オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

冷凍もので・・・

2011-01-28 | Weblog

1/28(金) 今朝のメインメニューは冷凍物のオンパレードとなった。先ずは「鶏肉団子」に「コロッケ」そして寒ブリ、全て冷凍ものである。電子レンジを多用して手間を省いた調理。

団子はナタ豆と人参スライスで「甘酢あんかけ」にした。甘酢の作り方は自己流でいい加減であるが、それらしい味にはなった。コロッケは油で揚げるだけ、キャベツを刻み完成。

寒ブリは随分獲れて安くなっているようだが、先般の残りを冷凍で取り置いた物。これに塩を振り醤油を垂らして焼くだけ。

以上、三品だけではもの淋しく、定番「卵焼き」を追加した。

ご飯は四合炊く、弁当に詰めても沢山残ってしまう。先ずはご飯を弁当に詰める、菜を入れる。最後の卵焼きが収まりきらず、ご飯を押しやりスペースを無理やり作るのは何時ものこと。

かくして、三人分の弁当が今朝も出来上がった次第が、これって手抜きかな・・・?

 

 「横浜を歩く、少しだけ・・・」

昨日夕方、tvk(テレビ神奈川)の代理店説明会が横浜メディア・ビジネスセンターであった。JRの関内駅と地下鉄馬車道駅の中間あたりが目指す場所。

ちょっと早やめに会社をでて、人形町から東京駅まで歩く。JRにて桜木町へ、桜木町駅から関内・馬車道辺りまでを歩き周辺を散策した。

時間にすれば大したことはないが、日頃縁の薄い街を歩くのはいい。
桜木町駅前の歩道橋からパシフィコやインターコンチネンタルホテル、大観覧車を眺めた。この界隈は、古くは「横浜映画祭」、比較的新しいとなれば「横浜遊電地」と仕事上の関わりがあった場所である。

                     

馬車道では、明治初年、旧「横浜町会」の建物として建築され、現在は「開港記念館」(大正6年完工)となっているレンガ建てをじっくりと見てきた。この地で横浜開港150周年イベントが開催されたのは、早や一昨年となったか・・・。

古い建物を見ると心が和む。こりゃ歳のせいかい?説明会の後は、横浜に事務所のある後輩を呼び出し、ビールと食事だけで帰った。(深酒はいかん!)

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今朝は真面目に・・・

2011-01-27 | Weblog

1/27(木) 昨日の朝の二の舞をしないよう、今朝はきっちりと弁当つくりに着手。今日のメニューは、先日延期した「鶏肉と大根・人参・牛蒡煮」と「豚バラ肉とシメジ・タマネギ・ピーマン炒め」。これに、小松菜の胡麻和えとなった。

鶏肉煮に一枚残っていた油揚げも入れる。豚バラ炒めは、仕上げに卵を加えて絡ませた卵とじ風の炒め物に。これで、今日は卵焼きは省略となった。

ご飯は三合炊き、ホカホカの旨そうな飯を見ているうちに、自分用に「オムスビ」を作ることとなった。メンタイコと鮭を焼く。

                   

オムスビで残った、メンタイコと鮭は家人とK君の弁当ご飯の上に乗せた。

                  

My弁当は、オムスビ三個とお菜を娘の小さな弁当に詰めた。それにしても、オムスビ三個は多いな~。

煮る・炒める・茹でると昨日とうって変わった、真面目に弁当な朝であった。

 

昨夜は、新橋にて「八丈会」の新年会。暮の忘年会の予定が、メンバー五人のスケジュール調整が付かずこの日に新年会となった。店は、新橋レンガ通の先にある「舞浜」なる和食の店。

この店の魚が中々よかった(三切れぐらいしか食さないが)。魚が売りの店だそうでランチも良いとのこと。メンバーのT氏の推薦でこの店となったが、小さな店内とは云え、満席であった。

刺身の盛り合わせ、鰤カマ焼き(一つ)、白子(各一)、ソラマメ・谷中生姜・きぬかつぎ(盛り合わせ)に生ビール一杯、焼酎一本(720ml)で一人、6000円ほど・・・。

この後、ソバを食べようと云うことになり信州ソバ店「鬼かけ」へ。ビールを一杯やり、オロシソバを食べた。この店のお通しは野沢菜、これが中々いい。

20年も前になるが、この近くに会社があった。当時はよく通い、蕎麦湯割の焼酎と卵焼きが定番。行者ニンニクを初めて食したのは、この店であった。

K氏の歌舞伎町チャイナクラブの声を無視し、前夜の如く、深夜に及ぶことなく帰宅した。残念ながら「あ・り・さ・ん・歩」は、お休みであった。

 

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あ・り・さ・ん・歩

2011-01-26 | Weblog

1/26(水) 今朝の弁当はなし!残念ながら作る時間を取れなかった。

昨夕豊洲の会社を訪問した。人形町から有楽町一丁目駅までの30分弱を歩く。5時にスタッフと待ち合わせ、私は15分程で先方との打合せを済ませて先に辞去した。

大寒も過ぎ、少し昼間が長くなってきた。が、5時半ともなると暗くなり始める。その暗くなった路を高架の「ゆりかもめ線」沿いに二駅ほど歩いた。始めてのルートである。

実は、ゆりかもめ線の竹芝駅に近いスナックで、JFMA(日本ファシリティーズ協会)の欧州視察団で共にしたメンバーの新年会があった。
(1998年の初夏、スエーデンのヨーテボリ市、ベルリン・ロンドンと巡ったメンバーで、ゴルフ会や忘年会或は新年会と交流が続いている。)

その会場に向かう為、途中の二駅を20分度散歩した次第。豊洲は埋め立て地、対岸となる芝浦や築地辺りかビルの夜景が綺麗だった。

                

真中の写真でオレンジ色に見えているのは東京タワー。右は、豊洲のビル群を振り向いた処。

乗降客が誰もいない無人の二駅目「市場前」からゆりかもめに乗車した。この駅までの一駅間、な~んにも無い空き地、「ここで米を作ったら相当な収穫だな」なんて、くだらないことを考えていたが・・・。

「市場前」、いちばまえ、かと思っていたがシジョウマエだった。ホームのアナウンスで知った次第。そ~か、ここは築地市場の移転予定地なのかと、暫くして合点がいった。

竹芝の店に着くと八人の参加者のうち、半分が来ていた。ビールとヤッショーカ(宏さん流の、赤の安ワインの別名)をたらふく飲む。お開きになったのは22時ごろか。

其処から、何時も幹事役を努めてくれるS氏と銀座に流れた。飲み疲れ、草臥れ果ててのご帰還は深夜であった・・・。無事帰還したとは云え、月面ウォークしていた。

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オムライス

2011-01-25 | Weblog

1/25(火) 今日はオムライスとなった。台所に立つまでは鶏肉と大根・人参の煮物を考えていた。処が、電気釜の中に昨夜のご飯が沢山残っている、これを使うために急遽「オムライス」に変更となった。

鶏肉とタマネギ・シメジ・ピーマン、それにウィンナーを3本刻み炒める。塩・胡椒にソースとケチャップ味付けする。何時もの手順とおりで手馴れた作業。

今日は自分の弁当も含めて三人分である。あっと云う間に出来上がる。他に菜は考えてなかったが、どうも淋しい。其処で、温野菜サラダを付き合せにした。ブロッコリとナタ豆・人参である。

最後に卵三個をオムレツ風に焼き、弁当ご飯に広げて完成となった。が、仕上げにかけるケチャップが底切れとなった。

 

「 あり散歩」

昨日は、日比谷で会議があるMiyamotoと一緒に家をでた。時間が早いので霞が関でメトロを降り、日比谷公園を抜けて日比谷のNTTビルへ向かう。ここでMと別れて、泰明小学校前の「みゆき通り」から銀座通りへ。

銀座通りを京橋方面に向かい、中央通り(銀座通りが京橋を越すと中央通りか?)日本橋、三越前へと至った。三越前を右折し、昭和通りを越えて暫くすると会社に着く。一時間ばかりの散歩であった。

駅の数からすると、霞が関を起点に日比谷~銀座~京橋~日本橋~三越前と五駅となるが、距離にすれば4km程であろう。

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お手軽弁当

2011-01-24 | Weblog

1/24(月) 今朝は弁当作りを止そうかと思っていたが、起きてみると日課の行をしないと落ち着かない。甚だお手軽ではあるが、弁当二つを用意した。

お菜は、豚肉とタマネギの炒め物、アスパラのバター炒め、卵焼き、以上である。ご飯は昨夜の残りを使う。K君は土佐風五目すし、家人は白飯である。ご飯の上には味付け海苔と云う、イージさがお手軽さを象徴している。

                   

昨夕、広島から後輩のMIYAMOTOが上京。ご丁寧に牡蠣まで送ってきた。家人は朝から後楽園の世界キルト展を見に出かけ、晩飯は私が作ると宣言していた。

午後、散歩がてらに買い物をしてメニューを決めた。先ずは「土佐風の五目すし」魚は「マグロの大トロ」、吸い物と白ワイン蒸用に浅蜊、蒸し鰹の甘辛煮、最後にMが送ってきた牡蠣のフライと焼き牡蠣。

                    

調理を始めていい加減に飽きがきた頃、家人が帰宅。牡蠣料理は家人に任せて、Mとビ-ルを飲み始めた次第・・・。牡蠣はフライとレンジで蒸し焼きとなったが、電子レンジを使った蒸し焼きが好評、牡蠣は嫌いだと云う次女までが旨いと食していた。

五目すしの上は鮭を散らした

そういや、昨晩は珍しく長女・次女もおり家族全員が揃ったか?否、三女がバイトで出掛けていた。人数が多いと、一人ぐらい居なくても分からんのだ・・・。

今日の弁当が何故二人前かって?理由は簡単。Mが泊まっているので、彼に付き合い朝飯を喰う。となれば普段はまともに食べないので満腹となり、昼は要らない!風が吹けば桶屋が儲かると同じような理屈か?

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懐かしき場所

2011-01-22 | Weblog

1/22(土) 昨日、午後遅くに赤坂溜池に在る会社を訪問した。アポイントの時間まで余裕があるので、会社から途中まで或は訪問先まで歩くつもりで会社を出た。

三越前から日本橋の手前を西河岸橋に至り「延命地蔵寺」に参拝。この寺は新派の舞台「日本橋」に縁が深く、物語に纏わる絵が奉納されているとか。

ここから一石橋を往復して外堀通りを有楽町へと向かった。数寄屋橋交差点からJRのガードに向かって歩く。ガードの手前からガード下は居酒屋。手前にある焼き鳥店「歌」は、日比谷に勤務した頃よく通った。

当時、私は職業人としての行末で悶々とした日々を送っていた。この時代、何時も相手をしてくれたのが相棒の宏さんであった。落ち合う先の合言葉は銀座のクラブ、そしてこの「歌」で安酒を飲む日々であった。バブルが弾けた頃のことである。

                        

                      「歌」            「ガード下の通路」

狭いカウンターか、店先に張り出して設けるビールの空き箱のテーブル。焼き鳥を齧り、安酒を煽りながら、どんな話をしていたのか・・・。店の人とも、すっかり顔馴染となっていた。

ガードを潜り日比谷シティへ。このビルの裏通りにあった「日比谷バー」も私のお気に入りであった。一寸した隠れ家風の雰囲気があり、良く飲んだのは「ギムレット」や「ブランデーのソーダ割」。つまみはチーズや野菜スティック。そんなことを思い出しながら歩いていると、約束の時間が迫ってきた。

新橋からメトロに乗り溜池へ。この会社で30分程ヒヤリングをして用件は終わった。そして日枝神社の前から乃木坂通りを乃木坂へと向かう。二週間ぶりとなるか、宏さんと吉祥寺で会うこととなっている。渋谷に出るので、途中まで歩こうと云う算段。

乃木坂通りを15分程で外苑東通りに着く。この角が「乃木神社」で、その上外苑東通りに面して旧乃木邸である。夕刻となり乃木邸の門は閉まっていた。女性が二人、門の前で中を覗きこんでいた。写真を撮ろうとしていると訊かれた「ここは何ですか?」

「乃木大将の旧居ですよ」と応えたが、乃木大将を知らないと云う。「日露戦争の時の陸軍大将ですよ」と教え、それ以上に詳しくは伝えなかった。もう少し詳しく教えれば良かったか・・・。

吉祥寺で宏さんと一杯やるため気が急いていた。それにしても、それほど若くは見えないお二人であったが乃木大将を知らないとは・・・これも時代か。

外苑東通りから青山通りの「青山一丁目駅」に至る。ここからメトロで渋谷へ出、井の頭線で吉祥寺へ。駅前のハーモニカ横丁にある焼き鳥屋に着くと宏さんがカウンターで飲んでいた。私が横に座っても暫く気が付かない処が可笑しかった。

この店の焼き鳥は旨い。旨いばかりでなく勘定も安い。空いているなと思って暫く飲んでいると何時の間にやら店が満杯となっていた。遅れて、H女史が到着したが、席がないので出る。

その後、餃子とラーメンの店を探して横丁をウロウロ・・・。気が付いたのは「つけ麺」の店がやたらと多いこと。通りを越して漸く、餃子とラーメンの店を見つけだした次第。

 

 

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オムスビなど・・・

2011-01-21 | Weblog

1/21(金) 今日の弁当はオムスビで簡単に済ますつもりで米三合を炊いた。炊飯器に昆布と塩・酒を少し垂らして味付けご飯にしてみた。

オムスビの具は「メンタイコ・おかか・チリメンジャコ」の三種。チリメンジャコは土佐湾・安芸の海で捕れたものである。メンタイコは勿論、福岡産。

準備をすると余にも簡単で物足りない。ついつい菜作りを始めてしまった。小さな大根と生揚げ、ナタ豆、半端に残っていた椎茸と油揚げの煮物。それとオムレツ風卵焼き(シメジとタマネギを刻んで炒めた)である。

オムスビを作り、菜が出来上がった。残ったご飯とチリメンジャコを混ぜた「ネコまんま」オムスビにしようかと思ったが、気が変わり自分の弁当ご飯に使うこととなった。オムスビの残りの具も弁当に詰めた。何ともはや、ボリューム感のある弁当が出来上がった。

                    

オムスビが都合七個、家人と小僧に二個づつ、K君に三個の配分となった。

 

さて昨日の「あり散歩」だが、予定が大幅に狂った。

午後、豊洲にある某社を訪問のため人形町から新富町駅(有楽町線)まで歩いた。前日の築地に至るルートと同じ、八町掘駅と築地駅の中間が新富町駅である。

帰りは豊洲から人形町まで歩く予定でいた。処が、訪問先の会社で打合せや他の案件を話しているうちに、具体的なビジネスの進展が見えてきた。この調整の為に急遽、目黒にある代理店と話をすることとした。散歩を諦めてメトロで目黒へ・・・メトロでの帰社。

夜は神楽坂にて昔一緒に仕事をしたM、Tの両氏との懇談。ここに向かう一駅、人形町~茅場町間を歩き、茅場町駅から東西線にて神楽坂に至った。

神楽坂では居酒屋「甲州屋」にて待ち合わせ。一度、M氏に誘われて行き、甚く気に入った店なのだ。

両氏は既に到着して飲んでいた。昔話や噂話、与太話で盛り上がり酔っ払う。仕事らしき話も少々。

甲州屋と云う名前どおり、甲州の産物がメイン?昨夜は最初から最後までワインで通した。三時間近い懇談であったが、菜はサラダを少し、馬刺しを数切れ食すのみ。これが仇となり、帰宅して飯を十二分に喰ってしまった・・・。

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炊き込み御飯

2011-01-20 | Weblog

1/20(木) 今朝は、炊き込み御飯で弁当とした。何に仕様かと考へて思い掛けない解がでると愉しい。それが手軽に作れて、なお、面白い味わいとなればベストである。

今朝のメニューはベストとは行かないかもしれないが、冷蔵庫の在庫を考えれば相当に愉しいものとなった。

メインの具は「ホタテ」、これに刻んだ椎茸・シメジ・人参・油揚げが加わり、昆布・塩・醤油・酒を適宜投入。後は、水加減次第である。そして40分待って炊き上がる。

さて、出来上がりだが、香り由、色よし、ご飯の蒸れ具合更に由。よし良し由のよしこさんであった。

今日はメインが炊き込み御飯なので、他の菜は控え目にしてもらった。スナッピーの米の研ぎ汁茹で、冷凍シューマイ、卵焼きを添える程度で完成。

定番卵焼きだが、昨日のリベンジで今日は慎重かつ繊細に焼く。余所見しない、卵焼きに集中した。滅多にやらないが、具入り(ジャコと刻みネギ、味醂)の卵焼きである。味見はしていないが仕上がりは上々であった。お昼が楽しみだ・・・。

 

 あり散歩

昨日の「あり散歩」は、昼の部が人形町から築地までの三駅(約3km)と夕方の部が人形町から大手町への約1kmであった。歩行時間も計、1時間と1km/15分の標準ペース。この歩行ペースは、途中信号待ちなどもあるので致し方なし。

靴底が減らぬよう、なるべく足を上げて歩いた。(何ごとも努力、努力あるのみ)

築地は、友人がここに事務所を構えており訪問。暫しの情報交換と云いたいところだが、たわいない年明けの雑談である。

夕方は、渋谷「奈加野」にてクライアントで、かっての勤務先である某社のメンバーとの新年交換会に向かう為、半蔵門線を一駅歩いた次第。

奈加野では、後輩達、そして会社のスタッフも加わり愉しいひと時を過した。

              

元キックボクサーのS君も、ネクタイなんぞを締めて大会社の社員らしい雰囲気である。一方当社のメンバー・・・どう見ても、貧乏・ビンボーにしか見えないところに味わいがある?そう思いませんか?

 

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失敗だ~

2011-01-19 | Weblog

1/19(水) 今日の弁当作りは失敗つづき。揚げ物をしながら卵焼きを作っていたら焦がすは、揚物は温度を低くしすぎてベッチョリになるわで散々であった。

まあ~こんなことは日常と云えば日常のことか・・・。

本日のメニューは、「エビの天ぷら」と「里芋の煮付け」「牛蒡と人参・椎茸のキンピラ風炒め」そして、定番の卵焼きである。寒ブリの腹があったので、おまけで照り焼きにしてみたが・・・。青物がないのでスナッピーを素揚げにする。

このうち、二品を失敗するとはこれ如何に、であったが、食べれないことはないので家人とK君には我慢をしてもらう。
卵焼きは、昨晩K君がふんわりとして美味しいなどと嬉しいことを云うので、ついついその気になって作ったのだが、Kの信頼を失ったか・・・。

朝から、乗りの悪いスタートとなってしまった。

さて、昨日の散歩であるがたいして歩けなかった。目黒から恵比寿、三越前から人形町へとたったこれだけ。予定では、夜、三越前「コレド室町」でW氏と食事・酒の後、銀座辺りまで歩くつもりでいた。ところがシャブシャブを食べ過ぎて歩く気にもならず、会社に一旦戻った。

会社を出た時は、既に22時を過ぎ。止せばいいのに隣のソバ店「高松」に客が一組居残っていた。ついフラフラと立ち寄り、四方山話をしながらハイボールを3~4杯馳走となった。最早、歩けるはずもなく、家に帰り着くと24時を過ぎていた。

晩飯の食べ過ぎ、アルコールの摂り過ぎが、今朝の弁当失敗の一因かも?

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あり散歩

2011-01-18 | Weblog

昨日1/17(月)は三日分の散歩と行きたかったが、侭ならず合計80分程の散歩。

朝は弁当作りで時間に追われて歩けず。午後の営業訪問で一寸早めに会社を出て歩く、次の訪問先に向かって歩く、最後に帰社で一駅分を歩くであった。

先ず、神谷町駅から浜松町の先にある訪問先へと御成門・大門の駅を横目に35分歩いた。着いた時は汗が引かず困った。ここで45分ほど話を聞き、其処から虎ノ門の訪問先へと歩く。

ルートは、国道1号を新橋方面に向かい、途中から御成門方面に左折。外堀通りを日比谷方面に向かって田村町交差点を左折。思ったより時間を喰わず、30分程の行程。しかし、途中から足裏が痛くなる。

原因は、靴の中底に貼ってある水虫・臭い防止の小さなパネル。こいつを一年以上前から貼ってあるが、この所為で私の靴下は穴だらけとなった。穴の空いた靴下から足裏の皮膚がパネルにあたって痛み出したのだ。水虫の効果は知らず、靴下だけは確実に使い物にならなくなっている。

虎ノ門の訪問先で落ち合い、同行したU老分に足の惨状を見せて笑われる。虎ノ門から銀座まで一緒に歩き、銀座の「ユニクロ」で三足990円の靴下を買って帰社となった。

世の中なかなか上手くは行かんものだ。水虫対策で靴下を失い、足裏を傷めるとはこれ如何に・・・。

 

処で、この日の弁当だが「掻揚丼」と寒ブリの照り焼き、卵焼きであった。

             

掻揚は、小エビ・ホタテとタマネギ・牛蒡・人参。折角の掻揚丼だったが、昼に食す時間が取れず、16時半訪問先から戻っての遅い食事となった。このお陰で、夜の食事は不要。何とも効率の良い一日ではある。

 

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