「薄雲 藤壺の死と明かされる秘密」
■ 冬、明石の君は姫君を養女にしたいという光君の申し出を受ける。とまどう明石の君に母親も姫君のためにどうするのがよいか考えるべき、光君を信頼して、養女に出すように助言する。明石の君は泣く泣く受け入れた。これは父親(明石の入道)の宿願でもあった。春先、光君が姫君を迎えに大堰にやってくる。二条院に迎えられた姫君は紫の上になつく。
年が改まり、光君の義父(葵の上の父親、太政大臣)が亡くなる。信頼していた義父だけに光君はひどく気落ちする。さらにその年の三月、今度は藤壺の宮が亡くなる。光君は相当ショックだったと思う。
入り日さす峰にたなびく薄雲はもの思ふ袖に色やまがへる (入り日の射す峰にたなびいている薄雲は、悲しみの喪に服す私の袖に色を似せているのだろうか)(565頁)と光君は詠む。この後、**聞いている人はだれもいないので、せっかくの歌ももったいないことですが・・・・・。**(565頁)と紫式部は書く。このくだりを読んで、司馬遼太郎も小説の中に自分の感想を書くことがあったな、と思う。
この帖にはもうひとつ大きな出来事が・・・。四十九日の法要が済んだころのこと。藤壺の宮の母后のころから祈禱師として仕えてきて、藤壺の宮も尊敬し、親しくしていた僧都(そうず)から冷泉帝は出生の秘密を明かされる。**「まことに申し上げにくいことで、お聞かせ申してはかえって罪にあたるかもしれないと憚(はばか)られるのですが、ご存じでいらっしゃらないのでしたら罪深く(後略)」「幼い頃から心を許してきたのに、何か私に隠していることがあるとは、ひどいではないか」**(566頁) 帝は悪夢のようなことを聞かされ、ひどく動揺する。光君は我が子の出生の秘密が漏れたことに気が付く、極秘だったのに。帝は「実父」である光君に譲位しようとするが、光君は**ぜったいにあってはならない旨を伝えて辞退する。**(569頁)
「薄雲」は尚続く。
秋、斎宮女御(六条御息所の娘・梅壺女御)が二条院に退出する。亡き六条御息所のことが忘れられない光君は女御の御殿を訪ね、御息所の思い出話をする。春と秋、どちらが好きかと光君に問われた女御は**いつとても恋しからずはあらねども秋の夕(ゆうべ)はあやしかりけり**(573頁)と古歌(古今集)を挙げる。なんともすごい教養。2,3の単語を小さい画面上でつぶやくだけの現代人とのこの違い、文化の違い(?)・・・。
光君は息子の奥さんを何とかしたいという衝動に駆られるが、自省、自制する。そう自省して自制。このことが次のように書かれている。**(前略)少々手荒なことをしてしまいたい衝動に駆られるけれど、女御が本当に嫌だと思うのももっともであるし、自身でも、年甲斐もなくけしからぬことだと思いなおし、ため息をついている。**(574頁) 藤壺の時とは違い思慮深さが身についてきたと自覚もする光君。この後、物語はどう展開していくのだろう・・・。
このような長大な物語を構想し得たこと、そして書き上げたこと、やはり紫式部は平安の才女だ。
※ 拙ブログでは引用箇所を**で示しています。ただ、和歌については省略している場合があります。
1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋