あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

林八郎 『 やった者でなければ分かりません 』

2021年12月01日 18時01分51秒 | 林八郎

林八郎少尉は、二六日の午後
倉友音吉上等兵を供に、銀座の松坂屋に買物に出かけた
蹶起將校たる白襷をかけ
人々の視線の中、颯爽と店内を歩いた
林少尉は、
晒布、墨汁、筆 を購入し、
首相官邸に歸ると
「 尊皇維新軍 」
と、大書した幟を作って、
高々と掲げたのである
・・・ 林八郎少尉 『 尊皇維新軍と大書した幟 』


警官がいきなり林少尉に飛びつき羽がい締めをかけた。
少尉は不意の攻撃に面喰い懸命に振りほどこうともがいたが、
警官の体は一向に離れる様子がみえない。
少尉は顔を青くしてワメいたが数秒沈黙した後 背負投げを打った。
技は見事に決まり、
警官の体が ドウ と 前にノメリ 一本決まったかと思った時
警官はスックと立上がった。
相手もその道の達人のようだ。
すると林少尉は
間一髪 軍刀でバサッと袈裟切りを浴びせ 一刀の元に斬倒した。
まことに見事な腕前であった。
・・・林八郎少尉 「 中は俺がやる 」 


林八郎  ハヤシ ハチロウ
「 やった者でなければ分かりません 」
目次
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靑年將校の道  歩一  林八郎

・ 
昭和維新 ・ 林八郎少尉
・ 林八郎少尉の四日間
・ 
林八郎 『 一挙の失敗並に成功の真因 』 
・ あを雲の涯 (十八) 林八郎 
・ 昭和11年7月12日 (十八) 林八郎少尉 
・ 林八郎の介錯人・進藤義彦少尉

・ 
林八郎 『 不惜身命 』

論告はその精神を蹂躙したるものであります。
黒眼鏡をかけて白いものを見ておられます。
國家革新は國體に合がっせぬと言われるのは認識不足であります。
檢察官は國家革新は必要なりとの認識がありませぬ。
軍が引込み思案で無氣力でありますから、統帥權は正當の方向に進んでいない。
それを是正せんとしたので、われわれは皇軍を私兵化したものではありません。
皇軍を立直らせるため われわれは前驅になりました。
民主革命をわれわれが企圖するならば、重臣顕官を全部殺碍したのでありましょう。 
結果影響について 
われわれを賊にすれば、その結果 軍は崩壊すると思います。

本事件の眞相が判明すれば、われわれは國民の支援を受けると信じます。
・・・ 最期の陳述 ・ 林八郎 

結末は吾人等を踏台に蹂躙して幕僚ファッショ時代現出するなるべし。
あらゆる權謀術策を、陛下の御名によって弄し、
純忠無私、熱誠殉國の志士を虐殺す、國體を汚辱すること甚し。
御聖徳を傷け奉ること甚しい哉
吾等も死すれば不忠となる。 斷じて死せず
吾等の胸中は明治維新の志士の知る能はざる苦しみあり、憤あり。
如何に師團を増し、飛行機を製るも正義を亡し、國體を汚して何の大日本ぞ
大日本は神國なり、不義を許さず。
勢の窮まるところ最後の牙城を倒す時に眞の維新來るなり
・・・林八郎 『 一挙の失敗並に成功の真因 』 


林八郎 『 一擧の失敗竝に成功の眞因 』

2017年12月26日 05時29分38秒 | 林八郎


林八郎 
遺書
方今の日本一大改革期に直面するは識者等しく之を知る。
目標の如きも概ね明ならんとす。
而して如何にして進むべきやに到っては、粉々紜々の説ありと雖も、
いづれも机上の案、口頭の論、以て準據となすべからず
そもそも維新の大業たる、机上口舌の上に生るべきものにあらず。
何ぞ身を以て大道を打開せんとはせざるや。
時務を知るの明機は事上に磨練せらるるのみ。
爲せば成る、進めば茨の野にも道はつく。
吾人等の一挙は此処にその意義あり
一擧の成敗是非の跡を明め意義を尋ぬるは、苟も天下を憂ふる士の一大責任なるべし。
その成とは何ぞや
一擧發起し得たることなり。
少なくとも重臣ブロックに一大痛撃を与へ得たることなり。

一擧の失敗竝に成功の眞因

方今の日本一大改革期に直面するは識者等しく之を知る。
目標の如きも概ね明ならんとす。
而して如何にして進むべきやに到っては、粉々紜々の説ありと雖も、
いづれも机上の案、口頭の論、以て準據となすべからず
そもそも維新の大業たる、机上口舌の上に生るべきものにあらず。
何ぞ身を以て大道を打開せんとはせざるや。
時務を知るの明機は事上に磨練せらるるのみ。
爲せば成る、進めば茨の野にも道はつく。
吾人等の一擧は此処にその意義あり
一擧の成敗是非の跡を明め意義を尋ぬるは、苟も天下を憂ふる士の一大責任なるべし。
その成とは何ぞや
一擧發起し得たることなり。
少なくとも重臣ブロックに一大痛撃を与へ得たることなり。
その結果は
一、陸軍首脳部の無智、無能、無節操、中央部の幕僚中心權力至上主義、
    現狀維持傾向を暴露し、以て粉々錯雑せる流派を、
     維新、否維新の二大陣営に分ち、遂に維新に統一さるべき一段階を進めたり
一、純眞熱血の靑年に自覺と鼓舞を与へたるを信ず
一、一般國民に非常時の眞底を自覺せしめたるべし

失敗とは何ぞや
天日をさえぎる黒雲を一掃するに到らざりしこと之なり。
然れども今日は一歩行けば一歩の忠、
一里行けば一里の忠なれば、一擧の發起し得たること大成功なり。
況んや前人未踏の實戰の記錄を殘したるに於てをや

成功の眞因
一、首唱者の熱烈なる革新的精神
 此の一擧の首唱者は先づ栗原、磯部兩氏なるべし。
もとより參加者一同の熱意は勿論なれども、
この兩氏の 我一人とも往かん との熱意の人を動かしたること極めて大、
而して寝食を忘れて計畫に結束に勉めしも此人等なり。
一人の精神萬人を動かすを知るべし。
栗原氏嘗て余に曰く
「 事發覺せば我一人自殺せん、すべてを我にかぶせよ、而して喞等再起せよ 」 と

一、秘密保持
 之には全幅の注意を傾けたり
1 同志の決心鞏固なること
   計畫者に於て決定せる事項を必要最小限の事前に知らすこととせり。
    そのため蹶起前日始めて計畫を知りしものもあり、
    之は一面、決意固からざるもの程、直前に近く知らすこととせり。
2 同志の範囲強いて多きを求めず
    豊橋の失敗は此の點の不用意にあり
3 酒と女の席で維新を語らず
    なんでもない様なことで大切なこと。十月事件の例
4 遺書も書かず
5 其他あらゆる點

二、團結の鞏固
同志間及び將校下士官兵間の二者あり。
前者については中心人物の人格と他の者の小異を棄て大同に就く精神。
後者に就ては將校の人格の力と精神敎育の徹底与って有り

一、
時期の選定

時期を逐次早めたること。
渡満前、三月末、三月始等々と世評ありき。
而して當日、目標全部在邸せるは天佑といふべし
一、
靑年の意氣

同志の皆が事の成否がどうの、建設計畫がどうのといふ功利的、打算的氣分を排し、
一途に維新の聲に奮ひ起ち、只管國體蹂躙、統帥權干犯に義憤したるによる

失敗の眞因
一、押の一手を弛めしこと
 維新戰術の要訣は、奇襲に始まり攻撃に次ぎ、無二無三に押し、勝利に終るに在り。
即ち奇襲により元兇を斃し、その一大衝動により總勢力を維新的方向に進ましめ、
次で起り來るべき大逆襲の萠芽を次ぎから次へと看破して、
片つばしより攻撃撃破し、壓倒殲滅、最後の完全勝利迄寸刻も息を弛めざるに在るなり。
もしもその間一息にても抜かんか、元來絶対對優勢なる敵の堅陣は忽ち動揺を靜め、
大逆襲や側防機能はその猛威を逞しくする到るべし。
之を實際に就て見るに、奇襲に次ぐ攻撃により、大臣告示出で戒嚴部隊に入る。
之實に維新の第一歩なり。
( 今日、告示を説得の方便なり、戒嚴部隊に入れしは鎭撫の目的よりする手段なりなど、
  苦しくも巧なる糊塗手段をなしつつあれど、事實は遂に抹殺すべからず )
然るに之に安心して攻撃の手を弛めしは一大不覺なり…リンク→磯部浅一 「おい、林、参謀本部を襲撃しよう 」 
何ぞせはからん、その時一大策謀の行はれつつありしとは。
此くて二十八日一夜にして形勢一變、もはや如何ともなす能はざりしなり。
「生中生なし、死中活あり」 の文字を味識すべし。
高杉晋作、馬關の一擧と比較すべし。

一、恃むべからざるものを恃むこと勿れ
飽迄維新軍の正義と實力とにのみ倚拠すべし。
老人聯は腰抜けなり。
とても自ら進んで難局に立たんとする者などなし。
汲々として自己の地位を守らんとして急なり。
中央部に蟠踞する幕僚は自家中心權力至上主義の權化なり。
あらゆる策謀の根源なり。
斷じて妥協すべからず。
要するに正義を唯一の頼とし、自らの力を以て最後迄貫く氣概なからざるべからず
今次の一擧は飽迄軍をしてその本義に邁進せしむるを主眼とせるものにして、
失敗が當然なり。
之順序としてやむを得ず。( 軍の一員の義務信義として )
次に進むものは、もはやかかる願慮を要せず。
驀直に自らの力を恃め。( 軍の恃むべからざるを暴露せし以上は )
非國體的勢力を打破するに何の遠慮かあらん、一手に引受くるべし

一、一刀兩斷にして始めて摩擦なし
摩擦をすくなくするを要す等と言ってゐると大摩擦を生ず。
今次、犠牲最小限の方針により、
當然斃さざるべからざるものを放置せるこし失敗の大原因となれり。
狀況判斷の誤りありしはもとよりなり。
思ひ切ってやること。
陛下の天佑神風を以て自任し、妖雲一掃天日照々

右条々、思ひ出せるままに管見の一端を記す。
之を得たるものは時務を知るの俊傑と言ふを得べきか。
當り前の事なれども、實戰を經ざればなかなかわからざるものなり。
讀を乞ふ。
終に本事件の概要を言はんか
( 之に就ては各種情報を蒐集し、
三千年の歴史、世界の大勢と照合綜合大観されんことを望む。
而して誰が何と言ふとも、
吾人は之こそ維新史廻轉の樞軸とならざるべからざるを確信す )
要するに日本的維新の原則 ( 大權の私議者、統帥權干犯の元兇等、
天日の光被をさへぎる妖雲を一掃すること、即ち維新 ) を猛進せるのみ

1 準備
氣運の醸成、同志の義憤を結束、所要方面の打診、天誅の計畫立案
2 蹶起
尊皇討奸 ( 元兇天誅 )
一方、陸相に事態収拾要請
( 軍の力を以て吾人等の手の及ばざりし妖雲を一掃せんこと ) 事件の維新的解決
3 軍の態度あいまいのうちも維新的方向に進む
陸軍大臣告示 ( 完全に吾人等の行動を認めしもの、具體策はなし ) 出づ。( 參議官一同同意 )
右告示第一師團各部隊に下達、近衛は師團長 ( 橋本虎之助中將 ) 握りつぶす。
以上二十六日
二十七日 戒嚴令布かれ戒嚴部隊に編入さる。
配宿、休養を命ぜられる。
進捗せず、交渉數度
4 策謀しきりに行はる
林一派、幕僚ファッショ、重臣ブロック殘黨。
攻撃案出しも戒嚴部隊なりとの理由にて中止
5 維新大詔降下運動
石原大佐、満井中佐を中心とすと傳へらる
6 形勢逆轉
二十八日朝より奉勅命令下達の形勢。食ひ止めるため村中氏奔走
第一師團長以下理解あり
近衛師團敵對的行動
山下奉文等、將に下達の時機切迫すと。
一同を集め切腹せしめんとす。
一同下達さるるまでやる覺悟
遂に下達されず、外部々隊包囲急なり
7 睨み合ひ
二十九日
外部々隊に攻撃命令下る。將士奮はず。
同志部隊一兵に到る迄、決死力戰せんとす
8 遂に奉勅命令遵奉
奉勅命令の次第、逐次明瞭となるに及んで大義名分を明にせんことを決す
「 蹶起趣意書 」 と 對照せば意のあるところ明ならん
以上

結末は吾人等を踏台に蹂躙して幕僚ファッショ時代現出するなるべし。
あらゆる權謀術策を、陛下の御名によって弄し、
純忠無私、熱誠殉國の志士を虐殺す、國體を汚辱すること甚し。
御聖徳を傷け奉ること甚しい哉
吾等も死すれば不忠となる。 斷じて死せず
吾等の胸中は明治維新の志士の知る能はざる苦しみあり、憤あり。
如何に師團を増し、飛行機を製るも 正義を亡し、國體を汚して何の大日本ぞ
大日本は神國なり、不義を許さず。
勢の窮まるところ最後の牙城を倒す時に眞の維新來るなり

二・二六事件 獄中手記・遺書 河野司 編 から


林八郎 『 靑年將校の道  』 

2017年12月25日 19時59分19秒 | 林八郎


靑年將校の道
 歩一 林八郎 

一、人格生活・神
現今の人は余りにも卑俗だ
道に對する畏敬を知らない
「 朝に道を開けば 夕に死するも可なり 」
の 意氣は無論 其日其日を眞實へる武士の覺悟はおろか
自己の言動に對する確信すら持ち得ないのではないか
足盡大地上を踏みしめよ
よろけてはいけない
正念を持して失はざれ
死すべき時に後を見せて後で切腹間に合はない
俯仰天地に恥ちざれ
自ら反みて 縮なほくんば 千万人と雖も我行かん
是が人格生活だ
起きては寝  食しては排泄す
果して人世の意義があらうか
明皎々たる太陽の耀きに何を以て較くらぶべき露の命
悠久の生命大自在の宇宙
ここに憧れて
ここに求めて
然るが故に 古人に学び 先哲を慕ふ
況んや 古神道によれば吾人は神の子である
奉皇殉國の大道に安心立命の神境を打開しようてはないか
物欲紛々の此の身こそ 先づ齋戒沐浴し去らずばなるまい
二、社會
此に亦 吾人の懊悩がある
吾と此身の汚れたるが如く 世も亦濁る
此の世を救はんとせずして自ら正覺を成さんとするも
小乗の羅漢たるを免れず眞の道ではあるまい
食なきが故に無垢の心を傷はれ行く民人
衣食足つて礼節を知らざる禽獣人
私慾の文化を誇るもの
哀れなる被搾取の底に潜み行く民族
此を念ひ彼を眺むるとき
救世濟民の志 勃々禁ずる能はざるものがある
然あらざるべからず
純潔なる若人の血よ
三、反省と視野
然あれども若人よ みだりに躍る勿れ
世の中はもつと辛辣だ
世濟民にも道がある
或人は機構の改革を目指して改造運動の第一線に立つ
或人は精神の確立を目指して忠君愛國を説き 大慈大悲を叫び
或人は一村の繁榮を第一着手として進み
或人は精兵の練成に注ぐ赤心を以て一世を化かさんことを期す
何れも可なり 人自らを知れ
天の時あり 地の利り 自己のぶんり
のぼせあがらぬことは是非必要だ
然れども 時の流あり 天の流行あり 國運をして天日の道を歩ましめざるべからず
此に吾人は分を知り 分によつて奉皇を記すると共に
世界的視野に立つて時勢を大観しなければならぬ
四、明日の時代
亜細亜は眠つてゐる死せるが如くに
欧米は没落せんとして居る
絢爛けんらんの光を殘して個人主義を基調とする文明は行詰つた
人間性の代りに神の道が開かれねばならぬ
資本主義は自殺だ
共産主義はその終生でしかない
より根本の宇宙観の覺醒がなければならぬ
亜細亜の問題は 資本主義よりの防衛であり
欧米の問題は資本主義よりの離脱である
而して 日本の問題は兩者の問題を兼ね有するものであらう
農業國の文明 ( それこそ永遠の發展性を持つ正統の文明である ) を基調に持つ日本は
その眞面目に歸るべきである
而して 此問題は亜細亜の興起に聯なり 世界の革新に聯なる
世界は縮まつた
要約するに次の時代の問題は
欧州文明の超克 ( 生として用ふ )
創造主義 生産 ( 勤勞 ) を 重んずる農業中心
大亜細亜の建設 ( 共通の祈り )
五、皇軍の行手
右 「 明日の時代 」 に 示した 「 イデオロギー 」 は
一つの示唆に過ぎないが 時代は明白に動きつつある
「 戰爭は政治の延長なり 」 と
果して然りとせば 吾人は由つて以て燃えて立つべき皇軍の意識に進一進なかるべからず
そこに機構に 制度に 教育に改新のある筈である
振り返つて亦眼を國軍の現狀に注がう
國軍の中央部に派閥的抗爭があるとかないとか
それは知らぬとしておいて端的に慊あきた らず慊らず
慊らざりし士官學校教育に思を致せ
敎育者に熱誠なかりしか
否らず
敎育者に人情味なかりしか
然らず
鐡石の規則窮屈なりしか
然らず
我熱膓を鍛ふる好鐡鎚に不足を覺えたるがそれもある
然し それでもない
更に突つ込んで敎育綱領に不満ありしか
否否
敎育綱領こそは
吾人の尊奉して置かざりし所
寧ろ之を尊奉するが故にこそ現狀に慊らざりしものありしに非ずや
胸中一點の聖火ある人よ 心を明にして思へ
一刀兩斷に言はん
「 六十年の伝統の蔭に積り積つた殻だ 垢だ 」
之が新しき方向との間に作る 「 ギャップ 」 が 重苦しく吾人の心胸を壓しつつあつたのだ
おお今や知る
とりもなほさず 之が國軍の現狀ではないか
然らば問ふ
行軍の新しき行手は何処
國軍の殻とは何ぞや
それは血に燃ゆる皇國の靑年將校が今より前者を照し求め
後者を剔抉しようとして奮ひ立つて居るではないか

現代史資料23  国家主義運動3 から


永田鐵山 『 噫 軍神 林聯隊長 』

2016年11月11日 10時02分23秒 | 林八郎


噫 軍神  林聯隊長    序文
永田鐵山
満蒙通の国法的権威として惜しまれ、不世出の名聯隊長として仰がれた
故林君の一周忌に接し、
その麾下きかたりし将校団が、君の伝記を編纂せらるるに方あたり、
君の同期生として、幼時から寝食を共にし喜憂を領けた予に、
その序を求められたのは、予の光栄とし感激に堪えない所である。
林君は、その父祖から継承した伝統の武士気質かたぎを多分に持っておった上に、
自己の修養と家庭の訓化によって、それが益々拡充されたのであって、
軍神として万人渇仰の的となったのは決して偶然ではない。
君は小兵であったが、五尺の短身、尽ことごとくこれ胆であった。
恬淡てんたんで磊落らいらくで、剛毅で、運動好きであった。
角力すもうの強いことは同期生随一で、
東京地方幼年学校の柔道場で常に我々の稽古台となった。
大弓も、厳父の嗜たしなみを承けて優秀な技倆を具そなえておられた。
手裏剣なども中々の妙手だった。
その他の武技においても人なみ優れていたが、余り多くの人に知られていない。
けだし内に蔵すること深く、しかも外之を誇らない人と為りの致すところである。
強い反面において君はまた実に情味の豊かな温かいところがあった。
従って交友まことに深いものがあった。
君の戦死を聞いて、御遺族のもとに集った弔電弔辞の中には、
単に一面の識しかない人や、秋季演習の宿舎になった人からのが少なくなかった。
一寸でも君に接した人が、如何に君に懐かしみを感じていたかが判るであろう。
君を慕う者は決して日本人ばかりではなかった。
支那人の中にも、親兄弟を失った様な親身な弔辞を送ってくる者が少なくなかった。
君は弱冠にして大陸に志があった。
地方幼年学校入学とともに露語を習ったのでも明かである。
また早くから満蒙の研究に意を注ぎ、その一生を通じ、
大陸国策の樹立に貢献されたところは実に偉大なものがある。
今日皇軍が満州に赫々かくかくたる勲業を建て、
東亜の一角に王道楽土が建設されつつある裏面に、
君の隠れたる功績と努力とは真に莫大なるものがある。
君の軍人生活の大部分は、実に存外情報勤務であって、
死線を越えたことも幾度であったかも知れない。
この間、国事のために家庭の如き之を顧みるに暇がなかった。
文字通り君国のために一身一家を犠牲としたものである。
この聯隊長を父と慕い、将と仰いで、中支江南の地に奮戦された聯隊は実に幸福であったと信ずる。
その戦闘開始の前夜における訓示を見ても、君の平素の修養が窺うかがわれ、
その徹底した心境は、正に禅の高僧を偲ばせるものがある。
敵前線突破の端緒を拓ひらいた江湾鎮堅壘の攻略は、
この隊長のもとに、勇んで死に就いた幾多勇士の力であったが、
部下を駆って悦んで弾雨の中に突進せしめたのは、君の人格そのものでなくて何であろう。
嗚呼、去年の今日、君は最後の命令 「 前進 」 の一語を残し、
莞爾として死に就いたのである。
国家の君に期待するところはまだまだ多く残されていた。
万人斉ひとしく君の昇天を痛哭つうこくした。
しかしながら天晴あっぱれ江南の花と散った君の気魄は、
きびすを接すべきを信じて疑わない。
一言にしていえば、君は実に文武両道に通じ、恩威ならび備えた武将の典型である。
君の命日は実に満洲國の誕生日である。
天為とでも言うべきであろう。
永年母国を離れ家庭と別れて、或は息も凍る西比利亜シベリアに、
或は朔風黄塵を捲く蒙古の奥に、危難を冒おかし、艱苦かんくを忍んで尽された努力、
今や酬いられて、満洲國の勇ましい呱々ここの声を聞きながら、
君は莞爾として地下に安らかに眠るであろう。


小林友一 著  同期の雪 から


林大八

2016年11月10日 18時58分12秒 | 林八郎

軍神・林聯隊長 (林八郎 の父) 
上海で最も頑強な抵抗を示した江湾鎮攻撃の際、
旅団長から
「 我が旅団は砲兵の協力を待たずして直ちに攻撃を開始する 」
との 命に接し、
林聯隊長は憤慨して、
「 陛下の赤子である兵隊の生命を何と考えるか 」
と 烈火の如く怒った
林聯隊長はこの日、
「 兵隊達だけ死なすことは出来ない 」
と、みずから第一戦に進出し
壮烈な戦死を遂げた


 軍神・林大八
林大八は
幼年学校のときからロシア語と蒙古語に特別の努力をしていたが、
大正三年参謀本部から満蒙に派遣された。
それから昭和六年までの十七年間に、内地勤務はわずか二年である。
平和時に、これほど長期に亘って治安の悪い準戦地に勤務した軍人は他に例がない。
しかも、この間の彼の仕事は情報収集や特殊工作などの働きであるから、ごく一部の人にしか知られていない。
( シベリヤにおけるパルチザン工作の報告や張作相の顧問をしていた時代の報告などが断片的に残っている。
昭和十年ころ読まれた小説、山中峯太郎著 『 大陸非常線 』 は、林をモデルにしている )
途中の内地勤務二年間は歩兵第三聯隊 ( 東京 ) の大隊長の時代で、
平和時の大隊長は比較的閑職とされていたが、
彼の場合はこの間に関東大震災 ( 大正十二年 ) があり、
大隊を指揮して救難・警備に出勤している。
さらに引続き
大杉栄事件の被告甘粕憲兵大尉の軍法会議に判士として列するなど、極めて多忙な二年をすごした。
それからまた長い大陸の勤務があり、
次の帰国は昭和六年八月、歩兵第七聯隊長 ( 金沢 ) に補せられたときである。
二男 八郎は、既に彼と同じ東京幼年学校を卒業 ( 第32期 ) して 士官学校予科に在学していた。
しかるに金沢の生活も七ヶ月足らず、金沢師団は上海に出勤することとなり ( 上海事変 )、
彼も聯隊を率いて激戦に参加、
 
七年三月一日、
江湾鎮において陣頭に指揮中、腹部に敵弾を受けて倒れたのであった。
連隊副官は重傷救い難しと見て、連隊旗手を招いた。
おおいを取った軍旗が聯隊長の目に映ずると、
彼は副官に手をささえられて御紋章に触れ、
最後のおいとまごいをして 瞑目、多端なりし人生を終った。
時に四十八歳。

林大八の言行は、
関東大震災前後と歩兵第七聯隊長着任から戦死まで、
通算しても二年に足らぬ期間のものだけを拾っても、ゆうに一章をなすものであるが、
そのうちから江湾鎮の攻撃開始前後、
聯隊将校全員 ( 大部分は戦場の経験がなかった ) を集めて行った訓示を記しておく。
・・・・諸君は、既に充分の覚悟あろうかと思うが、二つだけ注意を述べる。
一、戦場において最も顕著に現われるのは人間の本能による興奮、恐怖から生ずる現象である。
顔色の青くなる者もいれば、からだの震える者もいる。
けれども、これは決して恥づべきことではない。無理にこれを隠したり、または故ことさらに剛胆を装ったり、
あるいは功名を焦ったりすることは禁物である。
青ざめながらでもよい、震えながらでもよい、ただ任務を正しく実行せよ。
戦場では、責任観念の強い者が、いちばん強い者である。
二、老人、子供、女子は、いかなることがあっても殺してはならぬ。
男子であっても敵対せぬ者を殺してはならぬ。
良民に対しては皇軍の慈しみを忘れないようにせよ。

この訓示が初陣に臨む若い将校たちの心に落着きを与えたことは想像に難くない。
若い中隊長 辻正信中尉も感動しながら聴いていた。
誰かが質問した。
「 聯隊長殿は、女を絶対に殺すなとおっしゃっるが、もし 女が狙撃してきたらどうします 」
聯隊長は笑って答えた。
「 女に殺されるなら、いいではないか 」
戦いを前にして一同、大爆笑した。

毎日新聞社
別冊1億人の昭和史  陸士☆陸幼
日本の戦史別巻10  から

リンク→
永田鉄山 『 噫 軍神 林聯隊長 』