透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「芥川賞の謎を解く」を読んだ

2019-11-21 | A 読書日記

 この本を一言で紹介するなら芥川賞選評通読記。

大江健三郎の田中康夫『なんクリ』評。田中康夫の『なんとなく、クリスタル』を江藤 淳が高く評価したことは知っていたが、大江健三郎がどう評価したかについては全く知らなかった。それは**明らかに江藤の発言を意識した辛辣な選評だった。**(191頁)

**田中康夫氏『なんとなく、クリスタル』は、風俗をとらえて確かに新鮮だが、風俗の向こうにつきぬけての表現、つまりすぐさま古びるのではない文学の表現にはまだ遠いだろう。多くの註をつけることで、作家としての主人公への批評性を示したという評価も見た。しかし一般に軽薄さの面白さも否定しないけれど、文学の批評性とは、やはりもっとマシなものではないだろうか?**(191、2頁)なるほど確かに、と私は共感する。

昔の芥川賞作品の選考会では審査委員の作家たちが自分の文学観に基づき(って当たり前だけど)、候補作品について激しく議論していたことが本書でよく分かる。昔は熱かった作家たち。

巻末に第1回上半期(1935・昭和10年)から第152回下半期(2014年・平成26年)までの芥川賞候補作の一覧表が載っている。記憶している作品や実際に読んで、書棚に並ぶなつかしい作品も何作かある。



川上弘美の作品をずっと読んできた私には受賞作『蛇を踏む』の評価が気になる。第4章「女性作家たちの時代」に丸谷才一、日野啓三がこの作品を高く評価したこと、石原慎太郎と宮本 輝が全否定したことが紹介されている。知らなかった・・・。そうか、宮本 輝も評価していなかったのか、知らなかった。

選考会の様子や受賞会見の様子が分かる写真も載っている。選考会で並ぶ川端康成と三島由紀夫の写真も。石原慎太郎と村上 龍がそろって、青山七恵の『ひとり日和』を褒めたということについても詳しく紹介している。私はこの作品を受賞の翌年(2007年)に読んでいる(過去ログ)。再読しようと探すも、カオスな書棚に見つけることができなかった・・・。本をきちんと整理しなくては。

『芥川賞の謎を解く』鵜飼哲夫/文春新書 文学好きにおすすめの1冊。


過去にも芥川賞の選考について書いている(過去ログ)。