オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

いくらなんでも・・・

2014-10-31 | Weblog

10/31(金) 週末で三連休前だ、今夜あたりはガッリと飲み飲み明かしていいかも?それを、一日早く、昨晩にやってしまった。駄目な男である、ダメダメ、ダメョ~だね。

昨夕、N社時代の先輩であるKATOUさんと会った。先輩が関わっている山の会の周年事業史のお手伝いをさせて貰った。そんなことから、一献交わそうよと、誘いを受けた。

先輩とは、私が入社して二年目に体育館が在った両国の剣道場で初めて会った。と云うことは、四十年以上も前になるか。我等剣道部員からすると、憧れであり、目標となる人であった(野球界人に例えると長嶋茂雄さんにあたるか)。以来、本社に転勤できる機会を、橋渡しをして頂くなど厚誼を賜ってきた先輩である。何年ぶりかで一献交わせると、嬉しかった。

小伝馬町の居酒屋「小伝馬」で、ジョッキを合わせたのは未だ五時半と云う早い時間だった。当時の剣道部の誰それ、本社時代の仕事のこと、転勤にまつわる話と、尽きなかった。再度確認をしたかったのは、剣道を、竹刀を握らなくなった経緯と、大会にも顔を見せなくなった理由だった。グラスを重ねるうちに、本音のところを話してくれた・・・。

愉しかった、嬉しかった、何時の間にや店内は満席になっていた。時間を見ると、8時半であった。頃合いだと、お開きとなり駅で別れた。私はそこから人形町駅方面へと向かった。心うきうきで、飲み足りなかった。この嬉しい気分をもっともっと保っていたかった。見ると{SEIJU]の看板に灯りが灯っていた。

前夜ママさんの顔を見ながら、店に入ってない。前夜のお詫びがてらに店の扉を押した。私が口開けのきゃくだったようだ。暫くして常連ながら、癌の手術をしてからアルコールを口にしないYさんが来た。それから「高松」で何時も顔を合す、男女の二人連れがやってきた。アベックの邪魔をするのもどんなものかと、先に失礼をした。廻る店は決まっている、何処へ行っても常連さんに会う道理だ。

次いで寄ったのが「ちょっぷく」だ。ここでも店主のYAMAちゃんや、常連の二人組と一緒に飲んだ。だんだんと酔っていたようだ。店が暇になってきたYAMAちゃんを誘って、歌でも唄おうぜとまたしても「SEIJU」に向かった。店同士が100mも離れてない、目と鼻の先と云う距離だ。

SEIJUの前で、客が居るのか?と、二人してドア越しに様子を伺っていると、後ろから「なにやってんだよ!」押したオヤジがいた。なんと、人形町酒場巡検使のHOYAさんであった。これじゃあ逃れられないと、一緒に店に入った。後の記憶は定かでない・・・。歌を唄った覚えがない、二人は唄っていたようだが・・・。

最寄りの駅、学芸大学に着いたら南瓜の馬車が発車寸前の時刻だった。妙に腹が減っていた、駅前の日高屋と松屋の灯りは点いているが、あのラーメンや牛丼は願い下げだ。と、マイバスケットでカップソバを買って帰った。酔っ払っいながらも、いじましい貧乏オヤジぶりを発揮していた。

やっぱ、反省の一夜だな。嬉しいからといっても、ああいう酒はいかんな・・・。今朝の反省、昨夜に役立たずだが。

 

今朝は6時半に起床。直ぐに弁当作りに入った。「鶏肉・栗・椎茸・人参・インゲン・オクラのごった煮」「ピーマン・蓮根・牛蒡のピリ辛炒め」「小松菜の卵和え」「豚小間とシメジ・キャベツの炒め物」であった。

                      

が、なんだかまとまりのないメニューと味であった。これも昨夜の酒の所為か?

                    

 

先週の火曜日から始まっていた、屋根と壁の塗装工事が漸く済んだ。今日は朝から足場の解体である。作業が済む昼まで、立ち合いをすることになった。外に出て作業を見ていると、寒い!おまけに小雨まで降りだした。昨日から風邪気味なのだ・・・これや寒いと、冬用のダウンコートを着た。

                          

道路に立っていたら、近所のおじさんが通りすがりに訊く。「MIXは元気なの?」と。『駄目だね、目も耳も口も駄目。時間の問題だね』と応えた。すると、「あそこの向こうに在る、〇〇獣医に連絡すると、引き取りから火葬までやってくれるよ。うちのジョンは、青物横丁のお寺に埋葬したよ。隣の〇△サンのとこの犬も、同じとこに眠ってるよ」と、親切である。

MIXが元気だった頃は、公園の遊び仲間だった。いまやMIXは、首さえもあがらなくなっている。

幸いにも雨の方は直ぐに止んだが、冬の訪れを感じさす天候だあった。足場の撤去も順調に進み、午後一番に地元の友人YAMADAさんと会ってからの出社であった。

屋根も壁も綺麗になったが、この後待っているのは私の財布の中が綺麗になる番である。叶わんな~!

 

 

 

 

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牛煮など

2014-10-30 | Weblog

10/30(木) 今月も明日で終わる。早いもので今年も残り少なくなってきた。秋の夕べは釣瓶落としと云うが、月日の経つ早やさにも驚ろかされる。この齢まで生きてくると、我が人生の釣瓶が何時落ちても可笑しくはないと実感するのは、秋の夕べの所為か・・・。

昨夜も8時過ぎに退社。何人かのスタッフが帰り支度だったので声を掛けた。『ちょいと一杯やって帰るか?』と。美味いハイボールが飲める「ローカーボ」に行くことにした。これで、三夜連続しての顔出しとなった。

店に来たスタッフはAOKI、YOSHIO、RIE嬢の三人。ハイボールを飲み、店の棚に鎮座していた陶器の瓶に入ったグルジア産の赤ワインを開けた。重からず、軽からずで飲み口のいいワインだった。今にして思えば、口を開け空気に触れさせて、眠りから覚ましてやるとまた違った味わいが楽しめたのかもしれない・・・。

この夜の話題は、もっぱら草創期のナチュラルのこと、かつて在籍した個性あるスタッフ達のことであった。YOSHIOは、草創期のメンバーだったし、AOKIも映像業界に入った頃から出入りをし、RIE嬢は入社してから十数年になる。個性的なと云うか、手前勝手と云うべきか御し難く、面白い面々との関わりがある。

あれこれを聞きながら思うのは『それぞれの場で、元気に生きてくれればいい』。これしかない。YOSHIOの若い頃の出鱈目ぶりに大笑いしながらも、散々に苦労をさせているカミさんが言うと云う「今が一番、過去には戻りたくない」の言葉に、生きてきた重さを知る。

明日もあると、お開きにしたのは22:20であった。駅への途中で「SEIJU]のママが道路に姿を見せたが、AOKIを人質にして素どおりさせて貰った。今朝聞くと、ベッタラ市の時の「お弁当ありがとう。美味しかった」と礼を言われたそうだ。

 

今朝は、老犬MIXの鳴き声で五時頃に目覚めた。十六・七歳になる犬で、目も耳も鼻も利かないが、餌を口に運んでやると食べるようだ。喰っているうちは大丈夫だろうが、我が身の行く末を見る思いだ。どうなっても、私も飯だけは喰らいつづけていそうだ・・・。

今朝の弁当は「牛煮」がメイン。生協の安肉を、タマネギ・椎茸・蒟蒻・長ネギで煮込んだが、肉の味に旨味がない。こんな安肉は、香菜で漬け込むか、濃いめのタレで味付けした方が良さそうだ。

                

他には、田舎の従姉が作った「白菜」を、薄揚げと飛魚出汁で煮た。アスパラ・ピーマン・シメジと小エビをオリーブオイルでソテーした一品。最後に刻みネギ入りの出汁巻卵で完成となった。卵焼を作っている檀家で、ご飯が炊きあがった。所用時間は40分であった。

                          

詰め合わせた弁当に「鰹の角煮佃煮」をちょろちょろと乗っけてお仕舞である。今日は二人分で、私の弁当はお休み。その代りに、弁当菜で朝飯をしっかりと喰った。これじゃあ、痩せないか・・・?

 

 

 

 

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ハイカーボな・・・

2014-10-29 | Weblog

10/29(水) 今朝は五時前に目覚め、六時まで蒲団の中で起きるのを耐えていた。余りる早くから行動をおこしちゃあ、午後になって燃料切れになっちまう。それを恐れてのことだが、結局は本など読んだりして時を過ごすので、同じこった。

昨日の午後は月例の講習会の日であった。五時前、御茶ノ水での講習会が終わり、一緒に受講のスタッフと二人で神保町の安酒場で一時間程雑談をしてから会社に戻った。

一時間ほどし、YOSHIOの手が空いたと云うので一緒に事務所を後にした。『一杯だけやろうか?』と誘いをかけ、「ローカーボ」に向かった。「本当に一杯だけだよ」と、念押しをされた。YOSHIOが、この時間に会社を出るのは稀なことなのだ。今夜ぐらいは早く帰してやろうと思い、本当にハイボール一杯で切り上げた。一杯が二杯に、二杯が三杯となるのが通常のパターンのだが・・・・。

お蔭で電車内の居眠りも、起こされることもなくて十時頃には学大駅に着いた。駅舎を出ながら「サボテン」(テイクアウト専門のフライ専門店)のショーウインドウを覗くと、ロースとヒレのトンカツが残っていた。三歩ほど行き過ぎてから、戻った。

これで、今朝の弁当メニューのメインが決まった。「カツ丼若しくはカツ煮」となった。自宅までの短い時間の間に、サイドメニューを考える…、茄子が有ったはずだ。「茄子の挟み揚げ」のメニューが浮かんだ。後は定番の卵焼あたりでいいだろう・・・。てな具合で、昨夜のうちに弁当メニューが決定した。これでゆっくりと眠れようと云うものだ、後顧の憂いなし。

今朝は六時ごろから台所に立った。先ずは仕様食材のチェック。昨夜買って帰ったトンカツは健在だったので一安心する。茄子が何と、一本しか残ってない・・・。たった一本の茄子で、挽肉の挟み揚げとなった。

揚げ物ついでに、掻揚げと椎茸カツも揚げる。弁当用なので、小さな小さな椎茸を選んでフライにした。後は、小松菜の胡麻和えだけである。それにつけても、油物が多いな・・・。ものはついで、とは言え!

買ってきたトンカツを切り、フライパンに汁を入れてタマネギを敷く。この上にカツを並べ、割れ蓋をして煮る。頃合いをみて溶き卵を掛け回してお仕舞だ。チョット甘目ぐらいが良いか。

                        

挟み揚げの方は、豚挽肉にパン粉を加えて混ぜ合わし塩胡椒で味付け、そんな処だ。掻揚げは、インゲンの青、人参の赤、薩摩芋の黄、タマネギの白と色の組み合わせだ。なんとなく理屈に合ってるような気がするが?

               

斯様な具合で、今朝もお弁当が出来上がった。コッテリとした旨そうな感じに魅了されて、私も弁当持参に宗旨替えだ。昨日の今日、舌の根も乾かぬうちとはこのことか・・・。

                       

 

「 夢喰う代わりに 飯喰う吾 」せめて飯でも喰ってなきゃあ、と云うことだ。

 

 

 

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寝坊・・・

2014-10-28 | Weblog

10/28(火) 今朝、目覚めると7時10分を時計が射していた。夜中に目覚めてスタンドの灯りを消したのは何時だったか、定かではないがそれからすぐに眠った。夢を見ていたが、目覚めてから五分もしないうちに胡散霧消した。敢えて思い出すほどの内容ではなかったようだ・・・。

昨晩は20時過ぎに会社を出、「ローカーボ」に立ち寄った。先週のベッタラ市の時の写真をHOYAさんが撮ったそうで、その写真を「ローカ^ボ」に預けたと言われていた。そんな次第で、一杯やりがてら折角の写真を拝見しようと云うことだ・・・。祭りの時、HOYAさんはかなりの酩酊ぶりであったが、写真は上手いアングルで写っていた。

そんな話を肴に、TOKIOやマスター、後から来た客を相手に駄法螺を交わし、ハイボール・赤ワインなぞ飲んだ。それで終わればいいのだが、YAMAちゃんの顔を見てから帰ろうと「ちょっぷく」に寄った。これが大間違いさ・・・最後に口にした日本酒が災いしたのか。

日比谷線の終着駅、中目黒で駅員に起こされる始末。車中で眠りこけ、最後の客になっていながらも揺り起こされるまで気付かなかった。とんだ酔っぱらいようだった。それでも鞄だけは、しっかりと抱いて寝ていた。乗車してすぐに読み始めた本も膝の上にあった。何度も何度も床に落として、バサッと云う音で拾い上げる無様だけはしなかったようだ・・・。

 

そんなことでとんだ朝となったが、飯は鍋で炊くと20分以内で炊きあがる。弁当を作ることにした。纏まった菜を作る時間はないので、せめてご飯だけはと、飯は栗ご飯にした。塩梅よく、高知から送った僅かばかりの栗を家人が剥いて冷凍庫に仕舞ってあったのだ。

              

菜は冷凍物のシューマイ、鮭とタラコ。それに冷凍肉団子とインゲン・オクラの煮物、豚バラ肉とタマネギ・ピーマンの炒め物であった。ご飯が炊きあがると同時に菜も仕上がった。冷凍物と電子レンジのお蔭である、こんな日もあるさ。と、云う朝・・・。

                      

弁当は二つ、私は暫く昼は控えめにする所存。口がさな連中から、立てにしても横にしても同じ体型と言われかねないからナ。

 

 

 

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畑遊び・松茸・栗

2014-10-27 | Weblog

10/27(月) 高知空港発13:35の便にて帰京した。実質三日を、郷里での畑遊びと庭の手入れで過ごしてきた。天候にも恵まれて予定のことは恙無く終えることができた。ハイライトは何といっても「マツタケ」であろう。従弟のKATUOが超デカイ松茸を呉れたのだ!

金曜日の夜、KATUOが松茸を手にして来た。数日前に採ってきたとの、バカデカイ松茸である。先週、築地のヤッチャ場で見た、どの国産マツタケよりも大きかった。こんな大物が、この奥の山仲で採れるとは知らなかった。写真は撮ったが、重さを計らなかったのは手落ちだった。一緒に撮った大根は中ぐらいの大きさ、人参は大きめのものだが、これらと比べると凡そのことは判ろう。

                 

翌日の土曜日に、従姉達も交えてこの「マツタケ」を喰うことにした。松茸ご飯と吸い物を作った。他には「ちゃんこ鍋」風の鍋物に刺身であった。新米の米で、人参と薄揚げを刻み、松茸をたっぷりと入れた「マツタケご飯」に、皆舌づつみを打った次第。

畑に一本だけ在る栗木、収穫時期は二週間ほど前に終わっていた。八月の台風で大きな枝が折れ、青く小さな栗の実が畑一面に落ちた。が、それでもバケツ二杯ぐらいの栗の実が採れたとのこと。妹夫妻や従姉も採ったとのことだが、実家にも届いていた。日曜日にはこれで、「栗ご飯」を炊いた。

畑の草刈では、採り忘れたのか後から落ちたのか、30~40個の栗が見つかった。中には虫食いもあるが、良さそうな栗を焚火に入れて「焼き栗」。十本ほど植えてあった薩摩芋を掘り、焼芋などをして遊んだ。連日天気が良くて、大した仕事をしないのに汗ビッショリだ。それでも焚火だけは楽しい。何時になっても火遊びOYAJIぶりは健在である・・・。

            

庭のコスモスが、すっかり時分時を過ぎてしまっていた。一月前となる先月の帰省では、ようよう一本のコスモスが咲き始めたところだった。季節の移ろいが今年は特に速い・・・。このコスモスを綺麗にし、台風で傾いた木槿の枝を刈りこんだ。サツキの植え込みも、無様に伸びた小枝が・・・、これも刈り揃える。

そんなことや、母の飯作りで今月の帰省も終わった。何時もどうりの変わり栄えのしない過ごし方だが、この時間がいい。

今回の飯メニューは、特筆すべき「マツタケご飯」と自家栗の「栗飯」、この栗が滅法美味かった。従姉が畑で間引いてきた山のような「大根葉」の煮物、茄子煮、ジャンボ胡瓜の酢物、味噌汁におすまし、豚ロース肉焼、四方竹の煮物、牛肉と松茸のすき焼き、ブリ大根、鶏肉&ツミレのちゃんこ風鍋、サラダ、ピーマン&シメジ&ウインナー炒め、鮎焼きなどであった。

                       

食の細い母になり代わり、作っちゃ喰いの食いしん坊三昧。それにビールで、またしても太っ腹になっちまった。ヨッ!天下御免の太っ腹!参ったネ・・・。

                     

すっかり秋めいて、草の伸びも終わりに近い。今回の草刈は楽だった、これで今年の草刈は終わるかな?

 

 

 

 

 

 

 

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団子ならぬ・・・

2014-10-23 | Weblog

10/23(木) 今日は懐かしきかな「電電記念日」である。むかし昔、サラリーマン時代にはこの日は半ドンだった。午後からの半日休暇が付与された、懐かしい時代である。今日は、昼にこの名残りでOBとの交流会なる催しがあるので、顔を出す。その後、夕方の便で月例の里帰り。週明けの月曜日に、高知から戻る予定。

昨晩は早い時間から、その電電時代の名残香を背負っている友人との懇談であった。今は某社で監査役をやっているが、彼の後任見合いで採ってもらった後輩のことや、古い知人たちのことを聞きながら、雨の夜を暫し過ごした。店は例によって渋谷「奈加野」であった。

奈加野をお開きにした後、赤坂に向かった。今宵、団子ならぬ「タンゴの夕べ」の案内をピアノカフェ”禅”から貰っていたので、顔を出した。久しぶりに聴くピアノ・バイオリン・バンドネオンによるタンゴの演奏は聴き応えがあった。客は、七十代から八十代と思しき男女ばかり、皆さん真剣なまなざしで聴き入っていた。

                         

一部・二部と別れており、私が入店したおりは二部がスタートする直前。客は十五人程で、小さな店には丁度いい塩梅。一部は、二十数名入ったとか。懐かしきタンゴの名曲から、アレンジの日本の曲と聞き入った。部屋中を音が支配し、聴衆の体に沁みこんで行った。

最後に、オーナーの葉子さんがタンゴを何曲か唄って「タンゴの夕べ」は終わった。タンゴの響きを、久々に堪能した夜であった。

                    

 

さて今朝の弁当だが、牛焼肉がメイン。これにポテト・人参・南瓜・ゆで卵のサラダ、小松菜の胡麻和え、昨日につづいてのギンダラ粕漬け焼であった。

             

牛肉は、築地場外市場で買った超安肉である。2000円/Kgなので、旨かろうはずがないと判断、昨夜帰宅してから塩胡椒・酒・醤油・タマネギ・ニンニクで漬け込んだ。これを、調理の段階で焼肉タレも使った。なんと、これが上々の味になっていた。安肉で久々にヒットを打った。

今日も二人分の弁当、私は昼のパーティなので弁当は持たない。これから、ず~っと持たない方がよさそうだが・・・、昨夜も久々に会った友人から言われた「太ったようだね」と、最近この言葉を言われることが多い。

                     

さて、来週の火曜日まで私は帰郷する、この間BLOGもお休みにさせて頂く。

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手抜きながら・・・

2014-10-22 | Weblog

10/22(水) 昨日からの雨が本格的な様相となった。昨日の朝から自宅の屋根・壁の塗装工事に入ったが、早や休業になった。駅近だけが取り柄ながら、ボロ家を持つと、手直しや補修にと面倒が多い・・・。

さて、ベッタラ市疲れも癒えてないが今朝も弁当作り。手抜きで、冷凍食品のオンパレード、鶏牛蒡団子と野菜(人参・白菜・薄揚げ)の煮物、粕漬けのギンダラを焼き、シュウーマイを温める。

小エビと人参・牛蒡・タマネギの掻揚げを作りながら、蓮根の挟み揚げを思いつき、急遽メニュー追加となった。朝から揚げ物だ・・・。手抜きながら、頑張ったと云えよう・・・。私は今日の弁当は持たない、昼前に先輩が訪ねてくるのでランチをご一緒する可能性がある由だ。家人と長女の分だけ用意をした。

                      

 

昨夕、社内で最後の飯を炊き「オムスビ」を作ってスタッフにふるまった。ベッタラ市の反省と称してビールを飲み、仕上げに「ちょっぷく」に立ち寄りオーナー店長のYAMAちゃんと、ベッタラ市での売り上げ状況の意見交換?YAMAちゃんの処は、今年が二度目の出店たが、目論見の外れた商品もあったようだ。

何が売れるのか、何を売りたいのか、これを考えた品揃えは商売の基本だろうが、こっちは面白いものを、食べて欲しいものを並べる。今年で九年目の出店となったが、その考えは変わらない。だから、自分で美味いと思う故郷の酒「南」や「てまい酢」を使った「五目すし」を並べる。

「猪汁」も美味い猪肉があった故に作ったし、雉飯も然り。栗飯は、季節の味を味わってもらう目玉としての考え。安納芋は、家人の種子島の友達が送ってくれたものを数年前に食し、これは美味いと屋台で売るようにした。種子島は安納地区からの産直品、由緒正しき「安納芋」なのだ。

そろそろ引き上げようかと云う段になって、飲み屋仲間のHOYAさんが姿を現した。ベッタラ市では随分と散財をし、酔っていたとのこと。訊くと「俺は酒は強んだが、久々に酔った。朝が辛かったよ!」とのこと。明日は、四時起きで現場に出ると、二杯程で引き揚げた。

スタッフが屋台で働く姿を撮っていたが、その写真を「ローカーボ」に預けてあるとのこと。我らが姿を現す場所は、お見通しだ・・・。

 

 

 

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飯炊き疲れ・・・

2014-10-21 | Weblog

10/21(火) 土曜日の仕込み、日・月曜のベッタラ市の本番と飯を炊きつづけて弁当作りに勤しんだ。9時から午後の2時頃まで、米を磨ぎ炊いてはの連続、それから弁当にして屋台へ出す。これだけのことながら、疲れてしまった。

                     

                      大型寸胴いっ杯の猪汁

弁当の種類は「五目ちらし」「栗ご飯」を主体に、きじ飯弁当まで三種のご飯に、猪汁・熊鍋に安納芋。安納芋は値下げ(200円→100円)の効果に、日曜日のTV番組ダッシュ村でTOKIOが、この芋を取り上げたことで拍車が掛かった。うちで扱っている芋は、TVに出た中園さんちの安納芋なのだから・・・。

天気の方も良かった(月曜日の夕に少しパラついた程度)ので、日曜日の家族連れ、月曜日の勤人と万便なく人出があった。お蔭で、屋台の売り上げも過去最高だったようだ・・・、とはいえ、全費用を賄えるはずはない。

            

上の写真の通りが、一夜明けた日曜日には昼間からご覧の賑わいとなる。月曜日の夜は、歩けないほどの人どうりであった。なによりも天気に感謝だ、昨年は悪天候に泣かされた。何時ぞやは、台風が来たことがあったのだから。

今年の売上貢献ベスト3は、弁当・猪汁・安納芋であろうか。焼き鳥は仕入れを減らしたし、日本酒・焼酎は殆ど身内や来客の消費、生ビールは売り物ではないのだ。

知人・友人たちが姿を見せてくれて、楽しんでもらえることが一番だ。それにスタッフたちが楽しんでくれること、そうであれば飯作りの疲れも飛ぼうと云うものだ。

                       

                        上野・通営時代のメンバー

日曜日のひと時、祭りの様子を探りに出ると「日本橋音頭」なるクラシックな音楽・踊りをやっていた。その中に着ぐるみの大根が・・・、ベッタラちゃんかと思いきや、「おろしちゃん」と書いてあったぜ・・・。

                       

今回の屋台料理のテーマはジビエ、岩手県の熊、高知で獲れた猪、安田川の鮎も少量ながら出そうかと思ったが、こっちの方は時間切れとなり数匹を友人食べてもらうに止まった。

さて、来年もあるのであろうか・・・・。

 

 

 

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築地・買い出し

2014-10-17 | Weblog

10/17(金) 今朝はスタッフ二人と9:30築地集合で、ベッタラ市の屋台で使う容器や一部食材の買い出しとなった。先ずは、場内市場のヤッチャ場で四方竹・笹掻き牛蒡・里芋などを仕入れた。冷蔵用に使う、発泡スチロールの箱が欲しいというので、八百屋で貰ってきた。転んでもただじゃ起きねえ・・・。

                   

マグロを喰いたいなどと云う輩がおり、何時もの米岩でマグロを少々買った。ご飯も試し炊きするかとなり、安い松茸も仕入れて「松茸ご飯を」を夕方に仕込むこととなった。「愛養」でコーヒーの後に、場外市場へと移動。ここでは、容器類の仕入れである。

そんなことで、出社は12時になった。すぐ脇の「椙の森」神社の様子を探りに行くと、祭りを彩る提灯が既に飾りつけを終えていた。我が貧乏社の提灯も二張り、歴史を感じる古色感を漂わせて掲げられていた(提灯は毎年使い廻しができ、500円だか安くなるのだ)。

            

                   この辺りに屋台を出すのだ

すっかり祭りの準備は整い、明後日の開幕を待つばかりのようだ。こっちは、明日の午後からが本番で、仕込みで忙しくなるのだが・・・。

                         

                        

                            表通も祭りの提灯

築地に出掛ける前、例によって弁当を作った。買い物に行くので、今日は自分の弁当は止そうかと思っていたが、オムスビ弁当を作ってしまった。人情と飯には弱い俺だ。YOSHIOの分まで握ってしまった。

今日のメニューは、鶏肉・人参・タケノコの旨煮、シメジ・エノキの豚肉巻き炒め焼き、卵焼、鮭・タラコに海苔の弁当であった。弁当や菜の写真を撮ったつもりが、データが残っていない、ボケ野郎だった。オムスビと煮物だけが有った。

                    

オムスビは、鮭・タラコ・佃煮と、菜の残りの肉巻炒めとなった。YOSHIOと二人して、屋上で風に吹かれながら喰うと云うことだ。お茶も買わなきゃな・・・。

 

 

 

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カツ丼&スコッチエッグ

2014-10-16 | Weblog

10/16(木) 今朝も涼しさを越して寒かった。そりゃそうだ、夏と同じ格好をしているのだからと、家人に言われてしまった。そぅいわれても、着るものがないんだよ!

寒さ凌ぎには火の傍が一番だとばかりに、台所に立ったと云う訳だ。今日のメニューは昨晩のうちに決めてあった。昨夜最寄りの駅、学芸大学に着いたのは22時と早かった。駅を出た直ぐの左手にあるトンカツの「サボテン」が開いており、ふっくらと厚みのあるトンカツが美味そうだった。

思い切って乏しい財布を開き、トンカツを二種1000円ばかりの買い物をした。これでカツ丼或いはカツ煮を作ることにした。家路に向かいながら、もう一品の「スコッチエッグ」が浮かんできた。と、云うのも、若き日のサラリーマン時代、二十代半ばだった頃の会社の食堂のシーンが浮かんできた。

あの頃、両国に在ったその職場の食堂では度々スコッチエッグが供された。そんなことを思い出し、スコッチエッグを作ろうと思ったのだ。作り方は知らない、ゆで卵の周りを挽肉かなんかで包み、揚げてあった。そのことだけは覚えている。そんなことを頼りに適当に作ろうと云う訳だ・・・。

後はの菜は根菜の煮物、牛蒡と人参をスライスしたピリ辛炒めにした。以上で、本日の食材はキャベツの千切り、タマネギ・長ネギ・シメジに溶き卵のカツ煮用、人参・牛蒡と、煮物用の椎茸・人参・里芋、ゆで卵と挽肉にパン粉・溶き卵などとなった。

                     

トンカツは何の問題もなし、スコッチエッグの方がちょっと手間取った。ゆで卵に挽肉が上手く纏わり付かない、こんなの作るんじゃなかったなと、舌打ちをしながら掌で転がしていた。油の揚がり具合もいまいち、まあ失敗作だな・・・・。

弁当に詰めるのも一苦労だった、カツ煮が厚い上に、スコッチエッグ(敢えてこういうが)も大きいので弁当が満杯。キンピラや煮物を押し込んで、漸く収めた。私は何時もの曲げワッパ弁当箱を使わず、底の深いタッパーのデカ弁にした。(これじゃ飯喰い過ぎだぜ)

               

 

昨夕は某TV番組制作会社にいた、友人のHOSOKAWAを人形町まで呼んだ。某社に提案したいTVを使う企画について打ち合わせをしたかった。それに、来月共通の友人であるHAMAOKA君が、岩国から上京すると知らせてきた、その件で、いい加減なHOSOKAWAのスケジュールを縛りたかった。

上がりそうで上がらない小雨の中を、人形町駅で落ち合い。人形町安酒場巡りだと「ちょっぷく」にて一献。珍しく日本酒を「八海山」を飲み、15日はちょっぷくの日とかで、珍しく鯛刺身を喰った。これは、腹や尻尾の切り落としを盛ったやつをYAMAちゃんがサービスに出してきた代物。単身のHOSOKAWAは、欠食児童の如くに摘みを何皿も取ってきた。

「ちょっぷく」は昨夜も繁盛していた。『YAMAちゃん、これじゃ笑いが止まらんだろう』と云うと、ニヤリとした・・・・。サービスに、鯛のきれっぱしでも出そうかという気分にもなるだろうぜ・・・。またしても、べったら市の出し物で盛り上がった。ここ数日は、この話題ばかりだ。

混み合ってきたので、頃合いとばかりに「ローカーボ」へと流れた。至って静かな佇まい、ここでハイボールを飲ってからご帰還にした。地元の駅に22時着も頷ける、品行方正な夜であった。

 

 

 

 

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