Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『壽初春大歌舞伎 昼の部』 1等1階席花道寄り前方

2009年01月17日 | 歌舞伎
歌舞伎座『壽初春大歌舞伎 昼の部』 1等1階席花道寄り前方

中日過ぎてもまだまだお正月の雰囲気が残っていて劇場に華やぎがありました。一月の歌舞伎座って良いですねえ。なんだかウキウキしてきます。昼の部、新味のない演目並びかなと思っていたのですが、思った以上にかなり充実していて楽しかったです。主役の役者さんたちがそれぞれが当たり役をしっかり勤めているんですから、なんだかんだ言っても見応えがかなりありました。

『祝初春式三番叟』
こちらの三番叟はお初。後見二人が最初にご挨拶するのって珍しいんじゃないかな?にしても錦之助さん、松江さん、今月これだけ?もったいなさすぎです。

翁@富十郎さん、お声にハリがあって謡が素晴らしいです。でも踊りのほうはかなりきつそうでちょっとハラハラドキドキ。腰を落としてゆったりと踊るのですからかなり大変なのでしょう。形が素晴らしいのがさすがとは思いました。でも五月の矢車会、大丈夫かなと心配になってしまいました。

三番叟@梅玉さんは品よく丁寧に。袖の捌き方がとっても綺麗でさすがです。ただやはりちょっと体にキレがなくなってきたかなという部分も…。梅玉さんはキレと柔らか味のバランスがとてもいい踊り手さんだったんですけど。

千歳@松緑くん、マジメに一生懸命なのは好感もちますが、踊りは一直線すぎ。曲線がないのよね。メリハリがあるのは良し。目の部分の化粧をもう少しなんとかしたほうが…。

千歳@菊之助さん、女形の柔らかい踊りです。形が非常に良くて品のいい踊り。でも個人的好みを言わせていただけるとこの舞踊にはもう少しメリハリが欲しいかな。化粧は色がなさすぎです…もう少し紅を入れたほうが似合いそうと思うのですが。

『平家女護島 俊寛』
この演目飽きた…と思いつつ、これが面白かったんですよ~。好きな役者さんたちが出てるからなおさらなんだとは思いますが。

俊寛@幸四郎さん、『勘三郎襲名披露』で演じた俊寛からどんどん人間くさい俊寛になっていきますね。それ以前は孤高の高潔な人物像として描いてきてたと思います。しかも以前よりかなり若く演じてきています。一個の悩める壮年の男として俊寛を演じてきました。これがなんだかとても良い感じ。かなり感情表現がリアル志向で、余計なことをせずシンプルに真っ直ぐな演じよう。なので俊寛のその時々の心持がストレートに伝わる。幸四郎さんの俊寛は妻恋しい、寂しさのある俊寛でした。人のために、という悲劇のヒーロー的人物として演じてきていない。いわゆる俊寛の己の情の部分での行動に終始するのですがそこの説得力がある。それだけに「おーい」が切ない。でも残ることを決めたことを後悔してない万感の気持ち溢れる幕切れ。そして「それでも生きていく」という覚悟を決めたけ充足感を感じているようなお顔が印象的でした。呆然でもなく虚無でもなく笑顔でもなく、それらが全部入り混じっているのでは?と思わせました。ほんの少し口元が上がってるんですよね。

千鳥@芝雀さん、可愛いくて健気な、素朴さのある、でもどこか気の強いところものぞかせる逞しい娘でした。とにかく一途で真っ直ぐ。そのトコトンなところで切なかったり、困ったちゃんな愛らしさだったりしました。愛する人と別れることを絶望的なまでに嘆き、でも親と慕う俊寛をほっておけないその狭間で悩む千鳥でした。台詞廻しがほんとこのところ一段と良くなってきたと思う。ちょっと太めになっていたのがいくら皮下脂肪が必要な海女でも、どうなんだろうと思ったりもしましたが…。でもファン的にはムチムチ感が健康的な色気を感じさせるかなと良い方向に思ったりも(笑)。

丹波少将成経@染五郎さん、かなり良いです。すっかりこのお役も手中にしてきたな、と思いました。都人の浮世離れ加減と青年らしい素直さがとても丹波少将らしさに繋がって存在感がありました。千鳥を見初める語りも情景がしっかり浮かんできますし、千鳥を可愛いと思っている彼なりの誠実さがきちんと体から滲み出ています。島にいることの寂しさ、憂いが恋に走らせてしまった?という、どことなく「身分違い」というものを感じさせ千鳥との恋が成就しなさそうな部分があるのが、深読みできるという部分でいいなあと思う。にしても染五郎さん、綺麗さに磨きがかかってませんか?須磨に流された源氏の君のようでした。

平判官康頼@歌六さん、なんとなく想像つかなかったのですですが、やはりこの方は上手いですねえ。世話焼きな部分と状況をきちんと見極めるだけのしっかりとした芯のある人物像を描いてきました。三人の要的な位置付けがハッキリしています。どこにいても信頼できそうな感じがいいなあ。

丹左衛門尉基康@梅玉さん、もうねこの役は梅玉さんじゃないとダメです。もう大好きで大好きで、出てくるとニマニマしちゃう。この役をこれだけ説得力を持たせることができるのは梅玉さんしかいない。好き放題やってるのはこの丹左衛門なんですけどね、それを感じさせないの(笑)。

瀬尾太郎兼康@彦三郎さん、予想以上にすごく良かった。ちょっと尊大だけど、仕事はマジメにやる瀬尾、というキャラクターが浮き出ていた。どこか生きていくのに不器用さがあって、だから敵役になってしまったのね、な押し出しの強さが絶妙。瀬尾は段四郎さんのが大好きだけど彦三郎さんのもすごく良い。

『花街模様薊色縫 十六夜清心』
この演目も何度も拝見している演目。最近では新之助時代の海老蔵さんの清心と時蔵さん十六夜。菊五郎さんの清心はわりと観ててこれで3度目かな。個人的に仁左衛門さん×玉三郎さんコンビの通しが一際印象的に残っています。清心は演じる役者さんによってだいぶ雰囲気が変わるキャラクターですね。

さて、今回ですが見取り狂言なのがもったいないと思うほどバランスのよい良い舞台でした。さすが、大顔合わせだけあります。また菊五郎さんがほんと当たり役をしっかり気持ち良さそうに演じていらっしゃるのがうまく清心の人物像にリンクしていて見応えがありました。

清心@菊五郎さん、僧としては危なっかしい不安定さと色ぽさがあって後半落ちていく過程に妙に説得力がありました。また気持ちの弱さ、だめ男具合が妙に可愛くて思わず感情移入してしまう。後半、コミカルに軽く演じていながらもどの方向に向かうかわからない危うさがいいです。声の微妙なトーンの変え方でその揺れが表現されていて見事だなと思いました。また、清元に乗っての所作がいつも以上に体の置き方が丁寧で形のひとつひとつが美しくありました。

十六夜@時蔵さん、綺麗でした~。海老蔵さんと演じた時は、引っ張っていかないといけない立場もありかなり年上の女という感じがしてしまって愛らしさが足りない感じだったんです。しかし、今回は菊五郎さんがお相手。女のいじらしい可愛らしさが十分に出ており、清心一途な思いつめた気持ちがストレートに伝わってきて良かったです。時蔵さん、このところ体の線がますます柔らかに綺麗になってきたと思います。

白蓮@吉右衛門さん、役にピッタリでかなりカッコイイ。存在感ありまくりです。鷹揚で遊び心があるのが素敵。船頭三次@歌昇さんとのやりとりが自然でいい感じ。

求女@梅枝さん、以前演じた時にあった儚い感じはさすがにもう無いのですが、清心とのやりとりが明快でかなり良かったです。

『鷺娘』
玉三郎さんが何か吹っ切ったような気がした『鷺娘』。昨年9月の秀山祭での『日本振袖始』で方向性を変えてきたかな?と感じたんですが、それが今回の『鷺娘』でも見えました。現在のご自分の良さがどこにあるかというものを見極めてきた、という感じ。自分をどう見せていくか、一時期迷いがみえた気がしてたんですがそれが無くなってました。観ていて気持ちいいほどに玉三郎さんの世界観を表現してきていました。このところの内へ向かう踊りから外への解放がみえました。

さよなら公演Ver.は今まで以上に「鷺の精」という人外なものを前面に押し出してきていました。それだけに娘の部分が際立ったような気がします。なんとも可愛らしい可憐な町娘が立ち現れてきていました。玉三郎さんの『鷺娘』は何度も拝見していますが切ない恋を語る娘の部分がこれほど際立ったのは久しぶりのような気がします。地獄の責め苦の部分はいつもより激しい感じで観ていてこちらまで苦しくなってきそう。見応えのある鷺娘でした。

この演目に関しては隅々まで玉三郎さんの美意識でコントロールされた舞踊だと思うのですが今回、このVer.の舞踊は玉三郎さん以外では決して観れないものだろうなと改めて思ったりしました。

守若さんの引き抜きはいつ見てもお見事。