中野みどりの紬きもの塾

染織家中野みどりの「紬きもの塾」。その記録を中心に紬織り、着物、工芸、自然を綴ります。

こころの置き場所〈小さな床の間〉―――コロナの時代を生きるために

2020年05月10日 | コロナの時代を生きる

外出自粛で、着物で装う愉しみが減り、寂しいですね。。。

家の中で過ごす時間が多くなり、部屋の片付けをされている方も多いと聞きます。
スッキリして気持ちよくなったことと思います。
そこで、部屋のどこか一角、チェストの上でも、本棚のどこか一箇所でも、花瓶に野草を活けたり、気に入ったオブジェや、壁面に一枚の絵を飾ったりしてみませんか?
そこを小さな床の間スペースとして、単なる置き場所ではなくこころを置いてみませんか?

私はアートや草花が好きで、普段から工房内にちょっとしたものを飾って愉しんでいます。
大げさでなくても、自分の好きなもの、よいとおもうものは何なのかを考えてみることは目を養う上でも大事だと思います。

美術館で作品を1点ずつ見るようにではなく、数点の取り合わせを同時に見ます。
着物の取り合わせにも似て、それぞれの力のあるものをどう取り合せるか。
何をメインに置き、そしてサブの役割も考えます。
いくら高価な絵画でも、一枚だけ壁に掛けっぱなしでは取り合わせの愉しみがありません。

着物と帯、あるいはアクセントの帯締めや帯揚げ、帯留めを決めるように、異なる素材、異なる色、異なる技法、異なる大きさなど、異なるもので一つの世界を作る。
まず目に飛び込んでくるのは何でしょうか?
面積が大きいのは着物ですが、意外と帯の柄や帯締めの色、草履の鼻緒などに目がいきませんでしょうか?
着物も床の間飾りも変わらないと思います。晴れの日にはそれらしく、季節の行事にはテーマをそえて、何気ない日々には庭の草花や道端の草をそえて、気軽に装う。

観ることの重要性ということを、紬塾でもしばしば話します。そして、ただ観るだけではなく、そこに創造性が加味できるか、クリエイティブな見立てが出来るかということが、人間に大事な精神活動をさせてくれるのです。
それはものの本質、根源を求める見方をしなければならず、表層に惑わされてしまいがちですが、そのことに気付こうという気持ちさえあれば、一生をかけて、目利きにたどり着いていけばよいのだと、私も修業中で、難しくもありますが、歓びもあります。着物の取り合わせと一緒です。

よく茶の湯の侘びが語られますが、日本人は特に見立ての面白味、美意識を大事にしてきました。
お茶の神髄は、あれがなきゃこれがなきゃの世界ではなく、ものの本質を備えたものであれば、見立てでより深い世界へ入っていけるということではないでしょうか。入っていくのは自分で、受け身の世界ではなく能動的なクリエイティブな世界です。

工房内の小さな床の間スペースに、2点の額装に、数点のオブジェを組み合わせてサンプル的に飾ってみました。私の卓布や袱紗を添えています。


額装は、ローシルクの極薄の布で、1820年フランスのジャガード織の見本帳から額装したものです。以前からある画廊で気になっていましたが、縁あって昨年入手。とても気に入っています。垢ぬけた雰囲気が好きです。
いつの間にか庭の片隅で、バラが満開になっていました。ワイングラス(大村俊二作)に一枝、活けて見ました。
卓布は一応、名称を『卓布』としていますが、仕覆にしたり、額装にしたり、この網代は小袱紗を作れるサイズがありますので、いろいろに工夫できます。
帯地の織り付け部分です。袱紗や卓布用に経糸が余った時に織ることもありますが、それよりも織り付け部分が断然面白いものができます。唯一無二の切り取られて生まれてくる面白さ。


若かりし頃、気に入って買った青森県の下川原焼き土人形の鳩笛を合わせてみました。工房の庭にも鳩のつがいが来て、餌をついばんでいます。


こちらはキビソ糸のざっくりしたランチョンマットとして織った布。残った1枚を卓布として使っています。子供のころ着ていた着物地を裂き糸として使っています。石は母の故郷の熊野川の河原で母の亡くなった年に拾ったもの。


小さな花瓶には、庭の草々を。
スイバ、スギナ、スズメのカタビラ、コオニタビラコ、ジシバリ、ハハコグサ。
花瓶は三十年近く前に、一人でオランダを訪ねた時、デルフト陶器を販売している店で購入したもの。ガラスケースにしまわれ、私には高価なものでしたが、伊万里焼の影響も受けた焼きものですし、旅の記念に買いました。


このコーナーが私の心の置き場所。
30㎝の奥行きの小さな整理棚の上です。右の額装は私の初期の作品。


鉄の彫刻は岸野承作『人』。ものの本質をつかむ造形力が素晴らしい方です。


底の凸凹が気に入って伊勢現代美術館のミュージアムショップで買った若い作家のガラス瓶。
葉の虫食いも涼し気で美しい!

絵画は北海道の井上まさじ作。子供たちと一緒に、ワークショップで作られた小品。

花瓶をメタリックな陶器に変えてみました。不思議な魅力を持つ林みちよ作。
木蔭で休む鳩のように。

先ほどの彫刻を出し袱紗に置いてみました。作品に重みが出ます。


お茶席で拝見する時はこんな感じです。
ランダムな網代。永遠の網代織。

こちらも出し袱紗に香合を置いてみました。
輪島の角好司作。職人であり、アーティストでもある大好きな作家です。


『花明かり』と題した着物の織り付け部分で仕立てました。開いていくと表情が大きく変わります。お茶席での拝見は楽しいと思います。
オンラインショップで中身拝見できます。

布を見極めるのは、難しくもありますが、布のある暮らしは、こころの豊かさやにも通じます。細部と全体を見て、目を養いたいです。

断捨離という言葉を私は好きではありません。たくさん捨てられるモノたち。
消費の奴隷になって大量に買い、捨て、環境を汚す。目の前から不用品は捨てられても、その先の行き場のことを想像しているだろうか。。

モノにも命があり、選んだ時の思いやその時の情景まで、こうして飾ってみるとよみがえってきます。
人はいつか終わっていくけれど、モノは捨てられずに、もし人へ受け継がれていくなら幸せなことです。
コロナのこの危機に身の回りを見つめて、改めて心の置き場所としての何かを探してみませんか。

--------------------------------------------------------------------------------
櫻工房のオンラインショップでも、袱紗、卓布を扱っています。
ブログで紹介した網代の卓布はまだ掲載していませんが、近日中に追加します。
オンラインショップはリニューアルしていますので、こちらも是非ご覧ください。→
絽目の帯揚も少しですが上げています。ヘンプのステテコもこれからのシーズンご活用ください。
クレジット決済もできるようになりました。
また、郵便振替、代引き(一定の条件があります)などがご希望の方はメールでご注文くださっても大丈夫です。





コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 小さき草の花――コロナの時代... | トップ | #うちで美しいキモノ―― コロ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コロナの時代を生きる」カテゴリの最新記事