The Last ward from Southen Cross to my future

目の前にある林檎は本当に林檎なんだろうか。その林檎は腐っているから林檎だって気づかないだけかもしれない。

難民の定義、他国へ直接逃げてくる人への支援を国連は見直しする時期

2015-01-21 03:17:04 | Weblog
アジアも欧州も過激派イスラム集団による殺戮から逃げてくる人を難民と認定するのはいいが、受け入れ側の国の負担を考慮しないと、やがてどの国も受け入れ拒否となるだろう。内乱による他国への避難は一時期が当然であり、滞在先の国籍取得は認めない。これを定義しないと、小さい国の社会保障は破たんするし、宗教をはじめ、多くの文化が侵略される。つまり、既存の国民が被害に会う。こうなると移民との摩擦避けられない。ウクライナを見てわかるように、国が押し付ける政策を必ずしも国民は受け入れない。欧州だけではなく、大半の国は、移民にきた難民の数が一定数あれば独立することに恐怖している。これを単純に人種差別という言葉で避難するのは間違っている。なにせ、既存の国民にとっては侵略なのだから、人道的というのなら既存の国民が持つ権利も侵されることなく融和する策を模索していくしかない。そのためには人種差別と避難することは、本来の問題点を無視せざる得ない状況を生み出すだけだ。

共に生活するための基準は、生活先の国が持つ法律や習慣だ。しかし、宗教や移民が持つ独自の習慣と相いれない場合、ここに摩擦が生じる。ならば、優先するのは法律ではないのか。少なくても難民受け入れ時には、受け入れ先の法律に従うという制約ぐらい書面でかわすぐらいはやって頂きたい。受け入れ先の法律が宗教上、習慣上、受け入れできないのなら、他国を選んでもらう。本来、これが民主主義的人道支援ではないのか。受けれる移民のために既存の法律を変えるのも限界がある。むしろ、変えるには既存の国民が同意しない限り、実行してはいけない。もちろん、変更を反対して被害を受けるのが既存の国民だとしても、それは国民の責任なのだから、誤ったというのなら、早々に法律を変えるのが先だろう。

国連は受け入れ側を考慮し、難民への宣誓を義務付ける。これ以上もめ事が起これば、本当に生死がかある難民を受け入れてくれる国はなくなる。それともアフリカなどの領土が広い国へ難民受け入れを積極的に推奨し、食糧のための農業開発などを支援するとか、積極的な行動が必要だろう。そのためには国連のキーパーソンを先進国から大量に投入しない限り、御身第一主義がまかり通る発展途上国思想から抜け出せないだろう。

イスラム国との対決は本来は国連が主導すべき事象だと、どの国も言えないのがおかしな話だ。もし、人命の尊重を何よりも重視するのなら、まっさきに国連が国連軍を投入し、虐殺される人を救うものではないのか。また、テロと対決するためには個別の国ではなく、国連規模でテロを撲滅するために若者の教育(テロは何を産まない)を広め、もっと前向きに貧困をなくすための努力として、農業開発、工芸開発などを進める。先進国はこういったプランへの資金と技術、資源提供をする。テロや内乱は結果的に大きな損失しか生み出せないし、革命が成功したとしても、その後、再建するために必要な資金や人材が足りなくなる。だから革命後の政権が長期継続して安定した経済を提供するのも難しくなる。

世界は国連の改革をまずはやることが必要だと感じていても、誰も言いだせないおかしな雰囲気に危機感を持ってもいいはずだが。

集団でヘイトスピーチを大声で叫ぶ、プラカードを掲げるのは制限してもよいが、個人の意見や作品内の表現にまでヘイト禁止となれば、自分は反対したい。言い合いはよい。しかし、暴力や武力で戦うのは反対。それでも個人同士の意見が違えば、喧嘩となるかもしれない。だが、これは民主主義としては正常な反応だ。誰もが同じ意見というのがおかしい。また、気持ち悪い。まるで恐怖政治に洗脳された民のようだ。日本は特定国のみヘイトの対象としていて、ほとんどの外国人は該当しない。さて、ここに何かがある。ヘイトが単なる人種差別というのなら、ヘイト対象者が誰で、何故、対象になるのか、という分析がなくては法律で制御はしにくい。それでも「殺せ」とかは一種の脅迫とも言えるので、こういった言動は規制は必要だろう。だが、単純に生理的に嫌い、というのは、それぞれ個人の自由における責任の範囲だ。ゴキブリや蛇が嫌い。反対に好きという人もいる。犬が好きな人もいれば、生理的にダメという人もいる。人間に対しても同じ。自分は匂いがダメだ。満員電車でにんにくのにおいがする人がそばにいたら、電車を降りる。遅刻してもだ。過去の犬にかまれたからダメな人、過去の特定国の外国人からいじめられたからダメ。いろいろな理由がある。つまり、個人が嫌いと表現するのはヘイトとしてはならない、と言いたい。それで相手が傷つこうが、嫌いと表現している側こそが不快な気分で傷ついている点を無視してヘイトはダメとはおかしな話だ。

児童ポルノにしても、日本政府は明確な基準を公開しないのがいけない。成人向けであった場合、そういた作品が未成年の目に触れなような注意をしていかないのなら、いっそ表現の制限はやむ得ない。問題はまさにこれだ。大人のポルノも見たい大人のみ見るという限定をしっかりする。だから、大人でも見たくない人が無理に見せられたら訴訟できる。さて、子供となると、メディアの制限とともにインターネット上での公開の規制を厳しくする。すくなくても見る前に同意書ぐらい作って同意させる手もあるが、未成年かどうか、この判断はなかなか難しい。児童への性的虐待などの影響というが、昨今の児童虐待が本当に児童ポルノ対象のアニメや漫画なのか、ごいう点は不明だ。むしろ、児童の局所に爆弾を突っ込み、自爆させる、という行動は関係ないだろう。児童への性的虐待と日本の漫画やアニメの関係がどうもつながらない。昨今のカトリック教会による児童への性的虐待事件は、日本の漫画やアニメと関係があるとは言い難い。ある意味、日本がもっと弁明はしっかりやらないと、都合がよい解釈で制限されていくだけだ。

そろそろ過去の歴史だとかに拘らないでもらいたい。戦後何十周年とか、やりたい国がやればいい。日本が負けた戦争の記念など、日本人からしたら屈辱そのものだと感じるのだが、政府は感じないのか。
毎年、近隣諸国やアジアへ謝罪するのか? こんな国に来て、国籍取りたいという外国人がいるだろうか。戦争犠牲者への参拝は必要だろう。しかし、謝罪までは要らない。日本人はみな、終戦記念日に謝罪するのが朝鮮半島や中国との外交関係を円滑にするためなら支持したいのか? 自分は否だ。うんざりする。死んで法事がある時期までで、それ以降は災害で亡くなった人も含めて、記念する日とか、ネガティブだと感じる。むしろ、防災の日。平和祈願の日とか、ポジティブな命名にしてもらいたい。

外国人で暴力行為を起こした場合は、即刻、財産没収で強制退去。家族がいた場合、家族も強制退去。これぐらい厳しくしないとやがては日本国内でテロが起きる。外国人同士となれば歯止めがきかない。武器の密輸も増えてきているので、手りゅう弾や爆弾などが爆発すれば、一般人にも被害が出る。同じく麻薬関係の犯罪者も強制退去、および永久に入国禁止。家族も強制退去。

いい加減に難民受け入れを積極的にやらないと、金だけ巻いてるだけと言われる。国籍を与えるのではなく、まさに一時滞在許可でいい。言語や職業教育を受けさせ、経済自立してもらう。家族はすべて言語教育を受ける。合格しない場合は滞在ビザ更新を滞在費用を収めてもらう。生死がかかった状況で受けているストレスは相当だ。しかし、新地で生きようとするのであれば、当然のことだ。受け入れ時の宣誓書は重要だ。こういった苦労が絶えられないのなら、日本に滞在するのが難しと認識してもらう。生死の間で生活した人からすれば、お金を得るための手段として言語の取得は苦にならないそうだ。学校ではないのだから、地域の人と日本語でコミュニケーションができるのを目的とする。だからできるだけ同じ言語の人を地域に固まらせない。こういった配慮をしながら、難民受け入れを検討してほしい。ODAだけじゃ日本の評判は良くならない。また、人道支援で金を出しても、その金がどう使われているのか、しっかり追跡できなければ意味がない。順番としては納税できる日本にいる労働者への支援をしっかりして、税収を増やす。ODAばかり巻いて国連の常任理事に拘るのか? 国連は果たして機能しているのか。国連負担金も見直してもよい。そろそろ世界のATMはやめて頂きたい。他国が金をまくからというのなら、他国に巻いてもらえばいい。日本一国ごときの金で世界が変わるはずもない。世界平和というのなら、確実なのは最強の軍備しかないのだが、残念ながら武器は作れても、兵隊の数では少子化という問題があって、対応しきれていない。ロボットとかドローンもやがて大量殺戮兵器として禁止になると思う。


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