アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
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「解散の大義」発言は露骨な天皇の政治利用

2019年06月27日 | 天皇制と憲法

     

 国会は26日閉会しましたが、最終盤、憲法上けっして見過ごすことができない問題がありました。
 それは、野党側が安倍内閣不信任決議案を提出しようとしたのに対し、政府・自民党から「不信任案の提出は(衆院)解散の大義になりうる」(菅義偉官房長官、萩生田光一自民党幹事長代理)との発言が相次いだことです。
 結局、不信任決議案は否決され、解散は行われませんでしたが、この政府・自民党の暴言は今後も繰り返される可能性があり、黙過できません。

 「解散の大義」発言は、政府・自民党による野党へのけん制・脅しですが(メディアの報道はその側面のみ)、問題の本質は、この発言が憲法の民主的原則に反する露骨な天皇の政治利用だということです。

 憲法69条は、不信任決議案が可決された場合、あるいは信任決議案が否決された場合は、「内閣は…衆院が解散されない限り、総辞職しなければならない」としています(69条解散)。それはあくまでも「不信任案が可決」された場合であり、決議案が提出されただけで解散できる、「解散の大義」になるなど憲法の歪曲も甚だしいと言わねばなりません。

 にもかかわらず菅氏や萩生田氏が公然と「解散の大義」を口にし、それを批判するメディアもないのはなぜでしょうか。それは、憲法7条「天皇の国事行為」の第3項に「衆議院を解散すること」とあり、また天皇の国事行為は「内閣の助言と承認」(3条)を必要とすることから、あたかも内閣(首相)に解散権があるかのように思われている(思わせている)からです(いわゆる「7条解散」)。

 憲法学説上、解散は69条に限定されるべきだという説がある一方、7条解散を容認する説があるのも確かです。しかし、その場合も、解散にはそれ相当の理由(まさに大義)がなくてはなりません。そのことを否定する学説はありません。

 「日本国憲法には、内閣の解散権を明示した規定はない。…現在では、七条によって内閣に実質的な解散権が存するという慣行が成立している。…七条により内閣に自由な解散権が認められているとしても、解散は国民に対して内閣が信を問う制度であるから、それにふさわしい理由がなければならない。…内閣の一方的な都合や党利党略で行われる解散は、不当である」(芦部信喜著『憲法 第五版』岩波書店、太字は引用者)

 今回のように(自民党政権の「7条解散」はいつもそうですが)、疑惑の隠ぺいを図ったり、衆参同日選挙が政権党に有利だからなどの”理由“で解散権をちらつかせたり解散することが、憲法上許されない党利党略であることは明白です。

 同時に、もう一歩踏み込んで考えてみたいと思います。

 それは、政府・自民党の「首相に解散権がある」発言が憲法の意図的な歪曲であることは確かだとしても、彼らにそう言わせる“根拠”に7条の「天皇の国事行為」がなっているという事実です。だからメディアも批判せず、野党も「党利党略」は批判しても「7条解散」自体は批判しません。みんな「天皇の国事行為」を是認する「象徴天皇制」の蚊帳の中にいるからです。

 しかし、主権在民の憲法原則に照らして、「天皇の国事行為」なるものが果たして必要でしょうか。まして、「国権の最高機関」である国会(衆議院)を「解散する」行為を天皇が行うことが、国民主権の下で正当でしょうか。正当ではありません。

 政府・自民党の党利党略の「解散権」発言を許してならないことはもちろんですが、彼らの発言に口実を与えている「天皇の国事行為」の是非、「象徴天皇制」自体を、憲法の民主的原則に照らして再検討することが必要なのではないでしょうか。


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