北一輝
前頁 北一輝 (警聴取1) 『 是はもう大勢である 押へることも何うする事も出来ない 』 の 続き
聴取書 ( 第二回 )
住居 東京市中野区桃園町四十番地
無職 北一輝 事 北輝次郎
当五十四年
右者昭和十一年三月十八日本職ニ對シ任意左ノ陳述を爲シタリ
前回ニ引續キ今回ノ事件ノ事ニ就キ申アゲマス。
一、西田カラ愈々青年將校ガ決行スルト聞カサレタ當時ノ心境ハ、
私ハ一師團ガ満洲ニ派遣サレルト云フ特殊ノ事情カラ暴發スルモノデアルト観マシテ、
之ハ他人ガ如何トモスル事ガ出來ナイ、
就イテハ青年將校ノ目的トスル君側ノ奸臣ヲ一掃スル事丈ケハ成功サセ度イト考ヘ、
心カラ目的ノ成就ヲ祈ツテ居リマシタ。
尚 之ヲキツカケトシテ陸軍ノ肅正ヲ考ヘテ居ルト聞キマス、眞崎等ガ出テ陸イクサノ肅正ヲ圖リ、
次イデ各方面ニ亘ツテ昭和維新ノ第一歩ヲ踏ミ出スノデハナイカト云フ期待ヲ持チマシタ。
又 私ハ萬事西田ノスル事デアリマスカラ、
中堅將校又ハ其上層ノ將軍等ニ聯絡モ執ッテアルモノト思ヒマシタノデ、
上層部トノ關係ニ就イテハ自分カラ如何ナッテイルカハ聞カズ、
只當時西田に青年將校ノ態度ハドンナカト私カラ問ヒマシタ。
西田は 「 皆極メテ冷靜デス 」 ト 答ヘマシタ。
私ハ 「 夫レデハヨロシイ 」 ト 申シマシタ。
之ハ私ガ青年將校達ノ成功ヲ祈ツテイル關係上
焦ツタリナドシテ居ツテハ困ルト考ヘ尋ネテ見タノデアリマス。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二 ・二六事件
一、事件發生時ノ事ト致シマシテハ、二月二十六日午前九時頃カト思ヒマス。
薩摩雄次カラ電話ガアリマシテ、
「 新聞記者ノ知ラセデスガ、今首相官邸ヲ軍隊ガ占領シテ居ルサウデス、
大臣ハ生死不明ト云フ事デ、先生（私）ハ知リマセンカ。尚 情報ノ集リ次第御知ラセシマス 」
ト云フ話ナノデ 私ハ
「 サウカ有難ウ 」 ト云ツテ電話ヲ切リマシタ。
其後一時間位デアッタト思ヒマス、西田カラ電話ガアリマシテ
「 總テ豫定通リ行ツタ様デアリマス、何レ御目ニ掛ツテオ話シ申シマス 」
ト簡單ナ話デアリマシタ。
其後電話ノ前後ハ忘レマシタガ、中野正剛君カラモ掛カリマシタ。
只一言 「 エライ事ガ起キタネ 」 ト、云フ事デシタガ、
私ハ同人ガ支那ニ行クトキ外交部長 ( 張群 ) ニ手紙ヲヤツテ置イタノデ、
同人ハ歸京、直チニ總選擧ニ出テ行キ 未ダ來訪シマセンノデ、
夫レ等ニ對シテ 二、三私カラ話ヲシタ後デ後日會フ約束デ電話ヲ切リマシタ。
又、岩田富美夫ガヤマト新聞社カラ電話ヲ掛ケマシテ、新聞社ノ集メタ報告トシテ
「 岡田、高橋、齋藤、渡邊、牧野、鈴木等ノ襲撃サレタ事ヲ話シ、
尚軍隊ガ首相官邸、警視廳、陸軍省、參謀本部等ヲ占領シテ居ル、
尚自分自身 （ 岩田 ） 市中ヲ見テ廻ラウト思ツテ居ル 」
トノ意味ノ電話ガアリマシタ。
此頃 （ 正午頃ト思フ ） 岩田方ノ若イ者ガ、三、四名（名ハ知ラヌ）岩田ノ命ト稱シテ私方ニ用心ノ爲ニ參リマシタ。
此日午後中野署ノ特高主任ノ人ガ見エラレ私ガ會ヒマシテ色々情報ヲ聞キマシタ。
次ニ午後四時頃ト思ヒマス、西田ガ參リマシタ。
此時赤澤良一モ一緒ニ來タカ知リマセンガ、私ノ室ニハ這入リマセンノデ
西田一人デ來タノダト思ツテ居リマシタラ話シタ事ハ、
大體襲撃目的ヲ達シタ事ヲ話シマシテ、尚私 （ 西田 ） ハ此処ニ居リ度イト申シマシタノデ、
私モ西田ノ事ハ心配デモアリマスシ承諾シマシタ。
間モナク薩摩モ參リマシテ三人同室ニ居リマシタ。
ソシテ薩摩ハ午後七時カ八時頃ノ間ニ歸ツタノデスガ、
此時ノ話シトシマシテハ西田ト色々話シテ居リマシタ様デ 此日ハ世間モ大騒ギデ持切ツテ居ルノデスカラ、
話題ハ夫レヲ中心トシタ事デアッタト記憶シテ居リマス。
薩摩ガ歸リマシテカラ私ト西田ト二人キリニナリマシタ。
今迄私ガ聞イテ居ル話ニヨリマスト、
今度ノ蹶起ニ際シテ豫メ具體的ニ陸軍ノ中堅層及上層ニ
何等カノ了解聯絡ガ無カッタ様ニ見エマシタノデ私ハ西田ニ向ツテ、
「眞崎、荒木、其他 満井中佐、石原大佐、小畑少將、鈴木貞一大佐等ト 事前ニ十分ノ話合イヲシテ無カッタノカ 」
ト 問ヒ質シマシタ。
「 一人ニモ話シテアリマセン 」 ト答ヘマシタ。
一方同日首相官邸ノ青年將校等ニ軍事參議官全部ガ參リマシテ、
參議官ノ方ヨリ非常ノ感激ヲ以テ青年將校ニ對シ、
「 吾々軍事參議官一同ハ諸君ト共ニ死ヲ賭シテ昭和維新ニ前進仕様 」 ト
申シタノニ對シ、青年將校側ハ
「 臺灣ノ柳川ヲ以テ次ノ總理トセラルル事ヲ希望スル 」
ト 申シタト云フ事ヲ西田カラ聞キマシタノデ
之デハ全然具體的ノ了解聯絡ノ無カッタト云フ事ヲ知リ確カメタノデ、
私ハ心中 「 仕舞ッタ 」 ト云フ心配ヲ生ジテ多ク沈黙ニナリ、
此善後處置ヲ如何ニスベキカニ、只一人心ヲクダイテ居リマシタ。
此間ニ龜川ト云フ人ガ西田ヲ訪ネテ參リマシタノデ
西田ハ別ノ小應接室デ同人ト一、二時間話シテ居ツタ様デス。
此龜川ト云フ人ハ西田カラ度々名前ヲ聞イテ居リ、
殊ニ、鵜澤聡明氏ヲ相澤ノ弁護人ニ心配シテ呉レタノハ同人デアルト云フ事モ
聞カサレテ居リマシタノデ 私ノ心中ニハ一度會ツテ話ヲ聞キタイトハ思ツタ事ガアリマスガ、
此時モ西田ハ私ニ紹介致シマセンデシタ。
又、龜川ト西田トノ會話ハ内容ニ就イテハ西田カラ私ニ聞カセマセンデシタ。
龜川ノ人物ニ就テ前ニ西田カラ聞キマシタノハ、
同人ハ統計的ノ經濟學ニ就イテハ相當權威アルモノデアル、
此點カラ陸軍ノ各方面ニ交友ノ深イ人デアル。
又、久原房之助ノ如キハ龜川ノ自宅ニ久原カラ出向イテ來ル位ノ仲デアルト聞キマシタ
但シ眞僞ハ私ハ知リマセン。
午後十一時頃ニナリマシテ岩田富美夫ガ參リマシテ
私、西田、岩田ノ三人デ色々騒ギノ話ヲ岩田カラ聞キマシタ。
其時、岩田ガ 「 革命軍大イニ起ル 」 ト云フ號外ガ出タト云フ話ヲシマシタノデ、私ハ
「 之ハ革命軍デハナイ、マア、正義軍トデモ云フベキダラウ 」
ト 私ガ申シマシタ事ヲ記憶シテ居リマス。
岩田ハ 只私ト西田ノ身ノ上ニ暴行ナドガアッテハナラナイト云フ點ヲ注意シテ居ル風ガ見エマシタ。
ソシテ同人ハ夜中一時過ギ頃歸ツタ様デシタ。
其以前私ハ二階ノ寝室ニ這入リマシタ。
二月二十七日ハ
私ハ昨日軍事參議官ガ青年將校ニ對シテ、諸君ト一致シテ昭和維新ニ前進仕様ト云フ
申シ出ニ對シテ青年將校側ガ柳川ヲ持チ出シタ。
ト 云フ事ハ、
考ヘ方ニ依レバ列座ノ軍事參議官全部ニ對スル不信任ノ意志ヲ明白ニ表示シタモノトナリマスノデ、
之ハ年少客気ノ重大ナル過失ト考ヘ、
事變前 眞崎説ト云フ事ヲ西田カラ聞カサレテアツタノトモ相違シマスノデ、
其點許リヲ苦慮致シマシテ、
朝床ノ中デ眼を覺マシマシテモ此善後處置を如何ニスベキカヲ考ヘテ許リ居マシタ。
次ノ朝自分（北）は愈々決心ヲ致シマシタ。
此儘ニシテ置ケバ行動隊ヲ見殺シニスル丈デアル、
時局ヲ収拾スル事ガ何ヨリモ急務デアル、
随ツテ時局収拾ハ青年將校ヲ有利ニ保護スルモノノ内閣デナケレバナラヌト考ヘマシタ。
氣ノ立ツテ居ル人々ニカウ云フ事ハ申セマセンカラ
西田ニ電話ヲ掛ケサセテ青年將校ノ誰カヲ電話口ニ出テ貰フ事ニシマシタ。
確カ 栗原中尉ト思ヒマス、
電話口ニ出マシタノデ私ハ次ノ様に話シマシタ。
「 ヤア暫ラク、愈々ヤリマシタネ、
就イテハ君等ハ昨日臺灣ノ柳川ヲ總理ニ希望シテイルト云フ事ヲ軍事參議官ノ方々ニ申シタサウダガ、
東京ト臺灣デハ餘リ話シガ遠スギルデハナイカ、
何事モ第一善ヲ求メルト云フ事ハカウイフ場合ニ考フ可キデハアリマセン、
眞崎デヨイデハナイカ、眞崎ニ時局ヲ収拾シテ貰フ事ニ先ヅ君等青年將校全部ノ意見ヲ一致サセナサイ。
サウシテ君等ノ意見一致トシテ軍事參議官ノ方々モ、
亦軍事參議官全部ノ意見一致トシテ眞崎ヲ推薦スル事ニスレバ、即チ陸軍上下一致ト云フ事ニナル。
君等ハ軍事參議官ノ意見一致ト同時ニ眞崎ニ一任シテ一切ノ要求ハ致サナイ事ニシナサイ。
ソシテ呉レ呉モ大權私議ニナラナイ様ニ軍事參議官ニ御願ヒスル様ニシナサイ 」
更ニ私ハ念ヲ押シテ、
「 良ク私ノ云フ意味ガ判リマスカ、
意味ヲ間違ヘナイ様ニ他ノ諸君ト相談シテ意見ヲ一致サセナサイ 」
電話ノ要旨シ以上ノ通リデ、午前十時過ギト思ヒマス。
尚 西田ト村中トノ電話デ話シテ居ルノヲ機會ニ私ガ電話ニ出マシテ
村中ニ向ツテモ、栗原ニ申シタト同一ノ言葉ヲ以ツテ青年將校ノ意見一致ヲ急速ニスル様ニ説キ勧メマシタ。
此時、栗原モ、村中モ
「 皆ト相談シテ直チニ其様ニ致シマス」
ト云フ返事デアリマシタ。
午後四時カ五時頃ト思ヒマス、西田ト村中ト電話デ話シテ居リマシテ、
其電話ガ午前私ガ掛ケマシタ返事デアリマシタノデ、
西田ガ私ニ、尚直接電話ニ掛ツテ聞ク様ニ申シマシタノデ、
私ガ村中カラ聞キマシタノハ、次ノ通リデアリマス。
「 先ホド軍事參議官ハ全部ハ見エマセンデシタガ、西、眞崎、阿部 ノ三大將ガ見エマシタノデ、
吾々一同ノ一致セル意見トシテ、此際眞崎大將ノ出馬ヲ煩シテ眞崎閣下ニ總テ一任シタイト思ヒマス。
ドウゾ軍事參議官閣下等ニモ御意見一致ヲ以テ眞崎閣下ニ時局収拾ヲ御一任セラルル様御願致シマス。
何ウゾ御決定ノ上ハ直チニ陛下ニ奏上シテ、其ノ實現ヲ期スル様ニ御願申シマスト申シタ処、
西大將、阿部大將、ハ 即時
夫レハ結構ナ事ダ、君等ガ、サウ話ガ判ツテ自分等ニ一任シテ呉レルナラバ誠ニ結構ナ事デアル
早速歸ツテ皆トモ相談シテ返事ヲ仕様、ト 云フ事デアリマシタ。
ソシテ少シ不平ノ様ナ語氣ヲ以ツテ眞崎閣下ハ、兎ニ角君等ハ兵ヲ引ク事ガ先ダ、ト言ヒマシタ 」
之ガ村中ノ電話デアリマス。
其時私ハ、
「 其返事ヲ一刻モ早ク聞キ度イカラ、返事次第知ラセテ呉レ 」
ト 申シテ電話ヲ切リマシタ。
尚 西田ハ電話ヲ以テ
「 給与ハ何ウカ 」 ト、「 士気ハ振ツテ居ルカ、何ウカ 」 トカ 色々聞キマシテ、
私ニ 「 食料ハ聯隊カラ運ンデ呉レテイル 」
ト 云フ様ナ事ヲ話シテ呉レマシタ。
此日午前九時頃入江種矩、増田一税ノ兩君ガ見エマシテ、色々騒ギノ雑談ヲシテ、
約三十分位デ歸リマシタノデ、別ニ重要ナ話モアリマセンデシタ。
此日薩摩君ハ朝ノ八時過ギ頃見エマシテ西田ト話ヲシテ正午頃カニ歸リマシタ。
更ニ同人ハ夜再ビ參リマシタガ、夫レハ後デ申アゲマス。
又正午頃カニ杉田 ( 省吾 ) ガ參リマシテ、私ノ部屋ニ這入リマシテ、
五 ・一五事件以來會ツタ事ガアリマセンノデ、
久濶ノ挨拶ヲシテ立ツタ後 他ノ部屋ニ行ツタカ、歸ツタカ良く知リマセン。
夜ニナリマシテ、
龜川ト云フ人ガ再ビ西田ヲ訪ネテ參リマシテ、小應接室デ西田ト二人デ話シテ居リマシタ。
ヤヤ暫ラクシテカラ軍服ノ 村中ガ見エマシタノデ、（ 西田ガ呼ンダカ何エカハ知リマセン ）
村中ノ見エタ事を西田ニツタヘタ処、
西田ト龜川ト二人應接間カラ出テ來マシテ、四人デ一座シマシタ。
其時私ハ龜川氏ト初對面ノ挨拶ヲシ、
相澤公判ノ骨折等ニ附キ常ニ西田カラ承ツテ感謝シテ居ル事ヲ申述ベマシタ。
村中ト私トハ 午前及ビ午後ノ電話ノ事ニ附キマシテ、
軍事參議官カラ未ダ返事ガナイト云フ事ノ問答ガ重要ナノデアリマス。
此時村中ハ一同ニ對シテ、
「 牧野ハ失敗シマシタ 」
ト云フ事ヲ話シマシタ。
又 村中ハ陸相官邸ニ行ツタ狀態ヲ話シマシタ。
「 初メ夫人ガ出テ長時間ノ間陸相ニ會ハセナカッタノデ村中ガ最後ニ大キナ聲ヲ上ゲテ、
陸軍大臣閣下、重大ナ事ニ就キテ申上ゲ度イノデアリマス。
ト呼ビマシタ所、初メテ陸相ガ出テ來タ 」
ト 云フ事ヲ申シマシタ。
又 「 皆元気デ居る 」 ト 云フ事、等
「 電話デハ何ダカ物足ランカラ來マシタ 」
ト 云フ様ナ話デ、二十分位デ急イデ歸ツタノデアリマス。
村中ガ歸リマシテカラ、西田ト龜川ト二人デ話シ合ツテ山本英輔大將ト思ハレマスガ其処へ、
龜川氏ガ電話ヲ掛ケマシテ訪問スル約束ヲシタノヲ承知シテ居リマス。
又其時亀川ガ西田ニ話シテ居リマスニ、
「 眞崎ニ何ウシテモ會ヘナイ 」 トカ話シテ居ルノヲ私ハ傍デ聞キマシタ。
ソシテ間モナク龜川モ歸リマシタ。
私、西田、薩摩ノ三人一座シテ、其時、私ガ薩摩ニ申シマシタ、
「 青年將校ハ眞崎ヲ立テテ一任スルト云フ事ニ漸ク意見ガ纏ツタ。
未ダ軍事參議官ノ返事ガ無イサウデアルガ、要スルニ今回ノ事ハ陸軍カラ出シタ火事デアルカラ、
陸軍ノ參議官丈ケデハ少シ苦シイ処モアルダラウト思フ
（ 夫レハ 唯私ガ想像シテ返事ノ遅レテ居ルノガ、サウイフ關係デハナイカト思ヒ巡ラシテイタノデス ）
就イテハ第三ノ立場ニアル海軍側カラ、時局収拾ヲ一任シヨウト申シ出テ來レゝバ、
陸軍ノ意見ヲ一致セシムルノニ好都合デアラフト思フ。
デ 直グニ 加藤大將ニ青年將校ノ意見ノ一致シタ事ヲ知ラセテ、海軍側カラノ御骨折ヲ願ツテ呉レ 」
ト 私ハ薩摩ニ申シマシタ。
薩摩ハ直ニ卓上ノ電話ヲ取ツテ右ノ意味ヲ加藤大將に申シマシタ。
電話ヲ終エテ薩摩ノ申シマスニ
「 恰度好イ都合ニ、小笠原君ガ今來テ居ル、
此際時局ガ焦眉ノ急ダカラ青年將校ガ左様ニ折レテ出テ呉レタトナレバ誠ニ結構デアル
早速小笠原君トモ相談シテ、盡力仕様 」
ト云フ 同大將ノ電話ノ話ヲ私ニ語リマシタ。
尚 十一時頃ト思ヒマスガ、薩摩ガ更ニ加藤大將ラニ電話ヲ掛ケ其返事ヲ聞カセマシタ。
「 同大將ハ小笠原氏ト相談シテ直チニ軍令部總長ノ宮様ニ拝謁シテ、右ノ意見ヲ申述ベタ
宮殿下ハ明早朝參内拝謁スル事ニナッタ 」
ト云フ事デアリマシタ。
薩摩ハソレカラ直グ歸リマシタ。
二十七日ハ右ノ通リデアリマス。
二月二十八日
朝十時頃迄ハ例ニ依リ、御祈リヲ致シマシテ居リマシタノデ、
西田ガ階下ノ自分ノ室ニ居テ、ドコニドンナ電話ヲ掛ケタカハ判リマセン。
二十八日中ニハ
私、唯、軍事參議官カラ青年將校ニ對シテ返事ガアルノヲ待ッテ居リマシタ。
西田ニ對シテ午前、午後三回ニ亘ツテ返事ノ來タカ否カヲ問イ合ワセテ貰ヒマシタガ、
「 返事ガアリマセン 」 ト云フ事デアリマシタ。
私ハ他ノ勢力ノ動キ始メタカ、何ウカト云フ事モ知ラズ、
唯陸軍ガ上下一致シテ眞崎ヲ奏請スル様ニナルデアラウ事ヲ信ジ、
青年將校ノ身ノ上モ夫レニ依ツテ有利ニ庇護サレル事ヲ期待シテ居リマシタ。
従ツテ色々ノ風評ノ如ク陸軍同士ガ相撃ツ様ナ不祥事モ起ラナイ事ヲ信ジテ比較的心痛ナク、
午後迄只返事ヲ待ツテ居リマシタ。
憲兵隊デ御調ベノ時、北カラ行動隊ニ電話シタト云フノハ、西田ガ私方ニ居ッタノデ、
西田ノ電話デアリマシテ、私ハ前日ノ様ナ心配ヲ持ツテ居ラナカッタノデ
眞崎内閣ニ依ツテ焦眉ノ局面ハ収拾サレルモノト許リ信ジテ居リマシタ。
此日薩摩君ハ午前中電話ヲ以ツテ、
「 軍令部總長宮様ハ今朝五時ニ參内シマシタカラ 」
ト云フ事ヲ知ラセテ寄來マシタ。
西田ガ行動隊トノ電話ノ要件ノ時此事ハ知ラセテヤッタト云フ事ヲ承知シテ居リマス。
此日ハ殆ンド人ガ參リマセンデ、薩摩君ガ午後二、三時頃參リマシタ。
此朝ト思ヒマスガ、
西田ノ室ニ同人ノ時計ヤ蟇口ナドガアリマシタノデ何心ナク蟇口ヲ開イテ見マシタ処ガ、
殆ンドカラデアリマシタノデ、五、六十円カト記憶シテ居リマス、
私ノ蟇口ニアッタノヲ、西田ノ蟇口ニ入レテ置キマシタ。
薩摩君ガ來テカラノ話ハ前申上ゲタ時ノ話ヲ繰返シタ丈ケデ、他ノ雑談デアリマシタ。
要スルニ 二十八日中ハ 眞崎内閣説ニ軍事參議官モ意見一致スルモノト信ジ、
海軍側ノ助言モ亦有効ニ結果スルモノト信ジ、
随ツテ一任スルト云ツタ以上ハ出動部隊モ兵ヲ引イテ
時局ガ危險狀態ヨリ免ヌカルルモノト許リ確信致シテ時間ヲ經過シテ居リマシタ。
前夜モ如何ニモ只今カラ討合フ様ナ風説ナドモ聞キマシタシ、
此日モ戒嚴部隊ガ討伐スルト云フ様ナ話モ聞キマシタガ、
私ハ以上述ベマシタ確信カラ斷ジテ サウイフ事ガナイト信ジ續ケテ居リマシタ。
此日夕方五、六時頃多クノ憲兵ガ參リマシテ、
私ニ面會ヲ求メマシタノデ、二階ノ書齋ニ通シテ、私ガ會ヒマシタ処、
「 西田ガ居ルカ」 ト問ヒマシタノデ、
私ハ 「 居ラン 」 ト 答ヘマシタ。
憲兵ハ電話ヲ掛ケタ後
「 夫レデハ貴方（私）ニ一寸憲兵隊ニ來テ貰ヒ度イ 」
ト申シマシタノデ、
私ハ食事ヲ致シマシタリ、着物ヲ重ネテ着タリ、
薩摩ニ海軍側ノ時局収拾ノ努力ヲ頼ンダリ、
約三、四十分間シテ憲兵隊ニ同行サレ其儘留メラレマシタノデ、
夫レ以後ノ事ハ一嚮
尚 二十七日モ二十八日モ私ハ二階に上ガリマシテ、
朝十時頃マデ誦經スル習慣デアリマスノデ、
其間ニ、西田ヲ何人ガ訪問シタカハ存ジマセン。
又 西田ハ二十七日、八兩日度々電話ヲ掛ケテ居ツタ様デスガ、
西田カラ話して聞カサレタ事以外ノ事は一嚮存ジマセン。
二十六日以後ノ事ハ以上ノ通リデアリマス。
右録収シ本人ニ讀ミ聞ケタルニ相違無之旨申立テ署名拇印セシム
昭和十一年三月十八日
於警視庁
陳述人 北輝次郎
司法警察官特別高等警察部特別高等課勤務
警部補 関口照里
次頁 北一輝 (警聴取3) 『 大御心が改造を必要なしと御認めになれば、 百年の年月を持っても理想を実現することが出来ません 』 に 続く
現代史資料5 国家主義運動2 から
