透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

下小曽部の道祖神

2012-02-11 | B 石神・石仏


塩尻市の下小曽部大日の双体道祖神

 鬼は節分の豆まきに欠かせないキャラクタ―ですが、この鬼って、厄神を具体的なものとして可視化したものなんですよね。目に見えないものを可視化することで、みんなで共通なものとして認識することができるわけで、これってすごく意味のあることのように思います。仏の姿を具体的な形で表現した仏像の場合もそうです。

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厄神というのは空間の境目、時間の境目から侵入してくると考えられているということで、道祖神は集落の入り口やはずれ、つまり空間の境目に祀られていることが多いですし、豆まきは節分、つまり時間の境目に行われます。道祖神のことを塞(さえ、さい)の神ということも頷けます。塞は塞ぐという意味ですから、空間の隙間を塞ぎ厄神の侵入を防ぐ神様と理解することができるというわけです。

この道祖神は抱肩握手像です。男神と女神がお互い相手の肩に手をかけ、握手をしています。道祖神によくみられるポーズです。裏面に下小曽部村中と彫ってありますが、他の文字は見当たらず、建立年も分かりません。像の摩耗の状態などから古いものだろうと思います。

道祖神にはこのように仲のいい神様が彫られていますが、これは熱々のところには厄神は寄りつこうとはしないと考えられていたからだとか。

**道祖の神々に官能的な姿態をとらせ、生命力の旺盛さを強調し、それによって悪霊などの外敵の侵入を防ごうとした人たちの心根は微笑ましい。**『道祖神』降旗勝次編/鹿島出版会に収録されている加藤氏の「三国街道の道祖神」より引用(182頁)

道祖神巡り まだまだ続けます。


 


大国主神

2012-02-11 | A あれこれ

大黒様

大きな袋を 肩にかけ 
大黒様が 来かかると
ここに因幡の 白うさぎ
皮をむかれて 赤裸

大黒様は あわれがり
きれいな水に 身を洗い
がまの穂綿に くるまれと
よくよく教えて やりました

大黒様の いうとおり
きれいな水に 身を洗い
がまの穂綿に くるまれば
うさぎはもとの 白うさぎ

大黒様は 誰だろう
おおくにぬしの みこととて
国をひらきて 世の人を
助けなされた 神様よ

作詞 石原和三郎
作曲 田村 虎蔵

この歌、今の若い人たちには馴染みがないかもしれません。「今の若い人たち」、なんだか年寄りの台詞のようでいやですが・・・。

この歌の大黒様は大国主神(おおくにぬしのかみ)のことです(私は大国主命(おおくにぬしのみこと)と記憶しています)。ですから大黒様という漢字表記ではなく、大国様が正しいのではなかと思います。このことについて今読んでいる『日本の神様』徳間書店には大黒天について**「だいこく」という音や大きな袋を担ぐ姿から大国主と同一視され(後略)**(57頁)とあります。

この雑誌には青木繁が描いた「大穴牟知命」という絵が載っています。大穴牟知は大穴牟遅(おおなむぢ)と表記するのが一般的なようですが、大国主神の別名です。青木繁は「海の幸」で有名な画家ですね。日本の神話をモチーフにした絵も描いていて、この絵もその内の一作です。

さて絵について簡潔に説明したいのですが・・・。

大穴牟遅神(おおなむぢのかみ 神様の名前は難しいです)には多くの兄弟神がいて、ある時、稲羽(因幡・鳥取県)に住んでいる八上比売(やがみひめ)に求婚しようと出かけて、途中で因幡の白うさぎと出会った、というわけです。

和邇(わに)に皮をむかれて苦しんでいた白うさぎに「海水を浴びて、風のよく通る高い場所で横になるのがよい」と、とんでもないことを言ったのは「八十神」と呼ばれた兄弟神たち。荷物持ちとして同行していた(だから大きな袋を肩にかけていたんですね)大穴牟遅神が後から通りかかって白うさぎを助けたんですよね。経緯は歌詞の通りです。

助けてもらった白うさぎは予言します。「八上比売と結婚できるのはあなたです、八十神の望みはかないません」と。予言の通り、八上比売は八十神たちの求婚を断って、「私は大穴牟遅神に嫁ぎます」と答えるのです。これに怒った八十神たちは2度も大穴牟遅神を殺してしまいます。そういえば2度死ぬって007にもありました。

「この山に暮らすイノシシを捕まえたい。私たちがイノシシを追い落とすので、お前が捕まえよ」と言って八十神たちはイノシシに見せかけて山の上から熱く焼いた石を落とします。石をイノシシと誤認、大穴牟遅神は全身にやけどを負って死んでしまいます。大穴牟遅神のために高天原(古事記に描かれている神話の世界で神々が住んでいるところ)に助けを求めた母親(刺国若比売)。それに神産巣日命(かみむすひのみこと)が応え、ふたりの(ニ柱のと書くべきでしょうか)女神を地上に遣わします。

青木繁の「大穴牟知命」には大穴牟遅神とふたりの女神が描かれています。貝を削った粉を自らの乳で溶かし、大穴牟遅神の全身に塗ったところ息を吹き返した・・・。正面を向いて鑑賞者を見つめる女神は「海の幸」の女性とよく似ています。この女神も海の幸に描かれた女性同様、青木繁の恋人がモデルでしょう。

出雲大社には大穴牟遅神(大国主神)と白うさぎの像「御慈愛の御神像」があるそうで、雑誌に載っています。青木繁の「大穴牟知命」と同一人物、じゃなかった同一神様ということになりますが、まったくイメージが違います。

今日は建国記念の日、神話の世界に親しむのもよいかと・・・。


 
「大穴牟知命」青木繁  全裸で倒れているのが因幡の白うさぎを助けた神様