空気人形
2009年/日本
リアルな描写と見事に融合させた大人のファンタジー
総合 85点
ストーリー 85点
キャスト 90点
演出 85点
ビジュアル 90点
音楽 85点
人と人との関わり方をテーマに映画化してきた「誰も知らない」の是枝裕和監督、「歩いても歩いても」以来2年ぶりの長編6作目である。大都会東京に取り残されたような下町を舞台に繰り広げられた大人のラブ・ファンタジー。
心を持ったラブドールが外に出てさまざまな出会いと別れを繰り返す。人形を恋人代わりにする男といえば「ラースとその彼女」が似た設定だが、これは人間ではなく人形が主役で、ロボットが感情を持つスピルバーグの「AI」に近い。一歩間違えると危ない映画になるドラマについて行けるか心配したが、主演のペ・ドゥナの清潔感あふれる演技もあって安心して入って行けた。
ラブドールの持ち主はレストランで働く秀雄(板尾創路)。5980円で買った空気人形(ペ・ドゥナ)に、のぞみと名づけ、恋人の代用品として孤独感を癒している。心を持ってしまった代用品・のぞみが初めて発した言葉は「き・れ・い」。メイド服を着て外へ出ると何気ない風景がのぞみにとって新鮮なワンダーランドだ。リー・ピンビンのカメラがエモーショナルに情景を映し出し、ゆったりとした流れに身を委ねて行く。
登場人物は都会で暮らす孤独な人々。アルバイト先のビデオ・レンタル店の店長(岩松了)は毎朝玉子かけご飯を食べて出勤する。店員の純一(ARATA)も何か寂しげ。その孤独な青年に好意を抱き、好きな人はいるかと聞かれ「いいえ」とウソをつく。心を持った故である。
是枝監督はこれでもかというほど心がからっぽの人々を周りに配す。元高校の代用教員の老人(高橋昌也)、TVの事件をメモして犯人を名乗る老婦人(冨司純子)、年を取ることを恐れる会社受付嬢?(余貴美子)、過食症で閉じこもりのOL(星野真里)、悪徳警官の映画ばかり借りにくる交番巡査(寺島進)、妻を待ち続ける男(丸山智己)と娘(奈良木美羽)親子。それぞれの日常が切り取られる。リアルな描写が大人のファンタジーと見事な対比を見せ融合している。
のぞみは、老人が教えてくれた吉野弘の詩「生命は、その中に欠如を抱き それを他者に満たしてもらうものだ」を純一に託す。
生みの親の人形師(オダギリ・ジョー)が、生きることの意義を示唆してくれるとても切ない物語で、是枝監督がひと回り大きくなったことを証明してくれた。