赤子の微衷 (一) 蹶起した人達

「 任せて帰ることにした 」 野中は落着いて話した
「 何うしてです 」 澁川が鋭く質問した
「 兵隊が可哀想だから 」 野中の声は低かった
「 兵隊が可哀想ですって・・・・。全國の農民が、可哀想ではないんですか 」 澁川の声は噛みつくようであった
「 そうか、俺が悪かった 」 野中は沈痛な顔をして呟くように云った
・・・澁川善助 「 全国の農民が可哀想ではないんですか 」
・・・ 澁川さんが來た

赤子の微衷 (一)
蹶起した人達
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・ 村中孝次の四日間 1  『 君側ノ奸ヲ芟所シヤウ 』  憲兵訊問調書  昭和11年3月2日
・ 村中孝次の四日間 2  『 今度ノ行動ハ我々ハ絶對正義ト思ツテ居ル 』   憲兵訊問調書  昭和11年3月2日
・ 村中孝次の四日間 3  『 私共ハ陛下ノ御命令ニ從ヒマス 』   憲兵訊問調書  昭和11年3月2日
・ 磯部淺一の四日間 1  『 陸軍大臣官邸ニテ片倉少佐ヲ射チマシタ 』   憲兵訊問調書  昭和11年3月2日
・ 磯部淺一の四日間 2  『 不成功ノ場合ハ賊名ヲ受ケルト考ヘテ決行シタ 』   憲兵訊問調書  昭和11年3月2日
・ 磯部淺一の四日間 3    憲兵訊問調書  昭和11年3月3日
・ 香田清貞大尉の四日間 1  『 陸相閣下ト叫ビマシタ 』   憲兵訊問調書  昭和11年3月1日
・ 香田清貞大尉の四日間 2  『 決戰ハ拂暁ト思ヒマシタ 』   憲兵訊問調書  昭和11年3月1日
・ 安藤輝三大尉の四日間  『 中隊ハ一心 』   憲兵訊問調書  昭和11年3月3日
・ 澁川善助の四日間  『 二十八日 午前十時、幸楽ニ行キマシタ 』   憲兵第一回訊問調書  昭和11年3月1日  第二回訊問調書  昭和11年3月6日
・ 栗原安秀中尉の四日間 1  『 愈々本日維新ニ向ツテ前進スル 』  憲兵第一回訊問調書  昭和11年3月1日
・ 栗原安秀中尉の四日間 2  『 國家ニ仇ナス者ハ討ツ 』  憲兵第一回訊問調書  昭和11年3月3日
・ 栗原安秀中尉の四日間 3  『 内閣ノ首班ニハ誰ヲ据ヘルコトヲ希望スルカ 』   憲兵第二回  昭和11年3月3日  第三回  昭和11年3月6日  第四回  昭和11年3月10日
・ 中橋基明中尉の四日間   『 非常、ト認メ直ニ宮城ニ到ル 』  憲兵訊問調書  昭和11年3月1日
・ 對馬勝雄中尉の四日間   『 部下ノ爲ニ、後顧ノ憂ヲ取除イテヤロウ 』  憲兵訊問調書  昭和11年3月1日
・ 竹嶌繼夫中尉の四日間    憲兵訊問調書  昭和11年3月1日
・ 丹生誠忠中尉の四日間   『 正義ノ爲メ身命ヲ賭シテ働ク 』  憲兵訊問調書  昭和11年3月1日
・ 坂井直中尉の四日間 1   『 洵ニ夫人ノ態度ハ立派デアリマシタ 』   憲兵訊問調書  昭和11年3月2日
・ 坂井直中尉の四日間 2   『 澁川サンガ私ノ部隊ニ附カレ、最後迄色々御世話ニナリマシタ 』   憲兵訊問調書  昭和11年3月6日
・ 田中勝中尉の四日間   『 今日カラ昭和維新ニナルゾ喜ベ  』  憲兵訊問調書  昭和11年3月1日
・ 高橋太郎少尉の四日間 1   『 私ハ昭和維新實現ノ爲一身ヲ犠牲ニシ決行シヤウト決心シマシタ 』  憲兵訊問調書  昭和11年3月2日
・ 高橋太郎少尉の四日間 2   『  生死ハ一如ナリ 』  憲兵訊問調書  昭和11年3月2日
・ 安田優少尉の四日間 1  『 天誅国賊 』   憲兵訊問調書  昭和11年3月1日
・ 安田優少尉の四日間 2  『 皇威ヲ發揚シ、國家ヲ保護ス可ク誓ツタ 』  憲兵訊問調書  昭和11年3月1日
・ 中島莞爾少尉の四日間  『 眞ノ大決心ノ御發揚ヲ仰ガネバナラヌト 』  憲兵訊問調書  昭和11年3月2日
・ 林八郎少尉の四日間  『 私は最忠最良ヲ行ッタ 』  憲兵訊問調書  昭和11年3月1日
・ 池田俊彦少尉の四日間  『 斷乎 妖雲ヲ一掃シテ、天皇御親政ノ眞ノ國體ヲ顕現セン 』  憲兵訊問調書  昭和11年3月2日
・ 常盤稔少尉の四日間   『 吾々ノヤツタ行爲ハ、陛下ハ必ズヤ御嘉納下サル 』  憲兵訊問調書  昭和11年3月1日
・ 鈴木金次郎少尉の四日間  憲兵訊問調書  昭和11年3月1日
・ 清原康平少尉の四日間  憲兵訊問調書  昭和11年3月2日
・ 麥屋清濟少尉の四日間  憲兵訊問調書  昭和11年3月4日、5日
・ 今泉義道少尉の四日間  憲兵訊問調書  昭和11年3月2日
・ 山本又 豫備少尉の四日間   『 今ニシテ時弊ヲ改メズンバ 』  憲兵訊問調書  昭和11年3月4日

・ 香田清貞 ( 憲聴取 ) 『 神州の危急を知ろしめずんば朕をして君たるの道を失はしむるものなり 』 憲兵聴取書  昭和11年3月16日
・ 對馬勝雄 ( 憲聴取 ) 『 内敵を一掃し、後顧の憂いを残し 戰死した戰友部下に酬る 』  憲兵聴取書  昭和11年3月20 日
・ 安田優少尉 ・ 行動錄 ( 1月18日～2月29日 ) 

・ 憲兵訊問調書について ( 大谷啓ニ郎、昭和憲兵史 ) 
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要望事項
1、陸相ノ斷乎タル決意ニ依リ　速ニ本事態ノ収拾ニ任セラレ度シ
理由
(一)　隊外情勢急迫ノ現狀ニ照シ、此ノ混亂ヲ一刻モ速ニ収拾スルハ絶對的ノ必要
(二)　事態収拾ノ方策ハ一路御維新ヲ仰ギ奉ルニ在リ
2、皇軍相撃ツ不祥事ヲ絶對ニ起サザルノ處置ヲ速ニ取ラレ度シ
理由
(一)　同志ハ蹶起ノ主旨ヲ貫徹スルニ在リテ無用ノ混亂ヲ絶對ニ防止シ度シ
 　　　然レドモ主旨貫徹ノタメニハ一歩モ引カザル決意ヲ有ス
 　　　從ツテ吾人ノ心事行動ヲ生カス方策ニ出デラルルコトナク無理解ナル處置ヲ
 　　　取ラルルニ於テハ　　已ムヲ得ズ此所ニ皇軍相撃ツノ不祥事ヲ惹起スベシ
處置
(一)　憲兵司令官ヲシテ憲兵ノ妄動ヲ避ケ事態ノ認識ヲ明確ナラシムル迄靜観セシムルコト
(二)　警備司令官及兩師團長ニ命ジテ皇軍相撃ヲ絶對ニ避ケシムルコト
3、左ノ諸官ヲ速ニ逮捕セラレ度シ。
(一)　南大將
(二)　宇垣総督
(三)　小磯中將
(四)　建川中將
理由
(一)　軍ノ統帥ヲ破壊セル元兇
(二)　特ニ此ノ處置迅速ナラザレバ各地同志ノ蹶起シ此等諸官ニ殺到シ重大ナル事態ヲ惹起スル恐アリ
4、軍中央部ニ蟠踞シテ軍閥的行動ヲ爲シ來リタル中心的人物ヲ除ク事
(一)　根本博大佐
(二)　武藤章中佐
(三)　片倉衷少佐
5、荒木大將ヲ関東軍司令官タラシムルコト
理由
(一)　對蘇関係今日ノ危機ヲ大事ニ至ラシムルコトナク突破スル適任者ナリ
(二)　國内収拾力ニ就テハ已ニ試験濟ニシテ遂ニ今日ノ事態ニ迄突進セラシメタレタリ
 　　　吾人ハ國内収拾ニ關シテハ同大將ニ信頼セズ
6、左ノ將校ヲ即時東京ニ採用セラレ度シ
大岸大尉、菅波大尉、小川三郎大尉、大蔵大尉、朝山小二郎大尉、佐々木二郎大尉、
末松太平大尉、江藤五郎中尉、若松満則大尉
理由
(一)　此等諸官ノ意見ヲ聽取シテ善處スルコトニ依リ　　全國軍隊ノ不穏化ヲ防ギ安定ヲ見ルコトヲ得
(二)　單ナル弥縫コト的處置ハ徒ラニ事態ヲ混亂ニ導クノミ
7、突出部隊ハ事態安定迄現位置ヲ絶對ニ動カシメザレコト
理由
吾人同志ノ士ハ前述ノ事項實行セラレ事態ノ安定ヲ見ル迄ハ斷ジテ引カザル堅キ決意ヲ有ス
願ハクハ明斷果決御維新ヲ仰ギ奉リ　　破邪顯正皇運御進展ニ翼賛シ奉ランコトヲ爲念
山下少將ヲ招致シ海外竝ニ國内ニ對スル報道ヲ適正ニ統制セシメラレ度シ
・・・「 只今から我々の要望事項を申上げます 」

憲兵訊問調書について ( 大谷啓ニ郎、昭和憲兵史 )

二 ・二六事件
憲兵訊問調書
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憲兵訊問調書に就いて
磯部淺一訊問調書
 ・ 被告人訊問調書 ・・・赤子の微衷 ( 一 ) 蹶起した人達 ・・ 磯部淺一の四日間 1 
 ・ 第二回被告人訊問調書 ・・・赤子の微衷 ( 一 ) 蹶起した人達 ・・ 磯部淺一の四日間 2 
 ・ 被告人訊問調書 ・・・暗黒裁判 ・反駁 1 ・・ 磯部淺一 訊問調書 1 昭和11年4月13日 「 眞崎大將のこと 」
栗原安秀訊問調書
 ・ 被告人訊問調書 ・・・赤子の微衷 ( 一 ) 蹶起した人達 ・・栗原安秀中尉の四日間 1 
 ・ 第二回被告人訊問調書 ・・・赤子の微衷 ( 一 ) 蹶起した人達 ・・栗原安秀中尉の四日間 2 
 ・ 第三回被告人訊問調書 ・・・赤子の微衷 ( 一 ) 蹶起した人達 ・・栗原安秀中尉の四日間 2 
 ・ 第四回被告人訊問調書 ・・・赤子の微衷 ( 一 ) 蹶起した人達 ・・栗原安秀中尉の四日間 2 
安藤輝三訊問調書
 ・ 被告人訊問調書 ・・・赤子の微衷 ( 一 ) 蹶起した人達 ・・安藤輝三大尉の四日間 
對馬勝雄訊問調書
 ・ 被告人訊問調書 ・・・赤子の微衷 ( 一 ) 蹶起した人達 ・・對馬勝雄中尉の四日間 
香田清貞聴取書
 ・ 聴取書 ・・・赤子の微衷 ( 一 ) 蹶起した人達 ・・香田清貞 ( 憲聴取 ) 『 神州の危急を知ろしめずんば朕をして君たるの道を失はしむるものなり 』 
對馬勝雄聴取書
 ・ 聴取書 ・・・赤子の微衷 ( 一 ) 蹶起した人達 ・・對馬勝雄 ( 憲聴取 ) 『 内敵を一掃し、後顧の憂いを残し 戦死した戦友部下に酬る 』 
北一輝聴取書
 ・ 聴取書 ・・・赤子の微衷 ( 一 ) 北一輝と西田税 ・・北一輝 (警聴取4) 『 西田は、同志と生死を共にしようと決心した 』 

憲兵訊問調書について
二 ・二六事件資料として叛乱鎮定直後における憲兵の訊問調書数篇をここに収めた。
全く今日まで世に出たことのない、生々しい当時の彼等の供述書であるが、ただこの調書は、
(イ)  事件の捜査手続が今日謂うところの緊急逮捕事件に相当し、
 当時に於ても逮捕してから四十八時間以内に事件を軍法会議に送る必要があったため、
東京憲兵隊では将校総がかりで三月一日と二日の二日間に最も精力的に取調を進めたのであるが、
この時間的制約のためその取調は徹底した追及が行われていない。
(ロ)  叛乱将校にしても二十九日夕刻軍刑務所に拘置されて身辺の激変に遭い、
 その上、事件緊張のあとの精神的空白なども手伝って、その記憶も必ずしも正確でなく、
また第一線出動以外の関係者にはお互いに迷惑をかけまいとする審理が働いて、
その供述するところも曖昧な点が少なくはない。
などの憾みはあるが、しかし、ともかくも事件直後における叛乱将校の供述書といった意味で、
二 ・二六事件におけるもっとも貴重な資料の一つである。
調書は右に述べたように強制捜査であったため、すべて訊問の形式が用いられていて
任意供述のかたちをとっていないし、また、訊問者の訊問能力の稚拙から、
被告人の心の動きが浮彫にされていない欠点もあるが、・・・・
なお事件当時捜査官だった私は、これらの調書について若干の解説を加えておきたい。
一、磯部調書について
1  その第一回、第二回調書はその日付が示すように事件直後のもので、
 磯部としても、西田税や北一輝それに山口大尉との関係などは一切これを否定して、
いささかも関係のないように供述しているし、また、金銭関係においてもボヤけてしまっている。
磯部は森伝氏にはたいへん世話になり時々は金をもらっていたし、
さらに今度の蹶起資金として村中が亀川哲也から千五百円を貰っていたこと、
また、栗原が斎藤瀏少将その他から軍資金の調達をしたことなどは共に承知している筈だが、
これらに就いても全く鍼している。
これら好意ある人々に迷惑をかけてはならぬとの心遣いであろう。
だが、こうしたことを除いては、磯部の陳述は大体において真実に近いものがある。
2  磯部の供述で特にここで指摘しておきたい点は三つある。
その一つは第一師団の渡満が蹶起の動機ではないとしていること、
その二は 「 維新ハ戦争前デナイト危険ダ 」 といっていること
その三は蹶起の時機は尚早だと内心ひそかに考えていたと述べていることである。
(イ)  師団の渡満を蹶起の動機とすることは不同意であるということ。
 今日、一般に二 ・二六は第一師団の北満移駐を動機として事は起されたかのように理解されている。
たしかに第一師団の渡満によって多くの革新将校が東京を離れるので、
これが渡満前に君側の奸を取除き、非維新勢力を威服せしめておきたいと考えたことは事実ではあるが、
しかし革命家を以て自任する彼は、その革命条件の成熟を内外情勢の判断の上に求めていることを注意したい。
だが、その国家内外の情勢といっても究極するところは、
軍内の非維新勢力 ( 軍幕僚 ) の跳梁に対し軍の維新 ( 粛正 ) を期待したのであって、
それは後記する第三の調書によって正確にこれを窺うことができる。
(ロ)  戦争の前に維新をやらないと危険だということ。
 戦後一部の人によって二 ・二六は戦争をなくするために蹶起したのだと解されている。
だが、この考えは青年将校にはなかった。
青年将校は維新即ち国家改造と戦争の関係においては、
戦争必至内外情勢下では速かに国内維新を断行し、
その国内情勢を整えてから戦争に臨まなければ国家は危ふいと考えていたのである。
のちの安藤調書にも 「 先ず維新によって国を固めてから外敵にあたるべきだ 」
と言っているのは、この磯部の思想と軌を一にするものである。
このような彼等の思想は
当時軍一部の幕僚によって唱えられていた 「 戦争ともなれば必然に国内維新はできる、維新は急ぐことはない 」
との説に対抗するものであって、
戦争防遏ぼうあつのための国家改造ではなかったのである。
(ハ)  時期尚早を内に蔵していたということ。
 安藤は時期尚早を理由にこの蹶起に反対した、
いわゆる内外の条件が未成熟で成功覚束ないというのであった。
磯部はこの安藤の時期尚早論を各種の準備工作の完了をあげて成功率の高いことを示して説伏した。
しかしその彼にしてもなお秘かに時期尚早の危惧をもち
不成功の場合にはあえて賊名をうけることを覚悟して蹶起したという。
するとこのような危惧を懐きながら蹶起した、彼等の焦りは何だったのか、
隊付将校の決行熱の高まりによる勢いであったのか、
あるいは軍内情勢上、その粛正の緊急性を確かり強く自覚したものか、
蹶起の真意についてはなお色々と究明すべき問題を含んでいるように思われる。
2  磯部の第三の調書は主として真崎大将に関する容疑資料集めを目的とした訊問であったので、
 その大部は真崎大将に関係ある事項に集中されている。
この中で私の関心をもつことは二つある。
(イ)  本件中、真崎大将に時局収拾をお願いしたのは、何も彼を首相ときめてかかったわけではなく、
軍の実力者として登場してもらいたかったと云っていること、
できれば首相になって頂ければより満足だが、
三長官の一人に返り咲いてもらって事態収拾に乗り出して頂ければかったのだと述べていることは、
史実としても重要である。
それは真崎内閣を固執していないのである。
元来真崎内閣説は西田税、亀川哲也、山口一太郎らの時局収拾案で、
真崎を首班とする強力内閣による維新断行を希望したが、
北一輝は真崎の革新性や政治力には何等の期待を持たず、
ただ真崎ならば青年将校を見殺しにしないだろうとの考えから、
時局収拾を真崎に一任することを蹶起将校に勧告したに過ぎない。
これは北一輝も後に収めたその聴取書で言っている。
だから真崎内閣説にもいろいろの思惑があったわけだが、
磯部のこの供述は彼の本心であったと私は考えている。
この事件の蹶起前にひそかに軍の動向、特に蹶起後軍の出方を仔細しさいに偵察し判断したのは、
磯部その人であったが、彼は軍の大きな二本の革新の柱として川島陸相と真崎大将とを設定し、
これに一部好意ある幕僚の強力な支援により陸軍は維新態勢に導入し得ると判断したのである。
だから真崎大将は軍の中核となってくれればよいわけで、
必ずしも維新内閣の首班たることを要しないのであった。
(ロ)  彼は 「 維新運動ヲ阻害シ軍浄化ヲ防ケル者ハ軍幕僚 」 だと断定して、
 これらの幕僚をやっつけることのできなかったことを痛く後悔しているが、
それは蹶起の心の動きに、その真意をはっきり暴露せるものとして、注目を引くところである。

二  栗原調書に就て
1  供述の曖昧
山口大尉、斎藤少将等に関する供述は磯部の場合と同様、
これらの人々に迷惑をかけまいとしてあいまい模糊としている。
山口とは彼に絶対に迷惑をかけないとの固い約束が出来ていたことは、
後に山口の取調ではっきりした。
また、首相官邸の襲撃についてもボヤけているが、
これも殺害という事実をくわしく語ることを好まなかったのであろう。
2  爆薬の奪取
歩一では栗原が、歩三では週番司令の安藤が弾薬庫から弾薬を持出すことに計画されていたのだが、
栗原は兵器委員助手の石堂軍曹を拳銃を以ておどし弾薬庫に連絡して開扉せしめている。
これが真相であるが一般には栗原が石堂軍曹より弾薬庫の鍵を奪ったように解されている。
或は小説 『 叛乱 』 の叙述が定説化されているのであろうか。

三  安藤調書に就て
彼が自傷後の静養中の取調とあってか、あたりさわらずの訊問となっており、
彼が蹶起に踏み切る苦悩や最後まで兵と共に抗戦を続行しようとして果さず、
ついに自決に至る心の動きなど重要な点には全く触れていないのは残念だが、
彼は元来多くを語るを好まずその供述は消極的であった。
ここに語られている鈴木邸襲撃にしても、侍従長を誰が射撃したのか、
また そこで夫人がどんな態度に出たかなど全くかくされている。
それは彼の人柄のせいであり、
また、くわしく云えば部下の下士官に責任の及ぶのをおそれてのことである。

四  對馬調書に就て
彼の供述で最も印象的なのは、その維新運動に入った動機である。
對馬は満洲事変に参加し功五級金鵄勲章を拝受している戦場の殊勲者である、
その彼は、
----満洲事変デハ自分ガ指揮官トシテ自分ノ部下ノ後顧ノ憂ヲ感得シ
又自分トシテモ国内ノ内憂ニ対スル心配ガ大キクナリマシタノデ
共ニ死スベキ部下カ後顧ノ憂ヲ持チツツ或ハ斃レ 或ハ傷ツクコトニヨリ
更ニ自分ハコノ事変デ生キテ帰ツタラ此等ノ部下ノ為メニ
其後顧ノ憂ヲ取ノ除イテヤラウト決心シタ
のである。
純真な青年将校が戦場に於て部下の死を前に維新に挺身することを誓ったのであるから、
其運動は強烈にして決死的なものであった。

五  磯部は石原大佐をどう見ていたか
最後に磯部調書と栗原調書を見てはっきりしておきたいことがある。
それは石原大を当時青年将校がどう見ていたかということである。
石原大佐は事件の朝、叛乱将校の占拠する陸相官邸大広間で、
斎藤少将に 「 言うことを聞かねば軍旗をもって来て討つ 」 といい放ち、
この大広間を一瞬にして険しいものにしたが、
彼は叛乱軍将校の同調者であったのか、対立者であったのか。
磯部の遺書 『 行動記 』 には、この大広間で栗原が石原に向い、
「 大佐は維新に対していかなる考えを持っているか 」 と詰問したが、
大佐は 「よくわからんが僕は軍備を充実すれば維新はなると言うのだ 」
と答えた。
栗原は磯部らに向って 「 どうしますか 」 といってピストルを握っていたが、
磯部がだまって答えなかったので栗原も引き退ってきた、と書いている。
だが、事件発起までの磯部の石原観は、そうではなかった。
石原は昭和維新に熱意をもち、
少なくとも彼等の蹶起にはこれを支援するものと考えていた。
これは彼が所持していた手帳の中に、
牟田口、西村、村上、鈴木貞一、満井中佐、
小畑、岡村、山下、本庄、荒木、真崎、石原、川島、古荘、今井
という名前が列記してあったが、
これらの人々は予め一大事が起ったならば、
これに善処をお願いする予定者だったというのである。
なる程、右の列記の人々は誰が見ても皇道派に近い、
また、これに好意をもつと考えられる人々であるが、
その中に石原の名前があることは、いささか異とするものがある。
石原は林陸相の下、作戦課長に抜擢された人材だが、
皇道派でも、また永田一派の流れをくむ統制派でもなかった。
むしろ軍の中の青年将校運動には批判的でこれを粛正する立場にあった。
だからその限りにおいて青年将校に対立するものがあったからである。
だが、磯部は、石原は国家革新には熱意を持つ幕僚だと見ていたので、
渋川善助や満井中佐を通じ事前工作をしていたのである。( 磯部第二回調書 )
また、栗原はこれを裏書するように、その第二回調書で、
「 石原大佐は ( 註、昭和維新について ) 少し違った点があったようでありますが、
 事件の途中に磯部が会った時には、同じような意見であったと磯部から聞きました 」
と述べている。
これからみると、磯部は事件前から事件中にかけて、
石原を昭和維新の準同志として認めていたことになる。
それだから二十九日安藤が 「 囲みを解いたら兵はかえす 」 と絶叫したとき、
磯部はすぐ柴大尉を石原戒厳参謀のもとに走らせて、囲みをとくよう申入れさせた、
好意ある処置がなされるものと信じていたからだろう。
しかし、その石原の答えは
「 今となっては脱出か自決しかない 」 といった冷酷非情のものだったので、
彼の怒りは心頭に発し その石原観も一転回したのではないかと考えられる。
ともかくも磯部は事件集結に至るまで、
石原大佐を維新の準同志とみて、これに期待をかけていたということは、
ここではっきりしておきたい。

大谷敬二郎
昭和憲兵史 から

對馬勝雄 ( 憲聴取 ) 『 内敵を一掃し、後顧の憂いを殘し 戰死した戰友部下に酬る 』

對馬勝雄

聴取書
本籍  青森県青森市相馬町四十八番地
出生地  青森県南津軽郡田舎館村字八反田番地不詳
對馬勝雄
明治四十一年十一月十五日生
右ハ昭和十一年三月二十日東京衛戍刑務所ニ於テ
本職ニ對シ左ノ陳述ヲ爲シタリ

一、本籍、出生地ハ前申述ベタ通リデアリマス。
一、位階 勲章恩給年金ハアリマセン。
一、私ノ陸軍出身以來ノ經歴ハ、
大正十一年四月仙台陸軍幼年學校ニ入學 爾後陸軍ノ諸學校ヲ經テ
大正四年七月陸軍士官學校本科卒業同年十月少尉ニ任官、歩兵三十一聯隊附
昭和六年十一月小隊長トシテ満洲事變ニ出動
昭和九年三月豊橋陸軍教導學校學生隊附ニ轉任

一、私ノ國家改造運動ニ附イテハ、
第一 ニ 私ノ生立チニ見マシテ環境ガ貧困ニアリ
社會生活ニ於ケル經濟上ノ問題ニツイテ屢々矛盾ヲ感ジテイマシタ。

第二 ニハ 幼年學校入校ノ前後ヲ通ジテ當時ノ時流ニ之亦漠然タル反感ヲ抱カサレタ、
其ノ譯ハ當時郷里ノ歩兵第五聯隊ノ將校ヲ訪問シテ其ノ時流ニ反スル剛健ナル氣風ニ接触シタ事
又 幼年學校ニ於イテ當時ノ社會ノ風潮ト絶縁シタ環境ノ中ニ入ツテ居タ事等ガ私ノ氣持チヲ然ラシメタト思ヒマス。
當時ノ時流トハ軍縮ノ時代デアツテ
又 地獄ノ沙汰モ金次第ト言ツタ黄金萬能ノ時代デアリマス。
又政党政治ノ弊害ガ目ニツイテ來タ時代デアリマス。

第三ハ 陸軍士官學校時代特ニ本科ニ於テ諸上官ヲ訪問シマシタ、
又奥元帥ノ訓示 「 ソレハ輓近世態ハ腐敗シ憂慮ニ堪ヘナイ 」 ト言ハレテ
將校ノ覺悟ヲ促サレタノデアリマス。
更ニ學校ニ於ケル大川周明博士ノ公演之等ニ依テ
政党ノ腐敗、經濟機構ノ不合理等ヲ痛感シ 又憤慨シマシタ。

第四、少尉任官ヨリ満洲出動ノ狀況、漸次單ナル憤激ヨリ研究的態度ヲ執リマシタ。
雑誌日本、日本思想、日本 ( 新聞 ) ソウ言ウ様ナモノヲ讀ミ始メマシタ、
尚當時ノ社會ノ情勢ハ愈々不況トナリマシタ。
左傾思想ガ跳躍スルト言フ様ナ狀態デアリマシタ。
特ニ私ハ兵ノ家ノ眞情ヲ調査シ
岩手県下ノ壯丁デアリマスガ社會ノ制度機構ノ矛盾ヲ痛感致シマシタ。
更ニ倫敦條約ニ於ケル統帥權干犯
所謂 「 キャッスル 」 事件  ソウ言フ様ナ事ニ就テ非常ナ憤激ヲ覺エマシタ。
又 昭和六年ニ建川少將ノ衛戍講話ヲ聞キマシテ
外交官ノ軟弱ナ事  昭和製鋼所ノ問題等ニツキ憤慨シマシタ。
實際運動トシマシテハ同年夏聯合艦隊ガ東京湾ニ入港シタ時 東京ニ於ケル有志ノ會合ニ參加シマシタ。
又十月事件ニモ軍装ヲ携帯シテ上京シマシタガ何等ノ事ナクテ歸リマシタ。
然シ當時カラ愈々皇國ノ爲ニ蹶起シナケレバナラヌト言フ氣持ガ鞏クナリマシタ。

第五ハ 在満中ノ狀況デアリマス。
内地ノ狀況ハ明カデアリマセンデシタガ
凡テ改造ニ就テハ國體ニ基礎ヲ置ク必要ガアルト言フ事ヲ感ジマシタ。
漸次其ノ研究ヲ致シマシタ。
又昭和六年出動シタ年ノ秋ハ東北ハ特ニ凶作デアリフ況デアリマシテ
出征シタ爲 兵ノ内憂ト言フモノヲ痛感シマシタ。
更ニ熱河作戰 其他戰場ニ於テ之等ノ戰友部下同志ヲ失イマシタ、
生還シタ私トシマシテハ凱旋後内敵ヲ一掃スル事ニヨツテ
之等ノ戰友部下ニ酬イナケレバナラヌト言フ事ヲ感ジマシタ。

第六、其後現在迄ノ狀況
昭和九年中ハ概シテ内地ノ狀況を靜観シマシタ。
此ノ間磯部、村中、栗原或ハ西田税  斯ウ云フ人ト往來交際シマシテ
逐次情報ヲ確メ 又 遠藤友四郎先生、長澤九一郎氏、中村義明氏等ノ人ノ思想ニ感銘シマシタ。
維新ノ根本ハ絶對ノ尊皇國體ノ顯現ニ存スルノデアツテ具體的ノ改造案ノ如キハ
論ズル必要ナシトノ心境ニ至リマシタ、
此ノ間 十一月事件、磯部、村中免官ノ事件、總監更迭ノ事件、相澤事件、渡邊總監ノ機關説ノ問題、
部内ニ於テハ所謂重臣ブロックノ不逞、
帝人事件、新官僚ト財閥ノ交合、ソウ言フ事ニツイテ認識ヲ博メマシタ。
今其ノ動機トナツタ點ヲ要約シマスト言フト 主ナル三ツノ點ニ歸スルト思ヒマス。
第一ハ平素ノ信念
 之ハ勅ヲ奉戴シマシテ 又 國防ノ本義ヲ考ヘマシテ
將校タルモノハ一死御奉公ヲシナケレバナラント言フ信念デアリマス。
第二ハ 第一師團出動前ノ蹶起ト言フ事ニ同情シタ事デアリマシテ
 之ハ私ガ満洲ニ於ケル體驗カラシマシテ尤モナ事デアルト感ジマシタ。
第三ハ渡邊總監ノ機關説問題ニツイテ總監所管ノ學校ニ在籍シテ居リマシタカラ
 總監ニ對シテ所信ヲ開陳シタノデアリマシタガ學校デ許可シマセン、
ソレデ直接私信トシテ出シマシタ、
又 既ニソウ言フ狀況ニ於テ重職ニ在ル事ガ心苦シイト思ツテ居リマシタノデ
其總監ニ私信ヲ發シタル事ニ就テ私ハ重謹慎十日ニ處セラレマシタ。
ソレデ今度ノ事件ニ於テ總監ヲ斃スト言フ事ハ判ツキリ聞イテ居リマセンデシタガ
精神ガ尖鋭ニナツテ居ル事ハ爭ハレナイ事デアリマス。
以上三ツガ主ナ動機デアリマス。

昭和六年夏東京デ同志ト初メテ會合シタ時ノ會合者ノ氏名如何
井上日召、五 ・一五事件關係ノ人、藤井齊少佐 ( 上海デ戰死シタ ) 満洲デ戰死シタ菅原新平 ( 伍長 )
西田税氏等デ其他ハ記憶シテ居リマセン。
對馬ノ平素ヨリ抱懐スル國家改造ノ手段方法如何
第一ハ自ラ地位ヲ得、局ニ立ツテ輔弼ヲ申上ゲル。
第二ハ 軍全體 更ニ國民全部ノ尊皇心ヲ喚起シテ流血ノ惨ナク所謂維新ニ邁進スル事。
第三は 自ラ前衛的任務ヲ以テ直接行動ニヨツテ奸賊ヲ斃ス、
 奸賊トハ國體ノ顯揚ヲ阻碍スルモノデ即チ重臣ブロック、財閥、官僚及幕僚ノ一部
所謂學匪腐敗セル言論機關、類似宗教ノ大部等デアリマス。
國家改造ニ關シ對馬ノ同志ハ皆同様ノ思想ヲ有セルヤ
ソレハ概ネソウダト思ヒマス。
其意味ハ大抵三ツノ考エ方ヲ持ツテ居ルト思ヒマス。
全國同志ハ改造ノ急ナル事ヲ認メ居ルヤ
認メテ居ルト思ヒマス。
ソレハ昭和六年八月ノ會合ノ時モ先頭ニ立ツ程デハナカツタガ何カアレバヤロウト思ツテ居マシタ、
其ノ十月事件ニ於テハ軍刀其タ軍装ヲ以テ蹶起スル積リデ上京シマシタ、
ソレカラ満洲ニ行キマシタカラ後ガ切レテ居リマス。
満洲ニ於テハ討伐ニ忙シク分散配置ヲシテ居リマシタカラ
同志ノ會合トカ研究トカ云フ事ハアリマセンデシタ。
満洲ニ居ル時 本ヲ讀ンデ國體等ノ研究ヲシテイマシタ。
ソレカラ長澤九一郎氏 生産権奉還ト言フ雑誌ヲ五十部計リ買求メ内地ノ人、
主トシテ元敎エタ上等兵トカ同期或ハ先輩ノ人ニモ若干ヤリマシタ。
對馬ノ最近ニ於ケル交友関係如何
崇拝シテイル人トシテハ和歌山ノ大岸大尉、相澤中佐、
情報ヲ信用シテ居ツタ人ハ西田税、磯部、村中、
ソレカラ同期生ノ中デ特ニ親交ノ深イ者ハ満洲ニ居ル歩二十ノ池田早苗、
獨立守備歩兵第十二大隊後藤四郎中尉、錦州松井部隊ノ石川寛一中尉、
公主嶺高射砲隊藤野毅一中尉、羅南野砲森田太平中尉、久留米戦車一聯隊竹中英雄中尉、
豊橋敎導學校板垣徹中尉、東京ノ栗原安秀中尉、近歩三中橋基明中尉等デアリマス。
戰死シタ人デハ歩兵第五聯隊遠藤幸道大尉、騎兵第三聯隊三浦美徳大尉。
病死シタノデ歩兵第三十六聯隊ノ佐藤幸次郎大尉、歩四五ノ堀之内吉彦中尉。
ソウ言フニンガアリマス。
今回ノ事件ハ何時知リタルヤ
二月十九日磯部淺一ガ私宅ニ來マシタ時、二月ノ末か三月ノ始メニ蹶起スル事ヲ告ゲマシタ。
ソノ時ハ極ク具體的ナ事ヲ話シマセンデ豊橋ノ我々ガ參加スルヤ否ヤト言フ事
及參加スルトシテ興津ヲ襲撃シ得ルヤ否ヤ、
其ノ二ツノ事ニ附キ聞ク爲ニ來タノデアリマス。
其時私ハ勿論參加スル
ソレカラ他ノ將校ガ立タナケレバ
私ノ區隊ヲ指揮シテ獨力デ興津ヲ襲撃スル事ヲ決心シテ告ゲマシタ。
ソレカラ隊デ志ヲ同ジクシ居ルト認メテ居ル竹嶌中尉、板垣中尉、
次デ塩田中尉、又 鈴木主計、井上中尉、ソレニ打チ明ケマシタ。
ソレハ二十日頃カラ二十二日位迄ノ間デアリマス。
井上中尉ハ同志デハアリマセンガ
氣骨ノアル立派ナ人物デアリマスカラ之ニモ打チ明ケタノデアリマス。
其ノ結果ハ竹嶌中尉、塩田中尉ハ概ネ同意シ、井上中尉ハ獨自ノ考アリト稱シテ
確答ハシマセンデシタガサン加スル様子デアリマシタ、
鈴木一等主計ハ後方一部ノ援助ヲスル程度、
板垣中尉ハ兵力ノ使用ニ反對シ參加ノ意ヲ示サズ寧ロ反對ヲ唱エタノデアリマス。
結局實行ニ際シテ板垣中尉ガ二十五日豊橋組ガ兵力ノ使用ヲ鞏行スルナラバ飽ク迄モ阻止スル事ヲ言明シ
ソレデ板垣ヲ斬ルト言フ事ニナレバ企圖ヲ暴露スルシ
又 其儘ニシテ置イテモ企圖ハ暴露シソウナ狀況デアリマシテ 止ムナク興津ノ襲撃ハ中止シマシタ。
井上ニハ後始末ノ爲殘ツテ貰ヒ
列車時間ノ關係上 塩田ニハ告ゲル餘裕モナク 竹嶌中尉ト私二人ハ急遽上京シマシタ。
二十五日午後六時頃豊橋ヲ出發 横浜ニ夜半到着 同地ヨリ自動車ヲ以テ東京に進入、
日比谷ホテルニ先ズ到着、之ハ麹町ニ近いホテルナライイダロウト言フノデ行キマシタ。
ソレカラ午前三時 其処ヲ出テ其儘歩兵第一聯隊ニ入リマシタ。
ソレデ栗原、村中、香田 ソウ言フ人ニ會イマシタ。
ソシテ私ハ栗原ト一緒ニ午前四時半表門ヲ出發 首相官邸ニ向ヒマシタ。
「 二十六日午前五時突入 」 ト言フ事ハ栗原ガ二月二十三日夕刻豊橋ニ來テ我々ニ知ラセマシタ、
其時小銃實包約二千發ヲ交附サレマシタ、
其時私モ射撃ニカコツケテ彈薬ヲコチラカラモ持ツテ行コウカト言ヒマシタラ
企圖ヲ暴露スルカラ止メテ呉レト言ヒマシタ、
栗原ハ其ノ日ノ夜中以後ニ歸ツタ様デアリマス。
ソシテ豊橋ニ於テハ今回ノ企圖ハ暴露シマセンデシタ。
外部ニ、言ハバ板垣シカナイノデアリマス。
二月十九日今次事件ノ企圖ヲ磯部カラ聞イタ後満洲同志トハ如何ニシテ連絡セシヤ
聯絡ハ致シマセン。
ソレハ企圖ノ秘匿上遠隔ノ同志ニハ通知セザル事
及 民間側ニモ絶對ニ知ラセナイト言フ方針デアリマシタ、
澁川ハ元候補生ノ關係デ入ツテ居リマス、
此ノ方針ハ磯部カラ聞キマシタ。
今度ノ事件ノ企圖ハイツ頃ヨリ判明セシヤ
ソレハ分カリマセン、
第一師團ガ出動スレバ第一師團同志ハ當分立テナクナルト言フ噂ハ同志カラ聞キマシタ。
栗原位カラ一寸聞イタ様に思ツテイマス。
噂ガ傳ワツタ時ノ氣分ハ第一師團ヲ満洲ヘヤルト言フ事ハ危險人物ガ澤山アルカラ
之ヲ満洲ニヤツテシマウ積りナンジヤナイカナドト想像サレタノデアリマシテ 
ドウモコウ言フ狀態デハ我慢ガ出來ナクナルノデハナイカト言フ氣持ガシマシタ。
然ラバ明瞭ニ今度ノ様ナ事件ヲ犯スカドウカニ附テハ何モ相談ヲ受ケマセンデシタ。
敎育總監ノ隷下ニアル學校ニ居ル事ガイヤニナツタカラ
「 軍旗の下 」 ニ歸ラシテ下サレト言フ事ヲ上司ニ願出タガ許サレズ
依テ豫備役願ヲ出シテモ許サレマセンデ
止ムナク 敎育總監宛二月五日 「 閣下ノ反省ヲ乞ウ 」 旨ノ私信ヲ出シ
二月十二日カラ十日間重謹愼處分ヲ受ケマシタ。
池田早苗中尉ニ私ノ氣持ヲ知ラシタノハ一月半頃デ
ソノ内容ハ總監ノ機關説問題ニツイテ傳エラレテ居ル事實
ソレカラ自分ノ決心 即チ自分トシテハヤメテモイイ
斯ウ云フ者ノ下ニ居ル事ハ 潔シトシナイ ト言フ決心デアリマス。
之ト同様ノ事ヲ藤野毅一、石川憲一、後藤四郎  羅南ノ森田太平、
久留米ノ竹中英雄ニ言ツテヤリマシタ。
満洲ノ同志ニ兵器弾薬ヲ内地ヘ輸送方依頼シタル事アリヤ
輸送ハ依頼シマセン、方法ガ考ヘラレマセン。
但し、平素蹶起ノ必要カラソウ言フモノヲ持ツテ來テ居レバ都合ガイイト思ハレマス。
モウヒトツハ 五 ・一五事件ノ海軍ノ伊東亀城少尉ガ
上海ヨリ手榴彈ヲ持ツテ來タト言フ事ヲ聞イテ居リマシタノデ
私ガ満洲カラ何モソウ言フモノヲ持ツテ來テ居ラナカツタ事ニ附イテ
「 ウツカリシテ居ツタ 」 ト言フ氣持ガアリ
池田中尉ガ満洲カラ歸リニ
持ツテ來ラレナイモノデハナカラウカト言フ氣持ヲ抱イテ居ツタ様に思ヒマス。
公主嶺ノ大野政雄、同榎丸中尉トノ關係如何
大野中尉ハ名前ハ知ツテイマスガ交際ハシテイマセン。
榎丸ハ士官學校ノ時 同區隊デヨク知ツテイマス。
任官後殆ンド交際ヲ絶ツテイマス。賀狀モヤツタカヤラヌカト言フ位デアリマス。
安藤進中尉、後藤壽文中尉、横田俊平中尉、萩野重幸中尉、塩田鹿三中尉、
北場勇中尉、西山勝中尉、山本学中尉  トノ交際関係如何
安藤ハ幼年學校ハ同ジデアリマスガ其後交際シテ居リマセヌ。
後藤壽文ハ萩野ト同ジク、豫科ノ隣區隊デ割合ニヨク知ツテ居リマスガ交際ハアリマセン。
山本學、西山勝、横田俊平ハ同期生トシテ名前ハ知ツテ居リマスガ交際ハアリマセン。
北場勇、塩田鹿三ノ二人ハ全然名前モ知リマセン。
四本蕘雄、藤野毅一、石川寛一、後藤四郎、栗原凱ニハ如何
之ハ割合知ツテ居ル人バカリデアリマス。
四本ハ同ジ幼年學校、交際ハシテ居リマセンガ其ノ氣分ヲ知ツテ居リマス。
藤野ハ前ニ申上ゲマシタ。
之ハ豊橋教導學校デ一時一緒ニ居リマシタ、非常ニ親交ガアル譯デアリマス。
固ヨリ思想的ニ共鳴シテ居リマス。
然シ絶ヘズ通信等ハナク先刻申上ゲタ様ニ渡邊總監ノ機關説問題デ手紙ヲ出シタ位デ
其他二、三回ハ出シマシタ。マア情報ト自分ノ感想位ヲヤリマシタ。
東京事件ニ附テハ文通ヲシタコトガアリマセン。
石川寛一モ親交ガアリマス。豫科ノ同一隊デ非常ニ氣分ノイイ人間デアリマス。
石川ニハ中村義明氏ノ皇魂、長澤九一郎氏ノ皇民意識
此ノ二ツノ冊子ハ非常ニ有益デアルカラトテ購讀ヲ勧メ 石川モ爾來ソレヲ取ツテイル筈デアリマス。
今度先ニ言フタ渡邊總監ノ問題ニツキ手紙ヲヤリマシタ。
後藤四郎トハ任官以來同志的ナ氣分デ親交ガアリマス。
但シ文通ハソウ多クヤリマセン。
渡邊總監問題デ手紙ヲ送ツタ事ハ前述ノ通リデアリマス。
後藤トハ五年間會ツタコトナく從テ國家改造問題等ニツイテハ話シタ事ガアリマセン、
栗原凱ニハ所謂昭和維新ト言フコトニ就テ熱意ヲ有シテイルト言フ事ハ聞イテ居リマスガ、
任官以來直接ノ交際ヲシテ居リマセン。
以上同期生以外ニテ在満同志中親交アルハ誰カ
親交ル者ハアリマセン。
北村良一ヲ知ルヤ
知リマセン。
市川芳男中尉、西山敬九郎大尉、明石寛二ハ如何
市川ハ私ガ昭和九年三月満洲カラ歸ツテ東京デ一回會ツタト思ヒマスガ日時ヲ記憶シテ居リマセン。
私ガ西田氏或ハ大蔵大尉ヲ訪問シタ時ダロウト思ヒマス。
從ツテ今デハ顔モ記憶シテ居リマセン。
西山敬九郎大尉ハ知リマセン。
明石寛二ハ矢張リ私ガ満洲カラ歸ツテカラ東京デ會ツタコトモアリマス。
又豊橋ノ私ノ家ニ來タコトモアリマス。
ソシテマア比較的顔ナジミノ方デアリマス。
明石カラ出シタ村中、磯部ニ對スル醵金きょきんノ印刷物モ貰ヒマシタ。
明石ガ満洲ヘ行ツテカラハ文通モシテ居リマセン。
満洲ニ於ケル地方人ノ國家改造運動ニテ交際アル者ハ誰カ
運動ニ關係アル知人ハアリマセン。
他ニ申立ツルコトナキヤ
今度ノ行動ハ天祐、神助ガアツタト言フコトヲ感ジマス。
ソレト言フノハ事前ニ企圖ヲ暴露シナカツタト言フコトハ大ナル天祐デアリマス。
ソレカラ最後ニ皇軍相撃タナカツタコト
私ハ個人トシマシテハ昨年末ノ休暇ニ於テ
極メテ多忙ノ際ニ歸省シマシタ、ソシテ兩親ニ會ツテ歸リマシタ。
コレハ其時ニ於テ今度ノコトガアルト言フコトハ豫想シテ居リマセン、
又私ガ上京スル前々日即チ二月二十三日ソレ迄私ノ妻ガ發熱シテ病床ニアリマシタガ
其ノ里ノ兩親ガ突然私ノ宅ニ參リマシテ療養ノ爲ニ妻子ヲ連レテ實家ニ歸リマシタ。
實家ハ静岡デアリマス。
ソレデ實家ノ兩親ニモ逢ヒ妻子モ片附キマシテ私モ非常ニ身輕ニナリマシタ、
ソレカラ私ガ歸省シマシタ時 東北に 「 神様 」　ト言フノガアリマシテ
ソノ 「 神様 」 カラ母ガ聞イテ私ガ二月ニ變ルト言フ事ヲ言ヒ、
又私ノ叔父ノ妻 ( 叔母 ) ガ矢張リ 「 神様 」 カラ變ルト言フ事ヲ聞キマシタ。
變ルト言フノハ 「 東ノ方ニ移ル 」 ト言フコトデアルト手紙ヲ寄越シマシタ。
又モウ一ツ。
ソレハ首相官邸デ左脚ニ彈ガアタツタト思ヒマシタ。
ヤラレタト思ヒマシタ。
処ガ靴ニハナンラ傷ラシイモノガアリマセン。
靴ヲ脱イデ見マスト靴下ニ實包ノ大サ位ノ穴ガアイテイマシテ
ソシテ小サイ傷ガアツテ血ガ少シニジンデイマシタ。
ソコデ私ハ 自分ニハ彈ガアタラント言フ氣持ヲ強クシマシタ。
之ハ満州事變以來ノコトデハアリマスガ。
デ　ソレヲ考ヘテミマスト云フト
楠公ノ旗ニ 「 非理法權天 」 ト云フコトヲ痛切ニ感ズルノデアリマス。
ソレハ及バヌコトデハアリマスガ
私共ノ至誠ガ天ニ感ジマシテ理屈デハ法ト權ニ勝ツコトハ出來マセンガ、
其ノ法ト權モ天ニ勝ツコトガ出來ナカツタ
ト言フ事ヲ如實ニ示シテ居ルモノト思ヒマス。
ソレデ今獄ニ投ゼラレマシテ再ビ權ト法ノ下ニ我々ノ理ノアル所を國民ニ披露シテ
最後マデ御奉公ヲ期シ度イ此ウ云フ気氣持デアリマス。
尚陛下ノ御宸襟ヲ悩シ奉ツタコトニ對シテハ深ク恐懼シテ居ルノデアリマス。

モウ一ツ
今度ノ事件ノ最後ノ方ニナツテ奉勅命令ト言フノガアリマス。
之ハドウ言フ風ニ違ヘラレテ居ルカ知リマセンガ
誤解ノナイ様ニシテ貰ヒ度イ。
我々ガ順逆ノ道ヲ誤ツタ様ナ誤解ガアリハシナイカト心配シテ居リマス。
それ丈であります。

對馬勝雄
右読聞ケタル処相違ナキ旨申立ツルニ付署名拇印セシム
昭和十一年三月二十日
陸軍司法警察官  陸軍憲兵少佐  宇津木猛雄

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大谷敬二郎著  昭和憲兵史 から

香田淸貞 ( 憲聴取 ) 『 神州の危急を知ろしめずんば朕をして君たるの道を失はしむるものなり 』

 
香田淸貞 
聴取書
本籍  東京市世田ケ谷区上馬町一丁目百九十番地
出生地  佐賀県小城郡三日月村大字久米字吉原番地不詳
住所  東京府武蔵野町吉祥寺六百十八番地
香田清貞
明治三十六年九月四日生
右者昭和十一年三月十六日、東京衛戍刑務所ニ於テ、
本職ニ對シ左ノ陳述ヲナシタリ

一、私ハ國家改良ニ就イテハ今迄斯ウ言ウ様ニ考エ 又實施シテ來テ居リマス、
 ソレハ國民全般ガホントウノ日本人ラシイ氣持チニナル、
其ノ意味ハ明治迄ハ東洋文化ニヨッテ日本魂ヲ培ツテ來マシタ、
然シ明治以後西洋文化ガ入ツテ來マシタガ之ガ消化シ切ラナカツタ、
之ヲ消化シツクシテ日本精神ニ之ヲ持テ
日本人トシテ現時ニ適應スル光ヲ顯ワシ行ク様ナ日本人ニナル事ガ必要デアリマス、
其ノ方法トシテハ私共ハ直接關係トシテ先ズ部下ヲシツカリ敎育シテ郷党ニ歸シ
其ノ部下ヲ通ジテ世ノ中ノ指導階級ニ對シテ此ノ氣分ヲツギ込ンデ行ク。
ソノ次ハ同僚竝同志ヲ通ジテ左右ニ之ヲ擴大スル。
其ノ結果指導的地位ニ立ツ人ニ人材ガ蔟出シテ來ナケレバナラヌ。
即チソレハ前ニ述ベタ日本人ラシイ日本人ガ出テ來ル事ヲ目的トシマス。
ソレデ眞ニ翼賛ノ道ヲツクシテ行クノデアリマス。
此ノ目的達成ノ爲ニハ之ヲ遮ルモノ若ハ單ナル現狀維持ノ如キ重ミトナルモノハ
之ヲ打チ拂ツテ人材ヲ出スト言ウ事ニ努力シナケレバナリマセン。
ソウ言ウ必要ハ特ニ國際關係ト非常ニ關係ヲモチ
國際關係ガ急ゲバ急グ程ソウ言ウ手段ヲ考エナケレバナリマセン。
之ヲ要シマスノニ私ノ考エテイル國家改造ト言ウ事ハ
具體的ニドウ言ウ風ニ改造スルト言ウ事ハ考エテイマセン。
只人材ガ野ニアツテ出ナイ、眞ニ翼賛ヲナシ得ル人ヲドンドン出シテ行ク、
コレヲヤルノガ我々皇軍將校ノヤル事デアルト考エマシタ。
國家改造ト言ウ事ハ陛下ノ大號令ノ下ニ
ソレ等ノ人々ガ眞ニ翼賛ノ道ヲツクシテ行ツテ呉レル事ニ依テ出來ルノデアリマス。
從ツテ將校トシテハ具體的ニドウスルト言ウ事ヲ考エル事ハ必要ナク
却テ邪道ニ陥ルト思ッテイマス。

國家改造ノ目的達成ヲ遮ルモノ等ヲ打チ拂ツテモ云々ト言ウガ此ノ點ヲ詳細ニ説明セヨ
ソレハ前述シタ上下、左右ヲ通ジテ敎育的ニ指導シ
或ハ相澤中佐ノ如キ方法モアリ、
最後ニハ今度ノ二月二十六日ノ事件ノ如キ方法モ採ラネバナリマセン、
然シ私ハ今度ノ如キ方法ヲ採ルト言ウ事ハ悲シムベキ事ダト思ヒマシタ。

二 ・二六事件實行ヲ決定シタル人ハ誰カ
私ハソノ點ニ於テハハッキリ承知シマセンガ
確カメマセンデシタガ全般ノ空氣ガ決定的ニナツタト言ウ事ヲ知ラシテ下サレタノハ、
二月二十三日正午頃吉祥寺ノ自宅ニ村中ガ來テ其ノ事ヲ知ラシテ下サレマシタノデ
私ハ其ノ時部隊ノ人達ノ決意狀態ガ如何ナル程度デアルカニ不安ヲ感ジタカラ質問シマシタ。
其ノ時ニ部隊ノ方ガ非常ニ決意ガ強イト言ウ事ヲ聞イテ
實行ノ可能性アル事ヲタシカメマシタノデ用意ヲシマシタ。
ソレデ其ノ用意シタ時ニソノ期日モ村中ガ言ツテ呉レマシタ。
二十六日午前五時半各自目標同時ニ襲撃ト言ウ事デシタ。
私ハ歩一ノ大尉以上現地戰術、ソレカラ歸ルト動員ト暗號ノ事ヲ他ニ氣ヲクバレズ、
スグ又旅團下士官ノ現地戰術ニ出テ二十二日午後四時半頃自宅ニ歸リマシタ。
從テ村中等ガ最後ノ決意ヲシタ席ニハ出ナカツタノデアリマス。
約十日位留守ヲシタ關係デ出席シマセンデシタガ
若シ出席シタ場合ニ於テ如何ナル意見ヲ言ウカニツイテハ何トモ言エナイ。

國家改造運動に關与ノ狀態如何
十月事件ノ末期頃カラデアリマス。
此ノ問題ニ就イテ歩一ノ中、少尉會ヲ開キ、
栗原中尉ガ最モ深イ關係ヲ持ツテ居マシタカラ栗原ニ實情ヲ説明サシタノデスガ
全般ノ空氣ガ栗原ヲ壓迫シテイマシタ、
然シ栗原ノ考エガヨイ場合ハ勿論惡イ場合デアツテモ若い將校ヲ壓迫スルト言ウ事ハ面白クナイ、
何トカ指導スル必要ガアルト思ヒマシタ。
ソレニハ自分ガ自ラ飛ビ込ンデ研究シテ見ル必要ガアルト考エマシタ。
之ヲ栗原ガ感附イテ 一ツ菅波ニ會ツテ話ヲ聞イテ見ナイカト言ハレ
日時ハハツキリシマセンガ 十月事件ノ末期デスカラ 昭和六年十月十日前後ト思ヒマスガ
明治神宮ノ參道ノ神宮アパートで菅波大尉ニ會ツテ話ヲ聞イタノガ動機デアリマシタ。
其ノ後數回菅波ニ會ヒマシタ。
初ノ中ハ善惡ノ判決ヲ与ヘテ居リマセンデシタガ
次ノ事カラ身命ヲ賭シテモ努力セネバナラヌト感ジマシタ。
ソレデ此ノ一團ハ正シイ動キ方ヲシテイルト思ヒマシタ。
ソレハ丁度十月事件關係者ノヤリ方ガ非常ニ不純デアルノデ菅波ト色々話をシマシタガ
菅波ハソノ 「 一團 」 ノ中ニ居テ
「 イザ 」 ト言フ場合ニ之ヲ 「 引キ戻ソウ 」 ト決心ヲシテイマシタノデ
私ハソレナラヨカロウト言フテ賛成シマシタ。
ソレデソノ十月事件デ日ニチハハッキリシマセンガ誰カガ押サエラレタ時、
アア コレデヨカツタト歓聲ヲモラシタ人ガアリ　
始メテ純眞ナ人々ガ一團ノ中ニアル事ガワカリ
爾來ソノ人々ト一緒ニ改造運動ヲヤツテ來タノデアリマス。
ソレデ私ハ三十七期デ相當古參ノ方デシタカラ
マア年寄役ト言ツタ様ナ統制的ナ事ヲヤツテ來マシタ。

運動資金ノ關係如何
運動資金トシマシテハ個人トシテ自分デヤル通信及運動ハ自分デ出シテ居リマシタガ
村中、磯部等ガ定職ニナツテカラ其ノ生活補助ト運動資金ヲ得ル爲ニヤル事ニナリマシタ。
最初當時明石少尉ガ砲工學校ニ居テ村中及磯部ニハ將來モ運動ヲシテ貰ハネバナラヌカラ
其ノ生活ヲ補助シ且運動ニ從事シ得ル様ニ援助シテ下レトノ印刷物ヲ同志ニ出シマシタ。
ソノ後明石ガ砲工學校ヲ卒業シ私ハ北支那カラ歸ツテ來タノデ明石カラ頼マレテヤリマシタ。
最初安藤ト二人デヤツテクレト明石ニ頼マレマシタガ安藤ガ忙シイノデ私ガ一人デヤリマシタ。
ソシテ私ガヤル事ニナツテカラ昨年十月カ九月ノ末
同志ニ明石ト交代シタ事及將來更ニ援助シテクレト言ウ事ヲ書イテガリ版刷りノ手紙ヲ出シマシタ。
ソノ配布先ハ憲兵隊デオ持チニナツテイル通りノ名簿デアリマス。
只其ノ名簿ニハ同志デハナク知人關係ノ人モアリマスカラ承知シテ頂キマス。

玆ニ於テ別紙名簿氏名ヲ告知シタルニ相違ナキコトヲ申し立てタリ
尚知人ト言フ程度ハ佐藤操、
松本ハ同期生關係デ準同志、岡田、安藤ハ同期生關係デアリマセウ。
アマリ外マワリノ事ヲシマセンカラ、ハッキリシタ事ハワカリマセン。
大體ニ於テ送金シ來ル者ハ同志ト思フ事ガ出來マス。

明石中尉ヨリ 引繼時ノ狀況如何
名簿ヲ引繼グ時ハコノ〇ヲ打ツテアルノハ大體送ツテクレルデセウ。
餘程骨ヲ折ラント中々集リマセンヨト言ハレマシタノデ私トシテハ大ニ努力シヤウト思ヒマシタ。
其ノ結果大體十月カラ二月迄ハ生活補助ハ出來タト思ヒマス。
運動方面モ大體マカナツテイルト思ヒマス。
集ツタノハ全部村中ニヤリマシタ。
通信費ハ私ガ全部負担シマシタ。

二 ・二六事件ヲ起ス際ノ眞ノ氣持如何
昨年七月北支那カラ歸ツテ第一回ノ週番ヲシマシタ時ハ
軍装シテ出カケマシタ位デシタカラ
ソノ時は何モシナクテ 却テ相澤中佐殿ガ 「 パット 」 出タノデ
汗顔ニ堪ヘナカツタノデアリマス。
同志ハ既ニ昨年敎育總監更迭ノ際カラ
「 何カヤラナケレバナラヌ 」
ト言フ堅イ決意ガ全部ニ出來テイタノデアリマス。
全國同志ハ必ズシモ手紙カ印刷物ヲ貰ハンデモ同ジ様ニ氣分ガ動イテイルノデアリマス、
私ハ其ノ點ハ非常ニ不思議ニ思ヒマス。
北支那デ考エテ居タ事ヲ内地ヘ歸ツテ來テ聞イテ見ルト全ク同ジデス。
今度ノ事件デモ通知ヲ出シタノハ東京ト豊橋ダケデスガ
然シ全國ノ同志ハチヤント此ノ動キヲ承知シテイルト思ツテ安心シテイマス。
北支那邊リデ貰ツタハガキニハ一寸シタ警句ノ様ナモノヲ書キソレデ全般ノ狀況ガツカメマス。
實例ハ一寸忘レマシタガクドクドシク書ク必要ハアリマセン。
殊ニ今度ノ事件デ驚イタノハ下士官兵ガ意外ナ鞏固ナ決心デ集ツタ事デ
何カ事ヲ擧ゲレバ案外大キナ事ガ出來ルト思ヒマシタ。

同志名簿及 醵金きょきん名簿ハ如何ナルモノカ
同志名簿ヤ醵金名簿ガアル事ハ知リマセン。
以前金ヲ集メタ事ハアリマスガ名簿ノ事ハ全然知リマセンデシタ、
村中ガ新聞ヲ配布スル爲ニ配布名簿ハ必要デアリマスカラ作ツテアルト思ヒマス。
名簿ガ無ケレバ配布ガ出來マセンカラ村中、磯部ハ全ク金ヲ集メマセン。
私ガ全部集メテ來タモノハ之ヲ村中ニ渡シマシタ。
指定ノ爲替ハ引出シテ現金トシテ渡シマスガ
其ノ他ハ爲替ノママ手紙ト共ニ村中ニ渡シテ居リマシタ。
ソレデ礼狀ハ私カラ出シマシタガ
私カラバカリデモイケナイカラ暇ナ時ハ村中、磯部カラモ出スヨウニシテイマシタ。

他ニ申シ立ツル事ナキヤ
此際軍ガ各個人的ノ感情ニ囚ワレテ一致シ切ラナイ様ニ思ヒマス。
ソレヲ大乗的見地カラサラリト棄テテ眞ニ一致團結シテ維新翼賛ニ邁進シテ貰ヒ度イト思ヒマス。
ソレガ始メカラ終リマデノ希望デアリマス。
ソレカラ意見トシマシテハ之ヲ維新ニ邁進シナカツタナラバ今度ノ事件ハ國軍ヲ破壊シテ行クト思ヒマス。
此ノ点 上ノ方ハ十分考ヘテ事ノ起コラヌ前ニハ議論デモヨイガ最早起ツタ事デアルカラ
事件ノ善惡ヲ議論スルト言フ事ヲヌキニシテ起ツタ事實ニ基イテ善処シテ頂キ度イモノデ
其ノ意味ハ國軍ノ強化、其ノ結果トシテ外交ヲ有利ニ導ク事ガ出來、
國民ハホントウニ覺醒シ其ノ結果大御心ヲ安ンジ奉ル事ガ出來マス。

ソレニ就テ注意トシテ上ノ方ニ申上ゲタイハ
明治元年ノ勅語ノ中ニモ
「 尊重ノミ朝廷ノ事トシ 神州ノ危急ヲ知ロシメズンバ
 朕ヲシテ君タルノ道ヲ失ハシムルモノナリ　」
ト言フ一節ガアリマスガ
特ニ上司ヘ之ヲ考慮シテ貰ヒ
只 陛下ヲ神棚ニアガメルト言フ事ヲ棄テテ
陛下ト共ニ君臣一體
陛下ト共ニ喜ビ
共ニ憂ウル
ト言フ様ニヤツテ戴キ度イト思ヒマス。
今申シタ事ハデキル丈早ク上ノ方ニ申上ゲテ
今ノ此ノ危急ヲ切リヌケテ頂キ度イト思ヒマス。
今考ヘテイル事ハ夫レ丈デアリマス。
香田清貞
右讀聞ケタル処相違ナキ旨申立ツルニ附署名拇印セシム
昭和十一年三月十六日
陸軍司法警察官  陸軍憲兵少佐  宇津木猛雄

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二 ・二六事件秘録 ( 一) から

澁川善助 ・ 昭和維新情報

澁川善助   

二・二六事件当日から、西田税宅で、
澁川善助、福井幸、加藤春海、宮本誠三などが、事件の情況をガリ刷に作製して全國の同志に直送したもの。
( 約二〇〇部くらい )
第三報まで出した。
二十七日午後からは、周知のように、情勢は急轉して叛亂軍が非常な苦境におかれはじめた。
二十八日早朝 原宿警察から西田税探索のため刑事數名がふみこんできた。 
リンク→西田はつ 回顧 西田税 2 二・二六事件 「 あなたの立場はどうなのですか 」 
( 西田は、岩田富美夫氏の入院していた東京巣鴨の某病院にいた )
これにより澁川は情勢の惡化を知り、
「 様子をさぐってくる 」
と 蹶起部隊に入ってそのまま歸らなくなり、
また西田宅も嚴重に監視されており、第三報で終わった。
この 「 情報 」 を 作製した一人 西田税夫人の談によれば、
第一報、第二報をつくっている時は、事件の動きがあまりに、自分らの期待以上に順調に進んだので、
これで 「 昭和維新 」 は 「 ついに成った 」 と 思いこんでしまった、
ということである。
なお、この 「 情報 」 をつくる費用、郵便代のため西田家でかねて親しい質屋を呼んで、
二〇〇圓の資金を得たが、事件終結後、
その質屋の主人は、
「 質草に對し、貸金が多すぎた 」
という理由で 「 叛亂罪幇助 」 の廉で四ヶ月の罪に處せられたというエピソードもある。

現代史資料4
国家主義運動1
から
・
昭和維新情報第一報  二月二十六日午後七時現在
二月二十六日 早朝四時 維新皇軍東京部隊 大擧蹶起し 皇城を奉じて
維新の大義を宣明し 反維新勢力の元兇、首脳を粉砕討滅せり。
概況左の如し
一、主力  皇道維新派 歩一、歩三の大部隊其他、近歩、豊橋部隊
一、配備  皇城を守護し奉り、丸ノ内各省官衛、大銀行、新聞社等を完全に占拠す。
一、斬奸  西園寺 ( 生死不明 ) 牧野、齋藤 ( 實 ) 岡田、高橋、後藤、渡邊教育總監、鈴木 ( 貫太郎 )
  小栗警視總監、川島 ( 參内の途中行方不明 )
一、反應  内閣總辭職、後藤内閣不明、陸軍首脳部混亂、海軍一致維新軍支持、芝浦に軍艦二艘入港、陸戰隊上陸
一、對策  維新軍の赤誠を上聞に達し 御親裁御嘉納を仰ぐべく工作進展中 ( 好望 ) 國民的意思表示の要あり。
  全國同志奮躍興起すべきは唯是千載一遇の今にあり。
各位不退轉の決意を以て大義に參ぜよ、先づ 環境に応じて左の処置を執られたし。
A、各地 皇軍の奮起を促進すべし。
B、大擧實力を示威し、地方長官に面接昭和維新に賛せしめ、
維新内閣出現の國民的翹望も上奏傳達せしむ。
C、侍従武官府宛 維新内閣出現の國民的翹望を上申すべく 電報書信の急霰を注ぐこと。
D、各地に聯絡すべきこと。
E、其他 適宜可能なる一切の手段を盡すこと。
以上
( 続報 ) 臨時首相大角大將、其他閣僚は其の儘、
維新同志会同人
 ・
昭和維新第二報  二月二十七日正午現在
一、維新軍は凡る困難に逢著せんも 萬死を屠して牢固たる初一念を貫徹するものなり。
  本舞台は之より始まり 今迄は序幕なりと心得、
全力を傾倒して斷乎たる處置を敢行せられ度し。
各地に於ては最後に至る迄 續々と國體擁護、國體生活權確立の蜂起を望むや切なり。
逆睹し難き情勢の經過聯續下に
維新軍の勝利を決するものは一に懸って各地の續々たる蜂起にありと信ず。
環境に應じての左の處置を斷行せられたし。
A、各地皇軍の奮起を促進すべし。
B、大擧實力を以て地方官廳、金融機關、通信機關等を占領し
  昭和維新實現の國民的翹望を上奏す。
C、侍従武官府宛 維新内閣出現の国國民的翹望を上申すべく電報書信の急霰を注ぐこと。
D、各地に聯絡すること。
E、其他適宜可能なる一切の手段を盡すこと。
一、維新軍の眞精神を軍首脳部及幕僚は混濁せる國體観念の故に理解する能はず、
  前後處置顚倒して遺憾の點のみなり。
速やかに全國の維新蹶起を以て彼らを正導するを要すべきや切なり。
第一報を左のごとく訂正す
一、主力  皇道維新派 歩一、歩三の大部隊 其他、近歩、有志將校
一、配備  部隊を集結し維新阻止勢力粉砕準備の大勢に在り。
一、斬奸  西園寺 ( 生死不明 ) 牧野 ( 不明 )、齋藤、岡田、高橋、渡邊、鈴木
  小栗警視總監、川島 ( 參内の途中行方不明 )
一、反應  内閣總辭職、後藤内閣不明、陸軍首脳部混亂、海軍一致維新軍支持、
  芝浦に軍艦一艘、駆逐艦二艘入港、陸戰隊上陸
( 続報 ) 臨時首相代理後藤文夫
維新同志会同人
昭和維新第二報續報  二月二十七日午後五時現在
一、蹶起せる部隊は尊皇軍と稱す。
一、尊皇軍は戒嚴令下にて小藤支隊として活動中なり。
一、尊皇軍は陸相官邸、首相官邸、警備司令部を占拠し 兵力を集結して和戰両様の備にあり。
      陸軍省本部は明渡したり。
一、最惡の場合は斬死の覺悟を以て士気旺盛なり。
以上
維新同志會同人
・
昭和維新第三報  二月二十七日午後八時現在
尊皇維新軍は愈々勇躍一路維新回天の大業に邁進しつゝあり。
一、蹶起の理由、趣意書に明白なり。
一、維新實現の爲めには維新を要する程に國家を亡狀に導き國民を塗炭の苦しみに呻吟せしめつゝある現支配階級
 而してこの國體的反逆の中樞として君側に仕へまつれる重臣と反國體的軍部の不逞とを討たねばならぬ。
一、是等の討伐は一つに軍の武装的實力に依ってのみ可能なる事柄であり、
 而して國體を體認せる維新的同志に依ってのみ果斷に決行し得られるものなり。
一、此の決行に對する幹部同志將校左の如し
  歩一、香田大尉、栗原中尉、林少尉等約三中隊
歩三、野中大尉、安藤大尉、新井中尉、坂井中尉等約六中隊
近歩三、中橋中尉等約一中隊
地方部隊、河野中尉、田中中尉、對馬中尉、竹嶌中尉等其他、村中大尉、磯部一等主計、
                中島中尉等將校約二十名、下士以下 ( 同志的集團 ) 約二千名、
一、襲撃占拠地点  首相官邸、陸相官邸、陸軍省、參謀本部、警備司令部、警視廳を占拠し、
  殲滅的決意を以て一切の非國體的現象を處理し、而して當局の反省處決を要望しつゝあり。
一、二十六日午後三時 戰時警備令發布さる。尊皇維新軍は現地占拠のまゝ之に編入さる。
一、二十六日深更以後 軍事參議官と幹部將校全部との間に於て磁極収拾の會議を開催交渉せるも、
  具體的一致を見るに至らず終れり。
一、二十七日午前三時戒嚴令下る。尊皇維新軍は現地のまゝ戒嚴部隊に編入さる。
一、二十七日午前十一時頃 尊皇維新軍は諸般の考慮を以て陸軍省、參謀本部より撤退し、
  他の各地區に全兵力を集注し待機中。
而してこれより以上は一歩も退かぬ不退轉の決意と行動に依りて目的貫徹に鋭意善処中。
一、其の間全く困惑狼狽せる當局は尊皇軍を鎮撫撤退せしむることに腐心しつゝあるも
  逐次尊皇軍の要望に接近し、維新展開以外に處置の方法なきを認識しつゝあり。
一、二十六日夕 陸軍大臣布告全軍に發布さる。
その内容。
一、青年將校等蹶起の趣旨は天聽に達しあり。
      ・・・蹶起の趣旨は天聽に達せられあり
一、諸氏は國體眞姿顯現の至情に發したるものなることを認む。
      ・・・諸子の行動は國體の眞姿顯現の至情に基ずくくものと認む
一、國體顯現の現況 ( 弊風も含む ) は寔に恐懼に堪へず。
      ・・・國體の眞姿顯現 ( 弊風含む ) に就いては恐懼に堪へず
一、各參議官も協力一致して右趣旨に邁進を申合せあり。
      ・・・軍事參議官も一致して右の趣旨に依り邁進することを申合せあり
一、それ以上は一に 大御心に俟つ。
      ・・・之以上は一に 大御心に俟つ
の意味のものを尊皇軍將校に提出した。
全く當局として尊皇軍に對する降伏の證文なることを意味するも、
但し観念的抽象的なり。
一、堀第一師團長は出撃部隊の趣旨を諒として反對論に鞏便に反對しつゝあり。
一、香椎戒嚴司令官は出撃部隊幹部將校と會見し、其の要望を諒承したり。
一、出撃部隊を反逆視せる情報曲報あるも然らず。
  命令通報等には 「 二十六日出撃部隊 」 と稱せられ、
歩兵第一聯隊長小藤大佐の指揮下に属し 戒嚴部隊として占拠する區劃の警備を命ぜられ、現に活動しつゝあり。
休息、補給等十分に与へられあり。
一、二十七日夕 軍事參議官眞崎大將、阿部大將、西大將と維新將校幹部一同との第二回會見行はる。
  阿部、西 両大將は眞崎大將の時局収拾を支持することを誓ひ、
眞崎大將は參議官の行動は一に上意によるも維新將校の要望に善処することを言明したり。
一、之を一大契機として各地自主的なる善処をなし、維新の展開に邁進する。
一、宮中の反國體的存在者を一掃し、宮中の維新化を圖り、軍の維新化、不純分子の一掃をなす。
一、大詔渙發の請願運動を全國的に捲き起こす。
一、之に依って全維新勢力が政治的に、社會的に凡てに亘って結合しつゝ 完全維新實現を期す。
( 各團体は右顧左耳丐 する事なく維新の本道に向って邁進すべし )。
以上
維新同志會同人

澁川善助 「 全國の農民が可哀想ではないんですか 」

疑問の奉勅命令
わたくしは昼食を済ますと直ぐまた、
聯隊本部に詰めかけた。

大詔の内容を寸刻も早く知りたかったからである。
聯隊長は不在だったが
間もなく何処からともなく帰って来て、
大詔は渙発されずに、奉勅命令になるそうだと、
一寸力を落して一同に告げた。

わたくしは
「 なあんだ 」 と思ったが、
それは上司の都合とあれば文句も云えない。
奉勅とあれば陛下の御意図を体しての命令である。
絶対的である。
如何なる内容の命令か、一同は固唾を飲んで発令の時期を待った。
聯隊本部には大隊長は勿論将校全員呼寄せられた。
奉勅命令とはどんなものか。
少なくも行動部隊の黒白を決するものと予想したのに、
その内容は全くわれらの期待を裏切った。

「 占拠部隊ハ速カニソノ守地ヲ撤去スベシ 」

これがその要点であった。

曾ては
師団命令で守地につけて置きながら、
今度は奉勅命令でその反対を命令ずる。
わたくしは全く狐につままれたようであった。
この奉勅命令が
日時も二月と書かれただけで、
発令者も明記されていないのは、
先の陸軍大臣告示と同様であった。

わたくしは少し怪しいとは思ったが、それ以上疑念も持てなかった。

奉勅命令の下達は、予定より一時間程遅れた。
それは当時、行動部隊の将校がいきり立っているので遅れたのだと説明された。
その結果が何うなるのか、一座には緊張の空気が漲った。
やがて安藤中隊や野中大尉の指揮する部隊は帰って来るとの情報が這入ってホッとした。
ところが坂井や高橋は第一中隊の矢野大尉のもとには帰らぬと頑張っているのである。
大隊長は
「 新井君、坂井君の一番信頼するのは君だと思うから、君が一つ説得に行ってはくれまいか 」
と 依頼された。
わたくしは勿論一つ返事で承諾し、
 かれら蹶起将校の集合している幸楽に、聯隊の自動車を駆って急行したのである。

昨夜 安藤と会ったあの応接室には、十数名の将校が集っていた。
安藤も坂井も鈴木もいた。
勿論 見馴れぬ将校もいた。
わたくしがそこに這入って行くや、
坂井に話す隙もあらばこそ、忽ち数名の者から、
「何うだ、何うだ」
と、質問の矢を浴びてしまった。
これは余り様子が違う。
野中や坂井が誰と交渉したのか、それさえも知らぬわたくしである。
ただ知っているのは奉勅命令のことである。
「奉勅命令が出たんです。お帰りになるんでしょう」
わたくしは慰撫的にそう云った。
これはかれらには意外だったらしい。
「 何が残念だ、奉勅命令が何うしたと云うのだ、余りくだらんことを云うな 」
歩兵第一旅団の副官で、事件に参加した香田大尉がこう叫んだ。
かれらはまだ自分の都合のよい大詔の渙発を期待しているのだ。
奉勅命令については全然知らない。
わたくしは茫然立っているだけであった。
・
この時
紺の背広の澁川が 熱狂的に叫んだ
「 幕僚が悪いんです。幕僚を殺るんです 」
一同は怒号の嵐に包まれた。
何時の間にか野中が帰って来た。
かれは蹶起将校の中の一番先輩で、
一同を代表し軍首脳部と会見して来たのである。
「 野中さん、何うです 」
誰かが駆け寄った。
それは緊張の一瞬であった。
「 任せて帰ることにした 」
野中は落着いて話した。
「 何うしてです 」
澁川が鋭く質問した。
「 兵隊が可哀想だから 」
野中の声は低かった
「 兵隊が可哀想ですって・・・・。
全国の農民が、可哀想ではないんですか 」
澁川の声は噛みつくようであった
「 そうか、俺が悪かった 」
野中は沈痛な顔をして呟くように云った。
一座は再び怒号の巷と化した。
澁川は頻りに幕僚を殺れと叫び続けていた。
事件はこれで決着と思って来たのに、この様は何としたことか。
全て虚偽であった。
そこを立去るわたくしの顔面も蒼白であったに違いない。
幸楽の門を出ようとすると、
村中が軍服で
「 戦争だ、戦争だ 」
と 叫んで駈込んで来た。
しかし わたくしは物を云う元気もなかった。
自動車に乗って聯隊本部へ帰ったが、
「 帰ると云うのは虚言です」
と これだけ云うのが精一杯であった。

「日本を震撼させた四日間」　新井勲　著　から 

香田淸貞大尉の四日間 1 『 陸相閣下ト叫ビマシタ 』

 
香田淸貞 
訊問調書
被告人  元陸軍歩兵大尉  香田清貞
右ノ者ニ對スル叛乱被告事件ニ附、昭和十一年三月一日、赤坂憲兵分隊ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲナスコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ香田淸貞
年齢ハ三十三才デアリマス
所属部隊ハ元歩兵第一旅團司令部デアリマス
官等級ハ元陸軍歩兵大尉デアリマス
族称ハ東京府平民デアリマス
本籍地ハ、東京市世田ケ谷區上馬町一丁目百九十番地デアリマス
出生地ハ佐賀県小城郡三ケ月村字吉原デアリマス
住所ハ東京府武蔵野町吉祥寺六百十八番地デアリマス
位記、勲章、記章、年金、恩給を有セザルヤ
正七位デ勲章ハアリマセン
昭和三年御大礼記念章を持ツテ居リマス。年金、恩給ハアリマセン

此度ノ事件發生ニ至ル迄ノ動機如何
幼年學校二年生頃 壓迫ヲ受ケテ居ツタ時代デアリマシテ、
自由主義赤化思想ガ侵入シ爲ニ其判斷ニ迷ツテ來マシタ。
次デ士官學校豫科ニ入リテモ 共産主義ノ道理ガ判然セズ、
本科ニ入リテカラ之ヲ解決セネバナラヌト考ヘ、
一時ハ軍人ヲ辭メナケレバナラヌトモ決心致シマシタ。
之ハ解決セズシテ士官學校ヲ卒業シタノデアリマス。
其後ハ隊附トナリ 一君萬民尊皇絶對ノ観念ガ明確ニ認識得マシタ。
之ハ大部分兵隊ニ接シテ敎ハツタノデ、コレナラ大丈夫 將校トシテ務マルト思ヒマシタ。
其処デモウ一ツ 不安デアッタノハ、日本ニハ貧富ノ差ガ大デ、之ハ甚ダ不合理ナ事デアリ、
指導スル立場ニ在ルモノハ兵ヲシテ戰場ニ於テ、後顧ノ憂ナカラシメネバナラヌト思ヒ、
其ノ欠陥ハ指導的立場ニアルモノノ責任ト思料シ、結局政治問題ニ及ンダノデアリマス。
政治ニカカワルト云フ事ガ翼賛ヲ明確ニ示シテアルノデ、軍人ノ任務トシテハ良イ場合ニハ良イ、
惡イ場合ニハ惡イト明瞭ニ言ハネバナラヌト思ヒマシタ。
言フ方法ニツキ我々ノ直属上官ニ言フノガ大切ナ事ト考ヘ、
之ヲ實施シテ居リマシタガ、此等ノ原因ガ常ニ滅シナイノデ其ノ方法ハ大シタ効果ガ無イト考ヘマシタ。
其頃迄ニハ部外部内トノ關係ナク一人デ思索ヲ練ツテ居リマシタ。
原因ガ滅シナイト考ヘタノハ、共産主義ヲ信奉シタ兵ガ年々 二、三名入隊スルノガ續イタノト、
軍事救護ヲ受ケル者ノ數ガ 年々増加ノ傾嚮ニアルカラデス。
此ノ様ナ兵ガ増エルカラ對外關係ガ惡化スルノデ、
此等ノ兵ヲ以テ戰場ニ立タネバナラヌト云フ事ニナッテ來マシタ。
對外關係トハ 「 ロンドン 」 條約 「 ワシントン 」 條約等ガ私ノ頭ニ映シテ居リマシタ。
結論トシテハ此ノ狀態ヲ早ク直シテ戰闘力旺盛ナ兵ヲツクラナケレバ對外的ニ危驗ナリト考ヘマシタ。
矯ス方法ハ如何ニスベキカ判ラナイ狀態ニナリマシタ。
其ハ十月事件ガ起ル前ノ考ヘデアリマス。
十月事件ガ第一聯隊内デ問題ニナリマシテ、聯隊内デ中少尉會ヲ開キマシタ。
其時 十月事件ノ目的經過ヲ栗原中尉ガ話シマシタ。
中少尉會デハ二ツノ討論ガ出マシタ。
其一ツハ軍人ニシテ如斯問題ニ參与スルハ不可ナリト云フノト、
一ツハ原則トシテ不可ナルガ之レニ參与スルノハ止ムヲ得ナイ事デアルカモ知レヌ、
トノ議論ガアリマシテ、後ノ方ノ議論ヲスルモノハ栗原外一、二名位デアッタ様ニ思ヒマス。
其 中少尉會デ感ジタノハ、議論ノ良惡ヨリモ、
栗原中尉ガ激シイノデ先任者ガ壓迫排斥スル氣運ガ濃厚デアリマシタ。
私ハ其時 兩方ノ議論ニ對シ善惡ヲ考ヘズシテ、中少尉會ノ空氣ニ對シ關心ヲ持ツテ居リマシタ。
個人的感情デ後輩ヲ排斥スルノ氣分ガアルノハ良クナイト考ヘマシタ。
ソコデ 自分ハ之等ノ問題ノ中心ニ飛込ンデ見ルト云フ氣ニナリマシタ。
其後 一、二日ノ後、菅波三郎大尉ニ遭ハナイカトノ話ガアリマシタノデ、
同期生デ且ツ幼年學校友達デアルノデ、彼ノ居宅デアル神宮前ノ 「 アパート 」 デ遭ヒマシタ。
其時 二、三名ノ顔ノ知ラナイ將校ガ居テ、直接菅波大尉ト話ガ出來ナイノデ其人達ノ話ヲ聞イテ居リマシタ。
其話ハ 私ハ以前カラ考ヘテ居タ考ヘト同ジデアルカラ、其話ニ共鳴シテ歸リマシタ。
十月事件ノ發覺ニナッタ晩カト思ヒマスガ、菅波ノ家ニ將校ガ擇山集ツテ居リマシタ。
其ノ時ノ話ハ十月事件ノ決行ニ就イテノ話デアリマシタ。
十月事件指導者ノ思想竝ニ計畫共ニ不同意ノ點ガアリマシタ。
菅波ニ對シ 十月事件ニ對スル意見ヲ聞イタ処、
菅波ハ不同意ダガ勢イガツイテ居ルモノヲ止メル譯ニハ行カヌノデ、
菅波ガ考ヘテ居ル様ニ指導スル必要ガアル。
之ガ爲 其中ニ飛込ム必要ガアルト言ヒマシタ。
ソウデナイト十月事件ノ動キガ反國家的ナモノトナル処ガアルト言ヒマシタノデ、
ソレナラ判ルト私は答エマシテ、其人達ト其行動ヲ共ニシテモ良イト思ヒマシテ、
十月事件ガ天意ニヨリ止マツテ呉レレバ良イト思ツテ居リマシタ処、
情報デ取止メニナツタト聞キ、其席ニ居タ人々ガ其レハ良イ事ダト言ヒマシタ。
ソコデ同席ノ人々ハ自分ト同ジ考ヘデアルト判リマシタノデ、信頼ノ氣分ガ起リマシタ。
其後 軍人ノ持スル改革思想ニハ種々ナモノガアル事ガ判リマシタノデ、其後研究シテ居リマシタガ、
私トシテハ軍人ノ改革思想ニ差ガアルノデ之ヲマトメル必要ガアルノト、
之ガ實行ノタメニ血ヲ流スコトヲ避ケネバナラヌト考ヘテ居リマシタ。
之ガ爲軍隊内ニ情ヲ以テ上下左右ガ結バネバナラヌ、上官トシテハ部下カラ信頼サルゝ人ニナラネバナラヌ、
上下左右一体體トナルニハ腹蔵ナク膝ヲ交ヘテ話サナケレバイカヌ、
斯クノ如クシテ昭和維新ヲドウシテモ實行シナクテハイカヌト云フ考ヘニ纏レバ、
流血ノ惨ヲ極メテ少ナクシテ昭和維新ヲ斷行スルコトガ出來ルト思ツテ居マシタ。

今度ノ事件ノ目的ハ何デアルカ
其 蹶起趣意書 ノ通リデアリマス。
其決起趣意書ト言フノハ是カ
是デアリマス。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
二 ・二六事件

二十三日 午前十一時頃、
村中孝次ガ吉祥寺ノ自宅ニ來テ事件計畫ニ就テ述ベマシタ。
歩一部隊ハ首相官邸及參謀本部及陸軍省
歩三ノ安藤部隊ハ鈴木侍從長
坂井部隊ハ齋藤内府
野中部隊ハ警視廳
近歩三ノ中橋部隊ハ高橋蔵相
豊橋ノ部隊ハ西園寺公
飛行學校ノ部隊ハ牧野前内府
實行後ハ陸軍省附近ニ集結シ、
部隊外ノ同志ハ歩一丹生部隊ト共ニ陸相官邸ニ至リ、
上部工作ノ担任
自分ノ担任ハ歩一ト聯絡ノ上、大體 丹生中尉ノ部隊ニ參加スルコト
決行ノ日時ハ二月二十六日午前五時
等ニシテ、
其処デ私ハ、部隊ノ實際ノ力 及 決意ガ充分ナリヤト反問シタル処、
村中ハ、
部隊ノ方ハ非常ニ鞏固ナリト答ヘタルヲ以テ自分モ之ニ同意致シマシタ。
ソレカラ彈薬、食糧等ニ就テハ話ガアリマセンデシタ。
村中ハ昼食時デアリマシタガ食事モセズ、十二時近クニ歸リマシタ。

以後此問題ニ附、二十四日ハ
旅團ノ暗號書ノ整理ヲ爲シ、尚機密書類整理ヲヤル積リデ居リマシタガ、
暗號ハ出來タガ、機密書類ノ方ハ雑務ノ爲出來マセンデシタ。
其晩午後七時頃、
歩一ニ到リ栗原中尉ノ許デ野中大尉及村中孝次ト四人會同シ、
私ハ栗原ニ對シ歩一ノ狀態ヲ聞キ、特ニ丹生中尉參加ニ附、大丈夫カト念ヲ押シマシタラ、
丹生中尉ガ他ノ室ニ居ルカラ會ツテ呉レト云ハレマシタ。
野中大尉ハ歩三ガ多少準備ニ遅レテ居ル様ナ模様ヲ栗原ト話シテ居リマシタ。
ソレカラ丹生中尉ノ許ニ到リ、其室ニ林少尉モ居リ、
丹生中尉ハドウシテモ決行シナケレバナラヌト述ベタノデ決行ノ氣分ヲ確メ安心出來マシタ。
歩一ノ山口大尉ハ週番デアリマシタガ、當日歸路一寸會ヒ普通ノ話ヲ致シマシタ。

二十五日ハ旅團カラ午後六時半頃 家ニ歸リ、晩食後入浴ヲ濟セ、
家ヲ出テ同八時頃、歩一丹生中尉ノ許ニ行キマシタガ、
其時ノ打合セ事項ハ担任場所迄ノ進路、警戒、配人員、編制要領、歩哨ノ特別守則、
通信網一時停止ノ方法、丹生部隊ト上部工作トノ聯絡方法等デアリマス。
尚装塡ノ時期、彈丸ノ使用ハ將校ノ命ニ依ルコト ( 特別守則ニ入ル )、
實包ハ明朝起床時、班内デ分配スルコト等ヲ決定シマシタ。
午後九時過ぎ頃、
村中孝次ガ參リ、前述セル蹶起趣意書ノ原案ヲ携エテ來マシタノデ、
兵ヲ使役ニトリ謄冩刷トナシ印刷ニ纏メル等二時間ヲ費シマシタ。
ソノ間ニ林少尉ガヤツテ来て、下士官中ニハ少シ氣持ガ弱クナツタ様ニ申シマシタノデ
一事心配シマシタガ、栗原中尉ハ決行ノ企圖ダケハ洩ラサヌ様ニシテ呉レト
下士官ニ頼ミマシタノデ大體安心致シマシタ。

豊橋ノ對馬中尉ト初對面ノ歩兵中尉某ト二人ガ、( ・・竹嶌繼夫 )
十二時過ギニ參リマシタ。
對馬中尉ノ話ニ依ルト、豊橋ニ於テ意見ノ相違者ガ出來、
西園寺公襲撃計畫ガ無理ニ鞏行スレバ暴露スル虞アリタル爲、
之ヲ取止メ汽車ニテ到着シタトノ事デアリマシタ。
ソノ豊橋ノ意見相違者は誰カ知リマセン。
ソレカラ待機姿勢ニアリ、
午前三時頃下士官ヲ起コシ、丹生中尉ヨリ蹶起趣意書ヲ説明シ、
次デ全員ノ起床ヲ命ジマシタ処、見習医官一名參加申シ込ミタルヲ以テ之ヲ許シ、
又歩兵四十九聯隊カラ一師團司令部ニ通勤ノ下士官一名モ同様申込ミマシタガ、
之ハ聯隊モ異リ指揮關係モ違フノデ許シマセンデシタ。
又體ノ弱イ者等ニハ殘留ヲ命ジマシタガ中ニハ熱心ニ參加ヲ願ヒ出タ者モアリマシタ。
人員編制ハ内務班長ヲ中心トシテ、六個班ニ區分シ、装備ハ輕機六挺、人員約百五十名位、
實包ハ小銃各人六十發ニシテ輕機ハ知リマセン。
ソコデ準備ヲ終リ、
午前四時二十分頃ニ機關銃隊ノ舎前ニ集合シ、
同四時半頃表門ヨリ出發シタノデアリマス。

二十六日午前四時半第歩兵第一聯隊ノ營門ヲ出テカラ如何ナル行動ヲナセシヤ
二十六日 午前四時半、
歩兵第一聯隊ノ正門ヲ栗原部隊、丹生部隊ノ順序ニ出デ、
私ハ丹生部隊ノ先頭ニ丹生ト一所ニ位置シ、溜池迄ハ交番ノ無イ所ヲ前進シマシタ。
此進路ハ栗原ガ餘メ偵察シテ置キマシタ。
溜池ヨリ首相官邸ニ向ヒ、栗原部隊ハ首相官邸ニ到着スルト直グ同官邸ヲ包囲シマシタ。
丹生部隊ハ依然前進ヲ續行シテ陸相官邸ニ向ヒマシタガ、
官邸ニ赴ク途中、三叉路ノ交番巡査ガ電話ヲ掛ケテ居タカラ、
丹生部隊ノ後尾ヲ前進シツゝアツタ磯部ガ、同交番巡査ヲ脅シテ電話ヲ掛ケサセナイ爲ニ
拳銃四、五發射撃シマシタ。
・
陸相官邸ニ達シテ門前ニ到リシ時、憲兵ガ出テキタノデ
私等ハ閣下ニ重要進言ガアルノデ門ヲ開ケロト云ヒマシタラ開ケテ呉レマシタ。
ソコデ私、村中、磯部ハ玄關ニ進ミ、兵ハ ( 人員百五十、機關銃二 )
餘メ計畫セシ配備ニ依リ配置シマシタト同時ニ、電話室ヲ押ヘマシタ。
横川軍曹ノ指揮スル五、六名ハ、 ・・・リンク→香田淸貞大尉 「 國家の一大事でありますゾ ！ 」 
官邸建物ノ出入リ口ノ警戒、火災豫防ヲ担任セシメマシタ。
私、村中、磯部ノ三名ハ表玄關ノ戸ヲ叩キマシタ処、私服ノ憲兵ガ起キテ來テ開ケマセンノデ、
我々ノ來タ事ヲ大臣ニ傳ヘヨト申シマシタ処、大臣ハ風邪デアルト申シマシタ。
ソコデ我々ハ、廊下ヲ右ニ廻リ畳ノアル所ニ行キ、
「 陸相閣下 」 ト叫ビマシタ処、
憲兵ガ出テキテ、「 暫ク待タレヨ 」 ト言ヒマシタノデ、
更ニ、「 奥様 」 ト呼ンダラ奥様ノ聲ガシマシタ。
我々ハ重大要件デ來タノダカラ、奥様ニ 「 閣下ニ會ハセテ下サイ 」 ト頼ミマシタガ、
更ニ憲兵ガ出テ來タノデ大臣ノ面會ノ事ヲ頼ミマシタ。
奥様ガ出テ來ラレテ寐室みしつデ御會ヒスルカラト申サレマシタガ、
ソレデハ失礼ダカラト考ヘ、應接間デ待ツテ居リマシテ憲兵ニ取次方ヲ依頼シマシタ。
村中ガ又奥様ニ大臣ニ面會サセテ下サイト頼ミマシタ。
午前六時頃、少佐ノ秘書官ガ來ラレマシタノデ、一般情況、計畫を傳ヘ、
大臣ニ面會ヲ取次ガレタシト頼ミマシタ。
午前七時頃、大臣ガ出テ來ラレマシテ、其時秘書官ハ側ニ居ラレマシタ。
私ガ其時大臣閣下ニ斯様ニ話シマシタ。
一、一般情況 ( 計畫ノ概要 )
二、蹶起趣意書朗讀シ、此趣意書ヲ一般大衆ニ知ラセル様ニセラレ、國民ノ動揺ヲ防イデ下サイ。
三、希望事項トシテ、之ハ通信紙ニ詳細ニ書イタノデ大臣ニ手交シマシタ。 ・・・リンク→ 川島義之陸軍大臣への要望書 
1、此事態ヲ速ヤカニ収拾シテ昭和維新ニ邁進シテ下サイ
2、皇軍相撃ツ様ニナラヌ様、深甚ノ考慮ヲオ願ヒシマス
3、憲兵司令官ヲ呼バレ、此ノ狀況ヲ話サレ、憲兵ノ活動ヲ統一シテ下サイ
4、警備司令官、近衛第一師團長ヲ呼バレ、狀況ヲ話サレ、皇軍相撃ツノ狀況ニナラザル様ニシテ下サイ
5、南、宇垣、建川、小磯ノ將軍ヲ逮捕又ハ保護檢束シテ下サイ
 　理由ハ、十月、三月事件關係者ニシテ、皇軍ノ統制ヲ亂シタ元兇デアル。
 　然ラザレバ襲撃等ノ不祥事ガ起リマス。
6、根本大佐、武藤中佐外一名 ( 名前ハ忘レマシタ ) ヲ罷免   ( ・・片倉衷 )
 　理由ハ、從來ノ行動カラ見テ皇軍ノ統制上害ガアル。
7、我々ノ同志、（ 其時云ヒマシタ、名前ハ忘レマシタ ） ヲ速ヤカニ東京ニ招致シ、意見ヲ聞イテ下サイ。
　 造詣深イ同志ノ意見ヲ聞カルルコトハ全國的波亂ヲ防止シマスカラ
ソノ他ハ今覺エテ居リマセン。
右ノ事ヲ極メテ迅速ニ処置シテ下サイ、ト申シマシタ。
大臣ハ急速ニ出來ルコトモアリ、出來ナイコトモアルト云ハレマシタノデ、
私ハ法規ニ拘泥シナイ様ニ大局的見地デ処理ヲ願ヒマスト申シマシタラ、
大臣ハ承知シタト言ハレマシタ。
ソコデ私ハ更ニ急イデヤツテ下サイト申シマシタ。
面會ヲ終リマシタ時ハ正午過ギデアリマシタ。
大臣ハ午後一時頃參内サレマシタ。
當日夕刻山下少將ガ陸軍大臣告示ヲ持ツテ來マシタノデ、
其趣旨ハ結構ナ事デアルカラ速ニ實行ニ着手シテ貰ヒタイト申シマシタ。
其時陸軍次官、鈴木大佐ガ立ツテ居リマシタ。

被告ノ言フ陸軍大臣告示トハ是レカ
(  茲ニ於テ證拠品陸軍大臣告示証第壹号ノ一ヲ示ス )
ハイソウデアリマス。
其夜私ハ村中、磯部、丹生等ト共ニ陸相官邸ニ宿營シマシタ。
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午前十一時頃陸相官邸に居ります時に、
小藤大佐殿は山口大尉殿を連れて来られまして、
私が初めて会ひました時に、
小藤大佐殿は、
「 相澤公判が之に関係があるのか。相澤公判は良く行って居るのに 」
と言はれましたので、
私は、
「 相澤公判とは関係ありません。
 相澤公判に就ては閣下並びに小藤大佐殿が努力されて居るので、感謝して居ります 」
と 答へ、尚一般の情況を申しました。
小藤大佐殿は、
朝飯を喰はして居るかと言はれました外、
困ったような風で何も云はれませんでした。
私は民家に迷惑を掛けないように、予め金を丹生中尉に渡して置いたので、
其処置はどういふ風になつて居るかと考へ、丹生中尉に部隊食事の事を聞きました。
尚、外の部隊にも聞き合はせました処、
各部隊では仮証書を出して適当なものを喰しはて置きましたと云ふ事が判ったので、
私は山口大尉殿が、小藤部隊長の副官の様な事をして居りましたので、
山口大尉へ
「 聯隊から給与して下さい 」
と 申しました。
小藤大佐殿は前に申上げました通りで、
困ったような風で何も云はれずに、山下少将、鈴木大佐と何か話して居られました。
其後、小藤大佐殿は、正午頃第一師団司令部に行くと云って、出て行かれました。

二十六日夕刻に至り、
事態収拾中心が必要であるから、
小藤大佐殿が出て来て、
全般へ指揮を取って下さる事を山口大尉殿に言ひました所、
山口大尉は第一師団司令部に行って話して見やうと云はれ出て行かれました。
それから、第一師団司令部で、
小藤大佐の指揮下に入る様になつてから
小藤大佐殿が、
午後二時頃かはつきり時刻は憶えませんが、
小藤大佐殿、山口大尉が陸相官邸に来られて、山口大尉が私に、
「小藤大佐が出動の部隊を指揮される様になつたが、
小藤大佐は一般の状況が判ってないので、暫らく命令を控えて居られる」
との事を山口大尉が言ひましたので、我々は之を聞き、
小藤大佐の指揮下に在って行動するものと考へました。
其時陸相官邸で小藤大佐殿が私を呼ばれて、
「指揮するようになつたが、状況が判らぬので、どうかと思って居る」
と申されましたので、
私は、
「 指揮をされる時には、今度の蹶起の趣旨を考へられて、
普通の指揮の遣り方でなしに、重要な事は我々に相談して、然る後、命令を出して頂きたい 」
と申しました処、小藤大佐殿は
「 そうだなあ 」 と 言はれました。
・・・香田清貞大尉 「 陸相官邸の部隊にも給与して下さい 」
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二十七日ニ於ケル
行動ハ如何

二十七日陸相官邸ノ警戒ニ就テ、
二十六日ノ朝 官邸出入口ノ將校ト歩哨トノ間ニ小競合アリテ問題ガ起ツタノデ、
最初ノ警戒配備ヲ續行スル案ト、
陸軍省、參謀本部トノ事務ヲ邪魔シテハ不利ダカラ開放スル案ガアリ、
一般ニ開放スル事ニナリマシタ。

正午過ギニ 陸相官邸ニ軍事參議官ガ集合サレマシテ、
私ト村中、磯部、對馬、栗原 ト五人面接致シマシタガ、
其際私達ハ軍事參議官ガ一致シテ御配慮下サル事ニ對シ御礼ヲ申上ゲ、
陸相ニ對シ進言セシ事項ヲ述ベ、國體顯現ニ力ヲ致サレンコトヲ希望シマシタ。
軍事參議官側ハ、主トシテ荒木大將ガ抽象的一般論ニ就テ述ベマシタ。
依ツテ我々ハ早ク事態ヲ収拾サレ、
國體顯現ノ爲具體的ニ實施邁進セラレタキ旨進言ヲ致シマシタ。
此時小藤大佐、山口大尉及鈴木大佐、山下少將ガ立會ツテ居リマシタ。  リンク→ 第十八　軍事参議官と会見

其後 小藤大佐ノ意見デ、各部隊共議事堂附近ニ集結シタラ如何トノ話ガアリマシタノデ、
主力ヲ議事堂附近ニ集メマシタ。
・
正午頃 村中ト私ハ戒嚴司令部ニ參リマシテ、香椎中將、參謀長、石原大佐、柴大尉ト面接シマシタ。
其際村中ハ決起ノ理由ヲ述ベ、皇軍相撃ツノ狀況ニナラザル様頼ミマシタ。
香椎中将ハ、上司ノ狀況ヲ話サレ 良ク考ヘテ見ヨ ト申サレマシタ。
依リテ私達ハ一同ニ相談スル必要ガアルノデ、ソウ急ニ返事ガ出來ヌカラ一寸待ツテ貰イ度イ、
其迄ハ命令ヲ出サナイ様ニシテ下サイト頼ミマシタ。

ソコデ首相官邸ニ引キ返シ、栗原、磯部ニ遭ヒマシタ。
栗原ガ小藤部隊ハ現在地附近ニ位置セヨトノ師團命令ガ出テ居ルト申シマシタノデ私ハ安心致シマシタ。

此時現在ノ儘デハ解決ノ中心點ガ無イカラ、
此中心點トシテ真崎閣下ニ一任シタラドウカトノ意見ガアリマシタノデ、
一同ニ謀リマシタ処、賛成シマシタノデ、
將來ノ關係上軍事參議官ニ御集リヲ願ヒマシタ処、
都合デ阿部大將、西大將、眞崎大將ノ三人デアリマシタ。
其時モウ夜ニナツテ居リマシタ。
磯部ガ全部一任スルノカ或ハ制限シテ一任スルノカ、トノ意見ヲ出シマシタカラ、
一同ニ謀リマシタ処、
一同ハ一任スルト言ツタカラニハ全部一任シヤウデハナイカトノ話ニ定マリマシタ。
大將ニ對シ我々ハ次ノ事ヲ申上ゲマシタ。
一、天皇陛下ノ御命令ニハ服從シマス。
二、事態ノ収拾ハ眞崎大將ニ全部一任シマス。
此ノ理由ハ皇軍相撃ツノヲ避クルノト、
下士官兵ト國家ヲ思ツタタメニ立上ガリシモノデアルカラ、賊名ヲ負ハセタクナイカラデアリマス。
再ビ斯ノ如キ事態ヲ惹起セシメザルタメニハ、威信ノ曙光ヲ認メ、
然ル後 現位置ヲ撤退スル必要ナリト感ジテ居リマシタガ、
若シ現在地ヲ占據シテ居リマスレバ、奉勅命令ガ出ソウデアリ、
奉勅命令ガ出タラソレ迄デアルカラ、何トカ上司ノ御力ニ依リ、
此両者ヲ調和シテ円満ニ解決シテ頂キ度イ爲、色々ノ折衝ヲ致シマシタ。

ソコデ交通遮斷ヲ解キ、議事堂附近ニ主力ヲ集結シ、
迷惑ヲカケナイ爲ニ各大臣官邸ニ宿營シ、
警戒兵ハ其周囲ニアル部隊トノ接觸ヲ避ケル様ニ配置シマシタ。
私ハ鐡道大臣官邸ニ宿營し、其処ニハ野中部隊ガ居リマシタ。
小藤大佐ハ折衝ノ爲陸相官邸ニ居ラレマシタ。

・・・次の頁 香田清貞大尉の四日間 2 に続く
二 ・二六事件秘録 ( 一 ) から

香田淸貞大尉の四日間 2 『 決戰ハ拂暁ト思ヒマシタ 』

香田淸貞 
・・・前頁  香田清貞大尉の四日間 1 の続き


二十七日午後十時
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二十八日午前六時頃、
陸相官邸ニハ小藤大佐ヲ訪レ狀況ヲ聞キマシタ処、
奉勅命令ガ出ルカモ知レナイ様ナ意味ノ話デアツタカラ、
私ハ第一師團長閣下ニ御願シテ諒解ヲ得、師團長閣下ガ香椎閣下ニ良ク話シテ戴き度イト思ヒ、
小藤大佐ト私と村中、對馬、山口五人デ第一師團司令部ヲ訪レマシタ処、
參謀長 ( 舞伝男大佐 ) ハ奉勅命令ハ未ダ來テ居ナイト申サレマシテ、
師團長閣下ニ小藤大佐カラ我々ノ考を申上マシタ。
師團長閣下ハ、我々ニ
命令通リ小藤大佐ヲ部隊長トシテ現在地ニ居レバ宜シイ
ト 申サレマシタノデ安心致シマシタ。
ソレカラ山口大尉ト一緒ニ陸相官邸ニ歸リマシタ処、門ノ処デ山下少將ニ遭ヒマシタ。
山下少將ハ心配ソウナ様子デ主ダツタ者ヲ集メテ呉レトノ事デアリマシタノデ、
私ト栗原、村中、磯部、野中大尉外一名 ( 判然記憶シマセンガ ) 集リマシタ。
此時山下少將、鈴木大佐、小藤大佐、山口大尉ガ居リマシタ。
山下少將カラ、奉勅命令ノ出ルノハ時間ノ問題ダト申サレマシタノデ、
私達ハ困リマシタノデ考ヘテ居リマシタガ、
栗原中尉カラ命令ガ出タラ服從シマスガ、下士官兵ヲ助ケテヤツテ下サイ、
ト 申シマシタ。
私達ハ下士官兵ニ賊名ヲ負ハセ、皇軍相撃ツコトヲ避ケタイノデ、
天運ト諦メ、一同栗原ノ意見ニ同意シマシタ。
私達ハ之ヲ第一線ニ傳ヘ、納得サセル必要ガアルト云フノデ部隊將校ヲ集メマシタ。
安藤ガ來ナイノデ、村中ガ安藤ノ処ニ行キマシタ。・・・リンク→ 「自決は最後の手段、今は未だ最後の時ではない 」
安藤カラ傳令ガ來テ將校ハ幸楽ヘ集合シテ呉レトノ事デアルカラ、
將校ノ殆ンド全部ガ幸楽ヘ行キマシタ。
安藤部隊ハ情況切迫シテ居ッテ、安藤大尉ハ決意ガ堅カッタノデ、
一同モ決心ガ更ニ變化、各部隊トモ決戰準備ヲナス様ニナリマシタ。・・・リンク→ 『 戰爭だ、戰爭だ 』 
前半夜ハ鐵道相官邸ニ居リマシタガ、決戰ハ拂暁ト思ヒマシタカラ
( 拂暁ト思ツタノハ攻撃地區ノ住民ヲ立退カセ、然ル後攻撃スルト思ヒマシタカラ、拂暁ダラウト思ヒマシタ )、
後夜半ハ山王ホテルノ丹生部隊ニ行キマシタ。
各部隊ニハ挑戰セザルコト及同士打ヲセザル様注意ヲ与ヘマシタ。
私ハ二十八日朝、第一師團司令部デ御願シタ天聴ニ達シテ戴ク望ヲ棄テテマセンデ、
何トカナルダラウト考ヘテ居リマシタ。

《 二十九日 》
午前四時頃、
幸楽ニ居タ安藤部隊ハ交戰ニ適シナイノデ、山王ホテルニ引上ゲテ來マシタ。
午前六時頃、
山王ホテルニ小藤聯隊長ガ來ラレ、
下士官兵ハ私ニツイテ來ル様ニ言ツテ呉レト言ハレマシタノデ、
丹生部隊ノ下士官兵ニ遠慮ハイラヌカラ 小藤大佐ニツイテ行ケト申シマシタ。
小藤大佐カラモ下士官兵ニ言ハレマシタガ、
下士官兵ハ
行キマセン、
ト 言ツテ一人モツイテ行キマセンデシタ。・・〈 註1 〉
此時 幸楽カラ來テ居タ男二人モ參加スルト申シ、・・〈 註2 〉
山王ホテルノ女給仕 一人モ參加シタイト申シテ居リマシタ。・・〈 註3 〉
ソシテ終リ迄居タ様デアリマス。

早朝 誰云フトナク
「 君ガ代 」 ヲ稱ヘ、軍歌ヲ歌フ狀況デアリマシタ。
私ハ其時ニモ前ノ希望ヲ棄テズ、望ヲ属シテ居リマシタ。
相對峙スル第一線同志相談シテ解決スベク、
私が兩軍ノ間ノ道路デ自決シ、解決シヤウトシタガ、止メラレテ目的ヲ達シマセンデシタ。
私ハ丹生中尉ニドウスルカト言ヒマシタラ、
丹生中尉ハ狀況此処マデ來タラ仕方ガ無イト云ヒマシテ、
丹生中隊ト共ニ私ハ赤坂見附ヲ經テ師團司令部ニ行カウト、
山王ホテルヲ 出ヤウトシマスト、
安藤大尉ガ決心ヲ致シタノカ、
同志ニ對シドウスル氣カ、
此ノ意氣ノ旺盛ナ下士官兵ヲドウスルカ、
ト説得サレ、
又 思ヒ止リ山王ホテルニ引返シマシタ。・・〈 註4 〉

午前十一時頃、
栗原ガ山王ホテルニ來リ、
更ニ村中、磯部モ來テ相談シテ居リマシタガ、
戒嚴司令部ノ柴大尉ガ來テ石原大佐ガ維新ノ曙光ヲ認ムルコトガ出来來タト言ツタ旨ヲ、
柴大尉ガ私達ニ言ヒマシタノデ相談シマシタガ、
安藤大尉ハ依然決心ニ變化ナク鞏硬デアリマシテ、
一寸考ヘサセテ呉レト言ツテ居リマシタガ、
結局柴大尉ノ言葉ヲ信ジテ皇軍相撃ツコトヲ止メ様ト纏リ、
其結果 部隊ヲ各種処属ニ歸シ、各將校ハ陸相官邸ニ集リマシタ。
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〈 註1 〉 ・・・リンク→ 「 声をそろえて 帰りたくない、中隊長達と死にます 」
〈 註2 〉・・・リンク→ 町田専蔵 ・ 皇軍相撃を身を以て防止すること決意す
〈 註3 〉・・・リンク→ 伊藤葉子 ・ 此の女性の名を葬る勿れ 1  ・ 伊藤葉子 ・ 此の女性の名を葬る勿れ 2 
〈 註4 〉・・・リンク→ 安藤大尉 「 吾々は重臣閣僚を仆す前に軍閥を仆さなければならなかったのです 」 
ﾘﾝｸ
・ 一兵卒の昭和維新　昭和維新は失敗におわった　
・ 叛徒の名を蒙った儘、兵を帰せない

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今度ノ事件ノ直接動機ハ何カ
私ハ昨年六月頃、天津派遣ヨリ歸ツテ參リマシタガ、
其途中 廣島ノ宇品港外似島檢疫所デ當時檢疫所勤務ノ相澤中佐ニ遭ヒマシタ。
相澤中佐ハ私ニ國軍ノ現狀ハ根本ヨリ改革セネバナラヌ、
ソレガ爲ニハ 士官學校敎育ヲ改革スル必要ガアル。
ソコデ石原大佐ヲ士官學校生徒隊長ニシタラ良クナルダロウト言ハレマシタ。
私ハ石原大佐ト云フ人ハ知リマセンノデ、ソウカナアト思ヒマシタ。
次デ 七月ニ敎育總監更迭問題ガ起コリマシテ、之ハ統帥權干犯問題ナリトノ聲ガ高イノデ、
研究シテミマスト、ソウダッタノデ、之ニ同意シマシタ。
此様ナ問題ハ軍人自ラ解決セネバナラヌト考ヘ、昭和維新斷行ニ對スル氣持ハ益々強クナリマシタ。
次デ 八月初旬 永田事件ガ起コリマシタノデ私ハ相澤中佐ニ濟マナイト思ヒマシタ。
之デ世ノ中ノ相當ナ改革ガ出來ルト思ヒマシタガ、
敎育總監ノ名古屋ニ於ケル訓示竝砲工學校 士官學校ニ於ケル訓示ニ對シテ、
斯クノ如キ訓示サレル方ガ國軍ノ中樞ニ居ラレル、コレハ國軍ヲ誤ルト考ヘマシタ。
豫算問題ニ就イテ、閣議ニ於テ軍民離間ニ關スル言動ヲ弄ろうシタルコトハ、
既成勢力ノ盛返シト考ヘ、
之ヲ打破セズシテ第一線に立チテモ我々ノ任務遂行ハ出來ナクナルト考ヘマシタ。
從ツテ此勢力ノ擡頭だいとうシテ來タト見テ、
之ヲ打破ツテ第一線ニ出テ行カナクテハ役ニ立タヌト思ヒマシタ。
之等ノ衝動ヲ受ケ革正ノ氣分ガ強クナリマシタガ、
之ニ反シ 軍部外ノ情勢ハ自由主義ノ擡頭ノ傾向ニアル様ニ思ヒマシタ。
例ヘバ對支問題ノ如キ軍人ノ外交ト霞ヶ関ノ外交ト二重外交ナリト新聞ニ書キ立テ、
蒋介石ヲ支援スルカ如キ形勢ガアリ、洵ニ遺憾ニ思ツテ居リマシテ、
昨年ノ十二月頃ニハ之ハ何トカシナケレバ不可ヌト思ツテ居リマシタ。

本事件ニ於テ出動カラ引揚迄被告ノ任務ハ何デアッタカ
私ハ上部工作ヲ主ナル任務ト致シマシテ、
軍事參議官、 陸軍大臣、陸軍次官 其他ニ工作ヲシテ居ツタ譯デアリマス。

本事件ニ於テ野中大尉ガ先任者トシテ總指揮官ニ當リ、香田、村中、磯部ノ三人ガ参謀ノ役割ヲ爲セル如ク認メラレルガ如何
ソレハ自然ニソウ云フ形ニナツタノデアリマス。

二十三日午後七時頃 歩兵第三聯隊ニ集合シ 打合セヲナセシトノ事ナルガ、其時ノ集合者協議事項ハ如何デアッタカ
午後七時ニ歩三週番指令室ニ集合シマシタ。
集ツタ者ハ 野中、村中、安藤ト私デアリマシタ。
本事件ノ計畫遂行上ノ種々相談ヲ致シマシタ。
其ノ際 合言葉モ定メマシタ、ソレハ 「 尊皇討奸 」 デアリマス。
尚 村中ノ提案デアッタカト思ヒマスガ、
三銭切手ヲ何処カニ張ツテ 相互ノ認識ニスルト云フ事モ定マリマシタ。

被告ノ部外交友者ハ誰々ナルカ
西田税、澁川善助、北一輝 等ヲ知ツテ居リマス。
西田税トハ昭和七年一月末 菅波大尉ノ紹介デ會ヒ、其後時々訪問シマシタ。
北一輝トハ彼ノ著書デアル 日本改造法案ヲ讀ンデ其人物ヲ見ル爲ニ、
遭ヒマシタガ敬虔ナ人デアツタ様ニ思ヒマシタ。
私ハ餘リ部外者ト交友研究スル事ハ 成ルベク避ケテ居リマシタ。

被告ハ昭和維新斷行ニ關シ如何ニシテ研究シテ居ツタカ
將校相互ノ研究 竝 書籍ニ依リマシタ。
北一輝ノ日本改造法案 其ノ他 時事問題ノ本ヲ讀ミマシタ。
村中、西田カラ時々 「 パンフレット 」 ヲ 送ツテ來マシタ。
南大將ノ自殺  軍閥重臣閥ノ大逆不逞  肅軍ニ關スル意見書 等ヲ讀ミマシタ。
満井中佐ガ青年將校ノ意見ヲ時々聞キニ來ラレタ事ガアリマス。
樋口季一郎大佐殿ニ維新ノ話ヲ聞イタ事モアリマス。
又 樋口大佐殿ニ私ノ考ヘモ御話ヲ致シタ事モアリマス。
私ノ維新研究ノ態度ハ、身近ノ事々 或ハ時事問題等ヲ對象トシテ、
此レ等ノ作用ニ國體精神ハ如何ニ顯現サレルベキデアルカト云フ様ナ風デアリマシタ。
例ヘバ將校團ハ上下左右一體デ切リ離ス事ノ出來ナイ様ニシッカリ結ビ附ケ、
如何ニ激論シテモ災イトナラズ其レガ爲 却ツテ將校團ハ嚮上シ、
離境ニ立テバ立ツ程 結束ハ愈々堅クナルト云フ様ニナルノガ、
國體精神ガ將校團ニ顯現シタモノデアルト云フ風デアリマス。

敎育總監更迭問題ニ就イテ之ヲ相當ニ人ニ確メタ事ガアルカ
昨年十二月末 大雪ノ降ツタ日ニ、
眞崎大將ヲ訪問致シマシテ敎育總監更迭問題ニ就イテ暗示的ニ聞キマシタ。
其際 私ハ敎育總監更迭問題ハ省部規定ニ據ラナイノデアルカラ軍令違反デハ無イデスカト、
尋ネマシタ処 閣下ハ省部規定ハ軍令カ否カ法律的ノ事ハ未ダ研究シテ居ナイガ、
今研究中ダト申サレマシタ。
其時ノ顔色態度ニ激シイ決意ガ現ハレテ居タノデ、
相當決意ガアリ、世間ニ評セラルル様ナ問題ガアッタノダナト直感シマシタ。

本事件ニ於ケル資金ハ如何
私ハ資金ノ事ハ深ク考ヘテ居リマセンデシタ。
我々ガ出動シタラ所属各聯隊カラ給養シテ呉レルト思ツテ居リマシタ。
又 事實ソウシテ呉レマシタガ、二十九日ノ昼ハ握リ飯ヲ山王ホテルデ造リ給養シマシタ。
二十五日ノ夜 歩兵第一聯隊丹生中尉ノ室デ村中孝次ガ給養ガ欠ケル時ニ使ツテ呉レト云ツテ、
百圓前後ノ金ヲ私ニ渡シタ金ハ數ヘテミズ、其ノ儘 ポケットニ入レタノデ 幾何アツタカ判リマセン。

決起趣意書ハ如何ニシテ作製分配シタカ
村中孝次ガガ趣意書ヲ起案シ、私ガ一寸修正意見ヲ述ベテ、
豫備歩兵少尉ノ山本又ガ書イテ、
丹生中尉ノ第十一中隊デ、謄冩版刷デ百五十部造リ、各部隊ニ配布シマシタ。

被告ハ村中、磯部ノ活動資金ヲ集メテ居ッタトノ事ナルガ何時頃ヨリ如何ニシテ集メツツアリシカ
從來 明石少尉ガ村中、磯部ノ生活竝活動資金ヲ集メテ居リマシタガ、
砲工學校ノ明石少尉ガ原隊デアル金澤山砲聯隊ニ歸リマシタノデ、後ヲ私ガ引受ケマシテ、
明石少尉ノ申送リ人名表ニ依り、聯絡シテヤリマシテ、其収支ハ帳簿ニ記載シテアノマス。

其名簿用紙並終始帳簿ハ是カ
ソウデアリマス。
而シ 名簿用紙ノ人名ハ必ズシモ同志ト云フ譯デハナク、單ナル知友關係モアルトノ事デアリマシテ、
明石少尉カラ譲受ケタモノデアリマス。

行動開始シテヨリ被告ノ所属長ニ會ヒシコトアリヤ又解散又ハ復歸ノ命令等アリヤ否ヤ
前申上ゲマシタ通リ 二十八日朝 第一師團司令部デ佐藤正三郎將将閣下ニ御會ヒシマシタ時ニ、
家族ハ無事ダカラ安心セヨト御話ガアッタ外、何等ノ司令説得等ノ事ハアリマセンデシタ。

實行着手當時ノ心境ト現在ノ心境ト變化アリヤ否ヤ
別ニ變化ハアリマセンガ、
自分ノ言ツタ事ハ絶對正義ト考ヘ、既成組織ガ意外ニ頑強デアルト思ヒマシタ。
二十九日迄ハ私共ノ蹶起ノ主意精神ハ國民ニ徹底シテイルト思ツテ、私共ノ任務ハ既ニ終ツタト感ジマシタガ、
其後ノ一般観察カラ此レハ考ヘ違ヒデ、殆ンド徹底シテイナイ事ヲ知リマシタノデ、
此レヲ徹底サス処迄ヤラナケレバ任務ハ終ツテナイ、徹底セシムルコトハ私共ノ責任デアル、
然ラザレバ單ニ御上ノ宸襟ヲ悩マシ奉リ、世上ヲ騒ガシタ丈ケニ 何等ノ効果ナキ計リカ、
澤山ノ弊害ヲ殘シタニ過ギナイト考ヘテ居リマス。

本事件ガ皇軍ノ本質竝威信上ニ如何ナル影響ヲ及ボシタト考フルヤ
今一寸考ヘタ感想ダケデスガ、
今度ノ事件デ下士官兵ガ非常ナ決意ヲシテ居リ、
且ツ 維新ノ氣分旺盛デアッタノヲ見テ、
將來 將校ガ一歩前ニ出ヌト革命等ノ危險ヲ招來スル事 ナキニシモ非ズト考ヘマシタ。

國民的ニ及ボシタル影響如何
本事件ヲ明確ニ傳ヘル場合ト、ソレ以外ノ場合トニ依リマス。
前者ノ場合ハ國民ハ尊皇絶對一君萬民ヲ明確ニ把握スルコトゝ思ヒマス。
其ノ一例ハ街頭ニ於テ我々ノ話ヲ聞イテ居ル人達ノ決意ノ狀況ニ依リ判斷セラレマス。
後者ノ場合ハ國民ハ一時疑惑ノ中ニ陥ルト思ヒマスガ、次第ニ眞相ガ判ツテ來ルニ從ツテ、
國民ハ指導的階級ニ對シ非常ニ憤懣ノ情ヲ感ズルト思ヒマス。
其ノ結果 「 殘忍ナ革命」 ソウイウ事態ノ惹起ヲ豫想セネバナラナイト思ヒマス。
此眞相ヲ或程迄蔭蔽シヨウトシテモ絶對不可能ナ事ト思ヒマス。

今度ノ行動ガ御皇室ノ敬虔上ニ何カ及ボシタ影響ハ無イカ
本事件ノ眞相ガ傳ハレカ傳ハラナイカニ依リ、異ナルト思ヒマス。
傳ハリシ場合ハ 今迄ヨリモ敬虔ノ情ガ高マリ、傳ハラザル場合ハ現狀維持デアルト思ヒマス。
例ヘバ天皇機關説ガ出テモ頭ニピント來ナイ如キデアリマス。

今度ノ事件ガ國際的ニ及ボシタル影響ハ如何ト考ヘルカ
現在ノ処デハ事件前ト同ジデ現狀維持ダト思ヒマス。
將來ニ就イテハ維新ガ促進ザルカ、停頓ザルルカニ分カレ、
促進サルゝ時ハ好轉シ、停頓セル時ハ今迄ヨリモ以上ニ惡化シマス。

實家ノ狀況ハ如何
父ハ鍋島子爵ニ勤務シテ居リマシテ長男デアリマス。

將來ニ對スル考ヘハ如何
我々ノ行ツタ事ガ天意ニ合シテ居タラ非境ニハ陥ラヌト思ヒマス。
昭和維新ノ信念ガ一般國民ニ一日モ早く、徹底スルコトを希ツテ居リマス。
軍部内ニ於テ昭和維新ニ關シ形ノ上ノ意見ノ差ニヨリ一致ヲ見ナイ様デハ、
昭和維新ハ五、六年モ引下ラルゝコトニナリマスカラ、私トシテハ早ク小異ヲ棄テ大同ニ就キ、
一致シテ昭和維新ニ進マンコトヲ心カラ念願致シマス。

被告ガ本事件ニ於ケル知合ノ關係ハドウナッテ居ルカ
次ノ人々ハ私ノ知ツテ居ル人々デアリマス。
歩一 中尉 栗原安秀  同 少尉 林八郎  同 少尉 池田俊彦  同 中尉 丹生誠忠
歩三 大尉 野中四郎  同 大尉 安藤輝三  同 中尉 坂井直  近歩三 中尉 中橋基明
豊橋敎導學校 中尉 對馬勝雄  砲工學校 少尉 中島莞爾  同 少尉 安田優
村中孝次  磯部淺一

戸山學校大尉柴有時トノ交際狀況如何
昭和維新ニ對スル同志ガ會合ノ際 顔ヲ合セ 話ヲシタ事ガアリマスガ、親シイ關係デハアリマセン。
柴大尉ハ高級者ニ知合ヒガ多イノデ、高級者ノ説ヲ常ニ傳ヘル様ナ狀態デアリマシタ。

此名簿ハ被告ノ所有品デ同志ノ名簿デアルカ ( 此ノ時證第三号ヲ示ス )
私ノ所有品デスガ、全部ガ同志ト云フ譯デハアリマセン。
一昨年ノ年賀狀ヲ整理シタ普通ノ知友關係ノ名簿デアリマス。

今度ノ事件ニ相策應シ 部外運動者ガ北一輝ノ家ニ於テ謀議セル狀況如何
何モ聞イテ居リマセン。

本事件發生後 陸相官邸デ時々面接セシ、山下少將、鈴木大佐、石原大佐 等ノ昭和維新ニ對スル考ヘ方ハ
如何デアルト平素思ツテ居タノカ
山下少將閣下ハ我々ト同一意見デアルト言フ話ヲ聞イテ居リマシタ。
鈴木大佐、石原大佐モ同一ノ考ヘノ様デアルト聞イテ居リマス。
今度ノ事件ニ就イテモ一生懸命 我々ノタメニ努力シテ下サイマシタト信ジテ居リマス。

本事件ニ關シ陳述スベキコトナキヤ
今ハ考ヘガ纏ツテ居リマセン。
被告ノ利益トナルベキコトナキヤ
何モ考ヘテ居リマセン。

右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名捺印セシム
昭和十一年三月一日
赤坂憲兵分隊
陸軍司法警察官  陸軍憲兵少佐  諏訪与平
・
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二 ・二六事件秘録 ( 一) から

村中孝次の四日間 1 『 君側ノ奸ヲ芟除シヤウ 』

村中孝次
訊問調書
被告人 元陸軍歩兵大尉  村中孝次
右者ニ對スル叛乱被告事件ニ附、昭和十一年三月二日、澁谷憲兵分隊ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問スル事左ノ如シ
使命、年令、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何。
氏名ハ村中孝次。
年令ハ三十四年
私ハ元陸軍歩兵大尉デアリマシタガ、昭和九年十一月二十日事件ノ爲メ定職トナリ、
昭和十年八月五日免官處分トナツタノデアリマス
族称ハ北海道士族
本籍ハ北海道札幌市南十七条西五丁目
出生地ハ北海道旭川市二条通九丁目
住所ハ東京市中野区鷺宮四丁目一〇二一
職業ハ無職
位記、勲章、記章、年金、恩給ヲ有セザルヤ
アリマセン
刑罰ニ処セラレタル事アリヤ
アリマセン
二月二十六日早朝ヨリ同二十九日ニ亘ル叛亂事件ニ関係アリヤ 
アリマス

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二 ・二六事件

夫レデハ本事件ノ原因動機ニ就イテ申述ベヨ
私共ノ蹶起スルニ至リマシタ原因ハ、
本事件決行時ニ發表シマシタ蹶起趣意書ニ書イテ置キマシタ通リデアリマスガ、
一口ニ云ヘバ、倫敦條約當時ノ統帥權干犯問題、
或ハ 昨年七月眞崎教育總監ノ更迭當時ノ統帥權干犯問題等ニ直接間接ノ關係ガアリ、
又 三月事件ノ如キ大逆陰謀 或ハ 大本敎ヲ中心トスル不軌計畫等、
元老、重臣、財閥、軍閥、新官僚ト言ハレテ居ル
昭和維新ヲ阻止セントスル支配階級ノ最中心ヲ爲スモノヲ除キ去ラウ、
君側ノ奸ヲ芟除シヤウ、
ソレニヨッテ國體ノ尊嚴ヲ全國民ニ闡明ニスルコトガ出來、
維新ノ發端ヲ開クコトガ出來ルト信ジマシタノデ今度ノ事件ヲ決行シマシタノデアリマス。
特ニ重要ナ事ハ 兩度ノ統帥權干犯問題デアリマシテ、
大元帥陛下ノ御稜威ヲ遮リ冒シナガラ、
今尚 君側ニ在リテ我ガ國體ノ尊嚴ヲ過リツツアルコトハ、
我々國民トシテ許スベカラザル処デアリマシテ、同志一同ノ非常ニ憤激セル処デアリマス。
即チ コレ等ニ天誅ヲ下スコトニ依ツテ國民ニ稜威ノ尊サヲ感ジテ貰ヒタカツタノデアリマス。

決起ノ目的ハ要スルニ以上申上ゲマシタ様ナ次第デ、
吾々多數ノ同志ガ一團トナリ行動シマシタ事ハ、
我々ガ兵力以テ政府ヲ顚覆シヤウトカ 或は 戒嚴令ヲ宣布スル様ナ事態ヲ發生セシメ様トカ、
又ハ 昭和維新ヲ斷行シヤウトカ云フ様ナ氣持チハ全然アリマセン。
換言シマススト私共同志ノ氣持ハ、
目下公判中ノ相澤中佐ノ希望ヲ實現セシメタイト云フ同志ガ蹶起シ、
天下ノ不義ヲ誅シタノデアリマシテ、
兵力ヲ使用シ叛亂ヲ起スト云フ様ナ考ヘハ毛頭アリマセン。
同志ノ集團ヲ以テスル行動デアリマス。
此不義ニ怒リ、義憤ニ燃エ立ツタ同志ノ集團的行動ガ一ツノ機縁トナリ、
昭和維新ニ入ルコトガ出來マシタナラバ非常ニ幸ヒト思ヒマスガ、
之ハ單ナル希望デアリマシテ
夫レ迄一擧ニ出來ルト言フ見通シモナク、畫策モアリマセンデシタガ、
陸軍上層部ニ吾々ノ此ノ希望決意ヲ理解スル人ガアルコトヲ信ジ、
事態ヲ有利ニ導キ、昭和維新ニ入ルコトガ出來ルト信ジタカラデアリマス。

本事件ノ畫策ニ就イテ申立テヨ
目的ニ就イテ只今申上ゲマシタ通リ、
兵馬ノ大權干犯ノ元兇ハ結局 君側ノ重臣デアリマスカラ、
之ニ天誅ヲ加ヘルト云フ事ヲ主眼トシタモノデアリマシテ、
次ノ様ナ部署計畫ヲ樹テタノデアリマス。
1、岡田首相
歩兵第一聯隊 栗原中尉  豊橋敎導學校 對馬中尉  林少尉  池田少尉ヲ中心トスル、
約三百名ヲ以テ襲撃シ天誅ヲ下ス。
2、齋藤内大臣
歩兵第三聯隊 坂井中尉  高橋少尉  砲工學校 安田少尉ヲ中心トスル、
約百五十名ヲ以テ襲撃シ天誅ヲ下ス。
3、高橋大蔵大臣
近衛歩兵第三聯隊 中橋中尉  砲工學校 中島少尉ヲ中心トスル、約百名ヲ以テ天誅ヲ下ス。
4、鈴木侍從長
歩兵第三聯隊 安藤大尉ヲ中心トスル、約百五十名ヲ以テ襲撃シ天誅ヲ下ス。
5、牧野伸顕
所沢飛行學校 河野大尉ヲ中心トスル、約十名ヲ以テ襲撃シ天誅ヲ下ス。
6、渡邊敎育總監
齋藤内大臣ヲ襲撃シタ者ノ中、高橋少尉  安田少尉ガ若干ノ同志ト共ニ第二次行動トシテ、
襲撃シ天誅ヲ下ス。
7、野中大尉  常盤少尉  鈴木少尉  清原少尉ヲ中心トスル、約三ケ中隊ヲ以テ警視廳ヲ占領シ、
 警官隊ト軍隊トノ衝突ヲ豫防ス
8、歩兵第一聯隊 丹生中尉ヲ中心トスル、約百名内外ヲ以テ
 之ニ歩兵第一旅團司令部 香田大尉、豊橋敎導學校 竹嶌中尉、山本豫備少尉、村中、磯部ガ同行シ、
陸相官邸ニ到リ 陸相ニ實情ヲ具申シ、事態ノ収拾ニ善処セラルル事ヲ訴フ。

本事件計畫ノ經緯如何
吾々同志ガ部隊附將校ヲ中心トシテ
數年來國家ノ爲 御維新ノ爲 君側ノ奸ハ我等ノ手ニ依ツテ除カネバナラヌ、
又 之ガ實行ノ出來ルノハ今ノ時世ニ於テハ、
東京ニ在ル軍隊ニ居ル吾々同志デアルト云フ信念ヲ持ツテ居リマシタノデ、
第一師團ガ満洲ニ派遣セラルル前ニ決行セネバナラナイト云フ考ヘカラ、
私 及 磯部 安藤大尉 栗原中尉ガ中心トナリ、主トシテ部隊附將校ノ決意ヲ練リ、
私ハ相澤公判ヲ通シテ社會ノ情勢ヲ進ムル事ニ依リ全國ノ同志ノ決意ヲ容易ニ固メ得ル様ニト思ツテ、
公判ヲ中心ニ一般情勢ノ熟成ニ嚮ツテ努力シテ居リマシテ、
公判開始以來前後三回ニ亘リ 歩兵第三聯隊前竜土軒ニ於テ 歩一 歩三ノ將校ニ集マツテ貰ヒ、
公判ノ經過ニ關シ 説明シタ事ガリマス。
然シ 其時ハ本事件決行ニ關シテハ直接何等等關係ハアリマセンデシタガ、
之ニ依ツテ本事件決行ノ氣運ヲ作リ得タ事ハ確實ト思ヒマス。
又 磯部ヨリ部隊附將校ノ氣運モ 昂リ 愈々二、三月ヲ期シ 蹶起スル決意ヲ固メテ來タト云フ事ヲ聞キ、
私モ一層決意ヲ固メ、磯部ト共ニ細部ニ亘ル計畫ヲ考ヘツツ、
同志ノ決意ヲ固メセシムベク 奔走シツツ 愈々蹶起ノ日ニ至ツタノデアリマス。

本事件ノ決行ヲ決意シタル時期ハ如何
昨年十二月末 第一師團ガ満洲ニ派遣ニナルト云フ事ガ判ツテ來タノデ、
満洲ニ行ク前ニ決行セネバナラヌト云フ事ヲ決心シ、
同志間ニ其意見ヲ交換シタルガ何レモ其決心アル事ヲ知リ、
磯部ハ主トシテ安藤大尉 栗原中尉等ノ部隊附將校ト聯絡ヲ密ニシ、其狀況ヲ聞イテ居リマシタ。
相澤公判ヲ期待シテ一月末 相澤公判ノ開始前後ニハ愈々決行スルコトヲ決意シマシタ。
又 一方 相澤公判ニ依リ 昭和維新ニ對スル一般ノ理解ガ強メラレテ來マシタノデ、
益々其ノ決意ヲ固メタノデアリマス。
斯クシテ 二月二十二日夜、
栗原ノ処デ 磯部、栗原、河野、中橋 及 私ガ集マツテ具體的計畫ヲ協議シ、
更ニ 翌二月二十三日
歩兵第三聯隊週番指令室ニ 野中、安藤、磯部 及 私ガ集マツテ協議決定シタト記憶シテ居リマス。
又 香田大尉ニハ同日午前十時頃 私ガ訪ネテ計畫ヲ示シタノデアリマス。

本計畫ノ首謀者ハ如何
前述ノ如ク 本計畫ハ同志各自ノ意見ニ依ツテ出來タモノデアリマシテ、
確然トシタモノデハアリマセンガ、
強イテ言ヘバ 磯部淺一、歩兵第一聯隊 栗原中尉、歩三 安藤大尉 及 私ノ四名デアリマス。

本事件ニ使用シタル要圖 竝 決起趣意書ハ誰ガ作成シタルヤ
事件直前 私ガ作成シタモノヲ歩兵第一聯隊第十一中隊ニ於テ、
山本豫備少尉ニ依頼シ謄冩版刷トシマシタノデアリマス。

決行ノ日ヲ二月二十六日トシタルハ如何ナル理由ナリヤ
前述ノ如ク 二月末カ、四、五月頃決行スル様ニ決定シマシタノハ、
第一師団ガ満洲派遣ノ關係上決定シマシタモノデ、
二月二十六日トシマシタノモ、參加部隊ノ演習等ノ關係ヲ考慮シタカラデアリマス。

山口大尉ハ何故參加セザリシヤ
山口大尉ハ我々ノ行動ニ對シテハ同情者デハアリマスガ、同志デハアリマセン。
本庄大將トノ關係モアリ、加ハリ得ナイモノト存ジマス。

背後關係ニ就イテ聞クガ、西田税トノ關係如何
西田税トハ十月事件以來 不斷往來シテ居リマスガ、本事件ニ關シテハ全然關係ナク、
又 事件發生後モ面會シタ事モナク、又 參加將校ガ面會シタト言フコトモ聞イテ居リマセン。

澁川善助トノ關係如何
澁川善助トハ十月事件以來親密ニ聯絡シテ居リマスガ、
今度ノ事件ニ就イテハ全然計畫ニ參与シテハ居リマセンデシタガ、
決行後二月二十八日ニ幸楽ニ來テ 吾々行動隊ニ加ハツテ呉レマシタ。

北一輝トノ關係
北一輝トハ十月事件以來 知合ヒニナツテ居リマスガ、
時々訪問スル位ニシテ實際問題ノ指導的立場ニハ居ラレマセン。

豫備歩兵少尉山本又トノ關係如何
約二年前、磯部淺一ノ紹介ニテ知リ、親シクシテ居リマスガ、
中學ノ教師デ社會運動ニハ相當理解アル人デアリマスガ、其他詳シイ事ハ知リマセン。
磯部ガヨク知ツテオリマス。
コンドノ事件デハ磯部淺一ヨリ決行ノ日ヲ話シタコトデ、直ニ參加シタ人デアリマス。

陸軍少將齋藤瀏トノ関係如何
私ハ二月二十六日、陸相官邸ニテ初メテ面會シタノミデ、交際等ハアリマセン。
栗原中尉ノ知人デ今度ノ事件ニハ何等關係ハアリマセン。

辻正雄トノ關係
辻正雄トハ公主嶺青年同志會ノ中心的人物トシテ居ル事ヲ昨年九月頃 初メテ知リ、
其後 文通其他 直接關係ハアリマセンガ、二月十八日 五百圓ノ送金ヲ受ケマシタ。
相澤公判ニ關スル運動費トシテ送ラレタモノト思ツテ居リマス。
龜川哲也トノ關係
龜川哲也ハ極ク最近ノ知人デアリマシテ、
相澤公判關係ニテ初メテ知リ 前後數回會ツタ位デ詳シイ事ハ知リマセン。
右翼團体トノ關係如何
一、三六關係者ハ多少方向を一ニシテ居リマシタコトモアリマスガ、特殊ナ關係ハアリマセン。
二、直心道場トノ關係ハ、大森一声、澁川善助トノ關係ヨリ間接ニ關係ヲ持ツテ居リマスガ、
 本事件トハ全然關係ハアリマセン。
三、維新會本部ノ個人的人物ニハ全然關係ハアリマセンガ、
 又 大眼目等ヲ利用シ維新會本部機關紙ニ掲載スル等、吾々ノ行動ヲ援助シテ居リマス。
四、大眼目ハ私、澁川、 磯部、 福井等ガ執筆シテ居リマス。
其他 社會運動上ノ關係者アリヤ
其他ニハアリマセン。

資金關係如何
蹶起前迄ニ、相澤中佐公判ニ關連シテ各方面カラ私ニ對シ寄贈サレタモノガアリ、
又 私ヤ磯部ノ停職以來、各地ノ同志ヤ同乗者カラ集マツタ金、
數日前 満洲公首嶺 辻正雄ヨリ送ラレタ五百圓等デ總計千圓近クノ金ガ、幸ヒニモ蹶起前迄ニ集マリマシタ。
又 事件中ノ二月二十七日、八日ニハ 私ニ直接面會ニ來ラレタ未知無名人ノ人ガ數名アリ、
金額ハ克ク記憶イタシマセンガ、何レモ多少宛寄金サレ、ソノ額ハ約三百圓程デアツタト思ヒマス。
コレ等ノ金ハ多く各部隊ニ配當シテ 兵ノ給養ニ宛テマシタ。
本事件ニ要スル費用ハ主トシテ村中孝次ガ担當シタルモノナリヤ
特ニ担任シタト言フ様ニ確然ト決定セラレタモノデハアリマセンガ、
前述ノ通リ 本運動ニ關係シテハ多クハ私ノ下ニ集マツタ關係上、主トシテワタシガ取扱ツタノデアリマス。
本事件ノ費用トシテノ分配狀況如何
主トシテ事件勃發後、現場ニ於テ各參加部隊ニ一百乃至ないし二百圓宛分配シマシタガ、
混亂中ノ事デ確然トハ記憶シテ居リマセン。
二月二十五日 對馬中尉ニ二百圓交附シタル事實アリヤ
對馬中尉トハ二月二十五日午後十時頃 聯隊デ會ヒマシタガ、渡シタ覺ハアリマセン。

・・・次頁  村中孝次の四日間 2 に 続く
二・二六事件秘録 (一) から

村中孝次の四日間 2 『 今度ノ行動ハ、我々ハ絶對正義ト思ツテ居ル 』

村中孝次
訊問調書
・・・前頁  村中孝次の 四日間 1 の続き

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二 ・二六事件

本事件ノ經過如何
今度ノ事件ノ經過ノ概要ニ就テ、先ヅ蹶起前ニ就テ申シマスト、
蹶起前日二月二十五日夕刻以降、
部隊外ノ同志ハ夫々歩一、歩三ノ營内ニ集合シマシタガ、
私ハ午後一時頃、家内ニハ九州方面ニ旅行スルト稱シテ、
「 トランク 」 ニハ軍服類ヲ入レテ自宅ヲ出テ、
中島少尉ノ下宿ニ行キ、明朝決行ニ決定シタ旨ヲ傳ヘ、
附近ニテ理髪ヲ爲シタル後、
歩兵第一聯隊ノ機關銃隊ノ栗原中尉ノ下ニ行キ、
軍装ヲ整ヘ自分ノ執筆セル蹶起趣意書ヲ山本少尉ニ印刷シテ貰ヒ、
靜カニ時間ノ經過ヲ待チツゝ 第十一中隊ニ行キ丹生中尉ト會談シ、
翌二十六日午前四時二十分頃カラ私ハ丹生部隊ト行動ヲ共ニシタ。
午前四時三十分、
歩兵第一聯隊ノ各參加部隊ハ、栗原中尉ノ機關銃隊ヲ先頭ニ、
丹生部隊之ニ續キ、歩三ノ野中部隊ノ後方ニ續行シテ粛然トシテ聯隊ヲ離レ、
各々受持ノ部署ニ向ヒ出發、
丹生部隊ハ午前五時頃首相官邸ニ到着、
裏門カラ栗原部隊ノ一部ガ突入シ、更ニ表門ヨリ其ノ主力ヲ以テ突入シ、
數發拳銃ヲ發射シテイルノヲ右側ニ見ナガラ私共一行ハ陸相官邸ニ行キマシタ。
陸相官邸ニ到着シマシタノハ午前五時頃デアリマス。
陸相官邸ニ於テハ、何等憲兵ノ抵抗ヲ受ケズ、玄關ニ到リ
私服憲兵ニ、香田大尉ノ名刺ヲ通ジテ陸軍大臣ニ面會ヲ求メタノデアリマス。
玄關ニ面會ヲ求メマシタノハ、香田大尉、磯部、私ノ三人デ、
數名ノ下士官兵ノ護衛ヲ受ケ、只管ひたすら 陸相ノ御出ヲ待チ、
此ノ間丹生中尉、山本少尉ハ 陸相官邸 及 陸軍省參謀本部ノ外囲警備ニ當ツテ居リマシタ。
約一時間半待ツテ、
午前六時三十分頃 小松秘書官ガ來マシタノデ 事情ヲ説明シ陸相ニ面會ヲ求メ、
ソレヲ傳ヘテ貰ヒ 同四十分頃漸ク 陸軍大臣閣下ニ面接スルコトガ出來マシタ。
待ツテ居ル間ニ他ノ襲撃隊ヨリ逐次報告ヲ受ケ、
首相、高橋蔵相、鈴木侍從長、齋藤内大臣、渡邊大將ニ天誅を下シタ事ヲ知リマシタ。
陸相ニ面會スル事ガ出來マシタノデ、
香田大尉ハ決起ノ趣旨、計畫ノ大要、現在迄知リ得タル情報ヲ報告シ、
事態収拾ノ爲善処セラレ度キ旨ヲ述ベマシタ処、
陸相閣下ヨリ
「 君等ノ希望ヲ云ヒ給ヘ 」
ト 申サレマシタノデ、
香田大尉ヨリ 次ノ項目ニ就キ理由ヲ具シテ説明シタノデアリマス。
一、事態ノ収拾ヲ急速ニ行フト共ニ、本事態ヲ維新回天ノ方向ニ導クコト。
二、皇軍相撃ツコトヲサケル爲急速ノ処置ヲ執ルコト。
三、兵馬ノ大權干犯者デアリ、皇軍私兵化ノ元兇デアル南大將、小磯中將、建川中將、
 宇垣総督ヲ即時逮捕スルコト。
四、軍權ヲ私シ、種々ノ策動ヲ以テ皇軍破壊ノ因ヲ爲シテ來タ者ノ中、
 其中心的人物ト思ハレル根本大佐、武藤中佐、片倉少佐等ヲ即時罷免スルコト。
五、露威壓ノ爲、荒木大將ヲ關東軍司令官タラシムルコト。
六、全國ニ散在シテ居ル同志中、主要人物ヲ東京ニ採用シテ、 此等ノ意見ヲモ聽取シテ事態収拾ニ當ラシムルコト。
七、右諸項ガ實現スル迄、我々部隊ハ暫ク現在位置附近ノ警備ニ任ゼシメラレタキコト。

ソノ中ニ古莊次官、眞崎大將、小藤歩兵第一聯隊長、山口大尉等ガ次々ニ見エラレ、
大臣閣下ハ參内上奏スル事ニナリマシタ。

同日午前九時頃カラ陸軍省參謀本部ノ人々ガ續々出勤シテ來タ爲、
門ヲ警備シテ居タ者ト小競合ヲ起し、遂ニ官邸表玄關ニ於テ、
磯部ガ陸軍省ノ片倉少佐ヲ撃ツ結果ニ立チ至リ、
古莊次官ト石原大佐ノ計ヒデ、
陸軍省、參謀本部ノ勤務者ハ夫々偕行社、在郷軍人會館ニ行クコトトナリ、
事態ノ惡化スルノヲ防止スルコトガ出來タノデアリマス。

陸相參内後ハ一寸平靜トナリ、私共ハ陸相ノ歸ラレルノヲ待チ、
其結果を聞イタ上デ我々ノ今後ノ方策ヲ決定シ様ト思ツテ居リマシタガ、
何時迄待ツテモ大臣ハ歸ツテ來ラレズ、
事態ノ急速ナル解決ヲ念願シテ居リマシタ我々トシテ、非常ニ焦慮シタノデアリマス。

同日夕刻前デアツタト思ヒマスガ、
私ハ古莊閣下ニ此儘經過スル時ハ、事態ハ益々惡化スルノミデアルカラ、
速カニ事態収拾ノ方策ヲ決定スル様希望シ、
今朝、陸相ニ對シ香田大尉ヨリ進言シタ蹶起趣旨幷ニ希望ヲ述ベ、
特ニ本決行ガ義軍トシテノ行動デアルカ、賊軍トシテノ汚名ヲ負フベキモノデアルカ、
我々ノ行動ガ義軍デアルコトヲ認メラルゝカ否カハ、
一ニ懸ツテ昭和維新ニ邁進スルカ否カニナルモノト思ヒマス。
我々ハ趣意書ニ書キマシタ通リ、御一新翼賛ノ絶對臣道ヲ盡ス爲ニ、
我々軍人ニノミ出來ル天与ノ使命ヲ果シタノデアツテ、
此ノ行動ヲ是認スルコトニ依ツテ維新ニ直入スルコトガ出來ルノデアツテ、
精神ノミヲ是認シテ行動ヲ否認スル様ナ從來通リノ國法ニ縛ラレタ観念デハ、維新ニハ入リ得ナイ。
維新トハ從來ノ一切ヲ否認スルモノデアリ、
相澤中佐ガ統帥權干犯ヲ怒リ、皇軍ノ私兵化ヲ防止スル爲メ
他ニ方策ナク臣子トシテノ道ヲ盡ス爲ニ決行セラレタアノ永田事件ノ行動ヲ、
精神ハ良イガ直接行動ハヨクナイト云フ從來通りノ法治思想デアツテハ、未ダ維新ヲ知ラヌ者ノ考デアル。
今度ノ行動ハ、我々ニハ絶對正義ト思ツテ居ル。
下士官兵モソレヲ信ジデ一死殉國ヲ期シテ奮ヒ立ツタノデアリマスカラ、
此ヲ義軍ト認メ此ノ決行ヲ起點トシテ、御維新ニ這入ツテ貰ヒタイ。
特ニ部隊將校トシテハ、宸襟ヲ悩マシ奉リシ事ハ恐懼ヲ禁ジ得マセン事デアリ、
其責ハ當然負フベキデアルガ、部下ノ考ヘテ居ル正義観ヲ生カシテヤリタイト云フ念願カラモ、
此ノ決行ノ同志集團ヲ義軍トシテ認メテ戴キタシト鞏調シマシタガ、
古莊閣下ハ、此ノ私共ノ意見ニ基イテ自ラ宮中ニ參内セントセラレマシタ時、
山下奉文少將ガ宮中カラ歸ツテ來ラレマシテ、
陸相ノ御意圖トシテ軍事參議官一同ト相談シタ処、
蹶起ノ趣意ヲ認メ 善処スル事ニ意見ガ一致シアリ トノ意味ノ事ヲ傳言セラレマシタガ、
結局抽象的内容デアル爲、何トモ我等ノ行動ヲ決スル事ガ出來ズ、
更ニ古莊閣下ニ參内シテ貰ヒ、改メテ大臣ニ御相談ヲ願フコトニシマシタ。

夜間ニ入ツテ各部隊ハ愈々殺氣立ツテ來マシタノデ、
何トカ急速ニ目鼻ヲツケタイト思ヒマシテ、
山下少將ヲ促シ、満井中佐、馬奈木中佐ト共ニ香田、磯部、私ノ三名ノ者ガ同行シテ
宮中ニ軍首脳部ノ人ヲ迎ヘニ參リマシタ処、
山下少將以外ハ阻止サレテ參内ハ出來ズ歸リマシタ。

其後、宮殿下ヲ除ク全軍事參議官ガ陸相官邸ニ來ラレ、
香田、磯部、栗原、對馬、私ノ五人デ山下少將、鈴木大佐、小藤大佐、山口大尉等
立會ニテ御眼ニ掛リ、色々意見ヲ開陳致シマシタガ、
結局ハ抽象的議論ニ終リ、何等具體化サレタモノハアリマセンデシタ。

二十六日深更ニ至ツテ、戒嚴令ガ宣布サレタ事ヲ知リマシタガ、
時刻ハハツキリ判リマセンガ一先ヅ陸軍省附近ハ撤去シヤウト思ヒ、
種々其實施ニ就テ考案シテ居リマシタガ、數日來ノ疲勞デ朝ニ入リ其儘寐リ、
翌二十七日午前六時頃ニ到ルモ狀況ハ餘リ進展ノ可能性ガナイノデ、
私ハ歩兵第一聯隊ノ兵營内迄部下ヲ撤去シヤウト主張シマシタ処ガ、
昨夜以來集ツテ居タ若イ將校達ノ非常ナ憤激ヲ買ヒ、
皇軍相撃ツモ辭セズトスル鞏硬論強ク、
非常ニ險惡化シタノデ 一先ヅ陸軍省、參謀本部及警視廳ヲ撤退シテ、
新議事堂附近ニ集結シテ其ノ警戒ヲ緩和シ、交通ヲ遮斷セザル様ニスルコトニ決シ、
夫々配備ノ變更ニ著手シマシタ。
香田大尉ト私トハ第一線ニ行キ、必要ノ指示ヲ行ハン爲警視廳ニ行ク途中、
戸山學校ノ柴大尉ガ自動車ニテ來テ、
今朝ノ狀況ヲ戒嚴司令部ニ説明シテ置イタガ、君達カラ直接話ヲシタ方ガ善イトノ話ガアリマシタノデ、
其自動車ニ乘リ軍人會館内戒嚴司令部ニ行キマシタ。

戒嚴司令官香椎中將ト參謀長安井少將ニ對シ、
私カラ蹶起ノ趣意及香田大尉ガ二十六日朝陸相ニ對シテ希望シタ項目ヲ説明シ、
各部隊ノ意氣強ク此レ以上迄占據シテ居ル位置ヲ動カスコトハ不可能デ、
ソレヲ強行スレバ必ズヤ皇軍相撃ツノ不祥事ヲ惹起スル虞レガアリマスカラ考慮セラレタイコトヲ力説シ、
最後ニ突出部隊ハ昨日小藤大佐ノ指揮下ニ入ルコトヲ命ゼラレテ以來、
其ノ小藤大佐ノ命令ニ從ツテ行動スル心算デ居リマスカラ、
戒嚴司令官ノ小藤部隊トシテ第一師團長ノ隷下ニ属セシメラレタシト希望ヲ述ベマシタガ、
此ノ最後ノ希望ハ司令官幷ニ參謀長カラ是認セラレテ辭去シ、
其歸途三宅坂ニ居タル安藤部隊ノ許ニ立寄リ、
安藤大尉ト話シ合ツテ居リマシタ時、
坂井部隊ガ平河町ノ方カラ行軍シテ來テ桜田門ノ方ヘ行カウトシテ居ルノヲ見テ吃驚シ、
先ヅ停止ヲ命ジテ坂井中尉ニ聞キマスト、宮城ニ行キ參拝スルトノ事デアリマスカラ、
今宮城前ハ近衛ノ部隊ガ嚴重ニ警備シテ居ルノデ必ズ衝突スル結果トナルカラ、
元ノ位置ニ引キ返ス様ニ勧告シマシタ。

次ニ首相官邸ノ栗原中尉ノ処ニ行キマスト、磯部モ來テ居リマシタ。
其処デ外部ノ狀勢ハ有利ニ動イテ居ル様デアル、
内閣ハ總辭職ヲシタト云フ情報ヲ得テ一旦陸相官邸ニ歸リマシタガ、
此所デモ軍事參議官ガ打揃ツテ各方面ニ奔走シ、努力シテ居ルコトヲ聞キマシタノデ、
此際軍事參議官ノ行動ヲ活潑ニシテ時局収拾ヲ迅速ニ導ク爲、
其中心ヲ確定スル必要ガアルト思ヒ、
「 萬事眞崎大將ニ一任 」
ト 云フ考ガ私ノ頭ニ閃キマシタノデ、
首相官邸ニ香田大尉ト共ニ行キ 先ヅ磯部ニ相談シ同意ヲ得、
栗原中尉モ賛成ノ様デアリマシタカラ陸相官邸ニ歸リ、
全參議官ト可成多數ノ蹶起將校ト會合シテ其ノ意見ヲ開陳シ様ト 夫々手配ヲシマシタ。

一方小藤支隊ノ臨時副官ノ格トナツテ居タ歩兵第一聯隊山口大尉ガ、
其夜ノ傘下部隊ノ配宿ヲ偵察計畫中デアリマシタカラ、
同人ニ意見ヲ述ベ、大體、大蔵大臣、文部大臣、鐵道大臣官邸ニ栗原、中橋、田中部隊、
幸楽ニ安藤、坂井部隊、山王ホテルニ丹生部隊ガ泊ルコトニ決定ヲ見テ、
山口大尉ニ命令ヲ出シテ貰ヒマシタ。
ソレカラ私共ノ希望ニ應ジテ眞崎、阿部、西ノ三大將ガ官邸ニ來ラレマシタノデ、
各部隊カラモ出來ルダケ多クノ將校ヲ集合シテ貰ヒ、
約十七、八名ガ一同ヲ代表シテ、
「 事態収拾ヲ眞崎大將ニ一任願ヒ度キ事。　
各軍事參議官ハ同大將ヲ中心ニ結束シテ善処セラレタキ事。
尚此ノ事件ハ軍事參議官一同ト蹶起將校全員トノ一致セル意見トナルヲ上聞ニ達セラレタキ事 」
ノ三件ヲ希望し、之ニ對シ
阿部、西兩大將ハ個人的ニ同意ヲ表シ、
眞崎大將ハ
厚意ハ有難キモ蹶起部隊ガ原位置ヲ撤去スルニ非レバ収拾ノ途ナキ
ヲ説カレマシタ。

斯クシテ夕刻ニ近ク各部隊ハ夫々宿營ニツキ、
戒嚴司令官カラ特ニ本夜ハヨく休養スル様ニトノ注意ガアリマシタノデ
直接警戒以外ノ者ハナルベク廢シテ休泊シマシタ。
私ハ四、五名ノ者ト官邸デ夕食ヲ食ベタ上、
幸楽ニ居ル安藤大尉ノ休宿狀態ヲ一巡シタ後、
本部ノ位置ト決定サレタ鐵道大臣官邸ニ行キ、
稍々前途ニ曙光ヲ見出シタ様ナ氣ニナリ安心シテ寝ニツイタノデアリマス。

・・・次頁 村中孝次の四日間 3に 続く
二・二六事件秘録 (一) から

村中孝次の四日間 3 『 私共ハ陛下ノ御命令ニ從ヒマス 』

 
村中孝次 
訊問調書
・・・前頁 村中孝次の四日間 2 の続き


二十七日午後十時

二月二十八日早朝、本日ノ行動ヲ考ヘ、
戒嚴司令官ニ會ヒ、我小藤支隊ヲナルベク長ク原位置ニ止リ得ル様工作シ、
又 軍事參議官ニ會見シ、昨日ノ提言ノ結果ヲ確メ鞭撻ヲ加ヘ様ト思ヒ、
先ヅ別紙ノ様ナ意見具申ヲ自分デ書キ、順序ヲ經テ提出シヤウト思ヒ執筆シマシタガ、
書キ終ツタ頃 栗原中尉ガ飛ンデ來テ、
近歩三ノ中橋中尉ニ、
「 勅令ニ依リ中橋中尉ノ部隊ハ小藤大佐ノ指揮下ニ入リ、原位置ヲ撤退シ、歩兵第一聯隊ニ到ルベシ 」
ト 云フ命令ガ來タト云フテ非常ニ憤慨シテ居リマシタ。
私ハ昨日 戒嚴司令官ニ面會シテ、
司令官幷ニ參謀長カラ行動隊ハ戒嚴ノ間 小藤大佐ノ指揮下ニ置クコトニ同意ヲ得テ居リ、
又 山口大尉ハ
司令官ノ花押ノアル同様ノ命令文ヲ貰ツタト云ツテ ・・・＜ 註 1 ＞
私ニ示シテ呉レマシタノデ、
ソンナ筈ハナイ、間違ヒナリト思ヒ、直グ陸相官邸ニ行キ小藤大佐ニ會ヒ、
「 此ノ命令ハ間違ヒト思フカラ修正スル様交渉ヲ願ヒ度ヒ 」
ト 申シマスト、
小藤大佐ハ稍ヤ當惑ノ色ヲシテ後刻話ヲスルカラト云フ事デアリマシタ。
小藤大佐ノ許ヲ出マスト
別室ニ居タ満井中佐、柴大尉等ガ私ヲ呼ビ
柴大尉カラ狀況急變シテ奉勅命令ガ出ソウナ形勢ニアリ、
山口大尉ガ今朝二時間ニ亘ツテ戒嚴司令官ヲ説キ、
軍事參議官ヲ説イテ涙聲共ニ下ルト云フ位ニ努力シタガ、
其結果ドウナルコトカ不明デアルトノ話ガアリ、私モ愕然トシタ譯デアリマス。・・・＜ 註 2 ＞
満井中佐ガ涙ヲタタヘナガラ、
私ニ對シテ奉勅命令ガ出タ場合ニハ、奉勅命令ニ從ツテ撤退スル様ニト懇願サレマシタガ、
私ハ各部隊將校以下兵ニ至ル迄、悲壮ナル意氣デアリ殺氣充満シテ居ル現狀ニ於テ、
現在地ヨリ移動スル事ハ必ズヤ各個ノ突出トナリ、如何ナル事態ヲマキ起スカ圖リ知レナイノデ、
暫ク現在地ニ置ク様ニ上部工作ヲ願ヒマスト、前述ノ意見具申ノ理由ト概ネ同様ノ事ヲ述ベ、
且 本蹶起ヲ契機トシテ御維新ニ轉入シ得ルカ否カハ
一ニコノ小藤部隊ヲ現位置ニアラシムルカ否カノ如何ニ存シ、
下士官兵ノ奮ヒ立ツタ志ニ報ユル爲、何トカ此ノ願望ハ出來ナイデシヨウカト切願シマシタ。

満井中佐ハ成否ハ請合ヒ兼ヌルガ、努力シテ見ヤウトノ事デ、
別ニ柴大尉ト同行シテ鐵道大臣官邸ニ歸リ、
柴大尉ニ前述ノ意見具申ヲ托シテ戒嚴司令官ニ傳達シテ貰フ事ニシマシタ。
尚私ハ小藤大佐ニ意見ヲ述ベヤウト思ヒ、陸相官邸ニ參リマスト、
香田、對馬、竹嶌モ來合セテ居リ、山口大尉モ居テ、
山口大尉ヨリ
「 濟マナカッタ。及バナカッタ。
 今早朝ニ柴大尉カラ狀勢ガ急變惡化シタノヲ聞イテ 種々努力シタガ如何トモ致シ方モ無イ 」
ト申シマスカラ、
私ハ未ダ小藤大佐ヲ通ジテ師團長ヲ説ク方法ガアルト述ベ、
直ニ小藤大佐ニ右ノ意見ヲ具申シ、
香田、對馬、竹嶌中尉ト共ニ第一師團司令部ニ赴キマシタ。
第一師團ニ於テハ 奉勅命令ハ受ケテ居ナイ事ヲ知リ、
又 暫クシテ戒嚴司令部カラ第一師團ニ、
「 奉勅命令ハ今之ヲ實施スルノ時期ニ非ズ 」 ・・・＜ 註 3 ＞ 
ト 云フ通報ヲ得タ事ヲ知リ、
今朝以來ノ努力漸ク報ヒラレタ事ヲ喜ビ合ツテ陸相官邸ニ引揚ゲマシタ。

午後一、二時頃、逐次栗原中尉ガ、野中大尉、磯部等ガ集リ、
山下少將、鈴木大佐、山口大尉、柴大尉等ニモ集ツテ貰ヒ、
種々現狀打開ニツキ懇談シマシタガ、
最後ニ栗原中尉ガ一度統帥系統ニ從ツテ
「 私共ハ陛下ノ御命令ニ從ヒマス 」
ト 奏上シテ戴キタイ。
若シソレデ撤退セヨトノ御命令デアレバ潔ク撤退シ、
又 死ヲ賜ハルト云フ事デアレバ、
勅使ノ御差遣ヲ願ツテ將校ダケ自刃シヤウジヤアリマセンカ 」
ト 提言シ、
一同暗涙ヲノミ山下少將、鈴木大佐モ感激シテ別レマシタ。

其後第一師團長、小藤大佐ガ來ラレ、
一師團長カラ
「 先程 自分ハ簡単ニ考ヘテオ答ヘシテ置イタガ、 事實重大問題デ如何トモ致シ難イ事デアル 」
ト 申サレマシタノデ、
栗原中尉カラ前述ノ意見ヲ開陳シテ貰ヒマシタ。
夫レデ全將校ヲ集メテ此決心ヲ説明シ、同意ヲ得ヤウト思って居リマシタガ、中々集リマセンノデ、
幸楽ノ安藤大尉ノ許ニイキマスト、同中隊ガ出撃シヤウトスル形勢ガアレマシタノデ、
待ツ様ニ押シ留メ、陸相官邸ニ歸ツテ見マスト、
栗原中尉の意嚮モ、眞ニ奉勅命令デアルカ否カ不明デアリ、又我等ノ眞情ヲ無視サレテ居ルノデ、
今一度統帥系統ヲ踏ミ小藤大佐、堀師團長ヲ經テ大御心ヲ判然ト御伺シタ上デ
御命令ニ從ヒ度イト考ヘテイルト云ヒ、
我々ハ未ダ嘗テ一回モ奉勅命令ガ出タト云フ話ヲ聞カズ、又其内容ハ全然不明デアル。
「 出タラドウスルカ 」
トカ
「 出ソウナ形勢ニアル 」
トカデ脅カサレテ、
結局眞相不明ノ奉勅命令ヲ盾ニ我々ヲ鎭壓シヤウトスル意嚮極メテ明瞭デアリマスカラ、
愈々奉勅命令ガ下サレル迄ハ現位置ニ踏ミ留マラウ。
我々カラ皇軍相撃ツコトを避ケル爲、絶對ニ射撃セヌガ、
若し他ノ軍隊ガ第一師團長ノ隷下ニアル此ノ小藤部隊ヲ攻撃スルト云フナラバ、潔ク一戰ヲ交ヘヤウ、
只眞ニ攻撃サレ射撃サレル迄テハ我々ハ絶對ニ射撃シタリスルコトハ止メヤウ、
ト云フ相談ガ一決シ防禦ノ配置ニツキマシタ。

私ハ夜間ニ入リ野中部隊ト共ニ鐵道大臣官邸ニ居リマスト、
山下少將及歩兵第三聯隊長及森田大尉等ガ來ラレマシテ、
森田大尉カラ秩父宮殿下ニ拝謁シテ御言葉ヲ賜リ、
令旨ト云フ譯デハナイガ懇談的ニ御話ヲ賜リマシタカラ、
ソレニ就テ述ベマストテ殿下ノ御言葉ヲ傳達サレマシタガ、
ソノ内容ハ本事件ハ非常ニ遺憾ニ思召サレテ居ラレル様ニ拝察シマシタガ、
私共ノ眞情ヲ未ダ充分ニ御酌ミ遊バサレテ居ナイ様ニ直感シマシタノデ、
森田大尉ニ私共ノ眞情を申上ゲテ戴き度イト御願シマシタ。
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＜ 註 1 ＞
戒作命第一号
命令
（二月二十七日午前四時四十分　於　三宅坂戒厳司令部）
一、今般昭和十一年
 勅令第十八、第十九号ヲ以テ
東京市ニ戒厳令第九、第十四条ノ規定ヲ適用セラルルト同時ニ、
予ハ 戒厳司令官ヲ命ゼラレ
従来ノ東京警備司令官指揮部隊ヲ指揮セシメラル
二、予ハ 戒厳地域ヲ警備スルト共ニ、地方行政事務及司法事務ノ軍事ニ関係アルモノヲ管掌セントス、
 適用スベキ戒厳令ノ規定ハ 第九条及第十四条第一、第三、第四ト定ム
三、近衛、第一師団ハ夫々概ネ現在ノ態勢ヲ以テ警備ニ任ズベシ
四、歩兵第二、第五十九聯隊ノ各一大隊及工兵十四大隊ノ一中隊
 並陸軍自動車学校ノ自動車部隊ハ、依然現在地ニ在リテ後命ヲ待ツベシ
五、憲兵ハ前任務ヲ続行スルノ外、特ニ警察官ト協力シ
 戒厳令第十四条第一、第三、第四の実施に任ズベシ
六、戒厳司令部ハ本二十七日午前六時九段軍人会館ニ移ル
戒厳司令官　　香椎　浩平
軍隊区分
麹町地区警備隊
長　歩兵第一聯隊長　小藤大佐
二十六日朝来出動セル部隊
＜ 註 2 ＞
「 今、陸相官邸を出て陸軍省脇の坂を下り三宅坂下の寺内銅像の前にさしかかると、
バリケードがつくってあった。
半蔵門前からイギリス大使館の前にかけては部隊がたむろしている。
戦車も散見する。
あのバリケードは何のためのバリケードだろうか。
あの部隊は何のための部隊だろうか、
そして物かげにかくれている戦車はどんな意味なのだろうか。
聞くところによれば、
明日蹶起部隊の撤退を命じ 聞きいれなければこれを攻撃されるという。
蹶起部隊は腐敗せる日本に最後の止めをさした首相官邸を神聖な聖地と考えて、
ここを占拠しておるのである。
そうして昭和維新の大業につくことを心から願っているのに 彼らを分散せしめて
聖地と信じている場所から撤退せしめるというのはどういうわけであろうか。
しかも、彼らは既に小藤部隊に編入され警備に任じておるのに、
わざわざ皇軍相撃つような事態をひきおこそうというのは、一体どういうわけであるのか、
皇軍相撃つということは日本の不幸これより大なるはない、同じ陛下の赤子である。
皇敵を撃つべき日本の軍隊が鉄砲火を交えて互いに殺しあうなどということが許さるべきことであろうか。
今や蹶起将校を処罰する前に、この日本を如何に導くかを考慮すべきときである。
昭和維新の黎明は近づいている。
しかもその功労者ともいうべき皇道絶対の蹶起部隊を名づけて反乱軍とは、何ということであろうか、
どうか、皇軍相撃つ最大の不祥事は未然に防いでいただきたい。
奉勅命令の実施は無期延期としていただきたい 」
・・・山口大尉、戒厳司令部にて

          
＜ 註 3 ＞  奉勅命令    ＜ 註 4 ＞  ビラ
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二十九日午前五時

二月二十九日は午前一、二時頃、
外囲ノ部隊ガ愈々攻撃態勢ヲ採り出シタコトヲ知ツテ、之ヲ各部隊ニ傳ヘ、
夜襲ニ備ヘテ接戰格闘ノ覺悟ヲ決メマシタ。
其後攻撃開始ハ払暁以降ニナルト云フ情報ヲ得マシタノデ、
野中部隊ハ、豫備隊トシテ最後ノ負郭トシテ新議事堂ヲ占領シヤウト、
午前三時三十分カ四時頃カラ同所ニ移り、新議事堂内ヲ占領シテ家屋防禦ノ配備ヲ採リマシタ。
當時全般ノ配備トシテハ、
幸楽ニ居タ安藤部隊ハ山王ホテルノ丹生部隊ニ合シ、之ニ立籠リ、
栗原部隊ハ首相官邸、
坂井部隊、清原部隊ハ參謀本部、陸軍省ノ一廓、
常盤部隊ハ平河町附近ヲ固守スル
最後ノ負郭ヲ新議事堂ニスル考デ死戰スル覺悟デアリマシタ。

然ルニ夜中カラ外囲ニアル歩一、歩三ノ將校ガ　シキリニ 第一線ニ在ル歩哨等ヲ口説キ落シ、
逆賊ト云フ名分ト武力トデ威壓シテ聯レ歸リ、
或ハ 「 ラヂオ 」 デ 宣傳シ、
或ハ飛行機カラ 「 ビラ 」 ヲ 撒布スル等、 ・・・＜ 註 4 ＞
我々ノ無抵抗ニ乗ジテ各種ノ手段ヲ盡シテ下士官兵ノ説得ニ努メ、
多少ハ動揺モアツタ様デアリマシタガ、
一旦ラジオニヨリ奉勅命令ガ下ツタ事ガ明確ニナツタ以上、
之ニ抗シテ長ク踏ミ止マルコトハ勿論絶對的ニ不可デアリマスカラ、
奉勅命令ニ從ヒ、改メテ小藤大佐ノ區署ヲ仰ギテ我々ノ行動ヲ律シヤウ、
御上ノ宸襟ヲ悩マシ奉リタル事ハ懼レ多イ次第デアルガ、
我々ノ信念ト現在迄ノ行動ニ於テ
些カモ盡忠報國ノ大義カラ踏ミ外シテ居ナイ確信ノ上ニ立ツテ、
自ラ決スルト云フガ如キ事無ク、飽ク迄陛下ノ御命令通リ動カウ、
ト 云フ大部ノ者ノ意見ガ一致シマシタノデ 其ノ行動ニ移ツタノデアリマス。
然ルニ 小藤大佐ノ區署ニ依ツテ動クコトモ出來ズ、
部隊ハ武装ヲ解除セラレ、逆ニ逆賊トシテノ審判ヲ受ケルニ至リマシタコトハ、
蹶起ノ同志一同トシテモ死スルトモ忘ルルコトノ出來ナイ恨事デアリ、
國家ノ爲遺憾ノ極ミデアリマス。
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奉勅命令ニ對スル所感如何
我々臣民トシテ絶對服從デアリマス。
夫レデハ何故撤退セザリシヤ
前述ノ通り奉勅命令ノ傳達ハ全クアリマセンノデ、其ノ内容等モ知リマセン。
唯二月二十九日早朝 「 ラヂオ 」 ニテ奉勅命令ガ下ツタト云フ事ヲ聽イタノミデアリマス。

本事件ガ皇軍ノ本質竝威信上ニ及ボシタル影響ニ就イテ如何ナル認識ヲ有スルヤ
私共ハ前述シタ如ク、兵馬大權干犯ニ對シテ無限ノ怒リヲ感ジ、
斯クノ如キ御稜威ヲ遮リ侵ス者ノ存在ガ
我ガ日本ノ躍々タル生命ノ伸張發展ヲ阻害シツツアルノデアルコトヲ知ツテ、
皇軍ノ本質タル大元帥陛下御親率ノ軍隊デアル點ヲ、
曲ゲ歪メ來ツタ不純ナル君側ノ奸臣ヲ討タウトシテ立チ上ツタノデアリマス。
從ツテ此一擧ニ依ツテ皇軍ノ本質ヲ最モ端的ニ闡明せんめいシ、
御稜威ノ尊嚴ヲ知ラシメ得ルモノト信ジタノデアリマス。
從ツテ此一擧ニ對スル爾後ノ指導利用ニ當ヲ得タナラバ、
昭和維新ニ直チニ入ルコトガ出來マシタデシヨウシ、而モ陸軍ヲ中心ニ之レガ行ハレ、
軍ノ本質ヲ闡明ニシた上、其威信モ一段ト高メタコトト思ヒマス。
然ルニ事志ト違ヒ、
尊皇ノ爲、維新ノ爲ノ義軍デアルベキモノニ賊名ヲ冠シテ
討伐スルノ逆轉シタ方策ヲ軍當局ガ取ツタ爲ニ、
コノ關係ハ全ク一轉シテ
軍自體ガコノ決行ニ關連スル責任ヲ負ハザルヲ得ナイ結果トナリ、
軍ノ威信ハ全ク地ニ墜チ、
今後軍ノ進ムベキ道ハ非常ニ荊棘險難ナモノトナラザルヲ得マセン。
此ノ點陸軍ニ二人無シト言フベキガ甚ダ遺憾至極ト思ヒマス。
次ニ私共ノ行動ヲ目シテ統帥權干犯ヲ討ツニ、
統帥權干犯ヲ自ラ敢テシタノデハナイカト云フ疑問デ、
コレヲ以テ私共ノ行動ヲ非難シ、不義化シ、逆賊化サセヤウトスルデアリマセウ。
私共今回ノ行動ハ、決シテ統帥權ヲ私シテ下士官兵ヲ鞏制的ニ引率シテ出タノデハナク、
何レノ日ニカ今日ガアラウト思ヒ、
二、三年來、此ノ君側ノ奸臣ヲ討滅スルコトノ必要ナル所以 及 昭和維新翼賛ノ爲、
軍人ノ任務トシテ爲スベキコトハ實ニ今回ノ擧ニアルコトヲ徹底シテ敎育シテ來テ、
重臣閥ニ對スル憤激ハ一般ノ常識化スル所マデ進ミ、
下士官兵ノ中ニモ多數ノ同志ヲ獲ルニ至ツテ居リマシタ。

今次ノ決行ハ之等同志ト同志ノ部下ノ生死ヲ共ニスル考ヘニ至ラシテ來タ者ガ、
一團トナツテ同時ニ蹶起シタノデアリマス。
精神ニ於テ一人一殺主義デアリ、
ソノ一人一殺ノ同志ヲ集團シテ行ッタノデアツテ、
決シテ最初カラ統帥権ヲ私ニオ借リシタノデハアリマセン。
コノ景況ヲ事實ニ即シテ申シマスト、
歩一第十一中隊デ二十六日午前一、二時頃
下士官兵ヲ集メテ丹生中尉ガ蹶起ノ決意ヲ示シマスト、全員非常ナ意氣込ミデアリマシタ。
ソレデ之レニ参畫シ得ナカッタ他隊ノ某下士官、見習医官ガ丹生中尉ノ下ニ來テ、
是非共、同行サセテ戴キタイト云フ様ナ有様デ、コレデ此間ノ事情ノ一端ヲ知ル事ガ出來マス。

尚二十九日朝最後迄戰フ決心デ來タ安藤部隊ノ攸ヘ私ガ行キ、
磯部、香田等ト共ニ安藤ノ決心ヲ翻ス事ニ努力シ、幸イニシテ其目的ヲ達シタトキ
安藤大尉ガ自決シヤウトシテ、漸ク之ヲ押止メテ居リマスト、
中隊ノ下士官ガ安藤大尉ト共ニ自害スルト言ヒ出シ、
終リニハ一下士官ガ安藤大尉ニ、
若ｼ自決サレルナラ中隊ノ前ニ來テクダサイ、下士官兵全員御供スル用意ヲシテ居マス
ト云フ悲痛ナ場面ガアリマシタ。
コレデ私共ノ同志將校ガ統帥權ヲ私ニオ借ヲシタノデハナク、
下士官兵ニ至ル迄ガ同志デアツテ
同志ノ集團ガ今回ノコレヲ決行ヲシタノデアルコトハ理解シ得ルモノト思ヒマス。

只部隊ニ依ッテハ、夫レ程迄ニ同志的訓練敎育ガ出來テ居ナカツタ所モアリマセウガ、
精神ニ於テ決シテ兵ヲ無理強イニ率ヒテ行ッタノデハアリマセン。
最後ノ日ニ、同志將校ノ許ヲ離レ去ツタ兵ガ多少アリマシタガ、
奉勅命令ヲ楯ニシテ説破サレタ時、コレニ従フノハ當然デアリマシテ、
同志的關係ガ無カッタカラト云フ譯デハアリマセン。
天下ノ不義ニ怒レル同志的義憤ナシニ、
アノ様ナ行動ヲ共ニスルコトハ出來ルモノデハアリマセン。
中ニハ私共ヨリ一層熾烈しれつナ鞏固ナ決意ヲ持ツテ居ルモノガ多々アリマシテ、
アノ行動間、如實ニソレヲ見セラレテ非常ニ有難ク心強ク感ジタ次第デアリマス。

本事件ガ國内的ニ如何ナル影響を及ボシタリト思料スルヤ
成功スレバコレヲ契機トスル昭和維新ヘノ轉入デアリ、
國内ニ對シテ非常ナ影響デアリマシタガ、
碍失敗ニ終ツタ爲 當座大ナル影響ガナイモノト思ヒマス。
而シ 維新阻碍ノ中樞勢力ヲ破壊シタノデアリマスカラ、今後維新回天ノ方向ニ多少ナリ向ヒ得ルデアリマセウシ、
又、此ノ一擧ノ精神ガ全國的氣運ニ迄 昂ルモノト信ジマス。
而シ 何レニシテモ今後ニ於テ人物ガ出テ 時局ヲ担当スルカ否カニ依ツテ決スル問題デアリ、
人ヲ得ナカッタナラバ凡テガ無駄デアリ、何等得ル所ガ無イカモ知レマセン。
コレモ最初カラ求むる所ナキモ 氣持チデ一意國家ノ不義ニ怒ツテ起上ガッタノデアリマスカラ、
コノ國體ニ對スル私共ノ信仰ガ一般國民ノ信仰ニナリサヘスレバ十分デ、
又 コレガ出來タナラバ形ノ上ノ事ハ兎モ角、昭和維新ノ精神基調ガ確立サレル譯デアリマスカラ、
以テ満足スルノミデアリマス。

本事件ガ國際的ニ如何ナル影響ヲ及ボシタリト思料スルヤ
昭和維新ニ迄 進ミ得タ場合、
世界ノ全局面ニ及ボス影響、特ニ英米露支ノ感受スル脅威ハ絶大デアリ、
我國ニ於ケル昭和維新ハ同時ニ又 世界維新ノ發端トナルデアラウト信念シテ居リマシタガ、
今度ノ如キ結果ニ立チ 到ツテ些いささカ諸外國ノ輕侮ヲ招イタコトト思ヒマス。
特ニ日本に人ナシノ感ヲ強ク諸外國ニ与ヘル結果ニナリハシナイカト恐レル次第デアリマス。
而シテ反面我國體ニ維新ノ氣運充満シテ居ルコトヲ外ニ示シタノデアリマスカラ、
眞ニ大局ヲ見ルノ明ヲ備ヘタ者ハ日本ノ近キ將來ニ對シテ畏怖ノ念 禁ジ得ナイモノガアルト思ヒマス。

皇室ノ敬虔上ニ及ボシタル影響ニ對スル認識如何
前後四日間ニ亙リテ昼夜陛下ノ御宸襟ヲ痛ク悩シ奉ッタコトニ就イテハ恐懼措ク能ハヌ所デ、
何トモ申譯ナイ次第デアリマス。
又 陛下御親任ノ重臣ヲ討ツタノデアリマスカラ　コレ亦罪万死ニ値スル所デアリマスガ、
一方私共ノ信念トシテハ天日ヲ蔽フデ居ル此ノ妖雲ヲ排除シナイ限リ、
國民滔天ノ恨ハ遂ニ至尊ニマデ累ヲ及ボシ奉リ、
結局共産党ノ天皇制否認ガ國民大衆ノ考ヘトナル懼レガ多分ニアリマスシ、
若シ 斯クノ如キ事態ニ立チ到ツタナラバ、ソレコソ祖宗遺垂ノコノ神國ヲ全ク破滅ニ導ク結果トナリマスノデ、
私共ノ蹶起ニヨリ　コノ妖雲丈ケデモ取リ払ヒ、
以テ天日ノ赫赫タル光を萬民ノ上ニ直接光被均霑セシメタイト思ツテノ決行デアリマシタ。
一時宸襟ヲ悩シ奉リ 恐懼ニ堪ヘマセンガ　コノ結果皇室ニ對スル國民的敬虔ガ必ズヤ嚮上シ、
國體精神ニ徹シタ自覺國民ノ奮起ニヨッテ昭和維新ガ逐次ニ完成サレテ行クモノト信ジマス。

現在ノ心境如何
奉勅命令ニ從ハナカッタト言フ事デ 私共ノ行動ヲ逆賊ノ行爲デアル様ニサレマシタコトハ、
事志ト全ク違ヒ 忠魂ヲ抱イテ奮起シタ多數ノ同志ニ對シテ寔ニ申譯ナイ次第デアリマス。
而シ 私共ハ嘗テ奉勅命令ニマデ逆ハウトシタ意志ハ毛頭ナク、
奉勅命令ヲ戴イテ現位置ヲ撤退セザルト言フ戒厳司令部ノ意嚮デアルコトヲ知ツテ、
ソンナ事ニナラヌ様ニ ソノ様ナ奉勅命令ヲ下シニナラヌ様ニト、
色々折衝シタ丈ケデアリマシテ、
決シテ逆賊ニナッテ迄 奉勅命令ニ逆フ様ナ意志ハ毛頭アリマセンデシタ。
事實今日ニ至ル迄 如何ナル奉勅命令ガ下サレタノカ其ノ命令内容ニ關シテハ、全然知ラナイノデアリマス。
逆賊ノ汚名ヲ受ケマシタガ、
絶對尊皇ノ精神カラ出發シテ 絶對臣道ヲ歩ンデ臣子ノ分ヲ盡シタト確信シテ、自ラ安ンジテ居リマスガ、
下士官兵ニ至ル迄ノ同志全員ノ至誠盡忠ガ、
賊名ヲ受ケテ葬リ去ラレル様ナ結果ヲ招來シマシタコトニ關シテハ、
一ニ私ノ指導宜シキヲ得ナカッタモノト深ク自責ニ堪ヘナイ次第デアリマス。

將來ニ對スル覺悟如何
宸襟ヲ痛ク悩マシ奉ルコトモ　直後ニ來ル昭和維新ニ依ツテ
從來山積シタ御苦悩ノ原因ヲ一擧ニ拂ヒ去ルコトガ出來テ直ニ償ヒ奉ルコトガ出來ルモノト思ヒマシタガ、
志ハ全ク達セラレズ宸襟ヲ悩マシ奉ル結果ニノミ終リマシタ。
至誠盡忠ノ忠義ヲ抱イテ尊皇討奸ノ目的ヲ達成シテクレタ全同志ニ賊名ヲ着セル様ナ結果ニ終リマシタ。
コノ責ハ一ニ私共トシテ畫策ニ當リマシタ者ノ負フベキ所デアリマス。
私共ハ飽ク迄 自己ノ信念ニ生キ 之ヲ貫徹スル事ニ依ッテコノ責ヲ償ヒ度イノデアリマス。
若シ 政ラバ凡ユル努力ヲ傾ケテ、
一日モ速カニ昭和維新ヲ實現スル様 飽ク迄モ翼賛コレ努メタイト思ヒマス。

其他申立ルコトナキヤ
アリマセン

陳述人    村中孝次
昭和十一年三月二日

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二 ・二六事件秘録 ( 一 )  から　

磯部淺一の四日間 1 『 陸軍大臣官邸玄關ニテ片倉少佐ヲ射チマシタ 』

磯部淺一   
第一回訊問調書
被告人  元陸軍一等主計  磯部淺一
右者ニ對スル叛乱被告事件ニ附、昭和十一年三月二日、渋谷憲兵分隊ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ磯部淺一
年齢ハ當年三十二才
俗称ハ平民
本籍地ハ山口県大津郡菱海村字河原番地不詳
出生地ハ本籍地ニ同ジ
住所ハ東京市渋谷區千駄ヶ谷町五丁目八百九十七番地
職業ハ無職デアリマス
位記、勲章、記章、年金、恩給ヲ有セザルヤ
有シマセン
刑罰ニ處セラレタル事アリヤ
刑ハアリマセン
罰、私ハ元陸軍一等主計デアリマシタガ、昭和十年四月二日定職、同年八月二日免官トナリマシタ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
二 ・二六事件

本事件ノ行動ニ關シ述ベヨ
私ハ二十五日ノ午後七時三十分頃、
歩兵第一聯隊ニ勤務シテ居リマス機關銃隊ノ栗原中尉ノ処ヘ山本少尉ト共ニ參リマシタ。
山本ハ當日軍服ノ儘夕方ノ五時頃私ノ宅ニ訪レテ來タノデ、
私カラ決意ヲ述ベタラ即座ニ同意シ、私ト共ニ行動シタノデアリマス。
歩一機關銃隊將校室ニ行ツタ時ニハ、林少尉、栗原中尉ガ同室シテ居タト思フ。
十時頃迄機關銃隊ニ居リ、ソレカラ第十一中隊將校室ニ參リマシタ。
其ノ時ニハ香田大尉、丹生中尉、村中ガ同室シテ居リマシタ。
此間、蹶起趣意書印刷ハ山本少尉ガ担當シ、
村中、磯部、香田ガ要望事項ノ意見開陳案ヲ練リ、香田ガ通信紙ニ認メテ居マシタ。
河野大尉ガ午後十一時歩一機關銃隊ヘ來テ十二時過ギ出發シタノデ一寸機關銃隊ヘ行キマシタ。
ソレカラ歩三ノ狀況ヲ見ルタメ、野中大尉ノ処ヘ聯絡シ、直グ歩一ヘ歸リマシタ。
歩三ヘ行クトキ
對馬、竹嶌中尉ガ自動車デ來タノデ歩三前電車路デ會ヒマシタノデ、
歩一ヘ行ク様ニ示シテ置キマシタ。

二月二十六日ノ午前四時三十分頃、
歩一ノ營門ヲ出發シマシタガ、
栗原中尉ノ指揮スル機關銃隊及ビ第十一中隊ト行動ヲ共ニシ、
赤坂山王下ニ出デテ栗原部隊ノ首相官邸ヘ行クノヲ見ツツ第十一中隊ト共ニ陸相官邸ニ向ヒマシタ。
私ハ丹生中隊ノ後尾ヲ行キマシタガ、中隊人員ハ分リマセン。
中隊ノ指揮ハ丹生中尉ガ致シテ、中隊ノ先頭ニハ村中、香田、丹生ノ三名ガ居ツタト思ヒマス。
私ハ陸相官邸ノ門ガ開イテ居リマシタカラ、直チニ中ニ這入リマシタ処、
香田大尉村中ガ憲兵及官邸家人ト大臣面會ニ就テ折衝中デアリマシタ。
丹生中尉ハ兵ヲ區処シテ陸相官邸ニ配置シマシタ。
私共ガ陸相官邸ニ赴キマシタ理由ハ、陸軍大臣閣下ニ事件ノ内容ヲ申上ゲマシテ、
時局ノ重大ナル事ニ對スル重大決意ヲ得ヨウト思ツタカラデアリマス。

午前五時半頃、
陸相官邸ニ參リマシテ色々ト御願イシヤウト思ヒマシタガ、
面會出來マセンノデ 約十回位各種ノ方法ヲ講ジ、
決シテ危害ヲ加フルノ意志ナキ事、
及ビ 會見ノ理由ヲ小松秘書官ヲ通ジテ大臣ニ話シテ貰ヒ、
到着後約一時間半後ニ御面會イタシマシタ。
大臣トノ會見ニハ香田大尉、村中ト私ガ面會シ、小松秘書官ガ立會シテ居リマシタ。
香田大尉カラ蹶起趣意書 ( 印刷シタ者 ) ヲ 口頭ニテ申上ゲ、
次ニ要望事項ニ關スル意見 及ビ 本朝來ノ行動ノ大要ヲ申上ゲマシタ。
要望事項ノ意見トハ、
一、此際斷固タル大臣ノ決意ノ要請、
二、林大將、橋本中將、小磯、建川、南、宇垣諸將軍ノ逮捕、
三、襲撃部隊ヲ其他一帯ニ位置セシメラレタキ事、
四、同志將校ノ數名ノ青年將校ヲ東京ニ招致セラレタキ事、
 　　數名ハ、大岸、菅波、大蔵、朝山、小川、若松、末松(青森)、江藤(歩一二)、佐々木(歩七三)、
五、不純幕僚分子ニ對シ処置ヲ乞フ、其人名ハ武藤章中佐、片倉少佐デアリマシタ。
以上ノ要望ヲ通信紙三、四枚ニ書イテアル。
多分香田大尉ガ持ツテ居ルト思ヒマス。 ・・リンク→陸相への要望書
大臣閣下トノ會見時間等ハヨク解リマセン。
私ハ聯絡ヲシタリ、他ノ事ヲシテ居リマシタ。
會見途中、陸軍次官ガ御出デニナリ、
次官カラ電話ニテ眞崎將軍、山下少將、満井中佐ヲ御召キニナリマシタノデ續イテ官邸ニ來ラレマシタ。
私ハ其後、陸相官邸、警視廳參謀本部ヲ行動シテ居リ、
亦 陸相官邸正門ニテ聯絡ニ任ジ、
二十六日ノ第一日ニハ 陸軍首脳部ノ態度ハ殆ンド解ラヌ儘 經過シマシタ。
殺害ヲ加ヘタ者ニ對シ知ツタ其ノ順序、
1、高橋蔵相ヲ完全ニヤツタコト、
2、齋藤内府ヲ完全ニヤツタコト、
3、岡田總理ヲヤツタコト、
4、鈴木貫太郎ヲヤツタコト、
5、渡邊總監ヲヤツタコト、
等デアリマスガ、
二十六日午後ニナツテ牧野内府ヲヤツタト云フ噂を聞キマシタ。

二十六日午前午前十時頃
陸軍大臣官邸玄關ニテ片倉少佐ヲ射チマシタ。
其ノ狀況ハ私ハ正門前ニテ聯絡ノ爲出テ居リマシタラ
將校ガ五、六名ヤツテ來ラレタノデ、
正門前ニ居タ二、三名ノ將校ガ之ヲ入ラナイ様ニススメタガ、片倉少佐ガ不服相デアリマシタ。
私ハ片倉少佐ハ殆ンド面識ガナク、「 片倉 」 ダト云ツタノデ片倉少佐ダト思ツタガ、殺ス氣ニナレヌ。
一旦玄關ノ方ヘ引返シマシタ。
ソシタラ田中中尉ガ片倉少佐ガ來テ居ルト言ツタノデ、
又何トカセネバナラヌト考ヘタガ、殺意ガピント來ナイノデ正門前マデ歩イテ行ツタ。
暫ラクシテ憲兵控所ノ前デ、片倉少佐ガ何カ言ツテ居ルノヲ現認シタガ引返シ、
熟考シタガ殺意ヲ生ゼズ、
ソレカラ玄關ニ來タ時、大勢ノ將校ガ玄關前ニ來リ居リ、
山下少將、石原大佐ガ將校ニ歸レ、軍人會館ノ方ヘ行ケト、命ジテ居ラレタガ、
其時 片倉少佐ガ話タイ事ガアルト、語気荒ク憤懣ノ狀アリシヲ現認シタノデ、
此將校ガ居タノデハ我々ノ威信モ滅茶苦茶ニナルト思ツタノデ、
所持ノ拳銃ヲ以テ片倉少佐ノ頭部左側面ヨリ一發發射シ、
更ニ軍刀ヲ抜イテ構マヘマシタガ、
片倉少佐ハ 話セバ分ル ト云ヒツツ、
玄關外ノ砂利敷ノ所ニ逃ゲタノデ、私モ敢テ追及セントセズ、刀ヲ収メマシタ。
ソノ狀況ハ左ノ要圖ノ通リデアリマス。

リ ンク ↓
国家の一大事でありますぞ！
行動記・第十六　射たんでもわかる

第一日ノ午後ハ、各々現在地ヲ警備セシメラレタイト言フコトヲ
山下少將、鈴木貞一大佐、西村大佐、満井中佐ニ御願ヒヲシタノデ、盡力スルト言ヒ、
西村大佐ガ警備司令部ニ折衝ニ行カレタノデアリマス。
小藤大佐、山口大尉ハ午前中ニ陸相官邸ニ來ラレタ様ニ思フ。
私ハ第一日ハ、大體、陸相官邸ニ居リ　夜ハ官邸ニ泊リマシタ。
第一日夜、満井中佐、馬奈木中佐ガ來ラレ
「 コレニ依リ御維新ニ入ラネバナラヌ 」
コトヲ 御話シシタガ、兩官ハ極力盡力シヤウトノ事ニテ、
今、宮中ニ參謀總長、陸相ガ行ツテ居ラレルカラ一緒ニ聯レテ行カウト云フ事ニナリ、
山下少將、満井中佐、馬奈木中佐、香田、村中、磯部ノモノガ
自動車ニテ宮中ニ行カントシテ御門 ( 夜間ノ爲判明セズ ) ニ 行キマシタ。
目的ハ陸相閣下ガ宮中ニ於テハ種々維新反對ノ人達ニ取囲マレテ、
本情勢ヲ誤認シテハイケナイト言フ譯デ、
満井中佐、馬奈木中佐、山下閣下ノ御發意ヲ青年將校ヲ同道シテ、
青年將校ノ心情ヲ陸相閣下ニ申上ゲテ、
陛下ノ御維新發程ノ議を奏上シテ頂ク様ニ御願スル爲デアツタ。
而シ 此事ハ、山下閣下カラ勧メラレ、
其代リ 軍事參議官を陸相官邸ニ集ツテ貰フカラト言フノデアツタガ、
不安デアツタノデ一緒ニ行キマシタガ、
御門ノ処ニ山下閣下丈ケ入門ヲ許可サレ、吾々ハ入レナカツタノデアリマス。

當夜一時頃、 (二十七日)
官邸デ 村中、香田、磯部、野中、栗原、對馬、竹嶌ガ 參議官ノ集ツテ居ラレル処ヘ出席シテ、
主トシテ香田大尉ガ今朝陸軍大臣ニ申上ゲタト同様ノ事ヲ申上ゲ、各人モ一口宛程申上ゲマシタ。
第二日ノ二十七日ノ夕方、
両面罫紙ニ 二十六日朝來行動セル將校ハ現在ノ位置ニアリテ小藤部隊トシテ、
其地區ノ警備ヲ行フベキ旨ノ警備司令官命令 ( 香椎中將ノ靑ノ鉛筆ヲ以テスル華押アリ )
ヲ見テ、大イニ安心シ、農相官邸ニ宿營シマシタ。
此命令ノ出タ事ニ就テ、村中ガ二十六日夜、香椎中將閣下ニ司令部デ御會ヒシテ
我々ガ此ノ一帯ノ臺上ヲ占領スルコトハ維新發程ノ原動力デアルカラ、
是非此位置ニ頑張リ度イ旨ヲ具申シ、其許可ガアツタモノト考ヘテ居リマス。
同日夜、農相官邸ニ泊リマシタノハ田中勝中尉ト山本少尉ト私ノ三人デアリマシタ。

二十八日ノ朝、
憲兵隊ノ神谷能弘少佐ガ自分ヲ訪レテ來マシタ。
ソレハ同日朝山本少尉ガ警備司令部ヲ訪問シ、司令官參謀長ニ會ヒ、
此時神谷少佐ガ立會シ、後、神谷少佐ト山本少尉ガ私ヲ訪レテ來タノデ、
私ハ警備司令官ニ御會ヒシタイト云フタノデ、神谷少佐ガ案内しテ呉レマシタ。
軍人會館ニ行ツタガ司令官ニ會フ事ガ出來ズ、石原大佐ト満井中佐ニ會ヒマシタ。　
大佐殿ハ奉勅命令ガ出タラ、ドウスルカト申サレタカラ、
其時ハ　命令ニ從ハネバナラヌト答ヘ、
兎ニ角吾々ハ現在ノ位置ニ置イテ頂ク様ニナラヌモノダラウカト申シアゲマシタラ、
大佐ガ意見具申ニユカレ、
ソノ間ニ満井中佐ガ來ラレタノデ、
私ハ
「 臺上ニ居ル私共ニ解散サスコトハ軍ガ維新翼賛スル事ニナラヌ。
 即チ　私共ガアノ臺上ニ居ル事ニヨツテ國ヲ擧ゲテノ維新斷行ノ機デモアリ、
下ツテモ實ニ宮中不臣ノ徒ノ策謀ニ依ツテ、
陛下ノ大御心ヲ蔽イ奉ツタ奉勅命令ダトシカ考ヘラレマセンデシタカラ、
此際 吾々ハ部隊ヲ解散サレタナラバ、
斷乎各自ノ決意ニ於テ殘シタル不臣ノ徒ニ對シテ、天誅ヲ加ヘネバナラヌ 」
旨ヲ申シマシタ。
他ノ者ノ意見ハ
奉勅命令ガ下レバ命ノ儘ニ動カネバナラヌ
ト言フコトガ大體纏リ掛ケテ居ツタガ、更ニ相談スルコトトナリ、
其結果、全員 奉勅命令ニ從ヒ大命ノ儘ニ行動スル　ト云フコトニナツタ。・・・リンク→討伐を断行する
ソコデ第一線部隊ヲ引上ゲ、將校ヲ官邸ニ集合セシムルベク
香田、村中ガ第一線部隊ニ聯絡ニユキマシタ。
第一線部隊ノ一部ノ將校 ( 安藤、外ニ歩三ノ部隊 )  ガ 最後迄ヤルノダト言フコトヲ主張シタノデ、
私共モ之ニ同意シ、最後迄ヤル決心ヲトツタ譯デアリマス。
同日午後第一線ノ安藤カラ電話ニテ、
兎ニ角、相手方ハスツカリ包囲シテ攻撃態勢ヲトツテ居ル。
吾々ニ徹底的ニ賊名ヲ着セテ了セヨウトシテオルトノ邪念ガアリマシタ。
斯クテ私ハ大イニ苦悩シマシタガ、
機關説信者ガ聖明ヲ蔽フテ居ルノデアルカラ、
仮令賊名ヲ着テモ最後迄現位置ニ殘ル、
解散サレレバ私一個トシテモ不信ノ徒ヲ、機關説思想ヲ、洗ヒ清メ
不純勢力ヲ退却セシムル事ガ出來、斯クテ皇國ノ維新ニ前進スルコトガ出來ルト思フ。
然ルニ軍ノ首脳部ニハ、吾々ヲ解散サセル処置ノミ汲々トシテ、
維新ニ入ルト言フ事ヲ考ヘテ居ナイノデハナイカト話シ、
司令官、石原大佐ニ申上ゲテ頂キタイト御願シマシタ。
暫ラクシテカラ石原大佐、満井中佐ガ入座シ、兩人デ私ノ手ヲ取リ、
石原大佐ハ司令官ニ具申シタガ採用サレズ、
奉勅命令ハ一度出シタラ之ハ實行シナイ譯ニハ行カヌ、
御上ヲ欺クコトニナルト言フ司令官ノ斷乎タル決心デアルカラ、トテモ動カセナイ、
男ト男ノ腹デアルカラ維新ニ入ルカラ暫ク引ケ、ト言フ事デアリマシタ。
私共ノ同志ハ、私ガ指揮者デモアリマセンノデ、
私ガ言ツテモ聞カナイモノガアルカモ知レナイ、然シ 私ハ私ノ出來ル丈ケノ事ハ御盡シスル、
ソレカラ解散サレタナラバ、私ハ一人デモ未ダ殘ツテ居ル國體反逆者、不臣ノ徒ニ對シテ突入スル決心デアル、
軍部ニ於テ林大將閣下ノ居ラルゝ事ハ御國ノ爲ニ忍ブ事能ハザル事デアル、
ト 答ヘ、別レマシタ。
ソレカラ陸相官邸ニ歸リマシタ。

官邸ニ香田、村中、栗原、野中等、山下閣下、鈴木大佐殿ガ居ラレマシタ。
私ハ奉勅命令斬ラウト考ヘテ居マス。
其夜ハ鐵相官邸ニ泊リマシタ。

私ハ二十九日ノ夜明ニ、ラジオデ奉勅命令ヲ聞キマシタ。
其時ハ鐵道大臣ノ官邸ノ所ヲ歩イテイル時デアリマシタ。
ソコデ首相官邸ニ參リ、栗原中尉ニ對シ、
「 君ハ如何ニ考ヘルカ 」 ト 申シタラ、
栗原ハ兵ヲ殘スコトニヨツテ維新ガ出來ルノデアリ、
中ニハ可愛ソウナ兵モ居るカラ此儘殺ス事モ忍ビナイト云ヒマシタ。
ソレデ 私モ其決心ヲ採ル、君ハ第一線ニ聯絡シテ呉レ、僕モ聯絡スルカラ トテ別レマシタ。
ソレカラ官邸ノ方ヘ歸ル途中、坂井中尉等ニ會ヒマシタ。
坂井ハ奉勅命令ニハ從ヒ、部隊ヲ解散スル。
私ハ其決心ヲ採ッタノデアルカラ、他ノ所ハドウデアラウト私ハソウスルト申シマシタ。
ソレカラモ安藤ノ処へ行カウトシテ、其途中 ( 農林大臣官邸附近 ) 栗原ニ會ヒマシタラ、
栗原ハ野中、香田、村中、坂井、澁川ハ奉勅命令ニ從ヒ行動スル事ニ決マツタト言ヒマシタノデ、
私ハ栗原ト共ニ山王ホテルノ安藤ノ処ニ説キニ行キマシタ。
安藤ノ処デ、奉勅命令ガアツタ以上撤退スベキデアル旨ヲ説キタルモ、
安藤ハ
「 貴様ハ始メノ決心ガ變ッテイル 」
トテ叱ラレマシタ。
然シ安藤ニ對シ懇々申上ゲテイル内ニ、
安藤モ少シ考ヘサセテ呉レト暫ラク休ンデ居ツタ。
其後暫ラクシテ、
「 俺ハ負ケル事ハ嫌ダ、奉勅命令ニ遵フカラ包囲ヲ解ケ、ソレデナケレバ賊名ヲ着セラレル丈ダ 」
トノ意味ノ事ヲ申シマシタ。　　・・・リンク→ 叛徒の名を蒙った儘、兵を帰せない
ソレデ石原大佐ノ処ニ誰カガ聯絡シタモノト見ユル。
歩兵少佐参謀ガ石原大佐ノ代理ト稱シ來リ、
「 今トナツテハ、脱出スルカ、自決スルカ、二ツニ一ツダ 」
ト言ヒマシタ。　
安藤ハ之ヲ聞キ、愈々賊名ヲ着セラレタト思ツタノデアラウ。
・・・リンク→中隊長殿、死なないで下さい

私、村中、田中トハ陸相官邸ニ行ツテカラ直チニ小室ニ入レラレマシタ。
室ノ外デ機關銃ノ音ガシタ様ニ感ジマシタ。
私ハ安藤ハ最後ノ決戰ヲシテ居ルノデハナイカト思ツタ。
愈々維新ヲ眞ニ願ツテ居ル同志ノ將校ノ氣持チヲ解カズ、
安藤ノ如キ純一無垢ノ人ヲバ、大御心ヲ蔽ヒ奉ル幕僚ノ群衆ガ群リ來テ殺スノカト思ヒ、
皇國維新ノ爲ニ涙ヲ禁ズルコトガ出來マセンデシタ。
又陸相官邸内デピストルノ音ガ聞エタ様ニ感ジマシタ。
誰カ同志ガ自決カ銃殺サレタノデハナイカト思ヒマシタ。
コンナ事デハ皇國ノ維新ハ何時ノ日ニ來ルノカト思ヒ、胸ガ避ケル様デアリマシタ。

夕刻ニナり刑務所ニ送ラレマシタ。
自動車ノ中デ、安田少尉カラ
誰カ自決ヲセマラレテ非常ニ叱ラレテオツタト聞、
更ニ更ニ幕僚ニ對スル義憤ニ燃エマシタ。
・・・リンク→行動記 第二十五 「 二十九日の日はトップリと暮れてしまふ 」 

次頁 磯部淺一の四日間 2 に続く
二 ・二六事件秘録 ( 一 )  から

磯部淺一の四日間 2 『 不成功ノ場合ハ賊名ヲ受ケルト考ヘテ決行シタ 』

磯部淺一 
第一回訊問調書
・・・前頁 磯部淺一の四日間 1 の続き
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二 ・二六事件
本決行ハ何時頃ヨリ計画サレタカ
ソレハ何時頃カトイフコトデハナイ、吾々同志モ斯ク考ヘ
又 部隊ノ下士官兵カラモ　ヤラナケレバナラナイコトヲ申出テタノデ、
私達モ同感デ 上下一致シタ之等ハ命令的デナク、同志ノ決心ト準備ガ進ンデ來テ 出來タ事デアリマシテ、
即時實行ト否ト種々意見ガアリマシタガ一致シテ來タノデアリマス。
遂ニ決心ヲシタノハ二十二日ノ晩デシタ。
其時ハ駒場ノ栗原中尉ノ宅ニ集マリマシタガ、
集マツタノハ 村中、栗原、中橋、河野、私 等デアリマス。
目標ノ選定ハ 岡田、齋藤、鈴木、渡邊、牧野、高橋、西園寺 等デアリマス。
具體的ノ計畫ハ其ノ席上デアリマシタ。
二十六日ノ會合前ハ毎晩集ツテ居リマシタ。
同志ノ會合ハ歩一、歩三ノ各部隊 栗原其他ノ私宅等デ定位置ハアリマセン。
二十二日夜ノ會合ニ私ガ行ツタ時ニハ 栗原、中橋、河野等ガ居リマシタ。
此時決マツタ行動計畫ハ岡田ニハ栗原 ( 機關銃中隊 ) 鈴木邸ハ安藤中隊、
渡邊邸ハ齋藤内府ヲ襲撃シタ一部隊、牧野ハ歩一ノ部隊、
齋藤内府ハ坂井、高橋 近衛歩三ノ中隊、西園寺ハ對馬中尉 豊橋ノ部隊
對馬中尉トノ聯絡ハ如何
二月十九日 私ガ豊橋ニ行ツテ對馬ノ自宅ニ於テ話シマシタコト、
愈々全同志デ今月ノ内ニ決行スル旨ヲ述ベ、西園寺ヲヤツテ貰ヘヌダラウカト申シマシタラ、
對馬ハ上京シタイ希望ガアツタ様ダガ、最後ニハ對馬 獨力ニテヤラウト答ヘマシタ。
猶 私ハ他ノ者ニ絶對ニ話サナイデクレト言フテ來マシタ。
其後 二十三日に栗原が豊橋に行き 對馬に聯絡した事は聞いております。

貴官ト西田トノ關係如何
西田トハ此ノ事件ニ就イテハ話シテ居リマセン。
正月ニ會ツテカラ之迄一回モ會ツテ居リマセン。
北一輝トノ関係ハ如何
北一輝トモ話シテ居リマセン。
昨年五月頃 一回會ヒマシタガ 其レ以來會ツテ居マセン。
部外者トノ關係ハ如何
此ノ事件ニ關シ 部外ノ人ニ蹶起シタ事ニ就イテハ知リマセン。
在京其他ノ將校デ参加スルト思ッテイタ人ハ誰カ
安田君トハ二十五日夜 歩三ニテ久シ振リニ會ヒマシタガ最近會ツテ居リマセン。
近衛輜重兵大隊ニハアリマセン。
津田沼ノ鐡道聯隊ニ私等ノ同志デ楠田曦トハ最近會ヒマセン、其他ノ關係ハアリマセン。
山本少尉トノ關係ハ如何
山本少尉トハ數年前ニ私ノ親友デアル山田洋大尉 ( 歩兵三十四聯隊中隊長ハルピン駐屯 ) ガ紹介シテ呉レマシタ。
爾來同志トシテ交際シテ居リマス。
數日前ニ本人ノ宅ヘ行キ 二十五日ニハ何カアルカモ知レヌカラ來テ呉レヌカト申シマシタラ、
二十四、五日ハ生徒ヲ聯レテ近歩三ニ行クカラ、
二十五日午後參リマスト答ヘ、同日夕 制服ニテ私ノ宅ニ來テクレマシタ。
内容ニ就イテハ詳シク申シマセンデシタ。
只 明日實行スルガ參加サレマスカト申シタラ、即刻參加ヲ表明シ 私ト行動ヲ共ニシタノデアリマス。

二月二十六日ヲ選ンダ情勢判斷如何
一、國際情勢ヨリ考ヘタ判斷
二、國内ノ情勢ヨリスル判斷
      現内閣ノ選擧勝利 無産大衆党ノ進出 相澤中佐ノ公判ノ進展情勢ガ思フ様ニ行カナカッタ事
      數年來ノ國内ノ疲弊 國民ノ情況
三、右ヨリ判斷シ 維新ハ戰爭前デナイト危險ト考エマシタ。
軍ノ内部情勢ニ對スル判斷如何
益々軍ノ上層部ガ重臣閥ト同一意味ニ成ルノデハナイカト判斷ヲシタノデアリマス。
最モ中心ニナリマスノハ吾々同志ノ結束ニ依ツテ維新發展ノ第一段階ニ躍進シ得ルト、
決心ガツキマシタカラデアリマス。
但シコノ判斷ニ對シテハ安藤ハ飽く迄反對シ、時期尚早ヲ唱ヘテ居マシタ。
二十二日夜以來ノ會合如何
遡ツテ申シマス。
相澤サンガヤツテカラ私ハ暫く煩悶はんもんシマシタ。
昨年ノ十月頃私ハ單獨デ内大臣ト總理 軍部ニハ林 渡邊ノ中、何レカ一名ヲ殺害シヤウト考ヘタ、
十二月一日ヨリ三週間聯續シテ明治神宮ニ參拝シ落附キマシタ故 一人デヤラウト決心シタ、
齋藤内府ヤ首相等ノ身邊ニ就キ 色々ト探リマシタ。
途中コウシタ決心ニ來テ相澤公判ニ入ツタ処ガ、
何処カラトモナク　ヤラナケレバイケナイト言フ聲ガ起ツテ來タ、
ソレデ各人同志ガ各自ニ於テ持ツ個人關係ガ相澤事件後密度ヲ加ヘ、
計畫的デナクシテ今申シマシタ情勢ガ段々進ンデ來マシタ。
重臣閥ヲヤル事ハ 御維新ノ躍進ノ第一歩デアリマス。
具體的直接ノ原因ハ天皇機關説國體明徴問題 等デアリマス。

彈薬ノ分配準備如何
彈薬ノ分配ニ就イテハ部隊ノ將校ガ準備シマシタノデ、私ハ關係ハアリマセン。
本事件ニ對スル關係者如何
本事件ニ關し、軍隊 地方同志 對馬君以外 部外ニハ知ラシタ事ハアリマセン。
主トシテ通報聯絡ノ中心ハ誰カ
私ハ大分ヤリマシタ、他ノ人モヤリマシタ。
軍同志以外ヨリ電話等受ケタ事實ニ就イテハ私ハ知リマセン。
貴官ト山本トノ關係如何
自分ト山本トハ蹶起スルコトニ就イテハ何等ノ關係ハアリマセン。
現在山本ガ居ナイガ如何
山本少尉ハ軍服ニテ參加シマシタガ、
二十九日ノ朝 安藤ノ処デ軍服デ會ヒマシタノガ最後デアリマス。
澁川トノ関係如何
私ト澁川君ト初メテ會ヒマシタノハ、昭和七年 上京後デアリマシタ。
本事件ニ關シテハ澁川君ノ參加ヲ好ミマセン。
ソレハ 私ハ澁川君ハ最モ尊敬スル同志デアルカラ、斯クノ如キ人ハ後ニ殘ツテイテ欲シイコト
及ビ 今度ノ事ハ所謂青年將校ノ手ニヨツテヤリ、民間ノ同志ハ入レナイ方針デアツタカラデアリマス。
ソレデ二月中旬頃氣配ヲ感ジテ ヤルナラ是非參加シタイト申シマシタガ、
私ハ止メル様に言ヒマシタノデ、澁川君ニハ此事ニ就イテハ何モ申シテ居マセンガ、
二月二十八日ノ朝、初メテ出會シ 其ノ場所ハ一寸覺エマセンガ、參加シタ事ヲ知リマシタ。

決起趣意書ハ何時作成セシヤ
ソレハ村中ノ手ニヨツテ作製セラレ、二十五日ノ夜中ニ 歩一第十一中隊デ印刷シマシタ。 ( 謄冩版 )

部隊ノ下士官以下カラ維新ヲヤラネバナラヌト言フ声ガアツタト言フガ何時頃カラ聞イタカ
相澤事件後 部隊ノ將校 栗原 安藤 坂井 等ヨリ聞キマシタ。

本決行ニ要圖ヲ準備シアリト言フガ其辺ノ經緯ニ就イテ述ベヨ
全然知リマセン。
同志中誰々ガ中心人物カ
同志ハ誰ガ中心ト言フ事ハアリマセンガ、仕事ノ關係カラハ 村中 磯部 香田 ガ ソレニ當ルト思ヒマス。
本蹶起ニ就イテノ地位ハ如何
計畫ニハ一部ノ參畫ヲシテオリマス行動ニ就イテハ聯絡同志ノ代表補佐ヲシタ形ニナッテオリマス。

安藤大尉ガ本計畫ニ反對ダト言フ事ヲ述ベテイルガ其ノ經緯ヲ述ベヨ
安藤ハ本計畫ニ就イテ　時期ノ問題ニ就イテ絶對反對デアリ、
從ツテ 歩三ノ部隊ハ最後迄纏ラナカッタノデシタ。
坂井中尉ノ如キハ安藤ガヤラナクテモヤルト言ツテイマシタガ、
結局安藤ガ蹶起決心ヲシタノハ二十三日デシタ。
私ハ二十二日夜會合ノ時ハ 安藤ガ參加シナケレバ自分丈ケデモ重臣ヲ斬ルト言フ決心デアリマシタ。

山口大尉トノ關係如何
山口ハ同志デハナイ。
今度ノ事件ニ就イテ山口ガ關係ガアルカナイカハ、私ニハワカリマセン。

決起趣意書ニ依ルト満洲ニ第一師団ガ行クコトガ一ツノ動機ノ如く考ヘラルルガ如何
ソレニ就イテハ私ハ全然不同意デアリマシタ。
ソレハ蹶起ノ一ツノ小さナ動機ニハナルカモ知レナイガ、全般的ノモノデアツテハナラナイ。
吾々ハ飽ク迄 國體反逆統帥權ヲ干犯スル賊ニ對スル怒リカラ動機ヲ考ヘネバナラヌ。
吾々ハ其全精神 全體ヲ傾注シテ國家ノ害ニナル不臣ノ徒ニ對シテ義憤ニ燃エ、
立タネバナラヌト言フ事ヲ常ニ強ク主張シ續ケテ來タノデアリマス。
唯 趣意書ニアル通リ 満洲ニ行ケバ約二年間ハ御國ノ衰亡ニ進ンデ行クノヲ見過ゴサネバナラヌ。
ソレデ何トカシテ東京ノ全同志ガ結束シテ渡満前ニ不臣ノ徒ヲ除イテ置カネバナラヌト考ヘテ居リマシタ。
私ハ政變ノ程度デモヨイカラ私單獨デモヤルト考ヘテオッタガ、
同志ガ多數參加スルニ至ツタノデアリマス。
然シ尚ホ 時期ガ早イデハナイカト潜在的ニ考ヘテイマシタ。
ソレ故 不成功ノ場合ハ賊名ヲ受ケルト考ヘテ決行シタノデアリマス。

二十八日 常盤少尉ニ現金ヲ交附シタト言フガ如何
百圓 ( 百圓紙幣一枚 ) 与ヘマシタ。
其ノ金ノ出処ハ如何
其金ハ二十五日ノ夜、歩一ニテ村中カラ三百圓ヨリ多カツタト思フガ、其位ノ金ヲ渡サレ 所持シテ居リマシタ。
常盤少尉ノ外ニ猶 三十圓 五十圓ト他ノ部隊ニ与ヘマシタガ、
其時ヤ人物 場所 等ニ就イテハ今 明白ニ記憶シマセン。
村中ガ會計ヲシテ居ッタノカ
平素カラ村中カラ月百圓又ハ百五十圓 多イ時ハソレ以上貰ヒマシタ。
其金ハ全國ノ同志ノ醸金ダト思ツテ居マス。
金ノ關係ノ事ハ一々村中カラ聞イテ居マセン。
今度ノ蹶起ニ就イテ相當ノ軍資金ヲ準備シタリト思ハルルカ如何
一切金ノ事ハ村中ガヤッテオルノデ私ニハ解リマセン。
然シ 同志カラ送ツテクルモノ 村中ガ自ラ算段シタモノカ其内容ダト思ヒマス。
同志カラノ醸金ハ香田大尉ガ担當シテオッタノデアリマス。
村中ガ自ラ算段スルト言フノハドウ言フ意味カ
村中ノ親類 ( 夫人ノ實家 ) ニ資産家ガアルト言フノデ、其処カラデモ貰ツテ來ルノダラウト思ヒマス。
吾々ハ資金ノ事ハ何等問題ニセズ、資金ガアレバ結構デスガ、無クトモ何等痛痒ヲ感ジマセン。
ソレガ我等ノ維新ノ特徴デアリマス。
行動間部外者カラ慰問金等ヲ送ッテ來タモノハナイカ
安藤中隊ノ処デハアツタカモシレマセン。
ソレハドウ言フ事カ
幸楽ニ安藤中隊ガ居タガ、女将ヤ女中ナドガ大變親切ニシテオッタカラ、
ソウ言フ事モアルダラウト考ヘタノデアリマス。

軍隊ヲ動カシタ事ニ就イテハ如何ニ考ヘアリヤ
私共一同ハ下士官兵ニ至ル迄 全部同志デアリ、
決シテ陛下御親率ノ軍隊ヲ私共將校ノ私兵トシテ使ツタノデハナイ。
私共ガ蹶起スル事ニ參加ヲ希望シナイ下士官兵ヲ殘シテ居ルコト。
出發前ニ大事決行ヲ打明ケテ決シテ騙シテイナイ事。
本事件決行ノ事ニ下士官兵側ヨリ將校ニ對シテ蹶起ヲ慫慂しょうようシタル實例ノアル事等ニ
照シテ見ル時ハ、將校ガ私兵トシテ使ツタノデハナク、
御維新ヲシ奉ル將校下士官兵ヨリ成レル同志ノ一團トシテ蹶起シタ事ガ明瞭デアリ、
普通ノ概念ヲ以テ考ヘレバ、
如何ニモ將校ガ統帥命令ニヨツテ部下ヲ使用シタ様ニ思ハレマスガ、
私共青年將校及下士官ハ長キ十年近くノ間、
皇國御維新ノ爲ニ 將校下士官兵ガ同志ノ一團トシテ、
蹶起スベキ時期ノ到來スルコトヲ敎示シテ來マシタ。
之ガ爲ニ 今日ニ至リマシテハ、
下士官兵中ニ 一般將校ヨリモ確乎タル理念信念ヲ有スル者ガアルニ至リマシタ。
斯クノ如クシテ私共ハ下士官兵モ同志トシテ行動シタモノト信ジテオノマス。

蹶起前ニ参加ヲ希望セザルモノハ殘置シタト言フガ其ノ實例ハ如何
私トシテハ參加ヲ希望シナイ者ハ殘ス様ニ從來ヨリ申シテオリ、
部隊將校ニ就イテモ同様ニ殘シテ居ル事ヲ信ジテ居マス。

下士官兵ヲ騙シテナイト言フノハ
私ガ二十五日夜 歩三安藤中隊 野中中隊ニ聯絡ニ行キマシタ時、
中隊長ガ下士官ヲ集メ、大事決行ヲ打明ケテ居ツタ。
兵ハ中隊ガヤルモノト考ヘタカ　或ハ 聯隊全部デ行クモノト考ヘタカ
其点ハ中隊丈ケノ同志デヤル様ニ言ツテイタト考ヘテ居リマス。
下士官兵ガ將校ニ蹶起ヲススメタト言フガ其實例ハ如何
相澤公判前後カ 部隊下士官兵カラ
「 モウ此時期ニヤラナケレバ農民ハドウスルカ　」
トテ 將校ニ具申シテ來タト言フ事ヲ、
栗原中尉、安藤大尉、坂井中尉、香田大尉 等カラ聞イテオリマス。
各中隊ニハ初年兵ノ内務班ニモ維新班ト言フモノヲ設ケタ者ガアルト言フ事ヲ聞イテ居リマス。
ソレハ香田大尉ニ或ル下士官カラノ手紙デソウ書イテアツタ相デアリマス。
下士官兵ト雖モ同志デアル。其同志ノ一團ガ蹶起シタノデアルト言フガ　兵器彈薬ヲ用ヒタコトハ如何
其処迄ハ考ヘマセンデシタ。

奉勅命令ニ何故ニ從ハナカッタカ
大命ノ儘ニ行動スル決心デアリマシタ。
只 所謂各級指揮官カラ奉勅命令ヲ示シテ説論シタト言フ戒嚴司令部ノ公表----
二十九日ノ新聞 及 飛行機ヨリノビラニ依ツテ知ル----ハ奉勅命令ガ下ツタ----言フ説論デハナシニ、
下ツタラドウスルカト云フ説論デアッタノデ、
奉勅命令ガ下ツタト言フ事ガ全同志ニ徹底シテ居ナカツタ爲ニ処置ガ遅レタノデアリマス。
奉勅命令ガアリマシタノガ徹底セナカツタト言ヒ、
今カラ考ヘテ見テ、眞ニ大命アリシニ對シテハマコトニ恐懼シテ居ル次第デアリマス。
只 奉勅命令ガ政党政治家ノスル様ナ
議會解散ノ爲解散ノ詔書ヲ事前ニ上奏御裁可ヲ得、
機ニ應ジテ渙發スルガ如キ
天皇機關説的思想ニ依ツテ行ハレルモノデアリマシタナラバ、
私共ハ非常ナル國體ノ冒瀆ダト考ヘマス。
當時ノ狀況ニ於キマシテハ 確カニ一部重臣 其他軍幕僚等ノ策動ニ依ツテ、
機關説的思想ヨリ發スル奉勅命令ガ渙發サレルヨウナ氣運ヲ感取シタノデアリマス。
カカル場合ニ於テハ奉勅命令ニ從ハナイト言フノデナクテ、
機關説的思想ニヨツテ陛下ノ御聖明ヲ蔽ヒ奉ル不臣ノ徒ニ對シテ、
最後迄 戰ハネバナラント考ヘマシタ。

本事件ガ國際的 國内的ニ如何ナル影響ヲ与ヘタト考フルカ
國際的ニハ維新ヲ彈壓スル故ニ依ツテ非常ニ不利ナ形勢ヲ惹起シタト考ヘマス。
然シ 蹶起シタ同志ガ日本ノ國體ヲ護ラントスル愛國的ノ軍人ノ一團デアルコトガ、
諸外國ニ明ラカニナッタナラバ、諸外國人ハ 日本人ノ決死報國ノ氣迫ヲ知ツテ、
日本ニ對シ非常ナル脅威ヲ感ジ、
國際關係ハ決シテ惡化シナイデ 寧ロ日本ノ優越ヲ確保スルデアラウト思ヒマス。
更ニ國内的ニハ 此ノ事ニ依ツテ維新ノ聖業ニ翼賛スル國民的氣迫ガ最大鞏化スルト信ジマス。
本行爲ニ對シ現下ノ國民ハ如何ニ考ヘアリト思フカ
ヨク判リマセン。

コレハ何カ　 ( 此時證第一號ヲ示ス )
此紙片ハ、肅軍ニ關スル意見上申ヲ出ス前ニ、村中ト相談スル爲ニ覺書ヲ書イタモノデアルト思ヒマス。
荒木 眞崎ノ名ヲ出サヌ事トハ如何
當時ノ人ノ名ヲ利用シテ自己ノ立場ヲ云爲スルモノアリ、ソレデハ吾々ノ自主的立場ガ失ハレ、
又 諸將軍ニ迷惑ヲカケルコトニナルデ、ソノ意見上申ヲスル時ニハ、
荒木 眞崎ノ名を出サヌコトト覺書シタモノダト思ヒマス。
聯書ノ事と言フノハ何カ
村中 磯部ノ兩人ガ聯書スルト云フ意味デアリマス。

現在ノ心境ヲ述ベヨ
ソウ長ク生キテオルトハ思ツテオリマセンノデ、
畢ひつ生ノ至誠ヲ傾ケ盡シテ御國ノ爲
維新ノ爲ニ陳述ヲシタイト思ツテオリマス。

他ニ何カ述ベルコトハナイカ
アリマセン。

陳述人    磯部淺一
右録取シ讀ミ聞カセタルニ、相違ナキ旨申立テタルニ附署名拇印
昭和十一年三月二日
於  澁谷憲兵分隊
陸軍司法警察官  陸軍憲兵大尉     大谷啓二郎

次頁 磯部浅一の四日間 3  に続く
二 ・二六事件秘録 ( 一 )  から

磯部淺一の四日間 3

磯部淺一  
・・・前頁  磯部淺一の四日間 2  の 続き
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二 ・二六事件

磯部淺一  
第二回訊問調書
被告人  元陸軍一等主計  磯部淺一
右者ニ對スル叛乱被告事件ニ附、昭和十一年三月三日、東京衛戍刑務所ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ第二回訊問ヲナスコト左ノ如シ

此ノ手帳ハオ前ノモノカ  ( 此ノ時 證第二號ヲ示ス )
ソウデアリマス
第二枚目 人名記載セラレアルハ如何
地方ノ同志或ハ自分ノ尊敬シテ居ル先輩デアリマス。
平野少將 ( 助九郎 ・豊野要塞司令官 )、松浦中將 ( 淳六郎 ・第十師團長 )、
下元中將 ( 熊弥 ・第八師團長 )、目黒 ( 茂臣 ) 憲兵大尉、持永少將 ( 淺治 ・朝鮮憲兵司令官 )
ハ 先輩デアリマス。
同志ハ大岸、菅波、小川、若松 ( 満則・歩兵第四十八聯隊 )、鈴木五郎 ( 歩兵第六聯隊附一等主計 )、
野北祐常 ( 小倉砲兵工廠 )、戸次 ( 俊雄 ) ハ福岡二十四聯隊、片岡俊郎ハ札幌、
福井寛治ハ朝鮮第八十聯隊、竹中 ( 英雄 ) ハ久留米戰車第一聯隊デ中尉、
末松太平 ( 歩兵五 )、草間 ( 勇 ) ハ仙台ノ野砲二聯隊ノ中尉、
寺尾砲兵大尉 ( 征太露 ・浜松高射砲隊 ) デアリマス。
コレヲ書イタノハ何時頃カ
一月下旬 相澤公判ノ始マリ頃ト思ヒマス。
何ノ目的カ
私ハ一月頃カラ決行ヲ獨リデ考ヘテ居リマシタノデ、事前ニ同志ニ聯絡シヨウト思ツテ書キマシタ。
色々考ヘタ末 誰ニモ聯絡スマイト結論シマシタ。
其レハ前カラノ腹案デアリマシタ。
一月末頃書イタト云フガ其レハ同志トシテコレ丈ケノ人ニ聯絡シヨウトシテ書イタノデアルカ
左様デアリマス。
此レハ何時書キシヤ　( 此ノ時證第二號ノ手帳第二枚目ヲ示ス )
コレハ決行十日程前デアリマシテ、コレ等ノ方ハ私共ノ気持ガ判ツテ下サル方々デアリマス。
( 此ノ時 左ノ人名ヲ讀ミ上ゲタ )
牟田口、西村、村上、鈴木貞一、満井佐吉、小畑、岡村、山下、本庄、荒木、眞崎、
石原、川島、古荘、今井
牟田口、山下、石原、川島、古荘ノ氏名ヲ消シテアルノハ如何ナル理由カ
何カ事故ノ關係デアルト思ヒマス。
即チ訪問スルニオ會ヒノ出來タ者ヲ消シタカモ知レマセン。
コレハ蹶起スル十日前ニ書イタモノデ、
豫メ一大事件發生セバ、コレニ善処セラレ度キ事ヲオ願イスル積リデアリマシタ。
ソレ等ハ誰ニ諒解ヲ求メタカ
コレヲ書イテカラ村上大佐、満井中佐、今井閣下ニオ會ヒシマシタ。
何事ヲオ話シタカ
何事カ起ツテ來タ場合 中央部諸官ガ善処シテ貰ヒ度イト云フコトヲ、
村上大佐、満井中佐、今井中將ニ話ヲシテアリマス。
山下少將ニハ決行前 歩三ノ者ガ會ツテ居ル筈デス。
川島陸相ニハ満井中佐ヲ通シ、石原大佐ハ澁川、満井中佐ヲ通シテ話シテアリマス。
満井中佐ハ何事カ青年将校ガヤルダロウトハ 大體知ツテ居リマスガ、
何時モ今ヤツテハ駄目ダト止メラレテ居マシタ。
満井中佐ハ公判ヲ通シテ青年将校ヲ中心トシテ何カ起ルト云ツテ居リマス。
其ノ他ノ人々ニハ會ツタカ
私ハ會ツテ居リマセン。
コノノートハ何処ニ置キシヤ
圖嚢ノ中ニ入レテ置キマシタ。
コレハ誰ノカ  ( 此ノ時證第参號偕行社名簿ヲ示ス )
私ノデアリマス。圖嚢ノ中ニ入レテ置キマシタ。
名簿中赤鉛筆ニテ×印ヲ記入セルハ同志ニ惡イ奴デ、
青色ペン書キ傍線ノ人々ハ同志ニ良イノデアリマス。
？附ハ疑問ノ人デアリマス。
赤印ヲ附シタルモノハ何カスル企圖アリシヤ
赤イ印ヲ附ケタル聯中ハ陸軍省占領中出動シタナラバヤツツケ様ト思ツテ居マシタ。
コレハ何カ  ( 證第四號名刺入在中ノ満井中佐ノ名刺ヲ示ス )
何時受取ツタモノカ判然シマセン。
コレハ何カ  ( 證第四號名刺入在中ノ磯部菱海ノ名刺ヲ示ス )
デマヲ聞イテ幕僚諸官ノ逆宣傳ナリトシテ書イタノデアル。
コノ名刺ハ如何 ( 證第四號名刺入在中ノ磯部菱海ノ名刺ヲ示ス )
皇族内閣ハ斷ジテ不可ナリ、天皇絶對ニ對スル信念上 書イタモノデス。
コレハ何時書キシヤ ( 此ノ時證第五號昭和十一年日本人名選ヲ示ス )
二月二十五日夜 歩一第十一中隊ニ行ツテ書イタノデ、
後藤文夫内相、伊澤多喜男、池田成彬、稲垣三郎中將、岩崎小弥太、財部彪、若槻礼次郎、一木喜徳郎、
コレ等ヲヤツツケ様トシテ書イタノデアリマス。
而シ是等ハ如何ニシテヤルベキカノ結論ノ定マラヌ内ニ出發シタ爲、
失敗シタノデアリマシテ、第一次ヲ大事ニ取リ過ギタ故デモアリマス。

蹶起前ノ會合場所ハ如何
歩一、歩三、竜土軒、栗原ノ自宅 等デアリマス。
併シ 大事ナ話ハ軍隊内部デナケレバ出來マセンノデ、歩一、歩三ヲ選ンダノデアリマス。
軍隊内デハ面會ヲ求メテ將校室デ會ツテ居リマシタ。
全員會合シタルコト有リヤ
全部ノ會合ハアリマセン、個人個人デ會ヒマシタ。
安田少尉ハ二十五日出發ノ際 遺書ヲ遺シテアルガ誰カ聯絡ヲトリシカ
村中ト思ヒマス。
汝ハ誰々ニ知ラセヤ
私ハ 栗原、河野、田中勝、山本又 等ニ決行ヲ知ラセマシタ。

今度ノ蹶起ニツキ海軍ニ聯絡セシヤ
海軍ニハ知人ガアリマセンノデ全然聯絡シマセン。

其他申立ツルコト無キヤ
海軍ノ五 ・一五事件ノ時ハ色々ノ本ヲ澤山入レタソウデアリマスガ、
出來得マシタナラ御盡力下サイマシテ 色々ノ本ヲ澤山差入レテ下サル様オ願ヒ致シマス。

右録取シ讀ミ聞カセタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月三日
東京憲兵隊本部
陸軍司法警察官  陸軍憲兵大尉     大谷啓二郎

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二 ・二六事件秘録 ( 一 ) から

安藤輝三大尉の四日間 『 中隊ハ一心 』

安藤輝三
訊問調書

被告人  元陸軍歩兵大尉  安藤輝三
右者ニ對スル叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月三日、本人負傷安靜ヲ要スルヲ以テ、
東京衛戍刑務所第一拘置監第一房ニ於テ、本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ安藤輝三
年齢ハ三十二年
所属部隊ハ元歩兵第三聯隊
官等級ハ元陸軍歩兵大尉
族称ハ平民
本籍 岐阜県揖斐郡揖斐町大字三輪五一番地
出生地ハ石川県金沢市、以下負傷
住所は東京市世田ケ谷區上馬一丁目八六六番地
職業ハ元歩兵第三聯隊第六中隊長デアリマス
位記、勲章、記章、年金、恩給ヲ有スルヤ
従七位昭和大礼記念章ヲ拝受シテ居リマスガ、年金、恩給等ハアリマセン
刑罰ヲ受ケタルコトアリヤ
アリマセン
二月二十六日早朝ヨリ同二十九日迄ニ至ル間、叛ランニ参加シタルヤ
参加シマシタ

本事件ニ對スル計畫ニ参加シタルヤ
今回 私共同志ガ蹶起シマシタ理由ハ、決行當日發表シマシタ。
ソレハ趣意書ノ通リデアリマシテ、
決行ヲ決心シマシタノハ、昨年十二月末 第一師團ガ満洲ニ派遣セラルルコトニナリマシタノデ、
満洲ニ派遣セラルル前ニ 國内ヲ打固メタ後ニ満洲ニ行キ、
此信念ニテ皇軍ノ爲 一身ヲ賭シタイト言フ様ナ考ヘヲ持チマシタ。
本事件ノ計畫ハ 決行前 二月二十一日頃、
栗原中尉ノ自宅ニ村中、磯部、栗原、私ノ四名集合シテ具體的計畫ヲ協議シ、
更ニ 二月二十三日夜 歩兵第三聯隊週番指令室ニ 野中、磯部、村中 及 私ノ四名ガ集マツテ、
最後ノ具體案ヲ決定シマシタ。
本事件ノ首謀者ハ如何
今度ノ事件ハ同志ノ意見ニ依ツテ決行シタモノデアリマスガ、
鞏イテ首謀者ト言フナラバ、私ノ外ニ村中、磯部、栗原ノ四名ト言フテモヨイト思ヒマス。
本事件ノ計畫ノ内容如何
一、岡田首相
歩兵第一聯隊 栗原中尉
豊橋敎導學校 對馬中尉
《 歩一 》 池田少尉ヲ中心トスル約三百名ヲ以テ襲撃シ天誅ヲ下ス。
二、齋藤内大臣
歩兵第三聯隊 坂井中尉、高橋少尉、安田少尉ヲ中心トスル約一五〇名ヲ以テ襲撃シ天誅ヲ下ス。
三、高橋大蔵大臣
近歩三 中橋中尉、砲工學校 中島少尉ヲ中心トスル約百名ヲ以テ天誅ヲ下ス。
四、鈴木侍從長
歩三 安藤大尉ヲ中心トスル約百五十名ヲ以テ襲撃シ天誅ヲ下ス。
五、牧野伸顕
所沢飛行學校 河野大尉ヲ中心トスル約十名ヲ以テ襲撃シ天誅ヲ下ス。
六、渡邊敎育總監
齋藤内大臣ヲ襲撃シタ後、高橋少尉、安田少尉ガ若干ノ同志ト共ニ第二次行動トシテ、襲撃シ天誅ヲ下ス。
七、警視廳
野中大尉、常盤少尉、鈴木少尉、清原少尉ヲ中心トスル約三ケ中隊ヲ以テ、
警視庁ヲ占領シ警官トノ衝突ヲ豫防ス。
八、陸軍大臣官邸
歩一丹生中尉ヲ中心トスル約百名ヲ以テ警戒シ 之ニ歩一旅團 香田大尉、竹嶌中尉、山本豫備少尉、
村中、磯部ガ同行シ、陸相ニ本蹶起ノ實情ヲ具申シ、事態ノ収拾ニ善処セラルルコトヲ訴フルコト。
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二 ・二六事件

本事件ニ對スル行動ノ概要如何
《 二十六日 》
前述計畫ニ基キ蹶起シマシタノデ、
私ハ私ノ中隊 及 機關銃隊四ケ分隊、機關銃四門、計二百四名ヲ指揮シ
午前三時三十分ニ聯隊ヲ出發、
鈴木侍從長ノ官邸ニ向ケ出發、
午前四時五十分頃到着、
午前五時に襲撃しました。
襲撃ハ表門及裏門ニ分レ、一時ニ邸内ニ入リマシタガ、
其方法ハ表門ハ小門ガ開イテ居リマシタノデ最初中ニ入リ大門ヲ開キ、
裏門ノ方ハ塀ヲ乗リ越エテ邸内ニ入リ、
私ハ表門ヨリ入リマシタガ、
警戒中ノ警官ハ包囲シマシタノデ行動ガ出來マセンデシタ。
又 其他 書生ガ二名居リマシタノデ屋外ニ出シ、
屋内ノ鈴木侍從長ノ所ヲ捜シマシタガ、
奥ノ寝室ニ居ラルゝヲ發見シマシタノデ、
其室ニ來リ合セタ兵ニ對シ 鈴木侍從長ガ立チ上ガラントシタル所ヲ撃テト命ジマシタノデ、
拳銃ヲ發射シマシタ。
發射シマシタノハ二發デアツタト思ヒマス。
發射シタ兵ハ誰デアツタカ、混雑シテ居リマシタノデ記憶ハアリマセン。
侍從長ハ其場ニ倒レタノヲ見マシタノデ、目的ヲ達シ直ニ全員ヲ集メ引揚ゲマシタ。
鈴木侍從長官邸ニハ前述ノ警官三名ト、書生二名ノ外ニハ御家族ハ居ラレマセンデシタ
ト 思ヒマス。
以上ノ所要ノ時間ハ約三十分位デアリマシタノデ官邸ヲ引揚ゲ、 ・・・＜ 註 1 ＞
三宅坂ノ三叉路ニ到リ・・・＜ 註 2 ＞
參謀本部陸軍省方面ノ警戒ニ任ジ、
二十七日正午迄同所ノ警戒ヲ爲シ、
同日正午ヨリ新議事堂ニ集結シ、・・・＜ 註 3 ＞
二十七日夜ヨリ二十八日夜迄ハ幸楽ニ、・・・＜ 註 4 ＞
二十八日ノ夜中ヨリ二十九日ノ解散迄 山王ホテルニ移動シマシタガ、・・・＜ 註 5 ＞
二十七日正午ヨリ小藤大佐ノ指揮下ニ入リ、
小藤部隊トシテ麹町警備隊トシテ前述ノ幸楽 山王ホテルニ宿營シマシタ。
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＜ 註 1 ＞

昭和維新の春の空　正義に結ぶ益荒男が
胸裡百万兵足りて　散るや万朶の桜花
「 昭和維新の歌 」 を高唱しながら
三宅坂方面に向い行進する安藤隊
 ＜ 註 2 ＞  三宅坂 26日        ＜ 註 3 ＞  新国会議事堂  27日                          
   
 ＜ 註 4 ＞ 幸楽  28日                                    ＜ 註 5 ＞ 山王ホテル
   
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幸楽 山王ホテルニ宿營シタノハ如何ナル理由ナルヤ
小藤部隊長ノ命令ニ依リ宿營シマシタモノデアリマシテ、
命令ハ確カ坂井中尉カラ傳達ヲ受ケタト記憶シテ居リマス。
其ノ經緯ニ就イテハ克ク知リマセンデシタ。

下士官兵ヲ使用シタル理由如何
私ハ中隊長トシテ部下直接ノ敎育ノ任ニ當タッテ居リマスガ、
現在ノ國家ノ情勢ニ對シテハ下士官以下ハ決シテ満足シテハ居リマセン。
何トカ此情勢ヲ打開セネバナラナイト云フ革新的氣持ハ充分ニ見受ケラレマス。
只個人個人デ其心持ヲ發表シタリ
又 實行ニ移スト云フ様ナ事ハ出來ナイ丈ノ事デアルト云フ事ヲ信ジテ居リマス。
私ハ部下ノ敎育ニ當リマシテハ、
部下ノ心持ハ中隊長ノ心持デ中隊長ノ心持ハ部下ノ心持デアル。
即チ中隊ハ一心デナケレバナラナイト云フ様ナ信念ノ下ニ敎育シテ居リマスノデ、
此部下ノ心持ヲ何トカ實施セシメタイト思ッテ蹶起シタノデアリマシテ、
結局形式的ニハ命令ニテ、心デハ同志トシテ部カヲ參加セシメタノデアリマス。

奉勅命令ニハ何故從ハザリシヤ
私ノ指揮スル部隊ハ 二十七日午後ヨリ小藤部隊ニ入リ、
戒嚴司令官ノ指揮下ニテ麹町地區警戒ニ入リタルモノトノミ信ジテ居リマシテ、
奉勅命令ハ全然受ケテ居リマセン。

然ラバ奉勅命令ノ下ツタト言フ事ハ何時知リタルヤ
命令系統カラハ全然聞イテオリマセン。
只 二十八日夜中ニ歩三聯隊長ガ幸楽ニ來ラレマシテ、
奉勅命令ガ下ツタト言フコトノ話ハアリマシタカラ、
其後 小藤部隊長ノ命令ヲ待ツテ居リマシタガ、何ノ命令モナク、
周囲ノ部隊ガ攻撃シテ來マスノデ　ドウスルコトモ出來ズ、山王ホテルニ立テコモリ居リマシタ次第デ、
奉勅命令ニ抗スルト言フ様ナ氣持チハ毛頭ナク、又 事實上 小藤部隊ノ指揮下ニ入ツテ居リマシタノデ、
奉勅命令ニ從ハナカツタト言フ事ハ無イト信ジテ居リマス。

自刃セントシタル心境如何
本事件ノ爲メ 陛下ノ宸襟を悩マシ奉リマシタコトノ申譯ノ爲デアリマス。

現在ノ心境如何
速ニ國内ノ諸情勢ヲ改メ 外敵ニ當ラネバナラナイト思ヒマス。

將來ニ對スル覺悟
私ガ今迄 考ヘテ居タ通リデアリマシテ、
昭和維新ニ依リ 我皇威ヲ世界ニ發揚セネバナラナイト思ヒマス。

幸楽 山王ホテルニ於テ地方人ニシテ本蹶起ニ参加シタル人物如何
幸楽 山王ホテルニハ地方人ニシテ私共に援助スル意味カラ、相當多クノ人が來テ居ラレタ様デス。
其中 酒煙草等ヲ持ツテ來テ呉レタ人モアリマス。

其人ノ氏名如何
氏名ハ全然知リマセン、生産党ニ入ッテ居ッタと言フ人モアリマス。

其他申立ツルコトナキヤ
アリマセン

陳述人  ・・・
右録取し讀聞カセタルニ、相違ナキ旨申立テタルニ附、署名認印ナキ爲拇印セシム
昭和十一年三月三日
澁谷憲兵分隊
陸軍司法警察官  陸軍憲兵少佐  徳田  豊
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