オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

膝が・・・

2013-08-29 | Weblog

8/29(木) 昨日の午後、三件の訪問予定があり、ランチの「スープカレー」を大急ぎでYoshioと食した後に外出した。その頃から右膝の様子がおかしかったのだが・・・。

目黒から浜松町と雑談や挨拶で廻り、最後の訪問は17時、品川にある某社に伺った。何となく動きが悪いがそれほど極端ではなかった。

移転して間もないと云う綺麗なオフィイスを見せてもらい、社会貢献活動に関心があるという初対面の若い課長代理の方と言葉を交わす。旧知の部門長、S氏と三人で新橋に向かった。

その頃から、右膝の具合が悪化し歩くのが不自由になり始めた。新橋の肴なの美味い店を紹介してもらい、そこで懇談となった。生ビールと冷酒をやり、話が盛り上がった。もう一軒、姉妹店に向かった。

二軒目で、ハイボールをやりながらも抑え目にしていた。肴は冬瓜の餡かけと鮎開き。店のカウンターの上に綺麗に開いた鮎が載っていた。何処の鮎?と訊くと「那珂川産」とのこと、これを注文した。

                          

鮎の開きは立派ではあったが、味の方は残念ながら私の舌を満足させなかった。鮎についてだけは煩いのだ。

頃合いとなり、エレベータで下り外に出た。処が、右膝の痛みで歩けない、歩けないのだ・・・。参ったね~。結局、車での帰還となった。(霊柩車でなくて幸いか?)

 

  ヘレン・ケラーさんだ!

帰宅後、膝に湿布を張った。夜中、咳と鼻水に悪い夢と重なり目覚めた。膝の方は、回復の兆しなく動かすと痛い。これじゃ、三重苦のヘレンオジサン状態。眠れもせぬままに朝を迎えたのであった。

痛む足を引きずりながら、朝のスムージーだけは作った。トマト・モモ・レタスのスムージだったが、案の上レタスの香りがして美味くないのだ。弁当を作る気力なし・・・。

                           

今日の午後、取材対象として何度か挙げてきた「中村 哲」さんの講演会を聴きに行く。中村さんは、パキスタン・アフガンで井戸を掘り、水路の建設をしている医師である。漸くこの方の話を生で聴くことが叶うのだ。元気よく歩きたいよ・・・。

然し、足が不自由になったので歩くのに時間を要す。笑えるような歩みしかできない、痛む。ジムですっかり回復したと思っていたのは、何だったんだ?

幼い頃、関節炎を長く患い苦しんだそうだが(この記憶は幸いにも消えている)、その再来のようなものか?いや~加齢で膝がすり減った、と云うのが真相か?。家人と長女の医療従事者は後者の説を唱える。

艱難辛苦、吾に与えたまえ。なんていう高邁な精神は持ち合わせていない、早く良くなってほしいものだ。今夜は、今月で退職のBINの送別会、明日は大兄との鮎を喰う会、と忙しいのだ。爽やかな気分で飲みたいではないか・・・。

 

 

 

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ジムだぜ・・・

2013-08-28 | Weblog

8/28(水) 今朝も涼しかったな~、窓を開けて寝るので明け方には肌寒いぐらいだった。その所為か、喉がガラガラしてきた。(カラオケじゃないぜ、決して・・・)

今朝はジムに行く気満々、弁当作りに見向きもせず家を出た。台所に向かわない私に、家人が「今日は、散歩?」と訊く。ジムジム、と返した。大した運動をしている訳じゃあないが、マシンなど相手に一時間程を遊ぶ。それだけのことながら、達成感がある。

この前から気になっているのが『水天宮』さん。安産・子育て、日本橋七福神もある社殿が人形町通りと新大橋通りのクロスする角に在る、在ったと云うべきか?その社殿が、私が通うジムの手前の角に出現。あたかも仮社殿そのものだが・・・。本、社は改築でもしてるのか?最近はあっち方面に出没していない。

                          

仮に仮社としようか、ジムのある浜町公園に向かう通りを挟んだ左側が明治座。今は黒木メイサ主演で『巴御前』なる出しものが掛かっている。不明にして、メイサなる役者?は知らなかった。

                          

                            右水天宮・左明治座

明治座の来月は『石川さゆり』が出演とある。この方はよく知っています。数年前になるが、、K大兄にご招待を賜り舞台を見た。面白かったよ。その後、カラオケで津軽海峡や風の盆恋歌などを真似たが、敵わなかったのだ。

余計なことを書いたが、通りを渡る風も爽やか。いい気分でジムを終え「甘酒横丁」を通って会社に向かった。大した横丁でもないが、古い町だし明治座に向かう通りでもあるので、名所になっている。

朝の甘酒横丁は人も少なく、商店が開き始めたばかりである。ベッタラ市の時に生ビールを頼んでいる酒屋が開いていたので、早々と10月19・20日のベッタラ市で使う生ビール二樽を予約した。

                          

                             朝の甘酒横丁

ジム通いで右ひざの調子が良くなったと思ったが、会社にくると右膝が思わしくない。調子に乗って、負荷を掛け過ぎか?これじゃ角を矯めて牛を殺すだぜ・・・。

 

昨夜は、某社の若い方と渋谷「奈加野」で一献。弊社の担当窓口で、お世話になったが担当が代わった。そこで御礼の意味も込めての懇談であった。二次会は、TOKIOも行ってみたいと云う、缶詰BARとなった。

奈加野の店主が足元をみやがって、値が張るものや、売りきりたい魚の押し売り攻勢。何時ものことだ。だが、一品だけ箸を付けたエボタイ焼きは最悪だった。『おやじ、こりゃないぜ」と、文句を付けた・・・。

今夕は二十年ぶりとなるか、総務部時代に一緒だった某氏を会社に訪ね、の後、懇談の予定である。スタッフも加わるとのことなので楽しみである。若い人と飲むのはいいものだ。

 

 

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今朝は弁当だぜ!

2013-08-27 | Weblog

8/27(火) 昨夜の激しかった雨も上がって秋風のそよぐ爽やかな朝。今朝は端っから弁当を作る気でいた。と云うのも、9時半に渋谷の某社を訪問するスケジュールが入っているので、出勤途上でジムに立ち寄ることができないのだ。

6時過ぎに台所に立ち、先ずは飯を炊く。今日のメニューは「稲荷ずし」である。冷蔵庫の中で長らくレトルトパックの「稲荷揚げ」が待機していたのだ。

飯が炊き上がる間に菜を作る。「鶏肉の香草炒め」と「豚肉と茄子の味噌炒め」の出陣が決まった。メインはこの二品だが、雑兵としてポテトとベーコンのバター炒め、ゆで卵を添えることにした。

                     

オクラや人参、インゲンなどが彩を添え、ニンニク・塩胡椒・ローズマリーや白ワインetc で味付けをする。稲荷ずしの酢飯は、何時もの『てまいら酢』と金胡麻が入っただけである。

かくして、10個の稲荷ずしが完成した。女三人の弁当なので、三個余った。今朝のスムージーは止めて、稲荷ずしを一つ食す・・・ウ~ン、美味い!

                       

爽やかな気分で外に出ると、「くわず芋」の小さな花が幾つか咲いていた。秋風と共に花つきがよくなった。 

 

                      

くわず芋は、昨年の芋種が残っていたのが今年も伸びたものだが、今年植えた夕顔も瓢箪もサッパリ駄目、くわず芋の蔓だけが元気である。

思いもしないところから、元気な芽がでる。仕事もこうであるといいのだが・・・・。タネを播かなきゃ芽を出さず、芽がでなきゃ花咲かず、と云うことだが・・・。

 

 

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ジムの予定が弁当に・・・

2013-08-26 | Weblog

8/26(月) 今朝は出勤前のジムに行く予定が、何時の間にやら弁当作りに替わっていた。昨夜、冷蔵庫の中の豚小間肉をみたのが良くなかったようだ。

五時ごろに目覚め、あれやこれやと考えているうちに、豚小間が脳裏に浮かんだ。「あれはやっぱり、生姜焼きがいいな」なんてことを思い、弁当を作る気になったのだ。食い気に負けた・・・分かり易い性分である。

そんな次第で、台所に入った。一品は豚小間の生姜焼きで決まっている。これに、ピーマン・人参・ネギ・シメジの野菜軍団が加わり、仕上げ段階でフライパンで合コンとなった。

                           

後の菜は煮物と定番の卵焼きとなる。煮物は根菜(大根・人参)&鶏肉で仕上げにトロミを付ける。卵焼きは、出汁巻風にする。

                       

以上で三人分の弁当となった。私の朝食、スムージーはトマト・モモ・小松菜に人参が少々入った。

                

お味の方はいま一つ、ミキサーがよくないので・・・こいつの所為か?

 

 週末の土・日とも午後から出社となった。某社に提案するPR誌の企画を検討するためであったが、一向に捗らない。土曜日だけで終える予定が、翌日も会社に出る破目となった。

尤も土曜日は、次女の誕生祝をする予定や、ジムに立ち寄る計画もしており、短い時間しか会社にはいなかった。夕方、浜町公園内のジムに行くと、中央区夏祭りの最中で公園が賑わっていた。

日曜日、夕方になって漸く目途がついた。駅に向かう途中、BAR「ローカーボ」の灯りが点いていたのでドアを押した。マスターを相手に、ハイボールとギムレットで喉を潤して帰宅となった。

 

 

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ランチはハンバーグ

2013-08-23 | Weblog

8/23(金) 週末の金曜日、今朝はジム通いはお休みとし弁当を作る。予定外の行動だが、決まりきった行動よりは意外性?があってよろしいのだ・・・・。

相変わらず冷蔵庫の食材が乏しい、冷凍の唐揚げがあったのでこれをレンジで温めて一品が決まった。当初は鶏肉のハーブ焼を目論んでいながら、お手軽な方に走った。

次いで「小松菜とシメジの胡麻炒め」と「卵焼き」に着手する。卵焼は刻みネギとエビを入れて趣向を変えてみた。最後にむき海老の天麩羅でお仕舞とした。

                           

お弁当のご飯に海苔を二段に入れた「海苔弁当」にしてみたが、どんなものだろうか?何時もどうりに三人分である。

                           

弁当が終わり、台所仕事の仕上げはスムージーである。トマト・人参・セロリに小さなミカンをひとつだが、美味しいスムージーとはいえなかった。

                           

 

 -閑中、閑あり-

家族の弁当のことはさておき、私のランチは「ハンバーグ」であった。午前に友人のT物産社長のO氏と会うことになった。最近の待ち合わせ場所としている、Mデパート前で落ち合った。

O氏は時々面白い飯処を探してくる。以前には某デパート地下のイートインコーナーのスキ焼き、これは一番安いのが350円ぐらいだったか、これを食べる。またある時は、牛肉専門レストランのお値打ちランチとの触れ込み980円とか・・・。安くて量、コッテリ系が好みのようだ。

一緒に旅行や出張をしても、入りたがる店はチェーンのファミレスだったりと、私とは趣向が異なる。O氏にすると、何処で食べても同じ味なので安心とか。嫌だよね、何処で喰っても同じなんてものは?私ならそう思うのだが・・・。

その彼が、行こうという今日の店は、ハンバーグを喰わせる店だとのこと。何でも、以前にとおりかかった時に行列ができていたとか。その店に行こうとのことである。

私は、昼飯はなるべく抜くようにしている。偶に喰うのは「びっくりウドン」(関西風の味)が一番多い。この店は三越前の近くにあり安くて旨い、掛けウドンが220円(立ち食い)なのがいい。同行するのは病気療養となったYOSHIOかAKAGIの貧乏軍団である。そして稀に、吉野家で280円の並牛丼となる。安さと云う点では、O氏に引けを取らないようだ。

今日のハンバーグは幾らなんだ?O氏が探してくる店で高い店はないが。味の方もあまり期待はできないだろうと、後に従った・・・。小さな店であった、時間が早いので先客は一人だけ。

ハンバーグ専門の様子で、トッピングでチーズや卵・トマトなどが載るようだ。ソースは、何種類かあり選べる。ご飯の量は大・中・小から選択するが、お値段は一緒。私達は、デミグラスソースのハンバーグを注文した。ご飯は小で、トッピングなどは付けない。それが下の写真である。

                              

                                食事途中での写真

お味の方は、期待どうりに何の変哲もなく平凡。お値段はO氏選定の店にしては1000円と張った。ビックリうどんなら4.5食分、吉野家なら3.57食べてお釣りがくると弾いていた。貧乏な私であった。

店を代えて、コーヒータイムとなる。この店がまた、超レアな店でシンプルだが、O氏は満足げにタバコの煙を揺らめかしていた。

どんな話をしてるかって?それや勿論、日本経済の行方から個別の業種毎の景況分析、長期金利の動向と、経済から政治に至るまで、森羅万象について意見交換をするのですよ・・・、なんちゃって!

                              

写真のO氏も、なかなか真剣な表情をしていると思いませんか?借入金の金利について、大企業と中小企業の金利差について憤慨しているのかな?(こんな記事で写真乗せたら怒るかな・・・)

 

 

 

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武島一鶴先生、ご逝去

2013-08-22 | Weblog

8/22(木) 昨日、日本研修センターの代表をされていた『武島一鶴先生』が7月28日逝去されたとの通知を頂いた。ついては、9月12日の午後、先生が学ばれた上智大学「聖イグナチオ教会」においてミサを執り行うとのことである。

先生は、数年前に病を得たが、車椅子で研修を行ってるとの便りを頂いていた。つい一月ほど前に、その後の先生のことを思い浮かべたのだが・・・。気になりながらも、お見舞いもしないままに時間が経った。

私が先生に出会ったのは、平成八年五月のことである。その春、上野通信機器営業支店長として着任したが、その新任支店長研修の講師が一鶴先生であり、四泊五日に渡りご指導を受けた。

先生は上智大学神学科を卒業され、神父になられた後、40歳近くになって教会を出られて結婚、研修講師の道に入られたと記憶する。

研修では、小さな体ながらパワフル・パッションに溢れ、哲学に基ずく研修内容には教えられることが多かった。当時、NTTの幹部にそのファンが多かったのも頷ける。その後、自分が研修関係の責任者となった折には数多の管理職を先生の研修に派遣した。

そんなご縁からか、サラリーマンを辞めた後もご厚意を頂き、当社にお立ち寄りくださったこともあった。

先生は人間としての生き方、原理・原則、哲学を教えておられた。先生の教えが日めくり的に記された小冊子「冒険の旅」がデスクに在る。これからは、更に大切にしなくては・・・。

                       

                      冒険の旅            第三週・木曜日のページ

74歳の折には、南アフリカ・ヴィクトリア瀑布の111mのバンジージャンプにも挑戦されたほどのお元気であったが・・・81歳で幽明を境にされた。

                          

                         ジャンプ!(冒険の旅、裏表紙)

先生の教えの中で特に好きだったのは「私がやります。責任は我にあり。」と云う言葉。また、「問を発せず答えを発せよ」などと教えられた。

17年前の研修所初日、ポケットに手を入れたりすると手厳しく叱られたこと。研修メンバーが出会って一日しか経ってないのに、一人ひとりの「好ましい点・気になる点」を、何十項目を書き出したことが懐かしい。

研修から戻り、自分のことが書かれたその模造紙を肴に、食堂で課長さん方と一杯やったことが思い出される。

もっともっと、先生と厚誼を重ねればよかった。もっともっと先生の生き方、人柄、酒の飲み方からゴルフ、あらゆることを吸収しておけばよかった・・・。

先生がよく立ち寄ると言われていた、柏駅近くのすし屋辺りに出没すれば可能だったろうに・・・。ご逝去の報に接し、そんなことを思う。

 

一昨日午後から体調不良、夏バテ?お酒の量は控えているのだから、アルコールの所為ではないだろう。暑気当たりかな・・・。

会社のベランダにある鉢。YOSHIOがトマトを植えて大失敗した鉢に、吐き出したスイカの種が、数本モヤシのようにひょろひょろと芽をだした。

先の方が双葉になりつつあるが、何処まで成長できるやら。せめて、YOSHIOが出社して来る日まで、元気にいろよ!

                            

 

 

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満月

2013-08-21 | Weblog

8/20(火) 昨日、十日振りにジムで体を動かした。一時間ほどの軽めの運動ながら、疲れてしまった。体力の衰えは覆い難いと実感する。そんなことで、今朝はジムに立ち寄ることを断念し、替わりに久々の弁当作りとなった。

今朝の弁当は「オムライス風」、菜は「焼き鯖」と「万願寺・蒟蒻・長芋・油揚げの煮物」、「グリーンピーズの卵とじ」である。冷蔵庫の乏しい食材の中から取り出した品々で何とか仕上げた。

                        

同サイズの弁当が並んだが、左から大・中・小の量となっており、長女・家人・三女の食欲にマッチしている。

今朝のスムージーは、温室ミカン・バナナ・セロリであった。疲れ気味の体をミカンとバナナの甘さが、セロリの爽やかな香りが癒してくれた。

                            

昨夜は、池袋にてK大兄に会い一献交わした。落ち合あったのは何時もの「野武士」、素敵な女性を伴って現れた。大兄の女性同伴には初めて出会った。気さくな女性で、一緒にカラオケなどに興じながら焼酎ロックを呷っていた。

私の方は、ジム疲れで焼酎の吸い込みも今ひとつ。夏バテか?


大兄は逞しく日焼けしており、人生に何の屈託もない様子。熟年の理想的な生き方である。ただ、ゴルフの方の進歩は捗っていないようだが・・・、一つぐらいは下手なものがある方が可愛い。

                            

                            幽霊?それともニャンコのマネ?

池袋で愉しいひと時を過ごし、ねぐらの在る学芸大学に辿り着いたら腹が空いた。無性に蕎麦が喰いたくなった・・・こう云う状況は酔いが脳に廻った証拠。回線がショートして歯止めがきかないのだ。

                            

されど、時刻は23時40分に鳴ろうとしている。蕎麦屋が開いている時間ではない。暫し考えたところ、あった。開いている店が浮かんだ。東口商店街に立ち喰い蕎麦屋があるのを思い出したのだ・・・。

開いてました!。勇躍、掻揚げ蕎麦を注文し、食べました、喰いました、かき込みましたよ。380円也の立ち食いソバに満足して帰る道すがら、頭上を見上げると叢雲の中に満月が浮かんでいた。

               

昨夜は線路を挟んだ西側、今宵は東側を歩いている。相変わらずのピントボケながら、雲の切れを狙って撮ろうとするが上手くいかない。

                         

今夜は日付変更線を越える前に帰着できた。しかし、こんなに遅くに喰っちゃいかんだろう・・・、一応は反省

 

 

 

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月輝き

2013-08-20 | Weblog

8/20(火) 相変わらずの酷暑の中、昨日の午後に入院中のYoshioを竹ノ塚の病院に見舞った。病院に向かうために駅前からのバスに適当に乗車した。処が、前回とは違うコースに曲がって進む。慌てて下車したが・・・。

暑いのでバスに乗ったのに、これじゃ同じことだったとがっかりしながら暑い日差しの中を病院方向に歩いた。と、見かけたような建物があった。

NTT竹ノ塚ビルだ、この建物には現役のサラリーマン時代に何度か訪れている。このエリアを担当する通信機器営業チームの拠点があったのだ。此処には誰かが運転する車で行ったので地図が頭に入っていない。十五年も前になる、往時のことが思い出された。

暑い最中だったが、バスを間違えるのも悪くない・・・。病室に行くと、丁度ドクターと話をしているところだった。漏れ伝わる内容から、退院日程のことの様子・・・。

未だ食事はお粥だそうだが、水曜日に退院できる運びとなったとのこと。早くも今週末には会社に顔を出したいと言うので、自宅で体力を回復してから出社するようにと伝える。

ジュースを飲みながら倒れた時の状況などを訊く。トイレの中で意識不明となり倒れたとのことで「人がバッタリ倒れる状況がよく判りましたよ。頭から、バタッと行くんですよ。暫く首筋が痛かった」などと話す。『脳味噌が軽くてよかったな、俺ぐらい脳が詰まって重いと大怪我だぜ!』と、混ぜっ返した。

                        

そんな冗談が云えるぐらいに元気になっていた。本当によかったよ。なにしろ、胃の出血で、血が半分近く流れたといわれたそうだから。

 物産展

竹ノ塚駅前のスーパーで、分葱・ニンニク・大葉を買って帰社する。お盆明けのこの日、終業後に物産展を社内で開くことになっていた。田舎から送った「鰹タタキ」用である。

19時前から準備に入り、タタキ用にネギを刻み、ニンニクをスライスする。先週初めに、富山から届いた蒲鉾なども切る。蒲鉾は、四月に取材で訪れた富山のOGが送って下さった。

茨城が郷里のAKAGIは、何時ものベーコンを持参した。先の東北物産展で贖い、冷凍で置いてあった〆鯖・焼きアナゴなども並び、ワインやビールでの物産展となった。

程々に物産展を切り上げた後、U老が隣の「高松」に寄りたいとのことで、ここででハイボール。駅に向かう途中の「ローカーボ」に下車、独り淋しそうに居たTOKIOを相手に定番となったフローズンダイキリとギムレットを飲む。貧乏オヤジは、TOKIOに一杯ご馳走になったのだ。

                           

学芸大学駅に着いたのは、零時に近い頃。酔眼朦朧なれど、夜空に浮かぶ月が綺麗だった。カメラを取り出して写そうとするが手元定まらず・・・。満月か?

                         

 

今朝のベランダに朝顔が一輪。とっても小さい花だが、この小さな今年の朝顔をYOHSIOは見ることがないだろう。これが最後の花のように思う。昨日の見舞いの折、前に撮った朝顔を見せてやると「咲いたんだ!」と、喜んでいた。

                        

葉と花を比べると、その細やかさがよく分かる。

 

 

 

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新盆も終え・・・

2013-08-19 | Weblog

8/19(月) 例年なら、今週末辺りから夏季休暇を取るのだが、亡父の新盆のために先週一週間を休暇とした。そんなことから、今朝は久々の出勤となった。

出勤前にジムに立ち寄って一汗流そうと、早めに家を出た。着替えなど一式を持ち、人形町駅から浜町公園内のスポーツセンタに向かう。相変わらずに暑い・・・ジムで流す前に大汗となった。

公園の入り口に辿り着いて「待てよ、確か今月の休館日は19日だった」と、思いだしたのだ。何なんだよ一体、邪魔な着替えを持ち、汗を垂らして歩いたのは・・・。大した呆けオヤジ振りであった。

しょうがない、時間も早いので会社に入る前に喫茶店で一休み。汗が引くのを待ちながら、アイスコーヒーを啜りながら本をめくったのであった。休暇明け早々から、大頓馬なオヤジである。

先週の高知も連日の暑さ、雨が全く降っていない。田圃や畑もおお困り、我がミカン畑では雑草も伸びていなかった。これはこれでいいのだが、樹木が弱っている。

                         

川の水量もすっかり少なくなり、名物の鮎の生育も止まって小ぶりのようだ。

                            

スイカや瓜は、少し熟してくるとハクビシンであろう、すっかり食い尽くされていた。この害獣に目を付けられると無残なものになる。南瓜だけは喰わないが、甘味のあるものは全滅にされる。

                     

毒でも盛ってやりたいのだが、それも面倒なのとお盆なので諦めるしかない。

14日、真言宗豊山派北寺の宗圓住職が来て「新盆供養」をした。この田舎でも、地域によって供養のスタイルが異なる。水棚を用意し、そこに位牌を入れて供養するが、この飾り方なども地域により違うそうだ。

               

何しろ初めてのことなので、葬儀屋に聞いたりお寺に問い合わせたりと、なかなか事が進まなかった。昼前には親せきなども来てくれ、供養の宴となった。この暑さでは、来てくれる方も大変であったろう。

何とか新盆の供養を終え、16日の夕刻には送り火を焚き、しきびと茄子・胡瓜の供え物である乗り物を持って、霊を墓に連れて行ったのである。この後、回り灯籠や提灯を仕舞った。

 花火

 郷里で過ごす最後となるこの夜、隣町の夏祭りで花火大会があるとのこと。初盆で来た長女が娘(二歳)に見せてやりたいというので、初めて夜道を運転して祭りで込み合う会場へと向かった。

祭り会場のグランドでは「よさこい踊り」が繰り広げられ、祭り気分を盛り上げていた。しかし踊り手たちの動きで砂埃が凄い。離れて上手くもない踊りを眺める。八時となり、港で花火が始まった。

生の花火を眺めてから、遥かに年月が経つ。ドーンと云う音、夜空に開いたとりどりの模様と色に、過ぎ去った日の神宮外苑の花火に重ねてみる・・・。あの日も暑い夜だった『遠い日や 夜空に描く 走馬灯』

帰り車が込み合う前に会場を後にした。運転の方は、程々。ぶつかることもなく、溝に嵌まることも川に落ちることもなく帰り着いた。

 鮎

今年は雨が極端に少ないので、安田川の水量も細っている。鮎の方は、最長が遅く小ぶりであった。それでも、親戚や従兄弟が捕った鮎を頂いた。羽根川という近隣の川で従弟のKATUOが山のように鮎を突いてきた。

羽根川ではモリで突くのが解禁となり、先週には300匹も捕ったそうだが、河原でバーベキューをするこの日、100匹ほど突いてきた。従兄弟がシャクった安田川の鮎と食べ比べをしながら、従兄妹たちとひと時を過ごした。

夜、この突いた鮎を40匹ほど開きにした。横浜から帰省した従妹が開きが欲しいと云うので大半を持たした。鮎の開きは、ビールの肴に最高である。ちょぅとぐらい塩を利かした方が肴には好い。注意をしないと焼きすぎて焦がす、何しろ鮎が小さいのだから。

                         

土曜日に帰京、日曜日の朝から貰ってきた鮎の開きを作った。大きめの鮎で、今夏はじめてとなる「鮎ずし」も作る。背開きにして、中骨を取り塩水に付けて洗い、生酢に一時浸す。最後に柚子酢で〆る。

               

酢飯は「てまいら酢」をメインに使い、柚子酢も少し加える。胡麻・刻み生姜・大葉を酢飯に混ぜて大きめに握り、鮎に載せて形を整える。これが私の鮎ずしである。                     

鮎姿ずしに、焼き物は開きと丸。これに『ウルカ』(鮎の内臓の塩漬け)と、鮎尽くの肴でビールを飲る、これがささやかなる私の贅沢なひと時である。只、鮎を好まない人もいるのは確かだが、我が相棒は鮎好きなのがいい、違いの分かる男といえよう。

 

暑い夏、鮎とビールで乗り越えよう・・・。

 

 

 

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お盆だ・・・

2013-08-12 | Weblog

8/12(月) 晩秋に亡くなった父の初盆を迎えた。月遅れの盆となるが、郷里の山間地の習慣ではそのようだ。帰省して、故人を迎える準備を整えなくてはならない。

私のような不信心なものにとっては些か厄介事であるが、総領の甚六ながらも長男の勤めと従うしかない。なにに?世間っていうやつよ。

そんなことで、今日の午後一番で帰郷する。今週一杯休暇の予定で、出社の予定をしていなかったが、急遽、午前だけ出社することにした。

先週金曜日に緊急入院したYOSHIOに面会(家族立ち合いのもと)できたので、そのことについて伝えておきたかった。YOSHIOは、入院前の顔色に比べると良くなっていた。

家族も、未だ詳しい診断は下りていない(聞いていない)とのことだが、胃部からの出血で危ない状態にあったとか。出血場所が特定でき、止血できたとのことで一山越したようだ。ICUのベットに横たわる当人とも話ができた。

話をするために起き上がろうとするので止める。それでも起きて話をしようとするので「起きるなら帰る」というと、漸く横になった。「ゆっくり休め、仕事の段取りは付けた」と、だけ伝えた。

東武線竹ノ塚も、熱暑が纏わりついてくる土曜日の午後であった。帰りに会社によると、NOBORU が出社していた。その後ジムに寄り、一時間ほど過ごして帰宅。

 散歩・・・

昨日の日曜日、早朝に目覚めたので久々に散歩に出た。6時ごろに家を出て目黒通りを下り、都立大学から東横線沿いに自由が丘・田園調布へと歩いた。朝だと云うのに、汗でびっしょり。

久しぶりの散歩で、足が重く歩みものろい。田園調布に住まう、友人のABE君の自宅前を通る。暫く会っていないが、朝の7時では早すぎる。そのまま通過して、田園調布駅に向かった。

暑さと、久々の散歩で疲れた・・・、軟弱にも電車に乗った。然し、このまま帰宅ではいかんだろうと、一駅を乗り越して祐天寺駅で下車。自宅のある学芸大学駅までを歩いた。

約二時間の散歩ながら、歩いた時間は90分位であろうか。軟弱になったものだ。当初の計画では多摩川まで歩くつもりだったのに・・・。

 朝顔

今朝のベランダには朝顔が咲いていた。とは云いながら、小さなちいさな花弁、色薄く周囲に溶けてしまいそうだが、熱暑の中で風に揺れていた。

YOSHIOが何時も気にしていた朝顔、『三代目の種だから、花弁はちいさいだろな』なんて言っていた。いっていたとおりの花が開いた、が見ることなくベットの上とは。

                      

                    今朝の朝顔          先週末の朝顔

小さい花ながらも、これからしばらくは咲きつづけよう。花芽があるうちに復帰したら「俺が、朝顔にもうちょっと待ってろ。と云って、お前が出てくるまで花を留めたんだ」と、云えるのだが・・・。

                           

再起不能のトマトの鉢に、先週喰ったスイカの種を吐き出した。YOHIOも同じことをやり『スイカの芽が出て、実がつかないかな』などと、戯言を云う。その種であろう、小さなちいさな芽を出していた。何処まで伸びれるかな・・・。

 

 

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