風に仕上げて二品目とする。

                         

                             下拵え中の面々

並行して人参やアスパラ・小松菜を茹で、パスタも放り込んだ。三品目のパスタサラダとする。更に茹で汁で自然芋のすり身を小団子にして茹でる。何だか野菜系がメインになりつつある。

そして、ジャガイモの小を千切りにして水に晒す、ベーコンを千切りにする。四品目としてジャガ&ベーコン入りのオムレツを考えていた・・・。

茹でアスパラを紫蘇と豚肉で巻く、塩胡椒を振りフライパンで蒸し焼きにする。少し残っていた鶏肉もバターで炒める。晒したジャガとベーコンを下炒めすると、オムレツの餡子にしてはそぐわない出来栄え、オムレツはプレーンオムレツに変えた。

                         

                            仕上がった菜

小松菜は、出し汁と醤油を垂らして胡麻を振ったお浸しに。そんなことをしている内に、粕漬けを焼くのも、糠漬けを取り出し糠床を掻き回すのも何処かに飛んでいた。惚ケ~であるが、これ以上品数が増えたら弁当に収まらんので良かった、と云うこと。

                    

今日も三人前弁当の完成である。

 

  「ウナギと鮎と芳志」

昨日の昼、友人のO社長の招待でウナギを馳走になった。東高円寺にある小体な店だったが、中々の老舗とか。「小満津」と云うお店で、客は私たちの他にはご婦人がお一人であった。一番高い鰻重(4800円)を予約してくれていた。(予約でないと、入店してからの焼で、30分は待つとか)

タレの味は一寸甘めであったが、お重の中を一杯に蒲焼が占領しており、十二分に堪能した。

そして夜、K大兄と渋谷の人気店「奈加野」で待ち合わせていた。函南の某ゴルフ場からの帰りの大兄はラフなスタイルで登場した。今夜の趣旨は、清流安田川の鮎を食すであった。

                          

日曜日、郷里からの帰京の際に、妹が鮎とウナギを用意してくれた。何れも安田川で捕れた天然物である。台風や大雨続きで漁ができない日が続いているが、その前に捕ったものを冷凍しておいてくれた。

その鮎やウナギを食そうとの企てであった。鮎は板前に焼いてもらう、ウナギはテーブルの上のコンロで自らが焼く。このために、三越デパートの鰻屋からタレだけを購ってきた。

周りの客が不思議そうに見る。そんな中、ウナギをひっくり返しては焼く、タレを付けては焼くを繰り返した。なんともノンビリとした光景である。程なく鮎焼きが届いた。流石に職人が焼いたものは形が綺麗、盛り付けも善しであった。

                          

昼・夜とウナギが登場し、美しい鮎の姿があった。大兄も喜んでくれたようだ。奈加野の後、mr.kanso(缶詰BAR)に立ち寄りハイーボールなど。此処に寄ったのは、先日置いて貰ったミャンマー・カンカウン中学校建設募金BOXにある。

この募金BOXに幾許かを入れて行こうと云う目論見である。奈加野にも置いてあり、大兄が入れようとしたが止めた「次の店でお願いします」と。

『ここで入れればいいの?』と、小さな財布を取り出した大兄は、小さく札を畳んで入れた。それで終わらず、もう一枚、丁寧に畳んで入れる。ヒラヒラと入っていった札は、大札であった。中でなく、勿論小でもない。一番大きな札が、二枚。手作りの募金BOXの中で微笑んでいた。

K大兄は篤志の人である、数年前のミャンマー農村の小規模水力発電支援の募金でも大枚のご芳志を頂戴した。仕事の第一線から退いた今も、その志の高さは変らない。

我侭を云える店があり、志と元気を頂ける大兄がおり、ウナギを馳走してくれる友人があり、募金BOXを気持ちよく置いてくれる店も数多、この世はええことばかりじゃないか・・・。(自分が募金するの忘れてた!)

 

 

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桜桃

2012-06-26 | Weblog

6/26(火) 昨日、サクランボの本場である山形県東根市から桜桃の箱が届いた。今年はシーズンが少し遅れているようだ。家人の友達が東根の兼業農家に嫁いでいることから、毎年ここにサクランボを頼む、今年も上々の味わいであった。

何時ぞや、銀座であったか山形物産展と云うのに行きあわせたことがある。丁度今頃の季節、野菜や菓子などとともに旬のサクランボが目玉とし試食販売をしていた。前に居た女性の美味しい!の声に引かれてふた粒ほど試食をした・・・。

処が、ガッカリの味であった。県の物産展でこのレベルの代物を出すのかとガッカリした。またある時、山形路の旅でリンゴを買ったことのある青果商からサクランボの案内が届き注文したことがあった。この味にもガッカリした。それでも、随分と古いことになるが、山形出身の職場の同僚だったH嬢の実家のサクランボ、東根市出身のIさんの実家のサクランボなど忘れられない味がある。

南の国で育った私には、桜桃に対して憧憬がる。あの仄かに紅い色合い、艶やかでプリッとした弾力と円やかさ。口に入れ、歯先で噛んだときのプリッと柔らかな歯応え、口中に広がる香貴な甘さ・・・。近年は、家人の友人からその味わいを頂いている。この味わいを知人たちにも味わって欲しいと思うが、何しろ兼業農家で生産量が少ないとのこと、残念である(が、お陰で私の懐は助かる)。責めて、写真でも見てもらうか?

                     

さて、今朝の弁当だが「鶏肉と根菜の煮物」に「掻揚げ&フライ」、そして定番の卵焼きとなった。次女がサクランボ到着の報で、泊り込みで受け取りに来ていた。彼女用にオムスビを用意する。

揚げ物も、煮物も何時もと何の変りもなし。淡々と準備を進める。

日曜日から始めた糠漬けの茄子・胡瓜を取り出して入れ替える。糠漬けの味見をする、と塩っ辛い。塩が利き過ぎた。

糠漬けで忘れられない味は、沼津のM氏宅で朝餉で頂いた茄子の糠漬け。古~い、遥かに遠き日の夏。新婚だったM宅に泊った翌朝、新妻のYumikoさんが漬けた茄子が絶品だった。何個もお変わりして頂戴した。糠漬けのシーズンが来ると、あの夏の日の朝餉の光景を思い出す。

沼津市原、線路の向うに千本松原を望む小さな借家で朝飯を食べる僕達、夏の風が心地よく吹き抜けていた。昭和四十年代後半の、まだ長閑だった時代と僕等であった。

折角オムスビ用に焼いた鮭、次女は「鮭は好きでない」と言った。じゃあと、天ムスとオカカにした。然し、今日のエビ天の出来は良くないのだが・・・。

揚物は、自然芋の紫蘇&海苔巻き揚げ、オクラ・タマネギ・人参・ホタテの掻揚げ、エビ天、オクラとエビのフライ。

                           

煮物は、鶏肉・大根・人参・モロッコインゲン・油揚げの炊き合わせ。刻みネギ入りの卵焼き、チジミと焼き鮭、以上である。

                      

三人分のお弁当と二つのオムスビで、今朝のお遊びはお仕舞いとなった。

                      

私の今日のお昼は、なんと!ウナギ。それも極上のものらしいが?友人が馳走してくれるらしい。持つべきものは善き友か・・・。

 

 

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豪雨の中を・・・

2012-06-25 | Weblog

6/25(月) 先週の木曜日、朝一番の便にて高知空港に向かった。東京は曇り空だったが、高知竜馬空港に着くと大雨。激しく降っていた、時々地面に突き刺さるかのような檄雨となる。

前夜は、宏さんの一族(両親と一番下の姉は既に故人、姉二人と兄夫妻)の懇談の席に闖入していた。何時お会いしても穏かで仲の善いご姉・兄。末っ子となる宏さんは幼い頃から兄弟のアイドル的な存在。

この夜も、満州時代や引き揚げてからの徳島、日光、神戸から横浜、東京・田端の思い出が語られた。私は場違いな存在ではあるが、そんなことを感じさせない暖かな一族の方々。

昔の写真を持ち寄り、尽きぬ思いで話であの時代を偲ぶ。家族が家族であった時代、貧乏を貧乏とも思わず、ひたすら人生を切り開いた頃。齢を重ねてなお仲良き一族の姿に接し、愉しいひと時であった。

                          

ベトナム駐在中に、かの地で妻を娶った甥のTOMOKI君が、所用の為に顔を出さなかったのが残念。帰国後、自転車にぶつけられて大怪我、その後思わぬ大病を患ったが元気だとのこと。二次会の席で、ベトナムからのお客さんを接待していると云うTOMOKIに電話をし、短い会話をした。鄙に希なる好青年である。

鄙に希なる好々爺に近づきつつある宏さんが、この場にミャンマー・カンカウン中学校舎の建設支援募金BOXを手作りして持参した。兄弟に廻して募金を募った。これまで置いてきたどの募金BOXよりも沢山の額が入った。

                          

 

そんな前夜のことを思い出しながら妹夫妻の車で実家のある安田町に向かう。途中の河川は何処も濁った大水となっていた。故郷の安田川も大増水で濁った水が轟きを立てていた。

                          

これじゃ、鮎も捕れない。海も荒れており魚も駄目である。

この日、父の誕生日であった。私は、熊本・菊池の山郷で飼育されている雉肉を「きじの松田屋」の松田さんにお願いしてあった。今夜は、メス雉の焼肉と従姉が捕り置いた鮎焼き・妹の甘露煮などで、叔父や従姉たちを交えて祝った。

金曜日、深夜の雷鳴が過ぎて小雨となった。午後にはどうにか降り止んだ。早速ミカン畑の草刈である。有り難いことに妹の亭主で私の同級生でもあるHirokatuが応援してくれた。

                          

植えてあったスイカは一本を残して全滅、瓜も二本ほど生き残ってはいるが成育悪し。ミカンの幼木には、青い小さな果実を付けた木が何本かある。この実を撤果し、数個だけを残す。幼木の成長の為には、実を付けさせない方がいいのだが、どんな稔りがあるかは観て見たい・・・。

                          

朝からビールを飲み、畑で遊び、苗物を遊び心で植えたりで郷里での休日は終わった。食を抑えたいところだが、老親は食が細い、勢い残すが嫌なので食べてしまう。おまけに、知人が帰省を知って差し入れてくれる。土曜の夜などは、部厚いステーキ肉が何枚も届いて往生した。田舎暮らしをすると、贅肉が付く一方である。

 

『今日の弁当』

帰京した昨夕は、妹が持たしてくれた安田川天然ウナギの蒲焼、茄子・オクラ酢揚げの青紫蘇ドレシング漬け、破竹タケノコ煮、沖ウルメ焼きなどの高知産で夕食。近所に住む長女が、1歳半の娘を連れて食事にきた。正確には、自分は減量中で夕食は要らないが、娘の食事を頼みたいとのことである。

「今夜はウナギだぜ!食べないのか?」と云うと、『夜はご飯を食べないので、明日のお弁当に入れてよ』ときた。泣く子と何とかにゃ、弱いOyajiは、今日の弁当に入れて鰻丼風にしてやった。

今日の菜は、三人三様である。昨夜の残り物のタケノコ煮や青紫蘇ドレシング漬けも、昨晩食べてない者には入れよう・・・。

今朝新たに作ったのは、鶏肉のオリーブオイルソテー、豚小間の細切りの紫蘇・オクラ巻揚げ、小松菜・モロッコインゲンの油揚げ煮、であった。今朝のベストは、小松菜の煮物であろう。以上で十分と判断し、卵焼きの出番がなかった。

                    

 

以上、三人の弁当が完成となった。長女の鰻丼風弁当が、一際豪華に見える。

 

 

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チキンライス

2012-06-20 | Weblog

6/20(水) 昨夜は、台風の襲来にも関らず何時ものように軽く一杯。とはいいながらも目的が二つ。一つは前夜に置いたミャンマー学校建設の募金BOXの溜まり具合のチェック、もう一つは先週に提案された新規分野のビジネスに関する打合せである。

募金BOXの方はサッパリである。店長のY氏に「しっかりやってくれよ」と、檄を飛ばすが馬耳東風。自分達の席に持ってきて、皆でチャリン~チャリン、札を一枚ヒラ~。中間の溜まり具合で、継続するか判断しよう。引き揚げとなれば、まあ~今後の来店回数は激減か、敷居を跨がないかとなろう・・・。

もう一つの新規事業についは、簡単に結論が出せない。私が以前から考えていた福祉・医療・介護の分野でビジネスとして成り立たないか、検討を願った。その上で、最終的な判断を下したい、で締めくくった。

後は、安酒を飲むだけのこと。顔見知りの他所のオジサンまで加わって、ああでもない、こうでもないとエンドレス。不思議なもので、他所の人と話をしていても、いろんなこと、ところで接点が有る。在ると云うことを、改めて実感した。

重い腰を上げて外に出た途端、強風と横殴りの雨が襲ってきた。U老の傘は万歳して、骨がバラバラ、一瞬にしてお釈迦となった。如何にも有りそうなシーンの出現で、後ろから見ていて可笑しかった。同じようなシーンを其処彼処で見ることとなった。そんな、台風襲来の夜であった。

明けた今朝、いい天気になった。さて、弁当だと台所に立つ。昨夜の残りご飯が沢山あったので「オム風のチキンライス」にする。鶏肉が少量しかなかったので、ウインナーを小口切りにして加えた。タマネギ・ピーマン・シメジ・マイタケなどと炒め、オムレツ風チキンライスとする。

                       

オム・チキライスが飯と菜のセットのようなもの、菜は要らないぐらいだが、一応二品ほど作る。

「長州揚げと椎茸・オクラ・長豆の煮物」、一昨日と同様の菜だが、今朝は忘れないよ。そして、もう一品は「挽肉・豚小間と茄子のマーボ」である。ちゃら~ちゃら~と出来上がった。

                   

最後に溶き卵でオムレツを作り、弁当箱のチキンライスに載せて広げれば、完成である。以上が、今朝のお仕事であった。

                    

 「帰郷」

明日の朝から、帰省する。今回は日曜日までの四日間。ミカン畑の草刈が主な仕事、他には植えてある豆類の始末と、後の野菜など植えたい処。天気のことが心配なので、草刈だけでも終わるか・・・。

畑の炭焼も中途半端になっているが、この天気予報では手が廻らないだろう。この季節、降って貰わぬと困るが、振り過ぎも困る。安田川も大増水し、鮎も捕れない。海も荒れて、シラスも駄目であろう。自然の惠を堪能できないのは残念である。

来週まで、弁当もblogもお休みを頂戴する。それでは、ご機嫌よう・・・。

 

 

 

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牛&豚&魚

2012-06-19 | Weblog

6/19(火) 体が重いね~、昨夜の酒は抑え目にしていたのだが、何故か重いのである。四時半頃に目覚め、出たばかりの「居眠り磐音 江戸双子」を読んで時間を潰す。すっきりしないな~とボヤキながらも、先ずは弁当である。

今日は先ず、肉ジャガから着手。豚肉&牛肉ハーフ・ハーフの肉ジャガにした。肉とジャガイモ・人参少々に玉葱が一つ。胡麻油で軽く炒めてから煮込んだ。

                         

次いで、牛肉と野菜(シメジ・マイタケ・ピーマン・パプリカ・タマネギ)を塩胡椒他の味付けで炒める。

                             

最後はお魚の粕漬け焼きであった。タイ・サワラの切り身を土曜日に買い漬けてあった。粕漬けの粕は、以前にK大兄から加賀の粕漬けを頂戴し、その粕を何度も使っている。今風のリユースと云うやつだ。

                   

これだけの単純な品数と内容であれば、昨日のように作り置いたものを忘れるようなことない・・・。

                         

三人分の弁当に詰めても、菜の方はタップリと余ってしまった。しょうがない、久々にmy弁当を取り出して持参することとした。

                    

本日の食材は、牛肉300g、豚肩ロース小間が250g、サワラとタイが各一切れ、タマネギ個、ピーマン1つ、シメジとマイタケ・人参が少々。調味料は、酒・塩・胡椒・醤油・油・片栗粉・テンメンジャン、何れも少々である。

 「KOUCHIYA」

昨夜は、県の東京事務所に勤務する若者との懇談。人形町まで来てくれたので、先月、小網町神社のそばにオープンした「高知や」さんへと案内した。ここは、高知の食材を使った料理が売りである。

土佐地鶏焼き、キビナゴの刺身、高知産トマトの三種盛などを肴に、ビール・ハイボールをやりながら、老人の戯言を云う。曰く「人生に無駄なものなんか、なんにもないよ。チャレンジして、失敗から学ばなくちゃいかんぜよ」「待ちの仕事はいかんぜよ、自分から責めろよ・・・」とか、Oyajiの寝言のようなことを言っていた。やっぱ、年か・・・・。

                     

ここから更に、チャリン・チャリンの何でも300円の店「ちょっぷく」へと流れ、ここが人形町で一番の店だよと、大見得を切った。安くていい店だ・・・財布の健康にはとってもいいのだ。

金曜日に置いていった、ミャンマー学校の募金箱の様子見るのも目的の一つ。俺が入れた千円札だけが輝いて見える。店長のY氏を呼び、気合をいれるが暖簾に腕押し、自分達でチャリンチャリンと募金をした。

昨日は、募金用のBOXを三個作った。一つを隣の「高松そば店」へ、そして今日はドトールに置いた。何れのBOXにも、種銭の千円札を一枚入れてあるが、後にどれだけ続いてくれるかだ。今年一杯が、募金の期間である。乞う!ご期待・・・しない方が賢明か?

                                    

                   これがU老との労作なのだ!材料費100円/コ

 

 

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忘れられた一品

2012-06-18 | Weblog

6/18(月) 今日は昨晩の残りの菜、鶏唐揚げを使うつもりでいた。処が今朝になってみると、皿の上に一切れしか残っていなかった。あんなに有った唐揚は誰の胃の腑に納まったのか・・・。

という次第で、仕切り直しである。冷蔵庫の中を覗き食材をチェックすると、豚小間と肩肉バラがあった。野菜室にはアスパラが、そこで豚小間肉のアスパラ巻となった。葉物野菜も眠ったままである、これで煮物や炒め物に。ホーレン草のお浸しとスクランブルエッグ。

                         

葉物野菜を(名前しらず)、ベーコン&シメジ・胡麻で炒めた。残っていた豚小間を漬け込んで生姜焼き風にする。順調に調理は進み、あっという間に完成となった。

                         

弁当は何時もどおりの三人分である。ご飯を詰め、無理やりに菜を収めて出来上がった。

                         

総べてを終えて、フライパンや鍋、皿を洗い片付けをする。と、ガスレンジの上の片隅に蓋を被った鍋一つ。あれゃ~だ。何と、いっと最初に作った「野菜煮」を置き去りにしていた。総べてが終わってから、出てきた、発見されたのであった。

何と云う不始末、宮本常一さんの名著「忘れられた日本人」ならぬ、Oyajiの「忘れてしまった鍋」となっていた。生命農法研究会から届いた野菜で、油揚げと長州揚げで煮た逸品のはずだが、後の祭であった。

                          

相当に惚けが進んだようだ、老犬MIXよりも酷いかもしれない・・・。

 

 

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揚物など・・・

2012-06-15 | Weblog

6/15(金) 今日はエビフライをメインにすることとなった。目覚めたのは4時前か、老犬Mixの鳴き声で目が醒めたのか、或はそれ以前にラジヲから流れる小さなメロディーに醒まされたのか定かでないが・・・。

結局、5時ごろから台所に向かった。メニューは全く考えてなかったが、長女が好きなエビフライのことが浮んだ。決定!先ずはエビフライ。そして冷凍にした長州揚げと根菜(大根と人参)の煮物を作ることとした。

あと一品を考えながら、最初の二品の下準備に掛かる。冷凍エビを解凍し、一緒に揚げる野菜を物色する。揚げる野菜は、アスパラとオクラにした。人参と大根をカットし、長州揚げと一緒に胡麻油で軽く炒めてから煮始めた。

                     

三品目は、小松菜と油揚げの胡麻炒めとなった。芯の硬い小松菜は、レンジで軽く熱を通してから炒めることとする。味付けは塩胡椒だが、仕上げに醤油を一振り程度。

                    

これで終わるかと思いきや、未だ続く。時間はタップリとあるのだから。揚物ついでに、豚小間を軽く味付けし、片栗粉をまぶして揚げることとした。そして、定番の卵焼きとなった。今朝の卵焼きにはワケギを刻んで入れた。以上である。

                     

 

 「懲りないやつ・・・」

弁当を作っているといろんな事が頭を過ぎる。今朝思い出したのは、結婚したころのある出来事。丁度今は若鮎の季節、昨夜“奈加野”のオヤジに今年の新鮎をお裾分けした。そのことが頭の片隅に残っていたのか・・・。

田舎育ちの私は鮎が好きだ。家の直ぐそばを流れる安田川の鮎は新鮮な苔を食むので、苔の香りがあって好い。そんなことから、結婚した頃から家人は私の鮎好きを知っている。

結婚した翌年の夏、家人の故郷の九頭龍川で捕れたという鮎が沢山届いた。何れも丸々とした立派な鮎であった。見事な鮎だった。

早速焼いて食した。が、美味しくなかった。苔の香りや身のしまり具合が善くない。正直に「美味くないな~」と、言った。「喰えたものじゃないぜ」とまで言ったろう。家人は怒った!その鮎は、田舎のお婆さんが、近所の人を雇いわざわざ捕ってもらった鮎であったそうな。

家人はお婆さんに育てられている。そのお婆さんが、孫娘のために鮎が好きな婿に食べてもらおうと、人を雇ってまで送ってくれた鮎。そんな思いも知らずに、酷い男である。

弁当を作りながら、そんな古傷を思い出していた。この一件で、好き嫌いを云ってはいかんと身に沁みているはず。なれど、同じような過ちを繰り返している。未だ成長しない男である。

鮎も川によって味が異なる。同じ川であっても上流~下流と、流域によって流れも違い、苔も異なろう。そんなことを分かった上で、料理方法を変えれば愉しみ方があろうに・・・。

 

 「募金箱設置第2号」

昨夜の帰路、ミャンマー・カンカウン中学校校舎建設支援募金用の募金BOX(第2号)を「奈加野」に持参した。店に置いて、募金をお願いした。高校の先輩で店長のNさんが、早速に常連客に廻してくれた、5~6千円が入った。上々の滑り出しとなった。店で働くテェテェ嬢は、知り合いのところにも置きたいので、もう一つ作って欲しいと云う。嬉しい限りだ。

校舎建設支援と云うのは、我々の活動はあくまでも支援。主体は村人であることから支援という。村人が負担しきれない分、足りない費用を手助けする。それが、地球市民の会の方針である。そのために、現地に駐在のスタッフを配置して村の実態を把握し、調整にあたっている。

友人がいるT物産からは、物品の寄贈の話があった。今年の金銭寄付は、東日本大震災の関係から日赤に統一しているとのこと。ついては、自社製造・販売しているライフジャケットの現物を寄付したいとのことであった。折角だから、イベントやバザーで販売するか?

 

 

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混ぜご飯

2012-06-14 | Weblog

6/14(木) 今朝は混ぜご飯とした。材料は、一昨日に届いた破竹のタケノコ。これを何とかしようと、鶏肉とニンジン・油揚げで濃い味に煮込んだ。煮揚がった食材と、ホカホカのご飯を混ぜ合わす、こんなイメージで取り掛かった。、

炊き込みご飯にしなかったのは、タケノコの食感を大事にしようと思ったこと、ご飯の食味を残しながら鶏肉の味も堪能する。と、云う次第であった。ご飯&お菜の両立で一石二鳥、お菜いらづの弁当となる。

とは云いながらも、何か菜は欲しい。そこで、冷凍のまま取ってある「トコブシ」のバターソテー&野菜添え(ニンジン・アスパラ・シメジ)となった。過日、某すし屋で食したトコブシ煮が旨かった。「どうすればこんなに柔らかに煮れるの?」と訊くと、『今のトコブシは、柔らかいですよ』との応え・・・。そんな会話を思い出し、トコブシの登場となった。

後は、冷凍のシューマイを暖め、定番の卵焼きが登場して今朝のお勤めはお仕舞いとなるはずだが・・・大事な仕事が残っていた。

                         

最後に煮揚がったタケノコ&鶏肉と炊き立てのご飯をボールに取り、混ぜ合せて“特上の混ぜご飯”が出来上がった。この香り、ホカホカと沸立ってくる匂い・・・いや~最高だった。☆三つだぜ

                          

そんなことで、今朝の弁当も三人分だが、残り飯をすっかり食して堪能・堪能であった。

昨日は炒飯だった、なんてことはすっかり忘れていた。それを覚えていればメニューは変わったかもな・・・。何れにせよ、ごってり・こってりが好みのOyajiであった。

 

 「学校建設支援 募金箱」

先週から動き出したミャンマー・カンカウン準中学校建設支援のお金集め、週始めに社内用と云うかオヤジ軍団用と云うべきか、2Lペットボトルに投入口を設けた第一号の募金箱を用意した。出勤途中のゴミ捨て場から拾ってきた代物だが、これが一杯になると数十万円にはなるだろうが、俺の財布は空っぽになるか?

今日は、第二号から三・四号の募金BOXをU老に制作してもらうつもりでいた。処が、老は風邪をひいたとかでお休み(老人は体力がないから・・・大事にしないと)。仕様がない、自分で作ることとした。

社の物置き場を見ると、丸いCDケースが何個か在った。これを加工して募金箱にすると見栄えがいいか?と、Aokiに言って一つ分けて貰い試作した。これから作るのは、総べてお店に置いて貰う予定のもの。人形町の“ちょっぷく””高松””せい寿”から、渋谷の大店「奈加野」「mr.kanso」、学大の「こんぺいとお」etcにお願いの予定・・・・。

                           

                            第二号募金箱

お金を集めることが目的ではあるが、先ずは、活動を知ってもらう、理解してもらう、協力者になってもらう。仲間の輪を広げて行く事が肝要だろう。募金BOXは、そのための重要なツールとなるのだ。

会社のBOXには、五百円玉が四個と百円玉が二枚だが、今朝来合せたヤクルト姐さんは、気持ちよく入れてくれた。明日からヤクルト飲むぞ・・・となった。

                         

                            左・第一号BOX

学校建設の支援とは、教育への支援となるわけだが、昨夜元スタッフのY氏が来社。彼から提案されたのが、教育分野で新ビジネスに乗り出すべきだと言う企画であった。幣社のリソースを活用して、ブルーオーシャンへ漕ぎ出せという話だった。

教育分野となれば、ミャンマーの学校・教育支援とも関係がなくはない。NPO法人として取り組む方法もあるかな?などと、“ちょっぷく”の安酒をやりながら話が弾んだ・・・二人であっが、後の二人は??だった。さて、どうなるやら・・・。

 

 

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