Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『六月大歌舞伎 昼の部』3等A席

2005年06月05日 | 歌舞伎
『信州川中島合戦』(『輝虎配膳』)
長尾輝虎は、敵方の軍師である山本勘助を味方につけるべく勘助の母、越路と嫁、お勝を屋敷に招待し、自ら配膳し丁重にもてなすが、意図を察した越路は膳をひっくり返し断固拒否。怒りのあまり輝虎は越路を切り殺そうとするが…。

33年ぶりの上演ということだけど、なぜに長年途絶えていたんだろう?と不思議に思うほど面白い演目だった。時代物らしい絵巻物としての面白さもあるし登場人物もクセのある面々だし、見せ場たっぷりでした。配役がとてもバランスが良かったことも面白さに繋がったのかも。見ごたえありました。

輝虎の梅玉さんが役柄にぴったり。一見冷静なようで激情に走る役が似合います。また大将としての格がきちんとあるのが見事。大将がお膳を運ぶという趣向に真剣さがあるので話に説得力がでる。

越路の秀太郎さんの一筋縄ではいかない肝っ玉母さんぶりがなかなか。クセがある老母というのがよくわかる。また義太夫の糸ののりかたが大仰でなくさりげないのにかっちりしているのに感心。時代物も案外似合う。ただ声が細いのがちょっと残念。もう品格といった部分での重さがあってもいいかな。

お勝の時蔵さんが非常にいい。嫁の立場をわきまえた控えめな佇まいと義母を助けるために必死になるキッパリとした姿どちらにも美しさがある。お勝はどもりのため輝虎を制するのに琴を弾きながら歌うという手段で訴える。右手で琴を弾き、左手で輝虎を止める、こういう普通なら有り得ない姿を美しく見せる様式美が時代物にはあるんだよねー。このところ時蔵さんは充実している。役柄に知的な部分があると俄然輝く。役者として一皮向けてきた感がある。

直江山城守の歌六さん、唐衣の東蔵さんが控えめながらもきちんと脇をこなしバランスのいい存在感。この二人は脇役として非常にいい位置にいる役者だと思う。

『素襖落』
太郎冠者の吉右衛門さん。この演目は吉右衛門さんにとってちょっと冒険じゃないかなーと思った。 太郎冠者としての踊りのキレとかひょうきんさが足りない。芝居っ気が必要となる那須与市の踊りの部分にはうまさを見せたけど全体的にはメリハリが足りなかったと思う。もっと茶目っ気を出していってほしい。後半こなれてくることを期待。

大名の富十郎さん、プロンプなしでちゃんと台詞が言えていた。そんなで喜ぶなって感じですが…。大名としての格を出しながら可愛げもあって富十郎さんらしさがあって良かったと思う。でもやはり足捌きはちょっと衰えてるかも。踊りが上手な方だっただけに観ててちょっと切ない。これから盛り返していっていただきたいな。

姫御寮の魁春さん、踊りはさほど上手ではないんだけど、やっぱり赤姫姿が似合うわ~。一時、容貌に急激な衰えを感じさせたけど最近戻してきた感じがする。うれしい。

『恋飛脚大和往来』「封印切」「新口村」
演目的には面白いものだとわかっているものの、何度か観ている演目だけに役者の力量もよくみえてしまうものでもある。しかもかなり演出や人物像の違いがあるとはいえ本筋が同じ人間国宝が操るかなりレベルの高い文楽『冥途の飛脚』を最近観ていることもあり、染五郎が忠兵衛をどこまでできるのか、ただただ心配で不安な気持ちでの鑑賞となった。その心配は杞憂だったと書きたいところだけど、やはりまだまだな部分が多かった。ただ未熟な二人の破滅の物語なので芸の未熟さや若さがうまくマッチしている部分もあり、またベテランの強力なサポートを得て思ったほど未熟さが悪い方向にはでておらず今後期待を持たせる出来だったと思う。

まずは仁左衛門が格の違いを見せ付ける。やっぱりすごいよ。上方和事つーのはな、と見せ付けてくれた。八右衛門の仁左衛門さんの存在感、気持ちのいい大阪弁、柔らかさ、滑稽味、そして軽さと色気。歌舞伎のなかの八右衛門は敵役なのだけど、仁左衛門さんの持ち味で愛嬌がある。もうー、なんだよー、すごいよ、と感嘆するしかない。手の内の入ったお役なので軽くとんとんと演じている。言い争いの場はうまい役者はアドリブでこなすんだそうだけど、お見事にアドリブもかましてました。そして未熟な染五郎を受け止める度量の深さが見える。良かったね、染ちゃん、こういう素晴らしい先輩に教わっていけるなんて、とつくづく思った。

「新口村」での父親、孫右衛門のほうは父親として息子愛しさのやるせない気持ち、切ない気持ちがストレートに伝わってくる。陰で聞いているであろう息子に、親としての心情を語りかける所などの台詞がとてもいい。非常に人間味溢れる造詣。ただ以前、雀右衛門さんとの競演でやった「新口村」の時のほうが孫右衛門の父親としての苦しい複雑な想いが出ていたように思う。前回と演出も多少違うのでその部分でまだ少し工夫している最中なのかも。それと雀右衛門さんの梅川の切々と訴えてくる情味が素晴らしかったのでそのコンビネーションの良さのなかでという部分もあったと思う。、ここはこれから孝太郎さんの梅川がその情味をどの程度出せるかにもあるかも。後半どうなっていくか楽しみ。ラストの泣きは上方特有の浪花節的な泣きで、おじさま連中を泣かせにくる(笑)そういや私の父も前に「新口村」を観劇した時、このシーンでだだ泣きしてたな。

さすがと思ったのが秀太郎さんのおえん。本領発揮といったところ。茶屋のおかみとしての崩れた色気。それでいて人のいいおせっかいな部分がしっかりと。若い二人にタイミングよく鋭い突っ込みをしたり、自分も若いときはと回想しつつ自分ツッコミをしたりする場面など、大阪の女だな~としっかり身に付いたものが出ている。また、梅川への思いやりがきちんと情のある人として描いている。女を売り物にはしているけど、預かった女はきちんと世話をするといったおかみ像がほんと素敵だ。この方も未熟な染五郎と孝太郎をしっかりサポートしてくれているのがよくみえる。仁左衛門と秀太郎さん二人の強力なタッグが見事にきちんと歌舞伎座でみせる芝居を作り上げている。

また槌屋治右衛門の東蔵さんが旦那としての大きさと情をみせてやはりうまさを見せる。脇が揃っているとほんと芝居が締まる。

さて、若手二人。

まずは梅川の孝太郎さん。地味ではあるけどある程度手の内にいれている役なので丁寧にしっかりと演じている。恋する女としてのいじらしさ、遊女としての哀れさがきちんと出ている。梅川の性根をきちんとわきまえての控えめながら可愛気な雰囲気がとてもいいし、忠兵衛一筋の健気さが似合っている。ただ色気といったものがあまり無いのが残念だ。忠兵衛と八右衛門がハマるだけの色気が欲しい。また梅川には憂いといったものも必要な気がするけどその部分が出てない。なんというかふわ~っとした柔らか味が少ないのだなあ。上方系の役者とはいえ東京育ちの孝太郎さんには難しい部分なのか。理のほうが先にたつ感じがどうしてもある。「新口村」でみせる孫右衛門への気遣いの優しさは持ち味が活かされてはいるものの、やはりもっともっと情味があっていいかな。ここは最近、雀右衛門さんの素晴らしいものを観てしまっているので、どうやっても較べてしまう。ただ習ったものをしっかりやっていこうとする姿勢は非常に良かったです。

そして染五郎の出来ですがまあ、正直なところ玉男さんの忠兵衛&仁左衛門さんの忠兵衛というかなりハイレベルなものと較べて観ることは出来ない。あそこにいつか追いついて欲しい、それだけだ。ただ思った以上に可能性を見つけられたのがうれしい。

昨年12月の国立でかけた上方和事『花雪恋手鑑』での出来から較べると段違いに進歩している。よく勉強してきたと感心した。柔らか味はやっぱり足りない。ふわーとした空気を醸し出すはんなりした色気のある風情も残念ながら無い。軽さも前半もう少し欲しい。でも品のいい浮世離れしたぼんぼんな雰囲気、そして忠兵衛という人間としての性根はきちんと捉えていたと思う。人としての弱さ、若い恋愛のうきうきした心持ち、男の意地、「ままよ」と開き直り破滅へ向かう時の空虚さ、やったことに愕然とし恐怖に震えながら取り繕う様、そして梅川へ真相を打ち明けての女々しさ哀れさ、逃避行での梅川への思いやり、父恋しさの子供っぽさ、そういう部分をまだまだ荒さばかりが目立つけど上滑りではなく、きちんと出していた。今後しっかり自分のなかで消化して物にしていけたら、良いものになっていくだろう。

八右衛門との意地の張り合いも、そりゃもう仁左衛門さんと全然対等になってないんだけど食らい付こうとする気迫が出ていたし、場面場面でのキメの形もかなり頑張っていた。また声も荒れたままではあるけど思った以上によく出していた。ただ「封印切」の段のラストの梅川に一緒に逃げてくれとかきくどく部分は声の調子が良ければ、もっと切ないくどきが出来たはずと思ってしまうのが本当に惜しい。

「新口村」では和事の雰囲気が足りなくても十分見せられる場なので忠兵衛としては、しどころがあまり無い場面のわりに染ちゃんならではの良さが見えた。梅川を気使うさりげない仕草が非常に良い。梅川と離れてまた手を繋ぎなおすシーンで自分の手に息を吹きかけて暖めてから手を取るという仕草があるのだけど、ここが梅川に冷たい思いをさせたくないといった気遣いに見えるのだ。ちょっとした場面なのだけど、これを印象的なシーンとして見せられるのは染ちゃんの雰囲気ならではのような気がする。この場面は染ちゃんのオリジナルの仕草ではないと思うのだけど、今までは印象に残っておらず見逃していた。また父に会いたくてたまらず梅川の配慮で対面するシーンなどは幼い子供のよう。忠兵衛の子供ぽさがよく表現されていた。