備忘録として

タイトルのまま

Lost Horizon

2007-07-16 11:17:05 | 映画

ジェームズ・ヒルトン原作”Lost Horizon(失われた地平線)”のフランク・キャプラ監督版(1937年)は西荻窪駅近くのレンタル屋にあった。完全なフィルムが残っていないということで途中静止画も含まれていた。桃源郷シャングリラの基本的な哲学は中庸で、争わない、欲しがらない、平穏などがキーワードになっている。大作だが、同じ監督による”或る夜の出来事”の出来にははるかに及ばない作品だった。ただし、高校時代に見たオリビア・ハッセーのLost Horizonは、あのオリビアがシャングリラの外で老婆に変貌する衝撃的な場面しか覚えていないので、それよりはメッセージ性が高いのかもしれない。フランク・キャプラは複数のエンディングを作っていたらしいが、今回観たのは主人公が苦難の末にシャングリラの入り口を見つけるところで終っていた。
シンガポールの有名なシャングリラホテルには、”Lost Horizon"というディスコが少なくとも1980年にあったが今はない。シンガポールのシャングリラには泊まったことがないが公私で何度も利用した。中華料理レストランの”Shang Palace"は高かったがよく利用した。1983年ごろ日本からの友人と昼飯を食べに行ったのだが、友人が半ズボンだったため隅の席に座らされ注文した食皿が次々と出てきて”早く食って帰ってくれ”という態度があからさまだった。我々はいかにも怪しい集団だったので店の格式を考えると入場を拒絶されても文句が言えず笑い話ですませ、その後もよく利用した。日本料理店の”灘万”はさらに高級で知り合いの家族がうまいものを食べようと入ったがあまりの値段に驚き”うどん”を食べてそそくさと出てきたというが、灘万のうどんはさすがに感激で飲み下し難かっただろうなと想像できる。クアラルンプール・シャングリラも含め灘万では何度か食事をしたがいずれも人の金だったので余裕で美味だった。
昨年2月に家族旅行でバンコクに行ったときに、シャングリラホテルに泊まった。リバークルーズ用のホテル所有の船に”Horizon II”という名が使われていて、アユタヤからバンコクまでチャオプラヤ川クルーズに乗った。1991年のバンコクでの学会で某有名教授と食事をしたとき、教授のお嬢さんが5月の節句に”ちまき”を食べる由来を間違って述べたのを、楚の屈原が憤怒で汨羅(べきら)に身を投げた無念を人々が鎮魂してちまきを川に投げ入れたことに由来すると正したのがここの”Shang Palace"である。
一昨年、中国の雲南省へのシャングリラツアーに参加したシンガポール人の同僚が、埃っぽい街で観光地化していたとがっかりして帰ってきた。桃源郷は小説や映画の中にしかないのが現実のようである。

***********ポスター(IMDb)と以下を追記 2 Dec 2014*************

「Lost Horizon」1937、監督:フランク・キャプラ(「It Happened One Night、或る夜の出来事」、「You Can't Take It with You」)、出演:ロナルド・コールマン(「Randam Harvest、邦題:心の旅路」)、ジェイン・ワイアット、トーマス・ミッチェル、白黒で保存状態が悪く画面が見ずらく、途中途切れて静止画像を使うほどの状態だった。映画の最後、雪山深くシャングリラへの入口の道しるべを見つけた場面は感激した。★★★☆☆

「Lost Horizon」1973、監督:チャールズ・ジャロット、音楽:バート・バカラック、出演:ピーター・フィンチ、リブ・ウルマン、ジョージ・ケネディー、マイケル・ヨーク、オリビア・ハッセイ、ジョン・ギールガッド、豪華配役のミュージカル、特に音楽を担当したバート・バカラックは、大人気の映画「明日に向かって撃て」の”Raindrops keep fallin' on my head"の作曲家でもあり、当時”男と女”や”ある愛の詩”の作曲家フランシス・レイと並んでもっとも有名な映画音楽家の一人だった。この映画のサントラ盤レコードを持っていた。youtubeで再見したがシャングリラでのエピソードがありきたりで感動は少なかった。高校時代の初見のときも期待が大きすぎた所為か少しがっかりした記憶がある。★★☆☆☆ 


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