竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉雑記 色眼鏡 三三二 今週のみそひと歌を振り返る その一五二

2019年08月17日 | 万葉集 雑記
万葉雑記 色眼鏡 三三二 今週のみそひと歌を振り返る その一五二

 巻十七に入り、鑑賞しています。紹介しますように巻十七から巻二十では和歌として鑑賞するような歌はありません。春の草原で雲雀の鳴き声を聞けば、本来なら「うるさい、黙れ」と怒鳴りつけて追い払い、同じ時期の似た場所で鳴くウグイス、シジュウカラやメジロなどの小鳥の方の囀りを聞きたいと思います。ただ、昭和時代の歌人は雲雀の神経質な鳴き声に風流を感じ、同じ時期に囀るウグイスを季語ではないとして排除します。
 さて、馬鹿話は棚に祀りまして、今週は次の歌に遊びます。

高市連黒人謌一首  年月不審
標訓 高市連黒人の謌一首  年月は審(つばひ)らかならず
集歌4016 賣比能野能 須々吉於之奈倍 布流由伎尓 夜度加流家敷之 可奈之久於毛倍遊
訓読 婦負(めひ)の野の薄(すすき)押し靡(な)べ降る雪に宿借る今日し悲しく思ほゆ
私訳 婦負の野の薄を押し倒して靡かせ降る雪に、宿を借りる今日は、悲しく感じられます。
左注 右、傳誦此謌三國真人五百國是也
注訓 右は、此の謌を傳(つた)へ誦(よ)めるは三國(みくにの)真人(まひと)五百國(いはくに)、是なる。

 紹介しました歌は、「思放逸鷹夢見、感悦作謌一首并短謌」の標題を持つ長歌一首と反歌四首の組歌と「右四首、天平廿年春正月廿九日、大伴宿祢家持」の左注を持つ短歌四首の組歌に挟まれた歌で、一首単独、唐突に置かれた歌です。
 さて、集歌4016の歌について、標準解釈ではこの歌を「賣比能野」から「ひめのの」と読み下し「婦負の野」と考え、「越中國婦負郡」の地名を見つけます。ただし、越中國の婦負郡は「賣比能」や「賣比河」と記述するように「めひのこほり」と読み下しますから、越中国守大伴家持の立場からするとこの歌には越中国のゆかりはありません。この歌の前に置かれた「思放逸鷹夢見」はその左注から9月26日の作品ですから、集歌4016の歌が示す雪景色には関係ありません。つまり、「思放逸鷹夢見」の長短五首の組歌と集歌4016の歌とには関連性は認められません。
 一方、「右四首」の左注で括られる歌四首のテーマは「奈呉の海」ですし、そこには雪景色はありません。つまり、「右四首」の歌群と集歌4016の歌とに関連性は全くにありません。
 そのため、伊藤博氏の『万葉集釋注』でも、誰が、何の目的で、この歌をここに挟んだのかを考察するのに苦戦します。結論は、たぶん、どっかの宴会で大伴家持がこの歌を三國真人五百國から聞いて、手帳に書き残したのだろう。その三國五百國は高市連黒人の歌と誰かに聞いたのであろうとします。伊藤博氏は清水克彦氏の『万葉論集』を引用する形で、歌は高市黒人のものではないとします。
 結局は、畿内の「ひめの」と云う場所を詠った歌で、言葉の頓智として「ひめの」は「婦負」と漢字で書け、漢字遊ぶをするなら「婦負」はここ「越中國婦負郡」としたのでしょう。大伴家持と大伴池主とは次のような頓智歌で遊んでいますから、この言葉の頓智遊びを面白いとして手帳に書き留めたのではないでしょうか。当然、頓智問答ですから集歌4016の歌に富山県の景色を探すのは野暮です。そのようなものは斎藤茂吉氏あたりに任せた方が良いと思います。

集歌4128 久佐麻久良 多比能於伎奈等 於母保之天 波里曽多麻敝流 奴波牟物能毛賀
表歌
訓読 草枕旅の翁(おきな)と思ほして針ぞ賜へる縫はむものもが
私訳 草を枕とする苦しい旅を行く老人と思われて、針を下さった。何か、縫うものがあればよいのだが。
裏歌
試訓 草枕旅の置き女(な)と思ほして榛(はり)ぞ賜へる寝(ぬ)はむ者もが
試訳 草を枕とする苦しい旅の途中の貴方に宿に置く遊女と思われて、榛染めした新しい衣を頂いた。私と共寝をしたい人なのでしょう。

 大伴家持と大伴池主たちとの言葉遊びの頓智問答は巻十八に入り見られるようになりますから、この天平二十年頃は、まだ、そのような言葉遊びで和歌を詠うまでには行っていなかったのかもしれません。集歌4016の歌を唐突に挟んだのは、その大伴家持や大伴池主たちの歌遊びの歴史を見せるためだったかもしれません。
 弊ブログはトンデモ論が拠り所です。そのため、標準的な解説では集歌4128の歌に頓智を見ません。すると、必然、集歌4016の歌に言葉遊びを見ることは、まぼろしであり、妄想です。まぁ、与太話の中でこのような見方もあるとして、ご笑納ください。
コメント
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