透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

C2「ゴリラの森、言葉の海」

2023-01-09 | A 読書日記


『ゴリラの森、言葉の海』山極寿一、小川洋子(新潮文庫2021年)C2

■ 対話、対談を収録した本を今までも読んでいるが、中には全くかみ合っていないと思うような対談もある。相手の発言を受けずに、別のことを話し出すというような。具体的に書くことは控えるが、著名な建築家と建築史家の対談を収録した本を昨年読んだとき、そう思った。その本の帯の文章の最後に**話題はGHQ、ナチスから黒川紀章、ゴジラ、寅さんまで縦横無尽。**とあったので、期待したけれど・・・。

昨日(8日)読んだのは『ゴリラの森、言葉の海』。「ゴリラの森」に入り込んで彼らの生態を観察・研究する霊長類学者の山極寿一さん、「言葉の海」にどっぷり浸かって小説を書く小川洋子さん。全く違う世界と思われるふたりの知的活動の場が実は深い所で繋がっている、ということを感じさせる対話だった。

カバー裏面のこの本の紹介文は**野生のゴリラを知ることは、ヒトが何者か、自らを知ること**という書き出しだが、京大の山極研究室や屋久島で行われた二人の対話は、まさに人間の本性をめぐる一つの論考のように進んでいく。

二人の発言が深い。味はなかなか共有できないということに話が及んだ時、小川さんの**辛さの度合いもあるし、なかなかその感覚は共有できかせんね。**を受けて、山極さんが**ですから、味が多彩になったのは、われわれが言葉というものを情報として交換できるようになったからではないかと僕は思っているんです。**と返す(231頁)。

**(前略)小川さんのような方には失礼だけど、言葉というものは信頼を担保しません。やっぱり、接触や行為のほうが信頼の手がかりになる。「あの人は私にこうやって微笑んでくれた」というほうが、どんなに賛辞を並べられるよりも、うれしいことなんです。**
**そう考えると改めて、作家が背負わされている矛盾の深さを思い知らされます。本来何ものとも代替不可能な、もちろん言葉にも置き換えられないはずの、人間の心を言葉で表現しようとしているのですから。その不可能を自覚することが、作家としてまず必要だと思います。(後略)**(101,102頁)

ゴリラ観察によって得られたであろう知見を山極が語れば、それを受けて小川さんが、作家としての覚悟を語る。このようにいろいろなテーマの会話は次第に深まっていく。

新年早々、興味深いというか、意義深い対話に接した。