オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

選挙疲れ

2009-08-31 | Weblog
8/31(月) 昨夜から選挙報道を見つづけて、すっかり疲れてしまった。
今回の選挙に知り合いが三人出馬していた。一人は民主党の新人で、追い風の中で楽に当選するかと思っていたが、最後までもつれ何とか勝利。

後の二人は与党から。危ないのではと思っていた一人が勝ち、何とか行けるだろうと思っていた若い人が落ちてしまった。選挙の読みは難しい。

そんなことで、すっかり夜更かしをすることとなった。
しかし、これからの政治と経済の行方について一段と目が離せなくなるだろう・・・。

そう云えば、田園調布に住む友人のA氏、隣が今回の選挙で大勝した党の代表だ。暫く賑やかな状態が続くか・・・。


今日の弁当、寝惚け眼でメニューを決める。

すき焼き風煮、豚肉と野菜の炒め物、ゆで野菜のサラダ、小松菜と油揚げの胡麻炒め。おまけの、出来合いシューマイ。それに、昨夜の残りお菜(蒟蒻と手羽煮)を自分用に使う。

具材は、牛切り落とし、豚バラ、アスパラ・ピーマン・玉葱・ブロッコリ・人参の各々方。電子レンジ・鍋・フライを使って、煮・炒め・湯がきと忙しい。処が、味付けをミスった。

途中で味見をしたところ、薄い。料理途中の味見は、間違いの元だ!結局、調味料を追加したのが失敗。濃~い味となった。(火を落とし、味が染み込んでからでないとネー)

私とK君の弁当は、すき焼き丼風の仕上。家人と末娘は、お菜とご飯の家庭内別居盛。

かくして、今日も四人前の弁当とオニギリニ個が仕上がる。
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懐かしい写真が

2009-08-29 | Weblog

8/29(土) 今朝の郵便で或る写真が届いた。

送り主は、長く田舎の高校の在京同窓会の世話人を務めてくれた乾さん。

先月、高知県人会の集まりがあり、その席で乾さんから「古い写真の整理に困っている」との相談を受けた。在京同窓会の世話人になっている関係で、私がお預りすることとした。今回で写真が送られてきたのが三度目となる。

今朝届いた写真を改めると、私と三歳年下の従兄弟が一緒に写っている同窓会でのスナップ写真があった。

従兄弟の名前は、「章」と云う。この時の彼は、二十代の後半。私は三十代になったばかりの頃か。

 

右が『章』

少しピントが外れているところが好い。

章は、この写真の十年後、突然倒れて不帰の客となった。

 

章と私の家は隣同士、父親が兄弟。男兄弟がいない私達は、兄弟のようにして育って来た。子供の頃、イタズラ小僧でよく叱られていた章だったが、すばしこくって魚捕りが上手な、気の好い男だった。

彼が、大学に入学する時、四年生だった私は私鉄沿線の剣道部の合宿所まで送って行った。休みの時、よく私の下宿まで遊びにきたが、稽古の辛さ、弱音を吐いたことはなかった。

卒業後、或る生命保険会社に入り、中堅どころとなりこれからと云う時、妻と三人の幼子を残して逝ってしまった。彼が倒れたという突然の連絡電話、暫くして救急病院に電話して安否を聞いたときの「駄目です」いう病院の応え。

丁度、昭和から平成へと変わる頃。弱い、朝の陽が差していたオフィスのデスクでの電話のやり取り。あの時の情景は、私の脳裡に刻みこまれて消えることがない。

すっかり忘れていたが、こんな写真があったんだ。乾さんに写真が届いた連絡と併せた御礼を書く、誰も居ない夕暮れの事務所。

 

来月は田舎に行く。あの岡の中腹から川を見下ろしている彼の墓に参ろう。

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ツナとポテトのサンド

2009-08-28 | Weblog
8/28(金) 8月最後の金曜日、また週末を迎えた。

昨夜は、田舎から連絡があり従兄弟が肺がんで終末を迎えているとの話。ヒロさんの甥のT君が大腸がんで手術をした。先日の横須賀での話と云い、好い話がない。

こんな日は、美味しい弁当でも作って気晴らしと行きたいものだが、変り栄えがしないサンドイッチとなる。

今日は娘が弁当箱を持って行きたくないとのことで、サンドかオニギリのリクエスト。昨夜帰宅前、駅前のリトルマーメイドで三種類のパンを購入した。八枚切り食パン、5枚切りイギリスパン、二個のロールパンである。

三種のパンを使って、三種類のサンドを作る予定でいた。処が、必ずリクエストされるツナサンドと自分好みの卵&ポテトサンドだけで全部を賄える量の具材とができた。
予定を変更し、二種類の具をベースに、野菜系・ハム・チーズ混合を作ることとした。

胡瓜・キャベツを千切にし、玉葱をスライスしレタスをちぎる。卵とジャガイモを茹でる。水に晒し、潰し、塩・胡椒をふり、マヨネーズを加える。レモン汁を振り掛ける(これだけは、初めて)。

そんなことで、六人分のサンドイッチが完成。
さ~召しあがれ!

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三色丼

2009-08-27 | Weblog

8/27(木) 朝夕めっきりと涼しくなり過ごし易い。中期の予報では暑い秋とのことだが、秋の訪れは早そうだ。

会社のベランダに咲く朝顔、蔓の根本にひっそりと小さな花をつけけた。風にゆれて涼を誘っている。

今日の弁当は予定どおりの三色丼と行きたい処であるが、酢飯にすると云ったところ異見が出た。普通のご飯が良いと云う。必殺弁当人も、家人と娘には勝てぬ。

とは云え、オヤジにも五分の魂。自分とK君用は酢飯の三色丼。家族用は普通弁当で行くこととした。

しかし、三色丼の基本食材の「鯛でんぷ」を昨日買えなかった、挙句の果てに丼一杯あったソボロが僅かとなっている。いい加減、適当、代用品ばかりの創造的三色ならぬ、五色ぐらいの丼弁当に変身。

五人分の弁当群

今日のお菜軍団、魚の粕漬け焼き、焼き鮭、手作り肉団子と里芋煮、豚バラ肉とシメジ・パプリカ炒め、卵焼き。これに丼用の胡瓜・茗荷・炒り卵・鳥ソボロ・鮭となった。

余ったお菜を、適当に皆の弁当に詰めたり載せたり、好みを考慮して肉主体とかetc結構気を遣うのだ・・・。

結局、家族三人の弁当も余り物を加えて何時の間にやら三色丼風になってしまった。

三合半炊いた米も足りぬぐらいとなり、K君のオニギリ、今日は一個となった。

私とK君の双子弁当 ?

 酢飯の上に鎮座するは、時鮭(鯛でんぷ変わりの色添え)、茗荷・胡瓜・炒り卵・ソボロの各氏・各嬢でありんす。

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チキンライス

2009-08-26 | Weblog
8/26(水) 今朝、東横線が人身事故とかでダイヤ乱れ、私より先に出た次女から連絡が入った。中々気が利いてきた。急いでも仕様がないので、ゆっくりと家を出る。

今日の弁当は、チキンライス。チキンハートの私にお似合いかもしれない。
三色丼弁当を作ろうと思いながら、具体的なイメージが描けず今朝も断念した。

チキンライス、子供の頃に母が作ってくれた味がインプットされたままのようだ。ケチャップの甘い味と鶏肉のさっくりした食感のハーモニーが好い。

次女もこの味が好きなので作った処、「オムライスじゃないの?」と注文が付く。娘には弱い。急遽、卵を溶きオムライス風に仕上た。

さて、お菜の部はメニューのイメージが湧かないままに、冷蔵庫の中を見て適当に食材を並べてみた。

大根が冷蔵庫で眠っている、こいつを何とかしようと考えたのが「大根のピリ辛煮」。大根を拍子木に切り湯がき、蓮根を晒し油揚げと一緒に炒め煮にする。

長芋も暫く冷蔵庫で寝ている。居酒屋のお通しでこいつの素揚げを食べたのを思い出し、我が家の長芋もパプリカと一緒に素揚げにした。

牛小間の残りとピーマンの細切り炒め。小松菜の胡麻炒め卵とじ。

以上となった。

メインのチキンライスは、玉葱・ピーマン刻みと鶏肉を炒めて完成。

今日の弁当も四人前とオニギリニ個。


明日は、三色丼にする予定。酢飯の三色丼だ・・・。

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横須賀にて

2009-08-25 | Weblog

8/25(火) 窓を開けて寝た。明け方から涼しくなり、体が冷えた。すっかり体調不良となるが、冷えた所為か昨夜の酒の所為か、それともダブルか~。

昨夕、かって勤務した横須賀の研究所を訪問。ここの現在のトップを訪ねた次第。最近の研究の動向等を聞かせてもらい、早々に汐入の店を目指したが、何と店が判らん。

諦めて、ドブ板通りから海軍カレーですっかり有名になった「魚藍亭」に向かう。ドブ板通りが、水兵さんであろう米国人で賑わっている。艦が入港したのか、珍しく人出であった。

魚藍亭の女将も何年か前、急逝された聞く。横須賀に勤務した頃はよく使った店で、女将さんとも親しく話をしたし、此処のご主人とは幾つかの会で一緒だった。

そう云えば、街に向う車の中、顔見知りの運転手が仲間の「勝っちゃん」が三年ほど前に肺癌で逝ったと聞かせてくれた。「勝っちゃん」は、気の良い男で、私は彼の運転する車になるべく乗るようにしていた。私が、転勤する時「もう行っちゃうんですか、残念ですね」等と云い、久里浜駅前の立ち飲みに一緒に行く約束は果たせず終いとなった。

色んな人たちが、何時の間にか居なくなってしまう。

魚藍亭で一杯やった後、横須賀中央の駅前にある店「かすみ」を訪ねた。(駅前と云っても、薄暗く入組んだ路地の片隅に在る)横須賀に来る度、立ち寄る店。

「かすみ」とは儚げで、憂いを感じる美しい名前であるが、間口三間、奥行き一間半ばかりのカウンターだけの狭い店である。

この店、やはり数年前に癌で亡くなった横塚さんが連れて行ってくれた店である。横塚さんのことを話す、偲ぶために立ち寄る。

ましてや、今夜は魚藍亭の女将や、運転手の勝っちゃんが亡くなったことを聞いた後のこと。若しや、「かすみ」のカウンターを一人で取り仕切っている婆さんがポックリ逝った後、なんてことがあるかもしれない。

「婆さん達者でいたかい」と伝法な口を利きながら戸を引くと、すっかり大婆さんになって、かなり耄碌をしたようだが、しっかり生きていた。

酔っ払いの客が一人、カウンターにうつ伏せになっている。婆さんは、腰が痛いと座り込んでいる。歳も九十に近いんじゃないかと思うが、中々本当のことは云わん。

安酒を飲みながら、何時もの話。横さんがどうしたの、俺の後輩で四国に帰ったKが、隣のキャバレーに料金の交渉に行ってどうしたの・・・死んだ亭主が禄でもない、息子がどうした、ひ孫が出来たの・・・。ああ~もう帰る時間だ。

焼酎で痺れた頭を振りフリ、電車に乗ったはいいが、やっぱり乗り過ごす・・・。

 

今朝の寝覚めがよくないのも、無理もない。とは云え、弁当つくりが待っている。

三色弁当にしたかったが、一色の食材が決まらない。諦めてふつ~の弁当にする。

米三合半を炊き、お菜はミニハンバーグ、豚肉と野菜の炒め物、ペンネと人参・パプリカの温サラダ。

ハンバーグは、日曜日に10数個作り冷凍した。先週末のハンバーガー用の失敗を省み、敢えて日曜日にチャレンジした。(暇だね~、この他にオカラ煮もやってみたが・・・)

 豚三枚肉と玉葱・椎茸を焼肉のタレで炒める。ペンネと人参・パプリカを茹で、オリーブ油と酢・塩胡椒、マヨネーズ少々の味付け。

今日の弁当は、四人前。私は、オニギリとお菜にした。(会社に弁当箱が溜まり、持ち帰り荷物が堪らん)

不調にしては、よく頑張った

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稲荷すし

2009-08-24 | Weblog
8/24(月) 若い頃に目黒に転居して以来お世話になってきた方が、今朝、木更津に転居された。

思い越せば、30年来の付き合いとなるか。鍵っ子だった、子供達が入り浸って遊んで貰っていた。小僧が、郵便のバイクに撥ねられて怪我をしたときも病院に運んでもらったし、隣の実家でお爺さん・お婆さんがやっている牛乳屋ではアイスクリームを貰ったりし、子供達にとっては思い出が深いはず。

大家・店子共に代替わりし、相続等から住み慣れた地を離れざるを得ない人が後を絶たない。

目黒界隈に古くから住んでいる方も、意外と借地・借家住まいが多い。この方も、親の代から借地に家を建てていた。
色々と面倒なことが続いていたようだが、とうとう、千葉に転居することにしたそうだ。土地は広くなるし、空気の良いところで、魚釣りにも便利だと仰っている。

子供達も大きくなり、お会いする機会は少なくなっていたが、近所から居なくなると云うだけで淋しいものだ。

荷物は昨夜の内に出し、家族は7時に出発するとの事。
何もできないが、家人と朝飯用のオニギリと稲荷すしを作って差し入れることとした。


そんなことで、今日の我が家の弁当もオニギリと稲荷すしとなった。

土曜日、出社した帰りに甘酒横丁の豆腐店「双葉」に寄り、稲荷とオカラを。肉の「日山」にて切り落とし肉を購っておいた。

稲荷は、昨夜のうちに家人が煮た、十枚で20個分。朝一升近い米を炊き、オニギリ用の鮭・タラコを焼く。

弁当のお菜として、牛切り落としの塩・胡椒炒め焼き。シメジ・玉葱・パプリカのオリーブオイル炒め。南瓜とインゲンの煮物を作る。


何しろ、七時までに届けなくていけない。未だ熱い飯を掌で転がしながら鮭・タラコを握る。何とか、稲荷すし10個とオニギリ10個を間に合わせ、家人に届けて貰う。


私は、引き続き弁当用に、更に稲荷すし10個、オニギリ5個を作る。更にお菜作り。

今日の弁当、四人前の予定だったが、小僧も持っていくと云い、都合五人前となった。

其々のリクエストでオニギリと稲荷のセットや、稲荷だけとかに分かれる。一人前が、ニ個から三個。残った五個がK君用となった。


私が作る弁当用稲荷すし、当然酢は、土佐の『てまいら酢』を使用し、茗荷・生姜・大葉、胡麻を使った夏バージョン。

さて、お味は如何に?

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ハンバーガー

2009-08-21 | Weblog
8/21(金) 今日は、予定どおりに四人分のハンバーガー弁当を作る。

朝早くから、冷凍の挽肉を取り出し、玉葱・人参のみじん切りを炒め、挽肉と混ぜ合わせる。塩・胡椒、ソースなどで味付け。

パンは、ハンバーガー用の丸パン五個。こいつを開きにし、残りもののチーズを載せて焼く。

ハンバーグが、6個分できる。食パンをワンセット追加する。

ハンバーグを焼くが、ど~もおかしい。上手く固まっていない、バラけそうになる。ウーン、繋ぎのパン粉を忘れていた。(下手ね!)


固めの目玉焼きを四個、玉葱スライス、キャベツ、レタスを使い、ハンバーガーを作る。

さて、お味は?今日は試食なし。昼、ふたを空けてのお楽しみ・・・。


昨日、昼に友人のT物産社長のO氏が来た。一緒にランチとなり、究極のオニギリ弁当は、K用に冷凍庫入りとなった。

今日は、自分で食べよう。
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演歌な人生

2009-08-20 | Weblog

8/20(木) 今日の弁当、オニギリかハンバガーにするか迷う。結局オニギリニ落ち着き、ハンバーガーは明日のメニューとした。

焼き鮭・タラコ、おかか、シラス、昨夜の鳥唐揚げを刻み味付けをした変わりダネ。包み込んだり、まぶしたりと合計18個のオニギリを作る。

こんなに誰が喰うんだ~と、我ながら貧乏性に呆れるが、幸に小僧が持って行くと云う。お菜は、卵焼きのみ。

家人、次女、小僧と私、それにK君。Kには8個を渡し、半分冷凍にさす。逃げるKの写真を携帯で撮る。最近、髭を生やし始めた。むさ苦しいので剃れと言うと、少し短くした。

今日のオニギリ     照れているK君

早めに弁当の用意が終り、一人机に向かいCDをボンヤリと聴く。

時々聴く、千秋なおみの歌「悲しみを拾って」「流浪歌(たびうた)」「かもめの街」・・・。

つくづく思うに、俺の人生も「演歌」だな~と。

義理と人情の世界に暮らしながら、不義理ばかりを重ねてきた。積み重なった不義理の一つひとつを、演歌を聴きながら噛み締める。今更どうすることもできないことばかりだが・・・。ふっと、昔お世話になった一人の方が浮んだ。

木村翁助先生、八紘流柔術出身で整体術家。三十年程前となるが、伊豆大川に弟子たちと暮らして居られた。

私の大先輩、若山先生の友人であることから、若山先生と伊豆の子浦に旅した帰えり、伊豆大川に立ち寄ったことからご厚誼を頂くようになった。

当時、木村先生は大川の借家に住まい。知人から一万坪余りの山林を使用することを許されていた。サラリーマン生活に飽き飽きしていた私は、先生の裏手の空き地を借り小屋を建てようと後輩を誘い出かけるようになった。山から木を運び屋根を作り、床を張る段で力尽き頓挫した。

一人でもよく出かけ、先生の弟子たちとも食事を共にしたりとお世話になった。

先生達は、その後、大川を離れ山形、小笠原と移り最後に東京で暮らしていたそうだが、転居される中で音信が途絶えた。その間に奥様を亡くされたと聞いた。

何年か経った夏の夜だった。

弟子の一人から突然の電話が入り、先生の逝去を知らされた。夜も更けた頃、遺体が安置された葬儀場で亡き骸となった先生との久し振りの対面となった。

夜も更けて、弟子の一人から聞かされた事「先生は私がスピンアウトするんじゃないか」と心配されていたと・・・。いろんな処で、いろんな人たちに見守られていた。

何とか、32年に渡りサラリーマン生活を過してきたが、若い頃から今に至るまで人の世話になるばかり、迷惑の掛け通し。不義理が重なるばかり。

演歌を聴くと、重ねた不義理の重さが身に染む。その重さを感じながら、何とか生きようと思う。何時か、少しだけでも義理を返すために。

 

 昨日、会社のベランダの朝顔が一日花を咲かせていた。季節はもう秋の訪れか・・・。

 

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Natural 

2009-08-19 | Weblog
8/19(水) 今朝は四時に起こされてしまった、我が家の偉大なるボケ犬Mix。伊豆の大場から我が家に来たのが10年程前か、すっかり老犬になってしまった。
最近では、相手にしてくれるのは、隣の八百屋の一家だけか?かっての人気犬も老いには勝てないようだ。

考えてみれば可愛そうな犬だ。一日中鎖に繋がれ、少しの散歩をし、美味くもないであろうドッグフードなる物を喰い、余す処、何年かで生涯を終える。悲しきかなMixの犬生。

そう思うと、何時に鳴こうが許すしかない。とは云え、二時に鳴くのは止めて欲しいが・・・。

私も社会や会社、色んな物事に縛られ、繋がれてきたはず。精一杯に跳ねてみようが、飛んでみようが、たかが痴れ者。お釈迦様の手のひらの幅も飛べる訳はなし。

眠れずにそんなことを思い、時間潰しの本を読む。

本のタイトルが「Natural Food 自然の野菜は腐らない」。食物の自然栽培を題材とした食の話。
読んでみると、田舎の蜜柑畑を自然栽培にしようと思わせる内容。

弁当の野菜の選択、お菜の組合せについても考えさせられた。硝酸性窒素に気をつけよう!(ポイントは、青い野菜のようだ)


昨夜、夏休み明けのメンバーがお土産を持ち寄り社内で山賊の酒盛り。その中に信州の地ビール「信州 Natural」なるものがあった。中々いけるビール。
当社の入居ビルが信州会ビル、社名は正に「Natural」である。

昨夜から、今朝にかけ、出社してもNatural。ナチュラル尽くしである



さて、今朝の弁当。昨夜、帰宅後に食材のチェック。

冷凍庫に昨秋の剥き栗が眠っている。そろそろ新栗のシーズンになる頃合い。冷凍栗を処分するため「栗ご飯」を炊くこととした。

お菜は、トンカツとホタテのフライ、キャベツ添え。ついでに薩摩芋も揚げる。
野菜物は、ジャンボ胡瓜と茗荷・若布の酢の物。冒頭の本を読んだ所為で野菜が気になる。(ええ、単純な男です)


栗ご飯は、もち米を五分のニ使用。塩を少し入れて炊いた。

処が、栗の香りがしない。ご飯のふっくら感がない。栗の所為か、米の配合の所為か、何れにせよ失敗作。ああ~無情

揚げ物、油の温度管理が上手く行かないが何とか仕上がる。酢物は、最後の仕上げに秘伝「てまいら酢」を少々入れ、味が締まった。

大量の栗ご飯、十分なお菜。なのに次女が居らず必要弁当は三人前だけ。仕方ないので、オニギリを沢山作る。

自分の弁当は、どう見ても二人前はありそう!(写真は私の弁当)・・・喰いすぎ注意報




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