( 7月12日 )
香田大尉の声が聞こえた。
「 大蔵ッ、わかるか ッ・・・・・・」
「 わかるぞッ、
貴様らの蒔いた種は決して枯れることはない、
必ず芽をふくから安心しろッ 」
私もたまりかねて大きな声を上げた。
「 後をたのむぞッ 」
「 ヨーシ引き受けた。
安心してあとをふり返らず、
まっすぐ前を向いて笑って死んでゆけッ 」
・・・長恨のわかれ 貴様らのまいた種は実るぞ！
( 7月13日
翌日)、私はさっそく予審官に呼び出されて。
「 君、後事を托されたそうだな 」
「 ハイ、托されました・・・・」
予審官は両眼に涙を浮かべてきいていた。
この後事を托されたということが、
私の刑期に大きな影響を与えたことがあとでわかった。
・・・大蔵栄一 二 ・二六事件の挽歌
反駁 3
後事を託された人達
目次
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・ 反駁 ・西園寺公望襲撃 (中止) 鈴木五郎 井上辰雄 塩田淑夫
・ 反駁 ・ 菅波三郎 「 昭和皇政維新法案は澁川が書いたのです 」
・ 反駁 ・大蔵榮一 「 昭和維新トハ大和魂 、即チ魂ノ革正ヲヤルコトデアル 」
・ 反駁 ・青森聯隊 「 師團は我々と共に行動する體制にあり 」
・ 反駁 ・末松太平へ西田税からの伝言 『 出る工夫をせよ 』
第一回公判狀況
二 ・二六事件公判狀況に關スル件 ( 第一公判廷 )
七月六日午前十時三十分
被告歩兵第六聯隊附 一等主計 鈴木五郎、
豊橋教導學校 歩兵中尉 井上辰雄、
獨立歩一 歩兵中尉 塩田淑夫、
出廷、
午前十時四十分 石本裁判長 開廷ヲ宣シ、呼名點呼ヲ爲シタル後、
檢察官ヲ促シテ公訴事実實ノ陳述ヲ為爲サシメタリ、
其ノ要旨 次ノ如し
・
公訴事實
被告鈴木五郎ハ夙ニ磯部淺一、村中孝次、栗原安秀 等ト交リ、國家革新運動ニ關心ヲ有シアリタルガ、
磯部淺一、村中孝次 等 免官にナルニ及ビ、
愈々 軍上層部 竝ニ 一部財閥、重臣ノ所謂特權階級ガ自己ノ地位ニ執着シテ國政ヲ軽輕じ、
國體ノ尊嚴ヲ冒瀆シツツアルヲ信念的ニ感ズルニ至リ、
之ヲ是正シ、眞ノ日本國ノ眞姿ヲ顯現スル爲ニハ
直接行動モ亦場合ニハ客観的ニ許サルルモノナルヲ自覺スルニ至レリ。
其ノ後 相澤事件ノ公判ノ進展ニ伴ヒ 磯部等ト緊密ナル気脈ヲ通ケ居タルガ、
本年二月二十日 同志對馬勝雄ヨリ來名シ
近ク昭和維新ニ嚮ツテ邁進スベク東京ニ於テ蹶起スル旨ヲ告ゲラレ、
其ノ際 同人ヨリ萬一吾々モ蹶起セントスル時ハ
相當ノ金品ヲ必要トスル故ニ 應分ノ援助ヲ願ヒ度シト依頼サレタルニ對シ、
自ラ乃ニ參加スル意志のナキガ、友情 竝ニ 其ノ主旨行動ニ賛意ヲ表スル形式トシテ
金三百圓ヲ都合スル旨ヲ快諾セリ。
越テ 二十三日午後四時 金三百圓ヲ豊橋市ニ赴キ前記 對馬勝雄ニ手公シ、
東京ヨリ來訪セル栗原安秀ヤ同市在住ノ竹嶌継雄 等ト共ニ輸送自動貨車ノ件ニ就キ打合セヲ爲シ、
決行ニ使用スル目的を既得シ乍ラ其ノ準備ヲ承諾セリ。
二十五日午後五時頃 豊橋市ニ赴キ、自ラ驛前合同運送店ニ對シ演習使用ト詐稱シテ
貨車七台ヲ驛前ニ午後八時迄ニ準備シ、八時三十分 高師ケ原附近 「 藤竝 」 ニ集結セシムルコトヲ口約セリ。
猶 其際、自發的ニ夜間行軍ノ苦痛ヲ察し、酒 「 尊王 」 一斗、ガソリン十四鑵かんヲ買受ケ、
發覺ヲ虞レテガソリン店員ヲ使用シテ高師ケ原ニ運搬セシメタリ。
準備完了後 午後七時頃 投宿先ヘ歸ヘリタル処、
對馬ノ手紙ニ依リ 或者反對ニ依リ貨車ノ準備ハ中止トナリタルヲ知リタルモノナリ。
・
被告井上辰雄、塩田淑夫 ハ
夙ニ栗原安秀、對馬勝雄、竹嶌継雄 等ト振興リ、
國家革新運動ニ對シテハ啓蒙セラレ、其ノ後 各種ノ直接行動アリテ 愈々刺戟ヲ深メ、
相澤事件ノ公判ニ依リ同志相計リテ 昭和維新ニ嚮ツテ邁進セザルベカラザルコトヲ確信スルニ至レリ。
本年二月中旬頃同志等ニヨリ 同月下旬 若ハ 三月上旬頃 一齊ニ蹶起スル旨ヲ告ゲラレ、
二月十九日、二十日、二十三日ノ三日間中、磯部、栗原等來訪シ、
兵力使用、彈薬、金品ノ授受ヲ爲シ、對馬、竹嶌ト共ニ興津滞在中ノ西園寺公望ヲ襲撃スベキコトニ賛意ヲ表シ、
其ノ準備ニ着手シタルモ、反對者出デ、兵力使用不能ニ終リタル爲メ斷念シ、
襲撃計圖ヲ隠蔽スル爲、竹嶌ノ下宿先ニアリタル彈薬ヲ教導學校ニ運搬シ隠蔽シタルモノナリ。
以上ノ要旨ヲ陳述爲サシメタル後、
石本裁判長ハ爾後ノ事實取調津村法務官ヲシテ行フ旨ヲ述ベテ法務官ヲ促シタリ。
依リテ法務官ハ型ノ如ク訊問ヲ爲シタル後、
＜ 法務官--鈴木 ＞
被告ノ國家革新ニ對スル意識ノ程 竝ニ其ノ思想ノ經緯ヲ述ベヨ
國家革新ニ對シテハ勿論 具體的ナル案ヲ有スルモノニアラズ、
磯部淺一ガ常ニ言ツテ居ル如ク、其ノ人個人ノ信念ノ程度ニ依ルモノデアッテ、
自分トシテハ抽象的ニ 國家ノ上層部ノ政治、經濟ノ支配階級ガ
日本本來ノ眞精神ニカヘリテ諸政務ヲ實行セラレンコトヲ希望スル程度ノモノニシテ、破壊モ建設モナイ。
思想ノ變遷ニ就イテハ士官學校ヲ卒業後 野砲兵第一聯隊附トナリ、
初年兵係ノ教官トシテ兵ノ身上調査ヲ爲スニアタリ、
全ク黙視スルコトヲ得ザル境遇ニ於カレタル家庭ノ多數アルニ刺戟セラレ、
猶、自分ノ家庭モ精神的ニハ裕福ナリト雖 物質的ニハ恵マレザルニ想ヲ致シ、種々 社會問題ヲ研究スルニ至レリ。
之ノ時ハ丁度、五 ・一五、血盟團事件等右翼運動ノ全盛時代ナルヲ以テ、
一般靑年將校ト共ニ交際ヲ密ニシテ、一部急進將校ト目サレルル人物トモ意見ノ交換ヲ爲スニ至リタルガ、
自己ノ性格 竝ニ身體ノ弱キモ考慮シ、猶、經濟界ノ研究モ必要トシテ主計ニ轉科スルニ至レリ。
其ノ後 昭和八年 歩兵第六聯隊附ニナルニ及ビテ、磯部淺一モ亦同期生ニシテ早クヨリ交際ヲ爲シアリタルガ、
社會問題ニ就イテ意見ノ交換ヲ爲ス機會 少ナカリシニ依リ、經理學校卒業祝ヲ兼ネテ上京シタル時、
投宿先ニ於テ 栗原、安藤、村中 其他將校ヲ知ルニ及ビ、其際 西田税宅ヲ訪問シ 「 國家改造法案大綱 」 ヲ貰ヒ受ケタリ。
其後 磯部ノ紹介ニテ對馬、竹嶌ヲ知リ 益々國家革新運動ニ對スル信念ヲ深メツツアリタルガ、
磯部ガ言ヒタルガ如ク、信念ノ程度低キモノガ直接行動ヲヤルコトハ日本躍進ヲ阻害スルモノデアル、
猶、革新ノ時期ト云ふモノハ期日ノ定マツテ居ルモノデハナイ、
國民ノ信念ノ團結シタル時デアル ト云フ風ニ考ヘル様ニナッタノデス。
然シ 自分ハ國家ノ改造要項ハ、譬ヘテ言ヘバ、
草木ガ自然ニ花ガ咲キ實ヲ結ベバ音モナク花弁ハ散ツテ行キ、種子ガ實レバ破レテ種子ガ飛ビ出ス、
此ノ自然科學ガ國家ニモアリ得ルモノナルニモ拘ラズ、
暗雲ニヨリテ其ノ自然ヲ阻害シテ居ルト云フ信念ヲ抱キ、
之ヲ除ク爲ニハ直接行動モ亦 已ムヲ得ナイト言フ思想ヲ抱クニ至リマシタ。
其ノ時分カラ 「 皇魂 」 其他ノ雑誌、新聞ヲ讀ミ、軍上層部ニ對シ靑年將校ノ氣持チヲ知ツテ貰フ爲
二回程上申書ヲ出シタコトガアリマス。
二月二十日對馬ヨリ金品ノ依頼ヲ受ケタル時ノ狀況如何
自分ハ其時 蹶起ノ話ヲ聞カサレ、自分トシテハ蹶起スル迄ノ信念ガ養成サレテ居ナイノデ、
其ノ申譯ト 是ハ身ヲ捨テルト言フ忠誠心ニ感服シテ、私財ヲ提供スルコトニ致シマシタ。
二十三日ニ對馬ニ 三百圓ヲ渡シ、貨車ノ準備ヲ爲シタルカ
金三百圓ヲ渡シ、貨車ノ準備ニ窮シテ居リ相談ヲ受ケマシタノデ、
自分ハ主計デ克ク借上ゲ等モ知ツテ居ルノデ、快諾シタ。
二十五日以後ノ情況如何
二十五日午後五時頃ヨリノ行動ハ概ネ公訴事實ト同ジデアリマス。
只、私ハ其ノ行動ニ參加スル意思ハ全然ナキコト、
自動貨車ノ借上ゲヲ相談シタル以外ニハ、絶對ニ謀議ニ參与シタルコトハアリマセン。
現在ノ心境ハ如何
殉國捨身ノ氣ヲ持ツテ爲シタル同志ノ行動ハ今猶 正シキコトト信ジテ居リマス。
然シ乍ラ、不結果ニ終リタルコトヲ見テ、
信念ノ程度ガ今猶 低キコトト認識ノ相異スル點を明瞭ニ知リマシタ。
・
第二回公判状況
二 ・二六事件公判狀況ニ關スル件報告 ( 第一公判廷 )
七月七日午前九時 被告鈴木五郎、井上辰雄、塩田淑夫 出廷シ、
午前九時十五分 石本裁判長 開廷ヲ宣シ、
被告井上辰雄ノ事實審理ヲ行フ旨ヲ述ベテ、法務官ヲ促セバ、型ノ如キ訊問ヲ爲シタル後、
昭和維新運動ノ經緯ニ關シ、
＜ 法務官-- 井上 ＞
國家革新トハ如何ナル事カ
國家革新ハ臣下ニ於テ行フモノニアラズ。
至尊ニ於カセラルルモノナリ。
我々國民ハ眞ノ日本精神ニ立返リテ其司々ヲ革正スルコト
即チ 國家革新ノ一部門ヲ爲すモノデアルト信ジマス。
故に、吾々將校ハ先ヅ 皇軍將校ノ職業的意識ヲ捨テ、武士道的精神ニカヘラナケレバナラナイト思ヒマス。
被告ハ在職中辭職ヲ洩ラシタルガ、其ノ當時ノ心境如何
本年一月下旬頃デリマシタ。
國軍將校中ニは多クノ責任回避者ガ多數アルヲ憤激シタカラデアリマス。
自分ノ體驗シタ丈デモ數件アツテ、コンナ不愉快ナ所デハ餘リ長ク御奉公ハ出來得ナイコトヲ痛感致シマシタ。
信賞必罰ノ適正ヲ欠キ、
上司ハ各々其立場ヲ擁護スル爲ニハ部下ノ如何ナル犠牲モ敢テ辭セザルト云フ有様デアリマス。
茲ガ眞ノ革新ヲ要シ、所謂昭和維新ノ一助トナルモノト考ヘラレマス。
維新運動トハ如何ナルモノカ。同志トノ運動經過ヲ述ベヨ
私ハ維新運動ト諸稱スル程具體的ノ經歴ヲ有シテ居リマセン。
満洲ヨリ凱戰後豊橋ノ敎導學校配属トナリテヨリ、對馬中尉ト同中隊ノ關係デ屡々維新運動ノ話ヲ聞イタリ、
怪文書、皇魂、大眼目 等ヲ見セテ貰ヒマシタ。
私トシテハ之ハ單ナル今迄軍内ニ起レル未發事件ト同ジモノニナル虞アリ、
眞ノ維新運動ハ國民ノ自覺ニ依リ、即チ敎化運動ヨリ他ナシト考ヘテ居リマシタノデ、
軍人ハ軍内ノ革正、國民ハ其司々ヲ革正シテ眞ノ日本主義思想ニ立返ヘル様ニスル以外何物モナシト考ヘテ居リマシタガ、
其後 怪文書ヤ對馬中尉ノ話ガアナガチ風説ヤ他ヲ中傷セントスル方法タルニ止マラズ、
或程度ノ事實ヲ報道シテ居ルコトヲ認識スルニ至リマシタ。
即チ、社會情勢ヲ視テ居ルト、天皇御親政ニアラザル批政ガ行ハレテ居ルコトヲ知ルニ及ビ、
之ハ國民全體ノ責任デモアルガ、君側ノ重臣ヤ財閥モ亦 場合ニハ聖明ヲ覆ヒ奉ルガ如キコトアルヲ察知スルニ及ビ、
萬一同志ガ言フガ如ク道鏡ヤ井伊大老ノ如キ絶對的ナル場合ニハ、
實力行動ニヨリ之ヲ誅スルモ敢テ大綱ノ順逆ヲ誤リタルモノニアラザル程度ノ認識ヲ深メタルガ、
兵力使用ニ關シテハ猶 相當ノ研究ヲ要スルモノト思ヒマシタ。
次ニ私ノ天皇観ヲ申上ゲマス。
天皇ハ現人神ニ存シマシテ、天皇ハ即チ天照大神デアル。
天照大神ハ即チ萬物悉ク之ヲ慈シミ給ヘルコトハ史實ニ依リ明ナル処デアリマス。
之ヲ御威光ト稱シ奉ルノデアリマス。
御威光ノ輝ク処、國民全部幸福デアリ、平和デアルノデアリマスガ、史實ニアルガ如ク、
時ニ之ノ聖明ヲ覆フモノナキニアラザルヤハ明ナル処デアリマス。
之ヲ一君萬民ノ眞ノ御代ト申上ゲルノデアリマスガ、現世ノ天皇ハ覆ヒ奉リアルモノト考ヘラレマス。
重臣、財閥ニ於テ其事實アリヤ
其ハ漠然トシテ居リマスシ、
明治維新ノ時ハ徳川幕府ト云フ事實ガアツタカラ明ニ誰ニモ認識出來マスガ、
所謂昭和維新ハ内面的、精神的ナル故、
各人認識ノ程度ニ依ルコトハ史實ニ依リ明ナル処デアリマスガ、
然シ私ハ誅スル程度ノ世相デハナイト思ツテオリマス。
然ラバ何故參加スルニ至リタルヤ
認識ノ程度低ク、同志ニ反對スル丈ノ理由ナク、武士道的情誼ニヨリ參加スルニ至リマシタ。
ト、二月二十一日 對馬中尉ヨリ 近ク蹶起スル旨ヲ打明ケラレ去就ニ迷ヒ、
二十二、三日モ對馬、竹嶌當リ其決心ヲ促サレ、遂ニ情誼的ニ之ニ參加スルコトヲ決意シテ、
二十四日午後七時半 對馬宅に於て興津迄の部隊の輸送計画
竝ニ 西園寺邸襲撃ノ際ハ第三小隊長トシテ活躍スルコトニ決意シタルガ、
勿論自ラ進ンデ兵力使用ヲ受諾シタルモノニアラズ、
反對スル認識ヲ有セザルヲ以テ其精神ニ於テ盡忠報國ノ純情ナルニ同意シテ、
翌二十五日 遺書ヲ認メテ拳銃、軍刀ヲ所持シ 登校シタルガ、
板垣ノ反對ト自己ノ認識ヤ竹嶌ノ心境ニ動揺ヲ來タシタルヲ以テ 中止スルニ至レルガ、
友情により之を暴露したり、発覚を防止せざる儘 之を放置するが如きことを為し得ず、
其時 竹嶌ガ軍刀拳銃ヲ所持セザルモノト思料シテ自分ノモノヲ贈呈シタリ、彈薬ヲ隠匿スルニ至レリ、
ト 陳述シテ、
兵力使用ノ認識ニ就イテ石本裁判長ト二、三 應酬シタルガ、結局
絶對的ナル場合ハ 已ムヲ得ズトシ、
對馬ニ對シテノ友情ハ大綱ヲ誤ラザル其精神ニ感服シテ賛成シタルモ、
後ニ至リ 兵力使用ヲ板垣ニ中止セラルルニ及ビテヨリハ、
友情ヲ一歩超越シテ身ヲ以テ對馬 其ノ人ニ對シテ反對スルニ至ラザル
旨ノ武士道的見地ヲ陳述スレバ、
裁判長其精神ヲ喜ビ、現在ノ心境ニ就イテ、訊セバ、
一百姓ノ伜トシテ生レ、
武人最高ノ名誉タル金鵄勲章 ( 功五級 ) ヲ戴キ、
爾後人一倍忠勤ヲ励ム覺悟ナリシガ、
認識ノ不確定ヨリ
上聖上陛下ノ御宸襟ヲ悩シ奉リ、
下老先キ短キ父母ニ心配ヲカケタルハ 誠ニ申譯アリマセン。
ト 陳ブレバ、裁判長ヨリ井上ニ對スル審理ハ之ヲ以テ終了シ、
次回ハ明八日午前九時開廷スル旨ヲ告ゲ、午後五時十五分 閉廷ヲ宣セリ
・
第三回公判廷
二 ・二六事件公判狀況ニ關スル件 ( 第一公判廷 )
七月八日午前九時 被告鈴木五郎、井上辰雄、塩田淑夫 等出廷シ、
仝九時十分石本裁判長 開廷ヲ宣シ、法務官ヲ促セバ、法務官ヨリ 塩田 ニ對シ事實審理ヲ爲ス旨ヲ告ゲ、
型ノ如キ訊問ヲ行ヒタル後、
＜ 法務官--塩田 ＞
被告ノ思想傾嚮ヲ述ベヨ
私ハ幼少ノ頃ヨリ尊皇愛國心ヲ植ヘ附ケラレ、
士官學校豫科時代 明治維新ノ志士、志士ノ墓參ヲ爲ス趣味ヲ有シ、
小塚原ニ行キ、有村治左衛門以下ガ明治ノ後年ニ至リ 従五位下ニ叙セラレアルヲ見テ、
日本人ハ其ノ行動ヲ責ムベキニアラズシテ 其ノ精神ヲ生カスモノナルヲ知リマシタ。
其ノ考 任官シテ以來、益々國體観念ニ就イテハ下士官、兵ニ接シ、
或ハ質問ヲ受ケルニ及ビ國體ノ研究ヲ必要トシ、里見岸雄、田中智學 等ノ書籍ヲ讀ミ、
一方、栗原中尉ト親交シテ信念ヲ深ムルニ至リマシタ。
國體観念ヲ述ベヨ
國ト云フ字ニハ、国、囗、國 ノ三字ルモ、
眞ノ國、即チ王ヲ基トシタ國ヲ使ヒ得ルハ日本ノミナリ、
日本ハ天皇ヲ主體トシタル國デアル故ニ、天皇絶對崇拝スベキ信仰的ノ國デナケレバナラナイ。
ト 國體思想ノ字義ヲ陳述シ、
續イテ史實ヲ一々指摘シテ約一時間ニ亘リテ我國體尊嚴ナル所以ヲ陳ベ、
其ノ認識ノ程度ヲ答ヘタリ
續イテ、
＜ 法務官--塩田 ＞
維新運動ノ可否 竝ニ其ノ運動ニ參加ノ有無
現役軍人ノ維新運動即チ横斷的聯絡ノ不可ナルヲ認識シ居タルヲ以テ、
栗原中尉ヨリ相當其ノ運動ニ關シ敎育サレ、
或ハ 昨年ノ満州國皇帝御來朝ノ砌事ヲ擧グル話アリタルモ、
之ニ不參加ノ意ヲ表シマシタシ、且、私ハ此種ノ運動ヲ他人ニ働キカケルガ如キハアリマセン。
但シ 聞キニ來タ人ニハ敎ヘタコトハ有リマシタ。
猶、栗原中尉ニ關シテハ、一抹ノ疑心ヲ持ツテ居リマス。
即チ、栗原ハ常ニ裏面ニ廻ツテ畫策シテ他人ヲ躍ラセルコトハアツテモ、
自分カラ進ンデヤル様ナ人物デハナイ様ナ氣ガシテ居リマシタ關係カラ、
餘り直接行動ニハ關心ヲ持チマセンデシタ。
元來、私ハ皇軍ノ力ハ、
第一、抜カザル劍ノ威力ヲ以テ政党其他ニ對シ軍部即チ國家ノ眞意ノ發動ヲ爲スヲ最モ可トナシ、
第二 ニ無於テハ 敎化運動ニ依リ革正セシムルニアリ、
敎育ニヨリテ國民ノ無自覺ヲ是正シ、警鐘ヲ亂打スルコトデアル、
敎育ニハ家庭、學校、社會、軍隊ノ四敎育アリ、
然シ乍ラ 眞ノ日本國民ノ革正ノ原動力ハ
吾々靑年將校ガ立派ナル荘丁ヲ一人前ノ日本人トシテ社會ニ送リ出シ、
郷党ヲ以テ役立ツ人間トスル重大敎育任務ヲ有スルヲ以テ、
靑年將校自ラ大イニ自究自鑚ノ必要アルヲ知ツテ居リマス。
第三ハ絶對的ナル場合ハ實行モ亦 已ムヲ得ナイト考ヘテ居リマス。
即チ、井上ノ陳述ト同様ニ道鏡ヤ其他ノ大逆不逞奸ノ現ワレタル場合ヲ言フノデアリマス。
猶、行動參加ノ有無デアリマスガ、
是ハ栗原ガ常ニ言ツテ居ツタ如ク、參加スルトシナイハ各々認識ノ相異ニ依ルモノデ、
致方ノナイモノデアル。
運動ニ趣味ヲ有スレバ必ズ實行スルモノデハナイト信ジテ居リマス。
私トシテハ運動ニ參加シタル程度デハアリマセンガ、
栗原ト共ニ磯部 其他 一部靑年將校ト千駄ヶ谷某所ニ會合シ ( 後デ磯部宅ト判明 )、
西田ヨリ 「 國家改造法案 」 ノ説明ヲ一回聞キタル他、栗原トハ再三文通シマシタガ、
餘リ關心ヲ持ツテ居ナイノデ、思イ詰メタ考ヘハアリマセンデシタシ、
中橋トハ 二、三回會ヒマシタガ、大シタコトハアリマセンデシタ。
興津襲撃計画を打明ケラレテヨリ、之を中止シタル間ノ経緯如何
二十一日午後七時半頃 對馬宅ニ於テ決行ヲ聞カサレタルガ、
今迄ニ栗原ヨリ同様ノ話ヲ聞キタルコトガ以前ニアツタガ、何レモ表面ニ現レズニ終ツテ居ルノデ、
今度ノモソノ程度ト思ツテ大シテ氣ニ止メズ曖昧ナル返事ヲシテ歸ヘリマシタ。
然シ 之ハ 「 デマ 」 ダト思ヒ、且、自分トシテハ最初カラ直接行動ヲ否認シテ居ツタノデ、
何トカ不參加スル方法ハナイカト考ヘテ、二十二、三日ハ實家ヘ歸リマシタガ、
二十四日會フ約束ニナッテ居タノデ、友情トシテ表面カラ反對スルコトモ出來ズ、
或ル程度身ノ危險モ感ジマシタノデ、對馬、竹嶌、井上ト共ニ共同シテ相談スルノ形式ヲ執リマシタガ、
茲デ反對スレバ暴露スル虞モアルシ、表面的ニ反對シナクトモ他ニ不參加ノ方法アルコトヲ知リ、
色々技術的ノ策動ヲシテ、賛成シタルガ如キ態度ヲトリマシタ。
之ノ件ニツキ相談ニ應ジマシタノハ、兵力輸送ニ關シ時速ト休憩個所ノミデアリマスガ、
其後デ對馬ヨリ私ニ先行シテ到着地ヲ選定シテクレト頼マレマシタノデ、
茲デウマクヤツテ逃ゲヤウト思ヒ、草薙駅ガヨイト思フト言ツテ別レ、
翌日ニナッテ不參加ノ目的ヲ以テ二十五、六日ノ二日間 病気引籠リヲ願ヒ出テ自宅ニ於テ靜養シテ居リマシタ。
二十六日朝副官ガ來宅シテ大體ノ狀況ヲ知リマシタガ、其ノ後 特異ノコトハアリマセンデシタ。
現在ノ心境如何
上司竝ニ同僚ノ忠告モ聞カズ維新運動ニ關心ヲ有シ、
本事件ニ関係シタルヲ遺憾ニ思ツテ居リマスガ、尊皇愛國ノ精神ニ變リハアリマセン。
ト 述ベ、
裁判長ガ本審理ハ之ヲ以テ終了スル旨ヲ告ゲ、
次回日時未決定ノ儘 午後一時三十分閉廷セリ
菅波三郎
第四回公判狀況
二・二六事件公判狀況ニ關スル件 ( 第四回、第一公判廷 )
十二月二十一日午前八時五十五分 被告菅波三郎、志岐孝人 入廷、
仝九時五分 若松裁判長以下着席、檢察官席に第六師團法務部長澤田檢察官立會ニテ開廷、
本日ハ菅波三郎ニ對スル事實審理續行。
幕僚ファッショトハ如何ナルモノヲ云フカ
幕僚ニシテ、上ヲ欺キ 下ヲ煽テテ君權ヲ歪曲陋断ろうだんシテ、直接行動ヲ以テ
國體、皇軍ノ團結、統率ヲ破壊シテ、建軍ノ本義ヲ誤るモノヲ云フノデアリマスガ、
今次事件ニ依リ根底ヨリ之ノ信念ヲ覆ヘサレマシタ。
十月事件ニ關係シタル内容ヲ述ベヨ
昭和六年八月頃鹿児島ヨリ上京スルト、
櫻會ヲ中心ニシテ満蒙振興問題ニ附テ國策ヲ論議シテ居ルノデ、
大變良イ事ダト思ツテ入會シマシタガ、
満洲事變勃發ト同時ニ橋本中佐ハ ケマルパシャ ヲ引用シテ旺ニ直接行動ヲ稱賛シ、
或ハ料亭ニ於テ大豪遊スルノデ、少シ様子ガ變ダト思ツテ居タ処、
三月事件ト同様ニ、
橋本中佐ガ陸軍大臣トナリ、長勇少佐ガ警視總監ニナルンダト大言壯語シテ居ルノニ嫌氣ガシテ、
( 尤モ、私ハ最初ヨリ偵察ノツモリデ入會シテ居タノデスガ )
極力靑年將校ヲ抑ヘテ來タノデスガ、
ダンダン具體的ニ、シカモ漠然トシタ計畫ガ判ツタノデ、
橋本中佐ニ其ノ非ヲ責メタ処、
或ル日ノコト、小原大尉カラ決闘ヲ申込マレテ神楽坂ノ料亭デ大喧嘩ヲシタコトガアル位デス。
・・・リンク→末松太平 ・ 十月事件の体験 (4) 「 なに、鉄血章、 誰が言った !！ 」
時期ハ十月ノ靖國人社ノ祭礼ノ時デハナイカト思ヒマシタ。
靑年將校中誰ガ自重派カ
急先鋒ハ私デ、其次ハ大岸、香田、村中等デシタガ、大蔵ハ未ダ醒メマセンデシタ。
跳躍前進ト云フガ、如何ナルコトカ
愈々最後ニ決行スルコトニナツタカラ、
私ハ歩三ヲ引聯レテ命令ニ抗シ
參謀本部ヲ襲ヒ橋本中佐以下ヲ監禁スルツモリデ、
他ノ部隊ハ、決行スレバ仕方ガナイカラ、
之ヲ中央部ニ願ツテ、義軍トシテ統帥系統内ニ入レテ頂クツモリデシタ。
コノコトヲ後ニ至ツテ他ノ人々ガ云フ様ニナリマシタ。
茲ニ於テ、被告ニ對シ法務官ハ、直接行動ヲ是認シテ居ルデハナイカ、
跳躍前進ニシナクトモ、他ニ之ヲ中止セシムル方法アリタルニ非ズヤ、被告ノ派ト別派ガヤルノダカラ氣ニ入ラナカッタノダロウ、
ト追及シタル後、被告ハ軍内ニ派閥アリト思料スルヤ、アリトセバ、其ノ現象ヲ示セ
封建軍隊ノ殘留物タル粕ガ殘ツテ居ルト思ヒマス。
長閥、何々閥ト云フモノガアル様ニ思ヒマス。
長閥ヲ壓ヘタモノハ永田鐵山デス。
之ハ陸大入リヲ阻止シタ實例デス。
現在ノ思想的ニハ、具體的ニハ知リマセンガ、
新聞界等デハ清軍、皇道、統制派ト呼ンデ居リマスガ、
私ニハ何レデモアリマセン。皇道原理派デス。
具體的事例ハ
私ノ體験ニ 二、三アリマスガ、申シ上ゲカネマス。
靑年將校ヲ無理解ニ彈壓スルノガ、派閥抗爭ノ一譬デセウ。
日本改造法案大綱ニ對スル認識如何
前回申上ゲタ通リ、常ニ私ハ批判的態度デス。
其ノ心底ニ流ルゝ哲學原理ハ之ヲ肯定スルモ、
其ノ國體観ニ附テハ私ハ天降リ説ヲ信ジ、彼ハ進化論、三段論法ヲ云ツテ居リマス。
政策ノ點ニ就イテハ一考ヲ要シマス。
( 茲ニ於テ澤田檢察官退廷ス)
五 ・一五事件ノ時ハ其精神ヲ重ンジテモライタイト運動シナカッタカ
陸軍ノ靑年將校ハ落附イテ居リマスカラ、
安心シテ國策遂行ニ邁進シテ下サイト陸相ニオ願ヒシタノデス。
満洲滞在間、資金ヲ多額ニ調達シタル様デアルガ、二・二六事件ノ爲準備シタルカ
私ハ新京警備司令部ニ警備將校關係ヲシテ居タ關係上、
警備關係事項ニ就キ憲兵司令官ノ部下トシテ働キ、
且ハ 關東軍第二課第三班ト密接ナル聯絡ヲシテ居タノデ、種々ノ人ノ顔ヲ知リ、
情報ノ蒐集、日人、満人、鮮人ノ永久工作タル思想善導ノ爲、
満洲靑年同志會、協和會 其他を上司ノ内諾ヲ得テ支援シテ居マシタ。
勿論、之ハ満鐵改組問題ニ就イテ満鐵側ガ反對シタカラデス。
処ガ、田中隆吉中佐ガ十月事件ノ私憤ニテ私ヲ中傷シタノデ相當困リマシタガ、
憲兵ガ證明シテ呉レマシタ様ナ事件モアツタガ、同志會ハ發展シマシタ。
其ガ爲ニ大澤隼、鳥海啓、辻正雄、北村等ヲ知リマシタノデ、
其等カラ謝礼金トカ情報用トシテ多額ノ献金ガアリマシタノデ、内地デ困ツテ居ル者ニヤリマシタ。
昨年夏内地ニ歸ヘル時ハ、内地ニ歸ヘレバ内地問題ヲ専心ヤロウト思ヒ、
機關誌ノ必要ヲ期待シ、私ハ粛軍徹底ノ爲 幕僚ファッショ攻撃センコトヲ企圖シ、
之ガ私ノ國家改造ノ第一目標デアルノデ、
現役ヲ退イテ五 ・一五事件出所者ト塾デモ開キ一生ヲ捧ゲルツモリデ金策ヲシタノデス。
之ハ前回申上ゲタ様ニ使途致シマシタ。
直接行動ノ認識ニ就イテ訊ネルカ、被告ノ理解スル改造法案中ニデモ、
昭和皇政維新法案、在満決行計畫中ニモ、大岸ニ宛タル文中ニモ、
共ニ直接行動ヲ是認シアル部分ヲ散見スルガ、如何
在満決行計畫ハ關東軍幕僚ガ昭和八年頃内地ト相呼應シテヤルト云フ案デアツテ、
私ノ深ク感知スル処デハナイ。
改造法案ノ見解ハ、前ニ申シタ通リ。
大岸宛ノ實力云々、砲煙云々ハ、相澤公判ノ證ショウ出廷スル氣持チヲ書イタノデス。
昭和皇政維新法案 ハ 澁川ガ書イタノデス。
靑年同志會ノ テキス ト トシテ之等ノ文章ガ使用セラレテ居ルノヲ被告ハ知ラヌト云フカ
一切ハ鳥海啓ガヤリ、他ハ關東軍ノ内諾ヲ得テヤッタノデスカラ、惡イトハ思ヒマセン。
前ニ戻ルガ、派閥抗爭ハ大將級ニモアルト思ハヌカ
新聞ニ依ルト アルト思ヒマスガ、
私ハ荒木大將ハドンナ批判ヲ受ケテモ、正シイ人ダト思ヒマス。
元來、靑年将將ハ對立的トハ申シマセンガ、十月事件關係者ハ露骨ニ云フノデ、弊害ヲ生ズルト思ヒマス。
譬ヘバ、田中隆吉中佐ノ如キハ、靑年將校ガドウシテ國家改造ガ出來ルモノカ、
非常時ハ俺達ガ造ツタノダ、俺達ハ南ヲ担グノデハナイ、板垣ヲ担グノダ、
ト 云ツテ居リマス処ヲ見ルト、上層部ノ方モ之等ニ担ガレテ居ルノデハナイデセウカ。
相澤事件ヲ如何ニ考フルヤ
其精神ヲ認メマスガ、私ガ證人ニナロウトシタノハ、其ノ行動ヲ是認シタモノデハナイノデス。
私ノ信念タル三月事件、十月事件ノ如キ幕僚ファッショヲ清算シナケレバ、何回デモ不祥事ハ起キルノデアル。
彈壓スベカラザルモノヲ彈壓し、彈壓スベキモノヲ彈壓シナイ様デハ駄目ダ、
之ガ肅軍デアリ、上下一本、建軍ノ本義ニ基ク統帥ヲ正スコトニナルト思ツタカラデス。
斯カル事件ヲ公開スルコトハ差支ナキヤ
部内ニ公開スルコトデス。
相澤公判ヲ利用シテ全國ノ靑年將校を奮起セシムル爲デハアリマセン。
茲ニ於テ裁判長ハ、三月事件、十月事件ガ左様迄惡イコトデアルト云フナラバ、
今次事件ガ上層部ニ於テ高等政策ニ依リ、
部隊ト將校トヲ切離シテ有耶無耶ニスルト云フコトハ考ヘラレナイコトデハナイカ
ト 豫審調書ニヨリ 詰寄リタリ。
次デ、法務官ハ前回ト同様ニ 二十八日ニ於ケル訓示内容中
「 中隊長ヲ殺セ 」
トカ、
「 中隊長ニ附イテ來イ 」
トカ、
「 君民一體デアルベキニヨリ、中間的存在ヲ許サナイ 」
トカ 云フコトハ、
明ニ東京事件ヲ聲援スル様ナ演説ヲシテ、
兵ニ疑ハシテハ不可ナイト思ツテ居タコトハ事實デハナイカ、
ト 憲兵ノ證言、豫審調書ヲ讀聞カレタルガ、
被告ハ當時ノ狀況ヲ説明シ、
斷ジテ支援シタリ、兵ヲ聯レテ上京スルガ如キ意思ナシ
ト弁明シ、
中隊長トシテ熱心ノ餘リ 斯カル疑イヲ受クルニ至リタル
旨ヲ應ヘ、
午後四時三十五分、次回ハ明十二日午前九時開テイスル旨ヲ告ゲ、閉廷セリ
・
第五回公判状況
二・二六事件公判狀況ニ關スル件 ( 第五回、第一公判廷 )
十二月二十二日午前八時五十五分 被告菅波三郎、志岐孝人 入廷、
仝九時十分 若松裁判長以下着席、直チニ開廷ヲ宣シ、
前回ニ引續キ、菅波三郎ニ對スル事實審理續行
・
被告ガ昨年八月東京ニ來ル往復間ニ和歌山ニ立寄リ 大岸頼好ニ面談シタル内容竝ニ上京ノ主目的如何
満洲ニ長ク居タ爲、大岸トハ文通程度ニシテ、
無二ノ親友ノ安否ヲ案ジテ立寄リタルモノデアルガ、
満洲ニ居ル頃、大岸ノ書面中ニ、東京同志ハ漸次自分ヲ離レツツアルトノ意味ガアツタノデ、
感情的カ思想的カヲ確メル必要モ感ジタノデ、
東京ノ同志ニ一應當ツテミル必要アルヲ感ジテ上京シタガ、
其ガ主目的デハアリマセンデシタ。
談話ノ内容ハソンナ話バカリデ、大シタコトハアリマセンデシタ。
オ土産ガ無カツタノデ、其際百圓ヤツタ事ハ前回申上ゲタ通リデス。
裁判長 「 其際、東京ノ同志ノ動向如何。十二月ニハ、又、東京ニ集合スル必要アル様ニ、
同志、殊ニ末松、小川等ノ間ニ喧傳セラレアリタリト云フガ、如何 」
今カラ考ヘレバ、隊務モ多忙デアッタデセウガ、餘リココロヨク會ツテ呉レマセンデシタ。
村中丈ガ充分面會ガ出來タ位デス。
大岸トノ關係ハ、ヤハリ西田派ニ傾ク様子ガ多分ニアリ、大岸ヤ私カラ離反シテ行ツタノデス。
急先鋒ハ誰カ判リマセンガ、磯部、栗原デハナイデショウカ。
其他不穏ノ模様ハ全然アリマセンデシタ。
次デ、菅波ハ法務官ニ對シテ、前回ノ補充トシテ、
私ハ罪ヲ負フコトニ何等躊躇スルモノデハアリマセンガ、
私ガ誠心誠意中隊長ノ職務ヲ主観的ニノミ判斷シテ、
東京事件ノ如何ナル事態ニナルカヲ顧慮セズ
演習ヲ實施シタルハ道義的ニハ大イニ反省スベキモノガアリ、
林大尉トノ交渉モ全ク自己本位デアツテ、
上司ニ迄多大ノ迷惑ヲ及ボシタルヲ甚ダ遺憾ニ思ツテ居リマスガ、
之ガ叛亂ヲ利スル行爲ニナロウトハ夢ニモ思ヒマセンデシタ、
此點、私ノ性格ヲ明瞭ニ認識シテ下サイ。
ト涙ヲ流シテ強調シ、邸内ヲ肅トセシム。
次デ、法務官ヨリ補充的ニ、
二月二十八日ノ演習終了後ニ於ケル演説内容ハ、被告ノ主観ニ基クモノト雖モ、
第三者ノ判斷ニヨリスレバ、東京事件ヲ是認シテ兵ノ勢イヲ扶ケタルモノト思料ス
殊ニ、中隊長ニ附イテ來イト云フコトヤ、
中隊長ヲ殺セト最後ニ云ハナケレバ兵ガ疑ウ様ナ演説ヲ爲シタルハ事實ト認メザルヲ得ナイ
岡島ヲスパイ視シタト云フ理由ニ多分ノ疑ヲモツモノデアル
前回申上ゲタ通リデス。
裁判長 「 被告ノ 「 獄中有感 」 ノ手記中ニ於テノ皇道哲學ハ、
勅諭、勅語ヲ實践躬行シタル結果得タル哲學ト信ズルコトヲ得ザルガ、如何
一体體観ノ點ニ於テ同一ナリ。
私ノ思索シタル哲學デアルガ、
聖論ノ實践躬行ノ結果ト同一哲學ニナルモノト信ジテ居リマス。
裁判長 「 被告ノ思索ニ依ル皇道観ハ必ズ是ナリト云フ批判ヲ誰ヨリ得タルカ
個人ノ獨善的哲學ヲ他ニ之ヲ教フルハ危險ニ非ズヤ
況ヤ軍隊ニ於テ聖論ノ實践躬行ヲ考ヘザル処ニ誤リナキヤ
殊ニ禅問答中ニ、「 悟リハ如何 」、「 理屈ハイラヌ、坐ハレ 」 トアルガ、聖論ハ只讀メバ良イト云フノデハナイカ 」
其ハ菩薩ノ精神デアリマス。
菩薩ハ、云フ事ノ行ヒハ正シイガ、最後ノ目的タル佛タリ得ナイモノヲ云フノデス。
私モ、私ノ信念、主観ニ誤リハナイト思ヒマスガ、完全人デハアリマセン。
故ニ、先ヅ坐レト云フ問答ニナツテ來タノデス。
裁判長 「 反省ヲ希望スル 」
承知シマシタ。
茲ニ於テ、檢察官ト超法行爲ニ就イテ二、三問答アリタルガ、
菅波ノ云フ超法行爲ハ消極的ニシテ、
軍機ヲ保持スル爲ニ已ムヲ得ザルニ至リタル行爲ノ如キ場合ナリ
ト 弁明セリ
次デ證據調トナリタルガ、志岐中尉ニ對シテハ約四十分間、菅波大尉ニ對シテハ約二十分間ニ亘リ、
各々關係憲兵訊問調書、豫審調書、檢察官訊問調書ヲ讀聞ケタルガ、
菅波ニ對シテハ被告ニ豫メ示シアルヲ以テ之ヲ省略スル旨ヲ告ゲ、被告ニ有利ナル證據ノ提出ヲ求メタル処、
菅波大尉ヨリ歩兵第四十五聯隊附田中要大尉ヲ證人トシテ喚問セラレタキ旨を述ベタル処、
合議ノ結果却下トナリ、午後二時五十分、次回ハ明十三日午前九時開廷スル旨ヲ告ゲ、閉廷ヲ宣セリ
第二回公判狀況
二・二六事件公判狀況ニ關スル件報告 ( 第一公判廷 )
十月十三日午前八時五十五分 被告末松太平、志村陸城、杉野良任 出廷 ( 片岡俊郎欠席 )、
仝九時 若松裁判長以下着席、直チニ開廷ヲ宣シ、
裁判長 「 當軍法會議ハ職權ヲ以テ證人宮下中佐 ( 歩兵五聯隊佐官 )、結城少佐 ( 歩五大隊長 )、
中川少佐 ( 元旅團副官 ) ヲ十月十六日喚問ス。 依ツテ之ヲ告示ス
ト述ベ、直チニ被告志村陸城ノ事實審理ニ入ル
志村陸城
被告ノ前回檢察官ノ述ベタ橫ル公訴事實中ニ於テ不服ノ點アラバ述ベヨ
一、吾々ノ爲シタル行爲ハ叛亂ヲ利スル目的ヲ以テシタルニ非ズシテ、昭和維新促進運動ノ具現ニアリタリ。
二、橫斷的聯絡ト云フモ、吾々ハ橫斷的ニ非ズ。橫斷的聯絡ハ軍内ニ於テ許サルルベキコトニ非ズ。
被告ハ昭和維新運動ヲ爲シツツ現社會ヲ批判シアルガ、如何ニ之ヲ注視アリヤ
我ガ國體ヲ歪曲シ奉ツテ居ル時代ナリト認識ス。
即チ、歴史ヲ研究スレバ大化改新モ建武ノ中興モ 近クハ明治維新モ
共ニ國體ノ尊嚴危ウクナリシ時ニ一大改革ハ行ハレ、
尊皇心ノ旺盛ナリシ時代ハ其國ハ營ヘ、尊皇心 地ニ落チタル時ハ其國ノ沈滞シタル時ナリ。
故ニ現社會ハ之ノ後者ニ属スルコトハ認識ノ等シク認ムル処ニシテ、
譬ヘバ 統帥權干犯問題、重臣、財閥其他特權階級ガ悉ク其地位ヲ利用シテ國政ヲ顧ミザル狀況ハ
即チ 御勅諭、御勅語ノ精神ニ悖ルノミナラズ、我ガ國ノ興亡ニ關スル問題ナリ。
故ニ吾々靑年將校ハ軍務ニ精励シテ先ヅ 良兵良民ヲ作リ、
其中隊、其聯隊ヲ敎化シテ御維新ノ第一歩ニ入ラシムル如ク精神運動ヲ爲ス。
之 現社會ヲ黙視シ難ク 維新運動ヲ行フ所以ナリ。
本運動ニ入リタル動機、經過ヲ述ベヨ
元來私ハ他ノ靑年將校ノ如ク 兵ノ身上又 ハ先輩ノ啓蒙ニ依ツテ
本思想ヲ抱クニ至リタルモノニアラザルヲ以テ、理論的ニハ極メテ輕薄ナルモノナリ。
私ハ渡満後第一ニ痛切ニ感ジタルハ、在満將校ガ如何ニ腐敗堕落シテ居ルカ、
軍紀ガ如何ニ紊亂シテ居ルカヲ眼前ニ見セツケラレテ、
茲ニ飜然トシテ擧軍一體、軍ノ中堅タル靑年將校ニ依ツテ士氣ヲ鼓舞シ、
下士官以下ノ思想ヲ常道ニ復歸セシムル必要ヲ痛感シ、
加ヘテ社會思潮ノ惡影響ニ依ルコト大ナルヲ認識シ、
社會惡淨化ノ爲猛烈ナル精神運動ヲ必要トシテ國家革新ヲ企圖スルニ至レリ。
在満將校ノ現狀ヲ述ベヨ
將校ノミナラズ一般ニ婦人問題多ク、殊ニ下士官以下ニ於テハ 某歩哨ハ大隊長ニ發砲セリ、
某下士官ハ抜刀シテ某上官ニ斬リ附ケタリ云々ノ事象多數アリタリ。
昭和維新運動ノ具體的行動 竝ニ其結果論ヲ述ベヨ
法務官殿ノ御聞キニナルコトハ直接行動ヲヤルカ、否カノ點ニ存スルモ、
( 茲ニ於テ法務官ト強硬ナル論爭アリ )
吾々ハ昭和維新運動 即 直接行動ニアラズ。
然レドモ 絶對ノ境地ニ立チタル場合ニ於テハ 之ヲ行使スルハ已ムヲ得ザルモノナリ。
結果トシテ改造法案大綱ノ如ク法務官殿ハ御考ヘニナツテ居ルモノト信ズルモ、
吾々ハ全ク反對ナリ。
昭和維新ト云フモノハ時期ノ熱スル迄精神運動ヲ續行スルコトナリ。
偶々 今回ノ事件ガ本運動達成ノ爲直接行動ヲ爲シタルヲ以テ、
一律ニ之ヲ考フルハ當ラザルモ甚ダシキモノナリ。
本運動ハ何時迄モ精神運動ニシテ、最後ニ於テ或衝動ヲ与フルニ留ムベキモノニシテ、
兵力ヲ使用スルガ如キコトニアルベカラズ。
絶對的タル場合ハ直接行動ヲ認ムルヤ。相澤中佐事件ハ如何、超法行爲ハ差支ヘナキヤ
相澤中佐ノ心境ニシテミレバ勿論差支ヘ無キモ、吾々第三者ヨリ之ヲ認メズ。
超法行爲ナリト雖モ國家國體擁護ノ爲ニハ絶對的タル場合ハ差支ヘナシ。
同志ハ如何
同志ト云フヲ好マザルモ、同一ノ思想ヲ有スルモノニ 末松、磯部、村中、澁川、栗原アリ。
二・二六事件ヲ如何ニ考フルヤ
其行動ハ勿論之ヲ否認スルモ、討伐スル氣持ニハ非ズ。
其精神、其目的貫徹ニハ或程度ノ利益ヲ与フルヲ無意識的ニ當時潜在シタルモノト認ム。
ト、茲ニ於テ法務官ト理論的ニ長時間ニ亘リ議論ヲ重ネ、
結局利益ヲ圖ルコトハ無意識的ニアリタルナラント之ヲ認メタリ
二月二十六日ノ行動ヲ述ベヨ
二月二十六日午前九時三十分頃、聯隊本部事務室ニ於テ末松大尉ヨリ事件發生ヲ聞キ、
直チニ亀井大尉、杉野中尉ニ之ヲ圖リ、
師團長ニ時局収拾策ニ就イテ意見具申ヲ爲スベク 谷口中佐ニ相談シタル処、
之ヲ受諾シ、聯隊命令トシテ弘前ニ赴キ聯隊長ヲ通ジ行フハ差支ヘナシト許可ヲ得タルモ、
直チニ赴クコトハ能ハズ。
午後二時旅團司令部ニ赴キ聯隊長ニ面會シタルガ、其場所ニ旅團長來タリ、
「 克ク來タ。何時モコウナクテハナラナイ。御前達ノ言分ハドウダ 」
ト 平素ト異リ、非常ニ好意ヲ見セタルヲ以テ、直チニ 末松、亀井、杉野等ト共ニ、
1、今次東京事件ハ一大不祥事デアル、
2、禍ヲ轉ジテ福トナスコト、
3、師團長ハ直チニ上京シテ中央部ニ意見具申ヲナシテ、速ニ昭和維新ニ向ヒ、
本事件ヲ事件ノネト考ヘテ処理セザルコト、
4、秩父宮殿下ニモ御上京ヲ御願ヒスルコト、
ヲ 旅團長ニ申上ゲタル処、大イニ諒トセラレ、
「 俺モ實ハ考ヘテ居るノダ。師團長ニ會ハシテヤルカラ 」
ト 云ツテ直チニ師團長ニ會見要求セラレタルヲ以テ、
前記事項ト同様ナルコトヲ申上ゲルト共ニ決起趣意書ヲ讀上ゲテ重ネテ上京ヲ促シタル処、
「 師團長ハ御裁可ナクシテ一歩モ衛戍地ヲ離ルルコト得ナイ。
猶、具體策モ持合セナイカラ上京ハシナイガ、參謀サン代リトシテ上京セシメヨウ。
意見ガアルナラ、俺モ一緒ニ書イテ上部ヘ持タシテヤルカラ、御前達モカケ。
コンナ事件ガ起キナケレバヨイガト俺ハ以前カラ考ヘテ居タガ、今度カラハ必ズヨクナル 」
ト 大變好イ御言葉ヲ頂キ、喜ンデ歸青シ 其夜何事モナク終リタリ。
二十七日ハ如何
二十七日ハ陸軍ノ中央部ニ意見具申ヲ爲スベク
私ガ原稿ヲ書イテ之ヲ聯隊佐官ニ持行キテ 各將校ノ意見ヲ求メタル処、
約四十名之ニ賛成シテ署名捺印セリ。
谷口中佐亦賛成シタルガ、聯隊長、師團長ハ之ノ内容中ニハ政治ニ關スル部分
( 南大將のコト其他對立關係ノ氏名 ) アルヲ以テ削除ノ上、參謀長ニ持參シ、
且ツ 師團長モ之ニ意見ヲ附シテ出ス趣キナリトノ言ヲ得テ歸靑セリ。
次イデ、各聯隊ノ同期生其他ニ對シ
「 八師決意セリ。待機ノ姿勢ナリ 」
トノ電報ヲ發シテ、目下ノ情勢ヲ通知セリ。
次イデ、小岩井少尉宅ニ集合シタル処、東京ヨリノ情報ニ依レバ、目下包囲狀態トナレルコトヲ察知シ、
皇軍相撃ノ不祥事ヲ防グ爲ニ戒嚴司令官ノ決心ヲ飜スベク、谷口中佐、末松大尉ニ圖リ
「 行動隊ヲ窮地ニ陥レルナ 」
トノ電報ヲ發セリ。
茲ニ於テ、電報ノ内容ノ意義ニ就キ 長時間ニ亘リ議論ヲ爲シタリ
二十八日ハ如何
二十八日ハ奉勅命令降リタルヲ以テ謹愼シアリ。
ト 事實ヲ否認スルコトナク簡単ニ申述ベタルガ、此間裁判長、檢察官ヨリ 二、三訊問アリ、
午後一時四十五分終了、休憩ニ入ル
午後二時再開、直チニ被告杉野良任ノ事實審理ニ入ル
杉野良任
被告ハ昭和維新運動ヲ爲シ、國家革新運動ヲ爲シアルガ、直接行動ハ如何
檢察官ノ犯罪事實中ニモ
私ガ直接行動ヲ支持スル目的ヲ以テ今回ノ行動ヲ爲シタルガ如ク申述ベアルガ、
私ハ直接行動ヲ簡單ニ認ムルモノニ非ズ。
私ハ昭和維新 竝ニ國家改造ト云フコトハ、
前回末松大尉、志村中尉ガ陳述シタルガ如キ概念的ノコトハ理解シアルモ、
良兵良民ヲ造リ、皇軍ノ團結強化ヲ圖ル以外ニ何物モアラズ。
故ニ直接行動ヲ認ムルコトハ勿論信念的ニ無キモ、
絶對的境地ニ立チタル場合ニハ直接行動ヲ是認スルモノナリ。
ト、聯隊内ニ於ケル上級將校ガ
恩給ト定年名簿ノコトバカリヲ心配シテ居ル職業軍人デアルコトヲ憤リタルガ、
昭和維新ニ對スル意識程度極メテ薄弱ニシテ、
單ナル社會情勢ニ對シテ憂慮シ關心ヲ有シアル程度ナルコトヲ他ノ裁判官ハ何レモ之ヲ認メルモ、
法務官ハ猛烈ニ之ノ點ヲ追及シ、直接行動ノ場合トテ例ヲ相澤中佐ノ刺殺事件ニ及ビ、
本人ノ絶對境地ヨリスレバ已ムヲ得ザルモ、自分ハ未ダ之ヲ是認セズ、
二・二六事件ト雖モ又蹶起將校等ハ絶對境地ナルモ、吾々は然ラズ
ト 強硬ニ反駁スルモ、法務官納得セズ、他ノ裁判官顔ヲ背クルノ狀況ナリ
次イデ、
二月二十六日以後ハ如何ナルコトヲ爲シタルヤ、順ヲ經テ陳述セヨ
二月二十六日はマツ松大尉、志村中尉等ト共ニ師團長ノ下ニ赴キ、
意見具申シタハ前回各被告ノ申述ベタル通リナリ。
二十七日以後ハ志村、末松、小岩井等ニ頼マレテ打電シ、
或ハ他ノ聯隊ニ聯絡ニ行キタルハ豫審ニ於テ陳ベタル通リナリ。
ト 極メテ簡單ニ申述ベ、
二十七日戒嚴司令官宛打電シタル 「 行動隊云々 」 ノ電報ハ
本人不識ノコトナルモ其精神ハ之ヲ諒トスル 旨陳述シテ、
午後三時三十五分事實審理ヲ終了シタルガ、
各被告ハ何レモ昭和維新ノ爲ニ運動ヲ為シタル者ニシテ
行動隊ヲ支持スル目的ヲ以テ爲しタルニ非ザルモ、結果ヨリシテ支持シ、
利益ヲ与ヘタリト云フニ於テハ今更止ムヲ得ズト是認シタルモノナリ
午後三時三十五分閉廷ヲ宣シ ( 次回ハ追テ告示 )、明日ハ被告片岡俊郎ヲ取調ブル旨ヲ告ゲタリ
・
第三回公判廷狀況
二・二六事件公判狀況ニ關スル件報告 ( 第一公判廷 )
昭和壱拾壱年拾月拾五日
十月十四日午前八時五十五分被告片岡俊郎出廷、
同九時四分若松裁判長以下着席、直チニ開廷ヲ宣シ、法務官ヲ促セバ、
事實審理ヲ行フ旨ヲ告ゲ、
片岡俊郎
被告ノ今事件ヲ知リタル時ヨリ二十六日ノ行動ヲ述ベヨ
二十六日ハ雪中演習デアツタガ、午後五時頃歸隊シテ聯隊長ヨリ將校集會所ニ於テ聞キ、
最後ニ御注意トシテ輕擧妄動ヲスルナトノ御話がアツタノデ、其儘東京方面ヲ心配シ乍ラ終リマシタ。
二十七日モ同様ト思フガ如何。二十八日にハ聯隊長ノ下に呼バレテ意見具申ヲ爲シタト云フガ、
其内容 竝ニ狀況ヲ述ベヨ
二十七日モ心配シテ聯隊ノ將校等ト共ニ如何ナルコトカト心配シテ終リマシタガ、
二十八日夕方聯隊長ニ呼バレテ行ツタ時 何カ意見ハ無イカト云ハレタノデ、
私ノ平素云ツテ居ル維新ヲ此際上層部ニ於テヤツテ頂キタイ、
其旨旅団、師団ヲ通ジテ上層部ニ通ジテ下サイト御願ヒシタガ、
師團ハ靜観的態度ト云ツタノデ總テヲ諦メマシタ。
二十九日ハ何ヲヤッタノカ
二十九日ノ朝ニナルト皇軍相撃ヲヤル形勢がラヂオヲ通ジテ報道セラレタノデ、
將校集會所ニ居ル將校ノ殆ンドガ、未ダ早イ、何等カ他ニ歸順セシムル方法ガアラウ、
兵隊ガ可哀想ダ、皇軍ノ威信ヲ中外ニ失墜スル、
ト 各々憂慮シテ居ルノヲ見受ケタノデ、一刻モ猶豫スルコトガ出來ナイ、
戒嚴司令官ニ對シ今一應御判斷ヲ願フコトノミヲ念願ニ置キ、無我夢中デ未ダ電報デヤレバ何トカナルト思ツテ、
「 皇軍相撃ハ不可ナリ、速カニ維新ニ入ラレタし。歩二五將校團 」
ト 打電シマシタ。
歸宅後、師團長が意見アラバ書イテ提出セヨトノコトデアッタノデ、原稿ヲ書イタノデアリマス。
旅團長ノ下デ留リマシタ。
皇軍相撃ヲ留メシムルコトハ叛亂軍ヲ利スルコトニナルトハ思はナカッタカ
又、何故順序ヲ經テ ( 統帥系統ヲ經テ ) 爲サザルカ
豫審デモ明瞭ニ申シタ通リ、利益ニナルト云ヘバ、國家、皇軍ヲ利スル目的デアリマシテ、
叛亂軍ヲ利スル目的デハ絶對ニアリマセン。
私ハ彼等ノ行動ヲ否認シテ居ルモノデアリマスカラ、
或ハ感情的ニモ幾分面白クナイ処ガアル位デスカラ、
之ヲ利スル等ハ毛頭考ヘテ居リマセンガ、已ムニ已マレヌ大和魂 ト云フ譯デヤリマシタ。
狀況判斷ノ不備ナル點ガアッタノデ、事實上ノ効果ハ疑問デアリマス。
茲ニ被告ハ叛亂ヲ利スル目的ト何等關係ナシト極力否認シ、
法務官ハ、彼等ニ對シ惡イ感情ヲ持ツテ居タモノデハナイダラウ、
叛亂軍ヲ撃タナケレバ彼等ノ生命モ扶ケルコトニナリ、
維新ニ向ツテ下サイト云フコトハ彼等ノ目的達成ニ援助ト見ラレテモ仕方ガアルマイ、
ト 詰問シタル後、裁判長ヨリ、
裁判長 「 被告ハ電報一通位ト云フガ、其ハ大シタ価値ノアルモノトハ思ハザリシヤ
又、將校團ト云ツテ打電シタルノハ團長以下全部賛成シタノデハナクテ、片岡一名ノ名デハ力ガ弱イカラ、
勝手ニ將校團ノ名ヲ使ツテ受信者側ノ判斷ヲ誇大ニ信用セシムル目的ニアラズヤ
師團長以下ノ諒解ヲ得ナイノガ惡イト云ハレルカラ、
電報一通位をソンナニ重大視シテ居ルトハ思ハナカッタト申シタノデアリマス。
又、結果論カラ云ツテモ、アノ内容デハ聯隊長ガ惡イト云ハナカツタ処ヲ見テモ、
明ニ統帥ヲ離レタル行動トハ思ヘナイ。
將校團ノ名ヲ使ツタノハ勿論將校一般ソンナ雰囲氣ガアリ、
又、コノ氣持チヲ上層部ニ達スルコトハ必要ダト思ツタカラデス。
一名ヨリモ團其ノモノノ名ヲ使フコトノ方ガ利目ガ多イコトモ潜在的ニハアツタカモ知レナイガ、
意識シテハヤリマセん。
私ハ自ラ自覺シテ維新ノ斥侯デアルト考ヘテ居りマスノデ、其ノ心算デヤッタノデス。
敢テ自己ノ名前ヲ出スコトヲ恐レタ譯デハナイ。
事件鎭定後上層部ニ嘆願書ヲ出シタ様ダガ、如何ナル目的カ
鎭定後活動シ始メタ処ヲ見ルト、取締リガ緩クナッタ隙ヲ見テヤッタ様ニ思フガ、如何
二十九日夜原稿ヲ書イタノハ、
速ニ今度ノ事件ヲ契機トシテ其精神丈ヲ生カシテ維新ニ嚮フコトガ大切デアル、
上層部ハボンヤリシテ、討伐スレバ後ハ何ウナツテモ差支ヘナイ、
國體明徴ニ嚮ツテモ明瞭ニ進ム様ナ有様ガナイノデ、
ドウニモヂツトシテ居ラレナイノデ合同庁舎ニ行キ、
二、三ノ中、少尉ニ圖リ、宴會ヲ久シクヤラナイカラ三月二日ニ中、少尉會ノ宴會ヲ行ヒ、
其席上デ嘆願書ニ署名捺印ヲ受クルコトヲ相談シテ、
其結果聯判二十名ヲ得テ上層部ニ發送シマシタガ、
決シテ取締リガ緩ヤカニナッタカラヤッタモノデハアリマセン。
電報ヲ發信シタリ、嘆願書ヲ送ッタリ、随分餘分ナコトヲシテ、自己ノ判斷ガ不充分ナルニモ拘ラズ
上司ニ迷惑ヲカケタモノデハナイカ
師團ガ靜観的態度ヲ執ツテボンヤリシテ居ルノデ、
皇軍ノ將校トシテ其皇軍精神ヲ明瞭ニシテ居ルモノハ誰デモ沈黙シテ居ルコトハ出來ナイト思フ。
東京ノ眞中デ皇軍ガ相撃ヲヤラズトモ、兵丈ハ靜カニ返シテ將校丈ヲ皆殺シニスル方法モアッタト思フ。
自分ガ東京ニ居タラ叛亂軍中ニ入ツテ充分説得シタコトト思フ。
上層部ガ餘リ彼等ノ精神ヲ認メズ、徒ラニ討伐ノミ考ヘルカラソンナコトニナッタト思ヒマシタ。
裁判長 「 上司ハ信頼スルニハ足ラナイ 非皇軍意識バカリト思ツテ、
被告ノ様ナ十月事件ヤ其ノ他ニ關係シタ維新先覺者ノミガ眞ニ皇軍相撃不可トノミ考ヘテ、
他ノモノハ全クボンヤリシテ居タト思ッタカ 」
左様ナコトバカリトハ思ハナカッタ。
眞ノ皇軍ヲ考ヘ、維新思想ノ少ナイモノガ上司ニ多イトハ思ヒマシタ故ニ、
之等ヲ是非意見具申ニ依リ啓蒙シナケレバナラナイ、其ニハ今ガ一番ヨイ時デアルト思ヒマシタ。
裁判長 ・法務官 「 二十六日ニ事件ガ起ツテ三日間モ東京ノ眞中ニ兵ヲ以テ占據シテ居ルコトヲ知ッタナラバ、
上司ニ於テモ相當御考ヘニナッテ居ルトハ思ハナカッタカ
猶、軍ノ統帥命令ハ最高ノ指揮官ノ頭ニ依ツテ斷ノ一字ヲ以テ決スル処ニアリ、
第三者ノ口喙くちばしヲ入ルルモノニアラザルコトヲ知リ居リナガラ、カカル行爲ヲ爲スハ眞ノ皇軍意識ニ反セザルヤ
手續キ上ニ於テハ不備ノ點ヲ認メマスガ、其ノ精神ハ何処迄モ正シイト思ヒマス。
裁判長・法務官 「 昭和維新運動ニ入リタル經緯竝ニ實際ノ運動狀況ヲ述ベ、
國體、尊皇絶對ヲ具現的ニ説明セヨ
概略ヲ申上ゲマス。
私ハ幼年、士官學校在學中ヨリ人一倍正義感ニ強カツタ男デス。
其カラ ダンダン見聞ヲ廣メルト同時ニ上層部ノ腐敗堕落ヲ眼前ニ見セツケラレテ、
遂ニ國家改造ヲ要スルコトヲ考ヘマシタ。
其後、十月事件ニ千葉ノ歩兵學校ニ居テ參加スルコトトナリ、
橋本中佐、永井八津次、樋口中佐、長大尉、西田、北、常岡、磯部、村中 等ヲ知リ、
其時ニ國家改造法案モ讀ンダリ、各先覺者カラ啓蒙セラレテ國家改造ノ爲ニハ捨身トナラウト思ツテイタガ、
之ガ暴露シテ憲兵隊ノ取調ヲ受ケルニ至リ、
其後荒木大將ヨリ懇切ニ直接行動ニ依ル國家改造ハ絶對ニ成功シナイコトヲ聞カサレ、
直接行動ヲ否認スル様ニナリマシタ。
其後ハ皇道ニ基ク昭和維新、無理ヲシナイ精神運動ニ依ル産業維新ヲ考ヘ、
之ヲ同志ニモ鼓吹シテ來マシタ。
元來、昭和維新ガ昭和時代ニ限ルモノデハナイ。
何十年モカカルカ解ラナイ。
其ガ御維新デアリマス。
國體トハ一君萬民ノ實績ヲ云フ事ハ明デアリマシテ、
質問ハ左様デハナクテ、國體ノ歪曲サレテ居ルコトヲ云フコトト思ヒマス。
國體ノ説明等ハシナクトモ誰デモ知ツテ居ルコトデアリ、又、知ラナケレバナラナイコトデアリマス。
日本國體ハ勅語、御勅諭ニ依リ明デアリマスガ、之ヲ歪曲スルモノハ君側ノ重臣デアリ、
御仁慈ノ下ニ垂レ給フコトナキハ 又 爲政者ノ罪ニ屬シマス。
然シ、之ヲ芟除スルコトニ依ツテ勿論國體ハ明瞭ニナリ、所謂眞姿顯現トナルノデアマスガ、
之ハ直接行動ニ依ルベキモノデナク、精神運動、政治運動、輿論ニ依ルベキデアリマス。
御維新ト云ヘバ直ニ人ヲ殺スコトノ様ニ考ヘル法務官殿ハ認識不足デス。
今度ノ維新運動者ガ直接行動ヲヤツタノハ變態的デアリ、實ニ意外ニ思ツテ居ルノデス。
尊皇絶對トハ天皇陛下ハ現人神デアラセラレる故ニ總テノ權利ヲオ持チニナル、
權利ト云フト語弊ガアルモ、日本ノ國ノ總テヲ御統御ニナツテ居ラレル。
譬ヘバ、財産ノ如キモ之悉ク陛下ノ御所有デアラセラルノデアルガ、
人民ノ幸福ノ爲ニ之ヲ御貸下ニナツテ、吾々ガ私有トシテ居ルノデアリマス。
之ガ總テニ適用サレマス。
之ノ見地カラ行キマスノデ、國家改造法案ノ如キハ皇道ニ依ル改革デナク、
西洋流ノ財産ハ私有デアル、吾々ノモノデアルトシテ發足シテ居ル処ニ反對ガアリマス。
私ノ云フ精神運動即 皇軍意識即 昭和維新ニ就イテハ、之ヲ切詰メテ云ヘバ擧軍一體維新にナルコトデアリマス。
故ニ之點ニ就テハ若干運動ヲ致シマシタ。
満洲ヨリ歸ツテ大蔵、大岸、菅波、村中 各大尉等ニ會ツテ
幕僚ファッショ ( モチロン原則論デス ) ト 君達トハ手ヲ握ラネバ駄目ダ、
理論的ニハ殆ンド共通シテイルカラ、只感情ヲ弱メテ少シハ腹ノ立ツ処ハアッテモ
( 丁度十一月事件、肅軍パンフレット等ノ問題ノ最中デアッタノデ )、擧軍一致維新ニ嚮フ爲ニハ
幕僚ト仲良クシテナケレバ駄目ダト強調シタガ、其精神丈ニハ賛成スルト云ツテ殆ンド無駄デアッタノデ、
自己ノ微力ヲ歎イテ北海道ニ歸ヘリ、何等ノ反響モナク殘念ニ思ヒマシタ。
其後 パンフレットヤ栗原、磯部、村中、對馬、安田、中橋 等ノ文通、噂等ニ依リ
狀況ガ惡クナツテ行クコトヲ知リ、何トカ緩和策、私ノ云フ大同團結ヲ満井中佐ニ頼マウカ、
大蔵大尉ニ依頼シヨウカト思ツテ居ル間ニ事件ガ起キテ、殘念デアリマス。
ト、統制派、皇道派ノ連繋、大同團結ニ依ツテ軍内ノ革新運動ヲ合同シテ擧軍一體トナリ、
只管御維新ニ嚮ツテ邁進シタナラバ十ノ力ヲ完全ニ發揮セラレタ事ヲ
惜クモ中途デ事件ガ起キテ 皇軍ノ爲遺憾ナル旨
ヲ 聲ヲ大ニシテ強調スレバ、廷内ハ息詰マル有様ニテ、裁判長モ之ヲ諒トセシ狀況ナリ
午後ニ補充的訊問 二、三ヲ爲シタルガ、何レモ叛亂ヲ利スル行爲竝ニ意識ノ有無ノ程度ニシテ、
尊皇絶對ハ直接行動ヲ是認セザルヤノ點ニ於テ若干ノ理論的議論ヲ檢察官ト爲シタル後、
現在ノ心境ニ就イテ、
今次事件後、昭和維新即直接行動ノ如ク考ヘテ、當局ハ維新ヲ阻害シ彈壓シテ居ル様ニ思フガ、
靑年將校ヲソンナ風ニ考ヘテ居ルト、單ニ片岡一味ノ少數者ヲ監獄ニ入レタカラトテ駄目デアル。
要ハ維新ヲ如何ニ合法的ニ擧軍一體トナッテ具現スルカヲ認識シナケレバ、
再ビ不祥事件ヲ惹起スルニ至ロウ。
吾々ノ行動ガ維新ニナクシテ叛亂ヲ利シタリト云フニ至ッテハ、最早申上グルコシハアリマセン。
ト 述ベ、次デ午後ヨリ入廷シタル末松、志村、杉野ニ就イテ補充訊問ヲ爲シタルガ、
何レモ現在迄ノ行動ニ依ル疑義を訊シタルノミナリ
裁判長ヨリ末松ニ對シ満洲ニ於ケル將兵操守ノ問題ヲ訊シタル処、
< 末松太平 >
満洲ニ於ケル將校ノ腐り方、特ニ上級將校ノ操守ハ零デアル。
皇軍ノ一體化ノ折柄、充分御聞取願ヒ度ヒ。
ト、前提シ具體的ニ指名ヲ擧ゲテ、
戰闘詳報ノ捏造ガ非常ニ多ク、
勲章ヲ貰フコトバカリニ夢中ニナッテ、
戰闘ノ最中ニ民家ニ隠レタリ、
或ハ 女遊ビヲシテ居テ部下ノ下士官以下ニ射撃セラレントシタルコトヤ、
某聯隊長ガ旅團長ヲ機關銃デ射タントシタルコト
等ヲ列擧シタルガ、
其内ニハ陸軍省ノ幕僚ノ氏名モ現レ、
上級將校ニ對スル下級將校
竝ニ下士官以下ニ思想的ニ惡影響ヲ及ボシタルノミナラズ、
皇軍ノ威信ヲ失墜セリ、
ト 大聲ニ叫び、現在ノ心境トシテ、
信念的ニ誤リタル行爲ヲ爲シタトハ思ヒマセンガ、
私達ノ行動ノ爲 上司ノ方々ニ大變迷惑ヲカケタコトヲ申譯ナイト思ヒマス。
今後ト雖 決シテ本運動ハ中止致シマセン。
ト 結ビ、
志村、杉野ニ對シテハ心境ヲ訊サズ、其儘事實審理ヲ終了セリ
午後三時四十五分、次回ハ十六日午後一時開廷スル旨ヲ告示シ、閉廷ヲ宣セリ
・・・次頁 反駁 ・末松太平へ西田税からの伝言 『 出る工夫をせよ 』 に 続く
・・・前頁 反駁 ・青森聯隊 「 師團は我々と共に行動する體制にあり 」 1 の 続き
第四回公判状況
二 ・二六事件公判狀況ニ關スル件報告 ( 第一公判廷 )
昭和十一年十月十六日
・
十月十六日午後零時五十分被告 末松太平、志村陸城、杉野良任、片岡俊郎 出廷、
仝一時五分若松裁判長以下着席、直チニ開廷ヲ宣スルト同時ニ、
本日午前九時当軍法會議ハ前回告示シタル證人宮川中佐、結城少佐、中川少ショウ喚問取調ヲナシタル旨ヲ告ゲ、
被告關係事項トシテ、
1、宮川中佐ハ歩兵五ニ着任以來日淺ク、二月二十五日ヨリ三月一日迄ハ出張中ノ爲メ、
事件ニ關係セズ、被告ノ證言トナルモノナシ。
2、結城少佐ハ
當時聯隊副官タリシヲ以テ、當時ノ狀況ニ就イテ、
「 谷口中佐ガ被告等ヨリ意見具申ヲ受ケテ随分苦シンデ居タ様デアル。
弘前行キヲ許可シタノモ昭和維新等ニハ關係ナク、弘前ニ聯隊長ガ出張中ナノデ、
聯隊長ヲ通シテ或程度意見具申ヲスレバ飛出ス様ナコトハナイト思ツテ、
靑年將校ヲ壓ヘル目的デ許可シタノデス。
當時聯隊ゼンブノ空氣ハ昭和維新ヲ迎望シタト被告達ハ思ツテ居ルカモ知レヌガ、
ソレハ過信ダト思ヒマス。
然シ乍ラ 師團 旅團長ハ極メテ冷靜デ前後ノ批判ヲ加ヘマセンデシタガ、
聯隊長ハ今回ノ事件ハ重大不祥事件デアル、
コノ事件ニ依ツテ社會惡ノ總テヲ清算シナケレバ不可ナイト言ツテ居ラレマシタガ、
蹶起ノ準備等ハ致シマセン。
二十七日旅團司令部ヨリ歸隊シテ附中佐、大隊長、副官ヲ集メテ
今後靑年將校ヲ如何ニ指導スルカニ就イテ協議ヲ致シマシタガ、結論トシテ、
「 此ノ際モ本事件ヲ契機トシテ社會惡ヲ除去スルコトハ必要ダガ、吾々ハ輕擧妄動シテハ不可ナリ。
靑年將校ノ意見具申ハ充分之ヲ聞イテ上司ニ達スルモノハドンドン達シテヤラナケレバナラナイ 」
ト 言フコトニナリマシタノデ、此ノ決心ハ最後迄間違ヒハアリマセン。
其他電報發進ヤ橫斷的ニ聯絡シタコトハ事件後知ツタ事デ、上司ガ承諾シタモノデハアリマセン。
上申書ニ私ガ署名シナカッタノハ、内容ガ政治ニ亘リ 且 過激ナ部分ガアッタノデ、
之ガ陸軍大臣迄届イテモ結果ガ惡イコトヲ知ツテ居ツタノデヤメマシタ。
谷口中佐ハ靑年將校ヲ壓ヘル目的デ署名シタ事ト存ジマス。
私個人ハ本事件ヲ最初ヨリ不祥事件ト思ツテ居ルノデ之ヲ支援スル様ナコトハ致シマセン 」
ト 當時ノ狀況ヲ述ベ、
最後ニ被告ニ有利ナル隊務ノ成績、正義感ノ動向、思想的聯絡者ノ點ニ就イテ詳細ニ陳述セリ。
3、中川少佐ハ
當時旅團副官トシテ勤務中ニシテ、
前四被告ガ陳述シタルガ如キ、師團、旅團長ノ決心ナク、
如何ニシテ靑年將校ヲ壓ヘルカニ就イテ心配シテ居ラレタガ、
單ニ上申書ハ普通ノ書類ト同様ニ考ヘテ盲判ヲ押シテ師團長ニ提出セリ
ト陳述、被告ニ不利ナル證言セリ 。ト 證言ノ模様ヲ單簡ニ提示シタル後、
法務官ヨリ 末松太平ヨリ證據調ニ遷リタルガ、被告ニ不利ナル證據ヲ只今ヨリ提出スルト稱シ、
第一ニ豫審調書、憲兵ノ訊問調書ヲ讀聞ケタルガ、
之ニ對シタハ各々前回公判廷ニ於テ陳述シタルト同様ニ叛亂ヲ利スル目的ニ非ザル點、
電報竝ニ上申書ハ昭和維新ノ迎望ニシテ統帥ヲ紊リタルモノニアラザル點ヲ志村、杉野共ニ反駁シタリ。
次イデ、證人元附谷口中佐ノ訊問調書ヲ讀聞ケタルガ、其要旨ハ、
谷口中佐
「 私ハ昭和九年八月當隊附トナリマシタガ、
着任早々 聯隊長ヨリ當隊ノ靑年將校ハ思想的ニ極メテ指導困難ナ処デアルカラ
充分注意シテ頂キタイト依頼サレテ居タノデ、随分苦労シテ居リマシタ。
元相澤中佐ガ大隊長トシテ勤務、大岸頼好ガ相當思想的ニ啓蒙シテアルノデ、
其内最モ濃厚ナルモノニ亀井、末松兩大リョウ
此ノ二人は直接行動ヲ否認シツツ靑年將校ヲ啓蒙シ
壓ヘテ居ルカラ間違ヒハナイト思ツテ居リマシタガ、
事件ガ起キルト同時ニ師團長ノ下ニ意見具申ヲシタイト申出テ來マシタノデ随分困リマシタガ、
結局コンナ重大問題ヲ私一人デ決裁スベキモノデナイト思ツタノデ許可ヲ与ヘテ弘前ニヤリマシタガ、
被告等ノ言フ昭和維新ヲ迎望シテ賛成シタ譯デハアリマセン。
勿論今回ノ事件ニ依ツテ社會惡ヲ一掃シ、
上司ノ言フ皇道派ト幕僚ファッショト言フガ如キモノノ對立ヲ防ギ、
皇軍一體トナリテ進ムコトハ希望シテ居リマスガ、被告等ノ様ニ上京シテ行動隊ニ入ルトカ、
上層部ニ要請スル様ナコトハ考ヘマセンデシタ。
電報打電ノ件モ、上申書ノ件モ共ニ靑年將校ガ谷口ヲ唯一ノ上司とシテ信用シ、
谷口中佐ノ言フコト丈ハヨク聞ケト言フ風ニナツテ居ルノデ、茲デ私ハ署名シナカツタリ、
電報ヲ取止メサセタナラバ直ニ怒ツテ飛出スコトハ明ナノデ、之以外ニ手段ハナカッタノデス。
勿論上申書中ニハ政治問題ニ触レタ部分、電報中ニモ如何カト思フ部分モアッタガ、
之ガ爲メニドウコウト言フ程ノ問題ハ起キナイト思ツテ居ツタ點ハ幾分淺墓ダツタト思ヒマス。
元來、靑年將校ハ壓迫シタナラ必ズ間違ヲ起ス基にナルノデ難シイノデス。
法務官殿ガ言フ様ニ演習ニ出ストカ拘禁スル様ナコトモ出來まセンデシタ。
聯隊全部ノ空氣モ別ニ行動隊ヲ支援シナケレバト言フモノハ一人モアリマセンデシタガ、
何ントカシナケレバ不可ナイ、
殊ニ若イ中少尉ハ軍服ヲ脱イデモ上京スルト言フモノガアツテ困ツテ居リマシタガ、
其後直接行動者ハ叛亂軍トナリ、上司ノ監督モ嚴重トナツタノデ其儘納マツタ様デアリマシタガ、
末松、志村、杉野、亀井、小岩井 其他數名ノ靑年將校ハ
処分サレテモ止ムヲ得ナイ程ノ行動ヲトリマシタ故、
何トモ申譯ナイト思ツテ居リマス。
私ハ勿論昭和維新モ皇道派モ解リマセン故、支援スルコトニナルト言ハレレバ已ムヲ得マセンガ、
私ノ目的ハ全ク靑年將校ヲ壓ヘル以外ニ何物モアリマセン 」
トノ要旨ヲ讀聞カセ、
次イデ 聯隊長、旅團長、師團参謀長 ( 師團長ノ命ニ依リ上京シタルモノ ) ノ
證人トシテノ訊問調書ヲ讀聞ケタルガ、
何レモ
本件ヲ機會ニ社會惡ヲ一掃シテ
皇軍モ對立關係ヲ除去スル如ク上層部ノ一大英斷ヲ希望シアリタルガ、
陸軍大臣ニ對スル上申書モ、戒嚴司令官アテノ師團長ノ電報モ、參謀長ノ上京モ、
秩父宮殿下ニ對シ奉ノ御上京ヲ言上シタルコトモ、
靑年將校ノ意見具申ヲ容レタルコトハ各官自身モ之ヲ認メ居ルコトハ勿論、
靑年將校トハ全ク思想的ニ相異ニシ、昭和維新具現ノ爲ニアラズ、
専ラ彼等ヲ壓ヘツツ処理シ來タリタリト 被告ニ不利ナル證言ヲ爲シ、
最後ニ被告末松ハ 思想的ニ一ノ信念ヲ有シ
直接行動ヲ否認シアルガ上官ニ率直ナル自己ノ氣持ヲ具申スルモノニアラズ、
志村ハ實行力ノ伴フモノデアリ、
杉野ハ無茶ナ將校デ何ヲヤルカ解カラナイ男デアル
ト 結ビアリ。
之ニ對シ、
< 末松太平 >
上司ガ結果ニ於テ惡クナツタカラト言ツテ、
在隊當時
模範將校デアル君達ノ意見ハ正シイ、
俺モオ前達ト同ジク上層部ガボヤボヤシテ居ルカラ コンナ不祥事ガ起キルノダ、
俺モ今ニ上京スル等ト言ツテオイテ、
コンナ不利ナ證言ヲヤルトハ思ツテ居リマセンデシタガ、
然シ乍ラ今更獄舎ニ繋ガレル様ニナツタカラト言ツテ上司ト抗爭スルコトハ好ミマセン故、
勿論上司ノ犠牲ニナリマショウガ、
私共ガ證人通リダトスレバ、
初メカラ即チ豫審カラ嘘バカリ申上ゲテ來タコトニナリマスカラ、之點承服出來マセン。
私共ノ精神ノ何処迄モ昭和維新
即チ具體的ニ合理的ニ國家革新ヲ此ノ際斷行シテ
斯カル不祥事件ヲ再ビ惹起セシメナイコトニアツタコトヲ御察シ下サイ。
豫審調書以來文句ノ荒イ処ヤ事實ヨリ誇大ニ申上ゲテアル処ハ、
或ルベク上司ニ迷惑ヲカケズ同僚ノ責任モ私一人デ負フツモリダツタノデスカラ、
其點ヲ當初公判廷ニ於テ陳述シタル部分ヲ御採択願ヒマス。
ト 憤然トシテ陳述シ、
如何ニ上司ガ職業軍人的責任回避者デアルカト絶叫シ、
志村ハ、
< 志村 陸城 >
私ガ實力行爲ヲヤルモノデアルト言フコトハ全然間違ヒデアリマスカラ、
私ガ旅團長ニ貴方モ上京サレテ行動隊ト討伐隊ノ間ニ這入ツテ死ンデクレマセンカト言ツタノデ、
私モ其ノ様ナ男ダト思ハレタノデシヨウガ、當時ノ狀況ハ幾ラ私共ガ熱心ニ御願ヒシテモ、
旅團長ハ酒ヲガブガブ飲ンデボンヤリシテ居ルノデ、自然語気ガ荒クナツタノデス。
其他上司ハ私共ヲ壓ヘルトハ申シ乍ラ、随分平素カラ私共ノ思想ニ共鳴シテ居ツタコトハ事實デス。
其他ハ末松大尉ト同様デス。
ト 陳述シタル後、
法務官ト豫審調書中ノ直接行動ノ是認ノ部分、思想動嚮ガ國家改造法案ノ思想ト相通ゼザルヤノ部分、
拳銃、軍刀ヲ準備シアリタル部分、電報ノ内容、上申書等ノ部分ヲ蒸シ返シ應酬シ、
一先休憩ニ入リタルガ、再開後直チに證據調ヲ中止スル旨ヲ述ベ開廷ノ旨ヲ告ゲタリ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・青森の聯隊からの証人もきかされたる
いわずもがなのひどい証言だった。
証言を読みきかした若松判士長は 「 隊務だけは熱心だったようだね 」 といった。
それがただ一つのいい証言だった。
証言について意見があるかと若松判士長にきかれたが
私は 「 それでいいでしょう 」 とだけいった。
「 いいでしょうではいかん。君らの希望する証人を呼んでもいいよ。 」
「 いりません。」
あとで、自分ノタメバカリヲ考えず、志村、杉野のこともあるから、
亀居大尉でも証人に呼んでもらったらよかったかなと思った。
何をきかれも、いっても無駄ダト思って、あまり答えない私に、若松判士長は、
「 末松、この裁判はやはり天皇の名においてしているのだから、きかれたことには答えなければいかんよ。」
と腹を立てたようにいった。
「 はア 」
腹のなかでは、天皇の名における裁判ではないと思っていた。
同じ地べたに降りてきての喧嘩なら、判士長以下全員が束になってきても、
負けないのだがなア、とも思った。
が、喧嘩はできない。どうしてできないのか。
それをさせないものが、権力というものかも知れないと思った。
同時に権力というものは、どうしてつくられるものだろうと考えた。
志岐孝人中尉
私たちの公判が終わって、しばらくたって志岐中尉の公判があった。
その前に私は志岐中尉にいった。
「 志岐、なにをいったって無駄だよ。頭を下げてもいいから出る工夫をすることだよ。
はいっていたって無意味だからね。」
出る工夫をせよ、
は看守を通じての西田税の私への伝言でもあった。
「 いや、いうべきことは、いわなければいけませんよ。私は堂々といいます 」
志岐中尉のいうことのほうが正しかったし、男らしかった。
それだけに返すことばがなかった。
が求刑のあと志岐中尉は、
「 おっしゃるとおりでした。なにをいっても駄目でした。」
と述懐した。
片岡中尉ですら、あくまで合法的にやるべきで、東京のような直接行動は前から反対だった、
と公判廷で述べた。
が、志岐中尉は、東京にいたと仮定すれば、蹶起に参加したか、ときかれて、
もちろん参加した、と答えたという。
志岐中尉は熊本の聯隊だから、公判は鹿児島の聯隊の菅波大尉と一緒だった。
あとできくと、公判の前に菅波大尉も、
私のいったことと似たような注意を志岐中尉にしたらしい。
が、そのときはうなずいていながら、いざとなると強気にでてしまったようである。
あれだけ注意したのになア、とあとで菅波大尉は残念がっていた。
・・・末松太平著 私の昭和史 から
大蔵栄一
法) 被告ハ昭和維新運動ヲ爲シ來レルガ、如何ナル運動ナリヤ
昭和維新トハ大和魂
即チ魂ノ革正ヲヤルコトデアル。
コノ運動ヲ續ケルコトガ維新運動デアル。
(法) 昭和維新トハ如何ナルモノヲ云フカ
誰カラモ克ク聞カレルガ、建設案ハ持ツテ居ナイ。
要スルニ、其ノ時代ニ於ケル或ル事象ニ當ツタ場合
最善ノ努力ヲ爲スコトガ昭和維新デアル。
一定ノ型ニ當込ムルコトハ不可ナリ。
(法) 現在ノ機構ノ如何ナル部分ニ不満アリヤ
多々アリ。
即チ、政治、經濟其ノ他悉ク行詰リ居ル事ハ明ナリ。
之ヲ改ムルコトハ即チ魂ノ入替デアル。
制度ノ改革モ勿論必要デアルガ、
先其ヨリ前ニ天孫降臨ノ大詔書ノ實現ノ爲ニ吾々ノ魂ヲ入替ヘル必要ガアル。
ソノ方ガ先デアル。
鷄ト卵ノ關係ニアルコトハ丁度コンナ意味ヲ云フノデハナイカト思フ。
制度ガ先カ魂ガ先カノ問題ハ
突詰メテ考ヘレバ
何レガ前カ後カ明瞭デナイ場合ガアルカモ知レナイガ、
原則トシテ魂ガ先デアル
(法) 現在機構ニ於テ魂ノ入替ノミヲ云ツテ居ッタノデハ昭和維新ノ實現ハ困難デハナイカ
豫審ニ於テハ之等ノ特權階級ヲ打破シナケレバナラヌト言ツテ居ルデハナイカ
原則トシテハ魂ノ入替デアルガ、
豫審官ガ如何ナル場合ヲ直接行動ト云フカト云フカラ、
日露戰爭ノ如キ場合ハ直接行動ト云フデアラウ、
ソンナ場合ノ直接行動ナラバ認ムルモ、
相澤事件ヤ今次事件ハ直接行動ト認メナイ、
故ニ、國家ヲ擧ゲテ特權階級ガ共産党ノ如クナツタ時ハ打倒スルト云ツタノデアル。
現社會ニハソンナコトヲ想像スルコトハ出來ナイ。
只神ノミ知ルコトデアル。
コノ點デ自分ハ安田少尉トモ絶交さレタノデアル。
直接行動ヲ輕クオ考ヘニナルコトハ禁物デアル。
昭和維新運動即チ直接行動トオ考ヘニナルコトハ認識不足デアル。
何処迄モ吾々ハ精神運動ヲ云フノデアル。
(法) 運動経歴ヲ述ベヨ
十月事件ハ附和雷同シテ兵力ヲ使用スルモ敢テ差支ナシトノ信念ヲ以テ
先輩ノ下働キヲシタノデ、其目的等ヲ知ラナカツタ。
其ノ後ニ於テ澁谷中将ノオ説ト自分ノ心境ノ變化ニ依リ
直接行動ノ我ガ國體ニ絶對違反デアルコトヲ知リ、
爾來 五 ・一五事件、血盟團事件ニ於テハ側面的ニ之ヲ理解シ、
或ハ陸軍大臣ニ善処方ヲ要望シタル程度ナリ。
猶、十一月事件ニ於テハ自分モ取調ヲ受ケタノデ、
其眞相ヲ印刷シテ發表シタコトガアリ、
相澤事件ノ公判ヲ公開シテ頂ク様ニ第一師團長、裁判長ニ打電シタノミデアル。
ト 運動經歴ニ附キ約三十分ニ亘リ申シ述ベタル
(法) 被告ハ昭和維新運動ニ就テハ破壊行動ヲ認メナイト言ッテ居ルガ、
天意ニ副フ場合ハ直接行動ヲ行フト云フ意味ト符号シナイガ、如何
私ノ思想經歴ヲオ考ヘニナレバ直チニ解ルコトト思フ。
昭和九年頃マデハ明カニ直接行動ヲ是認シテ之ヲ行フ如ク運動ヲ續ケテ來タガ、
其レ以外ニ於テハ天意ニ副フ場合、
即チ日露開戰ト云ツタ様ナ場合以外ハ之ヲ認メナイト 云フ事デアル。
(法) 十一月事件ノ時ニ 「 十一月事件ノ眞相 」 ト云フ文書ヲダシタルガ、
當時未ダ磯部、村中ハ取調中ニシテ出獄シアラザルニ、誰ヨリ聞イテ之ヲ書イタカ
誰カラモ聞カナクトモ、吾々モ常時磯部、村中ト交際シテ克ク知ツテ居ルシ、
投獄前 二週間アツタガ、其ノ時モ會ツテ直接聞イテ居タ。
アノ事件ハ明カニ誣告デアルコトハ衆知ノ事實デアル。
(法) 敎育總監更迭ニ關シ何ヲシタカ
統帥權干犯ナリトノ事實ヲ誰カラ聞イタカ
敎育總監更迭ガ新聞ニ發表セラルルヤ、實ニ困ツタ事ガ出來タルコトヲ聞イタ。
村中ハ平野助九郎少將ヨリ聞イタト云ツテ居タガ、コンナコトデハ困ルト思ツテ、
荒木大將、山岡、岡村各中將、小畑敏四郎少將等ニ宛テテ
善処方ヲ依頼スル旨ノ文書ヲ發信致シマシタ。
(法) 相澤事件ヲ如何ニ観ルヤ
天意ニ因ル場合ト考ヘテ其行動ヲ是認セザルヤ
公判開始ニ當リ如何ナルコトヲシタカ
相澤中佐ノ行動ハ絶對ニ天意ニ基クモノデハナイガ、
其精神ハ大イニ賞揚スベキモノガアル。
或ル時、
中佐ノ奥サンガ、
「 大蔵ヤ菅波ハ落附イテ居テ困ルト云ツテ居リマシタヨ 」
ト 中佐ノ私ニ對スル感想ノ一端ヲ述ベラレタノヲ見テモ、
明カニ中佐ト私ノ信念ニハ大キナ開キガアリ、
其行動ヲ是認シテ居ナイコトガ解ルト思フ。
其行動ハ勿論惡イガ、
其公判ニ依ツテ軍内ニ流レテオル非常ニ不愉快ナ對立ガ一掃サレテクレル様ニ願ツテ居タノデ、
公開サレル様ニ第一師團長其ノ他ニオ願ヒシタ事ガアリマス。
又、相澤公判對策大綱ナルモノハ私ガ造ツタノデハナク、
村中ガ各人ノ意見ヲ聞イテ纏メタモノト思フ。
特別辯護人ヲ依頼サレタガ、人物ニ適當ナルモノガナイカラ、他ニ依頼シタノデアル。
蹶起将校の処刑が終ると、
いよいよ私たちの地方将校の取り調べが開始されることになった。
そのある日、村中さんから信号が送られてきた。
「 オマエノコトハナニモイッテイナイ ヨケイナコトハユウナ 」
私を助けるための助言であることは痛いほどよくわかる。
私が士官学校に入学したときの隣の区隊長で、
革新運動の手ほどきと
北さんの「 日本改造方案大綱 」の ガリ版刷りを最初に与えてくれたのも村中さんであった。
その村中さんが死に臨んでもなお後輩を救うために努力しておられるのだ、
ありがたいことだ。
実のところ、そのころの私はどうなってもかまわないという心境であった。
事件当時東京におれば当然参加していたに違いないのだ。
それに私は精一杯生きてきたし、人生に思い残すことはない。
カントの人生哲学は究極のところ、人生の生きがいを説いたものであろうし、
あとに続く者あると信じておれば、人生の長短など問題ではない。
しかし、村中さんが、もっとも敬慕する先輩がこのように私に指示してくれるということは、
私をして まだなにかをなさしめたいという執念のように思われる。
こんなとき、担当看守が私にそっとささやいてくれた。
「 もう青年将校で死刑になる人はないようです 」
田中や安田の "死ぬなよ、あとを頼むぞ" と いう最期の言葉も、村中さんの本心も、
つまるところ "生き抜いて後に続け" ということなのだ。
それにこれ以上の処刑はないとすれば、生きる以外に方法はない。
先立った同志に対してもすまない。
同時に死ぬべきだという私の心境が、大きく変化し始めた。
「 よし、もう一度出直して先輩の遺志をつごう 」
次第に新しい意志が固まってきた。
審理再開を前には私の態度ははっきりと決まった。
黒崎貞明中尉 所蔵
村中孝次から贈られた獄中での絶筆
当時の看守が秘かに持出して
終戦後、黒崎貞明の手に渡った
尊皇義軍一千ノ兵
奸害ヲ除キ妖雲ヲ拂ハント欲ス
雪ハ霏々トシテ降リ白旗揺レル
願ハクバ神州是從コレヨリ維新ナルヲ
昭和十一年夏
爲黒崎氏 村中孝次
私に対する審理の主眼は、叛乱予備罪に該当するかどうかであった。
従って、蹶起将校との間の情報、連絡、資金等の関係を執拗にせめてきた。
しかし私の場合、蹶起に関する情報はなにひとつ知らされていないので、
予審官としても、叛乱予備罪の成立は不可能とみて、
もっぱら在京将校との呼応、訪問、激励等の関係を引き出すために躍起となっていた。
しかしその一面、同志将校に対する批判的言動を示せば、
ただちに放免となるらしい空気は察知することはできた。
私たちはこの誘導にはのらず、その革新への志向は同じであり、
ただ直接行動に参加しなかっただけという事実を述べ続けた。
そのために不利になろうとも、意に介することはなかった。
これはおそらく、残されて審理を受けていた青年将校のすべてに通じていたものであろう。
たとえば、私が村中さんに対し毎月二十円の送金をしていたことについて、
これが決行資金に使用されたのではないかと追及してきた。
しかしそれは敬慕するかつての区隊長が、
デッチあげの事件によって不当な免官処分となり、
ため生活に困窮されていると判断した教え子が、
己の遊興費を節約して送金したものであると答えたため、それ以上は追及はなかった。
そして次の重点は、私の革新将校への傾斜の過程である。
若い青年将校の中で、
最も過激派と目されていた明石と私とに追及の重点があったようである。
予審官はひとつの証拠をにぎっていた。
それは私の日記である。
奉天での逮捕直後、身辺整理のさい
いっさいの証拠物件は焼却した筈であったが、
ただ一つ、当番兵の上田上等兵が私の思い出にとこっそり処分せずにかくし持っていたものであった。
憲兵隊の捜索によって押収されたのである。
しかし当番兵の行為を責める気には勿論なれなかった。
その日記には、この事件に関する具体的なことは なにひとつ 書いてなかったが、
ただ、日本改造方案や支那革命外史に対する所感などが随所に書いてあり、
また 東京の先輩同志に対する思慕の情と、
革新行動の促進に関する焦慮などが認めてあったのだ。
予審官はこれを きめ手とし、責の道具として追及してきた。
予審官追及の焦点はこうである。
被疑者黒崎の信奉する北一輝の日本改造方案による、
君民一体---君臣共治---天皇は国民の総代表ということは、
「 天皇は神聖にして侵すべからず 」
とする 明治欽定憲法を否定することにはならないかということである。
これに対して 私は次のように答弁した。
「 日本の歴史の中には、天皇が、
時としては 人間としての一面を、時としては 神格天皇としてのひらめきの一面を示される。
そのときどきによって現出する、悲しさと厳しさと歓喜が交錯して綴られてきた過去と現在。
しかし 日本はその歴史を通じ、
最後の危機に直面するや必ず神格天皇の顕示によって再生してきた。
天皇と日本、天皇と国民の運命共同体的信仰が日本の特質であり、
これが日本民族の伝統である。
わが恋闕の本質はここにある。
道鏡事件から大化の改新---壬申の乱---承久の乱---正中・元弘の変、
そして建武の中興から明治維新へ。
原始共産時代から種族抗争時代へ、そして君主専制 ( 大種族統一 ) 時代から貴族支配時代へ、
封建時代から立憲民主時代へと進んで現在にいたる日本の歴史的変遷の中に、
天皇は常にその変遷の中核的な存在を失わず、いかなる権力者といえども、
これを廃絶することをなし得なかった事実こそ、日本の特質であり、日本の命運であった。
日本はやがて天皇と権力者との統治する国ではなく、
天皇と国民のもっとも直結した近代国家に進化するであろう。
しかし、それは日本伝統の発展進化であっても変更ではない。
「 君民共治 」 という日本改造方案の基本的精神はこのように解釈し理解している 」
これに対して予審官は、青年将校たちに
「 天皇を奉ずる共産主義だという人がいるが 」
と 追及してきた。
しかし私の天皇観に対しては一応の敬意を表してくれた。
この予審官との天皇論争は、
時として事件の次元を越えた愛国論争の観を呈したこともある。
かたわらの録事 ( 書記 ) も しばしば筆を措いて聞いていた。
予審官はさらに私有財産の制限について追及してきた。
「 私有財産の制限とは一種の否認である 」
との見解を示し、
それを認めるかどうかと迫ってきたのだ。
私は制限と否認とは完全に異なるし、私有財産の否認には反対であると反論した。
「 土地の国有についてはすでに建武の時代、後醍醐天皇によって試みられようとしたが、
地方武士の反対によって放棄された。
この問題はいずれ わが国においても考慮しなければならないものであるが、
私には具体的にいかにすべきかということはわからない。
しかしながら、人間性を無視した悪平等と、私有財産の制限の許容は、
これからの社会の生成発展に大きな害を与える。
現在、農村の小作人からな るわが国の兵士が、
戦場において いかに精神的に悩んでいるか。
それは実際に弾丸の中で生死を共にした者でないとわからない問題である 」
これに対して予審官は、
「 それでは貴官は国家革新の信念を、戦場で部下と共に戦いつつ 益々深めたというのか 」
と 誘導尋問に出てきた。
これをかわすことは容易であるけれども、信念を曲げてまで刑を軽くしようと思わない。
「 その通りです 」
と 答える。
「 では青年将校たちは、成功したならば どのような国家組織を考えているのか 」
と 斬りこんでくる。
質問の狙いは、日本改造方案を実行する意思があったかという点である。
私は答えた。
「 私たち とくに私自身、
日本改造方案の各条項をそのまま実現するということは考えてもみなかったし、
また 私たちが政権をとるなどということは思いも及ばぬことであった。
同志たちのもっとも嫌って排斥するところでもあった。
過ぐる 三月事件、十月事件を境として、
幕僚たちの主謀したその事件は甚だ不純なものであると断定し、
われわれが幕僚将校たちと別の途を選ぶことになったのは、
"我々は尊氏の轍を踏むべきではない" という申し合わせによるものである。
われわれは ただ赤心を披露して、陛下のご決心を促せば足りるのである。
日本改造方案は、そのときのひとつの参考書にすぎない。
討つものも討たれるものも皆、陛下の赤子であり、
私怨私欲しえんしよくでことを起したものでは断じてない。
陛下が革新の大号令を下されて、
蹶起した者に対しては、法の尊厳の下に自ら裁かれるべきことを説かれれば、
彼らは喜んで闕下に罪に服したでありましょう 」
と 強調した興奮と感動から こみ上げる涙を禁ずることができなかった。
・
八月が来て、私の予審もどうやら終わりに近づいてきた感じであった。
予審官の態度が目に見えてやわらいできたからである。
"よく眠れますか" とか "体はどうですか" と 尋ねるようになった。
この二ヶ月の予審の期間を通じ、二人の間には、
それぞれの立場を越えたひとつの親近感というよりも
共通の理解点が生れていた。
それは日本民族の永遠の生命をまもり、
来るべき共産ロシアとの対決に耐えるためには、
希求する昭和維新な身命を投げ出すのが当然である
という 信念の青年に対しての共感であったと思っている。
黒崎貞明 著 恋闕 から
