オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

花嫁&婆さん

2014-04-27 | Weblog

4/27(日) 昨日の土曜日は次女の結婚式があった。いい加減なオヤジは『そんな形式ばったものを、今更やってどうすんだ?』と、駄目親父ぶりを発揮したのだが・・・。泣く子と何とかに勝てぬ、の諺どおりに晴れの舞台の日を迎えてしまったのである。

晴れの舞台だからと、衣装にまで注文が付き、着慣れぬのは致し方なしだが様にならぬことこの上なし。モーニングは亡父のものが丁度着れたが、シャツやネクタイ、手袋にサスペンダーと小物で散財ばかりか、手配に時間まで潰した。

小物と云えど決まりごとがウルさそうなので、某デパートでオーダー服を扱っている友人のOGAWA氏の手を煩わせて、そのデパートで準備を整えた。面倒で嫌になったが、先方の親の手前もあるので、我慢我慢・・・。

会場は、銀座に出来たヨーロピアンスタイルの小さなホテル、参列者も小人数であったし頃合いの会場、雰囲気も悪くない。が、メインディシュの牛肉だけは良くなかった。

喰い物はさておき、肝心の花嫁姿だが・・・これが中々の化けようで、流石我が娘だけのことはあった。タレントに三船美佳(こんな字?)っているんだか、彼女のような化け具合であった。写真を見せれないのが残念?(証拠隠滅か)

そんな次第ながらも昨日を迎え、無事に式と披露宴が済んだ。やれやれであるが、もう一つ難題を抱えていた。九十歳の母が、孫の晴れ舞台だとばかりに覚束ない足元と目眩のする頭、他人の話は聞こえない耳で上京したのだ。やれヤレである・・・。

私の母なので、煩いこと口喧しいことは想像に難くないであろう。なんとか昨日を乗り切ったが、今日はその母が「銀座でお土産を買わなくちゃ、皇居に行かなくちゃ、靖国神社に参拝をしなきゃ」と自分の身体のことはさて置いて、予定だけは一丁前である。おまけに亡父の写真まで持参し、心意気だけは満々である。

そして今日は朝から、行ってまいりましたよ。銀座三越~皇居前(これが、日曜日で内堀通りから二重橋まで歩くのがひと苦労だった)お千代さんの唄じゃないが、此処が二重橋てな具合さ、そして念願の靖国神社へと。幸いなことに、身内で此処に祀られているものはいない。

                

然しながら、亡父は飛行教官だったので多くの若者を見送っている。母はそんな亡父の思いも込めてか、長く長く祈っていた。余りの長さに、後ろに並んだ人が困っていた・・・。

 

そんなことで、この二日を過ごした。そして疲れた。生意気な娘と我儘な母親に疲れるのは我が定めと、水に流そう・・・。明日からは、草刈と飯作りの素敵な日々が待っているのだ。郷里へと母を送りながらの帰省である。それでは、ゴールデンウイーク明けに・・・。

 

 

 

 

 

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なんなんだよ・・・&焼酎三杯?

2014-04-25 | Weblog

4/25(金) 連日の飲食過多、胃も腸も全身の細胞も草臥れきった様子。昨晩は横浜へ出っ張りであったが、これは後輩のTERASHIMA君がグループ会社を退職した卒業祝い。MASUDA先輩とIKEDA氏、TERAさんの四名で「塚田農場」なる居酒屋で酒盛り。

それにしても、四十数名在職した課の残党の集まりが四名とは淋しい限り。かつての同僚は全国に散ったとは云え、栄枯盛衰世の習いか・・・。宴の最中、同期のTERAさんが松山にいるKATUTA君に電話を入れた。専らの話題となった、スーパーコンパニオンとやらを呼ぶ温泉企画への参加を促していたが、果たして実現するのか?

そんな具合で、胃の休まる暇がない。今夜は剣道部OB会、明日は次女の結婚式で、これに田舎から九十歳の母が出席する。老母の付き添いで、週明けの月曜日から帰省する。仕事をする暇がないが、尤も仕事には縁がない身が幸いだ。ゴールデンウイークは、畑の草刈と夏野菜の植え付けとなろう・・・。

 

さて、今朝の弁当は「鶏肉のトマト煮」「アスパラの豚巻焼き」「小エビと野菜炒め」、以上に鮭が一切れ。こいつらを作っている最中に家人から声が掛かった「今日のお弁当は、私一人だから」・・・・と。なんなんだ、一体。早く云えよ。

               

ご飯もタップリと炊き、菜の方も三人分は準備をしているのだ・・・。今朝はスムージーで、過労の胃や腸を労わろうと思ったのに・・・、菜が余る。またしても飯を喰ってしまった。仕事が休みで、弁当不要とかの長女の分も詰めた・・・どうせ飯は食うのだからと。

                         

 

  -焼酎三杯?その2-

水曜日の昼「きじの松田屋」、亭主のMATUDAさんを訪問。先ずはお料理の撮影、早々と準備を頂いた「前菜・雉鍋・溶岩焼・ほろほろ鳥のたたき」と盛り沢山の料理が並んだ。撮影の後はご試食となった。先ずは、立ち合いのクライアントの女性お二方に食べて貰う。撮影の手を休めたカメラマンも同席さす。

              

                             ホロホロ鳥卵

食事を摂りながら、MATUDAさんに話を聞く。雉との出会い、セカンドステージとしてこの地を選んだ理由、本格栽培を始めた果樹のことなど・・・。雉の飼育場や果樹園を廻り、取材予定の時間を遥かにオーバーして5時になっていた。『夜の部は、7時から云うことにしましょう』と、阿蘇を臨む大観峰までクライアントを案内してからホテルに戻った。

                         

夜は一緒に一献と、取材のアポイントの折に決まっていたが、お店は(旅館も予約してもらった)地元の「松つあん」任せ。「昼が鳥なので、鶏料理は避けるようにオーダーしてます」と、至れり尽くせりのご配慮。その折に松つあん曰く「お酒は、焼酎三杯だけですから・・・」と。

そんな言葉を真に受けるほど、初心じゃないが・・・。お店は地元の人気店の様子、一階・二階とも満席であった。満席になるはずだ、座敷に陣取った我らの前に熊本名産の馬刺し・辛子蓮根、刺身、クジラの脂身、サラダ、牛焼き、山菜天麩羅と次々に料理が並んだ。

『もう食えません!十分です、勘弁して・・・』と悲鳴を上げた。各なる上は、若いクライアントのお嬢さんに頑張ってもらうしかないが・・・・。結局、料理を半分以上も残してしまった。そういや、昼の雉料理も残しちゃったぜ。幾ら美味いもんでも腹に入るは限度有り、がよく判った。

で、限度のないのが「松つあん」の胃袋さ。否、食事じゃないよ、ドリンクのことだ。三杯が限度?三杯は三杯でも、腹一杯ならぬ腹三杯の吸い込みようである。一軒だけ知ってるよと云う、「クイーン」なるスナックで大いに破目を外した後、〆のラーメンだと拉致されて、ビール・餃子・タンメンで漸くお開きとなった時は、25時半となっていたそうな(覚えなし)。

然し、MATUDAさんのアルコールの吸い込みようは見事だったな~。サラリーマン現役時代に、運用のお姉さん方や、マスコミ相手に鍛えぬいてきた成果に衰えなしだ・・・。

火の国・肥後、歴史に名を刻む菊池一族の地に相応しい大人に出会った感あり。すっかり世話を掛けてしまったのである。

 

 

 

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焼酎三杯?その1

2014-04-24 | Weblog

4/24(木) 昼前の便で熊本空港を発ち、無事に帰社した処。と、言いたいのだが・・・、まだ昨夜の酒精が残っているような胃の具合、これで無事と言えるんかな~?

22日夕、熊本空港に友人のTAKEMURAが迎えに来た。ホテルにチェックインもそこそこに、彼の案内する料理家「松葉」へ。料理は懐石、そこで珍しくも温めの酒を、当然地元の酒蔵の酒である。銘柄も良く分からないままに「香炉」という酒にした。上品な名前であるし、如何にもぬる燗にはピッタリの感だ。

この酒を遣りながら、よく気配りされた料理に箸を付ける。TAKEの事業の様子や、熊本経済から政治と話がおよび、また、席に付いてくれたこの料亭のお嬢さんの行く末にまで話題は広がった。気が付けば、時刻は既に十一時を回っていた。

そして翌朝、熊本駅前に昨年開設した、TAKEの経営する学校や老人施設を見せてもらった。我が友人にしては稀な、目先が利き決断のできる、ビジネス感覚に富んだ男なのだ。

そして10時前、延々と千数百の距離を車を転がしてきたTOKIOから「熊本駅に前当直しました」との連絡が入った。ムービー撮影の機材が有るとは云え、東京から此処まで走ってくるのは余程の車好きだ。お蔭で、こっちは楽ちんに移動できるのだが・・・。

10:30分、熊本空港着のクライアントの出迎え。空港のカフェで、暫しお茶しながら取材前のウオーミングアップ。それから菊池市の山里で雉の飼育と、それの食事処「きじの松田屋」を営むMATUDAさんを訪ねた

今回の目的は、サラリーマン退職後のMATUDAさんのセカンドライフ(ご本人は、ラストステージという言葉に拘った)についての取材であった。取材立会のクライアントは、若き女性二人。こっちは、ムービー撮影兼のTOKIO、カメラマンは佐賀から呼んだKUGA君、不肖ARISAWAの三人。

対する取材先は「松つあん」こと、亭主のMATUDAさんと奥様、愛犬ルパン、雉数百羽、ホロホロ鳥四十羽、孵化中の雉卵数百個と、孵化したばかりの雉ヒナが数羽と、その数に圧倒されるのであった。それに加えて、渋柿50本、柚木40本、ブルーベリーが140本、栗の木も数本あったよ・・・。

               

と、昼を境にこれらの取材・撮影がスタートしたのである。 これじゃ、テーマの焼酎三杯に行き着くまで時間が掛かりそうだ・・・今日は、ひとまずこれで擱こう。

 

 

 

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今朝も・・・

2014-04-22 | Weblog

4/22(火) 昨夜は、サラリーマン時代の最後の会社で一緒だったSHIONO&TAKEIの両君が、人形町まで来てくれた。S君はベッタラ市や、かつての広報担当仲間の会で顔を合わす。T君は、高知県出身だが年一回の四国会で会うぐらいだ。その二人が、職場の前・後任となり親しくなったと耳にした。

そんな経緯から二人を呼んで一杯やろうと思った次第。S君からは「説教されに参ります」と、冗談メールをが飛んで来た。が、若い人と飲む機会はだんだんと減る、両君とも今や〝昔の若い人〟で、職場では中堅どころ。説教どころか、彼らから元気を頂こうと云う魂胆である。

一つ間違ったのが、この場にU老が加わったことか?偶々、老から電話を貰い、空いている日を聞かれたのだが、5月中旬まで空きがない。この夜の彼らとの席なら、同席しても差し支えなかろうと、伝えへてあった。そんなことで、20日ぶりに老が千葉の在からやって来たのである。

引退してから家に引き籠っている老は、話を聴いてくれる相手がいたとばかりに、自分の話を延々と続ける。『ちったあ、人の話を聴いたらどうかね』と、我が身を返らずに、人生の大先輩にタメ口をきいたのであった。まあ、そんなことはお構いなしと、安酒を飲む二人であったが。

二軒目は「SEIJU」でカラオケとなり、代理ママが仕切るカウンターに陣取った。代理ママ「松ちゃん」の会社の人だと云うオジさんが三・四人、カラオケで盛り上がっている。『じゃこれからのルールは、一番で終わりだから』と、勝手な宣言。誰が唄っていようがお構いなしに一番で伴奏を切った。向こうの方から「あれ切れちゃった」なんて声が上がるが、無視!お仕舞、次は誰だい、であった。

                       

         

そんなことで、昨晩の酒精が残っていたのか、今朝も起床は七時となった。朝寝結構、弁当大変と云う次第だ。飯の方は、昨夜の残りご飯で間に合わせ、菜の方に掛かった。昨晩酔っぱらいながらも、駅前の東急ストアにて「牛小間・糸蒟蒻」を買い、メインメニューは決めておいたので大助かりさ!

                    

先ずは、タマネギとネギ・糸蒟蒻で牛小間煮。茄子と挽肉で、マーボ茄子。ブロッコリ・アスパラ・人参の温サラダ。以上が、本日の弁当メニューであった。

                  

スムージーの代わりに、先月末の帰省で試し買いした「小夏」を剥いたが、未だ時期が早いようだ。この上品で美味しい果物が、本来の味には遠く酸味が強く香りは未熟であった。

                   

 

  ― 熊本へ ―

今日の夕方の便で熊本に向かう。「クマモン」に会いに行く分けじゃない、興味もない。用件は、明日の昼に伺う「きじの松田屋」のご主人、通称「松つあん」の取材が目的である。されど、折角の機会なので、友人のTが、昨年熊本駅前に医療系の専門学校や福祉施設をオープンした。この施設なども視察させて貰う予定だ。そんなことで、熊本空港にTが迎えに来ると云う。

今夜は熊本の酒、明日の取材後は「松つあん」と、クライアントお二人、TOKIOで菊池温泉の酒だぜ!。なに?仕事にも触れよって・・・。

取材先の「きじの松田屋」、ご主人はMATUDAさんと仰るが、N社を退職後菊池市の里山で雉の飼育を始められ、自宅の庭先に食事処を開いて雉とホロホロ鳥料理を供しておられる。果樹や野菜、田圃と、忙しくも充実した日々を、奥様と白寿を迎えた母、一匹の犬と共に暮している。

雉の養殖に至ったセカンドライフ、セカンドライフに至る道程、退職後に移り住んだ里山での暮らし、そんなあれこれをお聞きし、LA誌10号「夢のステージ マイセカンドライフ」コーナーで、紹介をさせて頂く。

昨年の九月、一度お伺いしている。電話でのやり取りも何度か、なのでMATUDAさんのお人柄は承知している。取材も、夜の一献も愉しみである。「きじの松田屋」でネット検索するとWEBサイトが出る。その中に「松つあん日記」と云うBLOGがあるが、ここで紹介されている日常が絶妙である。ご一読を推奨します。

そんな分けで、私は24日(木)の昼まで熊本に居ります。お弁当もBLOGもお休みだ・・・。

 

 

 

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春眠暁を・・・

2014-04-21 | Weblog

4/21(月) 昨晩眠りに就いたのは25時ごろか。珍しく女子修道会から出ているCD「アベマリア」集を聴きながらであった。妙に心身の安らぎを覚えたいた。その所為なのか、今朝の起床は7時を過ぎてしまった。土・日とは大違いに、寝坊をしてしまったのだ・・・。

これじゃ弁当のピンチ、窮地だぜ。と、ばかりに大急ぎで米を磨ぎ鍋で炊飯となった。電気釜よりは、10分は短縮できるのだ。菜の方は、サイわいにも昨晩の内から決め、ブリは酒醤油に漬け込み、煮物やソテー用の鶏肉もスタンバイしていた。

大根・人参、蒟蒻を鳥肉と一緒に煮込む、一部の鶏肉は椎茸と一緒にソテー。ブリは小麦粉をまぶしてフライパンで焼く。後は、大急ぎで卵焼きを作り、漸く準備が整った。ギリギリでセーフであった。

                    

こんな綱渡りでは、疲れる。部屋に戻ってタバコを一服、もうぐったりだぜ・・・。タバコと云えば、土曜日の午後、TUGAWA&HANAOKA宅にお邪魔した。

三人で食事と会話のひと時を過ごしながら、ゆったりとした気分で点けた煙草は、数年ぶりに味わう美味さであった。『こんなにタバコが美味いのは、何年ぶりかな・・・』と、思わずに言葉が出たほどに美味くカ感じたのだ。吸いこんだ煙りの柔らかさ、甘美な香りが体を包み込み、心を溶かすかのようであった。

で、今朝のタバコはどうだって?あきまへん、ちっとも美味うござりやせん・・・でした。何故あれほどまでに、あのときのタバコは美味かったんだろう・・・。

 

 -桜とホタルイカー

土曜日の午後に開かれた三人での会は、もう何回目?何年目になるのか。最初は桜を観る会で始まり、それにホタルイカや鱒ずし・白エビが加わった。ご承知のとおり、この三品は富山湾の名物・名産である。H女史の生家が富山市であることから旨い物が頂けるようになったと云う次第だ。これに加えて、忘れちゃならねえのが「デラックス」という、聴き慣れない珍品が有る。

「デラックス」は、TUGAWA家の晴れの日ご飯、食い物と云うべき珍品なのだ。TUGAWAは肺を一部、レバ焼き用に切除された後遺症から立ち直ってないとのことで、今回は登場しなかった。実に残念であったが、代わりにと云うべきか、奇しくも代役と云うべきか、あの有名な「猪汁」が代役を果たしたのであった。

               

猪肉・大根・人参などを持参し、余所様のお宅の台所で『鍋は?包丁は、ゴミは何処へ』なんて言いながら、猪汁登板となったのだ。そんなことをして遊び、結局は6時間近くも滞在していた。ウ~ン、前回はもっと滞在時間が長かったか・・・。

HIROさんの術後の経過は順調のようだが、股関節が痛くなったと云う・・・。『それやぁ、お歳の所為じゃござんせんか』と鹹かったが、相当酷いようだ。食事管理を徹底しているとのこと、体重が落ちてすっきりとした体になっている。徐々に筋力を付けて行ければ元気になろうだろう。

 

 

 

 

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炒飯

2014-04-18 | Weblog

4/18(金) 昨夜は20時前に渋谷・奈加野に着いた。本音では赤坂・一っ木通り「禅」に顔を出す義理もあったが、或る理由から渋谷村を優先せざるを得なかった。渋谷村から赤坂へと戻る元気は、今やない。赤坂の歌姫には申し訳ない限りだが。かつて、深夜族であった頃の元気を無くして久しい・・・。

奈加野の店主は店が暇なのか、常連の呑み助オヤジと、どこぞに気の利いた女将さんが居るとかで飲みに出ていた。暫く待っても戻らない、携帯に連絡をして来月の予約を頼んだ。高校の同窓会のために、座敷を確保する。「もう少ししたら戻るから、待ってろよ」と、酔った声が返ってきた。

どうせ直ぐには帰ぇりゃしない、時間つぶしに「mr.Kanso」缶詰BARを久々に覗くことにした。上手い具合と云うか、店にとっちゃ不幸だろが、客は誰も居なかった。誰かお客さんが来れば失礼するよ、と云いながら三・四杯ハイボールを啜った頃合いにオヤジからの連絡。『缶詰BARだよ、ちょっくら顔を出したら』と、オヤジを呼んだ。

奈加野のオヤジも私と同様に膝を痛めており、不具合が甚だしい。店につづく長くて急な階段を、ギシギシ、ドタドタと音をさせてあがってきた。年寄りの寝ぼけ話を聴かされながら、ひと時が過ぎた。オヤジが「焼肉の旨い処があるから行くか?」と誘う。が、これが曲者。商売人の言うことを、まともに受けちゃいけねえが、『いいね~、行こうよ』と、缶詰BARを後にした。

案の定、読みどうり、例によって、最初話していた店に向おうとしない・・・。『なに?行かないの』とオヤジを責める。引けなくなったオヤジは、駆け引きを始める、近場のもっと安い店でお茶を濁そうと・・・。こっちも承知の助、『いいよ何処でも』と手を打つのであった。

二人で焼肉を軽くつつき、ビールを飲んだ。支払いの段階で、どっちが払うかでまたしても一波乱が起きる。これも承知の上だ。今回は俺の方が逃げ切り勝ちとなった。改めて「奈加野」に戻り、飲みなおしてから帰還となった。

 

  -炒飯への道ー

そんな前夜が尾を引いたわけじゃないだろ・・・が。目覚めれば、カーテン越しの外は仄かに明るい、五時を過ぎた頃かと、今日の弁当に思いが及ぶが、メニューが浮かんでこない。全く駄目・ダメ・だめなのだ。台所に立ってから考えようと、蒲団を出た・・・。

なっ、なんと!時計を見ると七時を過ぎている。驚いたことに7:10分になっていたのだ。ビックラこさ・・・、こんなことは稀だぜ。体調は悪くない、よく眠れたようで疲れもない…なのに、どうしたんだ!

家人は「これじゃ、お弁当は無理ね」と冷やかに云う。長女が弁当を取に寄るのは7:30~45分の間である。これから飯を炊くと間に合わないのだった。そこで機と気付いたのが「冷凍のご飯」のこと・・・。

ご飯を炊くときに、釜に残った飯は冷凍にして取り置く。このご飯で「チャーハン」、炒飯弁当にすると、決断した。これなら、20~30分もあれば出来上がる。早速、冷凍ご飯を電子レンジで解凍に掛かった。

                        

ベーコン・ウインナー・タマネギ・ピーマン・シメジを刻み具材を用意した。菜はこの際だ、家人が買い置いてある冷凍の鶏カツ・シューマイイを温め、同じく冷凍鯖を焼く。そして、従姉が山のように送ってきた絹ザヤを、オリーブオイルで軽く炒めて溶き卵でとじる。

                        

出来上がったのは20分後、弁当に詰めて25分で何とかお仕舞にできた。チャーハンの上に、先般函館の橋本君に頂いた「ワカサギの佃煮」をのっけて完成となった。ああ~、間に合ってよかった・・・。

                     

と、慌ただしい朝であった。

 

余談ながら、昨日持参したオムスビ6個と茹卵3個、菜の卵焼きとパスタサラダの行方だが・・・。昼、YOSHIOに『今日のランチは?』と水を向けると「今日は昼飯はなし。デザイン納品が遅れているので全く時間なし」と潔い返事が返ってきた。『そうか、それやぁ残念だ。オムスビを持ってきたんだが…』と云った。

「えっ、じゃあ何とか時間を作らなきゃ」と、前言を翻したのである。貧乏人は食い物に弱い、非常に分かり易いのだ。『それじゃ、ひと段落つける時間に公園へ行こうぜ』となった。春の陽の射す公園のベンチで、とは行かず。陽も傾き始めた4時、堀留公園のベンチでオヤジ二人が向かい合ってオムスビ弁当を食したのであった。

 

今夕は、横須賀時代に一緒だった平塚の住人、MITUHASHI君が人形町に来る。彼は大手町にあるN社の展示施設に勤めているが、今度閉館になるとか。過日、彼に会った折には契約の女性スタッフの仕事先を心配していたが・・・。そんな相談でもあるのかな?何れにせよ、彼と一献交わすのは二年ぶりである。

 

 

 

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オムスビ

2014-04-17 | Weblog

4/17(木) 今朝は「オムスビ」を作ることにした。昨日のリベンジと云うところか。米を4合炊き、鮭とタラコ、鰹節とチリメンジャコのオムスビなのだ。何か菜が欲しいのだが、YOSHIOが言うような唐揚げなどを作る気はない。

先ずは、定番の「卵焼き」だ。併せて「ゆで卵」と「パスタサラダ」を作る。パスタは、キャベツと絹ザヤレタスの野菜をオリーブオイル・酢・塩胡椒で軽く和えた。

                     

四合の飯で、小ぶりのオムスビが15個出来上がった。オムスビだとご飯の量が多くなる。然し、15個のオムスビは誰が喰うんだ?家族では一人当たり二個で十分、ただし大飯ぐらいの長女は三個は要るか・・・。致し方なし、貧乏人のYOSHIOにも喰わしてやるか?

                        

 

 ーおもちゃドクター

昨日の午後は、情報誌の取材で四谷へ。四谷三丁目に「東京おもちゃ美術館」と云う施設があり、ここを借りての撮影とOB対談のインタビューである。情報誌10号の取材としては今回が二度目、来週は熊本・菊池市で三度目の取材が予定されている。

取材の方は「おもちゃドクター」として、高崎市で活動のSHIRAISHIさんと江東区で活動のFUJIさん。お二人とも仕事をリタイヤされてから「おもちゃドクター」の道に入り、十数年のキャリアを有している。

             

特におもちゃ好き、と云うわけでもなかったそうだが、現役後の生きがい作りと云うことで始まったそうだ。修理用具等だけでキャリーバックに一杯分になるとか。この日は少しだけ、その用具をお持ち頂き、修理の様子などを再現してもらった。

七十代半ばと後半のお二人だが、至って元気。手が震えて、おもちゃのネジが廻せなくなるまでやると意気軒昂だった。修理ができて、手渡す時の子供の笑顔、ありがとうの声を聴けるのが嬉しいとのこと。

「笑顔と、ありがとう」は、どの世界でも何よりの妙薬。人を明るくする特効薬のようだ・・・。

 

 

 

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連夜のシステムダウン

2014-04-16 | Weblog

4/16(水) 連夜してシステム障害が起ってしまった。なんのシステムかって?それゃ、おバカOYAJIの脳内システムに決まってんだが。昨夜は自重していたいと思っていたのだが・・・。

AKAGIが退職することもあり、少し話をしておきたいと隣の「高松」で軽くのつもりだった。AKAGIの方も、遠慮のそぶりなどでしおらしくしていたが・・・。「鯛の塩焼き」「春野菜天麩羅」などを肴に生ビールから金魚ソーダに切り替える。AKAGIは生ビールを三・四杯程だったか、そろそろ引き上げようと店を出た。

                    

                 これは全部AKAGIが喰った     私は蕗の薹と筍を一つづづ

自転車だからと言っていたAKAGIが、「もう自転車を置いて帰るので、もう一軒行きましょうよ」と、すっかりお調子者になっていた。仕方がねえや、「ちょっぷく」あたりで軽く仕上げて帰るかと駅方面に向かった。処が、途中に在る「SEIJU」の灯りに魅かれるようにAKAGIが店の扉を押したのだ。先週の金曜日にAOKIと来て味を占めた様子だ。

SEIJUは、ママさんが股関節の手術で先週の始めから休んでいる。代理ママとして、ボランティア助っ人でマッチャンがカウンターに入っているのは承知していた。マッチャンは、「ちょっぷく」の常連で、ここでも店が忙しくなると助っ人をしている。儲からない店の典型、SEIJUのママが入院するとのことで応援を買ってでたと聞いている。

そんなこともあるので、AKAGIの暴走も多めにみようと、私もカウンターに腰を下ろした次第。早速にカラオケが始まるが『一番だけで終わり』と宣告した。AKAGIがつづけて唄おうとしても、すかさずに「中止」の赤いボタンを押す。例外は、先客で居た代理ママのお友達だけ・・・、女性と云うことで大目に見たのではない。先に来ているので、私の下知の及ぶ範疇外と云う次第。

                          

懲りないAKAGIは、それでもマイクを握り続ける。私はブラスを握り続ける・・・で、酔いがすっかり廻るということだ。酔いが廻れば脳内システムが障害を起こす。障害が起きれば、帰宅後に飯を喰っちまうのだ。午前零時前、タラコとオカカを買って帰宅。すると、鍋にカレーが有った、喰った、そう云うことだ。

酔っていたにも関わらず、タラコとオカカを買って帰った訳は、今日の弁当を「オムスビ」にしようと思っていたのだ。結果的に、これは大きな錯覚、認識不足となるが・・・。

昨日のランチは、貧乏コンビを組むYOSHIOと最安値への挑戦。云わずとしれた、マックの200円コースであった。なんだか得した気分だぜ、と喜びながら店を後にしたのであった。

会社に戻るすがら、公園の中を通った。『公園でオムスビを食べながら、まいばすけっとのお茶を飲めば安く上がるな。季節は良いし、今度はそれをやろうか?』。YOSHIOはすっかりその気になり「いいね、いいね。卵焼きや唐揚げも欲しいな」と大はしゃぎだ。

俺が全部作ってくる気でいやがった。『バカ野郎~、自分の分は自分で作って持って来いよ』と、釘を刺した。昼間、そんな話をしたことから、明日はオムスビを作ろうと、足りない食材を買ったのだ。脳内システムの障害だな・・・。今日の昼は取材で外出、飯抜きなのにな・・・。

で、地球の上に朝が来て~。そんなことは、台所に立ってから思い出したが、既に鮭とタラコをスタンバイさせた後のこと。急遽弁当に切り替えたが、食材が無いんだ。仕方なし、冷凍の調理済み食材二種に登場を願った。それでも何か作らなければ・・・。

                   

で、残り食材で作ったのが「鶏唐揚げ」「シメジ豚肉巻揚げ」、冷凍牡蠣フライ、スナップエンドウの素揚げ、これにオムスビ用にと焼いた、鮭とタラコが 乗った。三人の弁当を準備した後、無性にオムスビを作りたくなった。小さ目のオムスビ三個を作り、二個をパクついたのである。これじゃあ、障害復旧はしていないようだ。

           

 

そんな状態だが、スムージーもしっかり飲んだ。凸ポンとスイカ、セロリだが生姜を少々加えた。これが良かった、味が締まり、飲み口が爽やかであった。

 

 

 

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タバコが不味い朝

2014-04-15 | Weblog

4/15(火) 今日は朝からタバコが不味い、不味いけれどもついつい手が出る、吸ってしまうのである。原因は判ってるさ、昨夜の酒と寝る前に喰っちまったトンカツ弁当だ・・・。朝から調子が狂っているが、チューリップは綺麗だ「咲いた咲いた、チューリップの花が並んだならんだ・・・」てな具合だ。

                       

昨日は午後から税務講習会に行った。今更ながらだが、硬い頭を使い再確認と認識を新たにしようとのことである。講習会を終えた夕方、同行した新しい経理担当者と、ギネスを飲みながら雑談をした。その後、人形町まで戻りTOKIOと「ローカーボ」で飲み、仕上げは「ちょっぷく」で赤ワイン。安酒の梯子で、脳内システムが狂ってしまった。

学芸大学の駅に辿り着くと、駅の脇にテイクアウト店を出しているトンカツのサボテンが店仕舞い直前であった。売れ残った僅かばかりの弁当等が20%offと表示されていたのだ。ボケOYAJIは、こういう騙しに弱い。脳系統がイカレてしまってるので、ついつい「海老フライ&ヒレカツ弁当」を買ってしまったのだ。

酒を飲んでいる内は殆ど摘みを喰わないのだが、最後にこれが裏目に出る。帰宅後の遅い時間にフライ弁当を完食していた。バカだね~・・・。

そんなことでタバコが不味い、胃の方も文句をいっているようだ。『あんまり文句を言うようなら、全部切っちまうぞ・・・さあ、どうだ!』と、云うところさ。

そんな具合の朝だが、弁当を作るのだ。作ると決めたら作る。それがOYAJIというもんだ。と、気張ってみたが、碌な食材がなかった。冷凍の弁当用が何品かあるが・・・、やだよネこう云うのは。然しそうも言ってられない、冷凍シューマイは使うことにした。

                       

冷凍のカジキをフライパンで照り焼き風に、茄子と豚挽肉で味噌炒め、ホウレンソウの胡麻卵炒め、後は出来合の牛蓮根煮。これだけでお弁当は満席、満杯であった。これじゃ、定番の卵焼きの出番は今朝もなしとなった。スムージーの出番も、なかった。

           

 

さて、昨日の弁当を紹介してなかった。一応、紹介だけしよう・・・。

                    

昨日は「豚肉の生姜焼き、タマネギと舞茸炒め添え」がメイン、「小イカと大根煮」「焼き鯖」「小松菜とスナップエンドウ茹で」であったが、末娘は弁当を忘れて行ったそうだ。親不孝な娘だぜ!

                  

スムージーは、スイカと凸ポン(松山のKAちゃんが贈ってくれた)にレタスを千切って加えた。少し残っていた想いやりファームのミルクを入れたが、レタスの所為か、牛乳の所為か妙に水っぽかったね。

                         

何れにしても食材が不足している。自分で買い出しに行かんといかんな~。

 

 

 

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疲れた~

2014-04-12 | Weblog

4/12(土) 流石に疲れている・・・仕事じゃないさ勿論、台所遊びの方で。土曜日の朝だと云うのに、ビールを飲む元気も出ない。その代りに、飯は二杯も喰っちまったが。

昨日の朝の弁当作り、夕方からの社内酒盛りに向けての肴作りと都合四時間の台所での立ち仕事、夜な夜なの酒場探訪。これに月末からの車での移動がつづいた所為か。或いは、膝の方が良くないので体幹バランスが悪い所為か・・・。

諸々が重なってのことであろうが、一言で片づけるなら「齢の所為さ」でお仕舞か。

                          

                            せめて花を見よ

昨夕の猪汁は旨かったよ、猪汁作りの免許皆伝を頂いてもよかろう。然し、半冷凍で細切れにするのも疲れた。また、鯛の皮を引くのにも一苦労した。何しろ包丁が良くないのだから。鯛の潮汁作りも、出刃包丁がないので骨を断てないのだ、がそこは昔取った杵柄と云うやつ、安包丁で一刀両断?真空切りさ・・・。

悪戦苦闘ながら、まあ何とか久々の社内での酒盛りを開くことができたが、料理方で忙しく、写真を撮る余裕もなかった。

 

宴の最中に重大?発表をした。御年五十二歳、七年間勤務をしたAKAGI君の退社を発表した次第。何も酒の席で、そんなことを言わなくてもいいようなものだが・・・。一番スタッフが集まっていると云うこと、なる早に仕事の段取りを算段すること、などとオープンにすることで、彼の心身を軽くしてやる為であった。

彼が退職願を出したのは、一緒に築地に行き、買い物を終えてから四時間後、宴会の始まる四時間前である。築地での買い物に付き合わされるのが嫌で、会社を辞めるのなら面白いのだが、そんなことじゃないようだ・・・。

私の台所方助手役だった二人、U老は既に引退、今またAKAGIが居なくなると、我がNATURAL台所軍団は崩壊の危機に晒された感あり。

彼には彼の事情が有るだろう。何処に流れようが元気でいろ、と云うしかない。所詮人は自分の足で立って生きるしかない。然し、これから台所で孤塁を死守しなくてならぬ吾は、更に疲れゆくばかりか・・・。そんなこと言ってる場合か?ゴメン!

まあ、昨夜はそんなことで二次会に流れるのも躊躇われた。宴を仕舞ってから、一人残って仕事をするRIE嬢に声を掛けて出たのは十時過ぎ。スナック「SEIJU」の前を通ると、AKAGIと連れだったAOKIの歌声が漏れてきた。が、OYAJIは立ち寄りもせずメトロ乗り場へと消えるのであった。

                           

                            花で疲れが取れるなら・・・

 

 

 

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