もう待ち切れん、
われわれはいつまで待つんですか。
躊躇すべきときではないと思います。
思い切って起ち上がれば暗い日本が一ぺんに明るくなるぞ、
どうだろうみんなそう思わんか
と、磯部がまず口火を切った。
そうですよ、磯部さんのいう通りです。
私は ちかごろ幕的に齋藤実、牧野伸顕、西園寺公望、池田成彬など、
奸賊の名前を張りつけて突撃演習を兵たちにやらせているのですが、
兵たちの目のかがやきが違いますよ。
やるなら早いほうがいいと思います」
栗原がまっさきに同意した。
この即時決行論に対してだれも反対の意志表示はなく、
急進論に圧倒されたかたちであった。
村中も香田も安藤も、もともとおとなしい人たちで、
真っ向から反対するたちの人ではなかった。
オレは反対だなァ
私は、きっぱりと反対意見を出した。
・・・もう待ちきれん
ある夜
西田宅で私と彼と二人だけの懇談のときであった。
「 君は武力行使をどう思っているのか 」
と、彼が突然質問を発した。
「 無暴に行使すべきではないと思います 」
「 だが、何れはやらねばこの日本はどうにもなりますまい 」
「 僕の理想は武力行使はやらずに維新が断行されることにある 」
「 それは出来ない相談ではないと思っている 」
「 蹶起すべき時には断乎として蹶起出来るだけの、協力な同志的結合の下にある武力、
その武力をその時々に応じてただ閃かすことによってのみ、
悪を匡正しつつ維新を完成してゆく。 つまり無血の維新成就というのが理想だ 」
「 軍刀をガチャつかせるだけですね 」
「 そうなんだ。ガチャつかせることは単なる、こけおどしではいけない。
最後の決意を秘めてのガチャつかせでなければならぬことは、もちろんだがね 」
・・・軍刀をガチャつかせるだけですね
大蔵栄一 オオクラ エイイチ
『 軍刀をガチャつかせるだけですね 』
目次
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・ 昭和維新 ・大蔵榮一大尉
・ 大蔵榮一 ・ 大岸頼好との出逢い 「 反吐を吐くことは、いいことですね 」
・ 大岸頼好の士官学校綱領批判
・ 大岸頼好の統帥論
・ 中村義明 ロマンス実る
・ 「 赤ん坊といえども陛下の赤子です 」
・ 「 大蔵さん、あなたは何ということをいわれますか 」
・ 相澤中佐の中耳炎さわぎ
・ 後顧の憂い 「 何とかしなけりゃいかんなァ 」
・ 松浦邁 ・ 現下青年将校の往くべき道
・ 此処に頑是ない子供がいる 「 命令、殺して来い 」
・ 絆 ・ 西田税と末松太平
・ 五 ・一五事件 ・ 「 士官候補生を抑えろ 」
・ もう待ちきれん
・ « 青山三丁目のアジト »
・ 林銑十郎陸軍大臣 「 皇道派の方が正しいと思っている 」
・ 村中孝次 「 カイジョウロウカク みたいなものだ 」
・ 「 相澤さんが永田少将をやったよ 」
・ 軍刀をガチャつかせるだけですね
・ 大蔵榮一 「 回想 ・西田税 」
・ 西田税 ・ 金屏風への落書
・ 末松の慶事、万歳!!
赤子の微衷
・ 大蔵榮一大尉の四日間 1
・ 大蔵榮一大尉の四日間 2
・ 大蔵榮一大尉の四日間 3
・ 大蔵榮一大尉の四日間 4
・ 反駁 ・大蔵榮一
・ 処刑前夜・・・時ならぬうたげ
・ 澁川善助の観音経
・ 長恨のわかれ 貴様らのまいた種は実るぞ!
・ 磯部淺一の嘆願書と獄中手記をめぐって
・ 江藤五郎中尉の死
・ 暗黒裁判と大御心
・ 身を挺した一挙は必ずや天皇様に御嘉納いただける
しばらくでした。いつこられたんですか。
二時間前に着いたばかりですよ
大蔵さん、さっき明治神宮にお参りしましたが、お月様が出ましてね
月がですか
ちょうど参拝し終わったとき、雲の切れ目からきれいな月がのぞいたんですよ
いつまで滞在の予定ですか
明日、お世話になった方々に転任の挨拶をしたいと思っています
それが終わり次第、な るべく早く赴任する予定です
じゃ、これでもう会えないかも知れませんね
時に大蔵さん、今日本で一番悪い奴はだれですか
永田鉄山ですよ
やっぱりそうでしょうなァ
台湾に行かれたら、生きのいいバナナをたくさん送って下さい
承知しました うんと送りますから、みなで食べて下さい
なるべく早く内地に帰るようにして下さい じゃ、これで失礼します
あなたの家に、深ゴムの靴が一足預けてありましたね
明日の朝早く、奥さんに持ってきて頂くよう頼んで下さい
そんな靴があったんですか
奥さんが知っています
承知しました
いい靴があるじゃありませんか
いや、あの深ゴムの方が足にピッタリ合って、しまりがいいんですよ
わかりました お休みなさい
・・・今日本で一番悪い奴はだれですか