この映画の主役は西方仁也である。
西方他リレハンメル五輪(1994年)の銀メダルのジャンプ団体のメンバーは、「終わってしまった事は仕方ない、世界2位だって立派な事だ」と思っていたのではないか?いつまでも悔やんだり、あるいは原田の失敗を恨んだりはしなかっただろう、と僕は思う。僕なら。
しかし、原田は「自分さえ失敗しなければ皆金メダリストだったのだ。自分は三人の人生を変えてしまった」と思っていたのだ。原田本人もそれは一生消えない事と語っている。苦しいと。
原田はリレハンメルの失敗を長野五輪(1998年)で金メダルを取って皆に償うためにも、どんなに苦しくても辛くても努力した。自分を鼓舞した。その結果として日本代表を勝ち取った。
長野五輪で西方は日本代表落選、葛西は出場メンバーになれなかった。
原田は長野五輪の試合前に、西方からアンダーシャツを、葛西からグローブをかりて本番のジャンプに臨んだ。リレハンメル五輪のメンバー皆で飛ぶという事らしい。この話は僕は全く知らなかった。非常に驚いたし、感動した事実だ。へらへらしているように見えても、心の奥底に罪の意識を抱えて原田は生きてきたのだ。今後も一生背負っていくつもりでいる。
映画では原田が西方にアンダーシャツをかりに来た時に、24人のテストジャンパーの前で西方は「俺はお前の金メダルなんて見たくないんだよ」というシーンがあった。これも事実だったのか?だとすると西方はリレハンメル五輪の原田の失敗をまだ許してないという事になるし、はなはだ大人げない態度だと思う。
西方はテストジャンプ主任から、原田がリレハンメル五輪の失敗の後に言った事を聞いて原田の気持ちを理解し、他のテストジャンパーとともに競技再開のためにジャンプをやってのけた。
映画公開前の対談で、西方は、長野五輪で原田が一回目飛ぶ時に「あまり飛ぶなよ」と思っていた事を告白している。原田はその話を聞いても、「我々選手は皆個人種目ではいつもライバルだから、ライバルの健闘を称えて素晴らしいと思ってる半面、心の中では『落ちろ』と思ってる。誰もがそうだと思う。そうでないと競技者として頂点に立つことはなかなか出来ない」と特に意に介さなかった。
原田は長野五輪のラージヒル個人種目で銅メダルを獲得。世界選手権の個人種目でも二度優勝している。勝負強さ、心の強さは抜きんでていたのだろう。