・ S・マオズ8年ぶりの新作は、ギリシャ悲劇のような独創的ミステリー。
「レバノン」でヴェネチア金獅子賞を受賞したサミュエル・マオズの監督・脚本で、ヴェネチア審査員グランプリ(銀獅子賞)を獲得した。
軍から息子の戦死という衝撃的な報告を受けた、イスラエルのある夫婦の物語。
3幕構成からなるストーリーで、第1幕はミハエル(リオール・アシュケナージー)とダフナ(サラ・アドラー)夫婦を中心とする一家3代に起こる<運命のいたずら>を描いている。
ミハエルは愛犬に八つ当たり兄の言葉も上の空で施設にいる母を訪ねるが、独逸語しか話さない母には兄と間違えられる。
息子の戦死が誤報と分かりダフナは喜ぶが、ミハエルは激怒し息子をスグに呼び戻せと要請する。
静寂の中突然大きな音を出しドキッとさせたり、アップと俯瞰映像を多用する1幕は、意表を突くカメラワークと部屋の冷たい佇まいから閉塞感を醸し出す。この手法でこの監督の好き嫌いがはっきりしそう。
筆者は好みのタイプだが、思わせぶりだなという気もありながら観ていた。
第2幕は息子ヨナタン(ヨナタン・シライ)の駐屯地がシュールで中東の特異性が鮮やかに描かれ、このドラマのキモとなっている。
戦場とは思えない、のどかな風景と地の果てにいる寂寥感が漂う。国境警備のため置かれた検問所は、ラクダが通るか車の通行証のチェックがある程度。
エル・マンボを踊る兵士など4人の若者が傾いたコンテナを宿泊所に常駐しているさまは、どこか不穏な空気が漂う。
その場で起きた銃の乱射は精神的疲弊がなせる業ともいえるが、ヨナタンには父と同じ道を辿るトラウマになる出来事だった。
第3幕で夫婦の亀裂が明らかになる。それはアニメ映像で描かれたミハエルが母の大切にしていた聖書を自分の欲望からプレイボーイ誌と交換し神を冒涜したことや、戦場で起きたトラウマに囚われていたことより、大事な息子の思いもよらぬアクシデントをどう受け止めればよいのか?で持って行き場のない虚しさからだろう。
マオズは戦争という個人ではどうしようもない巨大な生き物に翻弄される人々を描くことによって、イスラエルという国の宿命をいずれは元に戻るというFoxtrot(フォックス・トロット)という1910年代米国で流行った社交ダンスに例え、人間の運命の不条理さを描いている。
無神論者の夫婦は神に委ねることもできず、娘・アルマの言うように二人でいるのがお似合いのようだ。邪険にされていた愛犬が愛おしそうにしていたのがせめてもの救いだろう。
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