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哲仙の水墨画

デジカメの風景写真、四季の草花、水墨画、書、短歌などを楽しみます。

真禅院三重塔(写真)

2017-10-30 07:17:12 | 写真
国道に真禅院の塔見えて
寄れば美濃路は紅葉に早し        樋田哲仙

 米原から大垣へ向かう国道21号線の垂井辺りを走っていると養老山脈方面の低い山に三重搭が見え隠れする。何度も走りながら立ち寄るこたができなかったが、やっと実現にこぎつけた。地元では名のある古刹の真禅院であった。参道の階段を進むのも雰囲気がある。紅葉にはまだ早すぎる。本堂は修理の覆いで隠れてしまっている。塔は悠然として境内に建っていた。


南宮大社社殿(写真)

2017-10-27 07:15:20 | 写真
南宮に盗難除けの札受けて
七十年余の今や訪ねる       樋田哲仙

 小学性のころ父につられて南宮大社へお参りした。終戦直後の混乱期で、食料、物資の不足で盗難がよく発生したものだ。畠のサツマイモがわが家では盗られたた。そこで南宮さんの盗難予防のお札を受けに出かけたのである。赤い大きな神社の記憶しかない。70年余を過ぎている。改めて境内に立つと立派な神社である。

台風21号で線路が陥没(写真)

2017-10-24 07:13:29 | 写真
橋脚の下えぐられて鉄道の
運休したる台風惨禍      樋田哲仙

 NHK全国放送が台風21号の集中号により南海電鉄鉄橋の橋脚が陥没したと伝えた。最初阪南市と聞いたので遠くと思ったが、徒歩6分の阪南市と泉南市の境界を流れる川幅約130㍍の男里川のことと知って驚いた。下り線の橋脚が陥没して線路が下へ曲がってしまった。大惨事は免れたが、復旧には約3ケ月は必要通だろう。この影響で通勤時間帯に車の大渋滞が発生した。

南宮大社楼門(写真)

2017-10-21 07:05:08 | 写真
田舎にも朱色の映える南宮の
神の庇護者は春日局      樋田哲仙

 南宮大社は大垣の西に位置し、不破郡垂井町にある。片田舎に大層豪華な大社である。旧国幣大社で美濃の国一の宮とある。立派さを不思議に思い、庭を掃除している神官に尋ねるとこの地出身の徳川家光の乳母春日局の庇護でできているとのこと。これで納得。

隆泉寺に建つ良寛の墓(写真)

2017-10-18 07:09:11 | 写真
良寛の足跡あまためぐり来て
ここぞ最後の隆泉寺の墓       樋田哲仙
 
 昨年に引き続き良寛の足跡を多数訪ねてきた。出雲崎、燕、長岡の各地にわたる。寺も持たない良寛が多くの村人から村童に至るまで慕われたのは何かに魅せられての行程である。良寛は曹洞宗の禅僧でありながら、墓は浄土真宗の隆泉寺に建つ。

良寛禅師庵室之跡の碑(写真)

2017-10-15 07:14:01 | 写真
木村家に最晩年の充実の
暮らせし証し石碑のみ建ち       樋田哲仙


 前回に引き続き木村家を取り上げる。裏へ回ると、開けっ放しで自由に出入りができる。人影もなく、無断でほんの少し入らせてもらった。良寛が住んだ跡地に石碑が建つ。良寛の生きざまを想像しながらしばらく動かなかった。

良寛が最後にお世話になった木村家

2017-10-12 07:17:12 | 写真
良寛の生き様まさに万丈の
命を越後和島に閉ぢる       樋田哲仙

 良寛の人生は波乱万丈であった。出雲崎の名主の長男として生まれながら、家督を弟に譲り僧侶の道へと進む。岡山で修行したのち、越後へ帰京する。国上山の山中で暮らして最後は廻船問屋の木村家の離れに4年生きて人生を閉じた。73歳。村民からの信頼は篤いものがあった。

燕市分水良寛史料館(写真)

2017-10-09 07:05:45 | 写真
前回は貞心尼の書見かけども
展示のなくて気落ちのひどし       樋田哲仙

 燕市分水良寛史料館で昨年貞心尼の書が多数展示されていた。書は年齢を表すもので、貞心尼の年齢にしては成熟していた記憶がある。今回はじっくりと鑑賞する目的で入館したのだが、全く作品はなかった。館としては長期間展示はできなのもうなずける。が、落胆は大きかった。

弥彦神社楼門(写真)

2017-10-06 07:13:11 | 写真
前回の弥彦神社は回廊に
豪華盆栽蘇りくる       樋田哲仙

 前回とは昨年の5月の連休のことで、野山が新緑に映えていた時である。弥彦神社の回廊に豪華な盆栽が70点はあったと思う。中でも藤の花の満開が幾鉢も出品されていたのが忘れられない。大都会では栽培ができない。農家の人たちの盆栽愛好家が多数いて、このイベントとを盛り上げているのだろう。

新潟弥彦神社(写真)

2017-10-03 07:14:39 | 写真
はるばると訪ねきたるははからずも
越後の弥彦二度目の参り       樋田哲仙

 良寛の足跡を訪ねて国上山五合庵や国上寺を訪ねれば、弥彦神社は目と鼻の間である。訪ねずにはいられない。先に訪ねた居多神社が越後一宮とあったが、比較にもならない。広大な境内、鬱蒼とした樹木は素晴らしい。碑に国幣中社とあるが、官幣大社であってもよいのだが。

千眼堂吊橋(写真)

2017-09-30 07:10:43 | 写真
通りても近くはならぬ吊橋の
山間にして馬鹿でかきもの        樋田哲仙

 五合庵と朝日山展望台を結ぶ千眼堂吊橋は長さ124㍍、平成3年に完成された。山中に豪華な橋で驚かされる。まず、思うに利用者が少ないのではないだろうか。良寛をよく知る者以外はまず訪ねてこない。一大観光地でもない。よく建てたものだ。


 

国上寺(写真)

2017-09-27 07:12:54 | 写真
国上寺ここの住職良寛を
何かと厚く見守りゐたり         樋田哲仙

 良寛が長年籠った五合庵の約150㍍上方に国上寺がある。ここの住職が何かにつけて良寛の面倒を見ていたという。1日米五合を支給していた。このことから五合庵と名づけられた。山中であり、生活用水はどこから得ていたのだろうと第一に考えさせられる。

再び五合庵(写真)

2017-09-24 07:17:50 | 写真
良寛が山に籠りて三十年
夏は藪蚊に冬は降雪        樋田哲仙

 良寛は江戸後期の禅僧。岡山玉島の圓通寺で16年間修業後、諸国を行脚して越後へ帰郷する。国上山の山中に三十年間修業する。五合庵に25年、後乙子神社に5年。漢詩、書、和歌に修練する。人からの信頼は絶大であった。去年に続いて再度訪ねる。

寺泊の鮮魚店

2017-09-21 07:15:15 | 写真
湊には店の連なる寺泊
人の溢れてどこも賑はふ        樋田哲仙

 出雲崎を東へ402号線を走って15㌔、走ると小さな港町寺泊がある。道路沿いに10軒ほどの海産物屋や鮮魚店が立ち並ぶ。広い駐車場が満杯で空きを探すのに一苦労する。小さな港町にこの人出はかなり遠くからも客は来ているに違いない。日本海の道路を走っていると忽然と現れた活況ある光景である。

居多神社本殿と親鸞象

2017-09-17 21:12:39 | 写真
再びを越後の国の一宮
荒れたる海の音の近しも        樋田哲仙

 親鸞が上陸した居多ケ浜からさほど遠くない地に居多神社がある。越後一宮ながら建造物が少ない。本殿はまだ新しい。境内の空地が目立つ。古い神社と漂わせるの碑が建つことか。親鸞の銅像が建つ。