獨協法学第３８号 ( １９９４年 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 (一)
松本一郎
一 はじめに
二 二 ・二六事件と北 ・西田の検挙
三 捜査の概要
１ 捜査経過の一覧
２ 身柄拘束状況
３ 憲兵の送致事実
４ 予審請求事実 ・公訴事実
四 北の起訴前の供述
１ はじめに
２ 検察官聴取書
３ 警察官聴取書
４ 予審訊問調書 ( 以上三八号 )
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獨協法学第３９号 ( １９９４ )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 二 )
松本一郎
五 西田の起訴前の供述
１ はじめに
２ 警察官聴取書
３ 予審訊問調書
４ 西田の手記( 以上３９号 )
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獨協法学第４０号 ( １９９５年３月 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 三 )
六 公判状況
はじめに
第一回公判 ( 昭和11年10月1日 )
第二回公判 ( 昭和11年10月2日 )
第三回公判 ( 昭和11年10月3日 )
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獨協法学第４１号 ( １９９５年９月 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 四 ・完 )
第四回公判 ( 昭和11年10月5日 )
第五回公判 ( 昭和11年10月6日 )
第六回公判 ( 昭和11年10月7日 )
第七回公判 ( 昭和11年10月8日 )
第八回公判 ( 昭和11年10月9日 )
第九回公判 ( 昭和11年10月15日 )
第一〇回公判 ( 昭和11年10月19日 )
第一一回公判 ( 昭和11年10月20日 )
第一二回公判 ( 昭和11年10月22日 )
第一三回公判 ( 昭和12年8月13日 )
第一四回公判 ( 昭和12年8月14日 )
七 判決
八 むすび ( 以上本号 )
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５ 第四回公判 ( 昭和１１年１０月５日 )
第四回公判では、北に対する被告人訊問が始められた。
以下、主要部分を要約しながら紹介する。
なお、表題は私が便宜付したものである。
(一) 被告事件に対する陳述等
法務官ハ被告人北輝次郎ニ對シ、
問 位記、勲章、記章、年金及恩給等ヲ有セザルヤ
答 アリマセヌ。
問 刑罰ニ処セラレタル事ナキヤ
答 昭和五年十月三十日大審院ニ於テ上告棄却ト爲リ、
原審ノ暴力行爲等処罰ニ關スル法律違反罪ニ依リ言渡サレタル懲役四月、四年間執行猶餘ノ判決ガ確定シ、
昭和九年二月十一日勅令第十九號ニ依リ懲役三月二十二日ニ變更セラレマシタガ、
刑執行猶餘ヲ取消サルルコトナク期間ヲ經過シマシタ。
又、御成婚當時警視廳ニ檢束セラレマシタガ、關係シテ居ナイ事が判ツテ翌朝釋放サレタ事ガアリマス。
問 被告人ニ對スル犯罪じ事實ハ斯様ニ爲ツテ居ルガ之ニ附陳述スル事アリヤ
此時法務官ハ、公訴狀記載ノ犯罪事實を讀聞ケタリ
答 私ト西田ガ今回ノ事件ノ主動者トナリ、私ノ日本改造法案大綱ヲ實行セムガ爲ニヤツタ様ニ論ゼラレマシタガ、
左様ナ事實ハアリマセヌ。
私ガ支那革命ニ關係シタ事ガアルト云フノデ私ノ書イタ日本改造法案ガ危險デアルト云フ観方ハ、
息子ガ燐家ニ泥棒ニ入ツタカラ、自宅デモ泥棒スルダラウト思フ様ナモノデアリマス。
最初西田ヲ庇ツタ爲憲兵隊ニ聯行サレタノデ、私ガ今回ノ事件ノ泉ノ様ナ立場ニ置カレタノデアリマシタガ、
檢察官ガ警視廳ノ警部ノ様ナ事ヲ述ベラレタノニハ驚キマシタ。
憲兵隊長ハ私ニ對シテ、死処ヲ選ブベキダト言ハレマシタガ、私ノ如キハ西郷南洲ニ比較サレル様ナ人間デハアリマセヌ。
兎ニ角、事實ハ事實トシテ有リノ儘ニ申上ゲマスカラ、裁判官ノ方々モ有リノ儘認メテ頂キタイト思ヒマス。
問 被告人ノ學歴如何
答 私ハ出生地ノ高等小學校ヲ卒業シテカラ県立佐渡中學校ニ入學シマシタガ、
脳神経衰弱ノ爲第三學年修了後中途退學シ、郷里ニ於テ病気療養ニ努メ、
二十二歳ノ時東京ニ出テ、夫レヨリ後ハ獨學ニ依ツテ勉強シマシタ。
(ニ) 中国革命参加の経緯
日露戦争後、北は宮崎滔天に誘われて、
当時日本に亡命中の孫逸仙、黄興、宋敎仁、張繼ら中国革命の志士たちに会うべく、孫の家に行く。
孫は、
「 自分ハ亡ビタ明ノ後ノ漢民族デアル。明ノ亡ビタ狀況ハ御承知ノ通リダ。
満洲朝廷ハ自分等ニ對スル征服者デアル。是非之ヲ斃シテ復興セネバナラヌ。
斃シ得ザルニシテモ、満洲ニ追歸シタイモノデアル。
自分等ハ、其ノ爲ニ斯様ニ放浪シテ努力シテ居ルノダ。」
などと熱弁を振るった。
「 私ハ、若イ時ノ事トテ情熱ニ軀ラレ、
征服者ニ對スル被征服者ノ叫ブ民族獨立ト云フ事ニ非常ナ感興ニ打タレマシタノデ、
宮崎滔天ガ
『 他ノ事ヲヤルヨリモ、其ノ方ニ加ハツテヤル方ガ男トシテ働キ甲斐ノアル仕事ト思フカラ、 一緒ニヤラヌカ 』
ト言ハレルト、
直グ 『 ヤリマセウ 』 ト答ヘテ、
孫逸仙等ノ支那革命党秘密結社ニ加盟ノ誓ヲ立テマシタ。」
(三) 国家改造案原理大綱執筆の経緯
「 第二ノ世界大戰前ニ日本ノ國内ヲ改造シテ置ク必要ガアルト考ヘマシタノデ、
大正八年八月ヨリ約一ケ月ヲ要シ、上海ニ於テ執筆シタノガ、御訊ネノ國家改造案原理大綱デアリマス。
私ガ夫レヲ書キ終ル頃、未知ノ大川周明ガ満川亀太郎ノ紹介状ヲ持ツテ上海ニ來リ、
『 日本ハ今ニモ革命ニナリサウデ支那ヨリモ日本ガ危イカラ、支那ヲ捨テテ早ク日本ニ歸ツテクレ。
私ガ斯ウシテ居ル間モ、日本デハ騒動ガ起キテ居ルカモ知レヌ 』 ト 」 迫った。
そこで北が
「 執筆中ノ改造案ヲ示シマシタ処、大川ハ宿舎ニ持歸リ、翌日再ビ私ノ所ヘ來テ、
『 アノ改造案ヲ基礎ニシテ日本國内ノ改造ヲヤラウ。唯、資産限度ノ三百万圓ハ高過ギル様ニ思フ 』
ト言ヒマスカラ、私ハ 『 資産限度ハ幾ラデモ宜イ。原理理論サヘ明確ニ摑ンデ居レバ宜イノダ。
君ハ之ヲ持歸ツテ指導者ニ与へ、參考トシテ一定ノ方針ヲ立テテクレ。
自分ハ書殘リヲ書イタ上、ナルベク早ク歸國スル 』 ト申シマシタ。
大川ハ其ノ原稿ヲ持ツテ、先ニ日本ニ歸リマシタ。」
周知のように、この国家改造案原理大綱は後に、「 日本改造法案大綱 」 と改められ、
わが国の国家社会主義運動の聖典とされた。
(四) 大川周明との決別について
北は大正九年の元日に帰国し、大川周明が満川亀太郎と作った猶存社に入った。
しかし、両雄相立たず、両者はやがて袂を分かつようになる。
「 大川ノ如キハ、最初私ヲ迎ヘ入レタモノノ床ノ置物ニシテ置ク心意デアツタラシク、
私モ一切外出セズ、人ニモ會ハヌ様ニシテ同年八月頃迄何モセズ、猶存社ニ止ツテ居リマシタガ、
此時起ツタノガ彼ノ御成婚問題デ、
・・・(1)
大正九年、ときの皇太子 ( 後の昭和天皇 ) の婚約者久邇宮良子女王 ( 現皇太后 ) の母系 ( 島津家 ) に色盲の遺伝があることがわかった。
純血論を唱えて婚約解消のために動いた元老山県有朋 ( 長州出身 ) らに対して、
人倫論の立場から東宮御学問所御用掛杉浦重剛がこれに抵抗したが、ことはやがて政治問題へと発展した。
これが 「 宮中某重大事件 」 である。
右翼の大御所の頭山満らと共に、大川、北らの猶存社も杉浦を支援して活発に動いたようである。
結局山県の全面的敗北に終わり、宮内大臣には薩摩派の牧野伸顕 ( 大久保利通の次男 ) が就任した。
最近の文献として、渡辺克夫 「 宮中某重大事件の全貌 」 THIS IS 読売一九九三年四月号56頁、
大野芳 『 宮中某重大事件 』 ( 一九九三年、講談社 ) 参照
私ハ事實關係ナカツタノデアリマスガ、一晩檢束、留置サレタノデ、初メテ一ツノ仕事ヲシタ様ニ感ジマシタ。
私ハ御成婚問題ニ附テハ薩長何レノ派ニモ屬シマセヌデシタガ、
結局薩摩ノ希望ガ容レラレテ此時宮中ニ入ツタノガ、實ニ牧野伸顕ノ人デアリマス。
ソコデ牧野ハ、猶存社ガアツタ爲ダト恩ニ被テ、同社ヲ實価以上ニ買被リ、
言論ハ兎ニ角行動ハ立派デ、非常ニ働ク此人々ガアレバ惡イ風潮ヲ善導シテ行ク事モ出來ルト思ヒ、
大川ナドヲ非常ニ贔屓ニシマシタ。
其ノ頃、王陽明學者デ年中形堅苦シイ事バカリ話シテ居タ安岡正篤ガ、
大川ト竝ンデ牧野ノ信任ヲ得タ様デアリマシタガ、後、大川ノ如キ無骨者ヨリモ安岡ノ方ガ好キダト見ヘ、
大川ヨリモ餘計ニ信任スルニ至リマシタ。
私モ安岡ハ近年珍シイ人ダト思ヒ、尊敬シテ居リマシタ。
兎ニ角大川ハ、牧野ノ背景ガアル爲自然ニ金ガ出來、私ガ何モセズヂツトシテ働カヌト云フ様ナ事ヲ言ヒ出シ、
結局猶存社同人ハ私ノミヲ取殘シテ行地社ヲ結成シマシタ。
然シ、必ズシモ私ニ反感ヲ抱イテ別レタト云フ程デハナカツタト思ヒマス。
其ノ後大川ハ、行地社内閣トカ、北ハ監督ダトカ自ラ大言壯語シテ喜ムデ居ツタ様デ、
私ハ此子供ラシサガ若イ學生ナドノ氣ニ入リ、多ク其ノ傘下ニ集ツタモノト思ツテ居リマス。
又、私ノ改造法案ガ社會ニ擴ガツタノハ、多ク大川ノ方面カラデアリマシタ。
問 被告人ガ西田税ヲ知ツタノハ何時カ
答 西田税ハ士官學校在學中私ガ猶存社ニ居タ當時、
大正十五年頃大川カ満川ノ紹介デ私ヲ訪ネテ來テ會ツタノガ初メテデアリマス。
其ノ後西田ハ士官學校在校中ニ、三回私方ニ見ヘマシタガ、
同校ヲ出ルト朝鮮ニ赴任シタ爲交際ハ途絶ヘテ居リマシタ処、同人ガ軍職ヲ退イテ上京シ、
行地社ニ入ツテヨリ後ハ、屢々訪ネテ來ル様ニナリマシタ。
問 西田ハ何故行地社ヲ脱退シタカ
答 其ノ譯ハ十分知リマセヌガ、何デモ先輩達ニ煽テラレテ大川ニ忠告シタ所カラ、
西田ノ方ガ怒ツテ出タト云フ事ヲ仄カニ聞イテ居リマス。
問 其ノ頃ノ行地社ト被告人トノ關係ハ何ウデアツタカ
答 私と行地社同人トハ別ニ感情ノ衝突ガアツタ譯デハアリマセヌ。
又、社員ノ八割迄ハ大川派デ、満鐵ヨリ金ヲ貰ツテ居ルノデ、爲ニ小サイ喧嘩ノ絶間ガナク、
バルカン半島ト云ハレタ程デアリマス。
其ノ内西田ガ怒ツテ同社ヲ出マシタガ、夫レカラモ私トノ間ノ交友ハ元ノ儘續イテ居リマシタ。
処ガ大川ト私ノ仲ヲ引裂ク必要ノアル人ガ居ツテ、中傷、離間策ヲ講ジ、遂ニ大川ト私ハ袂ヲ分ツニ至ツタノデアリマス。
後デハ大川モ心淋シク思ツタ事ト思ヒマスガ、私ハヨリ淋シイ思ヒヲ致シマシタ。
問 大川ト別レタ直接ノ原因ハ何カ
答 何モ之ト云フ原因ハナク、大川トハ性格的ニ相違する所ハアリマシタガ、
取立テテ云フ程ノ相容レナイ所ガアツタ譯デモアリマセヌガ、
何時ノ間ニカ大川ガ私方ニ來ナクナリ、私モ亦大川ニ會ハヌ様ニナリマシタ。
大川トシテハ、無力ナ私ヨリモ有力ナ牧野ノ方ガ便利デアツタデセウシ、
安岡モ何ウシタノカ私ヨリモ大川ノ方ニ寄ツテ行キマシタ。
結局周囲ノ事情ニ依リ、自然別レル様ニナツタノデアリマス。」
このように答えた北であるが、法務局の更なる追及にあって、
日本改造法案大綱の出版権を行地社から取り上げて西田に与えたことと、
ソ連承認問題で大川と意見を異にしたことが対立の直接的な原因であると認めている。
(五) 朴烈 ・文子怪写真事件について
・・・(2)
大正一五年、朝鮮人朴烈とその内妻金文子が大逆罪で死刑の判決を受けた。
( その直後恩赦で二人とも無期懲役に減刑 )
ところが判決の後、朴が文子を膝の上に抱いている写真が各方面に配布され、
しかもこれが担当予審判事の撮影によるものであることが判明し、内閣不信任案迄提出される騒ぎとなった。
これが 「 朴烈 ・文子の怪写真事件 」 である。
我妻栄外編 『 日本政治裁判史録 ・大正編 』 379頁 ［ 許世楷 ］ ( 一九六九年、第一法規出版 )、
野村正男 『 法窓風雲録 』 上巻222頁 ( 一九六六年、朝日新聞社 ) 参照
「 問 被告人ハ、何ムナ事ヲシタ爲ニ処罰サレタノカ
答 大正一五年頃西田ハ、宮内大臣牧野伸顕ニ對スル辭職勧告文ヲ出シタガ返事ガ來ナイカラ、
更ニ出サウト思フト云フノデ、二度目ニ出ス辭職勧告文ノ草稿ヲ持參シマシタノデ見ルト、
非常ラ激烈ナ文句ヲ烈ネテアリマシタカラ、私ハ
『 此様ナ事ヲ書イテハ、警視廳ニ廻サレテ君ハ直グ捕ヘラレルカラ、激烈ナ文句ダケハ避ケタ方ガ宜カラウ 』
ト申シテ、夫レヲ修正シテ遣リ、尚 『 手紙ナド出スノハ止メテハ何ウカ 』 ト申シマシタガ、
西田ハ肯入レズ、私ノ卓子デ私ノ封筒ヲ使ツテ手紙ヲ書キ、牧野ニ送リマシタ。
之ガ所謂宮内省怪文書事件デアリマスガ、之ト併行シテ所謂朴烈 ・文子ノ怪冩眞問題ガ起リマシタ。
私ハ、國家改造ニハ倒閣ニ次グニ倒閣ヲ以テ進マウト考ヘテ居リマシタノデ、
朴烈 ・文子ノ怪冩眞ヲ見タ時、之ヲ以テ倒閣ニ導カウ、之ガアレバ江木司法大臣ハ十分倒セル、
其ノ一角ヲ崩セバ、或ハ内閣ノ致命傷トナルカモ知レヌト思ヒマシテ、
政友會、小川平吉及山本悌次郎ナドニ其ノ事ヲ話シマシタ処、森恪ガ政友會ヨリトシテ賛成ナル旨ヲ通知シテ來マシタ。
私ハ、此運動ハ西田ヨリモ他ノ者ガ宜イト思ヒ、其ノ者ヲシテ冩眞ヲ添ヘテ其ノ筋ニ文書ヲ出サセマシタノデ、
司法省トシテハ威信ヲ傷ケルモノトシテ大ニ憤慨シ、調査スルト、私ト西田ガ關係シテ居ル事ガ判リマシタガ、
夫レデハ何トモ言ヘヌノデ、牧野ニ出シタ手紙ニ仮託シ、西田等ヲ警視廳ニ勾引シテ家宅捜査ヲシマシタガ、
冩眞の原板ガ出テ來ズ、私ノ家宅ヲ捜査スルト牧野ニ出シタ狀袋ト同ジ狀袋ガ私方ニ在ツタノデ、
之レ幸ト私ヲ勾引シタ次第デ、結局怪冩眞ノ方ハ問題ニナラズシテ、
西田ノ出シタ手紙ニ依ツテ、暴力行爲等處罰ニ關スル法律違反トシテ罰セラレタノデアリマス。
北は、この事件で約半年間勾留され、昭和二年一、二月頃保釋で出所した。
「 其ノ頃ヨリ神秘ノ生活ニ入ル様ニナリ、其ノ方ヘ力ヲ注イデ居リマシタ。
昭和五年頃海軍ノ ロンドン條約問題ガ起リ、西田ハ私ノ關係デ森恪、中野正剛等ニ接近シ、
其ノ反對運動ヲ致シマシタガ、私ハ單ニ西田ヨリ狀況ヲ聞知シテ居タ程度デアリマス。」
「 問 昭和五、六年頃ヨリ陸海軍青年將校ノ間ニ國家改造意見ガ高マツタ様デアルガ、
之ニ對シ如何ニ観察シテ居タカ
答 私ガ改造法案ヲ執筆シテ居タ當時ハ、日本デハ今ニモ大騒動ガ起キ、
戒嚴令ヲ布キ、三年、五年ノ内ニハ改造ガ斷行サレルト思ツテ居リマシタガ、
西田ニ譲ツタ頃ニハ改造實現ハ遠イ將來ノ事ダ、十年ヤ十五年デハ其ノ時期ハ到來シナシモノト思ヒマシタノデ、
西田ハ未ダ若イ、其ノ内ニハ實現サレル様ニナルカモ知レヌ位ノ気持ハアリマシタ。
夫レガ満洲事變ガ起キタ爲ニ、國家改造ト云フ事ガ頓ニ喧シク叫バルル様ニナツタノデアリマス。」
(六) 十月事件との関係について
北は、十月事件にはまったく關与していなかった。
彼は言う。
「 十月事件ノ事ハ、西田カラ尠シ聞イタダケデアリマス。
内相安達謙蔵ノ処ヘ關屋貞三郎ガ行ツテ、陸軍ハ何日ヲ期シテ蹶起シ、
元老 ・重臣ヲ襲撃、殺害スルト言ツテ居ルト告ゲタトカ、大川ナドハ待合デ、革命ダ、維新ダ、
中野正剛ナドノ様ナ癪ニ觸ル奴ハ殺シテ了ウナドト大聲デ叫ンダトカ云フ事ヲ耳ニシマシタノデ、
私ハ待合ト警視廳ハ何事デモ筒抜ケニ知レル所ナルニ、ソムナ所デ彼是言フノハ判ラヌ、
又關屋ガ内相ノ所ヘ告ゲニ來タトスレバ、既ニ牧野ノ所ヘ洩シテ居ルニ違ヒナイ、
サウスレバ牧野等ハ陛下ヲ擁シ奉ルデアラウ、スルト蹶起軍ハ何所ニ銃口ヲ向ケルカナト思ヒマシタノデ、
十月十六日建川ニ電話ヲ掛ケタ上會ヒマシテ、
『 蹶起スル日迄外部ニ知レテハ駄目ダカラ、日ヲ改メタ方ガ宜イデハナイカ 』 ト申シマシタ。」
問 十月事件ニテ後々迄問題ニナツテ居ルノハ、
豫メ詔勅案文ヲ認メ、陛下ヲ強要シ奉ル計畫ガアツタト云フ點デアルガ、之ニ對スル被告人ノ見解如何
答 大川ガ詔勅ノ案文ヲ書イタト云ヘバ書イタダラウト思フ位デ、
書イタカラトテ之ヲ以テ陛下ヲ強要シ奉ル事ガ出來ルカ出來ナイカモ判ラズ、
先カラ先ヲ仮定シテ物事ヲ考ヘル様ナ事ハ致シマセヌ。
唯陸軍トシテハ、満洲問題ガ此所迄來テ居ルノニ之ヲ防ゲルノハ不都合ダト云ツテ奮起スルノハ當然デ、
其ノ手段方法モ已ムヲ得ザルニ出デタ當然ノ事ト思ヒマス。
( 中略 )
問 十月事件以來、軍部殊ニ青年將校ト西田ノ關係ヲ如何ニ観テ居タカ
答 十月事件ノ頃ニハ菅波ガ見ヘタ位デアリマシタガ、
五 ・一五事件デ西田ガ川崎長光ニ狙撃サレ瀕死ノ狀態ニ在ツタ時、
安藤、山口、大蔵、栗原等數数名ノ陸軍青年將校ガ見舞ニ見ヘマシタノデ西田ト關係ノアル將校ダト思ヒマシタガ、
西田モ亦私ニ聞カシテモ役立タヌトデモ思ツテ居タノカ、青年將校トノ關係ニ付テハ尠シモ話シマセヌデシタノデ、
一般青年將校ト西田トノ關係ハ私ニ判リマセヌデシタ。
私ハ其ノ時西田ノ看護ヲシテ居タ關係デ、彼等青年將校ヲ相知ルニ至ツタノデアリマス。
問 被告人ハ軍部ノ動向ニ附多大ノ關心ヲ有シ居タ爲、青年將校ニ接觸スルニ至ツタノデハナイカ
答 私ハ政党 財閥 官僚トノ交友ハ廣クアリマシタガ、青年將校トハ何ノ關係モアリマセヌテシタ処、
十月事件ニ依リ青年將校ガ私ノ眼前ニ映ル様ニナリマシタ。
然シ、事實青年將校ヲ知ツタノハ西田ヲ通シテ知ツタノガ大部分デアリマス。」
(七) 日本改造法案大綱の思想について
問 被告人ハ、現在ニ於テモ國家改造理論トシテ日本改造法案大綱ノ内容ト同一思想ヲ抱イテ居ルカ
答 現在ハ私ガ改造法案ヲ書イタ當時ニ比シ、日本ノ客観的情勢ガ幾分異ツテ居リ、
且同法案ノ叙述ニ附不穏當ナ所ガアリ、表現ノ方法ニ附訂正補足ノ必要ヲ感ジテ居ル部分モアリマスガ、
根本ノ指導原理ニ於テハ変更スル必要ヲ認メテ居リマセヌ。
即チ、私ノ思想其ノモノハ執筆當時ト同様デアリマス。
私ハ、國家ノ改造ハ必ズ同法案ニ示ス様デナケレバナラヌト主張スルモノデハアリマスガ、
結局同法案ニ示ス所ノ如ク改造サレルモノト思ツテ居リマス。
問 日本改造法案ニハ憲法停止ノ事ヲ書イテアルガ、憲法ヲ停止シ戒嚴令ヲ布クノカ
答 私が改造法案ヲ執筆シタ當時ハ、憲法其ノ他ノ參考書籍ガ手許ニ在リマセヌデシタ。
唯私トシテハ、結局ハ動亂ニナル、
動亂ニナレバ、戒嚴令ヲ以テ鎭靜シテ置イテカラ改造ヲスルト云フ意味デ書イタモノデアリマス。
憲法ヲ停止シナイト、貴族院、衆議院ノ如キガ、憲法ニ違反スルトカ法律ニ牴觸スルトカ論議スルニ至ルベク、
サウナツテハ陛下ガ大英斷ヲ以テ國家改造ニ御決意遊バサレテモ、
之等ノ爲ニ改造サレナイト云フ虞レガアルカラ、彼等ニ口ヲ開カシメズ、
大御心ノ儘改造ガ出來ル様ニト思ツテ、憲法停止ノ事ヲ書キマシタ。
然シ、如何ニ戒嚴令ヲ布クト書イテアツテモ、動亂ガ起キナケレバ無論其ノ必要ハナイノデアリマスシ、
現在デハ、陛下ガ改造斷行ト御決意遊バサレ給ツタノヲ反對スル様ナ不忠者ハ恐ラクアルマイト思ハレマスカラ、
或ハ實際改造スルニ當ツテハ戒嚴令ヲ布ク必要ガナイカトモ思ハレマス。
問 被告人ハ明治天皇ヲ特ニ尊崇シ奉ツテ居ルトノ事ナルガ、左様カ
答 左様デアリマス。
私ノ如く日本ヲ離レテ生活シタ者ニハ、明治天皇ノ有難サガ特ニ身ニ沁ミテ居リマス。
問 其ノ明治天皇ガ欽定アラセラレタル憲法ヲ、今生陛下カ停止遊バサレル事ハアルマイト思ﾊレルガ、
停止シ給フモノト考ヘル事夫レ自体、既ニ明治天皇及今生陛下ノ御意圖ニ副ヒ奉ラナイ事ニナルノデハナイカ
答 夫レハサウナルト思ヒマス。
問 スルト、我國體ヨリ観テ何ウナルト思フカ
答 明治天皇ハ、憲法ハ不磨ノ大典ト仰セラレテアリマス。
憲法ハ萬代不易デ停止スベハデナイ、必要ガアレバ改正シテモヨイガ、全面的停止ヲシテハナラヌ、
從テ一時デモ憲法ヲ停止スル事ハ、明治天皇ノ御意圖ニ副ヒ奉ラナイ事ニナル様ニ思ハレマス。
サウ解釋スルト私ノ思想行動ハ其所ニ出發シテ居ルノデ、
私ハ日本人トシテ不都合ニシテ非國民デアリ、不逞ノ徒ニシテ逆賊ナリト云フ事ニナリマス。
然シナガラ、私ハ憲法ヲソムナニ解釋シテ殊更停止ト云フ文字ヲ使ツタノデハアリマセヌ。
私ハ停止ヲ以テ否定ト同様デアルトハ思ハズ、却テ改正ト同様ニ見テ居リマス。
陛下ハ憲法ノ下ニアルノデナク、憲法ノ上ニ在ラセラレルノデアルカラ、
大權ヲ以テスレバ憲法ノ改正、停止、何事デモ御意ノ儘ニ爲サセラレ給ヒ得ルモノト思ツテ居リマシタ。
從テ、憲法停止ト書イタ事ト我國體トハ何等ノ關係モナク、國體ニ違反シテ居ラナイモノト思ツテ居リマス。
尠クナクトモ私ハ、國體ニ違反シタ様ナ事ヲ考ヘテ居リマセヌ。
( 中略 )
問 被告人ハ、之迄長イ間世間ヨリ彼是攻撃セラレテ居ル様デアルガ、若シ危険思想ヲ抱イテ居ナイモノナラバ、
世人ノ攻撃ニ對シ反駁、弁明スベキ筈ナルニ、之ヲ爲サズ放任シテ居タノハ何ウ云フ譯カ
答 私ハ改造法案中訂正スベキ個所ノアル事ハ氣附イテ居リマシタガ、
一個所ヲ訂正スルト自然他ノ個所モ訂正シナケレバナラナクナリマスノデ、
御イノリノ關係デ非常ニ疲レルノト暇ト根氣ガ無カツタ爲ニ、訂正ガ出來ナカツタノデアリマス。
又、アノ古イ、薄イ小册子ガ今頃有志者ニ用ヒラレ様トハ全然思ハズ、既ニ一ツノ籾もみニナツテイタノデ、
今デハアノ籾カラ芽ヲ出シた別ノ物ガ實ツテ居ル、アレハ既ニ世ニナキモノト思ツテ居リマシタカラ、
其ノ儘ニシテ置イタノデアリマス。
然シ、私ノ右小冊子日本改造法案大綱ガ籾種ト爲ツテ夫レカラ出タ種々ノ思想、議論ガ危險 ・不逞デアリトスレバ、
無論籾種ヲ作ツタ私ニ責任ガアリマス。
唯私トシテハ、屢々申上ゲル通リ、危險思想ガアツタ爲ニ同法案ヲ執筆シタモノデハアリマセヌ。
實ハ、世間デハ私ニ對シ色々ノデマヤ惡評ヲ放チ、
或人ヨリハ改造法案ヲ書直シタラ宜カラウト忠告シテクレタ事モアリマシタガ、
別段氣ニモ留メズ、放ツテ置イタノガ惡カツタノデアリマス。
西田トモ、「 憲法ヲ停止シナクテモ改造ガ出來ルカモ知レヌ 」 ト話合ツタ程デアリマスカラ、
早ク訂正シテ置ケバ宜カツタト思ヒマス。
問 今回ノ事件ニ參加シタル青年將校等ハ、被告人ノ右改造法案ノ趣旨ヲ信ジテ居ル様デアルガ何ウカ
答 私有財産ノ限度ト云フ事ハ、私ガ始メテ申シタ言葉デハアリマセヌ。
専制政治ハ ロシア、支那ノ様ナ國デナケレバ出來ナイ事デ、
日本ハ自律的自由デナケレバナラヌト思ツテ居リマスノデ、
私ノ改造法案ノ骨子ハ此所ニ在ルノデアリマシテ、他ノ事ハ枝葉末節デアリマス。
憲法停止ヲ主ニシテ書イタノデハアリマセヌ。
又對外的ノ事ヲ書ク趣旨デハアリマセヌガ、名かニ對外的議論モアリマスカラ、
青年将校等ハ此点ガ氣ニ入リ注目シ、爲ニ改造法案ヲ金科玉条ノ様ニ愛讀シ、
私ヲ先覺者ノ様ニ見ルニ至ツタモノト思ヒマス。
私ハ國體破壊等ノ考ガアツテ書イタノデハアリマセヌガ、
青年將校等ガ改造法案ヲ見テ、之ヲ信ジタガ爲ニ國體ヲ破壊スルガ如キ行動ニ出タトスレバ、
其ノ責任ハ全部私ガ負フベキモノト思ヒマス。
問 被告人ガ青年將校等ト接觸シタ程度ハ
答 栗原安秀ハ五 ・一五事件以來三、四回、
菅波三郎ハ同事件前後頃數回、安藤輝三ハ同事件以來二、三回、
山口ハ同事件ノ頃一回、昭和九年十四、五回 ( 尤モ、之ハ揉療法ガ主 )、及本年ノ元旦一回、
對馬勝雄ハ少尉時代一回、大蔵榮一ハ百人町在住當時三、四回、村中孝次ハ昭和十年頃三回位、
ソノ後中野ニ移ツテヨリ屢々各訪問ヲ受ケタ程度デアリマシテ、其他ノ將校ハ知リマセヌ。
問 被告人ハ夫等ノ者ニ對シ思想的ニ指導シタカ
答 私ハ彼等ガ遊ビニ來ルノハ歓迎シマシタガ、
思想上ノ事ニ附テハ、此等ノ人ニ限ラズ一般ニ話シテ居リマセヌ。
時々質問スル者ガアリマスガ、其ノ様ナ時ニハ必ズ、「 學校ノ先生ハ御免ダ 」 ト申シテ居リマシタ。
私ハ彼等ノ様ナ美シイ心ノ持主ト會フノハ嬉シクアリマシタガ、
彼等トシテモ國家改造ニ關スル同志的關係ニ於テ、
私ヲ先輩トシテ、私ニ會フノヲ光榮トシタノデ、從テ會ツタ丈ケデ満足ヲシタ譯デ、
此爲思想的ノ話ハ致シマセヌデシタガ、親シク交ツテ居リマシタ。
ダカラ、彼等ノ思想ノ中心ヲ爲シテ居タノハ私デアリ、日本改造法案大綱デアリマス。
故ニ此意味ニ於テ、結局ハ日本改造法案大綱ヲ中心トシテ、私ハ彼等ノ主動的立場ニ在ツタ次第デ、
從テ彼等ガ同法案ヲ中心トシ、背景トシテ改造ニ志シ、
之ガ斷行ノ爲直接行動ニ進ミツツアツタ事ハ間違ヒナイト思ヒマス。
言ヒ換ヘマスト、私ハ改造法案ノ趣旨ヲ實現化スル爲、彼等ヲ通ジテ其ノ気運醸成ニ努メテ居タ次第デアリマス。
( 中略 )
問 被告人ハ、改造法案ニ記セル憲法停止ハ超法規的行爲ト見テ居ルノカ
答 左様デアリマス。
大權ノ發動ニ依リ憲法ヲ停止スル事ハ超法規的行爲デ、天皇ハ之ヲ爲シ得ルモノト思ツテ居リマス。
問 彼等ガ稍モスレバ超法規的ナル言葉ヲ使フノハ、
被告人ノ改造法案ニ超法規的ナル語ヲ使ツテアル所ヨリ出テ居ル思想デハナイカ
答 其ノ程ハ判リマセヌガ、人ハ時ニ法ニ觸ルルノヲ覚悟シテ犠牲ニナル場合ガヨクアリマス。
之ハ身ヲ殺シテ仁ヲ爲スノ行爲デハアリマスガ、
決シテ法律ヲ超越シタ罰セラレナイ行爲ニハナリ得ナイノデアリマスカラ、
彼等ガ超法規的行爲ト云フ言葉ヲ使フ事ハ私ノ希望スル所デモナク、
又彼等ニシテモ相澤ヤ此度彼等自ラ爲シタ行爲ヲ以テ、
超法規的デ刑責ナシト考ヘル様ナ没常識ノ者ハ居ルマイト思ヒマス。
事實左様ナ言葉ヲ使ツタトシテモ、夫レハ私ノ思想ニ出發シテ居ル思想ダト解釋スル事ハ出來マイト思ヒマス。
斯ノ如キハ、徳川綱吉ハ男色女色ニ耽リ、犬ニ至ル迄溺愛スルニ至ツタガ、經書所持シテ居タトノ事デアリマスガ、
之ヲ以テ經書ト綱吉ノ思想行爲ハ同一ナリト以テ云フ様ナ論法デハナイカト思ヒマス。
(八) 事件余地後のこうどうについて
問 被告人ガ今回ノ事件ヲ知ツタノハ何時カ
答 私ハ昭和元年頃ヨリ法華經ニ専念シ信仰生活ニ入浸リ、世間ト遠ザカリ、
從テ青年將校等モ殆ド私方ニ出入シナクナツテ居リマシタノデ、
今回ノ事件ニ附テモ青年將校ト直接交渉ノアツタノハ西田デ、私ハ西田ヨリ聞イテ知ツタ位ノモノデアリマス。
本年二月中旬頃西田ガ私方ニ來テ、相澤公判ノ狀況ヲ話シマシテ、
若シ弁護人申請ノ證人ヲ却下スル様ナ事ニナレバ、青年將校ガ蹶起スルカモ知レヌ様ナ不穏ナ空氣ガアルト申シマシタ。
然シ、其ノ頃私ハ三月ニナレバ支那ニ行カウト思ツタノデ、左程氣ニモ留メズニ居リマシタ処ガ、
同月二十日頃ヨリ同月二十五日頃迄ノ間ニ毎日ノ如ク西田ガ來テ、
具體的計劃ノ事ヲポツリポツリト話シテクレタノデ、驚イタ次第デアリマス。
( 中略 )
問 被告人ハ其ノ話ヲ聞イテ何ウ思ツタカ
答 最初話シタ時西田ハ悲壯ナ顔ヲシテ、
「 モウ今度ハ止メナイデ下サイ。何モ言ツテクレルナ 」
ト申シマシタノデ、
私ハ胸ヲ打タレ可哀想ナ気持ニナリ 「 サウカ 」 トダケ言ツテ、他ハ申シマセンデシタ。
私ハ五 ・一五事件ノ時西田ニ話シ、同人ヲシテ仲間ニ入ラズ手ヲ引カセタ爲、
西田ハ同志ヨリ裏切者ト思ハレ、川崎長光ノ爲狙撃セラレ、夫レ以來西田ハ妙ナ立場トナリ、
官憲及世間カラ色々ニ批評サレ、爾來長イ間心苦シイ生活ヲシテ來テ居ルノデ、
西田ノ氣持ハ私ニヨク判つて居リマス。
私ハ西田ノ話ヲ聞イテ、同人ハ自分ノ本心カラデナク、
從來ノ義理ニ絡マサレ、彼等青年將校等ノ大勢ニ動カサレ、引張リ込マレ、
自分デ出來ル方面ノ事ヲ手伝フ事ニナツタノダ、之ハ危キニ近寄ル事ダガ、又已ムヲ得ナイダラウト思ヒマシタ。
ソコデ私トシテハ、西田ガ如何ナル事ヲ担任シタカハ判ラナイケレドモ、
其ノ事ノ善惡ニ拘ラズ何所迄モ西田ヲ庇ツテ遣ラウ、警視廳カラ西田ヲ聯レニ來タラ之ヲ匿シテヤラウ、
變な奴ガ西田ヲ襲フ様ナ事ガアレバ、之ヲ妨碍シテヤロウ、ソシテ西田ノ目的ヲ達成セシムル爲、
出來得ルダケノ事ヲシテヤラウ、西田ガ青年將校ニ引カレテ行クナラ、自分ハ又西田ニ引カレテ行ツテヤラウ、
西田ノスル事ハ止メモセズ、其ノ思フ通リニ働カセテ遣ラウト思ヒマシタ。
即チ私ハ、西田ニ從テ行クノミダト決心致シマシタ。
尚其ノ時、西田ハ
「 此事ハ、事前ニ於テハ誰ニモ話サヌ事ニナツテ居ルカラ、自分カラ聞イタト云フ事ハ誰ニモ言ハナイ様ニシテクレ 」
ト申シマシタ。
問 スルト被告人ハ、當時西田ハ彼等ト或程度關係ガアルモノト見テ居タノカ
答 私ハ、西田ハ彼等ト或程度具體的關係を生ジテ居タモノト判斷シマシタ。
夫レモ西田ノ本心カラデナク、義理ニ絡マサレテ抜差シノ出來ヌ立場ニナツタモノト思ヒマシタ。
問 彼等ガ蹶起スル事ヲ、西田以外ノ者ヨリ聞イタ事ハナイカ
答 村中ハ二月二十日頃ヨリ後二、三回私方ニ來テ蹶起スル事ヲ話シマシタガ、
夫レハ外ナラヌ私ダカラ、既ニ西田ガ私ニ告ゲテ私ガ知ツテ居ルモノト思ツテ話サレタ様ナ話振デアリマシタ。
其ノ間、何時如何ナル話ヲシタカ忘レマシタガ、要スルニ村中ハ
「 第一師団ノ渡満前ニ、東京ノ青年將校等ガ蹶起シテ君側ノ奸臣ヲ襲撃スル。
自分等ハ、世界ニ未ダ類ノ無イ様ナ大變革ヲヤリタイト思フガ、支那革命デ參考ニナル様ナ事ハナイカ。
自分等ハ、兵馬ノ大權干犯者ヲ討ツテ御稜威ヲ現ハス唯一ノ途ダト信ジ、此方針デ進ム。
自分等ハ五 ・一五事件ノ様ニ決行後直ニ自首シテハ何ノ効果モナイカラ、
蹶起後ハ陸軍省、參謀本部等麹町附近一帯ヲ占據シ、
陸軍大臣ニ向ツテ肅軍ニ關スル意見ヲ述ベタイト思ツテ居ルガ、
占據シテ上部工作ヲ爲ス事ハ國體観念ヨリ見テ何ムナモノカ 」
ト云フ様ナ事ヲ申シマシタ。
私ハ、西田カラ聞イタ様ナ事ハ嚥えんニモ出サズ、
「 勢ニ乗ジテヤルト七裂八分スル事ニナリ、意外ノ方面ガ撹亂サレル虞レガアリ、
襲撃範囲ハナルベク縮小シナイト洪水デ堤防ガ崩レタ様ニナツテ事態収拾ノ途ガ無クナルカラ、
統帥權干犯者ヲ討ツノハ既ニ定メタ事デ已ムヲ得ナカラウガ、其ノ目標ハ既ニ決定シタ範囲ニ止メル様ニシ、
其ノ範囲ヲ擴大セヌ様ニ注意セネバナラヌ 」
ト申シ、支那革命ノ事ヲ聞カレタ時ニハ笑ツテ答ヘマセヌデシタ。
又、占據シテ上部工作ヲ爲ス事ガ國體観念上許サルベキ事カ何ウカニ附テハ、十分判リマセヌデシタカラ、
「 君等ガ主張シ、決行セムト思ツテ居ルダケ、思フ存分ヤツタラ宜カラウ 」
ト申シテ置キマシタ。
( 中略 )
問 村中ハ、被告人ヨリ右靈感ニ附、暗雲ヲ拂ツテ天日ヲ仰ギ、宮中ハ御安泰ダト説明サレタ様ニ申シテ居ルガ何ウカ
答 夫レハ、公判ノ宮中ハ御安泰ダト言ツタノハ私デ、前半ノ暗雲ヲ拂ヒ天日ヲ仰ギハ村中ノ言ツタ文句デアリマス。
村中ハ、ヨク自分ノ話ト人ノ話ヲ混同シテ他人ニ言フ癖ガアリマス。
( 中略 )
問 村中ハ被告人方ノ二階ヲ借リタ際、蹶起趣意書ヲ起案シテ居ツタノデアルガ、
其ノ事實ヲ知ツテ居ルカ。
答 當時村中ガ二階デ何ヲシテ居ルカ知ラヌノデ、蹶起趣意書ヲ起案シタトハ思ヒマセヌデシタ。
又、其ノ起案ニ附テハ誰ヨリモ意見ヲ求メラレタ事モアリマセヌ。
問 村中ヨリ、占據シテ上部工作ヲスル事ハ我國體観念ヨリ見テ何ムナモノカトノ質問ニ對シ、
不可ナリト答ヘナイ計リデナク、思フ存分遣ツタラ宜カラウト言ツタノハ、之ヲ是認シ、煽動シタノデハナイカ
答 私ハ先程申上ゲタ通リ、樞要地域ヲ占據シテ上部工作ヲスル事ガ
國體観念上許サルベキカ何ウカ判ラナカツタ爲答ヘナカツタノデ、又思フ存分ヤツタラ宜カラウト言ツタ事ハ、
世間普通ノ輕イ挨拶位ノ心意デ合槌ヲ打ツタニ過ギズシテ、他意ガアツタ譯デハアリマセヌ。
問 村中ハ、軍隊ガ一定ノ場所ヲ占據シ、上部工作ヲスル事ハ國體観念上疑問ニ思ツタノデ被告人ニ尋ネタ処、
十月事件ノ様ニ大詔渙發ノ爲陛下ヲ強要シ奉ル事ハ國體観念上許スベカラザル事デアルガ、
左様ナ事ニナラヌ範囲内ニ於テ上部工作ヲスル事ハ差支ナイカラ、
ヤル以上ハ一歩モ退カヌ様ニシテ目的ヲ貫徹セネバナラヌト云フ被告人ノ意見デアツタ、ト言ツテ居ルガ如何
答 村中ハ軍隊ヲ引出ス事ニ附テハ何モ言ハズ、
占據シテ上部工作ヲ爲ス事ハ何ウカト云フ様ニ申シタノデアツテ、
私トシテハ、軍隊ヲ引出ス事ガ國體観念上何ウカト尋ネルノデアルナラ兎ニ角、
夫レハ既ニ決定シテ置キ、占據云々ノ事ダケヲ聞クノデハ質問ノ意味ヲ爲シテ居ラヌノデ、
其ノ點ニ附テハ答ヘナカツタノデアリマス。
然シ、私ガ夫レニ附テ答ヘズ、
單ニ思フ存分ヤツタラ宜カラウト申シタノデアリマスカラ、夫レヲ聞イタ村中トシテハ、
一歩モ退カヌ様ニ徹底的ニヤレト激励サレタ様ニ解スルノハ當然デ、
サウスルト言葉ノ上ダケデハ、私ハ軍隊ヲ聯出シ、或地域ヲ占據シ、上部工作ヲ爲スコトハ
國體観念上許サルベキデアルト云フ意見ノ下ニ、村中ヲ煽動、激励シテ遣ツタ事ニナリマス。
私ハ言葉ニ注意シテ、モ尠シ判リ易ク申シタラ宜カツタト思ヒマス。
獨協法学第３８号 ( １９９４年 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 (一)
松本一郎
一 はじめに
二 二 ・二六事件と北 ・西田の検挙
三 捜査の概要
１ 捜査経過の一覧
２ 身柄拘束状況
３ 憲兵の送致事実
４ 予審請求事実 ・公訴事実
四 北の起訴前の供述
１ はじめに
２ 検察官聴取書
３ 警察官聴取書
４ 予審訊問調書 ( 以上三八号 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獨協法学第３９号 ( １９９４ )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 二 )
松本一郎
五 西田の起訴前の供述
１ はじめに
２ 警察官聴取書
３ 予審訊問調書
４ 西田の手記( 以上３９号 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獨協法学第４０号 ( １９９５年３月 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 三 )
六 公判状況
はじめに
第一回公判 ( 昭和11年10月1日 )
第二回公判 ( 昭和11年10月2日 )
第三回公判 ( 昭和11年10月3日 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獨協法学第４１号 ( １９９５年９月 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 四 ・完 )
第四回公判 ( 昭和11年10月5日 )
第五回公判 ( 昭和11年10月6日 )
第六回公判 ( 昭和11年10月7日 )
第七回公判 ( 昭和11年10月8日 )
第八回公判 ( 昭和11年10月9日 )
第九回公判 ( 昭和11年10月15日 )
第一〇回公判 ( 昭和11年10月19日 )
第一一回公判 ( 昭和11年10月20日 )
第一二回公判 ( 昭和11年10月22日 )
第一三回公判 ( 昭和12年8月13日 )
第一四回公判 ( 昭和12年8月14日 )
七 判決
八 むすび ( 以上本号 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
６ 第五回公判 ( 昭和１１年１０月６日 )
前回に引き続いて、北に対する被告人訊問が行われた。
訊問終了後北の供述に対する西田の意見陳述を経て、亀川に対する被告人訊問に移った。
なお、表題は便宜上私が付したものである。
(一) 事件勃発前の行動について
問 被告人ハ本年二月二十二、三日頃西田ヨリ襲撃目標ヲ聞キタル際、
殺害ノ範囲ヲ擴大セザル様トノ意見ヲ陳ベタトノ事ナルガ、左様カ
答 左様デアリマス。
私ハ其ノ時、「 既ニ青年將校ニ於テ決定シテ居ル事ニ附テハ彼是言ハナイガ、
二流、三流ノ所ヲ襲撃目標トシテ考ヘルノハ徒ラニ多クノ人ヲ殺ス事ニナルカラ、常カラ言フ通リ最小限度ニ止テ、
ナルベク多クノ人ヲ殺サナイ方針デ進ムダ方ガ宜イデハナイカ 」 ト申シマシタガ、
西田ハ之ニ對シ何トモ返事ヲセズ、唯考ヘ込ムダ様ニシテ居リマシテ。
問 尚被告人ハ西田ヨリ、青年將校等ハ眞崎、柳川ヲ希望シテ居ル旨ヲ聞キ、
被告人ハ眞崎、荒木ハ一體デナケレバイカヌト言ツタトノ事ダガ何ウカ
答 確カニ左様申シマシタ。スルト西田ハ、
「 荒木ハ陸相ノ時軍内ノ肅正ガ出來ズ、既ニ試驗濟ノ人ダカラ、
彼等ハ、荒木大將ハ寧ロ関東軍司令官ノ方ガ適任ダト考ヘテ居ル様ダ 」 ト言ヒマシタ。
問 被告人ガ眞崎、荒木ハ一體デナケレバイカナイト言ツタ趣旨ハ
答 世間ノ噂ニ、陸軍ニハ皇道派ト統制派ガアリ、眞崎、荒木ナドヲ皇道派ノ人ダト稱シテ居リマスノデ、
其ノ同ジ皇道派ノ人ニ甲乙ヲツケテハイカヌ、何事ヲヤルニモ、誰派、何派ト云フ様ニシテヤルト壊レ易イモノダカラ、
互ニ手ヲ繋イデ一緒ニヤツタ方ガ宜カラウト思ツタノデ、左様ニ申シタノデアリマス。
問 スルト今回ノ事件ハ、皇道派ノ聯中ガ眞崎大將ヲ擁立テテ蹶起スルモノト判斷シタノカ
答 私ハ、日本トアメリカハ互ニ戰フベキデナイ、
日本ハアメリカ敵視スルヨリモ、寧ロアメリカノ資本ヲ日本ノ保證デ志那ニ投ゼシメ、
以テイギリスノ策動セル日米離間策又ハロシアノ陰謀ニ係ル日米戰爭計畫ヲ不可能ナラシメ、
仍テ支那ガ幾十年間續ケテ來リタル、アメリカノ力ヲ借リテ日本ヲ排斥セムトスル排日思想ヲ
根コソギ覆ヘシメル必要ガアルト考ヘ、昭和十年七月頃 「 對支投資ニ於ケル日米財団ノ提唱 」
ト題スル建白書ヲ二、三十部秘密ニ謄冩シテ政府當局及財界有力者ニ送付致シマシタ。
此事ハ岡田首相デハ覺束ナイノデ、重光葵ト話シ、財界ノ有力ナル者ト議シテ居リマシタ。
私ノ友人ノ張群ハ、日本ニ來ルト言ヒナガラ、身、外交部長トシテ忙シイノデ來朝ガ出來ヌノデ、
私ハ永井柳太郎ニモ話シテ愈々其ノ實現ヲ期スル爲支那ニ渡ル事ニ致シマシタ処、
同年十月頃永井ガ來テ、
「 廣田外相ニ會ツタラ、君ガ渡支スルト支那人ニ与ヘル刺激ガ強イノデ、
今他ノ人ヲ遣ハシテ色々ノ事ヲヤツテ居ルカラ、君ノ行クノハ鳥渡マツテクレ。
年ノ暮ニデモナツテ、改メテ相談シヤウ 」
ト言ハレマシタノデ、私ハ年ガ明ケタラ行カウト思ツテ居リマスト、
本年二月二十日衆議院議員ノ總選擧ガアル事ニナツタノデ、
夫レガ濟ムデ三月ニハ必ズ支那ニ行カウト思ツテ居ツタノデ、其ノ頃渡支ノ準備ヲシタリシテ居リマシタ爲、
本年二月中旬西田ヨリ話ヲ聞イタ時ニハ、唯茫然トシテ居リマシタ。
當時私ハ、支那ニハ久振デ出掛ケル事デモアリ、計劃モ立テネバナラヌノデ、
後ノ事ガ何ウダトカ、眞崎 ・荒木ト彼等ト何ムナ關係ガアルカナド深ク考ヘルニ至ラズ、
世間一般常識程度ノ想像法シカ持ツテ居リマセンデシタ。
從テ、皇道派ノ連中ガ眞崎大將ヲ推立テテ蹶起スルモノダト迄ノ判斷ハ、致シマセヌデシタ。
( 中略 )
問 被告人ハ事前ニ於テ、西田、龜川及山口等ハ事件ト何ムナ關係ガアルモノト思ツテ居タカ
答 西田ハ、私及薩摩雄次、小笠原長生等ノ關係筋ヲ辿ツテ、加藤寛治大將其ノ他ノ海軍上層部ヲ動カス役ヲ担任シ、
龜川ハ相澤公判ニ盡力シテ居ル様子ヲ聞イテ居リマスカラ、同人ハ陸軍ノ上層部ヲ動カス事ヲ担任シ、
又山口ハ其ノ週番中ニ兵ヲ動カスノデアリマスカラ、素ヨリ深イ關係ノアルモノト思ツテ居リマシタ。
問 二月二十五日夜、被告人ガ西田ヲ蔵匿シタル顚末ヲ述ベヨ
答 其ノ次第ハ、西田ガ當分公判ニ於テ申立テタ通リ相違アリマセヌ。
其ノ際西田ハ、非常ニ沈痛ナ顔色ヲシテ居リマシタノデ、
私ハ西田ハ從來在郷軍人ノ海員組合勞働運動ニ手ヲ染メ、國家主義ノ下ニ運動シテ居タノデアルガ、
彼等ガ蹶起スレバ其ノ運動ガ挫折スルノミナラズ、
例ノ警視廳トノ關係ガアルノデ、斯ク沈痛ニナツテ居タモノト思ヒマシタ。
(二) 二月二六日の行動について
問 二月二十六日朝、西田ヲ岩田富美夫ニ預ケタ理由ハ
答 私ハ此際前以テ申上ゲ置キマスガ、
西田ノ供述ノ内蹶起前ニ於ケル分ハ眞實デアリマスガ、蹶起後ニ於ケル分ハ嘘ガ大分アル様ニ思ハレマス。
夫レハ、西田ハ私ニ迷惑ガ掛ルコトヲ心配シ、何モカモ西田自身ガヤツタ様ニ述ベルノデハナイカト思ヒマス。
然シ、私トシテハ、夫レハ無用ナ心違ヒト思ヒマスノデ、私ハ私トシテ事實通リノ儘ヲ申上ゲマス。
二月二十六日、西田ヲ岩田ニ匿ツテ貰ツタノモ、私ノ發意デアリマス。
當朝六、七時頃、私ハ西田ノ話ニ依リ愈々彼等ガ今朝蹶起シ、豫定ノ如ク各所ヲ襲撃シタラシイト云フ事ヲ知リ、
斯ウナツテハ西田本人トシテモ私方ニ居ルノハ本心デアルマイシ、
又私方ニ居ルノハ西田ノ自宅ニ居ルノト同ジ程度ニ身邊ガ危險ナ譯ダカラ、岩田ニ匿ツテ貰ハウト思ヒ、
岩田ガ入院シテ居ル巣鴨ノ木村病院ハ、同人ノ妻ノ實家デモアルノデ都合ガヨイノデ、岩田ニ電話ヲ掛ケマシタ。
処ガ故障シテ電話ガ掛ラヌノデ、公衆電話ヲ掛ケテ岩田ヲ呼出シ、
「 今朝騒動ガ起キタラシイガ、相談ガアルカラ直グ來テクレ 」 ト言ヒマシタ処、
「 騒動トハ何デスカ 」 シ問返シマシタガ、「 兎ニ角來テクレ 」 トタノミマシタ。
岩田ハ同日午前八、九時頃見ヘマシタカラ、
私ハ、「 青年將校等ガ今朝蹶起シ、重臣ブロック襲撃シタ 」 ト申シテ大體ノ事ヲ話シタ上、
「 斯クナル以上ハ、例ノ通リ西田ガ譯ノ判ラヌ勾引ヲセラレルト思フガ、
身ヲ隠スニハ他所ヨリモ病院ノ方ガ都合ガ宜イト思フカラ、入院ト云フ事ニシテ匿ツテクレヌカ。一ツ頼ム 」
ト申シマシタ処、岩田ハ作座ニ承知シテクレ、西田ヲ木村医院ニ聯レ歸ツテクレマシタ。
問 夫レハ、西田トモ相談ノ上デアツタカ
答 私ハ西田ニ、「 岩田ノ方ニ行ツテハ何ウカ 」 ト申シマスト、
西田ハ私の言ノ云フ通リ承知シ、岩田モ承知シテクレタカラ木村病院ニ行ク事ニナツタノデ、
西田ガ行キ度クナイト言フノヲ無理ニ遣ツタモノデハアリマセン。
(中略 )
問 當日被告人ガ電話ヲ掛ケタリ、電話ヲ掛ケテ寄越シタ者ガ其ノ他ニナカツタカ
答 午前中ニ中野正剛ヨリ電話デ、「 大變ナ事ガ起ツタナア 」 ト申シマシタ。
( 後略 )
問 今回ノ様ナ事件ガ起レバ、内閣總辭職ハ想像サレル所デアリ、從テ政党人タル中野トハ、
後繼内閣其ノ他政治上ノ話ガアツタモノト思ハレルガ何ウカ
答 道理アル御推察トハ思ハレマスガ、私ハ五 ・一五事件ノ時西田ガ嗾川崎ニ狙撃サレタ際、
世間デハ大川ガ川崎ヲ使嗾しそうシテ西田ヲ撃タセタトノ専ラノ噂ガアリ、
以前支那デハ宋敎仁ガ撃タレテ居リ、何レモ勢力爭ヒガ基デアル、
人間ハ餘リニモ淺マシイ、汚イモノダト感ジマシタノデ、爾來政爭ニハ口ヲ入レヌ事ニ決心シテ、
自分ノ使命ハ祈リニ在リ、祈リニ依ツテ十分國家に御奉公出來ルト思ヒマシタノデ、
夫レカラハ法華經ヲ讀誦シ、神社佛閣ニ參詣スルノヲ仕事ニシテ居リマスノデ、
其ノ時ニモ電話ヲ掛ケタ中野トシテハ、私ヨリ何カ聞出サウトカ、爾後ヲ何ウシヤウトカノ下心ガアツタカモ知レマセヌガ、
私ハ殊更話ヲ他ニ外ラス様ニシテ居タ譯デアリマス。
私トシテモ、若シ前ノ私デアツタラ政友會ノ鈴木總裁ナドトモ政治上ノ事ニ附話シタカモ知レマセヌガ、
五 ・一五事件以來政党人トモ餘リ交際ガ無クナツテ居リ、今回モ政党人トハ誰トモ話シテ居リマセヌ。
問 當日、財界ノ某方面ヨリ被告人ニ電話ガアツタ事ニナツテ居ル様デアルガ、何ウカ
答 財界人デ私ニ電話ヲ寄越シサウナ者ハ、最モ懇意デ支那行ノ旅費ヲクレタリシタ有賀長文位デアリマスガ、
有賀ヨリハ掛ケテ來テ居リマセヌ。無論、他ノ財界人ヨリ電話ヲ掛ケテ來タトハ思ヒマセン。
問 電話ガアツタ事ヲ忘レテ居ルノデハナイカ
答 実際掛ケテ來テ居リマセヌ。忘レタノデハアリマセヌ。
問 其ノ日 西田ハ、更ニ被告人方ニ歸ツテ來タト云フデハナイカ
答 西田ハ、私方ヨリ木村病院ニ行ツタ二月二十六日ノ午後四時頃私方ニ來マシタノデ、
「 何カ要事ガアッテ來タカ 」 ト尋ネマシタ処、西田ハ
「 私ハ、矢張リ此家ニ置イテ貰ヒタイト思ツテ歸ツテ來タ 」 ト言ヒマスカラ、私ハ夫レヲ承知シマシタ。
其ノ時西田ノ話デハ、
「 栗原ヨリ聞クト、蹶起ノ趣旨ハ天聴ニ達シタト云フ様ナ五ヶ条ノ陸軍大臣ノ示達ガアツタ。
又、軍事參議官一同ガ揃ツテ來テ陸相官邸デ青年將校等ト會ヒ、
參議官ハ、蹶起將校等ト共ニ昭和維新ニ邁進シヤウト言ツテクレタトノ事デアツタ 」
ト羞ジタ様ニシテ、話シテクレマシタ。
問 被告人ハ其ノ話ヲ聞イテ何ウ思ツタカ
答 栗原ノ話ノ様ダド、陸軍ノ上層部ハ全部一致シテ蹶起將校ヲ支持シテクレタ譯デアリマスカラ、
之ハ大變ナ事ニナツタ、遉ガハ陸軍ダ、
常ニハ何派、誰派ト言ツテ爭フテ居ツテモ、イザト云フ場合ニナルト一致スル、
自分ハ以前ヨリ特ニ陸軍ヲ信頼シテ來テ居リ、又一般國民モ陸軍ヲ信頼シテ居ツタガ、
矢張信頼スルニ足ルノハ陸軍デアル、
彼等ノ行爲ニ對シ統帥權干犯デアルトカ、
陸軍ノ歴史ニ一大汚點ヲ印シタ不都合ナ奴ダト云フ様ナ事ハ誰モ言ツテ居ラナイ、
今度ノ事件ハ、蚤ノ睾丸ノ様ナ小ポケナ反亂罪デナイニモ拘ラズ、
陸軍ノ上層部が一致シテ腰ヲ据エテクレタラ、何ムナ改造ヲヤルカモ知レヌ、
多分時代ヲ劃スル様ナ大キナ改造ヲヤルダラウガ、先ヅ一時ノ過程トシテハ官僚政治ヲ廢シ、
陸海軍ノ軍部中心デ政治ヲヤツテ行クダラウト思ヒマシタ。
平生ナラバ、此様ナ事件ヲ起セバ、陸軍ノ上層部トシテハ否應ナシニ彼等ヲ頭カラ怒鳴リ附ケ、
眼前ニ引据ヘテ斬附ケル筈デアルノニ、其ノ事ナク、却テ良イ事ヲシタ、ヨクヤツタト賞メ、
親爺モ御前達子供ト一緒ニナツテヤラウト言ツテクレタ事デアリマスカラ、
栗原トシテハ、意気天ニ沖スルノ勢ヲ以テ西田ニ電話ヲ掛ケ、
事前ニ彼是心配シテ居タガ何ムナモノカ、ト云フ様ニ鼻高々ト話シタモノト想像サレマス。
此事ヲ西田ガ私ニ話ス時 羞ジテ居タ譯モ、夫レデ判ル様ナ氣ガ致シマス。
檢察官ハ、私ガ改造法案ヲ舐メテデモ生活シテ居ル様ニ申サレマシタガ、
此腐敗堕落シタ現狀ヲ一掃スル時代ノ現出ヲ希ヒ、
夫レニハ軍部ガ中心ト爲ツテ難局ヲ打開シテ貰フヨリ外ナイト考ヘタノハ、私一人デハアリマセヌ。
國民ノ殆ドガ、渇望シテ已マナイ所ノモノデアリマシタ。其所ニ彼等が蹶起シ、
上層部ガ一致シテ極力之ヲ支援スルト云フノデアリマスカラ、
私ハ改造トカ革新トカ小サイモノデナク、陸軍省ガ中心ト爲ツテドシドシ諸政ヲ刷新サレルモノト思ヒ、
軍艦ガ東京湾ニ集ツタノモ陸軍ヲ應援スル爲ニ來タノダト解シ、
非常ニ喜ビニ満チテ、二十六日ノ晩ハ十分ニ眠リマシタ。
問 被告人ハ西田ヨリ、彼等ハ軍事參議官ニ對シ、
柳川中將ヲ後繼内閣ノ首班ニシテ貰ヒタイト要求シタトノ事ヲ聞イタカ
答 實ハ、西田ヨリ其ノ事ヲ聞キマシタノデ、只今申上ゲタ様ニ喜ぶビマシタモノノ、
唯軍事參議官ト會見ノ際柳川説ヲ持出シタノハ拙イ、
折角軍事參議官一同ガ其所迄乗出シテ來テ居ルノニ、
柳川中將ヲ持出スト軍事參議官ニ對スル不信任ノ意思ヲ表示シタ様ニ解サレルシ、
柳川ハ今臺灣ニ居ルノデ速急ニ間ニ合フモノデナイノデ、此點ニ附テハ心ヲ苦シメマシタ。
問 柳川説ハ誰が持出シタトトノ事デアツタカ
答 誰ガ持出シタト云フ事ハ西田ヨリ聞キマセヌデシタガ、
私ハ、斯様ナ事ハ栗原ノ言出シサウナ事ダト思ヒマシタ。
( 中略 )
問 柳川説ヲ持出シタノハ拙イト思ツタトノ事ナルガ、夫レニ附テノ對策ヲ講ジタ事ガアルカ
答 何モ講ジマセヌ。
問 事實ハ、彼等ハ軍事參議官ニ對シ柳川説ヲ持出シテ居ラヌノダカラ、
其様ナ話ノ出ル筈ハナイト思ハレルガ、何ウカ
答 私ハ、西田ヨリ話サレテ夫レヲ其ノ儘信ジタノデアリマスカラ、
西田ガ聞誤ツタトシタラ私ノ判斷モ間違ツテ來ル筈デアリマス。
(三) 二月二十七日の行動について
問 被告人ハ二月二十七日蹶起將校ニ對シ、眞崎ニ一任シテ時局収拾スル様申送ツタカ
答 私ハ、彼等ガ軍事參議官ノ前デ柳川説ヲ持出シタ事ガ氣ニ懸リ、二月二十七日朝起キルト法華經ヲ讀誦シ、
一心ニナツテ其ノ前後策ニ附御祈リヲ致シマシタ処、
「 人無シ、勇將眞崎在リ。國家正義軍ノ爲號令シ、正義軍速ニ一任セヨ 」 ト云フ靈感ガ現ハレマシタノデ、
非常ニ嬉シク思ヒマシタ。
私ハ、最初ヨリ彼等ノ身ノ上ヲ心配シテ居リ、出來得ルナラバ彼等ヲ助ケタイト思ツテ居リマシタ所ヘ、
陸軍全部ガ出タノダカラ、此上ハ御經ニ出タ様ニ眞崎ニ一任シヤウ、
眞崎ナラバ最モ彼等ニ理解ノアル人ダカラ、眞崎ニ一任シテ時局ヲ収拾シテ貰ヘバ彼等モ助カルデアラウ、
ト思ヒマシタ。
ソコデ早速階下ニ降リ、西田ニ栗原ヲ呼出シテ貰ツテ私ガ電話ニ掛リ、栗原ニ對シ先ヅ右靈感ヲ告ゲタ上、
「 君等ハ昨日軍事參議官ト會見シタ時、臺灣ノ柳川中將ヲ持出シタサウデアルガ、
臺灣カラ東京ﾍ來ルニハ十日モ二十日モ要ルデハナイカ。
何モ柳川一人ガ完全ナドト云フ譯デモナシ、
柳川一人ノミニ限ツタモノデモナイノダカラ、東京ニ居ツテモ偉イ人ナラバ宜イデハナイカ。
御經ニモ此様ニ出タノダカラ、此際眞崎ニ一任シテハ何ウカ。
然シナガラ、此方ヨリ斯様ニシテクレト差出ガマシク云フト大權私議ニ亘ル事ニナルカラ、
大權私議ニ亘ラナイ様ニ言葉ノ言ヒ現ハシ方を考ヘテ、今一應軍事參議官ニ御願ヒシテ見テハ何ウカ。
仮ヘバ、此際眞崎大將ニ時局ヲ収拾シテ貰フ事に附、
軍事參議官ノ方々ノ御意見ヲ一致シテ貰ヒタイト云フ様ニ言ツテ、眞崎一任ヲ進ム事ニシタラ宜カラウ。
尚、此様ナ騒ギノ時ニハ、故意ニ分裂ヲ企圖スル者ナドガ出ルモノダカラ、
イイ加減ノ所デ折合ヒ、軍内ハ上下一致シテ事ヲ運ブ様ニ注意シナケレバイカヌ。
眞崎一任ニ附テモ、軍事參議官ノ意見一致ヲ願フト同時ニ、君等同志ノ意見モ一致セシメネバナラヌ。
而シテ、一任シタ以上ハ条件ナドヲ附ケズ、一切白紙デ一任シナケレバイカヌ。
サウスレバ、君等ノ希望シテ居ル通リ眞崎内閣ガ成立シ、君等ヲ有利ニ保護シテクレル事ニモナルデアラウ 」
ト云フ趣旨ノ事ヲ諄々ト説明シテヤリ、御經ノ文句ヲ書取ラセマシタ処、
栗原ハ 「 ヨク判リマシタ。夫レデハ皆ト相談シテ、其ノ様ニ致シマセウ 」 ト申シマシタ。
次デ、村中ニ電話ヲ掛ケテ、栗原ニ話シタト同趣旨ノ事ヲ申シマシタ。
( 後略 )
問 最初電話ヲ掛ケタノハ栗原デナク、磯部デアツタノデハナイカ
答 私ハ栗原ト話シタ様ニ思ツテ居リマスガ、磯部ガ出タノカモ知レマセヌ。
問 二度目ニ村中ト話シタ時、村中ハ、眞崎一任ト云フ事ハ我々ノ行動自體ヲ一任スルノカ、
又ハ時局収拾ヲ一任スルノカト云フ事デ、一任ノ意義ニ附議論ニナツタガ、行動ヲ一任スルト云フ事デアレバ、
撤退シロト言ハレタラ撤退シナケレバナラヌデハナイカト云フ様ナ事デ、
結局時局収拾ヲ一任スルノダラウト云フ事ニナツタガ、眞崎一任ト云フノハ時局ヲ収拾スル意味カト尋ネタルニ、
被告人ハ夫レデ宜イト返事シタトノ事デアルガ何ウカ
答 眞崎一任ト云フ事ヲ聞イタ彼等トシテハ、斯様ナ議論モ出テ、又重要ナ質問デアツタカモ知レマセヌガ、
私トシテハ一任ノ意味ヲ聞カレタカラ、彼等ガ行動ヲ起シタ爲ニ時局ガ紛糾シテ居ルノデアルカラ、
時局ノ収拾ヲ一任シナイト云フ様ナ事ハ有リ得ナイ事デ、
時局収拾ト云フ中ニハ當然行動モ含マレテ居ル筈デアルト思ヒマシタカラ、
唯眞崎ニ一任セヨト詳シク繰返シテ申シタ譯デアリマス。
問 夫レカラ何ウシタカ
答 其ノ後午後四、五時頃村中ヨリ西田ニ電話ガアリ、西田ノ話ガ濟ンダ後デ私ハ村中ニ、
「 眞崎一任ト云フ事ヲ話シタカ、何ムナ具合カ 」 ト尋ネマシタ処、
村中ハ、「 眞崎、阿部、西三軍事參議官ガ來ラレタノデ、言ハレタ通リ申上ゲマシタ処、
軍事參議官ハ、君等ガサウ云フ風ニ事ガ判ツテクレレバ誠ニ決行ナ事デアルカラ、
至急他ノ軍事參議官ト相談ヲシテ返事ヲシヤウト言ヒ、
眞崎大將ハ、ダガ夫レヨリモ君等ガ先ニ兵ヲ撤退セシメネバナラヌト言ハレタ 」
ト申シマシタ。
次デ栗原ヨリ電話ガ掛ツテ來テ、「 眞崎、西、阿部三大將ト會見シタ処、
阿部、西ノ両大將ハ我々ノ意見ハ同感デアルト言ハレタガ、
眞崎大將ハ兎ニ角君等ガ先ニ兵ヲ引ク事ガ大事ダト言ハレタガ、ソムナ事ガ出來ルモノデスカ 」
ト申シ、大變憤慨シテ居ツタ様ナ口振デアリマシタ。
問 眞崎一任ト決シタノダカラ、眞崎ヨリ先ニ撤退シロト言ハルレバ、其ノ通リ撤退スベキデハナイカ
答 眞崎トシテハ、自分ノ面前デ自分ニ一任シタイト言ハレタノデ、他ノ軍事參議官ニ對スル手前、
體裁ヲ繕ツテ撤退シロト言ツタノカトモ思ハレ、又眞崎一任ト云フノハ後繼内閣首班ヲ眞崎ニスルト云フ意味モアリ、
且、彼等ハ既ニ軍事參議官ニ對シ撤退ヲ拒絶シテ居ルノデ、撤退スベキカ何ウカニ附私ハ別ニ考ヘマセヌデシタガ、
今考ヘマスト、其ノ朝眞崎ガ 正義軍ノ爲ニ號令シ ト云フ靈感ガアツタノハ、此所ノ事デアラウト、
其ノ時感附イテ居タラ後々手違ヒハ無カツタモノト後悔シテ居リマス。
問 時局収拾ニハ眞崎ガ最モ適任デアルト信ジタノハ、豫備知識ニ依ツタノカ、靈感ガアツタ爲カ
答 豫備知識ガアツタ爲ニ、靈感ノ解釋ヲ誤ツタノデアリマス。
即チ、靈感ハ具體的ニ申スト眞崎ガ撤退シロト號令シタトキ之ニ一任セヨト云フ意味デアツタノデアリマスガ、
私ハ常カラ眞崎ナラ宜イト思ツタ爲ニ、之ヲ時局収拾ノ一任ト解シタ次第デ、其ノ責任ハ全ク私ノ負フベキモノデアリマス。
問 眞崎一任ニ附陸軍側ト交渉シタカ
答 ( 前略 ) 二月二十七日夜薩摩ガ來タ時、私ハ同人ニ對シ朝カラ經過ノ大要ヲ話シタ上、
「 眞崎一任ト云フ事ニナツタノダカラ、陸軍デ事ヲ起シタノニ陸軍カラ次ノ内閣ト云フハ世間ニ對シ可怪シイカラ、
海軍側カラ陸軍ノ眞崎ニ時局ノ収拾ヲ一任シヤウト云フ様ニ申出テ貰フト、
陸軍トシテハ意見ヲ纏メルノニ甚ダ都合ガヨイト思フカラ、加藤大將ニ話シテ海軍側カラ手傳ッテ貰ウ様頼ムデクレヌカ 」
ト申シマシタ処、薩摩ハ早速加藤大將ニ電話ヲ掛ケテクレ、
「 加藤大將ヨリハ、今小笠原中將モ來合セテ居ルガ、此際速ニ時局ヲ収拾スルト云フ事ハ最モ必要ナ事デアリ、
蹶起將校等ノ意見ガ眞崎一任ト云フ事ニ一致シタトスレバ好都合デアルカラ、小笠原中將ト相談ノ上盡力スルトノ返事デアツタ 」
トノ事デアリマシタ。
更ニ、同夜十二時頃薩摩ガ加藤大將ニ電話ヲ掛ケテ聞イテ見タ処、
同大將ハ海軍軍令部總長宮殿下ノ御目ニ懸ツテ先程ノ意見ヲ申上ゲタ処、
宮殿下ニハ明朝參内アラセラルル事ニナツタト云フ返事デアツタト申シマシタ。
問 其ノ夜村中ガ來タカ
答 參リマシタ。村中ガ來テヨリ後ニ、唯今申シシタ電話ヲ掛ケタノデアリマス。
( 中略 )
問 村中ガ怱忙そうぼうノ間ヲ偸ぬすムデ被告人方ヲ訪問スルニ附テハ、
何カ目的ガアツテ來タ様ニ思ハレルガ、何ウ感ジタカ。
答 外部ノ狀況ヲ知リタイト、私ノ所ニ西田ガ來テ居ルノデ、私ヤ西田ニ會ヒタイ爲ニ來タト思ヒマス。
問 電話デハ十分デナイ爲、今後ノ態度ヲ決定スル爲ノ對策ヲ聞ク爲ニ來タノデハナイカ
答 村中トシテハ、或ハ其ノ様ナ考ガアツテ來タノカモ知リマセヌガ、
其ノ際事實話シタ事ハ、昼間電話デ話シタ事ヤ、夫レ迄ニ於ケル蹶起部隊内部ノ經過ヲ話シテクレタダケデアリマス。
問 被告人ハ外部ノ情勢ニ附何ノ様ニ話シタカ
答 今、外部デハ一般ニ感激、同情シテ居リ、海軍側デモ同情、支援シテ居ルト申シテ遣リマシタ。
問 外部デハ一般ニ感激、同情シテ居ルト云フノハ、何ヲ資料ニシテノ判斷カ
答 岩田ナド私方ニ出入スル者ノ話ニ依ツテサウ思ヒマシタシ、
私自ラモ軍事參議官同様ヨクヤツテクレタト非常ニ感激シ、且同情シタノデアリマス。
問 被告人ヨリ斯様ニ言ハレタラ、村中トシテハ今後ノ方針ガ定マル譯デハナイカ
答 夫レハ何ウカ私ニハ判リマセヌ。
問 被告人ハ村中ニ對シ、目的ヲ貫通スル爲ニ飽迄大ニヤレト云フ趣旨ノ事ヲ言ツタノデハナイカ
答 サウ云フ言葉ハ出シテ居リマセヌ。
私ハ時局収拾ニ附テハ一致シテ飽迄ヤレト云フ様ニ申シマシタカラ、村中トシテハ左様ニ言ハレタモノト解シタカモ知レマセヌ。
( 中略 )
問 二月二十七日ニ於ケル蹶起部隊ノ情勢ニ附、如何ニ判斷シタカ
答 約言スルト、二月二十六日ノ情勢ノ儘デ進ムデ來テ居ルト判斷シマシタ。
即チ陸軍ハ上下一致シテ蹶起部隊等ヲ支持、聲援シテ居ル、撤兵シロトノ事ハアツタガ、
時局収拾ニ附テハ私ノ勧告シタ案ガ實現サレルデアラウト思ヒ、夫レヲ期待シテ居リ、
軍事參議官ヨリ纏ツタ返事ノ來ルノヲ待ツ氣持ちデ居リマシタ。
問 事態ガ彼等ノ爲ニ惡化シサウデアルトハ感ジナカツタカ
答 其ノ様ナ感ジモナク、又惡化シサウダト云フ様ナ事ハ聞キモ致シマセヌ。
(四) 二月二十八日の行動について
問 二月二十八日ニ於ケル行動ヲ述ベヨ
答 私ハ其ノ日モ朝カラ御經ヲ讀ンデ居リマシタシ、
西田ハ依然階下ノ卓上電話ノアル室ニ居リマシタ処、時間ハ忘レマシタガ正午頃デハナカツタカト思ヒマス。
女中ガ來テ、西田ガ呼ンデ居ルト傳ヘマシタカラ、
階下ニ降リテ行キマスト、西田ハ受話器ヲ片手ニ持つツタ儘、
「 今栗原カラ電話ガ掛リ、腹ヲ切レト申シテ居ル 」 ト言ヒマスカラ、「 何ウ云フ譯カ 」 ト尋ネマスト、
西田ハ
「 山下少将ヤ鈴木大佐等ガ來テ、何モカモ駄目ダカラ自決セヨト勧メルノデ、自決スル事ニナツタトノ事デシタ 」
ト言ヒマシタ。
私ハ、昨日ノ形勢ヨリ判斷シテ其ノ様ナ事ハ全然信ジラレナイノデ、
速急ナ性質ノ栗原ガ一部カラノ情報ノミニ依ツテ判斷シ、事ヲ速マルモノト思ヒマシタカラ、
私ハ西田ニ代ツテ電話ニ掛リ、栗原ニ對シ、
「 君ハ宛ラ早野勘平ノ様ナ事ヲスルデナイカ。ソムナ事ハ野道デハヨク似合フカモ知レヌガ、
總理大臣ノ官邸デハ似合ハナイヨ。昨日ノ話ノ軍事參議官カラノ返事ハアツタカ。
軍事參議官ノ意見ガ定マラズ、返事ノ來ナイ内ニ腹ヲ切ルナドトハ、速マツタ事デナイカ。
君ガ速マツテ死ンダリスレバ、第一ニ悲シムノハ此俺達デハナイカ。
軍事參議官ヨリ返事ノアル迄、自決スルノヲ待ツテハ何ウカ。
若シ返事ガ來ナケレバ、催促シテデモ返事ヲ貰フ様ニセヨ。
ソシテ、其ノ返事ガアツテカラ自決シテモ、決シテ遅クナイデハナイカ 」
ト申シテ遣リマシタ処、栗原ハ生返事ヲシテ居リマシタ。
問 其ノ事ニ附テハ、村中トモ話シタノデハナイカ
答 栗原ト話シタ後、討伐命令トカ奉勅命令トカニ依ツテ蹶起軍ヲ討伐スルトノ噂ヲ耳ニシタノデ、
村中ニ 「 夫レハ本當カ 」 ト聞合シマシタ処、村中ハ本當ニシテ居ナイ様ナ返事デアリマシタ。
私モ、既ニ前日ヨリ戒嚴部隊ニ入レテ居ルモノヲ討伐スルト云フ譯ガナイノデ、
奉勅命令ナドト云フノハ一種ノ脅カシニ過ギナイノダラウト思ツテ居リマシタ。
スルト同日午後三時頃村中ヨリ電話デ、
「 奉勅命令ニ依ツテ我々ヲ討伐スルトノ事デアルガ、恐ラク脅カシダラウト思フ 」
ト云フ事デ、非常ニ興奮シタ語調デ申シマシタカラ、
私ハ、「 軍事參議官ヨリ返事ガアツタカ 」 ト聞キマシタ処、
「 未ダ返事ハ來ナイ 」 トノ事デアリマシタカラ、
私ハ 「 自決スルト云フ事ハ最後ノ問題デアル。奉勅命令ハ君ガ思フ通リ脅カシダラウト俺モ思ツテ居ル。
慌テテ自決スルヨリ、先ヅ其ノ眞僞ヲ確メル必要ガアルノデハナイカ。
軍事參議官カラ未ダ返事モ來ナイト云フニ、夫レニ先ツテ自決スルナドト速ツテハナラヌ。
夫レヨリモ、陸軍ガ上下一致シテ眞崎内閣ガ出現スル様ニ努力スル餘地ガアル様ニ思ハレルカラ、
夫レヲヤツテ見タ上デ、何ウシテモイケナケレバ最後ニ自決シテモ遅クハアルマイ。
一度蹶起シタ以上ハ、其ノ目的ヲ貫徹スル爲ニ徹底的ニヤル必要ガアルデハナイカ。
此趣旨ノ事ハ栗原ニモ言フテ置イタガ、總テ事ハ速マツテハナラヌ。
君等ガ死ネバ、俺達モ晏如トシテ生キテ居レヌデハナイカ 」 ト言聞カセマシタ。
スルト村中ハ、最後ニ 「 ヨク判リマシタ 」
ト言ヒマシタガ、私ニハ村中ハ何カ別ノ事ヲ考ヘテ居ルカノ如キ生返事デアツタ様ニ感ジマシタ。
問 被告人ハ何故自決ヲ阻止シタカ
答 昨二十七日迄ノ形勢ハ先程申上ゲタ通リデ、
其ノ朝ノ新聞ニハ海軍軍令部總長宮殿下ガ參内アラセラレタ旨ノ記事ガアリマシタノデ、
私ハ海軍側モヨク支援シテクレテ居ルモノト判斷致シマシタ。
當時ノ狀況ヨリ観察シテ、奉勅命令ニ依リ蹶起軍ヲ討伐スルトカ、自決ヲ勧告スルナドト云フ事ハ有リ得ナイト思ツテ居リマシタ。
即チ奉勅命令ナドト云フノハ脅カシニ過ギナイモノト思ヒマシタノデ、
蹶起將校ガ今更其ノ様ナ脅カシニ怖レヲ抱イテ引退ツテハ駄目ダ、
凡ユル事ハ力ヲ盡シタ上デ自決ヲ考フベキダト思ツテ、彼等ノ自決ヲ思ヒ止マラセタノデアリマス。
實際今頃ニナツテ討伐スル様ナラ、蹶起ト同時ニ討伐スベキ筈デアリ、一度戒嚴部隊ニ編入シタリ、
上層部ノ人ガ寄ツテ群ツテ謳歌礼讃シテ置キナガラ、
掌ヲ覆ス様ニ忽チ討伐スルト云フ様な事ハアリ得ナイ事ダト考ヘルノハ、
強チ私一人ノミデハナカツタト思ヒマス。
又、私等ノ望ム通リ眞崎が後繼内閣ヲ組織スル事ニナリ、陸海軍ガ一致シテ之ヲ援助スレバ、
彼等ニ對シテモ出來得ル限リ庇ツテクリルデアラウシ命モ助カルダラウ、
彼等トシテヤル事ダケハ既ニヤツテ居ルノデアル、殘ルハ唯眞崎内閣ノ出現如何ニ在ル事デ、
軍事參議官ノ返事ニ依ツテ其ノ吉左右ガ判明スル譯デアリマスカラ、ソムナニ早マツテ自決シナクテモ、
其ノ返事ノ都合ニ依ツテ自決シテモ遅クハアルマイ、ト云フ趣旨デ阻止シタ次第デアリマス。
尚其ノ時私ガ、彼等ガ死ヌト最モ悲シムノハ自分デアリ、晏如トシテ生キテ居レヌナドト申シタノハ、
私ハ前日迄意気軒昂タリシ彼等ガ、
上官ヨリ勧メラレテ自決スルト云フ其ノ心持ガイヂラシク悲シカツタカラ、
左様ニ申シタノデアリマス。
(五) 事件との関係と北の思想について
問 夫レカラ何ウシタカ
答 同日午後六時頃、突然澤山ノ憲兵ガ來テ私ニ面會ヲ求メマシタガ、
來合セテ居タ薩摩ガ憲兵ヲ二階ニ案内シテ來マシタ。
憲兵ハ、「 西田ガ此家ニ來テ居ルサウデスガ 」 ト言ヒマシタカラ、私ハ 「 來テ居ラヌ 」 ト申シマシタ。
スルト憲兵ハ、憲兵隊ニ電話ヲ掛ケタ上、「 西田ガ居ナケレバ、貴方ガ憲兵隊迄一緒ニ行ツテ下サイ 」
ト言ヒマシタノデ、私ハ夕食ヲシ、衣類ヲ着換ヘタ上、
薩摩ニ對シテ、海軍ノ加藤大將、小笠原中將等ニ時局収拾ニ附御願ヒシテクレト頼ミ、
約一時間程シテ憲兵隊ニ同行サレマシタ。
私ハ其ノ時、西田ノ身代リニナリ得テ仕合セデアツタ、
サウ長ク留置サレル事モアルマイ位ニ思ツテ居ツタノデアリマス。
問 被告人ハ憲兵隊ノ取調ニ對シ、最初ノ内事實關係ヲ秘シテ居ツタ様デアルガ、夫レハ何故カ
答 西田が逃廻ツテ居ルノニ私ガ事實ヲ述ベルト、自然誰カラ聞イタカト云フ事ニナリ、
結局西田ヨリ聞イタ事實ガ申セナカツタノデアリマス。
警視廳ニ移サレテヨリ西田ガ捕マリ、
全部自白シタトノ事ヲ聞イタノデ、夫リヨリ安心シテ事實ヲ申上ゲマシタ。
考ヘルト、西田ガ私方ニ居ルト見テ西田ヲ捕ヘニ來タ処、
西田ガ居ナイ爲ニ私ヲ連行シタ、後ニ西田ガ豫定ノ通リ捕マツタ。
然シ、一旦私ヲ捕ヘタ以上、北 ・西田 改造法案ト結付ケテ判斷セラルルニ至リ、
此様ナ結果ニナツタト思ヒマス。
此際、私ノ考ヲ一言致シタイト思ヒマス。
間違ヒニモセヨ彼等ガ私ノ改造法案ヲ以テ蹶起シタトスレバ、之ガ爲多数ノ者ガ犠牲ニナツテ居ルノデアリマスカラ、
私ハ彼等ニ對シ誠ニ相濟マヌト思ヒ、人身御供ニナル覺悟ハ持ツテ居リマス。
北ハ不逞ノ徒ダ、陸軍部内ヲ撹亂スル不埒ナ奴ダト云フノデ殺サレル事モ、覺悟シテ居リマス。
唯、牢死ダケハシタクナイ、死刑ニナルノナラ死刑ニナツテ死ニタイト望ンデ居リマス。
然シ私ガ主働者デアルトカ、又ハ 北ハ此様ナ事ヲシナケレバ改造ガ出來ヌト思ツテ居ツタ様ニトラレマスト、
彼等犠牲者ノ遺族ハ、北ノ爲ニ間違ヘラレタ、北ハ我息子ヲ殺シタ奴ダ、我夫ヲ殺シタ奴ダト言ハルルニ至ルベク、
其ノ遺族ニ對シテモ相濟マヌ事ニナルノデ、
同ジ死刑ニナルノデモサウ云フ様ニサレタクナイト思ヒマス。
私ハ決シテ我帝國ノ爲ニ害ヲ爲シテ居ラヌト確信シテ居リマス。
國家改造ニシテモ、青年將校ノミヲ目途トセルモノデモナク、立脚點ニシテ居タ譯デモアリマセヌ。
手段ニシテモ、先ヅ秩序ヲ紊亂シテ戒嚴令ヲ布クノ已ムナキ情勢ニ導キ、
改造ノ實行ニ入ルモノナルカノ如ク解セラルルノハ、非常ニ遺憾トスル所デアリマス。
今回ノ事件ニ附テハ、成功スルトノ豫想ノ下ニ賛成シタノデモナク、
失敗スルトノ予想ノ下ニ拒絶シタモノデモアリマセン。
問 被告人ハ、事前ニ於テ或程度ノ計畫内容ヲ聞イタノデアルガ、統帥權干犯トノ關係ニ附何ウ思ツタカ
答 事ノ善惡ハ別トシテ、此様ナ事件ガ起ル情勢ニナツテ居タノデ、
之ハ自然ノ力デアリ、致方ナシト思ツタダケデ、其ノ他ノ事ハ一切考ヘマセヌデシタ。
然シ統帥權干犯ニナルトハ思ヒマシタ。
去リナガラ、既ニ上ノ人ガ統帥權ヲ干犯シテ居ルノデ、
親ニ代ツテ仇ヲ討ツト云フ健気ナ気持ナラバ、自ラ統帥權ヲ干犯スルノモ又已ムヲ得ナイ事デハナイカト思ヒマシタノデ、
彼等ニ對シテ統帥權ヲ干犯スル行爲ダナドトハ申シマセヌデシタ。
問 被告人ハ、當時國内ノ情勢ニ附如何ニ観察シテ居タカ
答 私自ラハ、前ニ申シマシタ通リ政治方面ニ關係シナイ事ニ決意シテ、御祈リノミニ眞劍ニナツテ居リマシタ。
此ハ、祈リヲ以テ進メバ國家ハ建直ルモノト信ジテ居リマシタ。
當時國内ノ情勢ハ眞ニ情ケナイ状態デ、
政党方面ノ腐敗堕落、官僚ガ何ウダ、何ガ何ウダト世ノ行詰リノ様ナ事ハ絶ヘズ耳ニスル所デアリマス。
齋藤モ五 ・一五事件ニ依リ生レナガラ、牧野等ノ勢力ニ壓倒サレテ逆ニ弊政百出シ、
政治ハ遊び事ニナツテ了ツタノデアリマス。
然シナガラ、何時カハ局面ガ打開サレ、朗カナ良キ社會ニナルデアラウト思ツテ居リマシタ。
問 其ノ腐敗堕落ノ根本原因ハ、那邊ニ在リト考ヘテ居タカ
答 世ノ中ノ移リ變リハ、決シテ一、二ノ原因アル爲デナク、凡ユル方面ニ凡ユル原因ガアル事ハ、
歴史ノ事實ニ徴シテ明カデアリマス。
或ハ自然ノ現象トシテ來ル事モアリ、人爲的現象トシテ來ル事モアリマセウ。
爲政者ニシテモ、各其ノ時代ニ相当シタ人物ガ出ルモノデアリマスカラ、
何所迄ガ自然現象デ何所カラガ人爲的現象ダト云フ事ハ謂ヘヌト思ヒマス。
夫レガ愈々行詰ツタ時ニハ、變ツタ人ガ出テ、變ツタ世ノ中ガ現出スルモノト思ヒマス。
( 中略 )
問 現在ノ政治機構ト經濟機構ニ附、何ウ考ヘテ居ルカ
答 現在ノ政治機構ハ、根本ニ於テ天皇ヲ中心トスル自由平等ナ國民ガ、完全ニ國家ヲ組織シテ居ルト思ヒマス。
今ニナツテ見ルト、唯華族制ハ要ラヌモノト思フダケデ、之モ大シタ事ハナク、
先ヅ政治機構方面ニ於テハ殆ド完全ダ゛ト思ヒマス。
然ルニ現在リ經濟機構ハ、政治機構ニ當嵌はまラヌ様ニ出來テ居ルト思ヒマス。
昔ノ封建時代ニアツタ經濟ヲ、其ノ儘百、二百ニ分割シテ持チ、
國家ニ歸スベキ利益ガ各資本家ノ有ニ歸スル組織ニナツテ居ル資本主義經濟機構ハ、
間違ツテ居ル、國家ノ爲ニ宜シクナイカラ、國家ニ於テ大ナル生産機關ヲ所有スルノヲ望ムノガ、國民ノ國家改造運動デアリマス。
政治ト經濟ノ關係ヲ考ヘルニ、昔ハ大名御三家等政治的活動ヲセムトスル者ガ財閥ニ其ノ資ヲ求メタ如ク、
今ノ政党政治家ガ財閥ニ頼ルノハ素ヨリ當然ノ事デ、上重臣、政党ヲ始メ、下 村役場吏員ニ至ル迄ノ腐敗堕落ハ、
一ニ繋ツテ政治機構ト經濟機構ノ食違ヒニ其ノ原因ガアルノデアリマス。
時ニ之ガ經濟方面ニ現ハレタコトガアリ、時ニ之ガ政治方面ニ現ハレタ事モアリマス。
資本主義經濟機構ハ凡ユル不安動揺ノ根源デアリ、又日本ガ戰爭スル場合ノ物質ニ不足ヲ生ジルリデアリマシテ、
何レヨリ見テモ、生産機關ヨリ生ズル利益ガ國家ニ集中スル様ニ國家的ニ統一スルノ必要ガアルノデアリマシテ、
私ハ財閥ニ對スル愛憎ノ念ハアリマセヌガ、必ズ斯クアルベキダト思ヒ、
又日本ノ社会ハ、漸ク此必要ニ迫ラレテ居ルモノト信ジマス。
問 國家改造ノ手段方法如何
答 私ガ改造法案ヲ執筆スル頃ニハ、今ニモ共産的騒動ガ起ルモノト思ツテ居タノデアリマスガ、
國家ノ改造ヲ爲シ得ルノハ、財界破綻ノ時デアルト思ヒマス。
森書記官長ハ改造法案ヲ机上ニ置キ、之ヲ實行スル者ハ蓋シ僕ダヨト言ハレテ居リマシタノデ、
私ハ森ニ大ナル期待ヲ掛ケテ居タノデアリマス。
日外或銀行ガ破綻シ、取付ニ會ツタ事ガアリマスガ、訴ノ時森ハ其ノ事態が擴大サレルモノト思ヒ、
「 銀行ノ破綻ガ擴ガツタラ、夫レヲ口火ニシテ改造ヲヤツテハ何ウカ 」 ト相談ヲ受ケマシタ。
私ハ、「 銀行ノ前ニワイワイ騒イデ取付ケニ來テ居ルモノヲ壓附ケルノハ惡イシ、銀行ノ尻押ハ尚更出來ナイ 」
ト申シマシタ処、森ハ、「 夫レナラ夫レヲ機會ニ、一気ニ銀行ヲ國家ニ移シタラ宜カラウ 」 ト言ヒマシタ。
私ハ、「 夫レナラ出來マスシ、預金者ニシテモ預金ノ回収ガ出來ヌト思ヒ取付ケニ押寄セルノダガ、
政府ガ支拂フト云フ事ニナレバ安心シテ引退ルカラ、國營ニ移ス事ハ容易ニ出來ルデセウ 」 ト申シマシタ処、
森ハ、「 銀行ヲ國營ニスル事ガ出來タラ、財閥ナムカ問題デナイ 」 ト言ヒ、
結局 「 銀行ニ限ラズ或事業ヲ國家ニ移ス事ニナレバ、債務ハ公債ニ化ケルカラ、
其ノ公債ニナツタ限度ニ於テ國家ノ負担ハ輕クナル。
生産機関ヲ國營ニスレバ、租税ナド取立テナクテ濟ム事ニナルノダカラ、財界ノ破綻ヲ狙ツテ改造ヲヤラウ 」
ト話合ツテ居リマシタガ、一、二銀行ノ破綻ヲ見タダケデ小火ノ内ニ消ヘテ了ヒ、
間モナク五 ・一五事件ガ起キルニ至ツタノデアリマス。
斯様ニ國家ノ改造ハ、經濟界變動期ニヤラナケレバ成就シナイモノト思ヒマス。
而シテ之ハ、私ガ努力シナクテモ自然ニ流レ來ルモノデ、夫レガ日本ノ運命ナラバ、
之ニ堪ヘ得ル人々ガ諸所カラ出テ來ル筈デアリマス。
私ハ日本ノ國家改造ハ、君命ヲ奉ジナイ者二、三十人モ死刑ニスレバ出來ルデアラウト云フ趣旨ノ事ヲカキマシタガ、
今デハ、陛下ノ御思召ガ國家ヲ改造遊バサレルト云フ事ニナレバ、夫レ程ニシナクテモ容易ニ實現スルト思ツテ居リマス。
即チ御思召ガ其所ニ在ラセラルルト知ラバ、之ニ反抗スル者ハアルマイト思ヒマス。
然シナガラ、右申上ゲタ自然ノ力ニ依ラズ、人爲的ノ事ヲシテハ何事モ駄目ニナル、
財閥ノ一人、二人ヲ殺シタトテ何モナラヌ計リデナク、却テ恐怖心ヨリ金ヲ出シ、身ノ安全ヲ期スル様ニナリ、
爲ニ想像モ出來ナイ様ナ些細ナ事デモ告ゲルト、直グ五十圓、百圓ト纏ツタ金ヲ出ス様ニナルノデアリマス。
改造ナルモノハ、決シテ人ヲ殺シ合フノガ理想デナク、
或信念ヲ持ツテ居ル者ガ出テ來リ、且或時期ニハ改造ガ出來ルモノト信ジテ居リマス。
問 蹶起將校等ノ主ナル者ハ被告人ノ改造法案信奉者デアリ、其ノ直接ノ目的ハ討奸ニ在リトスルモ、
結局ノ目的ハ同法案ニ則ル機構ノ改革ニ在リトハ思ハナカツタカ
答 眞崎、荒木ノ如キハ改造法案ノ思想ト全然異ツテ居ルノミナラズ、殆ド私ノ議論トハ没交渉ダト思ツテ居リマスイ。
又彼等ハ、改造法案記載ノ眞意ガ徹底的ニ判ツテ居ラズ、從テ仮ニ改造法案ノ信奉者デアツテモ、
其所迄考ヘテ居ラナカツタノデハナイカト思ヒマス。
改造法案ヲ信奉スル者デモ、私ト同ジ方針デ進ムデ居ル者モアルノデアリマス。
誰ガ如何ニシテ國家ヲ改造セムトシテ居タカハ、人ノ問題デ私ニハ判リマセヌ。
問 彼等ハ、昭和維新實現希望ト云フ中ニハ、改造法案ヲ頭ノ中ニ考ヘテ行動シテ居タ様デアルガ、何ウカ
答 私ハ彼等ハ改造法案ハ改造法案トシテ頭ノ中ニ置キ、自己ノ憤慨ハ憤慨トシテ起ツタノデハナイカト思ヒマス。
問 改造法案ノ信奉者ガ、憤慨ヲ機トシテ、改造法案ノ理想實現ト肅軍ノ二ツヲ目的トシテ蹶起シタノデハナイカ
答 對外的ニ蹶起シテ法案ヲ引ズツテ行くと云フノナラ考ヘル餘地ガアリマスガ、
奸臣ヲ討ツテ改造法案ノ實現ヲ引ズリ得ルトハ、全然合點ガ參リマセヌ。
問 彼等ハ元老、重臣、大官、官僚、財閥等凡ユル者ヲ目標ニシテ居リ、夫レハ單ニ討奸ノミニアラズシテ、
國家ノ改造ヲ企圖シ、政治機構、經濟機構ヲ變変革スルニ在ツタト認メラルルデハナイカ
答 彼等ノ希望シテ居タノハ、夫等ノ間ニ於テ怪シカラヌ奴ダト思フ者ヲ目標ニシタニ過ギヌモノト思ヒマス。
重臣ブロックニシテモ、私利私欲ヲ貧リ、聖明ヲ蔽ヒ、君民離間ヲ策シテ居ルノヲ目標ニシタノデ、
經濟機構 ・政治機構 ノ關係ト重臣關係トハ、問題ハ全然別ダト思ヒマス。
實際ニ於テモ夫等ノ者ヲ狙ヘバ、相手ハ死物狂ヒニナルダケデ、改造ガ出來ルモノデハアリマセヌ。
平素改造法案ノ實現ヲ理想トシテ居ル人ハアツタト思ヒマスガ、
今度ノ事件ヲ契機トシテ改造法案ノ實現ガ出來ルト期待シ、
又ハ實現ヲ圖ラムトシタ者ガアルトハ、聞キキモセズ、想像モ致シマセヌデシタ。
ソムナニシナクテモ、此儘無言デ陸軍左右一體、海軍左右一體デ押シテ行ケバ、
改造ハ出來ルカモ知レヌト思ツテ居リマシタ。
問 左右一體トノ意味ハ、陸軍又ハ海軍全體ノ左右一體デナク、
改造法案實行者ダケノ左右一體デ進メテ行クトノ意味デハナイノカ
答 決シテ左様デハアリマセヌ。
問 被告人ヨリ申立テタイ事ハナイカ
答 少シ長クナリ、又重複スル所ガアルカモ知レマセヌガ、御聴キヲ願ヒマス。
先ヅ日本改造法案ニ附申上ゲマス。
私ガ日本改造法案ヲ西田ニ譲ツテヨリ十年以上ニナリ、
其ノ後見テ居ラナイ爲何ムナ事ヲ書イタカ一々詳シク記憶致シマセヌガ、
考ヘテ見ルト、憲法停止ノ事ヲ戒嚴令ト聯ネテ書イテアルト思ヒマス。
之ハ戒嚴デ進ムデ行ク方法ヲ書イタノデアリマス。
( 中略 )
天皇ノ權力ハ絶對無限、唯一ノモノデアリトスレバ、天皇ハ憲法ノ停止ヲモ爲シ得ルモノト解シナケレバナラヌ。
憲法ヲ生ムダ天皇ハ、又自ラ憲法ヲ停止シ得ルモノト解スルノガ理論上正シテノデナイカト思ヒマス。
然モ現在ノ戒嚴令デモ、其ノ施行區域及施行期間内ハ、事實上憲法ノ効力ヲ停止サレルノダト學ムデ居リマス。
從テ憲法ノ停止ヲ書イタカラトテ、之ヲ以テ不逞思想トハ謂ヘヌト思ヒマス。
( 中略 )
次ニ戒嚴令施行ノ事ガ非難サレテ居ル様デアリマスガ、書振ハ惡イカモ知レマセヌガ私ノ氣持トシテハ、
戒嚴令ト云フノハ現行規定ノ戒嚴令ノ意味デ、法律ニ據ラザル特殊ノ戒嚴令ノ意味デ書イタノデモアリマセヌ。
私ガ改造法案ヲ執筆シタ當時ハ、共産主義的、反帝國主義的思想ガ非常ニ盛デアツタ爲、
資本的勢力ノ反對ヨリモ之等ノ主義ニ基ク動亂ヲ恐レタノデ、之ヲ豫防鎭壓スル爲ニ戒嚴令ガ必要ダト考ヘタ次第デ、
私ガ戒嚴令施行ノ事ヲ書イテアル所カラ反亂ガ起キルモノデハアリマセヌ。
又 超法律的行爲トノ記述ニ附テモ問題ニサレテ居ル様デアリマスガ、夫レハ天皇大權ノ事ヲ指シテ居ルノデ、
天皇ハ如何ナル事ヲモ爲シ得ルト云フ建前カラ出發シテ居ルノデアツテ、
臣下ハ如何ナル場合ト雖超法律的ニ爲リ得ナイ事ハ素ヨリデアリマス。
( 中略 )
同じ改造法案ノ信奉者デモ各立場ガアリ、一致出來ナイ人モアル譯デアリマス。
彼ノ三月事件、十月事件、五 ・一五事件等ノ如キモ私ト行キ方ヲ異ニスル者ガ起シタノデ、
私ハ斯様ナ直接行動ニ依ル行キ方ハ、一見維新ヲ促進スル如ク見ヘテ、其ノ實却テ妨ケルモノデアルト思ツテ居リマス。
軍人ハ軍人ノ立場トシテ改造法案ヲ理解シテクレル事ハヨイガ、直ニ以テ軍隊ヲ動カシ、
蹶起シテ貰ヒタイト希望シテ居ラヌ計リデナク、改造法案ハ日本ノ軍隊ハ改造ニ用フベカラズト明記シテアル程デアリマス。
( 中略 )
最後ニ今回ノ事件ト私ノ關係ヲ申上ゲマス。
私ノ行動ノ前半ハ、西田ノ保護ヲ考ヘテヤツタ事デアリ、
後半ハ蹶起シタ彼等ヲ助ケ様、罪ガ輕クナル様ニト云フ気持デ努力シタノデアリマス。
私ハ豫審ニ於テ實情ヲ申上ゲマシタノデ、多クノ子弟ヲ誤ラシタト云フ疑ヒハ霽はれタモノト思フテ居リマシタ処、
公訴ヲ提起セラレタノハ意外トスル所デ驚キマシタ。
私ハ彼等ノ蹶起趣意書ヲ見テ居ラズ、
又昭和維新斷行と云フ様ナ事ヲ聞イタ事モ、私自ラ申シタ事モナク、
唯單ニ時局収拾ニ附考ヘテ居タダケデアリマス。
私ガ彼等ヲ賞揚、幇助シタルガ爲ニ反亂罪ニナルナラ、
前大臣、軍事參議官等モ等シク反亂罪デナイカト云フ氣ガシマシタガ、
陸軍上層部ノ人々ガ出タノモ親心カラデ、無理カラヌト思フト同時ニ、
私トシテモ親心迄行カナイ迄モ伯父心位デ出タノデアリマス。
即チ子供ガ多數出テ溺レ掛ツタ所ヘ、之ヲ助ケル爲大船ガ出テ來タ、
之ヲ見タ土手ニアル親ハ子供ニ對シ、
早ク大船ニ頼レ、乗レト聲ヲ擧ゲテ助ケ様トシタノハ当然デ、此大船ハ陸軍上層部ノ人々ノヤリ方デアリ、
土手ニアル親ガ私ノ歩イタ道デアリマス。
要之 私ヲ目シテ危險、矯激ナル思想ノ持主デ、
反亂ヲヤル爲ニ生レ、
反亂ヲヤル爲ニ支那ニ渡リ、
反亂ヲヤル爲ニ日本改造法案大綱ヲ執筆シ、
反亂ヲヤル爲ニ今回ノ事件ヲ指導シタト観察スルノハ、
全ク事實ニ合シテ居ナイモノト思ヒマス。
獨協法学第３８号 ( １９９４年 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 (一)
松本一郎
一 はじめに
二 二 ・二六事件と北 ・西田の検挙
三 捜査の概要
１ 捜査経過の一覧
２ 身柄拘束状況
３ 憲兵の送致事実
４ 予審請求事実 ・公訴事実
四 北の起訴前の供述
１ はじめに
２ 検察官聴取書
３ 警察官聴取書
４ 予審訊問調書 ( 以上三八号 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獨協法学第３９号 ( １９９４ )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 二 )
松本一郎
五 西田の起訴前の供述
１ はじめに
２ 警察官聴取書
３ 予審訊問調書
４ 西田の手記( 以上３９号 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獨協法学第４０号 ( １９９５年３月 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 三 )
六 公判状況
はじめに
第一回公判 ( 昭和11年10月1日 )
第二回公判 ( 昭和11年10月2日 )
第三回公判 ( 昭和11年10月3日 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獨協法学第４１号 ( １９９５年９月 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 四 ・完 )
第四回公判 ( 昭和11年10月5日 )
第五回公判 ( 昭和11年10月6日 )
第六回公判 ( 昭和11年10月7日 )
第七回公判 ( 昭和11年10月8日 )
第八回公判 ( 昭和11年10月9日 )
第九回公判 ( 昭和11年10月15日 )
第一〇回公判 ( 昭和11年10月19日 )
第一一回公判 ( 昭和11年10月20日 )
第一二回公判 ( 昭和11年10月22日 )
第一三回公判 ( 昭和12年8月13日 )
第一四回公判 ( 昭和12年8月14日 )
七 判決
八 むすび ( 以上本号 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第五回公判
前頁、(五) 事件との関係と北の思想について の続き
(六) 北の供述ニ対する西田の意見
問 被告人北輝次郎ノ陳述ニ附、意見アリヤ
答 彼等ガ蹶起する前ニ於ケル北ノ供述ニ附テハ、意見ハアリマセヌ。
然シ 事後ニ於ケル北ノ供述ヲ聞キマスト、
北ハ自ラ或物ヲ被リタイトノ考ガアル様ニ伺ハレマス。
當時ニ於ケル私ノ氣持ハ今迄申上ゲタ通リデアリマシテ、私自ラ何等疚やまシキ所ナク、
逃避スル迄ノ關係ガアツタ譯デモナイノニ狽ヘテ北方ニ行キ、
イイ氣持デズルズル居タ爲ニ 北ニ大ナル迷惑ヲ掛ケ、寔に濟マヌト後悔シテ居リマス。
北ハ既ニ世間ヨリ遠ザカツテ居ルノデ、彼等ノ事情、動向モ判ラヌ爲、時々私ニ聞ク事ガアリマスガ、
私トシテハ北ニ迷惑ヲ掛ケタクナイノト、色々間詰メラレルト以前カラノ軍部ノ關係ヲ言ハネバ腑ニ落チナイ狀況デ、
夫レデハ繁雑ニ堪ヘヌノデ、最初カラノ細カイ経過ナドハ申シマセヌデシタ。
又北ハ、信仰生活ニ入リ暦日ナキ有様デ、
二月二十六日戰時警備令ニ依リ其ノ隷下ニ編入セラレ、
翌二十七日戒嚴令施行ニ依リ其ノ戒嚴令下ニ編入セラレタコトニ附、
二十六日蹶起部隊ガ戒嚴令下ニ編入セラレタ様ニ申ス如ク、日時ニ附テノ供述ニ附テハ間違ヒガアルト思ヒマス。
彼等蹶起將校等ニ電話聯絡シタ點ニ附テハ、北ノ供述ハ根本ニ於テ事實ト相違シテ居リマス。
第一、私ガ掛ケタ電話ヲ北自ラ進ムデ掛ケタ様ニ申シマスガ、
北ガ私ヲ抜キニシテ單獨デ彼等ト聯絡シタ事モナケレバ、自ラ進ムデ掛ケタ様ナ事ハナイノデアリマス。
私ガ先ヅ掛ケテ、北ニ挨拶ヲシテ貰ヒタイト思ツテ、私ガ頼ムデ北ニ代ツテ掛ツテ貰ツタ事ガアル計リデアリマス。
二月二十七日 靈感ヲ彼等ニ傳ヘタノモ、北ヨリ聞イタノデ私ガ彼等ヲ呼出シテ告ゲタル上、無理ニ北ニ出テ貰ツタノデ、
翌二十八日自決阻止ノ電話ニシテモ、北ハ出タクナイ様ナ風デアツタノヲ、
強テ頼ムデ電話ニ掛ツテ貰ツタノガ本当デアリマス。
尚 二月二十八日北ガ薩摩ニ頼ムデ加藤大將ニ電話ヲ掛ケサセタリ、
其ノ後薩摩カラ北ニ電話ノアツタ事ハ、私ハ知リマセヌ。
之モ、或ハ北ノ記憶違ヒデハナイカト思ヒマス。
兎ニ角北ハ非常ニ人情ニ厚イ人デアリマスカラ、私ヲ庇フ爲ニ斯様ナ風ニ申上ゲルモノト思ヒマスガ、
私ノ申立ガ事實デアリマス。
(七) 亀川に対する訊問
北 ・西田の共同被告人亀川哲也は、陸軍刑法三〇条の反乱者ヲ利ス罪で起訴されていた。
反乱幇助罪に問われたのである。
とくに重視されたのは、彼が事件の前後を通じて頻繁に眞崎陸軍大将に接触していた点と、
事件前夜村中に行動資金として現金一、五〇〇円を与えた点であった。
亀川と西田とは、共に相澤弁護団の裏方を勤めていた間柄であり、
二人は事件後も互いに連絡をとりあっている。
しかし、事件に対する彼らのスタンスは根本的に違っていた。
亀川は、政界の惑星久原房之助の情報屋であり、一介の政治ブローカーにすぎない。
彼は、相澤公判とのからみで西田、村中らと交わっているうち、
ミイラとりがミイラになるような恰好で事件の渦中の人になってしまったのである。
事件前後の亀川の行動は、多分に事件屋的な色彩を帯びており、
第七回公判で伊藤裁判官から非難されたように 「 マッチ ・ポンプ 」 的でさえある。
蹶起将校らへの友情から事件にのめり込んで行った西田の行動とは、異質のものであった。
また、公判での供述には見え透いた嘘が目立つが、
これはおそらく裁判官の心証を害したのではないかと思われる。
このような亀川に対する伊藤裁判官の訊問態度は、北 ・西田に対するそれとは違った意味で厳しい。
調書の行間から、憎しみさえも窺えるくらいである。
後にみる竹沢検察官の論告にも、亀川に対する敵意が露骨に現れている。
このような法廷の雰囲気が、反乱幇助の起訴に対して反乱謀議参与という判決の事実認定を生み、
求刑を上回る無期禁錮という厳しい量刑につながったのではないであろうか。
本稿では、亀川と西田との関係に重点を置いて、主要な訊問部分を紹介するに止める。
〇 問 被告人ニ對スル被告事件ハ斯様ニ爲ツテ居ルガ、之ニ附陳述スベキコトアリヤ
此時法務官ハ、公訴狀記載ノ犯罪事實ヲ讀聞ケタリ
答 私ノ行爲ハ單純明白ニシテ、少シモ複雑難解ノ所ハアリマセヌ。
此單純明白ナル行爲ガ罪アルモノトシテ起訴サレタノハ、私ノ不徳ノ致ス所デ恐縮ノ至リト致シマス。
然シ昭和ノ聖代ニ於テ無私公平、純潔デナケレバナラナイ官吏、然モ同胞ノ日本人ニ依ツテ起訴サレタコトハ、
國家ノ爲非常ニ遺憾ニ思フ次第デアリマス。
思想信念ヲ基トシタ今回ノ事件ニ於テ、
彼等蹶起シタル者ト私トノ思想的關係、交際狀況如何ヲ観察セラレタナラバ、
私ガ事件ニ關係ノ無カツタコトハ直ニ判明スル筈デアリマス。
私ハ村中孝次ニ金ヲ遣リマシタガ、夫レハ彼等ヲ助ケル爲デナク、時局ノ紛亂ヲ虞レタカラデアリマス。
公訴狀ニ依ルモ相澤中佐ノ公判ニ附彼是盡力シタ様ナ事迄モ書カレタノハ、
直接事件ニ關係ナキ事ヲ示サレタモノト思ヒマス。
詳細ハ、御取調ノ進ムニ從テ申上ゲタイト思ヒマス。」
〇 ここで、亀川の経歴と生活ぶりを見ておこう。
亀川は郷里の沖縄県立第一中学校を卒業し、会計検査院属、逓信省経理課監査係長を勤めて、
昭和二年九月に退職した。
その後は土木請負のブローカーをしたり、久原房之助からの援助などで生活していた。
昭和九年頃から大日本農道会の幹事長を勤め、資金面の面倒を見ていた。
遊興も派手であったのか、負債は五千円にも達していたという。
彼はしばしば陸海軍高官のところへ出入りし、財政問題についての意見を開陳しては顔を売っていたようである。
問 久原房之助トノ關係ハ
答 昭和九年秋頃田子一民ノ紹介デ久原ヲ知ル様ニナリ、以来財政經濟ノ事ニ附久原ノ質問ニ答ヘ、
又ハ頼マレテ原稿ヲ書イテ渡シ、久原ヨリ其ノ報酬ヲ受ケテ居リマス。
問 久原ヨリ何程貰ツテ居ルカ
答 昭和九年十二月二千圓、昭和十年七月二千圓、本年二月五千圓、本年三月五百圓貰ヒマシタ。
問 昭和九年末ノ二千圓ハ何ノ爲ニ貰ツタカ
答 久原ヲ知ツテヨリ同年十二月迄ノ間、
二、三回經濟問題ニ附質問ノ應答ヲシテ遣ツタ報酬トシテ貰ヒマシタ。
其ノ質問ハ何ムナ事デ、何ト答ヘタカ記憶シテ居リマセヌ。
記憶ニ殘ル程ノ質問デナカツタト思ヒマス。
問 記憶ニ殘ル程度ノ質問デナイ答解ニ對シテノ報酬トシテハ高過ギル様ニ思ハレルガ何ウカ
答 私トシテハ餘リ高イ報酬トハ思ヒマセヌ。
〇 問 西田税ヲ知ルニ至ツタノハ
答 昭和十年始頃デアツタト思ヒマス。
山口大尉ノ宅デ會ツタノガ最初デアリマスガ、
其ノ時私ハ 『 血液ヨリ見タル日本人 』 ト云フ事ニ附話シ、
『 日本ノ特徴ハ其ノ血液ニ在ルノダカラ、血液ハ大切ニ保護セネバナラズ、
其ノ爲ニハ朝鮮人ヲ日本内地ヨリ追払フ必要ガアル 』
ト主張シマシタ処、西田ハ若イ爲カ度量ガ大キンノカ、
『 朝鮮人モ日本人ノ同胞デナイカ 』 ト言ツテ、非常ナ勢デ私ニ抗議シタノデ、私ハ吃驚シマシタ。
西田トシテモ不快ニ思ハレタ様ニ見受ケラレマシタガ、
私モ此人トハ思想ニ於テハ年齢ノ差以上ニ距離ガアルト感ジマシタ。
其ノ以後會フ機會アリマセンデシタ処、
相澤事件ガ起ツテヨリ後、昭和十年夏頃山口大尉ガ西田ヲ聯レテ私方ニ見ヘテヨリハ、時々西田ト會ツテ居リマス。
然シ未ダ學問上ノ事、經濟上ノ事ニ附話シタ事ハ一回モアリマセヌ。
獨協法学第３８号 ( １９９４年 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 (一)
松本一郎
一 はじめに
二 二 ・二六事件と北 ・西田の検挙
三 捜査の概要
１ 捜査経過の一覧
２ 身柄拘束状況
３ 憲兵の送致事実
４ 予審請求事実 ・公訴事実
四 北の起訴前の供述
１ はじめに
２ 検察官聴取書
３ 警察官聴取書
４ 予審訊問調書 ( 以上三八号 )
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獨協法学第３９号 ( １９９４ )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 二 )
松本一郎
五 西田の起訴前の供述
１ はじめに
２ 警察官聴取書
３ 予審訊問調書
４ 西田の手記( 以上３９号 )
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獨協法学第４０号 ( １９９５年３月 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 三 )
六 公判状況
はじめに
第一回公判 ( 昭和11年10月1日 )
第二回公判 ( 昭和11年10月2日 )
第三回公判 ( 昭和11年10月3日 )
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獨協法学第４１号 ( １９９５年９月 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 四 ・完 )
第四回公判 ( 昭和11年10月5日 )
第五回公判 ( 昭和11年10月6日 )
第六回公判 ( 昭和11年10月7日 )
第七回公判 ( 昭和11年10月8日 )
第八回公判 ( 昭和11年10月9日 )
第九回公判 ( 昭和11年10月15日 )
第一〇回公判 ( 昭和11年10月19日 )
第一一回公判 ( 昭和11年10月20日 )
第一二回公判 ( 昭和11年10月22日 )
第一三回公判 ( 昭和12年8月13日 )
第一四回公判 ( 昭和12年8月14日 )
七 判決
八 むすび ( 以上本号 )
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７ 第六回公判 ( 昭和１１年１０月７日 )
終日亀川に対する訊問が行われた。
この日の訊問は、相澤裁判關係でほぼ終始している。
以下、要点のみを抄録するが、若干訊問の順序と前後した個所がある。
(一) 相澤公判との関係について
〇 私 (亀川を指す。以下同じ ) が相澤中佐の公判に關係するようになったのは、
山口大尉と西田税に頼まれたからである。
私は、法律家からは学者肌の鵜澤弁護士を、
また軍人側からは満井中佐を選び、いずれも本人の承諾を得た。
〇 弁護の打合わせは、
第一回公判の前日である一月二七日と二月上旬の二回、私の自宅で行った。
第一回目の打合わせには、
満井、山口、西田、村中、磯部、澁川、香田、安藤、栗原らが集まった。
満井、山口、西田以外の人々は、初対面であった。
村中か澁川かが、事件の原因は三月事件にあるから、
この問題を持ち出そうと強く主張したので、随分強い意見の人もあるものだと驚いた。
満井は、「 ソムナ喧嘩腰デハ困ル 」 と言い、私は、
「 貴方達ノ目的ハ、相澤ノ刑ヲ輕クシテ貰ウノニ在ルノデハナイカ。
然ルニ三月事件ヲ持出シタリスルノハ、裁判ヲ求メルト云フヨリモ裁判ヲ破壊スル事ニナルデハナイカ。
ソムナ事ナラ自分ハ手ヲ引クヨリ外ハナイ 」
と言った。結局西田が、
「 弁護ヲ依頼シテ置キナガラ弁護方針ニ干渉スルノハ失礼ダ。
我々ハ材料ヲ集メテ弁護人ニ提供シサヘスレバヨイノダ。
法廷ノ方ハ弁護人ニ一任シテ置ケバヨイデハナイカ 」
と取りなし、その場はおさまった。
「 私ハ、相澤公判ヲ契機トシテ陸軍部内ノ派閥關係ヲ解消シ、
融和ヲ計リ、一致結束セシメ様トシテ居ルノニ、
彼等ハ相澤公判ニ於テハ相澤中佐ノ刑ヲ輕クシタイト云フ気持ノ一面ニ於テ、
相澤事件ノ原因ハ三月事件ニ在ルノダカラ、
三月事件ノ関係者ヲ苛かメ様ト云フ仇討式気持ガアルノデハナイカト云フ事、
及彼等ハ席次ニ上下ノ區別ヲ設ケズ、議論モ統一スル者ナク、各自勝手ノ事ヲ言ヒ、
少シモ統制ガナイト云フ事ヲ感ジマシタ。」
第二回目の打合わせには、
西田、村中、磯部くらいしか出席せず、弁護材料を持ち寄って満井に説明しただけであった。
〇 私は、弁護人の補佐役として常に公判廷に出入りしていた。
弁護費用については誰からも話が出ず、私も考えていなかった。
(二) 控訴取下運動について
〇 わたしとしては、相澤を精神異常者として特赦してもらうつもりでいた。
しかし、鵜澤から、特赦は判決が出た後の事だと説明されたので、
ほかに手段はないかと尋ねたところ、
陸軍大臣さえその気になれば公訴取下という方法があると教えられた。
そこで、川島大臣にあって打診してみたところ、
川島はそのような空気にさえなれば簡単だというので、
軍事参議官の林大将、奈良大将に対して、
陸軍部内の融和のために陸軍大臣を説得するように依頼したが、
最終的には断られてしまった。
私は、元老の西園寺によって軍事参議官を動かそうと考え、
鵜澤に元老への働きかけを頼んだところ、
鵜澤が引き受けたので、鵜澤に興津の西園寺邸ヘ行ってもらうことになった。
〇 二月二四日の眞崎訪問によっても眞崎の証言は期待できない様子であったので、
私は公訴取下を推進するほかないと考え、同日鵜澤に会って、
二月二六日朝興津に行ってもらう約束をした。
私は、鵜澤の言葉から、鵜澤と元老は非常に懇意な仲であると信じていた。
〇 この公訴取下運動は、秘密を要する事柄と思ったから、
相澤弁護人である満井中佐にも話していない。
元来鵜澤と満井は、弁護方針について一回の打合わせをしたこともなく、
各自思い思いの行動をしていたので、
あまり信用していない満井にはこの件を話さなかったのである。
このことは、久原房之助には話してある。
(三) 眞崎陸軍大将との接触について
〇 二月二二日頃証人として出廷することになっている眞崎大将を訪問し、
教育総監更迭の経緯について詳細に証言して頂きたい旨懇請した。
しかし、眞崎は、勅許がないと困ると言って煮えきらない様子であった。
二四日にも訪問して証言を促したが、勅許が得られないとのことであった。
〇 二月中旬頃山口大尉から、
青年将校の間に不穏な空気があるということを聞いた。
二月二一日頃、栗原に関する山口と西田との間の会話を傍らで聞いていて、
「 之ハ可怪シイ。何カアルノカ知ラ 」 くらいの感じを抱いた。
その頃、西田に元老内閣を提案してみたところ、西田は即座に反対したことがあった。
「 私ハ、眞崎ト西田トハ相当ノ連絡ガアルノデハナイカト感ジマシタノデ、
眞崎ノ人物試験旁々栗原ガ飛廻ツテ居ルト山口ガ言ツタガ、
何ムナ事ヲシテ居ルノカ眞崎ヲ引掛ケタラ判ルカモ知レヌト思ヒマシタノデ、
二月二十二日眞崎邸ニ行ツテ、
『 證人トシテ出廷ノ節ハ内容ヲ明確ニ述ベテ下サイ 』
ト頼ムダ時、同大將ニ
『 若イ者ガ何ムナ事ヲシテモ、見殺シニシナイ様ニシテ下サイ 』
ト言ヒマシタ処、
眞崎ハ之ニ對スル返事ヲせず、別ニ
『 年寄ヲ誤ラセナイ様、若イ者ニ話シテクレ 』
ト言ハレマシタノデ、
私ハ眞崎ハ随分猾わるがしこイ人ダト感ジマシタ。」
その帰途西田宅に寄った際、私は西田に 「 眞崎ハ思慮ノアル人ダネ 」 と皮肉ったものである。
その際西田から、
「 抑ヘテハ居ルガ、萬一ト云フ事ガアルカラ、其ノ時ハ後ノ事ヲ宜シク願ヒマス 」
と言われた。
〇 私が西田から、歩兵第一聯隊と第三聯隊が起って
重臣を襲撃することをはっきり聞いたのは二月二五日夜のことであり、それまでは知らなかった。
獨協法学第３８号 ( １９９４年 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 (一)
松本一郎
一 はじめに
二 二 ・二六事件と北 ・西田の検挙
三 捜査の概要
１ 捜査経過の一覧
２ 身柄拘束状況
３ 憲兵の送致事実
４ 予審請求事実 ・公訴事実
四 北の起訴前の供述
１ はじめに
２ 検察官聴取書
３ 警察官聴取書
４ 予審訊問調書 ( 以上三八号 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獨協法学第３９号 ( １９９４ )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 二 )
松本一郎
五 西田の起訴前の供述
１ はじめに
２ 警察官聴取書
３ 予審訊問調書
４ 西田の手記( 以上３９号 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獨協法学第４０号 ( １９９５年３月 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 三 )
六 公判状況
はじめに
第一回公判 ( 昭和11年10月1日 )
第二回公判 ( 昭和11年10月2日 )
第三回公判 ( 昭和11年10月3日 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獨協法学第４１号 ( １９９５年９月 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 四 ・完 )
第四回公判 ( 昭和11年10月5日 )
第五回公判 ( 昭和11年10月6日 )
第六回公判 ( 昭和11年10月7日 )
第七回公判 ( 昭和11年10月8日 )
第八回公判 ( 昭和11年10月9日 )
第九回公判 ( 昭和11年10月15日 )
第一〇回公判 ( 昭和11年10月19日 )
第一一回公判 ( 昭和11年10月20日 )
第一二回公判 ( 昭和11年10月22日 )
第一三回公判 ( 昭和12年8月13日 )
第一四回公判 ( 昭和12年8月14日 )
七 判決
八 むすび ( 以上本号 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
７ 第七回公判 ( 昭和１１年１０月８日 )
第七回公判では、主として二月二五日から二七日夕刻までの亀川の行動について訊問が行われた。
以下、要点を抄録するが、若干訊問の順序と前後した個所がある。
(一) 事件を予知した経緯
〇 二月二五日は、朝野うちに鵜澤を訪問し、
同人が翌二六日午前六時五〇分品川発の汽車で興津の西園寺邸に行くことについて、打ち合わせした。
〇 午後四時頃西田から会いたい旨の電話があり、六時来宅したが、その少し前に村中が突然現れた。
三人で相澤公判の話などをした上、夕食を共にした。
食事後村中は先に帰った。残った西田に 「 若イ者ハ何ウデスカ 」 と尋ねたところ、
西田から、
「 明二十六日早朝、歩兵第一聯隊、同第三聯隊ガ蹶起シテ重臣ヲ襲撃スルラシイ 」
ということを打ち明けられて、初めて事件が起こることを知った。
そのとき西田から、
「 ヤツタ後ノ工作ヲ宜シク御願ヒシマス 」 と頼まれた。
〇 事後工作の話は、西田から出た。
西田から、
「 貴方は眞崎大将、山本大将に、自分は小笠原その他海軍方面、
山口は本庄その他陸軍上層部方面に向かって、それぞれ努力しよう 」
といわれ、これを承諾した。
また、青年将校たちが眞崎 ・柳川を尊敬しているので、事態を彼らのために有利に導き、その精神を生かすために、
眞崎 ・柳川を持ち出そうということになった。
問 彼等ガ蹶起シタ際爾後ノ工作ヲスル爲ニハ、西園寺ヲ殘シテ置ク方ガヨイト云フ事ニ附テ話シタ事ガアルカ
答 左様ナ話ヲ致シタ事ハアリマセヌ。
問 西田ハ其ノ事ニ附、被告人ヨリ話ガアツタト言ツテ居ルデハナイカ
答 「 私ハ二月十日頃 『 非常時ヲ乗切ルニハ西園寺ヲ出サネバナラヌ 』 ト云フ話ヲ西田ニシタ事ガアリマスノデ、
西田ハ其ノ話ト同月二十六日鵜澤ガ西園寺ノ所ヘ行ツタ事トヲ結附ケテ其ノ様ニ思ツテ居ルノデアリマセウガ、
私ハ今回ノ事件ニ関連シテ西園寺ノ話ヲシタ事ハアリマセヌ。」
もっとも、憲兵隊ではそのように供述したが、それは質問に対してでたらめに答えたのである。
〇 問 西田ハ被告人ニ對シ、二月二十日頃ヨリ同月二十五日頃迄ノ間ニ襲撃目標其ノ他ノ大體ノ輪郭ヲ知ラシタト言ツテ居ルガ如何
答 二月二十二日及同月二十五日西田ト話シタ次第ハ、前ニ申上ゲタ通リデアリマス。
西田ヨリ聞イタ事ハ夫レダケデアリマス。
尤モ其ノ前ニ、山口、西田ナドヨリ、青年將校ノ間ニ不穏ノ空氣ガアル様ニ事ヲ聞イタ事ハアリマス。
問 被告人ハ眞崎ノ意見ヲ聽キニ行ク位ダカラ、其ノ以前ニ情勢ヲ知ツテ居タノデハナイカ
答 私ハ彼等ノ空氣ガ怪シイト思ツタノデ、眞崎大將ハ青年將校ノ信頼ヲ受ケテ居ルカラ脈絡ガアリ、
實際ノ狀況ヲヨク知ツテ居ルダラウト思ツタカラ行キマシタ。
問 眞崎大將ガ猾わるがしこイト感ジタ譯ハ
私ガ 『 若イ者ヲ見殺シニシナイ様ニシテ下サイ 』
ト言ヒマシタ処、
眞崎ハ之ニ對スル返事ヲせず、別ニ
『 年寄ヲ誤ラセナイ様、若イ者ニ話シテクレ 』
ト申シタノデアリマスカラ、
心配スルナトカ、ヨシ引受ケタトカ、大キク出テ來ルモノト期待シテ居リマシタシ、
又夫レガ普通デアリマス。
若シ又サウデナケレバ、何カアルノカトカ、斯々ノ事ヲ耳ニシテ居ルトカ言ハルベキ筈ダノニ、
眞崎大将ハ私ノ言葉ニハ全然觸レズ、顧ミテ他ヲ言フト云フ風デアリマシタカラ、
私ハ眞崎大將ハ猾イ人ダト感ジマシタガ、
又、或ハ眞崎ハ實際何モ知ラナイノダラウカト云フ様ナ氣モ致シマシタ。」
〇 問 被告人ハ、今日ノ場合アルヲ豫想シテ、上部工作ノ爲眞崎ノ所ニ行ツタノデハナイカ
答 其ノ様ナ事ハアリマセヌ。
眞崎ヲ引掛ケテ見ヤウト思ツテ參リマシタ。
(ニ) 久原への情報提供について
〇 二月二二日頃久原に対して、「 前の大雪のときが危なかった 」 と話したことはない。
二三日に久原から五百円を貰ったが、
そのとき久原から
「 『 相澤中佐ノ裁判ハ濟ムダカ 』 ト尋ネラレ、
『 未ダ濟マヌガ終リニ近ヅイタラシイノデ、公訴取下ノ爲二、三日中ニ鵜澤ヲ西園寺ノ所ニ遣リタイト思ツテ居ル 』
ト申シマシタ処、『 成功スルカ 』 ト言ヒマスカラ、
『 青年將校ノ空氣ガ不穏デスカラ、公訴取下ノ方ハ成功スルト思フ 』
ト答ヘマシタ。
スルト久原ハ、『 青年將校ハ年中不穏デハナイカ 』 ト言ヒマスカラ、私ハ、
『 今度コソハ笑ヒ事デハアリマセヌ 』 ト申シマシタ。
問 久原ハ被告人ノ其ノ話ニ依ツテ、今回ノ事件ヲ豫知シタカ
答 私ガ左様ニ申シマシテモ、久原ハ依然笑ツテ居リマシタカラ、何ノ程度ニ感ジタノカ、私ニハ判リマセヌ。
私トシテモ笑ヒ事デハナイト言ヒ、宛モ本當ダト云ハヌ計リノ言葉ヲ使ヒマシタモノノ、
今回ノ様ナ事件ガ必ズ起キルト云フ様ニ考ヘテ左様申シタ譯デモアリマセヌ。」
〇 二五日西田が帰ってから、午後八時頃久原邸に行った。
久原に西田の話を伝え、
「 本当デセウカ 」 と聞くと、久原は
「 随分大キイ話デハナイカ。其ノ様ナ事ハアルマイ 」 とのことであった。
〇 久原宅に行ったのは、情報提供のためではない。
「 西田ノ話ガ事實カ何ウカヲ確メ様ト思ヒ、
久原ノ所ニハ他カラ情報ガ入ツテ居ルカ何ウカヲ尋ネ様ト思ツテ參リマシタ。」
問 久原ヨリ情報ヲ聞イテ何ウスルノカ
答 彼等ガ蹶起スルトノ情報ガ久原ノ所ニデモ入ツテ居レバ、私ハ金ヲ出シテ居ル位デアリマスカラ、
何トカ防止策ヲ講ジ様ト思ヒマシタ。
問 然シ 被告人ハ既ニ彼等ノ行動資金ヲ提供シテ居ルデナイカ
答 然シ 彼等ニシテモ行動資金ガ手ニ入ツタカラトテ、直グ蹶起スルモノトハ限リマセヌ。
問 若シ事實蹶起スルト云フ事ナラ、如何ニシテ之ヲ防止スル考デアツタカ
答 久原ヨリ聞イテ確実ダト判レバ、直グ眞崎邸ニ飛ムデ行キマス。
問 被告人ノ陳述ガ眞ナリトスレバ、久原ニ確メル迄モナク西田、村中ノ言動ニ依リ危險ト感ジタノダカラ、
直ニ眞崎邸ニ行クベキデハナカツタカ。
答 村中ハ、『 今晩カラヤル 』 ト言ツタノデアリマスガ、
私ハ之ヲ資金調達ノ爲ト解シタノデ金ヲ遣リ、日本銀行、三井銀行ノ襲撃ハ喰止メタノデアルガ、
蹶起スルカヲ確メル爲ニ久原方ニ行ツタノデ、
眞崎邸ニ行クヨリモ先ヅ順路トシテ久原ヲ訪問シタノデアリマスガ、
久原ガソムナ事ハナイト言ハレタノデ安心シタノデアリマス。
( 中略 )
問 眞實防止スル考ガアツタナラバ、執ルベキ処置ハ尚アル筈ダト思ハルルガ何ウカ
答 其ノ防止ニ附テノ処置ガ惡カツタト云ハルレバ、夫れ迄デアリマス。
私トシテハ、行動ト意思ハ一致シテ居リ、又其ノ行動ハ終始一貫シテ居ルト確信シテ居リマス。
其ノ間ニ矛盾ガアリ、又ハ不一致ノ所ガアルト解シ得ラレルカモ知レマセヌガ、
夫レハ致方アリマセヌ。
(三) 相澤の弁護方針について
問 被告人ハ、控訴取下ノ事ヲ眞面目ニ考ヘテ居タト言ヒ、一方證人申請ニ附協議スルナドトハ、
矛盾シタ行爲デハナイカ。
答 私ガ證人申請ニ頭ヲ突込ムダノハ、事件ニ附眞面目ニヤツテ居ルト云フ事ヲ青年将校ニ示ス目的デアリ、
一方公訴取下ヲ進メテ行ツタ譯デ、矛盾ハアリマセヌ。
問 公訴取下ヲ進メルナラ、證人申請ハ要ラヌ事デハナイカ
答 私ノ考デハ、二月二十五日ハ證人ヲ申請セズ、翌二十六日公判ヲ休ムデ貰ヒ、
鵜澤ヲ西園寺ノ所ニ遣ツテ公訴取下ノ事ヲ頼ムデ貰ヒ、二十七日開廷シテ證人ヲ申請シテ置キ、
其ノ後公訴ノ取下アルマデ公判ヲ休ムデ貰ウ心意デアリマシタ。
又、證人ヲ申請スルト、若イ者カラハ私ガ公判ニ力ヲ入レテ居ルト云フ氣持ヲ抱カセ、
上層部ノ人ニハ之ハ大變ダト思ハシメル結果ニナルノデ、
公訴取下ノ方ヲ速ニ進メテクレルデアラウト云フ氣持モアツテ、證人申請ニ附協議シタノデアリマス。
問 其ノ様ナ考ナラバ、尚更満井ト公訴取下ノ事ヲ話シテ置ク必要ガアルデハナイカ
答 私ハ 満井ヤ西田ノ人物ヲ餘リ知ラナカツタ爲ニ、ソムナ事ニナツタト思ヒマス。
私トシテハ、誠意ヲ以テヤツテ居タノデアリマスガ、未ダ誠意ガ足リナイノカ、失敗ガ多クテ困リマス。
問 被告人ノ云フ通リトシテモ、結局證人申請ハ無意味デハナイカ
答 左様デハアリマセウガ、私トシテハサウスルヨリ外、方法ガナカツタノデアリマス。
問 左様デハナク、深謀遠慮ガアツタノデハナイカ
答 サウデハアリマセヌ。
問 被告人ノヤリ方ハ、一方ニ於テ火災ヲ起ス事ニ奔走シ、
他方ニ於テ其ノ消火ニ奔走シタ様ナ形ニナツテ居ルト思フガ何ウカ
答 證人申請ハ火事デモナシ、青年將校ノ気持ヲ和ギ抑ヘルニ役立ツモノデアリマス。
( 後略 )
(四) 村中への資金供与について
〇 夕食を終わり、村中が先に帰ることになった。
ところが、玄関で、「 オ腹ガ空イテ仕事ガ出來ヌ 」 とか、
「 日本銀行 ・三井銀行ヲ襲撃シテ取ル 」 などという西田と村中の話が耳に入ったので、
驚いて二人を応接間に連れ戻した。
私は軽挙を戒め、村中に現金二、〇〇〇円を差し出した。
村中は固辞したが、西田の取リナシデ、結局一、五〇〇円を受け取って帰って行った。
このとき二人に、「 此金ハ諸所方々カラ苦労シテ集メタ金ダ 」 と言ったが、
真実は借金払いと家の引っ越しに当てるために、久原から貰った金である。
〇 当日、村中が 「 今晩カラ何カヤリマス 」 と言っていたのは、不穏行動の準備工作にかかるのかと思った。
私は、かねて山口から村中 ・磯部の救済方を林大将に頼んでくれと依頼されていたので、
これはいよいよこの二人が生活に窮したのかと考えた。
しかし、まさか今度のような大きなことを起こすとは、夢にも思わなかった。
事件のことは、村中が帰った後で、西田から初めて聞いたのである。
〇 問 右ノ金ハ、彼等ノ蹶起資金トシテ交附シタノカ
答 左様デハアリマセヌ。
アレダケノ大キイ事ヲヤルノニ、最初カラ資金ノ事ヲ考ヘズシテ着手スル様ナ事ハアリ得ナイ事デアリ、
隊カラ給与シテ貰ヘルナドトノ亂暴ナ事ハ考ヘラレヌト思ヒマスノデ、
彼等ハ既ニ資金ノ準備ハ考ヘテ居ルモノト思ヒマシタ。
又、資金ニ附テハ、蹶起スベキ彼等ニ於テ考ヘルベキコトデ、私ノ關係スベキ所デアリマセヌ。
從テ 蹶起資金トシテ渡シタノデハアリマセヌ。
問 スルト何ノ爲ニ渡シタカ
答 日本銀行ヤ三井銀行ヲ襲撃シテ取ルト言ヒマスカラ、之ハ大變ダト思ツテ渡シマシタ。
問 實際ハ左様デハナク、彼等ガ蹶起資金ヲ要スルコトヲ察シ、其ノ資金トシテ渡シタノデハナイカ
答 蹶起資金ト申スト、聊いささカ語弊ガアル様ニ思ハレマス。
事實ヲ申上ゲマスト、彼等ガ蹶起スルニ附相當ノ資金ヲ要スルコトハ、
五 ・一五事件其ノ他從來ノ色々ノ事件ノ例ニ見テモ明カナ事デアツテ、
私モ夫レハ承知シテ居リマシタノデ、蹶起資金ト云フ迄ノ意味ハナク、
單ニ蹶起ノ前後ニ於テ彼等ガ色々行動スル上ニ必要ナル金ト云フ事ヲ認識シテ、
其ノ金トシテ渡シタノデアリマシテ、謂ハバ行動資金トデモ申スベキモノデアリマス。
〇 村中が帰った後、西田にも一〇〇円渡したが、これは一旦出した五〇〇円が西田の前にあったので、
引き込めるのは気まずいと思って渡したのであって、特別の意味はない。
(五) 二月二十六日の亀川の行動
〇 午前三時起床、タクシーを呼び、四時半頃眞崎宅を訪れる。
早朝に訪問したのは、偉い人に会うには寝込みを襲うに限るからであり、
訪問の主目的は、公訴取下につき眞崎の諒解を得ることにあったが、
あるいは眞崎によって、彼らの蹶起を防止できるかもしれぬという気持ちもあった。
公訴取下の話をした後、
今朝歩一、歩三が重臣を襲撃するとのことであると告げると、眞崎は誰から聞いたかと尋ねた。
西田の名前を出したところ、眞崎は
「 何ダ、浪人者ノ大言壯語カ。軍隊ノ事情ヲ知ラヌカラ担ガレタノダ 」 と言った。
問 眞崎ハ被告人ガ訪問シテ最初泣イテ居タカラ落ツケト言ツタト申シテ居ルガ何ウカ
答 私ハ訪問シテ直グ泣イタノデナク、
『 此儘で進メバ源平時代ノ様ニナリ困ル 』 ト云フ様ナ事ヲ申シタ時泣イタノデアリマス。
問 青年將校ヲ助ケテ下サイト言ツタ事ハ、青年將校ノ立場ヲ有利ナラシムル目的デ言ツタカ
答 私ハ眞崎ニ、青年將校ヲ助ケテ下サイト申シタ事ハアリマセヌ。
〇 私は、眞崎邸から鵜澤邸に廻り、眞崎との話の模様を報告した。
帰途高橋蔵相宅前で武装した兵隊を見、また稲荷前通り附近から交通止めになっていたので、
事件の勃発を確信した。
帰宅して興津行きを中止するように鵜澤に電話したが、すでに家を出た後であったので、
品川駅まで出かけて鵜澤を止めようとした。
しかし、鵜澤はこれを振り切って出発した。
私としては、西園寺も当然襲撃されると思ったので、
その生死不明のときにわざわざ行くことはないと考えたのである。
私は鵜澤に、もし西園寺に会ったら、このようなときは、
第一に元老中心内閣、第二に軍部中心内閣でなければならぬと話してほしいと頼んだ。
〇 午前七時頃久原邸に行った。
久原は、「 全ク無茶ダ、君知ラナカツタノカ 」 と喧嘩腰で言った。
私は、「 夫レナラ昨晩貴方ニ御話シタデハナイカ。其ノ時貴方ハ冷笑サレタデハナイデスカ 」 と答えた。
久原は 「 亂暴ダ。軍ノ首脳部ハ何ヲシテ居ルノダ 」 と言い、ブリブリ怒っていた。
それから眞崎邸に行ったが不在だったので、午前八時半頃帰宅した。
〇 午後二時頃西田から電話があった。
二時過ぎに久原邸に行き、久原と後継内閣について話した。
私は、「 青年将校は眞崎内閣を希望しているが、それが駄目なら元老内閣もよいだろう、
又、軍事参議官の筆頭である山本英輔海軍大将の軍部内閣もよいではないか 」 と話した。
久原は、それも面白かろうと言っていた。
三時頃海軍省に電話して、山本大将に事態の収拾方をお願いした。
夜、三度久原方に行った。
久原は、
「 軍部で重要な椅子を占め、政友会は三名、例えば島田俊雄、堀切善兵衛、前田米蔵とする。
民政党にも三つの椅子を振り当てるが、空席にして置き、解党を条件としたらどうか。
政友会は自分が解答させた上、一国一党を導き、挙国一致の強力内閣を作るようにしよう 」
と語っていた。
午後一〇時頃海軍省に山本大将を訪問し、大命が降下したらこれを引き受け、組閣をして下さいと懇請した。
(六) 帝国ホテルでの会談について
〇 二月二十七日午前三時頃満井中佐から電話があった。
帝国ホテルに石原、橋本らといるから、来てほしいというのである。
午前四時頃行ってみると、橋本、満井のほかに、少佐一名、大尉二名と小林長次郎がいた。
石原は私と入れ違いに帰って行った。
満井は私に、
「 後継内閣について話し合った。
石原は皇族内閣説、橋本は建川説、蹶起将校は眞崎説を主張した。
しかし、幕僚の間から海軍の山本内閣説が出て、結局これに一致し、参謀総長を経て上奏することになった 」
と説明した。これに対して私は、
「 本末を顚倒してはいかぬ。先ず蹶起部隊を撤退させることが先決問題だ 」
と大声で言った。
〇 やがて満井が村中を連れて来たので、私は言葉を尽くして部隊の引上げを説得した。
村中は、同志にも謀らねばならぬし、西田の意見も聞いてみなければならぬというので、
私は、「 西田の方は私が引き受ける 」 と言った。
最終的には村中が引上げることを承諾したので、私は、
「 一生一代ノ判斷ガ順調ニ運ムダノデ非常ニ嬉シクナツタノデ 」、直ぐに久原に
「 萬事圓満ニ解決シタカラ喜ンデ下サイ 」 と電話した。
〇 帰途眞崎邸に寄ったが不在のため、奥様に円満解決した旨の伝言を頼み、
海軍省に山本大将を訪ねて状況を報告した。
午前七時頃帰宅したところ、
西田から会いたいという電話があったので、北の家に行った。
「 私ハ、帝國ホテルニ於ケル話ヲ何ウ云フ風ニ話サウカト考ヘタ末、
世間話ノ様ニ、
『 皇族内閣説ヤ建川内閣説ガアル様デス 』 ト申シマシタ処、西田ハ
『 相變ラズノ連中ガヤツテ居ルノデスネ 』 ﾄ言ヒマスカラ、私ハ
『 幕僚邊リデハ、山本大將ノ内閣説ニ意見ガ進ムデ居ルラシイ 』 ト申シマスト、
『 夫レハ誰ノ意見カ 』 ト聞キマスカラ、
『 石原大佐ヤ橋本大佐ノ意見ダ 』 ト申シマシタ処、
西田ハ奮然トシテ、
『 夫レハ無茶ダ。纏メ様ト云フノデナク、打壊シ策ダ。
彼等ノ主張シテ居ル眞崎内閣説ヲ曲ゲル事ニモナルシ、
陸軍ノヤツテ居ル事ニ海軍ガ乗出スナドト云フ話ガアルカ 』
ト云ヒマスカラ、私ハ
『 唯サウ云フ話ガ出タト云フダケデ、未ダ決定シタ譯デハナイノダ 』
ト言葉ヲ濁シテ置イテ歸リマシタ。」
問 何故帝國ホテルニ於テ村中ト約束シタ事ヲ、西田ニ話サナカツタカ
答 私ハ其ノ事ヲ西田ニ話サウ、又話サネバナラヌト思ツテ出タノデアリマスガ、
村中ニ部隊ヲ引上ゲサセル事ニシタト云フ事ヲ話シテモ、
西田ハ承知シテクレヌカモ知レヌト思ヒ、
西田ニ話ス勇氣出ナカツタノデ、遂ニ其ノ話ニ触レズニ歸リマシタ。
夫レト申スノモ、私ハ西田ハ事前ニ彼等ヲ抑ヘタルニ
彼等ハ夫レヲ肯入レズシテ蹶起シタノダカラ勝手ニシロ、俺ハ知ラヌト云フ様ナ氣持ガアリナガラ、
一方ニ於テハ友情トシテ、
彼等ガ蹶起シタ以上其ノ目的ヲ貫徹サセテ遣リタイトノ気持モアリ、
此二ツノ気持ノ板挟ミニナツテ苦悶して居ルモノト想像シテ居リマシタノデ、
部隊ノ引上ト云フ様ナ彼等ニ不利益ナ事ヲ相談シテモ、
西田ガ肯入レテクレヌカモ知レヌト思ツタノデアリマス。
問 西田ハ、事態ガ速ニ収拾サレルコトヲ望ムデ居ツタノデハナイカ
答 左様デハアリマスガ、
夫レハ彼等ニ有利ニナツテ事態ガ収拾サレル事ヲ望ムデ居タモノト思ヒマス。
彼等ヲ引上ゲサセル事ハ彼等ノ爲ニ有利デナク、不利ニ陥レルモノデアリマスカラ、
西田ノ反對ヲ虞て言出シ得マセヌデシタ。
問 撤退スル方ガ却テ彼等ノ爲ニ不利ダト認メテ、村中ニ撤退ヲ勧告シタノデナイカ
答 引上ゲサセル事ハ勢力ヲ剥グ事ニナリ、不利ニナルノハ當然デアリマス。
私モ彼等ノ有利ナラシムル爲ニ引上ゲサセ様トシタノデアリマセヌガ、
不利ニナルナドト言ヘバ引上ヲ承諾スル筈ガアリマセヌカラ、
言葉ノ上デハ、引上ガ彼等ノ爲ニ有利である様ニ申シタノデアリマス。
獨協法学第３８号 ( １９９４年 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 (一)
松本一郎
一 はじめに
二 二 ・二六事件と北 ・西田の検挙
三 捜査の概要
１ 捜査経過の一覧
２ 身柄拘束状況
３ 憲兵の送致事実
４ 予審請求事実 ・公訴事実
四 北の起訴前の供述
１ はじめに
２ 検察官聴取書
３ 警察官聴取書
４ 予審訊問調書 ( 以上三八号 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獨協法学第３９号 ( １９９４ )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 二 )
松本一郎
五 西田の起訴前の供述
１ はじめに
２ 警察官聴取書
３ 予審訊問調書
４ 西田の手記( 以上３９号 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獨協法学第４０号 ( １９９５年３月 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 三 )
六 公判状況
はじめに
第一回公判 ( 昭和11年10月1日 )
第二回公判 ( 昭和11年10月2日 )
第三回公判 ( 昭和11年10月3日 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獨協法学第４１号 ( １９９５年９月 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 四 ・完 )
第四回公判 ( 昭和11年10月5日 )
第五回公判 ( 昭和11年10月6日 )
第六回公判 ( 昭和11年10月7日 )
第七回公判 ( 昭和11年10月8日 )
第八回公判 ( 昭和11年10月9日 )
第九回公判 ( 昭和11年10月15日 )
第一〇回公判 ( 昭和11年10月19日 )
第一一回公判 ( 昭和11年10月20日 )
第一二回公判 ( 昭和11年10月22日 )
第一三回公判 ( 昭和12年8月13日 )
第一四回公判 ( 昭和12年8月14日 )
七 判決
八 むすび ( 以上本号 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
７ 第八回公判 ( 昭和１１年１０月９日 )
前回に引き続き亀川に対して、主として二月二七日午後以降の行動に関する訊問が行われたが、
その途中で西田に対して、供述のくい違い点についての訊問がなされている。
以下、主要な部分を要約する。
(一) 亀川に対する訊問
〇 二月二七日夜、
「 西田ヨリ來テクレトノ電話ガアリマシタ。
私ハ村中トノ話ハ既ニ村中カラ西田ニ電話シテ居ルカモ知レヌト思ヒ、
西田ニ會フノヲ非常ニ厭ナ氣持が致シ、行キタクアリマセヌデシタガ、
又行カナケレバ情報ガ手ニ入ラヌトモ考ヘ、村中トノ話ハ何ウデモナレト云フ様ニ決心シ、
北方ニ西田ヲ訪問シノシタ。
夫レハ同日午後八時頃デアツタト思ヒマス。」
〇 北に初対面の挨拶をしていると、
「 其所へ村中ガ入ツテ來マシタカラ、私ハ大変驚キマシタ。
村中ヲ瞞シタ事ガ愈々暴露スルト思ヒ、戦々兢々タル気持デ着席シマシタ。」
しかし、亀川にとって幸いなことに、帝国ホテルでの会合の話題は最後まで出なかった。
問 當日午前西田ト會合シタ際ハ、
後繼内閣問題ニ附石原大佐、橋本大佐及満井中佐ノ各主張スル所ノ話ガアツタダケデ、
其ノ際山本内閣説ハ話サレナカツタト西田ハ申して居ルガ何ウカ
答 西田ト供述ガ相違シテ居テモ、私ハ私ノ知ツテ居ル事實ノ通リ申スヨリ外アリマセヌ。
( 後略 )
問 西田ニシテモ、被告人ノ話シタ事ヲ聞カヌト言ヒ、却テ話サヌコトヲ聞イタト言フ筈モナイト思ハレルガ何ウカ
答 何ウ云フ譯デ西田ガ私ト反對ノ事ヲ申スノカ、私ニハ判リマセヌ。
問 村中ニ撤退ヲ承諾サセタノハ被告人の手腕ニ依ル所デ、誇ルベキ話題デハナイカ
答 然シ 私ハ部隊引上ハ彼等ノ爲ニ不利ダト考ヘマシタカラ、西田ニ話シ得ナカツタノデアリマス。
問 被告人ハ、眞崎ハ勿論、全然話ス必要ノナイト思ハレル久原ニ迄電話デ聯絡シナガラ、
當ノ西田ニ話サナカツタノハ何ウ云フ譯カ、其ノ理由ヲ明カニ申立テテハ如何
答 前ニ申シタ以外ニ、何ノ理由モアリマセヌ。
私ノ申立ハ筋ガ通ツテ居ラヌト認メラレテモ、夫レハ致方アリマセヌ。
〇 二月二六日午後四、五時頃、亀川は鵜澤に電話で西園寺邸訪問の首尾を尋ねている。
鵜澤は、「 西園寺公ノ御目ニ懸ツテヨク申上ゲテ置キマシタ 」 と答えた。
亀川が、「 夫レデハ之カラ御伺ヒシマス 」 と言うと、
「 警戒ガ嚴重ダカラ來ナイ方が宜イ 」 と体よく断られた。
「 私ハ、鵜澤ハ西園寺ニ會ツテ居ラヌト直感シマシタ。」
事実、その日鵜澤は西園寺に会っていない。
西園寺は襲撃を免れるため、すでに静岡県警察部長官舎に避難していたからである。
また、仮に西園寺が興津にいたとしても、突然訪れた鵜澤が元老に面会できたかどうか、疑わしい。
鵜澤は亀川に西園寺公との親密な関係を誇示していたが、西園寺の秘書の原田熊雄によると、
「 鵜澤ハ、突然興津ニ來テ老公ト面接シテ意見ヲ開陳シウル間柄デハ絶対ニアリマセヌ 」 という ( 検察官聴取書 )。
そうだとすれば、亀川は鵜澤を買いかぶっていたことになる。
これは、鵜澤の隠れた一面を知る上で、見逃せないエピソードである。
〇 亀川は、二月二八日夜から三月九日まで逃避行を続けたのは、
警視庁の巡査から蹶起将校らが悪化したと聞いたので身の危険を感じたためであると答え、
その理由を問われて次のように述べる。
これを言葉どおりに信じることはでないが、
自らの二股膏薬的行動についての告白と理解することはできるであろう。
「 私ハ、表面上ハ彼等行動隊ニ好意を寄セ、彼等ノ爲ヲ思ツテ行動シテ居ル様ニ見セ掛ケ、
村中ニ對シテモ彼等ノ利益ノ爲ニ撤退セヨト勧メ、
西田ノ方ハ自分ガ引受ケタト欺イテ承諾サセテ置キナガラ、
其ノ實常ニ彼等ノ爲ニ不利ナ事ヤ彼等ヲ陥レル様ナ行動ヲシテ居ルノデ、
早坂巡査ヨリ彼等ガ惡化シタト云フ事ヲ聞キマシタノデ、
私ハ之ハ右ノ如キ私ノ表裏アル事ガ暴露シタ爲デアルマイカ、
自分ノ本當ノ心ガ判ツタラ
民間側同志ハ黙ツテ其ノ儘ニシテ置イテハクレマイト思ヒ、身ノ危險ヲ感ジタノデアリマス。」
問 被告人ハ、身ノ危險ナル理由ヲ久原ニ話シタカ
答 私ハ久原ニ、『 行動隊ノ若イ者ニ追ハレテ居ル様ダカラ、匿ツテ下サイ 』 ト申シマシタ処、
久原ハ 『 行動隊ノ者ハ味方同志デナイカ 』 ト言ハレマシタ。
問 久原デスラ信ジラレナイ様ナ事ヲ被告人ガ感ジタト云フノハ、可怪シイデハナイカ
答 實際左様ニ感じました。
(二) 西田に対する訊問
問 被告人龜川哲也ノ供述ハ被告人ノ申立ト相違スルガ、何カ考違ヒヲシテ居ルノデナイカ
答 ( 前略 )
山本内閣説ノ事ハ、
其ノ時龜川ガ話シタカモ知レマセヌガ、私ニハ記憶ガアリマセヌ。
夜會見シタ時、私ガ眞崎ノ話ヲシヤウト思ツテ居タ時 龜川ガ突然山本内閣デ行ク事ニシテ居ルト言ハレタノデ、
之ハ意外ダト思ヒ、龜川ニ夫レハイカヌト申シテ一蹴シタ譯デアリマス。
若シ午前ノ會見ノ折 既ニ山本内閣説ヲ聞イテ居タナラ、無論其ノ場デ反對シタト思ヒマスガ、
夫レナラ再ビ夜 會フ必要ハナカツタノデアリマス。
或ハ私ノ勘違ヒカモ知レマセヌガ、何ウシテモ午前ニ會ツタ際山本内閣ノ話ガ出タトハ思ハレマセヌ。
問 龜川ハ、帝國ホテルニ於テ村中ニ對シ、西田ノ方ハ自分ガ引受ケタト云ヒ、
村中ヲシテ部隊ノ撤退ヲ約束セシメタガ、被告人ノ反對ヲ虞レ話シ得ナカツタト申シテ居ルが何ウカ
答 龜川ノ申ス様デアレバ、龜川トシテハ當然其ノ事ヲ話シテクレナケレバナラヌト思ヒマス。
私ガ其ノ様ナ事ヲ耳ニスレバ、恰モ時局収拾ニ苦心シテ居タ時デアリマスカラ、
望外ノ喜トシテ承諾シ、龜川ニ感謝シタ筈デアリマス。
又、其ノ際、帝國ホテルニ於ケル狀況ガ判明シテ居タナラバ、
後々彼是紛メル譯モナク、早クマトマリガ附イテ居タ様ニモ思ハレマス。
私ハ其ノ事ニ附龜川ヨリ何ノ話モ聞イテ居ナイノニ、
村中トシテハ既ニ龜川カラ私ニ話ガアツタモノト判斷シテ居タニ違ヒナク、
爲ニ其ノ夜 村中トノ會見ニ於テモ變ナコトニナツタノカモ知レマセヌ。
此點ハ龜川ガ如何ニ申サウトモ、聞イタ覺ヘモナク、話サレテ怒ル様ナ事柄デモアリマセヌ。
寧ロ喜ブベキ事で、夫レヲ私ニ話サナカツタ龜川ノ心ガ判リマセヌ。
獨協法学第３８号 ( １９９４年 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 (一)
松本一郎
一 はじめに
二 二 ・二六事件と北 ・西田の検挙
三 捜査の概要
１ 捜査経過の一覧
２ 身柄拘束状況
３ 憲兵の送致事実
４ 予審請求事実 ・公訴事実
四 北の起訴前の供述
１ はじめに
２ 検察官聴取書
３ 警察官聴取書
４ 予審訊問調書 ( 以上三八号 )
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獨協法学第３９号 ( １９９４ )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 二 )
松本一郎
五 西田の起訴前の供述
１ はじめに
２ 警察官聴取書
３ 予審訊問調書
４ 西田の手記( 以上３９号 )
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獨協法学第４０号 ( １９９５年３月 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 三 )
六 公判状況
はじめに
第一回公判 ( 昭和11年10月1日 )
第二回公判 ( 昭和11年10月2日 )
第三回公判 ( 昭和11年10月3日 )
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獨協法学第４１号 ( １９９５年９月 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 四 ・完 )
第四回公判 ( 昭和11年10月5日 )
第五回公判 ( 昭和11年10月6日 )
第六回公判 ( 昭和11年10月7日 )
第七回公判 ( 昭和11年10月8日 )
第八回公判 ( 昭和11年10月9日 )
第九回公判 ( 昭和11年10月15日 )
第一〇回公判 ( 昭和11年10月19日 )
第一一回公判 ( 昭和11年10月20日 )
第一二回公判 ( 昭和11年10月22日 )
第一三回公判 ( 昭和12年8月13日 )
第一四回公判 ( 昭和12年8月14日 )
七 判決
八 むすび ( 以上本号 )
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７ 第九回公判 ( 昭和１１年１０月１５日 )
本公判で亀川の訊問が終了した。
ついで書証の取調べ ( 朗読 ) に入り、書証に対する北 ・西田の意見陳述があった。
しかし、西田の意見は内容的にさほど重要でないから、摘録を省略する。
(一) 亀川に対する訊問
亀川は、これまでと同様に、西園寺襲撃中止は事前には知らなかったと述べている。
しかし、後にみるように、彼は第一三回公判でこれと矛盾する供述を行い、西田とやり合うことになる。
問 被告人ハ事前ニ西園寺襲撃中止ノ事實ヲ知ツテ居タノデ、二月二十六日朝鵜澤を西園寺ノ所ニ遣リ、
鵜澤モ亦夫レヲ知ツテ居タカラ西園寺ノ所ニ行ツタモノト思ハレルガ何ウカ
答 神様デナイ私ニ其ノ様ナ事ノ判ル筈ハアリマセヌ。
私ガ西園寺襲撃中止ノ事實ヲ知ツタノハ二月二十七日デ、其ノ前ニハ知リマセヌデシタ。
(二) 書証の取調ベ
法務官ハ証拠調ヲ爲スベキ旨ヲ告ゲ、
一、陸軍司法警察官ノ被告人北輝次郎ニ對スル各聴取書
一、同官ノ被告人西田税ニ對スル各聴取書
一、予審官ノ被告人北輝次郎ニ對スル各訊問調書
一、同官ノ被告人西田税ニ對スル各訊問調書
一、被告人西田税反乱被告事件ニ附 赤沢泰助赤沢良一、丹羽五郎、佐藤双六ニ對スル各聴取書
ヲ讀聞ケ、各其ノ取調ヲ終ヘタル毎ニ被告人北輝次郎、西田税ニ對シ意見アリヤ否ヲ問ヒタル処、
被告人北輝次郎ハ左ノ通陳述シタリ。
一、私ハ警視庁ニ移サレテ西田ガ首謀者ノ様に聞カサレ、調ベラレマシタノデ、私ノ運命ダト諦メ、
言ハルル儘ニ答ヘタ點ガ大分アリマス。
西園寺襲撃中止ノ事ハ本件ガ起キタ後ニ知ツタノデ、事前ニ知ツテ居タカノ様ニ申上ゲタノハ間違ヒデアリマス。
兎ニ角、大体ハ予審デ申上ゲタ通リデアリマス。
何レニセヨ、結局当公判廷ニ於ケル陳述ガ真実デアリマス。
其ノ他ニ意見ハアリマセヌ。
１１ 第一〇回公判調書 ( 昭和１１年１０月１９日 )
終日、書証の取調べと、それに対する被告人の意見陳述が行われた。
(一) 書証の取調
北 ・西田に対して取調べられた書証は、次のとおりである。
〇 北 ・西田の各反乱被告事件についての、
予審官の証人澁川善助、同安藤輝三、同磯部淺一、同栗原安秀、同村中孝次に対する各訊問調書
〇 北の反乱被告事件についての、陸軍司法警察官の池田成彬、有賀長文、加藤寛治、小笠原長生に対する各聴取書
〇 磯部の反乱被告事件についての、予審官の同被告人に対する第三回訊問調書
〇 村中の反乱被告事件についての、予審官の同被告人に対する第二回ないし第四回訊問調書
〇 栗原の反乱被告事件についての、予審官の同被告人に対する第三回ないし第五回訊問調書
〇 山口一太郎の反乱被告事件についての、予審官の同被告人に対する訊問調書
〇 福井幸の反乱幇助被告事件についての、予審官の同被告人に対する第三回ないし第五回訊問調書
〇 宇野信次郎の反乱幇助被告事件についての、司法警察官の同被告人に対する聴取書
〇 瀬尾栄太郎の反乱被告事件についての、予審官の同被告人に対する第三回訊問調書
〇 同被告事件についての、同官の証人村中に対する訊問調書
〇 石原広一郎の反乱幇助被告事件についての、陸軍司法警察官の栗原、齋藤瀏に対する各聴取書
〇 杉田省吾の反乱被告事件についての、予審官の同被告人に対する第一回ないし第四回訊問調書
〇 佐藤正三の反乱被告事件についての、司法警察官の同被告人に対する第四回聴取書
〇 小川三郎の反乱陰謀被告事件についての、予審官の同被告人に対する第一回及び第二回訊問調書
〇 江藤五郎の反乱陰謀被告事件についての、予審官の同被告人に対する第一回訊問調書
〇 菅波三郎の反乱予備被告事件についての、予審官の同被告人に対する第二回訊問調書
〇 同被告事件についての、同官の証人大岸頼好に対する訊問調書
〇 宮本正之の反乱予備被告事件についての、陸軍司法警察官の同被告人に対する聴取書
〇 同被告事件についての、検察官の同被告人に対する聴取書
〇 同被告事件についての、予審官の同被告人に対する第一回及び第四回訊問調書
(ニ) 北の意見陳述 (抄録 )
〇 証人磯部の供述について
「 私ハ、彼等ヲ指導シタ事モ激励シタ事モアリマセヌ。
唯、彼等ノ爲ニ大難ガ小難デ済ム様ニト祈リ、厚意ノ勧告デ眞崎一任ノ事ヲ告ゲタ譯デ、決シテ他意アリマセヌ。」
〇 証人村中の供述について
「 私ハ、村中ガ故意ニ嘘ヲ申立テル人物トハ全然思ヒマセヌガ、
同人ハ懐ロニ物ヲ入レテ置イテ、之ヲ言當テテ見ヨト云フ様ナ物ノ言ヒ方ヲスル男デアリマス。
事前ニ村中ガ來テ、奸臣ヲ除イタ上ハ直ニ引退ツテ死ヲ待ツベキカ否ニ附尋ネラレタ際、
私ガ苟モ維新ヲ斷行シヤウト云フ気持デ蹶起シタ以上ハ、
徹底的ニ其ノ目的ヲ貫徹シナケレバ駄目デアルト申シタ様ニ申立テテ居リマスガ、
私ガ其ノ様ナ事ヲ申サナカツタ事ハ、前ニ申上ゲタ通リデアリマス。
私ハ、十月事件ニ附テハ成程惡イ所モアルガ、
一方軟弱外交ガ自主外交ニ建直ツタ様ナヨイ所モアルノデ、
一概に惡カツタトハ云ヘナイト見テ居リマスカラ、
十月事件ノ事ニ附判斷ヲ与ヘル道理モアリマセヌ。
( 中略 )
二月二十七日夜ノ會見ノ際ニ附テハ、
彼等ハ既ニ三軍事參議官ト會見シ、二大將ノ諒解ヲ得タトノ事デアリマシタノデ、
私ハ右三大將ハ全軍事參議官ヲ代表シテ來タモノト思ヒ、
他ノ軍事參議官ニ於テモ異議ナク眞崎一任ニ賛成シ、
明日ハヨイ返事ガアルモノト信ジテ居リマシタノデ、
其ノ返事ガアル迄其ノ儘居レバ宜イダラウトノ氣持デ申シタ譯デ、
之ハ村中ノ言葉ニ相槌ヲ打ツタ譯デ、指圖シタノデハアリマセヌ。
自決阻止ノ電話ニ附テモ、
私ハ軍事參議官ガ返事ヲスルト言ツテ居ルノニ、
其ノ返事ノ無イ内ニ、他ノ將校ヨリ自決ヲ勧メラレタト云フノハ可怪シイト思ツタモノデアリマスカラ、
軍事參議官ノ返事ヲ早ク貰ウ様ニセヨ、何事モ早マツテハイカヌ、ヨク皆ト相談シテヤレ
ト云フ趣旨デ申シタノデアリマスガ、
村中ハ私ノ申シタ事ヲ、村中自身ノ頭デ翻譯シテ申上ゲタモノト思ヒマス。
私ノ致シタ事ハ、事前ニハ傍観的態度ト云フヨリモ、寧ロ聞流シテ居タ程度デアリマシタガ、
愈々蹶起シタノデ大變ナ事ニナルダラウ、助ケタイガ助ケル方法ハナイト思ツテ居ル内、
大臣告示ハ出ル、軍事參議官ハ認メテクレルト云フ風ニ豫想外ニ好轉シタノデ、
軍ノ上層部ニ於テハ、何等カノ事ヲ決行シテクレルノデアラウカラ、
彼等ハ一身モ其ノ進退モ、萬事上層部ノ人達ニ任スニ限ル、
親ノ懐ロニ入ルベキダ、
サウスレバ間違ヒナイト云フ氣持ニナリマシタノデ、
眞崎ヲ持出シタノデアリマシテ、之ハ自然ノ成行デアリマス。」
〇 池田 ・有賀の供述について
「 池田ハ私ニ金ヲクレタ事ニ附彼是申シテ居リマスガ、
森恪ハ三井出身デアリマシテ、私ニ時々一万圓、二万圓ト渡シテクレ、
又金ノ無イ時ニハ三千圓、五千圓ト云フ風ニクレテ居リ、
常ニ私ノ要求額以上ニクレテ居タノデアリマスガ、
池田ハ此前カラノ事情ヲ知ラヌ爲ニ左様申スモノト思ヒマス。
( 中略 )
私ハ池田ノ言フ通リ金ハ貰ヒマシタガ、
金ヲ出ス譯ニ附池田ハ私ヲ惡者ニシテ居リマスガ、
夫レハ多分今回ノ事件ニ関連シテ私ニ資金ヲ提供シタ様ニ思ハレハシナイカト慄ヒ上リ、
北ガ恐ロシクテ金ヲ出シタト思ハレ様ト考ヘテ申立テタノダラウト思ヒマス。」
〇 被告人村中の供述について
( 二月二十八日正午頃
『 やった以上は徹底的に頑張らなければならない 』
という趣旨の電話が北からあった旨の村中の供述に対して )
「 私ハ眞崎一任デ進ムデ行ケバ時局ノ収拾ハ出來ルモノト信ジテ居リマシタノデ、其ノ様ナ事ヲ申ス筈ハアリマセヌ。」
また村中は、私が
「 『 苟モヤル以上ハ飽迄ヤラナクテハイカヌ 』 ト申シタ様ニ言ツテ居リマスガ 」
私は
「 『 君等ノ思フ存分ニシタラ宜カラウ 』 ト申シタノデ、之ハ勝手ニヤレトノ意味デ、
『 飽迄ヤラナクテハイカヌ 』 トカ、『 最後ノ一兵ニナル迄戰ヘ 』 ナドト若イ者ノ使フ様ナ言葉ハ出シマセヌ。」
「 村中ハ、常カラ自分ノ考、気持ト人ノ話トヲ混淆こんこうスル癖ノアル男デ、
今度ノ事件ニ附テモ、自分ガ言ツタリ考ヘタ事ト私等ノ話シタ事トヲ一緒ニシテ、
宛モ私等ガ言ツタカノ様ニ申立テテ居ル所ガ大分アル様デアリマス。」
〇 被告人栗原の供述について
「 私ハ、栗原ハ諸所ノ浪人者ニ渡リヲツケテ居ル危險分子ト聞イテ居リマシタシ、
最近一、二年間私方ニ來タ事モアリマセヌノデ、
私ハ同人ニ對シ 『 自信ガアルナラヤレ 』 ナドト話シタ事ハアリマセヌ。」
(三) 西田の意見陳述 (抄録 )
〇 被告人村中の供述について
「 村中ハ、大體ノ計畫ヲ私ニ打明ケタノハ二月中旬頃ノ様ニ申シテ居リマスガ、
夫レハ二月二十日頃ヨリ後デアツテ、同人ガ北ニ話シタノモ恐ラク其ノ以後ノ事ダラウト思ヒマス。
龜川ト村中の金ノ授受ノ點ニ附テハ、私ハ村中ガ僞リヲ云フモノトハ思ヒマセヌガ、
當時同人ハ怱忙そうぼうノ身デアリ、
私ノ方ガヨリ落ツイテ居リマシタカラ、私ノ記憶ガ正シイモノト思ヒマス。
村中ガ財閥カラ献金サセル様ナ事ヲ言ツタノデ、私ハ困ツタ事ダト思ツテ居タ時、
龜川ガ村中ヲ元ノ座ニ戻シタノデアリマス。
( 中略 )
私ハ、帝國ホテルニ於ケル満井、龜川、村中等ノ話ヲ知ラナカツタノデ、
村中ヨリ磯部等ノ強硬派ガ幕僚ヲ襲撃シヤウトシテ居ルトノコトヲ聞キ、
驚イテ北ノ御經ノ靈感ヲ傳ヘタノデアリマス。
眞崎一任ト云フ事ニ附後刻問合セノ電話ガアツタカモ知レマセヌガ、
其ノ電話ガアツタトシテモ、行動ヲ一任スルノカ、時局収拾ヲ一任スルノカト尋ネラレタ様ニ思ヒマセヌ。
私ハ、詳シク聞キタイト云フ様ニ思ハレマシタノデ、
靈感ノ解釋ナラバ北ガ宜カララウト思ツテ、北ニ代ツテ貰ッタノデアリマシテ、
北ハ時局収拾ト靈感トヲ結附ケ、非常ニ親切ニ話ヲシテ遣つて居ラレマシタ。」
１２ 第一一回公判調書 ( 昭和１１年１０月２０日 )
前回に引き続き書証 ( 証拠物たる書面を含む )の取調べと、それに対する被告人らの意見陳述が行われ、
事実及び証拠の取調べをすべて終了した。
ここでは、北 ・西田関係の証拠と北の意見陳述の一部を紹介するに止める。
(一) 書証の取調べ
北・西田に対して取調べられた証拠書類及び証拠物たる書面は、次のとおりである。
〇 薩摩雄次の反乱幇助被告事件について、司法警察官の同被告人に対する第二回聴取書
〇 久原房之助の反乱被告事件について、陸軍司法警察官の同被告人に対する第二回及び第三回聴取書
〇 菅波三郎の反乱予備被告事件につき押収された、昭和一一年押第三号の一〇中、西田の菅波宛封書 ( 一月八日発信 )
〇 昭和一一年第六四五号ノ一ないし六 ( 西田が逃避行の間に書き、赤沢良一に投函を託していた姉弟、知人等宛の書簡 )
〇 昭和一一年押第一二号ノ一 ( 霊感を記した日記 )
〇 同号ノ二 ( 『 日本改造法案大綱 』 の普通版 )
〇 同号ノ三 ( 北の電話番号抜粋帳 )
〇 同号ノ四 ( 北の名簿 )
〇 同号ノ五 ( 『 日本改造法案大綱 』 の縮刷版 )
(二) 北の意見陳述 ( 抄録 )
〇 久原の供述について
「 私ガ久原ヲ知ツタノハ森恪ノ紹介デナク、久原ト最モ仲ノ惡イ三土忠造ノ紹介デアリマス。
久原ハ森恪ノ後ヲ承ケテ政友會ノ幹事長トナツタノデ、
其ノ後私ハ久原ヨリ一年ニ千圓カニ千圓位貰ツタ事ガアリマスガ、
一昨年及昨年ハ五百圓位シカ貰ツテ居リマセヌ。
然シ、其ノ金ハ私ガ情報ヲ渡シタ報酬トシテ受ケタノデナク、
私ハ彼ニ情報ヲ渡ス様ナ卑下シタ事ハ致シマセヌ。
而シテ久原ガ金ヲ渡シテクレル時ニハ、表ニ小松内府殿、裏ニ淨海ト書越スノガ常デアリマス。
私ハ、久原ノ言フガ如ク、二月二十四、五日頃 『 近ク何カ事件ガ起リマス 』 ト電話シタリ、
同月二十七、八日頃 『 私ガ豫言シタ様ニナツタデセウ 』 ト電話通知シタ様ナ事ハ絶對ニアリマセヌ。
元來久原ハ人物ガ小サク、出鱈目ノ男デアリマスカラ、
私ヲ五百圓程度ノ人物ト見テ斯様ニ申スノカト思ヒマス。」
〇 昭和一一年押第一二号ノ一について
「 私ノ信仰ニ依ル靈感ヲ集メタモノデ、
二月二十一日 『 山岡鐡太郎物申ス ( 中略 ) 』 トアルノハ、
兵馬大權干犯ト云フ様ナ事ハ、月日ガ經ツテ見ナケレバ判ラナイ、
色々ノ事ヲ言ツテモ、夫レハ皆末節ダトノ意味ニ解シマシタ。
二月二十四日 『 大内山ニ光射ス ( 中略 ) 』 トアルハ、益々宮中ガ榮ヘマツルト思ヒマシタ。
此の靈感ノアツタ時、村中ガ居タト思ヒマス。
二月二十六日 『 革命軍正義軍ノ文字 ( 中略 ) 』 トアルノハ、妻ニ現レタモノデアツテ、
私ハ今回蹶起シタ部隊ハ正義軍ナル事ヲ示サレタモノダト思ヒマシタ。
二月二十七日 『 人無シ、勇將眞崎在リ ( 中略 ) 』 トアルノハ、當日午前九時カ十時頃御告ゲガアツタノデ、
夫レニハ何モ内閣云々ノ事ハ無イノデアリマスガ、雑音ガ入ツタ爲私ガ判斷ヲ誤ツタノデアリマス。
眞崎ノ言フ通リニシロ、即撤退セヨト言ハルレバ撤退スベシトノ意味デアツタ事ハ、後ニ思ヒ當リマシタ。
二月二十八日 『 只有難サニ嗚咽涕泣 ( 中略 ) 』 ト出マシタノデ、當時ハ非常ニ有難ク感ジマシタ。
又 同日現レタ 『 義軍、勝ツテ兜ノ緒ヲシメヨ 』 ハ、蹶起軍ガ調子ニ乘ツテ演説ナドスルノヲ戒メル意味ニ解シマシタガ、
『 義軍先發大菩薩 ( 中略 ) 』 及 『 大海ノ波打ツ如シ 』 トアルノハ、今ニ其ノ意味ガ解リマセヌ。」
(三) 証拠調べの終了告知
「 法務官ハ各被告人ニ對シ、
其ノ利益ト爲ルベキ證據アラバ呈出シ得ベキ旨ヲ告ゲタル処、
各被告人ハ、孰レモ何等無キ旨ヲ陳ベタリ。
法務官ハ、事實及証據ノ取調ヲ終ル旨ヲ告ゲタリ。」
獨協法学第３８号 ( １９９４年 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 (一)
松本一郎
一 はじめに
二 二 ・二六事件と北 ・西田の検挙
三 捜査の概要
１ 捜査経過の一覧
２ 身柄拘束状況
３ 憲兵の送致事実
４ 予審請求事実 ・公訴事実
四 北の起訴前の供述
１ はじめに
２ 検察官聴取書
３ 警察官聴取書
４ 予審訊問調書 ( 以上三八号 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獨協法学第３９号 ( １９９４ )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 二 )
松本一郎
五 西田の起訴前の供述
１ はじめに
２ 警察官聴取書
３ 予審訊問調書
４ 西田の手記( 以上３９号 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獨協法学第４０号 ( １９９５年３月 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 三 )
六 公判状況
はじめに
第一回公判 ( 昭和11年10月1日 )
第二回公判 ( 昭和11年10月2日 )
第三回公判 ( 昭和11年10月3日 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獨協法学第４１号 ( １９９５年９月 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 四 ・完 )
第四回公判 ( 昭和11年10月5日 )
第五回公判 ( 昭和11年10月6日 )
第六回公判 ( 昭和11年10月7日 )
第七回公判 ( 昭和11年10月8日 )
第八回公判 ( 昭和11年10月9日 )
第九回公判 ( 昭和11年10月15日 )
第一〇回公判 ( 昭和11年10月19日 )
第一一回公判 ( 昭和11年10月20日 )
第一二回公判 ( 昭和11年10月22日 )
第一三回公判 ( 昭和12年8月13日 )
第一四回公判 ( 昭和12年8月14日 )
七 判決
八 むすび ( 以上本号 )
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１３ 第一二回公判 ( 昭和１１年１０月２２日 )
この日、検察官の意見陳述、いわゆる論告がおこなわれ、各被告人の最終陳述があって結審した。
もっとも、後にみるように、翌年になって弁論が再開されることになる。
(一) 検察官の意見
論告は、次のように構成されている。
諸言
第一、事實論
總論 北輝次郎、西田税等ノ思想、即チ、日本改造法案大綱ノ思想ト今次叛亂事件ヘノ發展過程
〔 イ 〕 犯罪事實
第一 被告人北輝次郎ニ對スル犯罪事實
第二 被告人西田税ニ對スル犯罪事實
第三 被告人龜川哲也ニ對スル犯罪事實
〔 ロ 〕 各被告人ニ對スル犯罪事實ノ證明
第一 被告人北輝次郎ニ對スル犯罪事實ノ證明
第二 被告人西田税ニ對スル犯罪事實ノ證明
第三 被告人龜川哲也ニ對スル犯罪事實ノ證明
第二、法律論
第三、情狀論
一、各被告人ノ經歴
二、今次反亂事件ノ重大性
三、國權國法ノ無視
四、抗命違勅
求刑
以下、要約しながら紹介する。
諸言
「 本件事案ハ、昭和十一年二月二十六日未明、近衛師團及第一師團等ニ屬スル一部將兵ガ、
民間ノ矯激分子ト共ニ大擧シテ反亂ヲ決行シ、重臣大官ヲ襲撃、暗殺シテ帝都ノ要処を占據シ、
兵威ヲ擁シテ陸軍上層部ニ昭和維新ノ斷行ヲ要請スル等、皇軍空前ノ不祥事ヲ惹起シ、
輦穀れんこくノ下ニ戒嚴令ノ一部ヲ施行セラルルノ止ムナキニ至リタル反亂事件ノ素因ヲ爲シタルモノニシテ、
實ニ一部青年將校ヲシテ大義名分ヲ誤リ、光輝アル皇軍史上ニ拭フベカラザル汚辱ヲ貽スニ至ラシメ、
畏クモ宸襟ヲ悩まし奉リタルハ、眞ニ昭和聖代ニ於ケル絶大ノ痛恨事ナリトス。」
( 後略 )
第一、事實論
總論
「 ( 前略 )
昭和十年十二月、第一師團満洲派遣ノ報傳ハルヤ、村中孝次、磯部淺一、栗原安秀、香田清貞、澁川善助等ハ、
第一師團將士ノ渡満前ニ事ヲ擧グルノ要アリト爲シ、其ノ準備ニ着手シ、
相澤事件ノ公判ヲ利用シテ統帥權干犯問題、 元老、重臣、官僚、軍閥、財閥、政党等所謂特權階級ノ腐敗事情、
相澤中佐ノ蹶起精神等ヲ宣傳シ、以テ社會ノ注目ヲ集メ、且同志ノ決意ヲ促スト共ニ、
彼等ノ敬仰セル陸軍ノ高級將校ヲ訪問シ、青年將校ノ動嚮ヲ報告シ、私カニ其ノ意嚮ヲ打診セル結果ヲ總合判斷シ、
以テ昭和維新推進ノ可能性アルモノト看取シ、愈々決行意思ヲ固メ、爾來各処ニ於テ同志ノ會合ヲ重ネ、
近ク決行スルコトヲ定メ、且ノガ實行ニ關スル諸般ノ計劃及準備ヲ畫策シツツアリタリ。
而シテ北輝次郎及西田税ハ之ヲ聞知シ、時機尚熟セザルノ感ナキニアラザリシモ、
其ノ擧兵ノ決意頗ル鞏固ニシテ最早到底之ヲ抑止難キヲ思ヒ、北輝次郎ハ西田税ト相謀リ、
一擧ニ國家革新ノ目的ヲ達成セムコトヲ決意スメニ至レリ。」
〔 イ 〕 犯罪事實
香田らが昭和維新斷行の実施計畫を進めつつあるのを
昭和一一年二月初旬から同月二五日頃までに村中、磯部、安藤、栗原らから聞知し、
「 最早到底從來ノ如ク之ヲ抑止シ難キヲ想ヒ、北輝次郎及西田税ハ相謀リ、
一擧ニ蹶起青年將校ト國家革新ノ目的ヲ達成セムガ爲、從來彼等ヲ同志トスル主宰的地位ニ基キ、
蹶起ノ前後ニ亘リ蹶起部隊ノ指導監督ニ當ルコトトシタリ。」
第一、被告人北輝次郎ニ對スル犯罪事實
一、二月二〇日前後頃村中が來訪し、
「 兵馬大權ノ干犯者ヲ討チ、君即ノ奸ヲ除キ、以テ御稜威ヲ現サム方針ナルガ如何ト
襲撃目標ノ範囲ニ附指示ヲ求メラレルヤ、其ノ範囲内ニ於テ決行スベキコトヲ指示シ 」、
二、同月二三日頃西田 村中から襲撃目標等の報告等を受けた際、
既に決定した襲撃目標については干渉しないが、
「 未ダ決定セザル一木喜徳郎、後藤文夫、伊澤多喜男、池田成彬、満井 ・三菱ノ当主等ノ襲撃ハ之ヲ中止シ、
常ニ言フ通リ殺害ハ最小限度ニ止ムル方針ニテ進ムベシト指示シ 」、
三、同月二四日村中から、一定場所を占據し、上部工作をすることは、
わが國體上問題はないかとの質問を受けた際、
「 大詔渙發ヲ強要シ奉ルガ如キハ國體観念上許サレザルモ、
然ラザル範囲内ニ於テ上部工作ヲ爲スコトハ差支ナシ、
上部工作ヲ爲ス以上ハ、一歩モ退カヌ覺悟ニテ徹底的ニ目的貫徹ヲ計ルベシト指示シ 」、
且 「 大内山ニ光射ス、暗雲無シ 」 トノ靈告ガアッタナドト告ゲテ 「 同人等ノ蹶起ヲ激励シ 」、
四、同月二十六日西田カラ香田ラガ陸軍上層部ニ對シテ柳川内閣を要望シタ事ヲ聞クヤ、
「 時局収拾ハ一日一刻ヲ爭フ際彼等等ニ不利ナレヲ虞レ、之ガ善後処置ヲ如何ニスベキカヲ苦慮シ 」、
同月二十七日朝 「 人無シ、勇將眞﨑アリ云々 」 という靈示があらわれたとして、
これを西田と共に村中らに傳達し、
「 全員一致ノ意見トシテ上奏実現ヲ期スル様指示シ 」、
「 現在ノ占據ヲ持續スベク激励シ、且、互ニ今後ノ對策ヲ協議シ 」、
時局収拾につき薩摩雄次をして海軍大將加藤寛治に對して運動をさせ、
栗原に對して 「 飽迄モ目的貫徹セヨト激励シ 」、
五、同月二十八日蹶起將校らが自殺スルトノコトヲ聞クト、
「極力自重ヲ勧告シ、自決ヲ阻止シ」、
「 村中ヨリ、奉勅命令ニ依リ我々ヲ討伐スルトノコトナルモ
其ノ眞偽不明ナリトノ電話ニ對シ、
被告人ハ、自決ハ最後ノ問題ナリ、奉勅命令ハ脅カシナラム、
一度蹶起シタル以上、其ノ目的貫徹ノ爲ニ徹底的ニ上部工作ヲ爲スベシ、
尚君等死セバ我々ハ晏如トシテ生キテ居ラレザルヲ以テ、
勅命ニ抗シテモ行動スベク激励、指導シ 」、
「 以テ昭和十一年二月二十六日ニ於ケル反亂事件ニ附、
香田清貞、安藤輝三、栗原安秀等ト共ニ反亂ノ主導者トシテ行動シタルモノナリ。」
第二、西田税ニ對スル犯罪事實
一、二月二六、二七日の兩日電話で海軍中將小笠原長生に對して、
「 事態収拾ノ爲助力ヲ懇請シ 」、
二七日薩摩雄次をして海軍大將加藤寛治に對して、
眞崎ニ一任することについて
「 海軍側ノ支援ニ附善処セラレタキ旨ヲ懇請セシメ、
且敦モ之ヲ村中孝次ニ傳ヘテ同人等ノ行動ヲ激励シ 」、
二、同月二六日栗原ニ電話して、「 同人等ヲ激励シ 」、
三、同月二七日、栗原等に電話で 「 眞崎大將ニ一任スベキ旨ヲ告ゲテ上部工作ヲ指導シ 」、
四、同月二八日、電話で栗原らに對して、
「 自決ノ如キハ最後ノ問題ナル旨ヲ指示シ、初志貫徹ノ爲邁進スベク同人等ヲ激励指導シ 」、
「 以テ昭和十一年二月二十六日ニ於ケル反亂事件ニ附、
香田清貞、安藤輝三、栗原安秀等ト共ニ反亂ノ主導者トシテ行動シタルモノナリ。」
第三 龜川哲也ニ對スル犯罪事實
第一、 昭和十一年二月二十五日午後六時頃、
村中等の 「 蹶起スベキヲ知リ、其ノ行動ニ使用ノ爲 」
村中ニ一、五〇〇円、西田に一〇〇円を各交付し、
第二、
一、二月二六日午前四時頃眞崎に対して蹶起将校等への援助を懇請し、
二、前日午前六時過ぎ西園寺邸に赴こうとする鵜澤に対して、西園寺に
「 事態収拾ニハ軍部内閣ニアラザレハ不可能ナルヲ以テ、此旨同侯爵ニ具申方ヲ依頼シ 」、
三、同日再度にわたり山本海軍大将に対して、「 大命降下ノ場合ハ急速組閣シ、時局ノ収拾ヲ図ラレ度キ旨 」 進言し、
四、二月二七日午前三時頃帝国ホテルに於いて村中が撤退を拒み、
かえって 「 蹶起部隊ヲ戒嚴部隊ニ編入シ、原位置ヲ整備スル様取計ハレタシト要望 」 するや、
「 其ノ實現ニ努力スル旨約シ 」、
五、同日午前八時頃西田と、同日午後八時頃村中、北、西田と 「 情勢ヲ語リ、眞崎内閣實現等ヲ協議シ 」、
「 以テ反亂者村中孝次、香田清貞、栗原、安藤等ヲ利スル爲軍事上ノ利益を与ヘタルモノナリ。」
〔 ロ 〕 各被告人ニ對スル犯罪事實ノ證明
( 省略 )
第二、法律論
「 被告人北輝次郎及西田税ガ數年來相諮はかリテ今次反亂ノ首脳部將校等ヲ指導シ、
北輝次郎ノ著述タル日本改造法案大綱ヲ以テ國家改造ノ指導原理ナリト信奉セシメ、
現在ノ資本主義國家崩壊ノ時機ヲ以テ改造ヲ期スベシト爲シ、
該法案ノ趣旨ニ則リ國家革新ヲ企圖シ、
青年將校ガ今次相團結シ、檀ニ兵力ヲ僣用シテ 重臣、大官其ノ他ノ者ヲ殺傷シ、
且官衙ヲ襲ヒテ國權ニ反抗スルヤ、其ノ同志タル青年將校ガ蹶起スル以上、
此際一擧ニ國家革新ノ目的ヲ達成セムコトヲ決意シテ之ニ加ハリ、
同志トシテノ從來ノ主宰的地位ニ於テ、主トシテ政治工作ニ任ズルト共ニ、
外部情勢ヲ探リテ反亂首脳部ト聯絡謀議シ、
部隊ニ士気ヲ鼓舞激励シツツ機宜ノ指令ヲ与ヘタルハ、
敦レモ反亂首脳者トシテ香田清貞、安藤輝三、栗原安秀等ト共ニ行動シタルモノニシテ、
各陸軍刑法第二十五條第一號ニ該當ス。
被告人龜川哲也ガ今次反亂事件ノ前後ニ亘リ、陸軍歩兵大尉山口一太郎、西田税等ト相謀リ、
村中孝次ニ蹶起資金ヲ供与シ、且ツ反亂者村中孝次、香田清貞、栗原安秀等ノ反亂ノ目的ヲ達成セシムルガ爲、
各種政治工作ヲ爲シ、軍事上ノ利益ヲ与ヘタル所爲ハ、
陸軍刑法第三十條、第二十九條ニ該當ス。
被告人北輝次郎、西田税、龜川哲也ハ軍人ニアラザルモ、現役軍人ト共ニ本犯ヲ犯シタルモノナルヲ以テ、
刑法第六十五條第一項、第六十條ニ則リ、本條ノ適用ヲ免レザルモノトス。」
第三、情状論
一、各被告人ノ經歴
被告人北輝次郎ノ經歴
被告人北輝次郎ハ佐渡島ニ生レ、同地中學ヲ病気ノ爲半途退學シテ上京シ、
獨學ヲ以テ二十四歳ノ頃 「 國體論及純正社會主義 」 ト題スル著述ヲ出版シタルガ、
之ガ機縁ト爲リ支那亡命客孫逸仙、黄興、宋敎仁、張繼 等ニ知ラレ、
同人等ノ支那革命党秘密結社ニ加入シ、
二十九歳ノ秋支那革命勃發ノ際渡支シ、
上海、武昌、南京ノ各地ニ於テ革命達成ノ爲畫策、努力シ居タルガ、
三十一歳ノ時帝國領事ヨリ三年間支那在留禁止ノ處分ヲ受ケテ歸國シ、
大正五年頃 「 革命ノ支那及日本ノ外交革命 」 ヲ著述シテ朝野ノ人々ニ頒布シ、
而シテ同年夏再ビ支那ニ渡リ第三革命ニ參加シ、
大正八年頃上海ニ於テ 「 國家改造法案原理大綱 」 ヲ執筆シ、
之ヲ起訴トシテ日本國家ノ改造ヲ行ハムコトヲ渡支中ノ大川周明ト相謀リ、
大正九年一月歸国シ、大川周明、満川亀太郎ト共ニ猶存社ニヨリ、
該改造理論ヲ國内ニ普及ヲ計リタルモ、後同人等ト關係ヲ斷チ、
大正十五年頃 「 日本改造法案大綱 」 ノ版権ハ之ヲ被告人西田税二附与シ、
同人ト堅ク相結ビテ日本改造法案大綱ヲ基調トスル國家革新思想ヲ青年將校ニ宣傳普及ニ努メツツ、
名ヲ靈告に籍リ、國事ヲ豫言、判斷シテ青年將校ヲ指導シ、
又青年將校ノ動嚮及軍部ニ關スル情報ヲ政党ノ領袖及財閥ニ提供シ、
以テ多額ノ生活資金ヲ獲得シ居レタルモノナリ。
被告人西田税ノ経歴
被告人西田税ハ、大正四年九月広島幼年學校ニ入學シ、
爾来陸軍中央幼年學校、陸軍士官學校等陸軍將校生徒ノ過程ヲ卆ヘ、
大正十一年十月陸軍騎兵少尉ニ任ゼラレ、
同十四年六月依願豫備役仰附ケラレ、
大正十五年北海道御料林拂下問題ニ關シ、暴力行爲等處罰ニ關スル件法律違反罪ニ問ハレ、
昭和五年十月三十日上告棄却、懲役五月ノ判決確定シ、失官シタルガ、
陸軍中央幼年學校在學中ヨリ満蒙問題、大アジア主義問題ニ關心ヲ有シ、
陸軍士官學校在校中日本改造法案大綱ノ原稿ヲ借覧シテ深ク其ノ処説ニ共鳴シ、
北輝次郎及満川亀太郎ヨリ種々思想的ニ指導セラレ、國家改造ノ必要ヲ痛感スルニ至リ、
大正十四年六月軍職ヲ退キ上京シ、大川周明、満川亀太郎、安岡正篤等ノ行地社ニ入リ、
機関誌 「 日本 」 ノ編輯ニ當リ、
一方大川周明ト共ニ
日本改造法案大綱ヲ指導原理トスル國家改造思想ヲ青年將校ニ對シ普及、擴大ニ從事シタルガ、
意見ノ相違ヲ來シ同社ヲ脱退シ、
大正十五年四月自己ノ名義ヲ以テ日本改造法案大綱ヲ出版シ、
同時頃星光同盟ナル在郷軍人ノ勞働者無料宿泊所ヲ經營シ、勞働運動ニ進出シタルモ、
前記被告事件ノ爲中絶シ、昭和二年二月愛國運動ノ必要ヲ感ジ、士林莊ヲ結成シ、
同年七月藤井齊ト共ニ天劔党規約ヲ印刷配布シタルモ結社ハ成立セズ、
此頃ヨリ政治運動ニ關心ヲ持チ、昭和四年日本主義ニ立脚セル大衆政党ノ組織ノ必要ヲ認メ、
同年秋中谷武世、津久井龍雄ト謀リ、各自合同ヲ目的トシテ被告人ハ日本國民党ヲ結成シ、
其ノ統制委員長ト爲リシモ、党紀紊亂ノ責ヲ負ヒ同党ヲ脱退シ、
同六年ノ十月事件ニハ海軍ノ藤井齊、陸軍ノ菅波三郎、野田又男、末松太平等
陸海軍部隊側ヲ代表シテ幹部橋本欣五郎トノ聯絡、折衝ノ任ニ當リ、
同七年ノ五 ・一五事件ノ際ハ裏切者トシテ狙撃セラレタリ。
十月事件後ハ、青年將校ニ對シ日本改造法案大綱ヲ基調トスル國家革新ノ理論方針ヲ、
時ニ臨ミ觸レ交リ接シテ、或ハ説キ 或ハ答ヘ、時ニハ文書ニシテ普及ニ努メ、
殊ニ菅波三郎、大岸頼好、大蔵榮一、安藤輝三、香田清貞、村中孝次、磯部淺一、栗原安秀
等一部青年將校ト気脉ヲ通ジ、革新氣運ノ醸成ヲ圖リ、
昭和八年秋頃ヨリ同九年春ニ亘リ、
青年將校ニ國家改造ニ於ケル將校及軍隊ノ使用心得ニ附テ研究作業ヲ勧告シテ之ヲ指導シ、
又同八月頃ヨリ北輝次郎及被告人ノ啓蒙誘掖スル村中孝次、磯部淺一、香田清貞、安藤輝三、栗原安秀等ガ
武力ニ依ル非常手段ヲ以テ互ニ團結シ、
埼玉挺身隊事件、昭和九年齋藤内閣辞職戰車隊襲撃計畫其ノ他數次襲撃等ヲ實行セムトスルヤ、
被告人ハ事ノ大成ヲ期スル爲、彼等青年將校ノ急進的輕擧ヲ抑制シツツ時期ノ熟スルヲ待テリ。
其ノ後十一月事件、眞崎敎育總監更迭問題、相澤中佐事件ヲ取上ゲ、
之ヲ統帥權干犯、國體明徴問題ニ織交ゼ、同志ノ青年將校ト気脉ヲ通ジテ、
今事件ノ誘發ニ努メタルモノナリ。
被告人龜川哲也ノ經歴
被告人龜川哲也ハ、沖縄県立第一中學校卒業後臺灣総督府専売局、会計檢査院、逓信局等ニ在職シ、
其ノ間財政及經濟問題ヲ研究シ、退職後ハ財政經濟ニ關スル意見ヲ政党ノ領袖ニ提供シ居タルガ、
満洲問題勃發以來政党ノ凋落スルヤ軍首脳部ニ接近シ、種々策動シ、
又昭和七年以來軍部方面ノ情報ヲ偵知シ、
之ヲ提供シ久原房之助ヨリ盆暮ニ活動資金ヲ受ケ居タルモノナル処
( 中略 )
被告人ハ同月二十六日午前四時頃ヨリ數日ニ亘リ、
不眠不休反亂者ノ目的達成ノ爲ニ各種政治工作ニ努力シ居タルモノナリ。
被告人龜川哲也ハ從來ノ行動及今次事件中ニ於ケル行動ヲ見ルニ、
性陰險ニシテ奸智ニ富ミ、自己ノ營利ノ爲ニハ手段ヲ選バズ、情誼人道ヲ顧ミザルノ徒ナリ。
二、今次反亂ノ重大性
「 本反亂事件ハ、被告人北輝次郎、西田税等ノ啓發ニ因リ
矯激ナル一部青年將校ガ我國體ト絶對相容ザル日本改造法案大綱ノ趣旨ニ則リ、
民主革命ヲ企圖セル民間同志ト結ビ、下士官 ・兵ヲ煽動シ、遂ニ統帥大權ヲ犯シ、
壇ニ兵力を僭用シテ多數ノ重臣大官ヲ殺傷シ、
帝都樞要ノ官庁ヲ占據シテ國權ニ反抗シ、
帝都ニ戒嚴令ノ一部ヲ施行スルノ已ムナキニ至ラシメ、
以テ内國務ノ遂行ヲ傷ケ、外著シク國威ヲ失墜スル等、皇國空前ノ一大不祥事ヲ現出シ、
( 中略 )
皇軍ノ威信ヲ傷ケ、且統帥ヲ破リ、軍紀ヲ紊リ、國民ノ信頼ニ背キタル、
軍事的ニモ極メテ重大ナル事犯ナリ。」
( 後略 )
三、國權國法ノ無視
( 省略 )
四、抗命違勅
「 今次反亂將校ハ、被告人等ノ示唆ニ依リ皇軍ヲ濫用シ、統帥權ヲ干犯シ、
反亂行動ニ出デタルノミナラズ、上長ノ歸隊又ハ移動ノ命令ニ對シ翻意歸順ヲ表明シナガラ、
再三前言ヲ翻シテ不信行爲ヲ敢テシ、奉勅命令スラ言ヲ挟ミテ遵奉セズ、
之レ至尊兵馬ノ大權ヲ干犯シ、軍規軍秩ヲ破リタルモノニシテ、許スベカラザル大罪ナリ。」
求刑
「 前述ノ如ク今次反亂事件ハ極メテ重大ニシテ、之ガ糾彈ニ附テハ最モ愼重ナラザルベカラズ。
反亂青年將校中其ノ動機ニ於テ憂國ノ至情ニ出デタルモノナキニアラズト雖、
其ノ手段方法、行動、結果竝被害者ノ地位身分等、敦レノ方面ヨリ観ルモ同情スベキ點ナキヲ以テ、
之ニ參加シ、若クハ軍事上ノ利益ヲ与ヘタル被告人等ニ對シテハ、
本事件ヲ絶後ノ不祥事タラシムル爲厳罰ヲ以テ臨マザルベカラズ。
故ニ覺被告人ニ對シ、次ノ如ク求刑ス。
北輝次郎
西田税
以上、各死刑
龜川哲也
右、禁錮十五年 」
(二) 北の最終陳述
法務官ハ各被告人ニ對シ、最終ニ陳述スベキコトアリヤ否ヲ問ヒタル処、
被告人北輝次郎ハ左ノ通陳述シタリ。
「 誠ニ御道理アル御論告ト思ヒマス。
判決デハ酌量減刑シテ、死刑ヲ免ジテ頂キタイトハ思ヒマセヌ。
以前ヨリ事實さへ明カニナレバ結構デ、死ヲ賜リ度イト念願シテ居リ、
又既ニ亡クナッタ蹶起將校等ニ對シテモ誠ニ申譯ナイト思ツテ居リマスノデ、
只今ノ御論告ハ神様ノ御情ムデアルト感謝シテ居リマス。
私ハ國憲ヲ輕ンジ、國法ヲ紊ス様ナ不逞思想ハ持ツテ居ラズ、
又今迄ノ經歴、行動ニ於テモ、其ノ様ナ間違ツタコトハシテ居ラヌト確信致シマス。
日本改造法案大綱ニシテモ、記述方法ニ附多少ノ欠點ハアリマセウトモ、
決シテ國體破壊ト云フ様ナ不埒極マルモノデシアリマセヌ。
誰モ彼モ等シク國際聯盟ニ縋すがツテ居ルトキ、アジア主義ヲ強調シ、之ヲ世界ニ宣布シ、
日本ノ天皇陛下ガ之ヲ牛耳ルベキデアルコトヲ述ベ、
又日本ハアメリカ式大喇叭ヲ吹ク者ハアッテモ、日本精神ヲ叫ブ者ナク、
外交ニ於テモ數年間殆ド孤立ノ状態ニ在ル時、私ハ第二ノ世界大戰ノ準備ヲセヨト絶叫シ、
日本改造法案大綱ノ思想信念ニ基キテ言動ヲシテ居タノデ、
其ノ間ニ世人ハ眼ヲ醒シ、日本精神ニ附考ヘ出ス様ニナツタノデアリマス。
日本改造法案大綱ガアツタ爲ニ、
國家ノ改造ハ天皇ノ御力ニ依ツテノミ出來ルモノデアルト云フ観念ガ植附ケタノデアリマス。
此道理アル努力ヲ考ヘテ頂キ度イト思ヒマス。
日本精神勃興シ、満洲事變起リ、國際聯盟ヲ脱退シ、國家意識ニ燃ユルトキ、
明治維新ノ研究熱が旺盛ニナリ、書物ト云ハズ活動ト云ハズ維新、維新ノ流行ト爲リ、
茲ニ國家ノ改造ヲ明治維新ニ則ツテ遂行シヤウト云フ空氣トナリ、
斬合ヒ暗殺ヲ想起シ、軍隊ヲ動カスコトヲ考ヘルニ至ルノハ當然ノ歸結デアツテ、
私ガ國家ヲ改造スルノハ經濟問題ダト幾ラ申聞ケテモ耳ニ籍ス者ナク、
三月事件、十月事件、五 ・一五事件等相次デ起リ、遂ニ今回ノ如キ大事件ガ起ルニ至ル、
亦自然ノ力ニシテ、如何トモスルコトノ出來ナイ致方ノ無カツタ次第デ、
決シテ日本改造法案大綱其ノモノガ不穏ナルガ爲ニ起ツタモノダハアリマセヌ。
次ニ、今回ノ事件ト私ノ關係ニ附申上ゲマスト、
私ノヤツテ來タノハ決シテ青年將校ノミガ全部デアツタトハ考ヘテ居リマセヌ。
寧ロ軍部ト私ノ關係ハ、稀薄デアリマシタ。
然シ、稀薄デハアリマシタガ、信用ガアリマシタ。
一、二回會ツタニ過ギナイ者モ、既ニ久シク深ク交際シタルト同様ノ間柄ニナルノデアリマス。
今回ノ事件ニ附テハ、私ハ事前ニ西田ヨリ或程度ノ事ヲ聞カサレ、
彼等ノ情ニ絆サレテ從テ行ク事ニナツタノデ、
事件其ノモノノ善惡及自ラノ本心ナルト否ニ關係ナク、
唯一片ノ同情ヨリ彼等ヲ庇護シヤウト思ツテ致シタノデアツテ、
事件ノ計劃ヲ立テタリ、又ハ彼等ヲ叱咤激励シタノデモナク、共犯トハ思つて居リマセヌ。
然シナガラ、彼等蹶起シタ者ヨリ見レバ、
私ノ一言ハ西田ノ十言、百言ヨリモ重イ譯デ、
此點ニ於テ私ガ彼等ニ色々ノ話ヲシテ遣ツタ責任ハ重且大ナリト痛感シテ居リ、
此責任ヲ逃レムトスルモノデハアリマセヌ。
私ハ衷心ヨリ死ヲ賜リ度イト存ジマス。
唯願ハクハ御同情ヲ以テ、私ガ不逞矯激ノ思想ヲ持ツテ居ルト云フコト
及日本改造法案大綱ヲ以テ國體破壊ナリト云フコト
竝今回ノ事件ハ同法案大綱ニ則ツテヤツタコトノ三点ヲ、
判決書ニ表ハシテ頂キ度クナイノデ、特ニ申上ゲテ置キマス。」
(三) 西田の最終陳述
「 私モ結論ハ北ト同様、死ノ宣告ヲ御願ヒ致シマス。
私ノ事件ニ對スル關係ハ、
單ニ蹶起シタ彼等ノ人情ニ引カレ、彼等ヲ助ケルベク行動シタノデアツテ、
或型ニ入レテ彼等ヲ引イタノデモ、指導シタノデモアリマセヌガ、
私等ガ全部ノ責任ヲ負ハネバナラヌノハ時勢デ、致方ナク、之ハ運命デアリマス。
私ハ、世ノ中ハ既ニ動イテ居ルノデ、新シイ時代ニ入ツタモノト観察シテ居リマス。
今後ト雖、起ツテハナラナヌコトガ起ルト思ハレマスノデ、
此度今回ノ事件ハ私等ノ指導方針ト違フ、自分等ノ主義方針ハ斯々デアルト
天下ニ宣明シテ置キ度イト念願シテ居リマシタガ、此特設軍法會議デハ夫レモ叶ヒマセヌ。
若シ今回ノ事件ガ私ノ指導方針ニ合致シテ居ルモノナラバ、
最初ヨリ抑止スル筈ナク、北ト相談ノ上實際指導致シマスガ、
方針ガ異レバコソ之ヲ抑止シタノデアリマシテ、
之ヨリ観テモ私ガ主宰的地位ニ在ツテ行動シタモノデナイコトハ明瞭ダト思ヒマスケレド、
何事モ勢デアリ、勢ノ前ニハ小サイ運命ノ如キ何ノ力モアリマセヌ。
私ハ檢察官ノ 言ハレタ不逞の思想、行動ノ如何ナルモノカ存ジマセヌガ、
蹶起シタ青年將校ハ
去七月十二日君ケ代ヲ合唱シ、
天皇陛下萬歳ヲ三唱シテ死ニ就キマシタ。
私ハ彼等ノ此聲ヲ聞キ、
半身ヲモギ取ラレタ様ニ感ジマシタ。
私ハ彼等ト別ナ途ヲ辿リ度クモナク、
此様ナ苦シイ人生ハ續ケ度クアリマセヌ。
七生報國ト云フ言葉ガアリマスガ、
私ハ再ビ此世ニ生レテ來タイトハ思ヒマセヌ。
顧レバ、實ニ苦シイ一生デアリマシタ。
懲役ニシテ頂イテモ、此身體ガ續キマセヌ。
茲ニ、謹ンデ死刑ノ御論告ヲ御請ケ致シマス。」
(四) 亀川の最終陳述
「 私ハ檢察官ヨリ大變御叱リヲ蒙リマシタガ、御諒解ヲ願ヘナカツタノハ私ノ不徳ノ致ス所ト存ジマス。
然シ、自分ノ書イタ文章デモ程經テ見レバ又氣持ノ違フモノデ、況シテ他人ノシタ事デアリマスカラ、
後日必ズ檢察官ノ御諒解ノ出來ル時期ガ來ルモノト信ジマス。
( 中略 )
私ハ日本人トシテ現世ニ生ヲ享ケテ幾十年、其ノ間微力ナガラ世ノ爲ニ盡シ、
然モ殆ど役人以外ノ血ノ混ラナイ私ガ檢察官ヨリ御叱リヲ受ケタコトハ、非常ニ殘念ニ思ヒマス。
今回ノ事件ニ附テモ、自己ノ野望ヲ遂ゲル目的ヲ以テ種々行動シタ様ニ言ハレマシタガ、
如何ナル野望ヲ遂ゲムトシタカ不明デアリ、又自己ノ營利ノ爲ニハ手段ヲ選バズト言ハレマシタガ、
私ハ身ノ榮進ヲ思ツテ勉強シタコトハアリマセヌ。
或いハ蹶起シタル彼等が成功ノ暁ニハ、私ノ野望ガ取入レラレ、
營利ニ有リツケルト云フ様ニ見ラレタノカモ知レマセヌガ、夫レナラバ彼等ト同思想ヲ持ツテ居ルカ、
又ハ彼等トノ間ニ諒解ガナケレバナラヌ筈デアリマス。
然ルニ事實ハ、却テ彼等ヲ賣ツテ來テ居ルノデアリマス。
最後ニ私ハ、國民トシテ奉公ノ誠ヲ致シタダケデ、其ノ他ニ何事モシテ居ナイトイフ事ヲ申上ゲテ置キマス。」
(五) 結審
「 法務官ハ弁論ヲ終結スル旨ヲ告ゲタリ。
裁判長ハ結審ヲ宣シ、判決言渡期日ハ追テ指定スト告ゲ、閉廷シタリ。」
獨協法学第３８号 ( １９９４年 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 (一)
松本一郎
一 はじめに
二 二 ・二六事件と北 ・西田の検挙
三 捜査の概要
１ 捜査経過の一覧
２ 身柄拘束状況
３ 憲兵の送致事実
４ 予審請求事実 ・公訴事実
四 北の起訴前の供述
１ はじめに
２ 検察官聴取書
３ 警察官聴取書
４ 予審訊問調書 ( 以上三八号 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獨協法学第３９号 ( １９９４ )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 二 )
松本一郎
五 西田の起訴前の供述
１ はじめに
２ 警察官聴取書
３ 予審訊問調書
４ 西田の手記( 以上３９号 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獨協法学第４０号 ( １９９５年３月 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 三 )
六 公判状況
はじめに
第一回公判 ( 昭和11年10月1日 )
第二回公判 ( 昭和11年10月2日 )
第三回公判 ( 昭和11年10月3日 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獨協法学第４１号 ( １９９５年９月 )
研究ノート
二 ・二六事件北 ・西田裁判記録 ( 四 ・完 )
第四回公判 ( 昭和11年10月5日 )
第五回公判 ( 昭和11年10月6日 )
第六回公判 ( 昭和11年10月7日 )
第七回公判 ( 昭和11年10月8日 )
第八回公判 ( 昭和11年10月9日 )
第九回公判 ( 昭和11年10月15日 )
第一〇回公判 ( 昭和11年10月19日 )
第一一回公判 ( 昭和11年10月20日 )
第一二回公判 ( 昭和11年10月22日 )
第一三回公判 ( 昭和12年8月13日 )
第一四回公判 ( 昭和12年8月14日 )
七 判決
八 むすび ( 以上本号 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
１４ 第一三回公判 ( 昭和１２年８月１３日 )
この日、約三〇〇日ぶりに弁論が再開された。
冒頭、裁判長は合議の上弁論を再開するとの決定を宣告した上、
「 公判開廷後引続キ十五日以上開廷セザリシニ依リ 」 弁論を更新する旨告げ、
「 各被告人ハ第一回乃至第九回公判調書記載ノ通供述 」 している。
弁論更新は、陸軍軍法会議法三九七条 ( 旧刑事訴訟法三五三条と同文 ) の定めるところによる。
私は、この公判調書の内容を検討するまでは、
吉田裁判長の手記によって、弁論再会は北 ・西田の刑責につき合議が紛糾したためであろうと推測していた。
しかし、本公判調書によると、新たに取調べられた証拠は亀川 ・西田に対するもののみである。
ということは、すでにこの時点では、北の刑責問題については一応の決着がついていたことを意味する。
新証拠のうちとくに注目されるものは、
本事件の弁論集結後に作成された検察官の磯部淺一 ( 昭和十一年七月二十九日死刑宣告 )、
山口一太郎 ( 昭和十一年七月五日無期禁錮宣告 ) 及び鵜沢聡明 ( 不起訴 ) に対する各聴取書である。
磯部 ・山口の調書は、主として亀川 ・山口の磯部に対する西園寺襲撃中止要請の事実を内容としており、
鵜澤の調書からは、亀川の鵜澤に対する西園寺への働きかけの要請の事実が浮かび上がる。
これらのことから考えると、弁論再会は、亀川につきこれらの事実を認定して、
亀川を 「 反乱罪謀議参与 」 ( 起訴は反乱幇助罪であった ) に問うための証拠調べを目的とするものであったように思われる。
また、西田についての証拠調べは、右と関連して、
西園寺救命運動と西田とのかかわりを糾明するためではなかったであろうか。
これらの点についての詳細な検討は、後日に譲る。
亀川は、証拠調べの後で、
自分は西田から西園寺襲撃のないことを知らされていたので、
事件発生当日鵜澤を西園寺のもとに派遣した旨述べて、西田の憤激を買っている。
亀川のこの主張は、同人のこれまでの供述とは矛盾しており、
一件証拠から西田が西園寺襲撃の中止を事前に知っていたとはかんがえられないが、
事件発生当日の亀川がわざわざ鵜澤を興津にやったことには、なにか裏がありそうである。
今後の課題としたい。
なお、公判調書の記載によって、補充裁判官であった村上中佐が酒井大佐と交替して正規の構成員になったことと、
藤室裁判官が陸軍歩兵大佐に昇進したことを知ることができる。
(一) 亀川に対して取調べられた証拠
〇 検察官の鵜澤聡明に対する第一回ないし第六回聴取書 ( すべて昭和十二年四月以降に作成されている )
〇 検察官ノ熊谷八十三に対する昭和十二年四月八日付聴取書
〇 検察官の山口一太郎に対する昭和十二年三月一二日付聴取書
(二) 西田に対して取調べられた証拠
〇 検察官の磯部淺一に対する昭和十二年二月二一日付、三月二日付、三月一六日付聴取書
〇 検察官の山口一太郎に対する昭和十二年三月一二日付聴取書
〇 昭和一一年押第三六号ノ一三 ( 西田が作成した、眞崎教育総監更迭問題についての 「 軍閥重臣閥ノ大逆不逞 」 と題する文章 )
〇 同年押第三号ノ一三ノ一〇 ( 西田が作成し、頒布した、磯部 ・村中定職問題につき幕僚を非難 ・攻撃する 「 根本方針 」 と題する謄写刷文書 )
〇 同年第二号ノ六 ( 西田が作成した 「 相澤中佐公判対策大綱 」 )
〇 同年押第一号ノ四八三ノ一ないし四 ( 相澤公判対策宣伝のため、西田を編集主任として発行された新聞 「 大眼目 」 一号ないし四号 )
(三) 亀川の陳述 ( 抄録 )
〇 「 私ハ鵜澤ニ對シテ、老公ハ俺ノ力デ助ケルト云フ様ナ法螺ヲ吹イタ事ハアリマセヌ。
只二月二十二日西田トノ間デ何ウモ危イ情勢ニナツテ來タ、
臺灣カラ柳川中將ヲ呼バナケレバト話合ツタ時、
私ハ老公ハ何ウデスカト申シマスト、
西田ハ老公ハ大丈夫ラシイト云ハレマシタノデ、
私ハ鵜澤ニ對シテ老公ハ大丈夫ダラウト云フ様ニ云ツタト思ヒマス。」
〇 「 二十六日午前三時頃澁川ヨリ電話ヲ掛ケテ寄越シ、
遂ニ歩一、歩三ガ蹶起スルラシイガ、西園寺公ハ大丈夫ダト云フ趣旨ノ事ヲ申シマシタ。
私ハ既ニ二十二ニチ西田ヨリ老公ハ大丈夫ダト云ハレ、今亦澁川ヨリ大丈夫ダト云ハレマシタノデ、
本當ニ大丈夫ダラウト思ヒマシタノデ自動車ヲ呼ビ、眞崎大將ヲ訪問シ、色々活動シタノデアリマス。」
(四) 西田の陳述 ( 抄録 )
〇 「 龜川ハ、二十二日私ト會ツタ時ニ、私ガ老公ハ大丈夫ラシイト云ツタト云ヒマスガ、
左様申シタ記憶ハナク、
山口ハ、西園寺襲撃不可説ガ龜川、山口、私ノ三人ノ間デ意見一致シテ居タ様ニ云ヒマスガ、
ソンナ事ハアリマセヌ。
山口ト龜川ハ其ノ意見デアツタラウト思ヒマスガ、私ハ立場ガ違ヒマス。」
〇 「 私ハ不戰條約問題當時ヨリ老公ノ責任ヲ問ヒ來リ、
引續キ其ノ不信任ヲ標榜シ來ツタノデアリマシテ、
世ノ中ガ良クナラヌノハ元老ノ責任ダト確信シテ居リマス。
今回ノ事件ニ附テモ、
何ウシテモ彼等ガ止マラナイ場合ニハ自分モ或程度ノ犠牲ニナラネバナラヌガ、
之迄長年苦勞シテ來タ事モ水泡ニ歸シ、將來ノ目的モ流レテ了フ事ニナリ、
殘念デハアルガ、
夫レデモ西園寺ト牧野ヲ襲撃スルトノ事ガ判ツタカラ、
此二人ガ無クナレバ世ノ中ガ幾分變ツテ來ルデアラウト思ヒ、
私及青年將校ガ何ウナラウトモ世ノ中ガ良クナレバヨイト思ヒ、
十九日、二十日頃迄ハ彼等ノ抑止メテ來タガ、
二十二日ニハモウ何ウシテモイカヌ、ヤルナラ勝手ニシタラヨカラウ、
若イ者ガヤルナラ自分モ引ズラレテ犠牲ニナラウト考ヘ、
青年將校ノ計劃ニ容喙ようかいスル氣持モアリマセヌデシタ。
二十一、二日頃、
山口トノ間デ彼等ノ蹶起ヲ抑止スル方法ハナイダラウカト云フ協議ヲシタ時モ、
元老ヲ助ケル、助ケヌノ話ハ出ナカツタノデアリマス。
斯様ナ次第デアリマシテ、
元々ヤルトスレバ元老ハ第一ニヤルベキダト考ヘテ居タ位デアリマスカラ、
二十二日頃龜川ニ對シ、元老ハ大丈夫ラシイト云フ様ナ事ハ云フ筈ガナイト思ヒマス。」
(五) 亀川の再陳述 ( 抄録 )
〇 「 西田君ハ私ニ對シ、老公ハ襲撃シナイト云フ事ハナイト陳述セラレマシタガ、
私ガ探リヲ入レル積リデ 『 興津ハ何ウナルノカ 』 ト尋ネマシタ処、
西田君ハ確カニ 『 興津ハ大丈夫ノ様デス 』 トカ、『 興津ハヤラナイ積リデアル 』 トカ答ヘラレマシタノデ、
私ハ興津襲撃ハ手ガ廻リ兼ネルノデ中止セラレ、西園寺ノ身邊ハ安全デアルト確信スルニ至ツタノデアリマス。
其処デ、万一青年將校等ガ蹶起シタ場合ニハ、豫テ西園寺公ト懇意ノ關係ニアル鵜澤ヲ興津ニ派遣シ、
建設工作ニ利用スル事ヲ考ヘ出シタノデアリマス。
而シテ二月二十四日朝鵜澤ヲ訪問シ、近々青年將校等ガ蹶起スルラシイコト、
青年將校等ハ蹶起後ノ事態収拾ニ眞崎内閣ヲ希望シアルコト、
青年將校等ガ蹶起シテモ西園寺公ハ大丈夫ナルコト等ヲ話シ、
萬一蹶起ノ節ニハ速ニ興津ニ行キ、右ノ趣旨ヲ進言セラレタイト依頼シテ置イタノデアリマス。」
〇 二十六日午前三時頃聞き覚えのある澁川の声で、歩一と歩三が決起すること
「 興津ハ駄目ニナリマシタ 」 旨の連絡があった。
私はこれで興津襲撃中止の確定を知ったのである。
(六) 弁論集結
「 檢察官ハ事實及法律ノ適用ニ附、第十二回公判調書記載ノ通リ陳述シタリ。
法務官ハ各被告人ニ對シ、最終ニ陳述スベキコトアリヤ否ヲ問ヒタル処、
各被告人ハ第十二回公判調書記載ノ通リ陳述シタリ。
法務官ハ弁論ヲ終結スル旨ヲ告ゲタリ。
裁判長ハ結審ヲ宣シ、次回公判期日ハ追ツテ指定スト告ゲ、閉廷シタリ。」
１５ 第一四回公判 ( 昭和１２年８月１４日 )
八月一三日午後一時四〇分、法廷から独房に戻ってくつろいでいたのであろう被告人らに対して、
召喚通知書が示された。
公判期日、すなわち判決宣告期日は、翌日の午前九時となっている。
疾きこと、風のごとし。
極刑が予想されるだけに、常人ならば一瞬、顔面蒼白となったはずである。
追って指定すると告知された判決宣告期日が、数時間後にその翌日と指定されることは、
当時としても異例というべきである。
判決を急げという陸軍省からの圧力でも加わったのであろうか。
北 ・西田に対しては、求刑どおり反乱罪首魁として死刑が宣告された。
一方、反乱幇助罪として禁錮一五年が求刑されていた亀川については、
反乱罪謀議参与として無期禁錮刑が言渡された。
判決文はすでに公刊されているので、掲出を省略する。
田中惣五郎 『 北一輝 』 によると、
Ｙ判士の 「 手記 」 には、次のように記されているという。
「 八月十四日、北、西田に対する判決を下す。
好漢惜しみても余りあり。
今や如何ともするなし。
宣告後、西田氏は裁判官に対し何事か発言せんとする様子に見受けられたが、
北氏は穏かに之を制し、
両人とも裁判官に一礼して静かに退廷したのであった。」
第十四回公判調書
北輝次郎ニ對スル反乱、西田税ニ對スル反乱、亀川哲也ニ對スル反乱者ヲ利ス各被告事件ニ附、
昭和十二年八月十四日東京陸軍軍法会議法廷ニ於テ、
裁判長 判士 陸軍少将 吉田悳
裁判官 陸軍法務官 伊藤章信
裁判官 判士 陸軍工兵大佐 秋山徳三郎
裁判官 判士 陸軍歩兵大佐 藤室良輔
裁判官 判士 陸軍歩兵中佐 村上宗治
陸軍録事 鈴木又三郎
列席ノ上、檢察官陸軍法務官竹澤卯一立會、公判ヲ開廷ス
陸軍軍法会議法第四百十七條ニ依リ、審判ヲ公開セズ
各被告人ハ出頭シ、身體ノ拘束ヲ受ケズ
裁判長ハ前記記載ノ順序ニ從ヒ、各被告人ニ對シ訊問スルコト左ノ如シ
問 氏名ハ
答 北輝次郎
答 西田税
答 龜川哲也
裁判長ハ判決ノ告知ヲ爲ス旨ヲ宣シ、主文ヲ朗讀シ、理由ノ要旨ヲ告ゲテ判決ヲ宣告シ、閉廷シタリ
昭和十二年八月十四日
東京陸軍軍法會議
陸軍録事 鈴木又三郎 印
裁判官 陸軍法務官 伊藤章信 印
