大統領の理髪師
2004年/韓国
韓国近代史をユーモアとペーソスで描く
shinakamさん
男性
総合 80点
ストーリー 80点
キャスト 85点
演出 80点
ビジュアル 80点
音楽 75点
韓国の’60~’70年代に起きたシリアスな事件を、ユーモアとペーソスを交えながら小市民の視点で描いた家族愛の物語。
これが長編デビューのイム・サンチャン監督・脚本で、主演に「JSA」「殺人の追憶」のソン・ガンホが愚直ながら家族思いの理髪師に扮し、見事な演技を見せている。恐妻家の女房に「オアシス」で難役をこなし驚かせたムン・ソリ、息子にイ・ジェウンが語りを兼ねて全体を和らげている。
いまでこそ、お隣の国として文化交流も盛んな韓国だが、つい20年前までは戦前の植民地時代の影響から反日感情も高くこのドラマの時代を知ることは少ない頃である。フィクションとはいえ、李承晩政権から朴正熙政権に移った20年間の政治事件は正確に捉えられ、あたかも「フォレスト・ガンプ」韓国版の趣きである。
不正選挙が横行していた李政権。官邸のある孝子洞で床屋を営むハンモ(ソン・ガンホ)。政治に無関心ながら街の誇りである大統領のため盲目的に不正選挙に加担してしまう。学生運動の最中4・19に生まれた息子ナガンを愛し、革命後クーデターで朴政権になると店の額の写真を素直に入れ替える庶民感覚の持ち主。ひょんなことから大統領専属の理髪師として官邸に通い、気に入られる。
平凡な理髪師にとって官邸での昼食会を家族で呼ばれるなど大変名誉なこと。だが子供同士の諍いがあって不条理なことを思い知らされ、挙句の果て北のゲリラ事件では容疑者として警察に取り調べを委託する愚直なまでの律義さが切ない。
下痢をしただけで「マルクス病」として疑われるというのはフィクションだが、諜報活動による不正な検挙は事実であろう。最近李政権独裁下では「漢江の奇跡」といわれる経済復興の成果が見直され、功罪半ばといわれている。が、日本名を持ち満州日本軍に志願経験のある親日家の大統領は、反日感情が収まらない当時の韓国にとって快いものではなく、歴史的には圧政時代といえる。ベトナム戦争でアメリカに最も協力し、結果多数の戦死者を出したことも見逃せない。この映画では、プレスリーとギター、ジーンズとロングヘアの米文化に憧れ、兵役に出た床屋の助手チンギ(リュ・スンス)が退役後無口で別人のようになったことで象徴的に描かれている。
エピソードを笑わせながら挿入し、この時代を庶民はどのように過ごしていたのか?家族愛に勝るものはない。
50回目のファーストキス
2004年/アメリカ
コミカルでハートウォーミングな展開が心地よい
shinakamさん
男性
総合 80点
ストーリー 80点
キャスト 80点
演出 80点
ビジュアル 85点
音楽 80点
ドリュー・バリモアとアダム・サンドラーが6年ぶりに共演、「N.Y.式ハッピー・セラピー」のピーター・シーガル監督によるハワイを舞台にしたラブ・ストーリー。コミカルでハートウォーミングな展開は心地よく、思いがけなく拾い物をした感じ。
シーライフ・パークの獣医ヘンリー(A・サンドラー)はあとくされのない恋を楽しむプレイボーイ。ある日カフェで見かけたルーシー(D・バリモア)と親しくなれ翌日も会う約束を取り付ける。喜び勇んでカフェに行き、声を掛けると大騒ぎで逃げられてしまう。
ゴールド・フィールド症候群という短期記憶障害を持つルーシーに毎日出会うための涙ぐましい奮闘ぶりはユーモアたっぷりで、ラブ・コメディの王道といえる。もちろん24時間だけ記憶喪失するという病名はフィクションである。それでもハワイという場所は季節の変化は少なく、美しい空と海に、のどかな風景が似合う人々が、このファンタジーにぴったりだ。
ヘンリーの親友ウーラ(ロブ・シュナイダー)や性別不詳の助手アレックサ(ルシア・アトラス)、ルーシーの弟ダグ(ショーン・アスティン)、ドクター・キーツ(ダン・エイクロイド)らがドタバタにならない程度に盛り上げてくれた。そしてセイウチのジッコやペンギンなど動物たちの名演技が心を癒してくれる。
やさしい嘘と贈り物
2008年/アメリカ
ネタバレしても味わい深いが、知らないほうが感動する!
shinakamさん
男性
総合 85点
ストーリー 85点
キャスト 85点
演出 80点
ビジュアル 85点
音楽 80点
マーティン・ランドー、エレン・バースティン。2人のオスカー俳優が演じた老いたカップルの味わい深いラブ・ロマンスで小品ながら心温まる佳作である。24歳ニック・ファウラーのオリジナル脚本で初監督作品なのが驚きだ。
アメリカ北部の小さな都市でひとり暮らしの孤独な老人ロバート(M・ランドー)。スーパーで絵を描きながら定刻に帰る単調な日々だが、ある日見知らぬ老夫人(E・バースティン)が無断で家に入っていた。近所に越してきたメアリーで、それ以来心ときめく存在に。
初デートで緊張しながらのレストランで食事。雪の夜、馬車に乗ったり雪そりで滑ったりメルヘンの世界は、年老いた男が生き甲斐をみつけた、ときめく恋愛ドラマの展開で進んで行く。でもところどころが何かおかしい。中盤からはサスペンス・ドラマ風になり、感動の物語に仕上がっていて年を取るのも悪くないと想わせる。
この映画の成功は丁寧な脚本と2人の老優の緻密な演技によるところが大きい。本国では地味過ぎてロードショー公開されていないと聞くが勿体ない。
同じようなテーマの作品にサラ・ポーリーの「アウェイ・フロム・ハー 君を想う」がある。同じ若手女流監督でも180度違うのも興味深い。
なにも予備知識なしで観るか、ネタバレを承知で観るか二通りの見方がある。自分は承知で観たが、知らずに観たほうがより感動できるのでお薦め!ロバートの秘密とメアリーの嘘。2人の絆の深さに変な細工はいらない。
ツィゴイネルワイゼン
1980年/日本
幻想的な映像美の万華鏡
shinakamさん
男性
総合 85点
ストーリー 80点
キャスト 85点
演出 85点
ビジュアル 90点
音楽 80点
邦画の奇才鈴木清純監督の代表作で、大正浪漫三部作の一作目。黒澤明監督の「まあだだよ」のモデルである内田百の短編「サラサーテの盤」をもとに田中陽造が脚色、大正ニヒリズムの世界を映像化した145分。
ベルリン映画祭の銀熊賞をはじめ国内の映画賞を総なめにしたが、その独特の世界観はかなり難解で分かったふりをする映画ファンも多かった。私もそのひとりである。が、あらためて見るとストーリーを追うことなく夢と現実を交錯する5人の男女の不思議な世界に浸ることができ、なかなか楽しかった。
5人とは、陸軍士官学校の独語教授の青地(藤田敏八)と親友の中砂(原田芳雄)の男2人に青地の妻周子(大楠道代)中砂の妻園と芸者小稲(大谷直子・2役)。狂気にとりつかれたような男女の幻想的な世界は時間と空間、夢と現実、生と死すべてを交錯させた不思議な映像美の万華鏡である。
大正末期から昭和初期の湘南・鎌倉を舞台に繰り広げられる男女の営みは、ロケーションの素晴らしさが見事に表現してくれる。とくに釈迦堂の切り通しはこの世とあの世に境界線のよう。
個性的な俳優が顔を揃えているが、なかでも大谷直子と大楠道代が秀逸。気風の良い辰巳芸者と貞淑で女を内に秘めた妻を美しい着物姿で魅了した大谷直子。モダンで熟れた色気を漂わせた大楠道代。甲乙つけがたいが、個人的には大谷直子に軍配を上げたい。
清純ワールドを支えたのはカメラの永塚一栄と美術の木村威夫の功績が大きいが、この3月木村威夫が91歳で亡くなった。冥福を祈りながら鑑賞した。合掌。