透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「木精」 読了

2012-03-10 | A 読書日記




■ 『木精』新潮文庫読了。


**ぼくは椅子にかけた女に近づき、その腕を調べようとして、なにげなくその顔立ちを見た。すると、幼いころから思春期を通じて、ぼくが訳もなく惹きつけられていった幾人かの少女や少年の記憶が、たちまちのうちに、幻想のごとく立ちのぼってきた。あの切り抜いた少女歌劇の少女の顔にしても、たしか片側は愉しげで、もう一方の片側は、生真面目な、憂鬱そうな顔をしてはいなかったか。その女性―まだ少女っぽさが残っている彼女の顔は、あの写真の片面同様、沈んで、気がふさいで、もの悲しげだった。**(33頁)

前回『木精』を読んだときと同様、蕁麻疹(じんましん)の治療のために往診して初めて会った女性、倫子の印象を書いたこの部分がやはり印象的だった。

いつも明るく振舞っているのに、ちらっと見せる寂しげな表情、どことなく漂う暗い影・・・。他の誰も気がつかないその刹那。昔々、僕が若かりし頃に惹かれた女性に通じる雰囲気。

**倫子、君を愛したということは、或いはぼくの人生が表面的な不幸の形で終るにせよ、なおかつ幸福であったといえることにつながるのだ。倫子、ではさようなら。ぼくは自分のもっと古い過去の時代に戻っていかねばならない。それを書き造形することがぼくの孤独な凍えた宿命なのだから。**(262頁)

物語の終盤で主人公は倫子との恋をこのように総括する。そして「人はなぜ追憶を語るのだろうか」に続けて「どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるものだ。・・・」と『幽霊』を書きはじめる。

『木精』は『幽霊』の続編という位置づけだが、今回読む順番を逆にしたのはこのことによる。

『幽霊』も『木精』同様、30年以上も前に買い求めた。用紙がかなり変色しているし、今の文庫本と比べて文字が細かい。でもいかにも昔読んだ文庫本という感じがして好ましい。


 


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