透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー



蔵の壁の親子亀

2017年10月01日 | C 建築に棲む生き物たち



棲息地:諏訪郡富士見町立沢の蔵の外壁 観察日170924

 9月24日に富士見町の火の見櫓めぐりをした。諏訪地方には火の見櫓が多く、一度や二度では見尽くせない。また出かけたいと思う。

火の見櫓に集中していると民家には目がいかないが、富士見町の集落には立派な蔵が点在しているので、それらのいくつかを観察した。そしてある蔵の壁面に亀がいることに気がついた。



親亀の後に続く子亀、微笑ましい。


 

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丸の内オアゾのトンボを見て・・・

2016年07月18日 | C 建築に棲む生き物たち






丸の内オアゾにて 撮影日160711

■ これを「地面の蓋」で取り上げるか、「建築に棲む生き物たち」で取り上げるか迷いましたが、後者にしました。蓋という確信がありませんので。

丸の内オアゾの丸善店内の落ち着いた雰囲気が好きで、東京するたびに立ち寄ります。4階のカフェでコーヒーを飲みながら、買ったばかりの本を少しだけ読むという至福の時を過ごすのです。

マンホール蓋に注目するようになって初めてオアゾの床面の蓋(?)の存在に気がつきました。目から入る視覚的情報は脳に伝わりますが、不思議なことに(別に不思議なことでもないのかな)意識していないと脳はその情報を認識しないようですね。その場合は記憶には残らない、残ったとしてもあいまいな記憶、ということになるのでしょう。この蓋(?)がまさにその通りで、いくつも並んでいるのに今まで意識したことがなく、従って記憶にも残っていませんでした。同じ光景を目にしても記憶に残るものは人それぞれということも頷くことができます。意識しているもの、関心のあるものは人それぞれですから。

で、これは何でしょう・・・。蓋(?)としたのは蓋なのかどうかもわからないからです。単なる床面の装飾的なモノでもなさそうです。オアゾの外にも内部のホールにもいくつもあります。マンホール蓋のダミーを並べて床のデザインに活かした? 本当のところは分かりません。

表面の模様(地紋とすべきでしょうか)は複数ありましたが、そのデザインのひとつがこのトンボたちです。トンボをシンプルな形に捉え、グラフィカルにデザインしています。

トンボの向きはバラバラです。この様を見ていてふと若かりし頃のことが浮かびました。みんなそれぞれ違う将来を見据えていたんだなあ・・・。




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壁ネコ

2016年03月20日 | C 建築に棲む生き物たち





棲息地:中島書店正面外壁 塩尻市広丘高出1494の6 観察日160320

開いた本のページにうつ伏せになっているのはネコとなんだろう・・・。

ときどき出かける書店。今読んでいる髪結い伊三次捕物余話シリーズは全てここで買っている。今日も「時を刻む時計」「心に吹く風」「月は誰のもの」の3冊を買った。

ネット注文が増えてしまって、書店はどこも苦戦しているのではないかと思う。でも私は書店で買いたい・・・。


 

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ガルガに棲む生き物たち

2016年02月28日 | C 建築に棲む生き物たち





棲息地:松本市深志3-10-26 観察日 160227

 ガルガは松本市民芸術館の南側にある。昨日の午後、松本市美術館で開催された講演を聴く前に友人のN君とここで食事をした。

かつての繭蔵の1階をカフェとクラフト・ショップに、2階をギャラリーとして使っている。松本は蔵の町、市街地にも多くの蔵があるが、取り壊されてしまった蔵も少なくない。こうして、今でも使われているのはうれしい。日本の(と敢えて書くが)都市の魅力のひとつは新旧混在、例えば古い神社とモダンなビルが隣り合っていることにある。ガルガのすぐ近くには深志神社があり、神社に隣接して伊東豊雄さん設計のモダンな芸術館がある。

蔵の妻壁上部の「牛鼻」には家紋や寿、水などの文字の他、縁起物の鶴や亀の造形が施されていることが多い。この蔵の牛鼻には漆喰鏝絵の鶴が棲んでいる。長命の鶴に末長い繁栄を願ったのだろう。

蔵の入り口脇に道路標識が立て掛けてある。「ネコ 横断注意」とでも解せばよいか。


 

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牛鼻に棲む鶴と亀

2015年06月28日 | C 建築に棲む生き物たち





棲息地:茅野市豊平の蔵  観察日 150627

 茅野には火の見櫓も多いが蔵も多い。昨日、尖石縄文考古館へ行く途中でこの蔵を見かけた。妻壁の蔵ワッペン、牛鼻には縁起の良い動物最上コンビの鶴と亀が棲んでいた。

このカテゴリーも忘れてはいけない。




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北熊井諏訪神社のこれは・・・

2014年09月29日 | C 建築に棲む生き物たち





 塩尻市片丘北熊井、前稿で取り上げた火の見櫓の近くにこの諏訪神社がある。本殿は県宝に指定されている。本殿の手前、拝殿の屋根に1対の狛犬・・・、か? 右は口を開けた阿形、左は口を閉じた吽形。


 

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子付き・玉持ち狛犬

2014年07月23日 | C 建築に棲む生き物たち

 



東京都江戸川区の豊田神社の狛犬

 狛犬は一対で神聖な場所を守護するために神社(寺院にもある)の参道の両側に設置されている。 「阿吽」、この言葉で仁王像を思い浮かべる人が多いかもしれないが、狛犬も向かって右側が口を開けた阿形、左側が口を閉じた吽形をしているのが一般的だ。これについては仁王の姿をまねた、という説もある。

ただし、例外もあって、京都の清水寺の仁王門前の狛犬は、なぜかともに口を開けた「阿形」。何年か前、「大人の修学旅行(贅沢三昧な旅行だった)」で京都に行ったとき(過去ログ)、同行したガイドさんの紹介でこのことを知った。

ところで狛犬はもともと向かって右側が獅子で左側が狛犬だったようだ。左右別の動物だったわけだが、次第に外観上の違いが少なくなって、まとめて狛犬と呼ばれるようになった、ということのようだ。

獅子は中国の動物、狛犬は中国ではない、異国の動物だったという説明もネット検索で見つけた。どうやら狛には異国のものという意味があるらしい。

少しまわり道をしたが、この江戸川区の豊田神社の狛犬は向かって左側は子持ち(子取り)で、意味はお馴染みの「子孫繁栄」。右側は挙げた手、もとい前足の下になにもない。ここには元々、玉があったのではないか。

左右共に玉を持っている狛犬や共に子どもを抱いて(?)いる狛犬もあるようだ。ネットで狛犬の画像を検索してみると、右が玉持ちで左が子付きという組合せが多いような気がする。玉には将来良いことが起こるように、物事がうまく運ぶようにといった意味があるという。

どのような理由で玉が無くなってしまったのか、なぜ狛犬と一体につくらなかったのか・・・。どうもうまい、なるほどな説明が浮かばない・・・。



この狛犬は江戸末期(文久3年)に造られ、大正時代(大正11年)に改築されたことが台座の石に刻まれている。この改築の時に玉が割れてしまった? そうだとしたら、なぜその時、新たに玉をつくらなかったのだろう・・・。

 謎が謎よぶ殺人事件 狛犬・・・。


 

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週末東京 その3

2014年07月21日 | C 建築に棲む生き物たち










■ 都営新宿線の瑞江駅から東瑞江2丁目、篠崎海道沿いに立っている火の見櫓を目指して歩いていてこの豊田神社に遭遇。見ると狛犬がいたので立ち寄った。

2対のうち、奥のものは文久3年につくられたことが石に彫り込まれている。狛犬のことは分からないが、これは古い部類に入るのでは、江戸末期ならそうでもないか・・・。


 

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梅にうぐいす

2014年02月08日 | C 建築に棲む生き物たち




棲息地:朝日村のそば店「ふじもり」の障子の額 撮影日140208

 この国から消えていくものは様々ありますが、住宅の和室もそのひとつでしょう。まだ絶滅危惧空間ではないかもしれませんが・・・。従って和室を構成する要素の床の間、たたみ、襖、障子なども消えつつあるということなのでしょう。こんな状況ですから、普段この写真のような額付障子を目にする機会はあまりないでしょうね。このような額付障子は戦後あまり使わなくなった、という事情もありますから尚更でしょう。

朝日村にあるそば屋さん『ふじもり』まで出かけてきました。店内にこの障子がありました。『ふじもり』は古民家を改修した店ですから、このような障子をわざわざ使ったのでしょう。梅にうぐいすという春の図がすりガラスに描かれています。

寒さ厳しい日々、春が待ち遠しいです。梅が咲き、うぐいすが啼く春が早く来ますように・・・。


  

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狛犬?シーサー?

2014年01月08日 | C 建築に棲む生き物たち

   
我が家の玄関に棲む狛犬?シーサー?

 いつ頃我が家にやって来たのか記憶にありませんが、かなり前にお土産でいただいたものだと思います。長い間、今や納戸と化した旧自室の書棚にいましたが、しばらく前に玄関に引っ越してきました。火の見ヤグラ―にして狛犬研究家・のぶさんの影響で少し狛犬にも関心を持つようになって、この狛犬のことを思い出した次第です。

狛犬の土産品というのは少ないようで、これも沖縄土産のシーサーかもしれません。知識がないとそんなことの見分けもつかないわけで・・・、なんともトホホな状態です。まあ、狛犬もシーサーも共にルーツをたどると同じもの、そう、スフィンクスに行きつくという説が有力だそうですし、役目も同じということではありますが・・・。


 追記 今日、同僚の新婚旅行土産のシーサーだと確認できました。

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長楕円に桜の花びら?

2013年11月10日 | C 建築に棲む生き物たち



  これは・・・?  





実はここにはSANPATSU―YA とあって(上は画像処理している)、散髪からハサミ、それからの連想でカニだと分かる。いや、上の写真からもカニだと分かるが・・・。



棲息地: 塩尻市内のスーパーマーケット 撮影日131110

ある形をみて、脳がそれをどのように認知するか、これは認知心理学が扱う興味深いテーマ。
L● このようなシンプルな形でも人の顔に見えてしまうのはなぜだろう・・・。



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阿吽

2013年07月26日 | C 建築に棲む生き物たち



  
棲息地:沖縄居酒屋「島家」 松本市大手 撮影日130726

 狛犬も仁王像もそしてこのシーサーも阿形(右側)と吽形(左側)から成るがそれはなぜだろう・・・。阿形と吽形は密教では万物の初めと終わりを象徴するものとされている。人生の始まりと終わりを表していると聞いたこともある。

狛犬、仁王像、シーサー。これらのルーツは同じで、古代オリエントのライオンだという。

もともと左右同じ姿・形で日本に伝わったのだが、左右同じであることが日本人の心性に合わなくて違う姿にアレンジしたという説がある。納得!


 

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壁に棲むトンボ

2013年07月20日 | C 建築に棲む生き物たち

棲息地:深志教育会館外壁  観察日 130719


 

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キリンに見えてしまうのはなぜ?

2013年06月30日 | C 建築に棲む生き物たち


夏のフォトアルバム 撮影日130623 名古屋の金城ふ頭にて

キリンに見えてしまうのはなぜだろう・・・。

どうやらヒトの脳はものを生き物に見てしまう癖があるようだ。車の正面は顔に見えてしまうし・・・。


 

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狛犬って何?

2013年04月20日 | C 建築に棲む生き物たち





 狛犬についてウィキペディアしてみると、飛鳥時代に日本に伝わったとある。その時は左右対称の姿だったが、平安時代になると左右で姿・形が異なるようになったようだ。

ここで思うのはお寺の伽藍配置のこと。伽藍配置も左右対称で日本に伝わってきた。が、やがて左右非対称に変わっていった。

日本人には左右対称のような自然でないもの、不自然さを嫌う性向があるようだ。左右で形の異なる狛犬も伽藍配置と同様、このような日本人の非対称への志向の表れではないかと思う。

阿形、吽形といえば仁王像だが、狛犬にもそのデザインを採り込んで左右非対称にした・・・と、とりあえず我が珍(?)説を挙げておく。

狛犬という呼称については、神仏の守護神であることから拒魔犬(魔除け)だとする説、朝鮮半島経由で日本に伝わったことから高麗犬だとする説など諸説あるようだ。まあ、大半の文化が朝鮮半島経由で伝わってきていることを勘案すると、わざわざこの珍獣に限って高麗犬などと呼ぶことはないのでは・・・。拒魔犬のほうが、私としてはなるほど!と納得かな・・・。

ところで、のぶさんのコメントによると、ここ妙義山中之嶽神社には江戸中期の狛犬もある(いる)とのこと。確かにかなり損耗していて形がよく分からない狛犬を見かけた。でもしっかり観ることも、写真に撮ることもしなかった。やはり知らないもの、知識がないものは見てはいても脳が認識しないのだなあ・・・。それに美女ふたりの同行で気もそぞろだったかも・・・、いかんなあ~。


 


 

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