一君萬民、
國民一體の境地、
大君と共に喜び大君と共に悲しみ、
日本の國民がほんとうに、
天皇の下に一體となり
建国の理想に向って前進することである
・・・青年将校の国体論 「 大君と共に喜び、大君と共に悲しむ」
國家改造・昭和維新運動
目次
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・ 國家改造運動・昭和維新運動 1
・ 國家改造運動・昭和維新運動 2
・ 西田税と靑年將校運動 1 「 革新の芽生え 」
・ 西田税と靑年將校運動 2 「 靑年將校運動 」
・ 維新運動とは何か
・ 國体明徴と天皇機關説問題 ( ←クリック ↓目次 )
・國體明徴 ・ 天皇機關説問題 1 「 そもそも 」
・國體明徴 ・ 天皇機關説問題 2 「 一身上の弁明 」
・國體明徴 ・ 天皇機關説問題 3 「 機關説排撃 」
・國體明徴 ・ 天皇機關説問題 4 「 排撃運動 一 」
・國體明徴 ・ 天皇機關説問題 5 「 排撃運動 二 」
・國體明徴 ・ 天皇機關説問題 6 「 岡田内閣の態度と軍部 」
・本庄日記 ・ 昭和十年四月九日 「 眞崎教育総監の機關説訓示は朕の同意を得たとの意味なりや 」
・國體明徴と天皇機關説
・國體明徴と相澤中佐事件
・國體明徴とニ ・二六事件
・本庄日記 ・ 昭和十年三月二十九日 「 自分の如きも北朝の血を引けるもの 」
「 兵農おのづから二に分れ古の徴兵はいつとなく壮兵の姿に移り遂に武士になり 」
「 兵馬の賢は一向 ( ヒタブル ) に其武士どもの棟梁たる者に帰し 」
「 世の亂と共に政治の大權も亦其手に落ち 」
「 凡七百年の間武家の政治とはなりぬ 」
ああ 民主民生---高御座を荊蕀雑草の裡深くもうづもれ参らせたる大逆不忠
「 且は我國體に戻り且は我祖宗の御制に背き奉り浅間しき次第なりき 」
臣道背離、國體原理無視の民主民政制度機構----大逆不逞
神怒りて神劍を大楠公中楠公小楠公諸々の楠公に授け給ふ
非理法権天とは國體を生活する忠義の士の至極の心境である
高御座が本來在しますべき天の下日の本の大表最高所より不逞の逆賊等によりて
荊蕀の奥深くうづもれ参らせ奉りたるを見ぬふりせる山陽の
所謂七道風を望んで豹狼を授くるの軍人等高位を盗みて天日全く昏し
かの不逞大逆妄説機關説の払拭を以て或は
「 天皇機關説排撃、國體明徴などと余り騒ぎ廻るな 」
と云ふが如き不逞大逆の幕府庇護の随意的表白をなすが如き將軍がこの
陛下の神軍の高位に存在することが果して許されるべきであらうか
天皇陛下萬歳を以て集結さるべき軍隊教育に何を教へんとするのであらうか
岡田總理大臣が英人ビカリングに語ったと伝へらるる
「上からの民主政」----「機關説的不逞大逆」 に協力しつつあるが如き軍人が
現役に留ることが果して許さるべきであらうか
その將軍が軍に於ける至高輔弼に座して安如泰然たるが如きは
寔に神州の絶大なる不幸ではあるまいか
・・・皇魂 1
『 我國ノ軍隊ハ、世々 天皇ノ統率シ給フ所ニソアル。
昔 神武天皇、躬ツカラ大伴物部ノ兵トモヲ率キ、
中國 ( ナカツクニ ) ノ マツロハヌモノトモヲ討チ平ゲ給ヒ
高御座ニ即カセラレテ天下シロシメシ給ヒシヨリ、二千五百有余年ヲ經ス。
此間世ノ様ノ移リ換ルニ随ヒテ、兵制ノ沿革モ亦屢々ナリキ。
古ハ 天皇躬ツカラ軍隊ヲ率ヒ給フ御制ニテ、時アリテハ、皇后皇太子ノ代ラセ給フコトモアリツレト、
大凡兵權ヲ臣下ニ委ネ給フコトナカリキ 』
『 夫れ兵馬ノ 大權ハ、 朕カ統フル所ナレハ、其司々ヲコソ臣下ニ任スナレ、
其ノ大綱ハ朕親之を攬り、肯テ臣下ニ委ヌヘキモノニアラス 』
『 朕ハ汝等軍人ノ 大元帥ナルソ、
サレハ 朕ハ汝等ヲ股肱ト頼ミ、汝等ハ 朕ヲ頭首ト仰キテソ、其親ハ特ニ深カルヘキ。
朕カ國家ヲ保護シテ、上天ノ惠ニ應シ、 祖宗ノ恩ニ報ヒマキラスル事ヲ得ルモ得サルモ、
汝等軍人カ 其職ヲ盡スト盡サルトニ由ルソカシ。
我國ノ稜威振ハサレコトアラハ、汝等能ク 朕ト其憂ヲ共ニセヨ、
我武維揚リテ、其榮ヲ耀サハ、 朕汝等ト其誉ヲ偕ニスヘシ。
汝等皆其職ヲ守リ、 朕ト一心ニナリテ、力ヲ國家ノ保護ニ尽サハ、
我國ノ創生ハ永ク太平ノ福ヲ受ケ、我國ノ威烈ハ、大ニ世界ノ光輝トモナリヌヘシ 』
皇軍の本義
「 陸海軍々人ニ賜リタル御勅諭 」 明治十五年一月四日
・・・皇魂 2
内務當局は美濃部達吉博士の著作中二三の主要なるものを禁止處分に付した。
司法當局は博士其人を起訴すべきか起訴猶豫にすべきかを目下 「 慎重 」 に考究中だと云ふ。
文部大臣は全國管下各方面に対し、教育總監は全陸軍に對し、
「 國體は確立して居る。邪説に惑ふ勿れ、更に益々國體顕現に努力せよ 」
と云ふ訓論を發した。
相成るべくは、先づ此の程度或は稍々 やや 進んだ程度の處置を以て、
換言すればいい加減に鎮撫解決したいといふ官邊の意嚮の如くである。
元來、國體とは何ぞや。
それは単なる学説ではない。
國家の現實の問題であり、國民の生活行動上の實際の問題である。
即ち、國家としては政治的にも經濟的にも其他百般の部門に政治的經濟其他各部門的に發現さるべく、
されてあるべき性質のものである。
國民としては此の國家の各部門に於ける其の生活行動に、國民として體現實践すべく、
して居るべき意味のものでなければならぬ。
伝へ聞く、十一月廿日事件に連座した青年將校諸君に対する當局の處分理由に曰く
「 被告人ハ我國現時ノ情勢ハ腐敗堕落セシ所謂支配階級ノ横暴ト無自覺トニ依リ
宿弊山積シ國體ノ原理タル一君萬民君民一體ノ理想ニ反スルコト甚シキモノアリ
速ニ國家ヲ改造シテ政治上經濟上等各般ノ部門ニ國體減にヲ顕セザルヘカラス爲シ 」 云々と。
これだ! 實に盡し得て妙である。
「 國體を明徴にする 」 とは、美濃部博士の著者との処分ではない。當局の訓論ではない。
誠に國體は今日の日本に維新を要求すること火の如く急なるものがある。
維新を要望するものは區々國民ではない。
三千年の國體其者が國民の魂を透し、國民の魂に命じて要求して居るのだ。
□は今日の日本が國體叛逆の思想勢力によつて左右され、國體の原理が埋没せしめられて居るからである。
例へば
元老重臣等中心思想。
議會中心主義的政党政治思想。
資本主義、共産主義。並に亜流として其の中に介在する所謂金融フアツシヨ、國家社會主義、一國社會主義。
官僚 ( 幕僚 ) 中心思想。
等々。凡そ是等は悉く所謂天皇機關説又はそれ以上の邪道を實践しつつある所のものである。
一般に口を開けば重臣、政党、財閥、官僚、軍閥と云ひ、その駆逐打倒が維新の主働であると云ふ。
然らば、「 國體を明徴にする 」 ための此の國體叛逆勢力を打倒することは同時に維新であらねばならぬ。
「 機關説 」 排撃は、美濃部博士に次いで一木樞府議長へ、金森法制局長官へ、
其他同學系の諸氏へ、躍進轉戰すると共に、一切の非國體思想に進撃せねばならぬ。
これが戰ひ一たん収まる時、昭和維新の旭日は東天を染めて居るであらう。
再言する今日の國體明徴は、維新と同義語である。
・・・核心 ・ 竜落子 『 時局寸観』
昭和九年九月
『 核心 』 創刊号の巻頭は、
澁川論文が飾っている。
『 破邪顕正身弘法--昭和維新の大核心 』
概括すると
まず、基底におかれるのは、
日本國家が人と人との関係についての ある理想的状態を表している、
あるいは 表わさなければならないという考えである。
絶對的に偉い 一君 が 上に在り、
下にふつうの人々が平等にたがいに結ばれてある。
上と下とは源をたずねれば一つであるので、
上下のあいだには信頼関係があり、
父と子のような情愛の念が流れている。
こうして、一君 と 萬民 は
一大生命體國家 という全體のなかに融けこんでいる
----そういうのが本來あるべき日本國家の姿なのである。
・・・渋川理論の展開