Y男の日誌

映画を見た、本を読んだ、どこに行った、何か考えたなどなどのY男の行動記録。政治の話題も。暇な時にしかアップロードしない。

良い思い出だけを残して

2020-03-23 12:23:31 | Weblog

鎌倉

浅草

かつて部下だった人。仕事をいっしょにやった人。Sさんとしよう。仕事だけでなく、飲み会やカラオケも。宴会部長の一人とも言える。僕が別の営業所に転勤してからしばらくしてSさんはその営業所を辞めたのだが、付き合いは続いた。
浅草寺、上野動物園、東武動物公園、スカイツリー、日光の華厳の滝、鎌倉、長野の善光寺などにもいっしょに出掛けた。一対一ではなくSさんを含む複数の人達とだ。どこかに出掛けると夜は北千住で飲んだ。

このところそういうイベントが無かった。Sさんは体の具合が悪いらしいと聞いていた。酒好きだから肝臓が悪いのかなあ?ぐらいに僕は思っていた。たばこは吸っていた。痩せていてメタボリックシンドロームではない。病気とは無縁に見えた。営業所を辞めたのは母親を介護しなければならないからという理由だったから、そんなに遊びに出られないのだろうと思っていた。

ところがSさんは二ヶ月前に亡くなっていたのだ。胃がん、あるいはそこから転移があっての事だと思う。先日その営業所のもう一人の宴会部長のような人(Hさんとしよう)から連絡があった。Hさんもいっしょにいろいろな場所に出掛けた人だ。

一年前にSさんはHさんには胃がんで入院する事を連絡していた。Sさんは誰にも言わないで欲しいと言っていたとの事だ。Hさんと僕はこの一年の間に何度か会って言葉を交わしたりしていたが、Hさんはその約束を守り通して、僕には言わなかったのだ。HさんにもSさんは入院先の病院を知らせなかったという。だからHさんはお見舞いに行ってない。

がんが進行すればやせ衰えもしただろう。抗がん剤を使った治療を行えば髪の毛が抜けてしまったりもするだろう。病でやせ衰え、髪の毛の無い変わり果てた容色をSさんは親しかった者達にとうとう見せなかった。我々と会いたいという気持ちはあったかもしれないが、我々はそういう事態が進んでSさんが最期の時を迎えようとしているなんて夢にも思わなかったのだ。

楽しかった良い思い出だけを残してSさんは旅立った。僕はもうSさんに会えない。

かつて親しかった人、かつてお世話になった人。今どうしていらっしゃるのか?いろいろな意味で調子が悪くなったり困っていたりすると連絡してこなくなる人もいるかもしれない。僕から連絡を取ってみようかな。僕はいつも誰かとつながっているというのを感じていたいとは思わない方なのだが。
コメント    この記事についてブログを書く
« もともとあるものか?自分で... | トップ | 『Fukushima 50』 »

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事